『武蔵坂学園修学旅行概要』
日程:6月18日(火)~6月21日(金)までの4日間
対象学年:小学6年生・中学2年生・高校2年生
行先:沖縄
毎年恒例の修学旅行は、南国沖縄へと旅立つことになった。
沖縄――南海に浮かぶ小さな島、日本最西端の地。
青い海に育まれた生き物たち、独自の郷土料理、そして自然そのもの。海はどこまでも澄み、白波は歌うように浜辺へと打ち寄せ、返る。
●パラセーリング
ボートから浮き上がる瞬間、ぐん、と一気に体を引き上げられる感覚。
極彩色のパラシュートは風をはらんでおおきくたわみ、みるみるうちに高度を上げる。くくりつけられた白いベンチが青い空にくっきりと、切り抜かれたように浮いていた。
高度50m。
水平線を挟んで二つの青が続いている。
どれほど似ていても、決して混じり合うことのない空と海。
強い潮風に髪をなぶられながら、見下ろす青のさらに奥で魚の背がきらめいた。目を凝らせば浅瀬の水底までもが透けて見通せる。
遠くには来間と呼ばれる小島と宮古島とを繋ぐ大橋の細長い白さが一本、まるで海を分かつ標のように置かれているのが印象的だ。
「まるでカモメになった気分、かぁ」
修学旅行3日目、宮古島での自由行動について話し合っていた学生達にまじって、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)もまた南国の海に思いをはせていた。
「楽しみだね、パラセーリング! みんなはもう誰と一緒に飛ぶか決まった?」
自分達を乗せて、真っ青な空に舞い上がるパラシュート。
くくりつけられた白いベンチは重さに上限こそあるものの、3人まで一緒に乗れるとパンフレットに書いてある。
「最初はモーターボートに乗って、船上から一気に飛ぶんだね。帰りもロープみたいなのをたぐってゆっくりボートに戻るから、海の上には降りないんだ。へー。服装は濡れてもいい格好……水着の上にTシャツとかでいいのかな? で、体重が……えっ、体重?」
なんでも、同時に乗る全員の合計体重が最少60kg~最大204kg以内でなければならないらしい。
つまり、三人で乗る場合は平均68kg。
高校生男子3人の場合は少々きついかもしれない。いや、男3人で乗ろうという猛者……否、仲良しがいればの話だが。
――飛ぶ。
青い海と空との間を風に乗ってひた駆ける。
海に透けるサンゴ礁の影、空など知らぬ顔で泳ぐエイやウミガメとの遭遇も稀ではない。
楽みだね、とまりんは笑った。
「せっかくの修学旅行だもん、遠慮してる場合じゃないよね。皆でおもいっきり楽しんじゃお!」
●空の色、海の色
「さて、体重は量って来たな? 述べよ」
「はい! 俺62kg!」
「隊長が平均以下ならばっちりです!」
猛者かつ仲良し三人組、徹太・周・時春登場。彼らは海へ来ている。南西諸島、宮古島の澄み渡った海を彩る真っ蒼な空――を前にして今さら尻込む時春を無理やりベンチへと積み込んで、両手に花ならぬ悪友に挟まれた周は発射の勢いに吞まれるまま叫んだ。
「ギャー! 俺ら飛んでる! トッキー目ぇ開けなって! いいから開けろ!」
「う、おおぉぉ! 確かにめっちゃ綺麗っす! けど2人ともはしゃぎすぎっすよ、ゆ、揺れ、揺れぇぇぇええええーーーー!?」
「バカヤロー、一番揺らしてんのはお前だ!」
宇宙の果てまで、どころか頭から落下して別の階段を昇ってしまう羽目にならないとも限らない。徹太は周の肩越しに時春の頭をぐいと押さえ、眼下の海底を透かし見た。
「なーあれ亀じゃねー! turtleだろ見ろ!」
「ちっげえよ、珊瑚珊瑚! コーラルリーフ!!」
男三人では少々窮屈なベンチがギシギシと軋んだ音を立てる。時春は「ひえぇ」と周の腕にしがみつき、徹太と周は――正直、この面子でなら落ちてしまうのも悪くないと大声で笑い声を上げた。
一方、バイト仲間同士で自由行動を過ごすことになった【ウルフカオス】の様子といえば――。
「シルバー・ウルフカオス、吉祥寺駅の雑多ビル1階にあるシルバー・ウルフカオスをよろしくお願いしまーす☆」
宣伝していた。
「善四郎、耳元でうるさいヨー!」
「だって、店長のマイケルから言われてるんすよ! 自分のバイト代にダイレクトに来るんすから!」
「そんなの知らないヨー! ほらほら空キレー……海も鳥も……あっ、みんな手振ってる!」
桃が手を振り返すと、船上で写真を撮っていた七はすかさずシャッターを切る。
「あっ、はは! 見てよあんなにはしゃいじゃって」
「善四郎くんがんばれー。証拠映像はちゃんと撮ってるぞ~」
ぶんぶんと手を振りつつ、千波耶はしっかりと彼の勇姿を写真に収めた。入れ代わりで空に上がるギルアートは笑いながらパーカーの上にライフジャケットを身に着ける。
「そんじゃ、俺らもかっこよく撮ってくれよォ」
「まーかせて!」
よろしくな、と麻樹が応えようとした時――パラシュートが風をはらんで一気に舞い上がった――空が近い!
「すげー気持ちええなぁ。ひゃっほーい」
「ひゃっはー! 皆も濡れりゃいいさァ!」
船に着地する直前、ギルアートは悪戯魂を発揮して海面を足で蹴り上げる。七は歓声をあげて逃げ惑い、千波耶と手を取り合って笑った。
「帰ったら上映会しましょうね!」
「大賛成! じゃああたしたちもツーショット撮っておこうか」
はい、チーズ! と女子組は顔を寄せて一枚の写真に収まる。彼らの次は【無銘草紙】の梗花と夕香が空に上がる番だった。
「――っ」
青い。
なんて青い世界なんだろう、と。
「この景色、持って帰れないかな」
「ふふ、本当……いつまでも見ていたいほど綺麗な景色……」
同じ色でも海と空の境目はくっきりと、まるで神様が線を引いたかのように分かたれている。一面の海原に滲むサンゴ礁の影と白いボート。二人が手を振っているのが分かって、夕香は一際大きく手を挙げた。
「あん、な、風。飛ぶ、ん、だね」
「すごい、見てるだけでわくわくするよね」
並んでベンチに腰掛けたルナールと達人は、ボートから切り離される瞬間、ぎゅっと目を閉じた。ふわり、と安定したころ少しずつ目を開ける――自然とため息がこぼれた。
「これが……空からの、鳥たちの視点……!」
地上とは空気の密度が違う。
3人一緒に飛翔した【まことーず】こと麻琴は、感動を全身で表わすかのように大歓声を上げた。
「すごい、風に乗ってるみたい、鳥になったみたい……!!」
「うひょー! さーいっこー!!」
誠も叫ぶ。
だって、気持ちいいのだ。
強い潮風が今は夏の日差しにも勝って涼やか。
いつもは大人しく二人の後をついていくような真琴も、今日ばかりは頬を赤く染めて興奮した様子を見せた。
「まこと君もまことさんもまことも、まっことカモメになったような気分だった……」
と、着地する寸前にこじゃれたことを言うものだから笑えて笑えて、もう少しで海に落ちるところだった。
宝石を溶かしたような海の底まで透かし見えてしまいそうな、夏の空。毅の胸に肩を預けた花梨は白い飛影に気づいて声を上げた。いつの間にか怯えは収まり、好奇心に目を輝かせている。
「あっ、あの鳥はなあに? ――あの魚は?」
「さあ、なんだろな」
気のない返事をした毅の袖がくいと引かれ、ささやかなおねだりの内容は……。下のボートからは二人の顔が僅かに近づいたことしか分からない。そこでは黒咲が白兎の、眩しいモノキニ姿の前に心の中で拳を突き上げたところだった。
「黒ちゃんそれ着たまま乗るの!?」
「脱がへんぞ! パーカーは脱がへんぞ……! うさ耳はわいの命やー!」
そうして空に舞い上がる黒白のカップル。
頭上から「ぎゃー!」と悲鳴が聞こえてきたような気がするが、采はカエデに日焼け止めを放り投げ、指先で耳の裏を示した。
「……これでよし、と。あ、カエたちの番が来たよ。どんな風なのかたのし――っていうか……うわ、もう空だ!」
瞬きの刹那に切り替わる景色と圧倒的な浮遊感。
「カエデ、カエデ」
とんとん、と肩を叩かれて海を見下ろせば、楕円形の影が確かに見えた。
「ウミガメだ……!」
「こっから見ると小さいなぁ」
青色の薄紗を被せた海の向こうはまるでもうひとつ、違う世界に繋がっているかのようだ。目を凝らせば通り過ぎる魚の群れ、そして――。
「みてみてあそこ、イルカ!」
網膜に空の蒼を宿したオニキスは二頭のイルカを見つけ、叫ぶ。けれどすぐに言葉を飲み込んで、手すりから身を乗り出したまま動けなくなった。
「きらきら日差しを反射して、綺麗な青……まるでゆずるちゃんの瞳みたい」
なら、とゆずるが人形のように端正な口元に笑みを浮かべた。目を閉じても瞼に染み渡る、この颯爽とした空の色はニケの瞳。
「イコの瞳はあの、凛とした水平線、だね」
海原と空との境界は陽の光を凝縮して鮮やかに輝いている。
「――……」
唇を引き結び、頬を紅潮させたままイコはその光景を見つめ続けた。
ずっと恋焦がれていた場所だ、憧れていた夢だ。
拓く扉。
風、光、蒼。駆け抜ける――!
「あのイルカも追いかけて来てるみたいだな」
キヨの頭を撫でながら、将平は愛しくて仕方がないといった様子で笑った。本物の海とそこに生きる野生のイルカ。希子はくすぐったそうに肩を震わせて、ありがとう、と彼の名を呼んだ。
「すごく贅沢。今とっても、幸せー、だねぇ」
もっと幸せになれる気がして、探す、見つける。
「あっ、アレが珊瑚の影ちゃう!?」
深隼の言葉に「どこどこっ!」と興奮した百花が身を寄せてくる。
「!!?」
「っていうか深隼くん、サンゴ礁ってなに!?」
じ、と見つめる花色の瞳。
「え、っとぉ……? 改めて聞かれるとなんやろ、植物? 貝?」
しどろもどろになって視線を逸らすのは深隼のみならず、続いて空に上がった紫も同じだった。胸元へ注がれる視線が少しばかり恥ずかしい。
「空でも隣の席だね」
「うん、空の上でも二人っきりね♪」
「空を飛んでる気分はどう?」
「ふわふわしてて……風も気持ちよくて……鳥ってこんな気分なのかな」
景色にも紫にも見惚れてしまいそうで、殊亜は軽く咳払いする。
「ドキドキしますね」
「うん! 上手く上がってくれるといいな」
真琴と潤子を乗せたパラセールはぐん、と風に乗って沖縄の空を駆け巡る。
「フランさん、フランさん! いくらなんでもここからダイブするのはまずいと思うよ?」
何とか誤魔化して男物の水着に身を包んだ結斗は、こちらも色々と詐称しているフランセットの暴挙を踏みとどまらせようと頑張った。
「む、流石に上空から飛ぶのは拙いよな……」
なら、と悪戯っぽくフランセットが笑った――と思った次の瞬間。
「えっ?」
ボートに着地後の隙をついてフランは彼の首根っこを引っ掴み、海の中へと飛び込んだのだ。派手な水飛沫に首を傾げたキラトだったが、がくがくと肩を揺さぶる梢のハイテンションに意識を引き戻される。
「なぁなぁ、あれ何だろ!? 何かいるよっ!」
「おっ、ホントだ。今何か泳いでた! カメか!?」
「まるほど、ウミガメか!!」
その後、梢ははしゃぎ過ぎたことを恥じて「別の人格だった」などという言い訳をするはめになるのだが、今はただ二人で沖縄の空を羽ばたく快感に酔いしれるばかりだ。
「――っ!」
今、鳥と目が合った。
興奮した健は挨拶代わりに叫ぶ。
「播磨のフライングヒーロー見参! なんてなーっ」
「ぷっ」
「あっ、兄ちゃん笑うなよ!」
「わりーわりー、あんまりにも楽しそうだからさ……っと、見ろよ、ウミガメ!」
髪をなぶる風に目を細めて、供助は眼下の海を指さした。
「あれってエイじゃないのかー?」
「だって丸いぞ?」
修学旅行にて訪れた沖縄、宮古島。
東京にはいない生き物がいる、空の色がまるで違う。
まさかラブスプリンターが撮影していたりして……と、辺りを警戒していためぐみも空に上がってしまえば笑顔を咲かせた。
「飛行機の窓から見るのとでは全然違いますね。何より風を感じれるのがとてもいいですね」
「うん! すごいね、遠くまで見渡せるよ」
「ええ、お魚の群れも……遠すぎて何のお魚か分からないくらい」
「綺麗だね」
まりんはにっこりと笑って、反対側の唯水流に声をかける。
「大丈夫、怖くない?」
「はい……っ」
ボートではおずおずとしていた唯水流も、今は楽しげに笑っていた。
「まりんちゃんは……怖くないの?」
寛子、紗綺と一緒に再び飛んだまりんは照れたように頬を緩める。
「ひとりじゃないからね、大丈夫だよ」
「そうだね。高いところちょっと怖い……けど、飛ぶのは気持ちいいかな?」
それに、と寛子は気合いを入れ直す。
「寛子もアイドルだし、バラエティ番組の練習だと思えばこれくらい!」
「だよね! あ、でもフレッシュなリアクションの方が受けるかな? まりんちゃんもほら、一緒に」
「え? え? え?」
紗綺に背中を叩かれたまりんは目を白黒させた。
「り、りあくしょん?」
「仕方ないわね。あたしがお手本見せてあげるから、ちゃんとみてなさい!」
一方、初めて顔を合わせた夕月とリタは互いにぺこりとお辞儀をしてからパラセールに乗り込んだ。
「すごい、綺麗」
「うん! ウミネコいないかなあ」
「私はウミガメに会いたいです」
「探そう!」
「はい、探しましょう」
広々とした海原のどこまでも飛んでいけそうな感覚に身を委ね、動く影を見つけては二人で指を差して教え合う。
「風、気持ちいいねぇ」
有斗の言葉に頷いて、同席した和奏は額の上に手をかざした。
「ほんとですねー! すっごーい! きれーい」
鳥の気持ちが分かった気がする――思わずつぶやけば、有斗も「そうだね」とほほ笑んだ。
「何だか、素敵過ぎてぼうっとしちゃいそう……」
永遠とも思える十分間。
ボートの上に降りた後もしばらくは呆けてしまいそうなほど、それは非日常的で夢のような体験だった。
作者:麻人 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年6月20日
難度:簡単
参加:48人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 9
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