壊れぬ希望を

    作者:魂蛙

    ●彷徨う凶拳
     夜の繁華街の一角で行われる、殴られ屋。それは、仕事に疲れたサラリーマンの為の、ちょっとした娯楽。この日も、そうなる筈だった。
     筈だったのだ。
    「だァっ!」
     ギャラリーが完全に言葉を失う中、少年の左フックが殴られ屋の顔面を直撃する。
     既に殴られ屋はぼろぼろの状態だった。ボディブローを受けた殴られ屋はたまらず嘔吐するが、少年は構わず更にアッパーを繰り出す。
    「頼む……。まだ、倒れないでくれよ……」
     少年が自分の中に芽生えた闘争心に気付いたのは、いつ頃だっただろうか。
     どんなに抑え込んでも、それが消えることはない。むしろ膨張して体を突き動かそうとする自らのその凶暴性に、少年は自己嫌悪し、憔悴しきっていた。
     そんな少年にとって殴られ屋は、このどす黒い衝動を受け止めてくれる最後の希望だったのだ。
     しかし、その希望さえも、少年は自らの拳で殴り壊そうとしている。
    「待ってくれ、倒れないでくれ……!」
     泣き顔と笑顔が奇妙に同居した少年の右ストレートに、遂に殴られ屋がダウンする。それでもまだ殴りかかろうとする少年を、ギャラリーの1人が止めに入った。
    「あんたが、あんたが倒れちまったら、俺は……」
     俺は、誰を殴ればいいんだ?
    「おい! やり過ぎだ!」
     倒れ伏した殴られ屋と、目の前に立ちはだかるギャラリーを、少年は交互に見つめる。そして、悟った。
     ああ、そうか。
    「だったら……あんたを代わりに、殴らせろよ」
     まだ立っている奴を、殴ればいい。
    「何を……やめろ、やめてくれ! うわぁあああああっ!!」
     倒れない奴に、出会えるまで。

    ●拳の行方は
    「早速だけど、事件の説明を始めるね」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は教室に集まった灼滅者達を見渡し、少し緊張した面持ちで話し始めた。
    「駅前の繁華街で、ある少年が闇堕ちして周囲の人達を無差別に襲う。そういう事件が起きてしまうの」
     事件が起きるのは夜の10時頃、繁華街が賑わう時間帯だ。被害に遭う人の数も、それだけ多くなるだろう。
    「その人の名前は、万道・透。透さんは、今はまだ人としての意識を保って、闇堕ちに抗っているの。けど、このまま放っておけば確実にダークネスとして覚醒して、多くの人を傷つける。そうさせない為に、みんなの力を貸してほしいの」
     闇堕ちした透の凶行を止めるには、彼を灼滅しなければならない。だが、透の完全な闇堕ちを阻止して、灼滅者として救出できる希望もある、とまりんは訴える。
     灼滅するにせよ、闇堕ちから救うにせよ、透をKOする必要がある。つまり、戦いは避けられない。

    「本当の透さんは、誰かが傷つくのを見過ごせない優しい人なんだよ。だから、自分の中に目覚めつつあるアンブレイカブルの闘争心と、必死に戦っている。それでも抑えきれない衝動を鎮めようと、透さんは繁華街の殴られ屋さんに会いに行くの」
     それでさえも、透にとっては苦渋の決断だった、とまりんは言う。それほどまでに、透の精神は追い込まれているのだ。
     結果的に、今まで抑え込んでいた分だけ透の闘争心は強烈な破壊衝動として発露し、殴られ屋を完膚無きまでに叩きのめしてしまう。そして他者を自らの手で傷つけた絶望の中でダークネス、アンブレイカブルとして完全に覚醒する。
    「透さんが繁華街に来るのは、夜の9時30分。この時間にみんなも繁華街に行って、透さんより先に殴られ屋さんに挑戦してほしいんだ。そこで殴られ屋さんを圧倒する力を見せれば、闘争心を刺激された透さんはみんなに勝負を挑んでくるよ」
     なお、挑戦を灼滅者全員で受けるのは問題ない。力をぶつける相手が増えるのは、透にとってはむしろ喜ばしい展開だ。
     ただし、透には会話をする余裕がなく、挑戦を受ければすぐに戦闘になる。透を闇堕ちから救うには、戦いながら説得を行うことになる。
    「透さんが戦闘で使うのはストリートファイターのサイキックだよ。特に武器も持っていないから、純粋な真っ向勝負になると思う。戦いが始まれば周りの人達は逃げ出すから、透さんに集中できると思うよ」
     透も力を受け止めてくれる灼滅者がいる限りは、他の者に手出しはしない。戦闘によって周囲に被害が及ぶ危険性はほとんどないだろう。
    「透さんは充分過ぎる程に自分を責めて、苦しんでるの。だから、透さんが力を振るうことを、みんなが責めないであげてほしいんだ」
     己の力の暴走に苦しむ透が、必要とするもの。それを戦いの中で灼滅者が示せば、透を苦しめる破壊衝動を鎮め、透の戦闘力を下げることにも繋がるだろう。

    「戦いの中で生きるみんなだからこそ、透さんに希望を示す事ができるって私は思うんだ」
     決意に満ちた灼滅者達の瞳に応えるように、まりんはぐっと拳を握り締める。
    「あ、あと殴られ屋さんを圧倒するって言ったけど、殴られ屋さんはあくまで普通の人だからね! あんまり大怪我はさせちゃだめだよ!」
     思い出したように慌てて付け加えつつ、まりんは灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    巽・空(白き龍・d00219)
    紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)
    ターシア・ディーバス(恐怖を歌う小鳥・d01479)
    万事・錠(ハートロッカー・d01615)
    クロノ・ランフォード(白兎・d01888)
    与倉・佐和(忠狐・d09955)
    四条・久那妓(風狼・d17767)
    八重波・智水(刹那享楽破戒僧・d17932)

    ■リプレイ

    ●結局気絶はする
     紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)は万事・錠(ハートロッカー・d01615)がボクシンググローブをつけるのを手伝いつつ、臨戦態勢といった様子の錠の横顔を見つめる。灼滅者と一般人の力の差を錠が分かっていないとは思わないが、楽しげな錠の顔を見ると言わずにはいられない。
    「……手加減しなよ?」
     灼滅者達の本当の目的はこの場にいる筈の万道・透という闇堕ちの危機に瀕した少年だ。錠がこれから挑む殴られ屋は、一般人に過ぎないわけで。
    「分かってるって。30秒で終わらせっからよ」
     グローブの感触を確かめるように拳を打ち合わせた錠の返事は、殊亜の不安を寧ろ膨らませる。が、最後は錠を信じて送り出した。
     彼らが灼滅者であることなど知るよしもない殴られ屋は、丁度懐中時計を見ていたクロノ・ランフォード(白兎・d01888)に時計の係を頼んでから、錠の待つ人垣のリングの中央に戻ってきた。
     殴られ屋と錠が、向かい合ってファイティングポーズを取る。
    「レディ、ファイッ!」
     ギャラリーの誰かが出した合図で間合いを詰め始めた2人を、巽・空(白き龍・d00219)が固唾を呑んで見守っていた。
    「大丈夫でしょうか、殴られ屋さん……」
    「まぁ、錠さんもその辺りの加減は心得て……おお、正中線3連突き」
     金的への4発目は流石に自重した錠を見て、不安げな空の隣の与倉・佐和(忠狐・d09955)は割と楽観視しているようだ。
    「万道ならあそこにいるな」
     周囲に視線を巡らせていた八重波・智水(刹那享楽破戒僧・d17932)に、クロノが声をかける。が、クロノの視線の先にある透をちらりと見た智水は、再び周囲を見回す。
    「殴られ屋さんを避難させられそうな場所はないかな、と」
     錠がまた連打をまとめ、ギャラリーが歓声を上げる。仲間達から少し離れた場所で観戦していた四条・久那妓(風狼・d17767)の、その後ろに隠れるようにしていたターシア・ディーバス(恐怖を歌う小鳥・d01479)が、歓声に驚いてびくりと身を震わせた。
     努めて殴られ屋の方を見ないターシアが、ぬいぐるみを抱きしめながら「だめ?」と訊きたげな潤んだ瞳で久那妓を見上げる。
    「……いや、いいのだが」
     久那妓が再び錠達の方に視線を向けると、勝負は佳境に入っていた。
    「悪いが、遊んでる暇はねぇんだ!」
     錠が鋭く踏み込み、正中線沿いにボディへの連打を叩き込むと、たまらず殴られ屋がガードを下ろす。
     その一瞬を、錠は見逃さない。
    「もらったァっ!」
     がら空きの顎先を、強烈な右フックが打ち抜く。
    「おっと」
     錠は意識を失って倒れ込む殴られ屋を受け止めてやり、駆け付けた佐和とクロノに預ける。
    「大丈夫。気を失っているだけだ」
     殴られ屋の様子を見た久那妓の言葉にもまだ不安そうにしているターシアに付き添われ、殴られ屋が智水の見つけた路地の隙間に運ばれていく。
    「UNLOCKED」
     錠は殴られ屋が運ばれていくのを見届けると、スレイヤーカードの封印を解くキーワードを呟きつつ、振り返って声を張り上げた。
    「どっかに居ねェのか、俺を満足させてくれる強ェヤツはよォ!」
     グローブを外した錠の言葉に、大多数のギャラリーがざわめきながら身を引く。その中でただ1人、1歩前へ踏み出した少年がいた。
    「そんなに強いなら、俺の相手をしてくれないか」
     少年の名は、万道・透。

    ●解き放たれた凶拳
    「ボク達も共にお相手しますが…宜しいですよね?」
     すかさず錠と透の間に割り込んだのは空だ。錠と空が発散する殺気に圧され、ギャラリーが更に離れていく。
    「清澄なる水、流るるが如く」
     殊亜の隣で、智水がスレイヤーカードの封印を解く。そこに、殴られ屋を運んでいた4人も駆け付けた。
    「……つーわけだが、それでもやるか? 万道!」
     何故か自分の名前を知っている男。自分を取り囲む8人の相手。
     透は気にも留めず、飛び出していた。
    「何でもいい……。だから、最後まで立っていてくれよ!」
    「それじゃ始めよっか、手加減無用の真剣勝負を!」
     透に応えて前に出たのは空だ。空は重心を落として構えを取り、透を迎え撃つ。
     透の飛び掛かりながらの右拳を、空が叩き落とすように捌く。空は同時に踏み込み、カウンターの正拳突きをねじ込んだ。その一撃では終わらせず、透の鳩尾に更に連打を叩き込む。
     透は連打を受けきってなお前進し、反撃の裏拳を逆水平に振り抜いて空を弾き飛ばし、その向こうにいたクロノに一気に肉薄する。
     助走の加速が乗った透の右ストレートが、クロノの胸を打つ。
    「サンドバックになってやるつもりはない」
     透の右拳の向こう側、踏み堪えたクロノの胸元に何かの紋様が浮かび上がる。
    「全力で行くからお前も全力で来い!」
     紋様から染み出すように広がる影を纏ったクロノが、荒神の銘を持つ日本刀を抜き放つ。
     刹那、クロノは影を残して透の視界から消えていた。
    「その後でその力との付き合い方を教えてやるよ」
     その時既に、音も光もなく振り抜かれた刃が、透の太腿を切り裂いていた。
    「何を偉そうにっ!」
     いつの間にか背後に回っていたクロノを振り返り、透が憤怒とも歓喜ともつかない雄叫びを発する。
     透はクロノの返す刃の斬り上げを上体泳がせて躱し、そのまま重心を落としつつ前へ出る。クロノの懐に深く踏み込んだ透の掌底が、駆け抜け様の抜き胴でクロノを打ち抜いた。
     吹き飛ばされたクロノを、智水が受け止める。
    「今は、全力でお相手します。大丈夫。全力できても、大丈夫ですから。闇に抗うことを、忘れないで」
    「知ったような口をっ!」
     エンジェリックボイスでクロノを治療した智水の言葉に、透が動揺したのが見て取れる。
     しかし、心と体が剥離しているかのように、透の動きは鈍らない。鋭く飛びだそうとした透を、ターシアが放ったバスタービームの弾幕が足止めした。
     ターシアはバスターライフルのコックを引き、親近感にも似た想いを次弾に込めて装填する。
    「……傷付け、たく……ないん、だよね……。分かる、の、その……気持ち」
     ターシアが小柄なせいか、構えたライフルはより巨大に見える。しかしターシアはライフルを体の一部の様に自在に操り、狙い澄ました一撃で透の脇腹を撃ち抜いた。
     今更ながらに、透の脳裏に疑念が過ぎる。
     何故、自分の名前を知っていた? 何故、誰にも話せなかった自分の苦しみを知っている?
     透は疑問を振り切り、踏み込んできた久那妓に自ら肉薄する。密着して攻撃の初動を潰した透は、そのまま久那妓を背負い投げる。
    「倒れるなァっ!」
     追撃せんと飛びかかる透と久那妓の間に、ライドキャリバーのディープファイアに乗った殊亜が割り込んだ。殊亜は透の拳を受け止め、力ずくで弾き飛ばす。
     ディープファイアがドリフトターンで急速反転し、殊亜はその勢いを借りてシートから跳躍する。
    「闘争心を…その力そのものを恐れちゃ駄目だ! それは君の味方なんだ。君が支配しろ!」
     殊亜が炎を纏った拳を、透目掛けて振り下ろす。透は咄嗟にガードを上げて受け、殊亜を睨み付ける。
    「あんたらに、何が分かるって言うんだ!」
    「分かるさ」
     ガード越しにも伝わる重い衝撃に後退した透に、今度は錠が飛び掛かる。
    「俺も……殺人衝動を持て余して、ぶっ壊れそうな時期があった」
     錠は左のジャブから右ストレートを繋げ、
    「戦い続ける事で、俺達は闇に飲まれずに居られる!」
     透の反撃はダッキングでやり過ごし、
    「お前も呑まれるな!」
     アッパーで透のガードをこじ開け、
    「逃げずに戦え、万道!!」
     空いた顔面に、連打を叩き込む!

    ●不闘の願い、不倒の誓い
    「俺はっ……!」
     透が堪えきれず1歩退く。拳打よりも、そこから伝わってくる灼滅者達の思いが、透の胸に堪える。
     だが、そんな心と体が連動していない。
    「俺に……あんたを倒させるなァ!」
     透は悲痛な叫びを上げながら、それでも体は躊躇うことなく踏み込み、体重を乗せきった右拳で錠を吹っ飛ばす。
     智水が錠の回復の為に駆け寄ると、久那妓が前に出てフォローに回る。
    「ただ壊したい、それだけでは私達は倒せんよ」
     久那妓は透を突き動かす衝動に向けてそう宣言し、一気に間合いを詰める。
    「いってくれるかな、紅鏡」
     智水の指示に従い、ライドキャリバーの紅鏡が透に突進をかける。
    「そうやって自分を嫌い、壊れるくらいなら多少は誇れる殴る理由を欲しいと思わんか?」
     その一瞬の間に、久那妓は透の死角に回り込んでいた。紅鏡の突進を躱した透の背中を、久那妓の手刀が切り裂く。
    「だけど、俺はあんたらをっ……!」
     振り返り様の裏拳を躱して後退した久那妓に代わり、ターシアが果敢に透の間合いに飛び込む。
    「大丈夫、安心、して……? 私達、そんな……軟じゃ、ない……から……」
     ターシアは小柄な体を活かして透の拳を掻い潜り、懐に潜り込む。
     ターシアが構えたライフルの銃口から光が噴出し、伸びた光が刃を形成する。ターシアは透の脇を駆け抜けながらライフルを振り抜いた。
    「貴方を、守るため……に、傷付く、くらい……なんて事、ない、から……!」
    「守る……?」
     振り返った透の前に、クロノが立ちはだかる。正眼の構えから真っ直ぐに射貫くクロノの視線に、透が僅かにたじろいだ。
     その一瞬に、踏み込んだクロノが刀を振り下ろす。
     愚直なまでに真っ直ぐな踏み込みからの斬撃は、透の反撃さえも覚悟の上だ。踏み堪えた透の拳を額に受け、それでもクロノは透を真っ直ぐに見据える。
    「その程度じゃ……いや、お前の全力でも俺たちは壊れない!」
     割れたクロノの額から、一条の血が流れる。
    「……お前はまだお前自身以外は傷つけていないんだ」
     透が更に繰り出した左の追撃が、クロノを吹き飛ばす。吹き飛ぶクロノは地面に荒神を突き立てて制動を掛け、その場に踏みとどまる。
     代わって透の前に立ちはだかった空がクロスレンジで足を止め、透を真っ向から迎え撃つ。
    「湧上る力と闘志をどうすればいいか、分からなかっただけなんだよね。……大丈夫、今はボク達が受け止めるから!」
     透の右ストレートをバーリングで流し、
    「その力、今は万道さんにとって忌むべきものかもしれない。でもその力があるからこそ出来る事がある! 救える人がいるんだよ!」
     次いでくる左フックをスウェーでいなし、
    「現にボクは貴方と同じ力を、貴方を救う為に使ってる!」
     ガードを上げてハイキックを受け、
    「万道さんも、きっと出来るよ! だって、今でも貴方は優しさを失ってないもん!」
     透が繰り出す打撃の1つ1つを丁寧に受け、捌いていく。
    「救う為……?」
     しかし、受け続けるにも限界がある。久那妓が透の死角からオーラキャノンで援護し、そこに殊亜がディープファイアと共に割って入った。
    「その闘争心は人を傷つける為じゃなくて、守る力にも出来るんだ」
     飛び退いた透が、そのままディープファイアのフロントカウルに着地する。疾走するディープファイアの上で、拳打の応酬が始まった。
    「君の希望が壊れない限り。俺たちも壊れない。破壊衝動はここで出し切れ!」
    「あんたらが、倒れないなら……俺は!」
     ノーガードの打ち合いの果て、殊亜は右フックで透の顔面を捉えると、そのままディープファイアごとの左に倒れ込み、透の地面に叩き付ける。
     派手に地面を抉り転がりながらも立ち上がった透の背後に、影。
    「一人で苦しむのは、もうこれで終わりにさせてあげます」
     透が反射的に繰り出した振り返り様の裏拳を受け、しかし佐和は踏み止まる。黒狐の面の向こうに、余裕すら窺える佐和の笑みが覗いていた。
    「万道さん……私の腕、止められますか?」
     佐和は前後の大きく取ったスタンスから、背中を見せる程に上体を捻って力を溜め込む。同時に強く引いた佐和の右腕が、巨大な異形へと変じていく。
     黒く変色した腕は古木の如く、逆巻くオーラを発して地面を圧し割る。赤い爪を伸ばした拳をただ握り込む、それだけで周囲の空気が圧縮された。
     佐和は渾身の力を込めて――
    「これからは、ただ壊すだけの力ではなく、何かを守る為の力にしましょう」
     ――鬼神の拳を振り抜いた。

    ●拳が辿り着いた場所
     次に透が目を開けた時、目に映ったのは自分を囲んで見下ろす灼滅者達だった。遅れて、透は自分が倒れている事に気付く。体を起こすだけでも、全身に鋭い痛みが走った。
     それでも、心は。
    「なんか……すっきりしたよ。あんたら、怪我はしてないか……って、俺が訊くのもおかしいか」
     晴れやかな笑みを浮かべた透の問いに答える代わりに、佐和が一歩前に出る。佐和は狐の面を外し、その向こうの笑みを見せながら拳を差し出した。
     佐和の意図を察した透が右手を持ち上げ、佐和の拳に自らの拳を合わせる。
     拳を通じて語り合う。それは、百の言葉にも勝った。
     佐和が自分に続くように視線で促すと、最初にそれに乗ったのは錠だ。
    「愉しかったぜ万道、今度また手合せしようや!」
    「……青春っぽいですねえ」
     満足げな佐和の視線に急かされるようにクロノ、智水、久那妓、ターシアと拳を合わせていき、次いで歩み出た空が拳を差し出しながら切り出す。
    「ボク達と、学園に来ませんか? 力の使い方が分からなければ、学べば良いのですよ!」
    「学園……?」
     空は武蔵坂学園のことを話し出す。ダークネスのこと、灼滅者のこと。透と同じように力に苦悩する者や、その力で力無き人々を救おうとする者達がいることを。
    「直ぐに正解は見つからないかもですが、手掛りは掴めるはずですっ!」
    「どこかで見知らぬ誰かが傷つきそうになった時。……それを防ぐ為でも闘うのは嫌かい?」
     殊亜が空の言葉を引き継いで、問いかける。
     透は迷うように顔を伏せた。戦いの最中に灼滅者達が伝えてくれた思いを、透は反芻する。
    「すぐには答えを出せないだろう。そろそろ場所を変えようか。」
    「そうですね。そこでゆっくりと話しましょう。学園のことや、これからのことを」
     懐中時計で時間を確認したクロノが提案し、智水が頷いた。
    「その前に……殴られ屋さん、の……介抱を、してあげなきゃ」
     ターシアがおずおずと歩み出る。その胸に抱いたぬいぐるみの中から、救急セットが覗いていた。
    「それじゃお願いしようか。俺も救急箱を持って来てるから、足りない物があったら言ってくれよ」
     クロノとターシアが退避させられていた殴られ屋の元に向かう。
     灼滅者達が撤収に向けて動き出し、殊亜が改めて万道に手をさしのべる。
    「学園とか、灼滅者とか、正直まだよく分からない。けど……」
     しっかりと顔をあげた透が、殊亜を見上げて頷いた。
    「俺は、この力と……闘うよ。俺に出来ることを探してみたいんだ」
     透が拳を伸ばす。
    「それなら、俺達は仲間だ」
     辿り着いたのは、仲間の拳だった。

    作者:魂蛙 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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