●修学旅行
6月がやってきた。
武蔵坂学園の大きなイベントの1つ。小学6年生、中学2年生、高校2年生を対象とした修学旅行のある、6月である。自然と、その学年の生徒たちがいる階は楽しみを抑えきれない雰囲気が漂ってくる。
「今年の修学旅行、沖縄だって!」
「楽しみね! あたし、沖縄行ったことなくってさ」
「18日から21日かー」
「自由時間はどうなってんだろな」
そのような会話も、修学旅行が近づくにつれてちらほらと交わされ始めていった。
●沖縄そば
6月19日、昼頃。昼食時。
沖縄修学旅行2日目のこのとき、武蔵坂学園の生徒たちは本部町の県道84号にて自由行動となる。
この84号についてだが、通称『そば街道』と呼ばれるほど、沖縄そばの店がたくさんあることで有名だ。自由行動の時間、ここで沖縄そばやソーキそばを食べてもらうことが目的である。
沖縄そばについてであるが、そば、と銘打ってあるものの、素材が小麦粉ということや、その製法から中華麺の分類に入る。また、見た目が太いこと、そして出汁は一般的に和風出汁を使われることもあり、味付けや食感はうどんに近い。
ソーキそばについては、ソーキと呼ばれる豚あばら肉が乗った沖縄そばのことを言う。
そのような珍しいご当地麺。なかなか食べる機会はないのではないだろうか。
もちろん、沖縄そばやソーキそばを食べなければいけないというわけではないのだが……せっかくの機会だ、ここは本場のそばを食べに行かねば損というものだろう。
明治創業の老舗や、一日限定何食まで、という限定食を出している店もある。そういうものを狙ってみてもいいし、食べ比べしてみるのも乙なものだ。
「沖縄そばって楽しみだよね」
いや、もちろんそれ以外の沖縄料理ももちろん楽しみだけど。
田中・翔(中学生エクスブレイン・dn0109)が配布された修学旅行のしおり、その沖縄そばのページを見ながら呟いた。その顔は相変わらず無表情。
カバンから取り出したグルメマップを取り出し、そば街道沿いの沖縄そば屋に片っ端からチェックを入れていく翔。これ全部、まわる気なのだろうか。
「そのつもりだけど」
冗談交じりに質問してきた同級生に対して真顔で返した。
修学旅行に話が盛り上がる校舎の一角。チェックを付け終わり、無表情ながらもどことなく満足そうな顔をしてマップを閉じた翔が、こちらを見た。
「一緒に食べ歩く?」
あなたは翔の食べ歩きに付き合ってもいいし、付き合わなくてもいい。
「うん、本場の地で本場の沖縄そばを食べる機会なんてそうそうないと思うしね」
この機会にぜひ食べておきたいよね。
食べ過ぎるというのも問題ではあるが、せっかくの修学旅行、美味しいご当地のご飯をお腹いっぱい食べたいところである。
●そば街道入口~空腹~
6月19日の昼食時。沖縄県、県道84号。そこに武蔵坂学園の生徒たちの姿があった。
「田中、お前の主食は相変わらず麺類なのな」
翔の背中に声がかかる。振り向くと、脇差の姿。脇差だけではない、他の【桜堤2I】の面々も並んでいる。
「っちゅうことで、ウチら、皆で翔くんの食べ歩きに付き合おうって考えや」
「田中の、おすすめ、食べに、いく。『おそば』、初めて、食べるから……楽しみ」
おどおどしながらも、切が楽しそうに言う。
「あ、切さん。沖縄そばというのは普通のそばと違いまして」
美乃里が沖縄そばと普通のそばの違いを軽く説明すると、きょとんとした顔を見せた。
「普通の『おそば』……ちがう、の?」
「まぁ麺類言うんは変わらないんやけどな。うどんに近いんやったか?」
「そうだね。……で、脇差」
いいお店あった? と言う翔の視線は脇差の手に持たれたガイド本。あさひが覗き込んでガイド本を見る。
「あれ、脇差くん、意外と食べ歩きに乗り気なのかな?」
「っ!? そ、そんなこと」
「隠せてないでー」
一同に広がる笑い。
「う、うるさい笑うな!」
顔を赤くした脇差に追いかけられるように、桜堤キャンパス中学2年I組の面々はまずは1軒目の店に向かって走って行った。
同じく【忍者倶楽部】の面々もどこの店から行こうかと悩んでいた。
「あ、この水族館近くのお店、自家製麺らしいですよ。でも一日70食限定なのですって」
ここ行ってみませんか? とガイドマップから目を離して、真夜が隣にいる2人に問いかける。
「ほほう、限定食でござるか。よさそうでござるな」
「だめだったらちょっと離れますけど、このお店は……あれ? 重蔵さんは?」
絢花が頷いたところで、真夜はもう1人の連れが隣にいないことに気が付いた。視線を彷徨わせる真夜に絢花が、あそこでござる、と指を示した先。使い捨てカメラで道の様子を撮っていた重蔵の姿があった。
近くでは屍姫も辺りの店の写真を撮っている。麦わら帽子に白いワンピースの姿が暑い沖縄によく映えている。
「お、いいねー。ちょっと撮らせてくれよ……あれ? お前男か?」
「そうだよ? あ、これ女装じゃないよ、可愛い服が好きなだけだよっ」
そうなのか。そうだよ。と会話を交わし、そして再び写真を撮り始める2人。と、重蔵の背中に真夜の声がかかった。
「重蔵さーん、ちょっと行きたい店あるんですけど」
「おう、俺はどこでもいいぜ」
呼ばれて駆け戻った重蔵を加え、3人も行くべき店へと歩き出した。
それとすれ違うように【料理研】の3人も道を歩く。そのうちの1人の雛はルンルン気分でマップを見ている。
「全店制覇、と行きたいが、現実的ではないな」
とりあえずは人気の鰹出汁、伝統の豚の出汁、豚骨出汁の三種、か?
「スープが3種類? 全部試すなら、3軒は回らなきゃですね」
その隣で陽己と桜があれこれと相談していた。ふと、雛がマップから顔をあげて陽己を見る。
「そういえば、沖縄そばというのはどのようなものですの?」
「えーと、な」
視線を桜から雛へと向けて沖縄そばの解説を始める陽己。その無表情ながらも、楽しそうな雰囲気を感じ取った桜は、陽己さん、とっても楽しそうです。とくすりと笑っていた。
「ここが……伝説の……そば街道!」
ごくりとつばを飲み込む夏蓮。
「食べる前からわくわくしてよだれが……」
じゅるりとよだれをすする千結。
「ところで、おいしいおそばを食べれるって、ここって有名なところっす?」
「麺類好きとして一度は来てみたかった聖地……!」
「なるほどなー」
千結を見ていない夏蓮の言葉に納得して頷く。と、その手がむんずと掴まれる。
「いこう! のっち! 目指すは全店制覇!!」
「……そうっすね!」
そして2人は走り出した。
その後方。
「初修学旅行ですの!」
初運動会もしましたし、日本の学校は楽しいですわ。とベリザリオが振り返れば、織久が大仰にため息をつく。
「何故学年の違う兄さんがいるんですか」
「細かいことは気にしないことですわ。奢りますから一緒に食べ歩きしましょう?」
ベリザリオの鞄から取り出されたパンパンの財布を見て、再び織久の口からため息が漏れる。
「奢らなくていいです。割り勘の方が一人で支払うより多く食べられますからね」
「あら、そうですの? まぁ、一緒に思い切り食べましょう!」
と、こちらも出発するのだった。
●そば街道5合目~腹四分目~
「目指すは限定数蕎麦です。行きますよ~!」
「限定ソバ! ダッシュ!」
司と千架がダッシュをかけるのを、【柴くんち御一行】の他の面々が手を振って見送る。
「頑張ってとってねー、ゆっくり行くから」
「ダッシュなんかしたら体力を使い果たすんで」
「ちょ、体力ないとか! まだ学生っすよね!」
そんな会話をして走っていく2人。爆走する2人の起こす風が、昌利の服をはためかせていく。
だが本人は気にすることなく、ぶらり再発見に反応した、すぐ近くのこじんまりとした店に目を向けた。踵をそちらにむける。
「へいらっしゃい。ここらじゃ見ない学生さんだね、そっちも修学旅行かい?」
「そっすね。そば1つ」
「まいど!」
そして出される沖縄そば、いただきます、と昌利は一口啜る。
「……ふむ、なかなかイケるなぁ」
こぼれ出た一息。少し離れた席では、注文して着席した籐花と衿夜が話していた。
「沖縄そばとソーキそばって、同じだと思ってたけど……」
「違うんだなー。あー、楽しみ!」
思わず零れ出た涎を見て、笑いながら籐花はハンカチを差し出す。
やがて来た沖縄そばとソーキそばに感嘆の声を漏らし、元気よく食べ始める2人。
「熱っ、でも肉汁すごい、おいしい……!」
思ってたよりさっぱりしてるかも、これはいける、と思いながら目線を前に移せば、ソーキそばの肉の量にテンションが上がった衿夜はガツガツと食べていた。
「お、おいしい!」
その食べっぷりに、男の子の胃袋ってすごいなぁ……、と見つめていた籐花の目線と、顔を上げた衿夜の目線がぶつかって。
(「ハッ……じ、女子と二人で昼飯!?」)
その事実に唐突に気が付き、そわそわする衿夜。その様子に疑問を持った籐花が。
「えーりーやーくーん、どうしたの?」
なんて声をかければ、や、いや、なんでもないっす! と裏返った声で思わず答える衿夜だった。
一心不乱にそばを啜っていた宮古が席を立ちあがる。
「ご馳走様。美味かった」
「まいど! いい思い出になったかい?」
「実に」
満足げな顔をしてお金を払い、店を出る宮子。既にこれで5軒目。まだまだ腹には余裕がある。
「その土地の空気と味覚を楽しむ。旅行とはこうあるべきだな。しかし美味い。また沖縄を訪れる理由ができたな」
今回は爆食をしにここに来た。食べ過ぎて太るなど、そんなことは考えん、と意気込む宮子は次の店を探しにガイドブックを開く。
少し離れたところで、錠がラーメンフリークの血が騒ぐぜ! とグルメマップを開いて一瞬フリーズしていた。
「すげえ……」
隣から覗き込んだ徹太が、グルメマップに載っている店の数を見て声を漏らす。
「70軒近くある、だと……? どうしよっか、ケロちゃん、気になる店とかある?」
「どう選べって、万事は何を食うんだ。俺はラーフリなる万事の第六感がキャッチしたところでいいよ」
「俺はケロちゃんに任せようかなって」
「えっ」
「えっ」
……のんびり散策して気になった店に入ってみっか。そうだね。
と歩き出した2人の目に、土産屋が飛び込んでくる。
「お、ケロちゃんあのそばTシャツ、オソロで買ってかねェ?」
「オーケー、買おう。今日の寝巻にする」
枕投げの勝負着に決めた2人だった。
「これだけ、沖縄そばとソーキそばが並ぶと、どこも美味しそうで困るなー」
「おぉう、どのお店からも美味しそうな匂いがするのですよぅ。どこから行きましょうかねぇ?迷っちゃうのです」
一方こちらは夕陽と優希那。2人して目を輝かせてグルメマップとそば街道を眺めている。うーん、としばらく悩んだ後、夕陽はよし、と優希那の手を掴んだ。
「やっぱり此処はよく売り切れになってるって話の店からいってみる? あそこにあるって」
「はい~!あのお店に行ってみましょう~」
夕陽が優希那を引っ張る形で店内に。2人で並んで空いている席に座り、メニューと睨めっこ。
近くでは先ほどダッシュしていった2人と合流した柴くんち御一行。
「で、限定品はゲットできた?」
関西風だしの沖縄そばを注文した観月が司と千架に問う。イエスと答える2人に、他の一同の目が光る。やがてきたそばを見比べて弌影が一言。
「ひと口いいか?」
「いいですよ」
「やった、超強奪する」
「それじゃ、ご遠慮なく」
さらに観月と実鈴が乗っかるのを、猫舌ゆえにそばが冷えるのを待っている美樹が見つめている。
頂戴組がどいた後、さて、限定そばを食べるか、と箸をとった司の目にはほとんど中身が残ってない限定そばの姿があった。
「……柴君も梢さんも容赦無い」
隅っこの方でふて腐れた。まぁまぁ、と皆で麺を分け合ったり、デジカメ鑑賞会で変顔やら、機械音痴やらでまた一悶着起きるのを横目に、美樹は冷えたそばを啜り始める。
それを傍目に、夕陽と優希那はそれぞれ頼んだ沖縄そばとソーキそばを仲良く半分こしていた。
●そば街道八合目~腹八分目~
沖縄そば街道を【天文台通り2-5】で制覇しようぜ! と意気込む京介。
「手分けして買いに行って、後で集合してシェアすれば、色んな店のソバを食べられる……これだ!」
桜の目が光る。それなら遠い店は任せな! と突っ走っていった京介を置いて、他の面々は近くの老舗に並んだり、有名店に限定そばはまだあるか電話をかけたり。
「……ダメだ。もうハケたってよ」
そのうちの1人、竜胆が電話を切るなり肩を落として残念な報告をした。仕方なしに手近な空いてる店に入っていく。
「むー、流石は『そば街道』……。そこら中からいい匂いが……」
一方、こちらは老舗に並んでいるリヒト。機嫌を悪くしたお腹の虫がぐぅと腹を鳴らすがここは我慢我慢。そのリヒトの目の前を、イヴ、メイテノーゼ、桐香が歩いていく。
「色気より食い気。それもまた趣があって風流ですわね」
「そうね。それにしても沖縄そば食べるの何年ぶりかしら……」
と、イヴの目がメイテノーゼの持つ本に吸い寄せられた。グルメガイドかと思いきや、沖縄そばの歴史本。
視線に気が付いたメイテノーゼがああ、と声を上げる。
「どうしてもまずは知識から、と思ってしまってな」
「まぁ本とかの情報は信用できないから別にいいけど。あ、私はあそこの人に聞いてみるわ。2人はどうするの?」
「店選びは女のカンで勝負ですわ」
「俺は、とりあえず皆行ってない店に、かな」
そう、それじゃまたあとで。と分かれた3人。
カンで店を選んだ桐香が扉を開けると、そこには【桜堤2I】の面々が座っていた。
「んー、紅しょうがに美味しいお肉。蕎麦のイメージとはちょっと違うけど、この麺も、美味しいねぇ」
「本当、美味しい」
小盛りの沖縄そばを分け合って食べる女子組の傍ら、脇差と翔がもくもくと麺を食べ続けていた。
「それにしても脇差さんも、翔さんも、よく食べますね」
「俺はそろそろきついけどな。あさひの小盛り提案がなかったらとっくにギブアップだ」
「ご馳走様」
「まだまだこの程度では俺の胃袋は倒せんぞ!」
「あぁ、あっさりとした出汁とソーキのがっしりした味が以下略」
「なんや増えとるし……」
手を合わせた脇差と翔の隣に、いつの間にか邦彦とリューネも座って一緒に食べていた。数十軒ほど前から一緒に、付いてきているのだ。
「たのもー!」
「んと、ここのお店のがおいしいの?」
そこにひらりと勇介が入ってきた。
「ここまで既に数件制覇してますがまだまだこれからですっ!」
と意気揚々と席について沖縄そば1つ! と元気よく注文するひらりの傍ら、勇介と翔の視線がぶつかった。
「あ、えっと、エクスブレインの田中にーちゃんかな?」
「そうだけど」
どこかで会ったっけ? とみる翔に、初めましてと頭を下げる勇介。上げられた顔には笑顔。
「教室で良く田中にーちゃんが麺類関係で依頼出してるでしょ、有名だよ?」
そうなの? と周りにいる一同に視線を向ける翔。そしてまた、翔の食い歩きメンバーに追加人員が加わる。その一方で、そばを一気に食べ終えたひらりが勢いよく立ち上がった。
「うん、おばちゃんご馳走様っ! めっちゃ美味しかった!」
さーて、次はどのお店行くかなー。と言葉を残して店を出ていくひらり。彼女の食べ歩きはまだ終わらない。
●そば街道終点~満腹~
「うん、御馳走様、美味しかった」
エリアルが代金を払って席を立ちあがる。スープも飲み干した様子に店の人も元気よくまいど! と返す。
「ふぅ……それにしたも食べたなぁ」
海に興味無いエリアルが、今回の修学旅行で一番楽しみにしていた事、それは沖縄そばの食べ歩きだった。人気店一歩手前な店を狙って行き、その味を1人で、のんびりと堪能する。
そんな幸せも時間と胃の容量により終わりを告げようとしていた。そろそろ集合場所に向かわないと。
店を出たエリアル。目の前に、ぜぇぜぇと荒い息をついて両手両膝を地面についている邦彦とリューネの姿。
「この俺の胃袋を攻略するとはなかなかだな……。ガク」
「こ、これで全店制覇か」
翔は大丈夫か……。と顔を上げた視線の先。【天文台通り2-5】から少し離れたところでデザートを食べている翔の姿があった。
「オレはそろそろデザートの時間だ。なんだよ、笑うんじゃねえぞ」
「お、俺も食べる。どれがオススメ?」
「デザートは別腹ってやつかよ……よく食うな」
「別腹? 何言ってるんですか。食休みですよ」
「デザートの時間に食休みって……、オレより大食いなんじゃねえのか。それでどうして、そんなにちっちぇえんだ」
「そんなに小さいとは思わないのですが? 触ってみますか?」
「っ!? 悪かったよ!」
など、そんな会話も聞こえてきて。
「ごめんなさい流石にもうお腹いっぱいですおぷうっ!」
2人がダウンした、その道の、終点で。
「―――もう、死んでもいい」
人知れず、このそば街道のありとあらゆる沖縄そばを片っ端から食らっていた雀太が、いい顔、いい声で、真っ白に燃え尽きながら呟いていた。
作者:柿茸 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年6月19日
難度:簡単
参加:48人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 10
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