幻獣は滾る牙を振るい

    作者:波多野志郎

     ――その獣はゆっくりと周囲を見回した。
     そこは草原だった。梅雨に入ったばかり、まだ夏にはしばらくあるが、その青い空と緑の大地は、夏がもうすぐ近いのだと確かに感じさせる。
     獣、イフリートはそのまま地面を蹴って疾走する。本来の縄張りである洞窟では出来ない、全力の疾走だ。
     その額から鹿の角を生やす狼のフォルムを持つイフリートは、ふと気付く。草原から覗く麓の街の光景を。
     そのまま、地面を蹴る足により力がこもる。全力疾走のままイフリートは口の端から炎をこぼし、喉を鳴らした。
     それはまるで、新しい光景に心躍らせる子供の笑い声のようであった……。

    「ちょっと気分が乗っちゃったって感じっすかね」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)はため息交じりにそう評した。
     翠織が今回察知したのはダークネス、イフリートの動向だ。
     そのイフリートは山奥の人が訪れないような洞窟を縄張りにしていたのだが、その足を少し伸ばしてしまったのが悲劇の始まりだった。
    「その山の麓にある人里を見つけて、そこへと行ってしまうんすよ。でも、そうなれば破壊と殺戮の本能のままに暴れてしまうっすから……かなりの数の人間が犠牲になってしまうんすよ」
     イフリートがその本能のままに人里で暴れ回れば、もはや天災と変わらない。一般人では、抵抗する暇もなく命を奪われてしまうだろう。
    「そうなる前に、対処をお願いしたいんす」
     戦場となるのは、イフリートが洞窟から足を伸ばす草原となる。
    「これより先や後だとイフリートのバベルの鎖に察知されるっす。見渡す限り障害物のない広い場所で、イフリートとの真っ向からの力勝負になるっす」
     イフリートは単騎であろうと強敵だ。イフリートのサイキックに加え、リングスラッシャーのサイキックも使って来る。高い一撃の破壊力と広範囲攻撃を併せ持ち、回復能力まで持つ、イフリートは単純な力勝負で勝てる相手ではない。
    「全員が自分の役割を持ち、その上で協力する――出来る事の幅と数、その優位を活かして初めて互角に戦える、そういう相手っすよ」
     翠織の表情は真剣なものだ。それは、決して誇張ではない。
    「真っ向勝負っす、その覚悟を決めて挑んでほしいっす」
     お願いするっすよ、と翠織はそう一礼、締めくくった。


    参加者
    蒼月・杏(蒼い月の下、気高き獣は跳躍す・d00820)
    二階堂・空(高校生シャドウハンター・d05690)
    天城・兎(二兎・d09120)
    月見里・璃亜(中学生ストリートファイター・d09467)
    異叢・流人(白烏・d13451)
    マキシミン・リフクネ(龍泉大好きっ子・d15501)
    神部・美羽(フィーリンガール・d17296)
    御手洗・亜美(自由気ままな戦闘狂・d17477)

    ■リプレイ


     どこまでも澄み渡る青い空。涼やかな風に揺れる草原。その光景を見て、二階堂・空(高校生シャドウハンター・d05690)は自身の名と同じ天を仰いで呟いた。
    「確かにこんな何一つないただっ広い草原に天気がよけりゃ、走り回ってみたいって気にもなるさね」
    「うんうん、なんかわかるな〜ワクワクしちゃうの! いい天気の時に川沿いをランニングしてて、気分が乗って予定の倍走っちゃうのと同じノリですよね!」
     神部・美羽(フィーリンガール・d17296)もその時の気分を思い出したのだろう、笑顔でうなずいた。
     そして、だからこそその表情が曇る。
    「草原を走り抜ける、か。確かにそれは快いだろう、だが、領域を超えてしまえば、排除するしかない――」
     伊達眼鏡を押し上げ、蒼月・杏(蒼い月の下、気高き獣は跳躍す・d00820)がこぼした。
     彼等の眼前に、駆ける巨獣の姿があった。額から伸びる鹿の角。狼によく似た体躯。しなやかに駆け抜けるその姿は、まるでつかの間の晴れ間にはしゃぐ子供のようにも見えた。
     天城・兎(二兎・d09120)はその姿に、ため息交じりにこぼす。
    「イフリートとは言え相手は子供なんだろ? 気が引けるなぁ」
    「洞窟の中にこもってたんじゃ外の世界に出てテンション上がっても仕方ない!」
     美羽はそうフォローを入れる。本当に、その気分がわかるからこそ他人とは思えないのだろう。
     ――しかし、相手はダークネスであり、何よりもイフリートなのだ。
    「止めないとね」
     月見里・璃亜(中学生ストリートファイター・d09467)のその言葉に、御手洗・亜美(自由気ままな戦闘狂・d17477)がのんびりと言った。
    「止められないとぉ、麓の街でいっぱい人が犠牲になっちゃいますからねぇ」
     その言葉に、場の空気が一変する。亜美の言葉は事実だ、厳然たる現実だ。その事実が、この場に居た全員の意識を切り替えた。
    『――グル……!』
     イフリートが灼滅者達の姿に気付いたのか、加速する。それを見て、杏がスレイヤーカードを手に言い捨てた。
    「俺の影……目覚めてここに力を!」
     音も無く、杏の足元から影が溢れ出す――その瞬間、兎が言い放った。
    「行け、赤兎」
     ゴォウン! とエグゾースト音を轟かせ、ライドキャリバーの赤兎が駆け出した。自身へ走り寄る赤兎に、イフリートは地面を蹴って跳躍、炎に包まれたその爪を振り下ろす!
     ガギン! と赤兎の装甲を爪が削り、その車体を炎に包む。そこへ亜美が既に回り込んでいた。
    「手癖の悪いワンちゃんですぅ――!」
     赤兎への一撃が振り下ろされた瞬間、亜美は懐にいる。イフリートの動きに合わせて踊るようにステップを刻み、銃剣を振りかぶり横一閃――ティアーズリッパーが燃える毛並みを切り裂いた。
    『グル!』
     だが、イフリートは動きを止めない。駆け出そうとするそこへ美羽が続いた。
    「そこのイフリート待ったー!!」
     加速し、その勢いのまま低く身構えイフリートと交差の瞬間、美羽は横回転する――横回転は二回、陽炎幽契刃が振り払われイフリートの足を切り裂いた。
     黒死斬を受けて、イフリートの動きが鈍る。その瞬間を異叢・流人(白烏・d13451)は見逃さない。
     踏み込む。その踏み込みは一歩でありながら瞬く間にイフリートとの間合いを詰め切った。古武術の縮地にも似たそれから繰り出すのは、鋭い拳打だ――しかし、イフリートはそれへ口から吐き出した炎の奔流を叩き付けた。
     流人の鋼鉄拳が炎を打ち払う。だが、そこにはイフリートの姿はもうない。自身の頭上を飛び越える巨獣の姿に、流人は呟いた。
    「……故に、戦術を練っていかないと危険と言う訳か」
     イフリートの動きには武術の理はない。だからこそ、その身体能力だけで武の動きに対応しきる野生の本能は脅威と言うしかない。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     獣の咆哮が、草原に響き渡る。大気を震わせる咆哮は、殺意を含んでいた。今の攻防が、イフリートの破壊と殺戮の本能に火をつけたのだ。
    「回復は任せて下さい」
     マキシミン・リフクネ(龍泉大好きっ子・d15501)がその裁きの光条により赤兎の炎をかき消しながら言ってのける。その言葉には強い決意の色がある、だからこそ璃亜は静かにうなずいた。
    「その分、私達が攻撃を頑張るね」
    「そうだな、行くぜ!」
     空がガトリングガンを構えたその瞬間、杏もガトリングガンを手に吼えた。
    「炎の戦い、こちらが勝たせてもらおう!」
     杏が右へ、空が左へ、二人のガトリングガンが爆炎を宿した銃弾の雨をイフリートへと撃ち放った。ガガガガガガガガガガガガガガ! とイフリートに着弾しては、炎がこぼれる。四肢に力を込めてブレイジングバーストの十字砲火を耐えるイフリートへ璃亜が真正面から突っ込んだ。
     螺旋を描く槍がイフリートの角と激突する。槍と角が拮抗する。間近にイフリートの顔を見て、璃亜が囁いた。
    「初めて見るものは、凄く興味惹かれるよね……私もそうだから、気持ち高まっちゃうのも、すごーく解るんだ」
     幼子に語りかけるように、璃亜は真っ直ぐにイフリートの目を見ていっそ優しく続ける。
    「でも、ここから先……里に行っちゃ、駄目だよ? 私達が、ここで、止めるからね。罪のない誰かが犠牲になるのは、絶対止めなくちゃいけない、から」
    『グ、ル……』
     止まったはずの璃亜の槍に力がこもる。言葉を重ねる度に、迷いが晴れていく――自分が戦うその理由を、胸に刻んでいく……!
    「ごめんね……君の力は、凄くおっきくて、本能のままに使っちゃうと危ないんだ」
     強引に璃亜が全身の力を振り絞り、槍を突き抜いた。イフリートが大きくのけぞる――そこへ、璃亜はこう締めくくった。
    「でも、障害物もない、広いここなら、思いっきり暴れられるね。全力でお相手、するから、最後に思いっきり戦おう」
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
     イフリートが璃亜へと牙を振るう。だが、そのイフリートを赤兎が横合いから突撃し、牙の軌道を逸らした。
    「赤兎、常に動いて気を引いてろ」
     兎が城鍍の怒號をかき鳴らす。その音色にイフリートが唸り、顔を左右に振るのを見て、兎は静かに呟いた。
    「耳を塞いでも無駄だ」
    『――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     ならば、とイフリートはその咆哮を轟かせ、バニシングフレアの炎の瀑布を灼滅者達へと叩き付けた。


     イフリートが、草原を疾走する。
     その動きに追随するのは、美羽だ。脛まで伸びる草も踏み出す足を蹴るようにすれば、足を取られない。
     美羽が右腕を振り返りざまに薙ぎ払った。陽炎幽契刃を握る右手に、イフリートは地面を抉りながら急停止、それをやりすごそうとする。
     しかし、美羽の本命はその解体ナイフではなかった。
    「斬ると見せかけてパーンチ!!」
     右腕の振るう動きを利用して左の拳を繰り出す。イフリートはその鋼鉄拳にすぐさま反応、角で受け止めた。
     美羽はのけぞり、体勢を立て直す。今の一撃は虚をついたはずだ。それをイフリートは反射神経だけで対応して見せた――その事に、美羽は背筋に駆け回る爽快感を憶えた。
    「さすが一筋縄じゃいかないですね〜、でもそれがいい!!」
     強い。自身の全力を余すことなく受け止めてくれる敵に、美羽のテンションが跳ね上がった。
     イフリートが振り返る。そこには眼鏡を押し上げ跳躍した杏の姿があった。
    「いくらイフリートといえど、他者の炎からは逃れられまい」
     杏の影が、炎をまとう――影業によるレーヴァテインが炎の津波のようにイフリートを襲った。
    「いっちょ、焼き獣になってもらおうか!」
     ゴォ! と炎の津波がイフリートを飲み込む。その内側からイフリートは炎を食い破り、跳び出した。
    「本当、元気、だね」
     そこへ璃亜が身を低く踏み込む。バチン、と放電光を宿すその拳を璃亜が全身のバネを使って振り上げた。
     ガチン! とイフリートの歯が音を立て、火花を散らす。顎を打ち抜いた璃亜の抗雷撃が、イフリートの体勢を崩した。
     だが、その瞬間、イフリートの周囲で七つの炎の輪が生み出される!
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
     炎の輪が唸りを上げて周囲を薙ぎ払った。セブンスハイロウの刃が攻撃を繰り出した直後の璃亜の胴を狙う――!
    「させるか」
     そこへ流人が割り込む。武術の払いを持ってしてもその炎の輪は受けきれない、致命傷だけを的確に避けながら流人は豪快にオルタナティブクラッシュをイフリートの顔面へと叩き込んだ。
    「攻撃に集中してください」
     マキシミンは立ち上がる力を呼び起こすバイオレンスギターの旋律で仲間達の傷を癒していく。
     その音色に背を押されながら、亜美が咆哮のように叫んだ。
    「……やりやがってくれましたねぇ。上等ですよぉ、絶対やり返してやりますからねぇ!」
     その怒りに影響を受けたように、荒々しく亜美の足元から走った忍び寄る影が音も無くイフリートの足へと食らい付く。イフリートはそれから逃れるように地面を蹴るが、赤兎の機銃掃射がその動きを制した。
    「その炎は、どこまでも厄介だな」
     少し封じさせてもらおう、そう兎は兎澱の雷霆を渾身の力で振り抜く。そのサイキックフラッシュの爆発は、イフリートの炎を大きく吹き飛ばした。
    (「大人しくしていてくれれば、こんな風な邂逅にはならなかっただろうに――!」)
     手中に生まれた漆黒の弾丸、デッドブラスターを射出し空は小さくため息をこぼした。
    「人里の近くまで降りてこなければ良かったものを」
     マキシミンもそう思わずにはいられない――無邪気に草原を駆け回りたい、それだけならば、こんな戦いをする必要はなかっただろう。
     だが、見逃す訳にはいかないのだ。戦いが始まる前、亜美の言った言葉が全てだ。人里に下りれば、犠牲者が出る。それこそ何の罪も無い、ただ日常を送っているだけの人々が、だ。
    「それだけは許す訳にはいかない」
     マキシミンの決意は、灼滅者全員の総意だった。


     破壊と殺戮の本能に突き動かされるイフリートの姿を見てしまえば、倒すしかないと理解出来る。
     八人と一台、それが死力を振り絞りようやく互角の状態を維持していた。
    (「ああ、最高じゃないですか」)
     亜美が笑う。戦闘狂としては、強敵は大歓迎だ。ほんの一手で戦況が切り替わるスリルに、頬が痛いほどに熱を帯びていた。
     イフリートは強大だ。だが、いかに強力といえど単騎の限界がある。その戦況を大きく動かしたのは、空だった。
    『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
     ゴォ! と炎が渦巻き輪を形作る――それをイフリートが空へ向かって射出した。
    「ぶつけて消すような――イメージ!」
     空が手中に作り出した漆黒の弾丸を、渾身の力で投げ放った。弾丸と炎の輪が空中で激突――爆炎と爆風を撒き散らす!
    「そろそろ本気で攻撃にいくか」
     その中を突っ切り、突撃する赤兎に合わせ兎がそのオーラを集中させた両の拳を繰り出した。ドドドドドドドドドドゥ! と閃光百裂拳の拳打がイフリートの巨体を打ちのめしていく――そこへ璃亜が炎に包まれた槍を突き出した。
    「――今」
     璃亜のレーヴァテインの槍撃に続き、流人もその槍を頭上へと掲げる。ギュオ! と頭上に生み出された氷柱が、タクトのように振り下ろされた槍に従い、唸りを上げて放たれた。
    「貫け」
     ドン! と妖冷弾がイフリートの太い胴を刺し貫く。体をくねらせ暴れるイフリートへマキシミンが叫んだ。
    「面倒起こさんで下さい!」
     心の底からの叫びと共に、魔法の矢が放たれる。マキシミンのマジックミサイルが突き刺さりながらも、イフリートは駆けた。
     その前へ美羽が回り込む。その前足に抱きつくように両腕を回し、肩へと担いだ。
    「一本背負投ってやつですよ!!」
     イフリートの駆け出した勢いを利用した地獄投げが、その巨体を草原へと叩きつける! 声もなく転がったイフリートが起き上がるそこへ、亜美が銃剣を手に駆け込んだ。
    「百倍返しですよぉ!!」
     その短い間合いを活かし、亜美が銃剣を振るっていく。そして、最後に腹部へと刃を突き刺し、零距離で引き金を引いた。
     イフリートが体勢を崩す。
    「一般の人達の命を天秤にかけることはできないし、戦うしか守れないというのなら、仕方ないさね」
     そのイフリートへと空は間合いを詰め、居合いの一閃を繰り出した。その斬撃に前のめりになりながらも、イフリートはなおその牙を剥く。
    「残念だな、どれ程鋭い牙でも当たらなければまなくらと同じだ」
     杏の中の闘争本能は、イフリートの強さにかき立てられていた。それが隙にならないのは、努めて冷静であろうとしたからだ。
     その拳に炎が宿る――未来を掴むために放たれたその一打が、イフリートの巨体を吹き飛ばした。


     あまりにも呆気なく燃え尽きたイフリートの姿に流人は残心を解き、呟いた。
    「ふむ、これにて状況終了か……皆、お疲れ様だ」
     流人の労いの言葉に仲間達もようやく安堵の笑みを見せる。体を蝕む疲労を自覚する、それほどの戦いであり、強敵だったのだ。
    「しかしイフリートは広いところ好きだよな 体がでかいからか?」
     草原を見回し、杏はしみじみと呟いた。その言葉に、青空を見上げて美羽が叫んだ。
    「良い天気だな〜……あたしも走りたくなってきた!!!」
     あの激闘の直後でもそう思える、それほどにすがすがしい青空だった。
    「さて、俺達はちょっと野暮用があるからここでお別れですかね。先に帰っていてくださいね」
     赤兎に跨り、兎は走り出す。イフリートの住んでいたという洞窟を確認しよう、というのだ。
    「……帰宅出来るの何時だ……?」
     兎の言葉に思い出したように杏は苦笑、伊達眼鏡を押し上げた。
     日本は狭い、そう思っていた。しかし、未開の地は多く、あのようなイフリートがいる場所もこの空の下にはきっといくつもあるのだ。
     その事を自覚して、灼滅者達は一つの戦いを終えて帰還した……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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