黄昏浪漫倶楽部

    作者:一縷野望

     この無粋なる進学校とやらに足りない物は何か?
     ――浪漫、それから生じる背徳。
     そんな甘言に惑わされないと叫んだ無粋な生徒会長は、生徒会室にて血塊に変えさせていただいた。
     ……ネズミが1匹いたようだが、そんなものは我が導きの障害には欠片もなりはしない。

     辰宮馨は朱雀門高校から転校してきた男子生徒である。
     成績優秀な所は点数稼ぎにやっきな教師に重宝されたし、それでいて鼻にかけた部分も見えず如才ない社交術はクラスメイト……引いては学校のかなりの生徒を惹きつけた。
     今や『辰宮馨』の主催する『黄昏浪漫倶楽部』を知らない生徒は、この学校ではモグリと言える。
    『黄昏浪漫倶楽部』
     旧校舎一角に広がる生徒の社交場。
     放課後だけでなく最近は堂々と授業中も此処に居座る生徒が後を絶たない。
     何をやっているか――彼ら曰く「ハイソにして閑雅にして濃密なディスカッション」である。

    「馨様、最近のゲームのシナリオってなってないと思いますのよ」
    「馨さん、最近の文豪家ってなってないと思いませんこと?!」
    「馨クン、最近のスポーツ選手はなってないと思わんかね!」

     つまり空っぽ。
     自分達は含蓄のある話を語りあったつもり、でも彼らは青春の貴重な時間を浪費している。
     もちろん、一部の生徒や教師は『黄昏浪漫倶楽部』へ異を唱えるが、何故か彼らは次の日から学校で姿を見ることは、ない。
    「馨様」
    「馨さん」
    「馨クン」
     ある者は陶酔と共にその名を呼ぶ。
     ――ある者は、怯えと共にその名を、呼ぶ。
     

    「確かに、私たちもいつも中味のある会話を交していると胸を張れるわけではありませんが……これは明らかに行きすぎですね」
     教卓で資料を揃え、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は憂いを帯びて瞼を伏せる。
    「朱雀門学園のヴァンパイアの学園支配がまた見つかりました」
     ダークネスヴァンパイア、現在の武蔵坂の灼滅者達が真っ向から対立すればヤヤコシイコトになる、やっかいな敵。
     とはいえもちろんむざむざと他校の支配を見過ごす訳にもいかない。
    「なんらかの形で、彼の学園支配の意志を砕くか、興をそいで学園から追い出してください」
     決して馨の灼滅が目的ではないと、姫子は穏やかだがはっきりとした口調で添えた。
     
    「馨さんは『黄昏浪漫倶楽部』という集まりを作り、生徒達を堕落させています」
     生徒達は昼夜問わず旧校舎に作られた古い時代のカフェを模した喫茶室に溜まり、学校生活を放棄して怠惰に耽る。
    「皆さんが馨さんの邪魔をしようとしたら、配下眷属と共に襲ってきます。あと、馨さんに心酔している一般人も数名戦闘に加わりますね」
     出来れば一般人の彼らは殺さないで欲しいと姫子は添える。
    「先程言いましたことを言い換えますね、大きく分けて方法は2つです」
    『このまま戦えば、自分達が倒されるだろう』と認識させる。
     簡単に言うと『黄昏浪漫倶楽部』へ潜入し、頃合いを見て戦闘を仕掛ければ良い。もちろん馨が撤退を考える程に追い込まねばならない、だが灼滅もまた避けねばならないのだ。
     もう一つの方法は『灼滅者達を倒しても作戦は継続できない』と馨に納得させる事。
    「ごめんなさい。具体案は私にはありません」
     足がかりになるかもしれないと姫子が告げた情報は以下の通り。
     学園が学力偏重にすぎていたためか、元々おちこぼれや青春に勉強以外の意義を強く求める一部生徒の不満は大きかった。
     そんな生徒と学校側の架け橋となろうとした生徒会長の少女は既にこの世にいない、馨の邪魔となったから転校してすぐ殺されている。
     馨が殺した生徒会長の恋人は『黄昏浪漫倶楽部』に入り浸っている。
     生徒会長と対立していた女生徒は授業をサボり裏庭にいる事が殆どだ。
    「恋人の名前は江川さん、生徒会書記です。女生徒は鬼崎さんといいます」
     写真で見る限り、江川は聡明な雰囲気で、鬼崎は制服を着崩しはすっぱに構えたような感じの子だ。学校もサボりがちだったらしい。
     彼らへの接触を図るか否かの判断は皆に委ねられている。
    「考える事が多い……逆に言えば皆さんの作戦次第で結果は大きく変わります」
     とん。
     資料を揃えるように教卓を鳴らすと、姫子はそれらを灼滅者達に託す。
    「大変かとは思いますが、どうぞよろしくお願いしますね」


    参加者
    千布里・采(夜藍空・d00110)
    鬼燈・メイ(火葬牢・d00625)
    色射・緋頼(兵器として育てられた少女・d01617)
    篠原・朱梨(闇華・d01868)
    御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)
    蓬莱・烏衣(スワロー・d07027)
    エイナ・クレメンス(黒白・d08291)
    リュカ・シャリエール(茨の騎士・d11909)

    ■リプレイ

     彼女はずっとひとりだった。
     彼はどこか怯えていた。
     そんな彼女を、エイナ・クレメンス(黒白・d08291)は観察する。彼女が真っ直ぐな人であり、力を貸してくれればと願いながら。
     そんな彼を色射・緋頼(兵器として育てられた少女・d01617)は裏庭で待つ、彼の恋が本当だったと信じながら。

    ●退廃の裏側
     怠惰と情熱は両立する。
     昼でも陽のささぬ旧校舎の中、アンティーク風のランプの灯を頬に受け中味のない激論を交す。
     彼らは己が愛せない物を否定する、其処に根拠はない。
     怠惰が彼らから棘を奪い、生ぬるい睦まじさを代わりに与える。
    「なるほど」
     リュカ・シャリエール(茨の騎士・d11909)は双方陣営に相づちを打ちつつ、今は居ない馨に想いを馳せる。
    (「耽美と暴虐と謀略の吸血鬼が語るに落ちましょう」)
    「へー」
     物静かにして中性的な面差しが頷く隣には烏羽頭。頬に当たる一房の銀を揺らし、蓬莱・烏衣(スワロー・d07027)は好まれる笑みで場に溶け込む。
     もはや学舎の体を為さない此処への潜入は余りに容易く、プラチナチケットを使うまでもなかった。
     ――斃してしまいたい。
     常に研ぎ澄まされた刃のように在る御神・白焔(死ヲ語ル双ツ月・d03806)は、馨の見逃しという目標に烏衣と似た歯がゆさを抱く。
    「なぁ」
     鬼の居ぬ間に、
    「こないだ転校してきたから知らへんのやけど、怪談とかあらへんの? ……消える人とか、な」
     千布里・采(夜藍空・d00110)は暢気に歓談の輪へと顔をつっこんでみた。
     ――ほんの一瞬、虚ろな歓談が、止んだ。
     視線を彷徨わす者、怯えを貼り付ける者、厳しくそれらを選別しようとする者……。
    「だからあの占いは唯のオカルトなわけだよ、意味がない」
    「あらあら、その否定は異議ありですわ」
     選別を逃れるように再び虚ろな歓談に耽り出す面々。だが灼滅者達はそれぞれの表情をしっかり記憶した。更には江川が明らかに顔色を失い気もそぞろになっているのにも気づく。
     ……采へ向う助けを求める瞳。
     篠原・朱梨(闇華・d01868)が仲間達に目配せすれば、リュカが監視者から死角になるようにさりげに位置を変える。
    「そんなに当たる占いなの? 朱梨も聞きたいなっ」
     カサリ。
     殊更大きな声で輪へと割り入りながら、朱梨は紙の擦れる音……江川にメモを握らせる音を消す。
    「!」
     江川が挙動不審になる前に采はやんわりと肩を叩き請うた。
    「お手洗い、連れてってくれへんかぁ?」
    「あ、はい」
     一石を投じたが深入りはせずが身上。

     旧校舎へ至る渡り廊下にて。
    「素敵よねぇ。憧れの殿方です」
     うっとり手をあわせほうっと溜息をつく生徒を見るのはもう何度目だろうか。
    「確かに、お綺麗な顔立ちをされていますよね」
     下っ端はお留守番。エイティーンで整えた年相応に沿った丁重な口調で話を合わせる鬼燈・メイ(火葬牢・d00625)は、白焔のメール「倶楽部内に監視者あり」を基盤に馨への傾倒が本物か否かを見極めんとす。
    (「こいつは、演技っぽいなァ」)
     そう判断し、メイは新たな質問を継いだ。
    「……すみません、生徒会長さんって何処にいらっしゃるかご存知ですか?」
     彼女の死は、果たしてどうとらえられているのか。
    「生徒会室じゃないんですか?」
     果たして相手はきょとんと小首を傾げた。
     バベルの鎖の仕業だとメイは女生徒と別れた直後に思い至り、メールで回す。
    (「江川さん、鬼崎さん、二人の認識もそうなんスかねェ)

    ●罪人
     采がトイレに消えた後、江川は渡された紙を開く。
    『生徒会長の事で話がある子が中庭で待ってるから行ってあげて』
     ――これは罠だろうか?
     ――それとも救いの糸だろうか。
     恐怖の鎖で編み上げられた、思考の迷路を堂々巡り。
     彼女の腸を貫き稀く笑っていた彼に何も言えなかった自分。
     ……自分モ殺サレル。
     ……でも糾弾していれば、馨の支配はなかったのではなかろうか?
    「もう後悔なんてしたくない」

    ●対立
     黄昏ランプの元、漂う珈琲の香り。
     烏衣が聞き出せたのは「ショウタイム」というキーワード。それを知る者は馨に恐怖し、知らぬ者は傾倒のみ。あとは『女給とボウイが監視者、現在10名いる』事。
     情報共有で烏衣が旧校舎から出た頃、倶楽部は新たな局面を迎えていた。
    「馨様!」
    「馨様がいらっしゃったわ!」
     色めき立つ場、特に女給達の目の輝きの変化は顕著だった。
    「やぁやぁ諸君、今日も友好を深めておいでかい?」
     妙に芝居がかった仕草の彼は、ふかふかのソファに腰を下ろすと部屋全体を見回した。
     新顔が現時点で4人、灼滅者を見る目は猫がネズミを弄ぶような無邪気な残酷さを孕む。
    「ふうん」
     馨が傅く女給に何某かを囁けば3人のボウイが外へと出て行った。
    「……」
     それを見送るリュカは素知らぬ振りで話はじめる。
    「先程話していた、ボクの浪漫ですが……」
     馨が来る前にリュカの話に興味を示していた面々を中心に。

    「バベルの鎖の影響下の……可能性」
     メイと烏衣からもたらされた情報にエイナは頷くと、裏庭で曇り空を見上げる女生徒を見た。
    『これより鬼崎に接触』
     送信ボタンを押そうとしたら、目の前が騒がしくなるのを感じ指が止まる。
    「今日も『黄昏浪漫倶楽部』にはおいでいただけないのですか?」
    「あたしに構わな……きゃっ!」
     3人の男子生徒に羽交い締めにされるのを見て、エイナは素早く『一般人の襲撃、救出』と足し送信、躍り出た。
     ……灼滅者が一般人を気絶させる事は造作もない。
    「ありがと。見ない顔ね」
    「……転校生」
    「つまんない学校に来たわね。今は『黄昏なんとか』でつるまないとこんな目に遭うらしいよ」
     他人事のように倒れた男子を顎でさす鬼崎だが、その肩は震えていた。従わない奴は『死』という噂が現実として降りかかったからだろう。
    「あのお堅い女の方がまだ話が通じたわ」
    「生徒会長と喧嘩してたこと……聞きたい」
    「勉強のコトしか言わないセンセの味方の生徒会長がウザイ感じ? 今どきバイトも禁止なんだよ、ありえないっしょ?」
     語られるのは現在形、つまり生徒会長になにかが起ったとの認識が稀い様子。
    「あたし、はっきり言うヒトだからー。ま、同じように思ってた奴もケッコー居てー、中心に祭り上げられたってわけ」
    「……そう」
     カキッと菓子を囓り折ると、やるせなさを滲ませて彼女は曇天を見上げた。
    「今じゃみんな『黄昏なんとか~』に入り浸っちゃってるけどねー」

    ●天国への糸
     転ぶような足音に緋頼は振り返る。
    「来て頂きありがとうございます」
    「あなたは、あなたは……葵さんの事を……」
     縋るような声はそれ以上続きはしなかった、だが平坦な紅は全てを悟る。
     ――江川が辿った軌跡、バベルの鎖により描かれた哀しみと絶望を。
     斃せ。
     研究所により魂に記された宿敵に奪われた彼の悔しさが流れ込んでくる。それを抑える様に瞳を眇め緋頼は口火を切った。
    「はい、葵さんはもう此の世にいません」
    「あなたは葵さんの事を『わかってくれている』のですね!」
     慟哭。
     膝をつき、江川は今まで堪えに堪えた感情を吐き出すように涙と叫びを爆ぜさせる。
    「……ご、ごめんな、さい」
    「いえ」
     江川が落ち着いた所で緋頼は淡々と質問を開始する。その平坦さが却って話しやすいと、江川は笑うとまだ涙混じりの聞き取りづらい声で語りだした。
     ……馨が殺人犯であることを話しても誰も信じてくれなかった事。
     ……だから『黄昏浪漫倶楽部』に潜入し調査していた事。
    「でも、何も得られる事はなくて……それどころか日を追う事に僕の中から葵さんとの関係が薄れていくようで……自分の行動は無意味なんじゃないかって」
     そう語る彼の横顔は不安定でたまに怨嗟が欠け落ちる。
     もしかしたら江川の心を苛烈な状態に置く事であわよくばダークネス化を狙う、そんな馨の悪意が透けて見えた。 
     ――斯様に世界は残酷だ。
     けれど、
    「江川さん」
     まだ灼滅者(わたしたち)は抗える――。
    「彼女の好きだった学園を取り戻しませんか?」
     彼の瞳に宿る生気に訴えかけるように、緋頼は精一杯口元を持ち上げてみた。それは傍目にはただの無表情でしかないけれど、彼にはちゃんと伝わる。
    「僕に出来る事はありますか?」
    「暴力では無く、倶楽部の意義を失くすことで馨を追い出したいのです」

    ●本来の情熱
     エイナと緋頼の間を行き来し状況を把握したメイは、倶楽部の内側に居る5人へ連絡を飛ばし、更に倶楽部の末席へと加わった。
     飛ばしたメールへは『江川と鬼崎の協力取り付け成功』――馨の目がある中、情報共有が比較的スムーズに進んでいるのは連絡役のメイが臨機応変に動けたからに他ならない。
    「将来は世界を旅したい」
     リュカの真っ直ぐな声に真摯・淑女の話が止まる。
    「自分の知らぬ土地、人々。人と心通わせ、繋がる事」
    「外人さん?」
     リュカは頷くと小さく微笑んだ。
    「そして知った事をボクの大事な家族とヒト達に伝えたいのです……それが浪漫」
    「へー! 何処の国から来たの?」
    「日本語上手いねー」
     何処か辿々しくも熱が篭もった話に幾人かが惹き寄せられる。
    「ああやって何かに打ち込んでるヤツっていいよな」
     烏衣は膝を打つと最初に『恐怖』を浮かべた面々へと話しかける。
    「そんなネガティブな話、浪漫も意義もねぇぜ?」
    「でも」
    「ねぇ」
     馨を伺うような彼らに闊達な笑みで手を握り締め小声で「助けてやる」と囁き勇気づける。
    (「こんな中身のねぇ倶楽部、ぶっ潰してやる」)
     朱梨は女給2人の袖を引き、女の子グループに向けてお喋り開始。
    「ね、みんな、やっぱり馨さんが好きなの?」
     口々に返るのは恐れ多い等、陶酔か数歩引いた台詞達。
    「もっと夢中になれる事を探してみたら? 喩えば朱梨は今ね、好きな人がいるのっ」
    「どんな人なの?」
     真っ赤な頬を抑えてもだもだ。
    「そこまで言ってだんまり?」
    「ないわー」
     そんな仕草が在りし日の『当たり前の日常』を彼女達に想い出させる。
    「かっこよくて大人で……」
     盛り上がる恋バナを背にいつの間にか馨の傍に立つ白焔は、酷薄さを微笑の仮面で隠し話しかける。
    「倶楽部の設立理由?」
    『本当の活気』をつまらなさそうに眺める馨。その視界には更に2人の見知らぬ顔が追加されている。
    「この集まりが無益だって事」
     全員が揃ったのを契機に、白焔は辛辣な一言を投げつけた。
    「アンタの頭で理解できない訳じゃないんだろ?」
    「あはは、言うねぇ――遊んでる余裕はなさそうだ」
     馨は豪奢な椅子から立ち上がる。
     唯それだけで倶楽部内の視線が集まる程にまだ彼のカリスマは残っている。
    「諸君」
     ぱちん。
     指を弾くような音をたて日本刀を鞘から抜ける。
    「ショウタイムだ」
     ショウタイムとは血の雨地獄、粛正の刻。
     幾人かの女給が馨の前に並び盾となる、その合間を縫って初手をエイナに見舞った。
     以降、堰ききったように交される力と力。
     一般人が逃げおおせたのはこの場に居た者の情熱が効いたからである。
    「……ッ、あ」
     だが執拗に狙われたエイナが、まずはどおっと床に斃れ動かなくなった。意識の海に最後に浮かんだのは「任せて」と胸を叩いた鬼崎の笑顔。

    ●天秤はどちらへ
     幸いだったのが武蔵坂の名を出さなかった事。
     灼滅者達がダークネスの可能性があるため馨は一般人を殺すという遊び手を打たず、最初から本気で来た。
    (「さすがに、甘かったか」)
     馨へ奔り纏う漆黒から招き寄せたように魅せる槍を手に、白焔はこの窮地の中でも踊る心を感じる――ギリギリの殺り合い。望めぬと諦めていたが違った。
     踝薙ぎ払い、馨の動きを止めようとしたが、まだまだと奴は嗤う。
    「まずいっスねェ」
     久遠を一般生徒の護衛に向わせて、メイはぶつけようと考えた煽り文句を呑み込む。
     呼び寄せた月の輝きにて闇の住民蝙蝠を痛めつけるも、一撃でどうとなる話ではない。このまま戦闘が続けば全滅するのは此方だ。
     そう。
     此の世はダークネスの支配下にあり、ヴァンパイアは灼滅者にとっては遥かに格上の相手である。そんな彼らを殺さずに撤退させるまで追い込む――今回は、その難しさを此方側の殆どが軽く考えていたと言わざるを得ない。
     灼滅者から仕掛ける策を取らない場合、当たり前だが戦闘の引き金を引くのは馨側からとなる。特に彼の前で倶楽部の有り様を覆す言動を取れば、彼が灼滅者の排除を考えぬ理由がない。
     だがこの難行を為すには、灼滅者が先手を取るのが最低条件であり更には全力を注がねば不可能な話。
    「血塗れなるんは浪漫溢れてる様には見えへんけどなぁ」
     背後の血溜りに苦が浮かぶ。闘いは起ってしまった、であれば引けぬと采は影を馨へと浴びせる。
    「頼むえ」
     采の言葉に、霊犬はへたり込む男子生徒を追い払うように吼える。
    「白焔さん、合わせます」
     緋頼の路を示すよう白焔は槍を引いた。
    「オレ達相手にしても何にもならねぇぞ」
    「あたしは馨様の粛正部隊、怖れる物なんて……」
     怒気を吐く女給の気を絶ち烏衣は余裕で口元に弧を描く馨へギリリと歯がみ。

     ――では、灼滅者達の取ったのは下策だったのか?

     否!
     殺戮と遊戯が満ちる部屋に、震える男女の声が朗々と響き渡る!
    「も、もう、ぼ、僕達はあなたに屈しないぞ」
    「あたし達のガッコで勝手させないー」
     江川と鬼崎が恐怖へ打ち勝ち奮起し駆けつけた。更に後ろからは「そうだ、そうだ」という同意が波のようにうねる。

     戦闘は最後の手段――此が灼滅者達が言葉を尽くし実らせた果実。

    「あなたには学園を支配なんてできない」
     朱梨は素早く彼らを護れる位置に駆け込み、きっかりと宣告する。
    「繋がりを絶つアナタのやり方は無意味」
     同じように庇い立つリュカの胸に浮かぶは、好奇心に満ちた蒼空の瞳と儚さ併せ持つ彼女。家族じゃないのに繋がりたい、不思議。
    「葵さんの愛した学校を、僕は、ま、守るっ」

    「「この、嫌われ者!」」

     ――それがトリガーとなった。
     馨は日本刀を鞘に収めると大仰な仕草で肩を竦めた。
    「嫌われ者、か。疵付くねぇ」
     だが誰も応えない。
     もはやこの学園が手から零れ落ちたのだと馨は知る、其れを為したのは目の前の灼滅者達。遊びで残した江川という駒を取られ此処まで覆されてしまったのだ。
     負け、だ。
    「さようなら、また何処かの黄昏で」
     まるで泡沫で消えた或る時代のように今日の所は去るとしようか――血で汚すなんていう無粋はせずに。

    作者:一縷野望 重傷:エイナ・クレメンス(黒白・d08291) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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