【時狂いの洋館】ガラスの棺の白雪姫

    作者:志稲愛海

     狂った刻を無意味に知らせ始めるのは、くるりと回る、森の動物さん達のダンス。
     だが、賑やかに鳴る愉快なからくり時計の様子など、最早そっちのけで。
    「……おうじさまじゃ、ない?」
     ガラスの棺から身体を起こしたのは――小さな、おひめさま。
     水晶のようなその瞳は、毒林檎のように魅惑的な深い血の赤。
     さらり靡く黒髪は、まるで黒檀のよう。
     でも……その雪のように白い顔は、血の気など皆無な、非肉化した髑髏であった。

     白雪姫のおはなしに出てきたような、こわい継母みたいな人が来ないようにと。
     水晶城で習った通りに、頑張って、初めての迷宮を作ってみたというのに。
     そしてゆくゆくは、もっともっと大きな迷宮を作り上げて。
     いつか来るおうじさまとの結婚披露宴に招くゾンビさんを、いっぱい作りたかったのに。
     それに……何よりも。
     迷宮を突破して此処にやって来るのが、おうじさまでないとすれば――。
    「わ……大変っ」
     おひめさまは慌てて、瞳と同じ林檎の如き赤の宝石がついたロッドを手にして。
     わたわたしつつも、音を立てて開き始めた扉へと、赤水晶の瞳を向けたのだった。
     
    ●おひめさまと、へいたいさん
    「うし、迷宮攻略ー!」
    「迷わない迷宮で助かったぜ!」
     辿り着いたラビリンスの終着点――『おひめさまのおへや』へと。
     警戒は怠らないまま、真っ先に足を踏み入れたのは、白・彰二(目隠しの安常処順・d00942)。
     何気に実は方向音痴であるレイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)も、大きな怪我人を誰一人出さず、迷うことなくここまで辿り着けたことに笑んで。
     忍者ですから、迷宮探索はお手の物です! と。
    「迷宮攻略できてよかったです、これであとはノーライフキングを灼滅ですね!」
     そう言った鈴虫・伊万里(黒豹・d12923)の言葉に、びくりと一瞬身体を震わせる、白骨のおひめさま。
     その姿は、7才ほどの小さな子どものようであるが。
     しかし……いくら見習いでも、彼女は強敵のダークネス。決して油断はできない。
     そして。
    「あなたが、この迷宮を作った白雪姫かしら?」
    「そ、そうよ! わたしはマルガレーテ……おうじさまを待つ、白雪姫なんだから!」
     オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)の問いに頑張ってそう答えた、マルガレーテと名乗ったおひめさま。
     そして、ぐっとマジカルロッドを握り締めながらも。
     灼滅者達を見回した後、あっ、と小さく声を上げて。
     おどおどしていた態度から一変、明るい声でこう言い放つ。
    「あ、そっか! あなたたち、わたしとおうじさまの結婚披露宴にきてくれたのねっ。でも、人間のままじゃダメだから……今、ゾンビさんにしてあげる!」
     そう言うやいなや改めて戦闘態勢に入る、ノーライフキング。
     そんな遂に相対した、自分の力を試す絶好の強敵へと。
    「この龍殺しの伐龍院が、必ずや屍王の首を取ってみせよう。覚悟したまえ」
     得物を構え視線を投げる、伐龍院・黎嚇(龍殺し・d01695)。
     だがそんな言葉も耳に入っていないように、自分の都合の良いように状況を解釈したおひめさまは。
     颯爽とロッドを掲げると、刹那、こう声を張り上げたのだった。
    「白雪姫のへいたいさんたちー! 出番よ、こっちに来てー!」
     ――そして。
    「!!」
     バタンッ! と、大きな音を立てて。
     灼滅者達が入ってきたものとはまた別の扉が開き、姿をみせたのは……3体のゾンビ。
     それは『ぞんび(おひめさまのへいたい)』と張り紙がしてあった、もうひとつの部屋からの援軍であった。
     いや、鏡の部屋からの扉は怪力無双で塞いだのだが。
    「『おひめさまのおへや』と『ぞんび』の部屋は、直接繋がってたのか!」
    「わっ、急に出てこないでよ……!」
     リュシアン・ヴォーコルベイユ(橄欖のリュンヌ・d02752)は大きな扉の音と突然びゾンビの出現に、一瞬びっくりしてしまうも。
     気を取り直し、冷徹な慈悲で戦いに臨むべく敵を見据える。
     もしかしてゾンビ部屋のゾンビが、ノーライフキングとの戦いの援軍となるのではと。
     そう頭によぎってはいた、皇・なのは(へっぽこ・d03947)であったが。
    「せっかく童話みたいな迷宮なのに、兵隊がゾンビなんてやっぱり可愛くないよー」
     出てきたのなら倒すのみだと、仲間達と陣形を敷いて。
     狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)も、身の丈をゆうに越える巨大な刀を手に、敵の群れを迎え撃つ。
    「私達の手で、迷宮の物語はここでハッピーエンドに終わらせます」
     胸に決めた思いを貫く為に――迷宮の白雪姫の物語を、終焉に導く為に。


    参加者
    白・彰二(目隠しの安常処順・d00942)
    伐龍院・黎嚇(龍殺し・d01695)
    オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)
    リュシアン・ヴォーコルベイユ(橄欖のリュンヌ・d02752)
    狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)
    皇・なのは(へっぽこ・d03947)
    鈴虫・伊万里(黒豹・d12923)

    ■リプレイ

    ●白雪姫と八人の灼滅者
     ――鏡よ、鏡。鏡さん、と。
     まるで白雪姫の魔法の鏡かのような姿見を覗きながら。
    「おうじさまとの結婚式にはね、このドレスを着るの! 水晶城が壊れちゃった時も、これだけは必死に持って来たんだから」
     小さなおひめさまは身体にあてた白雪色のドレスを伴い、くるりステップを踏んでから。
    「おうじさまとの結婚パーティーには、いっぱいのお客様を招待するの。だから……あなたたちも、ゾンビさんにしてあげる!」
     林檎の様に真っ赤な水晶の瞳を輝かせ、笑う。
     罠を潜り抜け辿り着いた、迷宮の最深部。
    (「ふん、待っていたのは白雪姫だったか」)
     伐龍院・黎嚇(龍殺し・d01695)は、残念ながら僕は王子様じゃない、と。目の前の屍王を暫し見遣って。
    「小さいな」
     長い沈黙の後、落胆と躊躇の色を含む呟きを零す。
     もっと醜悪な魂の屍王が潜んでいるのかと思いきや。
    (「……やりづらいな」)
     おうじさまを待つ白雪姫は、想像よりもずっと幼い少女の姿をしていたから。
    (「若いだろうとは思ってたけど、ここまで小さいとちょっとやり辛ぇな……」)
    (「こんな小さな女の子がダークネスなんですか…? うぅ、やりにくいですっ」)
    (「ちっさい子相手とか、なんかやりづらいな……」)
     マルガレーテの幼さに若干やり辛さを感じているのは、白・彰二(目隠しの安常処順・d00942)や鈴虫・伊万里(黒豹・d12923)、レイシー・アーベントロート(宵闇鴉・d05861)も同じ。
     でも――援軍に現われたゾンビと無邪気に踊るその姿は、異様の一言。
    (「でもでも、もう元には戻れないんですよね……? 放っておくわけにも、いかないんですよね。じゃあ、やるしかないですよねっ」)
    (「ゾンビになんのは勘弁だし。しゃーねぇけど、白雪姫の物語はここでエンディングにさせて貰うぞ」)
    (「ま、ダークネスだし、手加減はしないけど」)
     そう、いくら小さくても、目の前の彼女は人間ではない。強力なダークネス・ノーライフキングなのだ。
     君は僕が頂く、と。そう気を取り直して。
    「その首、伐龍院が貰い受けるぞ、屍王マルガレーテ」
     指輪光る手で握った水晶の得物を宿敵へと向ける、黎嚇。
     そんな灼滅者達の様子に、大きく首を傾けるマルガレーテ。
    「あなたたち……わたしとおうじさまの結婚を、祝いにきたんじゃないの?」
    「期待ハズレで悪かったね? 残念だけど、僕らは王子でも小人でもない。悪趣味なお姫様は、この棺で眠って貰おうか?」
    「この迷宮があったら、新たな悲しみを紡いでしまうのよ。あなたには永遠に眠ってもらうわ」
     すぐさま首を横に振ったリュシアン・ヴォーコルベイユ(橄欖のリュンヌ・d02752)に続いて。オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)も、倒すべきノーライフキングへと、はっきりと言い放つ。
     今はまだ彼女は、屍王として未熟かもしれない。でもこのまま野放しにしておけばどうなるか、想像に難くない。
     だから、どんなに幼くても倒すべき相手なのだ――数ヶ月前に起こった悲劇を、二度と起こさないために。
     そして、どこかを少し間違えてしまった白雪姫に。せめて物語の終わりくらいは幸せが訪れますように、と。
    「必ず止めます。幸せな物語を紡ぐために」
     貴方の魂に優しき眠りの旅を――そう紡いだ狩野・翡翠(翠の一撃・d03021)の手に握られるは、身の丈を優に越える巨大な刀。
     マルガレーテはそんな戦闘態勢に入った灼滅者達を見回し、髑髏に埋もれた赤水晶の瞳を大きく見開いて。
     慌てて3体のゾンビの影に隠れながらも、言い放つ。
    「結婚を祝ってくれるゾンビさんでも、おうじさまでも、小人さんでもないなら……やっぱりあなたたちは!?」
    「あなたには私が狩人に映るかしら? 死を弄ぶあなたは、私には魔女よりもおぞましく見えるわ!」
    「白雪姫なら、おとなしく毒りんごでも食べて寝ててくれよな。悪いけど、継母みたいに焼けた靴で踊ってやる気はないぜ!」
     この小さな白雪姫にとって自分たちは、おひめさまの命を狙う継母や狩人かもしれない。
     でも――継母でも狩人でも、構わない。
     大量のゾンビを作り出そうとするおひめさまは、迷宮のガラスの棺で眠りについてもらわなければいけないから。
     彼女がまだ、未熟な……今のうちに。
    「お姫様は色々大変なんだよね」
     皇・なのは(へっぽこ・d03947)は、そう小さな白雪姫に視線を向けた後。
     刹那、兵隊さんのゾンビたちの間を、小柄な身体を生かしたスピードですり抜けて。
    「!」
     マルガレーテへと、振り上げたシールドを叩き付けたのだった。

    ●スノウブラッディ
     意気揚々とチェーンソー剣を振り翳し、なのはに続いてシールドバッシュの衝撃を見舞いながら。
    「よう、王子さまはまだ来てねーの? 見捨てられたんじゃね?」 
    「そんなわけないっ、おうじさまは来るの!」
     挑発した自分の言葉に乗ってぷんすかロッドを振り上げ怒る、その様子を見て。
    「はっ、そう来なくっちゃな!」
     彰二はニッと笑み、なのはと共に、おひめさまの相手を。
     そして仲間が屍王を怒らせ、ひきつけている間に。
    「おひめさまのへいたいは、先に倒させてもらうわね!」
    「ゾンビが相手なら、遠慮なくぶっ飛ばせるな!」
     オデットの螺旋を描く槍の衝撃が1体のゾンビへと唸りを上げれば。
     続け様、構えた濡羽色の日本刀を振り下ろし、ゾンビの持つナイフごと断ち切らんと重い斬撃を放つレイシー。
    「王子さまを待つ場所にしては、ここはちょっと物騒すぎますよっ!?」 
     得物を旋回させ、風を巻き起こすかのように敵の群れへと突進し蹴散らしつつも。伊万里は、まるでホラーかの様にゾンビがナイフを振り翳すこの状況に、そう思わず声を上げて。
     大きく無敵斬艦刀を振り回しその魂を滾らせ、攻撃態勢をより万全に整える翡翠。
     『おひめさまのへいたい』という部屋の張り紙通りに、ゾンビたちもおひめさまを守るように立ち塞がるが。
     援軍を許したものの、まずは敵の数を減らさんと、灼滅者達は集中的に攻撃を重ねていく。
     そして強敵・屍王の抑えを担っている仲間へのフォローも忘れない。
     黎嚇が翳すは、剣の如き水晶の杖。その鋭きロッドから放たれた、善なるものを救う裁きの光条が、前へ立つ仲間へと降り注いで傷を癒して。
     仲間達が照準を定めた同じゾンビへと、魔法で成した矢を見舞うリュシアン。
     だがゾンビ達も、腐った肉片が斬り落とされ血に塗れても怯むことなく、灼滅者達へとナイフの閃きを繰り出してくる。
     そんな相手を、声を掛け合い、1体ずつ確実に倒さんと応戦する灼滅者達であったが。
    「いじわるな狩人や継母は、死んじゃえっ!!」
    「!」
     怒りの感情をそのまま魔術へと変えて。目の前の彰二やなのはを巻き込むのは、マルガレーテの生み出した強烈な竜巻。
     見習いとはいえ、ダークネスの中でも強力だという屍王の攻撃の威力は、複数対象のものでもさすがに強烈だ。
     だが、今彼女の前に立つ灼滅者達の目的は、屍王の気を自分達へひきつける事。
    「悪ィけどまだ倒れてやれねーわ」
    「お姫様がそんなこと言っちゃだめだよー」
    「うるさい、うるさーーい! 死んじゃえバカー!」
     とはいえ、精神的にはまだやはり幼い子供。
     駄々っ子の様に八つ当たりし、強烈な攻撃を放つおひめさま。
     その相手をするのも、作戦通りとはいえ、なかなか骨が折れることは確かだ。
     マルガレーテを抑える仲間を中心に、皆を回復する後衛の支援が戦場を休まず飛んで。残りの皆で、早急なるゾンビの撃破を狙い、攻勢に動く灼滅者達。
     強敵な屍王に加え、ゾンビの相手もせねばならない状況は、決して楽な戦いではなかったが。
     レイシーの放った漆黒の閃きが1体のゾンビの急所を貫き、容赦なく地に沈めたのに続いて。
    「今、解放してあげる、ね」
     普段は少し、意地っ張りだけど。リュシアンが、足元が覚束なくなったゾンビへとそう紡ぎ、番えた魔法の矢を撃ち放って。ゾンビをまた1体、解放へと導けば。
     残り1体となったゾンビも、集中して向けられた連携攻撃に遂に耐えられずに。
    「幸せなハッピーエンドを迎えるために……おやすみなさい」
     豪快にふるわれた翡翠の、破壊力を重視した一撃をモロに受けて。
     無様に、ずるりと崩れ落ちたのだった。
     これであとは、迷宮の小さな白雪姫――マルガレーテのみ。

    ●孤独なおひめさま
     ボーンボーンと、ふいに鳴り始めた柱時計の音をかき消すかのように。
    「わたしは……おうじさまと、結婚するんだからッ!」
    「!」
     だから邪魔しないでよ! と。
     そう上がった叫び声と共に白雪姫が成したのは、プリズムの如く眩く輝く十字架。
     その十字から溢れる無数の光線が戦場を翔け、灼滅者達の身を鋭く貫く。
     だが、強烈な光の衝撃に歯を食いしばり、必死に持ち堪えて。
    「12時の鐘はとっくに鳴ったぞ、お姫さん?」
     燃え滾る灼熱の炎を纏い、全力の一撃を見舞い返す彰二に。
    「12時の鐘は、シンデレラじゃなかったか?」
     ま、この際もうどっちでもいいか! と。レイシーの鴉の如き漆黒の刃が、真白な骸骨のおひめさまを、ロッド諸共斬らんと唸りを上げて。
    「現代はね、女の子だって、お姫さまだって、王子様を見つけるために戦わなきゃいけないのよ!」
     雪の様に白いその硬質な身体を射抜くべく狙いを定めたオデットは、宿敵目掛け、魔術で編み出した魔法の矢を解き放つ。
    「のんびり寝てるだけでステキな人が来てくれるなんて、キャンディーよりも甘々よ!」
    「……!」
     その貫くような一撃に、はじめて上体を微かに揺らす屍王。
     分かってはいるけれど、やはり心は痛むし。子供に拳を振り上げることは正直、僅かに躊躇ってしまう。
     ……でも。
    「ごめんなさい! そのまま棺で眠っててもらいます、お姫さま!」
     生じた隙を逃さず、ぐっと握り締めた伊万里の拳が、屍王の身体に深々と突き刺ささる。
     そして灼滅者達の攻撃を浴びたマルガレーテは。
     ダメージを癒すべく、こう叫んだのだった。
    「なんで……どうしてッ! あなたたちもわたしを虐めるのよぉッ!!」
    「!」
     刹那、林檎のような水晶の瞳から零れ始めたのは、宝石のような雫。
     そんな小さな屍王を見つめながら、リュシアンはふと思う。
    (「本当の君は、どんな瞳をしていたんだろう?」)
     だが、もうそれを知る術はないし。
    「子供だからって、容赦しないよ」
     例えここで逃しても、おひめさまはまた誰かを傷つけて。
     自分自身も、傷つけるだろうから。人を殴れば自分も痛いのと、同じように。
     ……だから。
    (「マルガレーテ、もうお終いにしよう?」)
     緋色の逆十字から撃ち出した衝撃を、リュシアンはダークネスへと放つ。
     そして翡翠は思い出す。マルガレーテという名は、白雪姫のモデルとなったらしい人物の名だと。
    (「その方と同じ名前の自分を、重ねてしまったのでしょうか」)
     もしかしたら以前の少女は、童話の白雪姫と似たような境遇だったのかもしれない。
     もしそうなら彼女にもいつか幸せが訪れますように……そう、祈りながら。
    「ガラスの棺は贈れませんが……優しい旅路を贈らせて貰います」
     この炎が、貴方が齧る毒りんごです、と。巨大な刀に宿した炎を、全力で彼女へと叩き付けて。
     シャウトで一時は吹き飛んだ怒りの矛先をまた自分へと向けるべく。再び同時にシールドの衝撃を白雪姫へと繰り出す、なのはと彰二。
     マルガレーテはそんな二人をキッと睨みつけて。
    「嫌い嫌い、大嫌い!!」
    「!!」
     彰二目掛け、強烈なフォースブレイクの一撃を繰り出したのだった。
     それは、一度膝を折ってしまう程の威力を誇っていたが。
    「……まだまだこっから!」
     彼女の思いごと受け止めるように、再び身を起こす彰二。
     そんな彼に光の癒しを施しながらも、黎嚇は屍王を見遣る。
    (「すまない、僕は王子様にはなれなかったよ。もっと早く迎えに来てあげれれば、君は……」)
     相手はダークネス。しかも倒す機会を心待ちにしていた、宿敵のノーライフキング。
     いや……だからこそ。
    「打ち砕く、裁きを下す、神の怒りを受けるがいい」
    (「眠れ、屍王となる前の少女よ。だがダークネス、お前は滅ぼす」)
     闇を撃ち滅ぼすべく、得物を再び掲げた。
     そして、猛攻を凌ぐ余裕も既に消え、大きく上体を揺らし始めた屍王の、その足捌きをすかさず崩して。
    「ごめんね。できることなら、結婚式で素直に祝福してあげたかったけど――」
     伸ばした伊万里の腕が、おひめさまドレスの襟元を掴んだ、刹那。
    「ダークネスを、見過ごすわけには、いかないんだ」
    「……ッあ!」
     その小さな身体を無造作に、地へと強く叩き付けたのだった。
     そして――小さな白雪姫は、灼滅者達に見守られながら。
    「お休みなさい、なりそこないの白雪姫。その永遠の眠りを邪魔する王子様はいないから、ゆっくり眠って……」
    (「夢の続きは、もっと光の差す世界で見ればいい。Bonne nuit, blanche neige――永遠に、おやすみ」)
     ガラスの棺に入ることなく、魔法の鏡に溶けるかのように、消滅したのだった。

    ●物語のおわり
     主を失った部屋にふいに響く、賑やかな音楽。
     それに合わせて再び踊り始めるのは、カラクリ時計の動物達。
     その中央では、楽しそうに笑うお姫様が、くるりくるりと盤上を回っている。
     始終余裕ぶってみせていた黎嚇は、そんな白雪姫の姿を、ふと複雑そうな表情で見てから。
    「ふん、伐龍院の相手ではなかったな」
     そう言い捨て、おひめさまのいた部屋を出るべく、歩みだして。
    「ここ、崩れたりしないよね?」
    「こういうのってお約束で崩壊するもんだし、さっさと退却しようぜ」
     そう周囲を見回すリュシアンに、頷くレイシー。
     オデットも、ほんの少しずつではあるが、ぽろぽろと崩壊し始めた様子の洋館を脱出すべく、来た道を仲間と戻り始める。
     迷宮といえど、迷う余地のない帰り道でよかったと。
     方向音痴なレイシーはそう思いつつ、足を止めずに。
    「一本道の迷宮ってなんじゃそりゃって思ったけど、実はもともと迷宮って一本道らしいよな。通路が交差したり行き止まりだったり、っていうのは迷路であって迷宮じゃないとか……」
     あーもう、日本語ってめんどくさいぜ! と、日本生まれ日本育ちながらも叫んで。
     行きと同じように先陣切って脱出する彰二に、なのはと伊万里も続く。
     そしてオデットは一度だけ、おひめさまのいた部屋を振り返ると。
    「マルガレーテの待っていた王子様って、もしかしたらアモンだったのかも……なんて」
     ちょっと想像が過ぎるかしらね! と笑んで。
     何だかちょっぴり切ないけれど、皆の手で迎えたこの物語のハッピーエンドを。
     翡翠は、こう締め括るのだった。
    「せめて次は……王子様に会えますように」

    作者:志稲愛海 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 10/キャラが大事にされていた 0
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