●遊戯を嗜む姫君
「どこかしら。遊びたくて仕方ないの。だから私、なりそこないの子達を招待してあげなくちゃ」
陶然と囁かれる声はメゾ・ソプラノ。
今宵は頓に賑やかだ。芝居がかった言い回しは不思議と会場内では馴染み、不審に思う人間は存在しない。さながら上質な蜂蜜の如き金糸の髪が踊り、華奢な右手首に嵌められた腕輪が硬質な音を立てる。灰色の薄手のワンピースがふわりと翻り、足取りは軽やかだ。
華やかさが支配する夜半に、見目麗しき彼女はとあるパーティー会場にいた。
街の中心部から程近い小さなガーデニング・レストラン。室内は勿論庭にも立食用の料理や飲み物が幾つも用意され、人々が談笑する声がさざめき合う。淡いほろ酔いの気配。空気はまろやかに、意識はおぼろげに。秘め事を分かち合うような酩酊に溺れる、初夏の夜。
「ねえ、貴方のそれは腕輪なのね」
睫毛の長い大きな瞳を歓びで満たし、彼女は庭の外周、薔薇の生け垣をぼんやり眺めていた男性に声をかけた。
彼女の美しさに目を瞠るも、不審の色は拭えない。彼は酔いで回らなくなりそうな舌をどうにかたしなめ、声を絞り出す。
「あ、ああ。そうだが」
「見せて頂けないかしら? 私のものとお揃いか確かめたいの」
返答を待たずに力づくで手首を掴み引き寄せる。細い体躯にそれだけの腕力を秘めているとは予想だにしていなかった男性は困惑した。彼の手首で有名ブランドの上等な腕時計が揺れる。
彼女は眉根を寄せて、鈴の鳴るような声で呟いた。
「残念だわ。お揃いじゃないみたい」
目の前に突き立てられた、刃。
それが大鋏だということを男性は理解することが出来ない。瞬く間に腕が切り取られ、鈍い音を立てて地に落ちたからだ。
腕時計が赤を滴らせながら昏い影を滲ませる。
「貴方は王子様じゃないのね。残念だわ。けれどいいの、それでもいいの。そうして叫んでくれたなら、きっとなりそこないの子達にも聞こえるわよね?」
彼女の言葉に従ったわけではない。だが、男性は自身に起きた現実を認識できないまま絶叫する。地面に鮮血が迸る。隣のテーブルでシャンパンを傾けていた女性が、惨劇を目の当たりにして悲鳴を上げる。レストランから庭へ出てこようとした少年は、焦って逃げようとしたあまり足を滑らせしたたかに腰を打ちつけた。
だが彼女は困ったように首を傾げるだけだ。
血に塗れた大鋏を手に。
蜜より甘く無垢な微笑みを掲げて彼女は往く。
「どこかしら、どこかしら。灼滅者はどこかしら」
●罠を巡らせし姫君
「以前の事件の資料見せてもらったんだけど、この六六六人衆ほんっと性質悪いわね」
眉根を寄せ、小鳥居・鞠花(中学生エクスブレイン・dn0083)は言い捨てる。
深く息を吐いた後に言葉を継いだ。
「六六六人衆が一人、序列六一二の『大鋏姫』。彼女の出現を予測したわ。皆には彼女が起こす惨劇を止めて欲しいの。厳しい戦いになるけれど、お願いね」
以前学園の灼滅者達と刃を交わした六六六人衆。記憶に残っている灼滅者もいるだろう。
教室に集まった灼滅者達を見渡す。鞠花はゆっくりと口を開いた。
「……『六六六人衆の闇堕ちゲーム』について、聞いたことはある? どうやらこの『大鋏姫』も今回それに興じるつもりみたい」
一気にそれぞれの顔に緊張が走る。歯ぎしりする者、怒りを覚える者、様々だ。
鞠花もそれを理解した上で、言葉を紡ぐ。
「だから彼女は皆が来るのを待ってる。そして闇堕ちさせようと狙ってくるわ。今回起こす一般人の虐殺も、そのための手段に過ぎない。むしろ闇堕ちさえ見届けたらさっさと撤退するんじゃないかしら。まったく、とんだ姫君もいたものね」
資料を捲り、鞠花は説明を続ける。自然と声のトーンが、低くなる。
「件の『大鋏姫』の名前がわかったわ。『チェネレントラ・フラーヴィ』。豪奢な金の巻き毛にアンティーク調の三連腕輪。何より漆黒の大鋏を携えているから見つけるのは簡単よ」
大鋏姫――もとい、チェネレントラが現れるのは都内のガーデニング・レストラン。とあるオペラ歌手が国際的なコンクールで入賞を果たしたとのことで、関係者を招いた祝賀パーティーが行われているのだ。
関係各所から招待客が集まっており、音大の声楽科や音楽高校の学生らしき姿も見受けられる。潜入するためには招待客としてパーティーに相応しい格好や振る舞いを心がけるか、会場側のスタッフに扮する必要があるだろう。
「接触できるとすれば『チェネレントラが腕時計を嵌めた紳士に声をかける時』よ。それ以前だと敵に勘付かれるわ。人払いなんてもってのほか。悔しいけど、その時に接触して気を惹くしかないの」
他にもいくつか注意点があると、鞠花は細やかに説明する。
おめでたい雰囲気、そして宵闇という時間帯も相まって、大人のほとんどは酒を呑み交わしている。チェネレントラが動き出すのは宴もたけなわといった頃合なだけに、判断力が鈍り迅速な動きが難しい可能性は留意すべきだろう。
灼滅者と同じ年代の子供達も少なからずいる。彼らは酔いとは無縁だが、だからこそ惨劇による混乱や恐怖は大人以上だ。
「会場には明かりが灯されているから視界に影響はないわ。ただ……」
会場は広い。だが、庭自体には出入り口はない。大人の背よりも高い薔薇の生け垣が庭を囲んでいるからだ。庭と繋がっているとはいえ、出入り口自体はレストランの室内にしかないことになる。
「それにチェネレントラ自身の戦闘力も侮れないわ。殺人鬼、妖の槍と日本刀のサイキックすべてを使いこなすの。芝居がかった口調や仕草は健在だけれど、今回は以前灼滅者の皆と戦った時とは目的が違うわ。……だから、油断は命取りよ」
唇を噛む。凛とした視線を向けて、鞠花は告げる。
「今回は一般人の殺戮を止める事が目的よ。でも、それで皆に何かあったら……あたしは、そんなの嫌。我儘だってわかってるけど、全員無事で帰ってくるのを待ってるから」
だから。
強い信頼を託し、声を張り上げる。
「行ってらっしゃい、頼んだわよ!」
参加者 | |
---|---|
月見里・月夜(鼻からコガネムシ・d00271) |
科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353) |
青柳・百合亞(電波妖精・d02507) |
緋神・討真(黒翼咆哮・d03253) |
識守・理央(マギカヒロイズム・d04029) |
指切・眼目(瞑・d06669) |
望月・結衣(ローズクォーツ・d09877) |
月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030) |
●蜜の薔薇
「本日は貸切となっております。失礼ですが、関係者の方ですか?」
一瞬の間の後、識守・理央(マギカヒロイズム・d04029)の喉奥から掠れた空気が出る。後ろに控えていた望月・結衣(ローズクォーツ・d09877)の金の瞳にも動揺が走る。
パーティーの招待客かレストランのスタッフ。いずれかに扮して紛れ込む必要がある事を思い出した。受付スタッフも関係者以外お断りという態度を崩さない。
会場内にすら入れないのかと内心汗をかいた、その時。
「お待ちしておりました! 中へどうぞ!」
スタッフに扮した青柳・百合亞(電波妖精・d02507)の声が響く。百合亞が会場内でお連れ様がお待ちですと耳打ちすると、受付スタッフも得心したのか理央と結衣を招き入れる。
「失礼致しました。どうぞお入りください」
胸を撫で下ろし歩を進める。結衣が小声でありがとうと呟くと、百合亞は首を横に振る。
「まだ、これからですからね」
理央が力強く頷いた。そう、これから――惨劇を止めなければならない。理央と結衣はレストランに入り、そのまま庭へと通り抜ける。
会場は既に夜の帳の中だ。賑やかで華やかな祝宴の雰囲気。
すぐ目に留まったのは招待客と自然に談笑する緋神・討真(黒翼咆哮・d03253)だ。スーツ姿に品のいい容貌、手にはフルートケースを提げている。若き音楽家といった佇まいはこの場によく馴染んでいた。
(「悪趣味なゲームに付き合っている暇は無いんだが……」)
内心のぼやきに気づく者はいない。今宵の影の主賓、チェネレントラを視線で探す様子にも。
他の灼滅者達も其々場に紛れて大鋏姫を探す。目立つ姿と事前情報を得ていたから尚の事、即座に戦闘態勢に入る態勢にしておきたかった。
討真と対照的に目立たぬよう人を避けていたのが指切・眼目(瞑・d06669)だった。礼服を着て髪を一つに纏め、周囲に溶け込んでいる。彼はチェネレントラを探すと同時に、会場の構造や出入り口、死角になりそうな場所等を淡々と確認していた。人への嫌悪を、心の裡に秘めながら。
がたいの良過ぎる体型にはスーツはどうにも堅苦しい。身体の線が出るから尚更嫌いだ。月見里・月夜(鼻からコガネムシ・d00271)は腹立たしさを潜め首元を緩める。
(「苛立つぜ……あぁいうナメたお嬢ちゃんはよォ」)
大鋏姫に無言で毒づきながら、さりげなく捜索に回る。そうでなくても思い通りにいかない現実にムカついてンのにと言い捨て臨むは、薔薇の生垣周辺だ。
会場を囲む生垣を不自然にならないよう辿る。予測されたチェネレントラと紳士の接触地点を探るために。
音楽高校の生徒を装った科戸・日方(高校生自転車乗り・d00353)と月夜・玲(過去は投げ捨てるもの・d12030)はすれ違っても目を合わせない。なるべく会場でも奥まった場所を重点的に探す。
その瞬間、玲の目の前を蜜色が通り過ぎる。何の違和感もなく、躍るような足取りで。
チェネレントラだ。
近くにいた日方も即座に状況を理解する。周囲にいて、敵の出現を把握出来たのは玲と日方、月夜くらいだろうか。チェネレントラとの接触役を担う予定の理央がしばらく姿を現さず焦りが滲んだが、人ごみを掻き分けやって来る様子に安堵の息を吐く。
「すみません。入るのに手間取りました」
「大丈夫だ。――出番はもうすぐだから」
理央は凛とした面持ちで日方の視線の方向を見る。
蜂蜜を梳かしたような金色巻毛。透けるような肌にエメラルドの瞳。そして美しい外見にそぐわない、漆黒の大鋏。なるほど見つけるのは簡単だと言われるはずだ。
チェネレントラの歩む先には薔薇の生垣を眺める紳士の姿がある。
決意を固め理央が前へ出ると、左手首のアンティーク調の三連腕輪が揺れた。過去の報告を受け出来る限り似たものを見繕ったのだ。
日方は歩き回る振りをして距離を縮めながら、片手で携帯メールを一斉送信する。
だが連絡手段を所持している仲間がどれだけいるかが気がかりだった。もし連絡を確認できずとも雰囲気で判断してもらう、それしかない。
今宵の舞台はまもなく、幕を開ける。
●茨の輪舞
チェネレントラが紳士へ囀るように口を開く。
「ねえ、貴方のそれは腕輪なのね」
「ああ、そうさ」
割り込んだのは理央の声。腕輪の硬質な音が闇夜に響く。
「ご機嫌ようプリンセス。探していたんだろ、僕達を」
チェネレントラと紳士の視線が理央に集まる。その隙を灼滅者達は見逃さなかった。
月夜が紳士の前に割り入る形で立ち塞がる。状況が把握出来ずに狼狽する紳士を力づくで背後へ引っ張ったのは眼目だ。
紳士がチェネレントラから充分離れた事を確認し、玲は店内入口との対角線を瞬時に判断する。人々を遠ざけるべく一気に殺気を放出した。
近くのテーブルにいた招待客がまばらに遠ざかるのを認めると、理央は毅然と大鋏姫に向き直る。
「今宵の舞踏会、相手は僕が引き受けるよ」
言葉を受けて碧の瞳を細める。それは嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しいわ灼滅者。私の招待に応じてくれたのね」
避難誘導組が一般人を逃すまでの時間を稼ぐため、会話を試みようとした理央は言葉を詰まらせる。チェネレントラは漆黒の大鋏を高く掲げた。刃が交差する、鋭い音。
彼女の目的は『闇堕ちゲーム』なのだ。対象が目の前にいるのに悠長に会話をする気などないというところか。
「さあ踊りましょう踊りましょう。こちらに来てくれるのは、誰かしら?」
すかさず灼滅者達が臨戦態勢に入る。月夜は窮屈なスーツを脱ぎ捨て特攻服姿となる。日方と理央が殲術道具を構えた。
我が前に爆炎を――宣言した途端、玲の瞳に剣呑な光が宿る。
「ニッシッシ。命をかけた、闇堕ちゲーム燃えるねー!」
私チェネチェネと戦えるの楽しみにしてたんだよと告げれば、そんなあだ名は初めてだわとチェネレントラが笑顔を揺らす。
人々が徐々にレストラン屋内へ向かう様子で、ようやくこちらの不穏な空気が伝わったらしい。結衣がパニックテレパスを発動する。
途端に会場内は騒然となった。
「ここは危険なので早く逃げてください!」
懸命に声を張り上げる。殺界形成の効果もあり、結衣の扇動で一般人は一斉に出口へ向かおうとする。
だが。
「いったーい!」
ドレス姿の女性が座り込む。足を挫いたらしい。討真がさりげなく手を貸し、宥めながら歩くのを助ける。他にも足取りがおぼつかない客が多く見受けられた。
(「どうしよう……!」)
結衣は戸惑いを隠せない。泥酔して身動きが取れない客はいないようだが、酔いが回っているせいかとにかく動きが遅いのだ。エクスブレインから聞いてはいたが具体的な対策を練るまでは至らず、そっと誘導するのが精一杯だ。
パーティーに相応しい格好で全力疾走というわけにもいかない。混乱のあまり出口で、すし詰めになっている子供達の姿もある。
「大丈夫ですよ。ゆっくり、そう。前の君から順番に進んでくださいね」
百合亞は安心させるように子供達に声をかける。スタッフにも対応を頼んでいた。ここはレストランなのだから、客の避難誘導をスタッフに助けてもらうのは良い着眼点だ。
「皆さん、落ち着いてこちらの指示に従ってください」
討真が誘導を試みるが、思うように進まない。
「――とにかく仲間を庇え」
己がビハインド、海蛇・津美に言葉少なに命ずる。眼目は紳士に肩を貸し避難誘導に加わることを決める。周囲に視線を巡らせる。事前に庭を見渡した際年配者がいる死角があったはずだ。
チェネレントラが眼目と紳士の背を目で追う。遮ったのは、日方だ。
「よう、お待ちかねの『なりそこない』だ。逃げる奴じゃなく俺らと遊んでくれよな?」
挨拶代りにエネルギー障壁で殴りつける。手応えはあったが、怒りの気配は見られない。
「それにしても」
チェネレントラは眉根を寄せる。
「困った子達。これだけの人数しか残ってくれないなんて意地悪ね」
言葉の意図を察し、月夜と日方は視線を交わす。互いに歯の奥を噛んだ。
ただでさえ十人が力を合わせて対抗できるか否かというくらいの実力を持つのがダークネスだ。その中でも強敵とされるのが六六六人衆。
そんな相手にほぼ半分の戦力で臨むという事実。
「ひとつ教えてあげるわ」
漆黒の大鋏を鳴らし、チェネレントラは蠱惑的な微笑みを浮かべる。
「甘いものはお菓子だけで充分なのよ」
●血の祝祭
僅かなボタンの掛け違いだったのかもしれない。
だがその隙間はあまりに、大きい。
「っ!?」
「ご存じかしら? 氷はこういう風に冷たいの」
先程放とうとした技と同じ性質。相手には避けられた氷柱を、玲は肩口に穿たれる。力量ゆえか奪われる体力も桁違いだ。
出来るだけ直撃を受けぬよう留意したお陰で致命傷は免れている。しかし、呼吸が荒い事は自覚していた。
「こんなトコで倒れてらんないんだよねー」
軽妙な口振りは絶やさない。状況の厳しさは理解しているが、それはまた別の話だ。癒しの霊光を集約すれば、浄化の力が幾重にも輪を描き氷を粉々にする。
一般人避難に回った仲間が合流するのは五分後か十分後か、それとも。
「っざけンなよ!!」
意のままにされるものか。チェネレントラの破壊力が増していることを察した月夜は拳を振り抜く。大鋏に僅かな刃こぼれが生じた事を確認する。
攻勢は続く。日方が影を鋭く放出し敵の細い足を絡め取る。理央が渾身の力で魔法の矢を撃ちつける。
だがチェネレントラは軽やかに身を翻す。それでも尚、理央は言い放った。
「腕輪のシンデレラ……歌劇が望みなら付き合おう、チェネレントラ!」
童話と異なるあらすじの演目。腕輪をつけた、灰かぶり。
「識守理央。正義の味方で魔法使い。今夜は君の王子様!」
高らかに宣言する理央に、ころころと笑い声を零れる。直後、薄らと瞳に浮かぶ深淵の色。
「でもね、貴方は私の王子様じゃないみたい」
姿が消えた。
否、高速の動きで視界から外れたのだ。死角に回り込んだチェネレントラが低く呟く。
「残念だわ」
避けられない。誰もがそう思った瞬間、庇ったのはビハインドの津美だった。大きく開いた大鋏に文字通り裁断され、消滅する。黒髪が一筋、夜風に舞った気がした。
眼目が前線復帰したのはそれと同時だった。見慣れた黒セーラー服がいないことに、口の端を噛む。六割ほどの避難が完了したと手短に仲間に伝え、チェネレントラを睨み付けた。
「人が、殺したいなら、殺せば良い」
言葉が荒くなるのは恐怖のせい。
敵に対してではない。眼目は、『人』が嫌いで『人』が怖いのだ。
「遊びなら、こんな場所……くんなよ……!」
「遊びだからよ。だって、遊びたかったの」
チェネレントラの艶やかな唇は笑みの形。
「誰かを殺していれば、きっと見つけてくれると思ったの。正解でしょう?」
無尽蔵に放出される殺気は夜より黒い。中衛に位置する三人を覆い尽くそうとする刹那、最も体力が削られていた玲を月夜が庇う。
少ない人数で凌ぐ事が出来ているのは、最も高い体力を誇る月夜が身を呈して仲間を護ったからだ。
だがそんな月夜も、癒しきれぬ傷ばかりが増えていく。他の仲間も同じだ。
「ねえ、どの子が堕ちるかしら?」
「冗談、面白くねぇンだよ!」
どすの利いた声で吐き捨てる。チェネレントラは意に介さない。
招待客がまだ逃げ切れてないのなら。傷を押さえ、日方も言葉を口にする。
「腕輪に執心みたいだけど」
攻撃でも気を惹くよう尽力してきた。平静さと余裕を崩さぬよう立ち続ける。
「テメェの腕輪壊したら、怒るのか気にもかけないのか別な話を紡ぐのか。試してみるか?」
日方の問いに、チェネレントラは大鋏を構えることで答える。
「壊せると思うの?」
ハニーブロンドを靡かせ、姫君は庭を駆ける。
●闇の烙印
避難誘導班が合流した時には既に戦局が傾き、決していたと言っても過言ではない。
其々が深い傷を負い、回復が追いつかない。もっと早くに合流出来ればと結衣は胸を痛める。十数分だが、されど十数分なのだ。
それでも皆の尽力により、一般人の被害は一切出ていない。後顧の憂いを断った灼滅者達は全力でチェネレントラに応戦する。
しかし。
「ちっく、しょ……!!」
一閃。刃の筋が見えなかった。斬り捨てられた月夜が意識を手放す。
眉をひそめ、討真は凛とした眼差しを向ける。
「力があれば他者の命を蹂躙してもいいと勘違いしていないか? いいぜ、ならそのふざけた幻想をぶち壊す」
諦める事などない。五芒星型に符を放ち発動させる。命中こそするが、敵の足を止める事は叶わない。眼目が回復も兼ね癒しの力を持つ矢を放ち、命中率を底上げする。だが、既に皆が防戦一方だった。
最初に接触し攻撃に晒されやすかった理央も膝をつく。それでもチェネレントラの大鋏は猛威を振るう。
「壊せないでしょう?」
蜜のように甘く囁く。閉じた状態の大鋏に螺旋の回転を加え、大きく穿つ。
宿敵である六六六人衆。
こんなのに好き勝手させない。仲間を闇堕ちさせてたまるか――。
脳裏に渦巻く思考は途切れる。日方が、地に伏した。
灼滅者達が顔を見合わせる。三人の戦闘不能者。そしてチェネレントラに撤退の気配はない。玲は撤退を考えていたが、他の仲間達は違った。
闇に身を委ねるかどうかの決断を迫られていた。猶予はない。
眼目が揺らぐ。討真が前に出ようとする結衣を制する。彼が口を開こうとした瞬間だった。
「迷うならお手伝いしてあげるわね」
「――!!」
目を瞠ったのは誰だったか。生垣に背を預け気絶している理央の首元に、チェネレントラが大鋏を突きつけたのだ。
もはや一刻の猶予もない。
決意したのは『彼女』だった。
「王子様が見つからないなら私が王子様ってやつになってあげますよ。刃を交える新ジャンル王子様」
金魚の形をした対の影。襲い迫る速さは普段の比ではない。
ゆらり、百合亞から立ち上る闇の気配。
チェネレントラはその様子に満足そうに微笑んだ。
「嬉しいわ。来てくれたのね。そうね、続きはまた今度にしましょうか」
撤退するのか。玲は痛む足を引きずり、顔をしかめる。
闇堕ちした者の戦力は侮りがたい。敢えて身を危険に晒すまでもない――そういう事だろう。
何しろこれは『ゲーム』なのだから。
チェネレントラは生垣を大鋏で伐採する。薔薇が散り、道が開ける。
「ごきげんよう、皆々様」
淑女の如き礼をして、ハニーブロンドの姫君は踵を返す。様々な感情が錯綜する中、大鋏姫は姿を消した。闇を纏った百合亞が後を追うように駆けていく。
結衣が伸ばした手は虚空を掴む。
「待って……!!」
声も届かない。
届かない。
チェネレントラに切り落とされた白薔薇が地面に転がる。
花弁は血痕の赤に、染まっていた。
作者:中川沙智 |
重傷:月見里・月夜(さらば吉祥寺のファイター刑事・d00271) 科戸・日方(暁風・d00353) 識守・理央(オズ・d04029) 死亡:なし 闇堕ち:青柳・百合亞(一雫・d02507) |
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種類:
公開:2013年6月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 24/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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