ピンクのきのこは涼感を求めて

    作者:なかなお

    ●暑いの、だめなんだって
    「あつい……」
     マッシュルームヘアの少年が、ぐにゃりと顔を歪めて吐き捨てる。
     まだ六月だというのに、地球はいったいどうしてしまったのか。この先の夏本番、七月、八月を思うとうんざりしてしまう。
    「ったくもーさー、地球温暖化だか何だか知らないけど? 勘弁してろってーのー」
     ぼやきながらも、少年はてくてくと河川敷を進む。
     ふと、バーベキューに興じる団体が少年の目に入った。十数人のその塊のさらに向こうでは、また別の団体がコンロを組み立てている。
    「よくしらないけど、人が多すぎるのがいけないんじゃないの?」
     ぽつり、そんなことを呟いて。
     ――数分後、河川敷は真っ赤な血の色で染められていた。

    「俺の全能計算域(エクスマトリックス)が、六六六人衆の動きを察知した!」
     集まった灼滅者達を見渡し、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は高らかに宣言した。
    「相手は序列五四四番、みのる。ピンクのマッシュルームヘアが特徴だ」
     五四四番――その高い番数に、灼滅者達の間に緊張が走る。
    「あの胸糞悪い闇堕ちゲームとは違うらしいが、そんなことは関係ない。俺の未来予知に従い、奴の凶行を止めてくれ」
     そして、ヤマトは事の詳細説明へと移った。
    「まず初めに言っておくが、あくまで第一の目的は一般人からの被害者を抑えることだ。みのる自体は、まだお前達が灼滅できる相手じゃない。一般人を守って、みのるを撤退させてくれ」
     その日河川敷に集まっている一般人は、十三人、八人、十七人の団体、合わせて三十八人。それぞれ少し距離を開けてバーベキューを楽しんでいる上に、場所は身を守る盾となる障害物などないただっぴろい河川敷。ただ逃げ切るまでの時間を稼ぐだけでも難儀だろう。
     みのるが使用する力は、殺人鬼と同じサイキックと、武器である大型のハンマーでロケットハンマーと同じサイキック、そして集気法によるヒール。ポジションはディフェンダー。
    「接触のタイミングは、みのるが一番近くにいる十三人の団体に飛び込んだ時だ。それ以外は奴のバベルの鎖にひっかかっちまう」
     繰り返すが、とヤマトは言い聞かせるように言った。
    「奴の目的は一般人の惨殺。お前達の目的はそれを止めることだ。犠牲者の数をできるだけ減らしてくれ」
     もちろん、一人も出ないのであればそれが一番望ましい。
    「だが、お前達の命も疎かにするな。全員――無事に帰ってこい」
     ヤマトの力強い言葉を受け、灼滅者達は席を立った。


    参加者
    加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)
    皇・銀静(銀月・d03673)
    五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)
    式守・太郎(ニュートラル・d04726)
    神護・朝陽(ドリームクラッシャー・d05560)
    城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)
    天木・桜太郎(吊花・d10960)
    千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)

    ■リプレイ

    ●きのこ、来たる
     ――暑い。
     照りつける太陽、地面から立ち上ってくる熱、そしてバーベキューの熱気。どれをとっても暑すぎる。
     一体何がどうしてこんなに暑い場所に留まっていなければならないのか、それもこれも全てあのキノコ野郎のせいだ、と五十里・香(魔弾幕の射手・d04239)は湧き上がる怒りを炭酸ジュースと一緒に腹の底へと飲み込んだ。
     折り畳み式の椅子に寄りかかった天木・桜太郎(吊花・d10960)が、手持無沙汰に持ってきたボールで遊ぶ。
    「うん、バーベキュー日和だな」
     雲一つ見当たらない青空を見上げて、加藤・蝶胡蘭(ラヴファイター・d00151)はたらりと額を伝う汗をぬぐった。
     暑いではなしに、熱いとすら感じる河川敷。灼滅者達八人は、どうやら二家族の集まりと思われる十三人の団体の横に陣取り、バーベキューに勤しんでいた。
    「あ、このお肉美味しいのですよっ」
     自分の陣地で丹念に育て上げた肉を口に放り込んだ皇・銀静(銀月・d03673)が、思いのほか美味しかった肉に思わず声を上げる。一方野菜とソーセージを持参した千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)は、緊張の為か食べ物には手を付けていなかった。
     城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563)が、美味しそうに焼けた舞茸のソテーを口に運ぶ。
    「キノコを食っちゃうぞーっていう気概で行かないとね」
     おどけた様に笑うその表情の中で、しかしきらりと光る瞳だけは強い決意を秘めていた。――犠牲者など、出させはしない。
    「――」
     ふと、長椅子に体を預けてみのるが歩いて来るだろう道を眺めていた神護・朝陽(ドリームクラッシャー・d05560)がその三白眼をゆるく細めた。式守・太郎(ニュートラル・d04726)がくるりと首を回し、一般人の状況を再度確認する。
    「五十里せんぱーい」
     全身を椅子に預けていた桜太郎は、ひょいと隣に座る香へとボールを投げた。ぱし、と乾いた音が響く。
    「思いっきり行くぞ、天木」
     いつの間にかグローブをその手に着けた香が、ボールを手に不敵に笑った。

     見通しのいいその景色の端っこで、ピンクの頭が揺れている。

    「五十里先輩はなかなかの強健だな」
     香と桜太郎のキャッチボールを観戦する蝶胡蘭が、ピュウと口笛を吹く。ピンクの頭が近づいてくる。
    「……、……」
     十三人の団体まであと十メートルというところまで近づいたとき、みのるは何か呟いたようだった。
     ぱん、と桜太郎のグローブを弾いたボールが、ころころと十三人の団体の方へと近づいていく。あっちゃあ、と小さく零して追いかける桜太郎に、悪い、と言いながら香が続いた。
     ――瞬間。
    「ちょっと消えてもらえない?」
     振り上げられた大型のハンマーが、十三人の団体へと影を落とした。

    ●きのこ、驚く
     がん、と大きな音をたてて、みのるのハンマーが弾かれる。
    「っとー。……なになに?」
     後ろへとバランスを崩したみのるは、しかしすぐに体勢を立て直して不思議そうに首をかしげた。
     みのるの一撃を受け止めたせいで悲鳴を上げる両肩を無視して、香は一般人を遠ざけるために殺気を放つ。何が起きたのか分からずおろおろと視線を彷徨わせる若者達を、蝶胡蘭が鋭く一喝した。
    「落ち着け! 余計なことは考えるな。とにかくここから離れるんだ!」
     途端にばたばたと荷物を引っ掴みだす一同に、千波耶が背を向けたままそんなものは後にしなさいと叫ぶ。割り込みヴォイスを使用する二人の声が、若者達の頭に邪魔されることなく届いたのは幸いだった。
     ふうん、とみのるが目を細める。
    「よく知らないけどー、あれか、噂の『なりそこない』」
     その言葉に、ぴくりと朝陽の肩が震えた。別に自分達がどう呼ばれようと関係はない。――が。
    「おれ、今はあんた達の相手したいわけじゃないんだよねえ」
     自分達が居ても何も問題なく殺戮が行えると思っているのなら、その考えは今ここで叩き直してやる必要があった。
    「お前の気分なんか知ったこっちゃねぇんだよ!」
     朝陽の影が、蔦のように伸びてみのるの足を捕えようと蠢く。
     みのるは軽く宙へと飛び上がると、その体からどす黒い殺気を無尽蔵に放った。一般人を庇い立つ朝陽、桜太郎、香、銀静の体が、暗い闇へと覆われる。
    「暑いというのは良き修練になるではありませんか! 武を目指し技と魂を鍛える良い機会ですよっ」
     銀静の影が、大きく広がってみのるの殺気を喰い尽くそうと唸った。
     ぶつかり合う殺気と影の間で、ばん、と橙の熱が破裂する。桜太郎の炎が、真っ青な空を紅に染め上げた。

     太郎の白いマフラーが、爆発の衝撃派に煽られてばたばたと空気を打つ。
     みのるの襲撃と同時に一番離れた場所にいた十七人の団体のもとへと走った太郎は、爆音に負けじと声を張り上げていた。
    「皆さんが逃げる間、俺達が奴を必ず抑えます! だから焦らないで、振り返らずに走ってください!」
     十七人は高校生か中学生の集まりだったらしく、中には動転して泣き出している子どもいる。びえびえと劈くような泣き声は、いよいよ他の者までパニックの中へと引き込んでいった。
    「あなた!」
     逃げようにも他の人にぶつかり合って右往左往する人々の中で、太郎は一番落ち着いていそうな少年の腕を容赦なしに引っ掴む。腕には痣が残ってしまっただろうが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。
    「あなたが皆を率いて下さい。大丈夫、背中は俺が守ります。行って!」
    「は、はいっ」
     自分と同じほどの歳の子どもに突然言いつけられて、しかし少年はがくがくと首を縦に振る。振り返ればまた一つ、大きな炎が空に立ち昇った。
     ばたばたと駆けてくるのは、ヨギリが誘導する八人の団体だろう。
    「こっち、急いで……っ」
    「ヨギリ、もう大丈夫です!」
     八人の前に後ろに移動して声をかけるヨギリに、太郎は強く言った。みのるを抑えている四人が、十三人を守っている二人が、無傷なはずがない。
    「後は俺が誘導します!」
     かろうじて表情が確認できる距離で、ヨギリが一度大きく頷く。身を翻して駆けていく背中を一瞥し、太郎は合流した八人の避難を手伝った。
     ――激しい戦闘音が響くそこから。十三人が、まだ来ない。

    ●きのこ、暴れる
    「っこの……!」
     執拗に一般人へと攻撃をしかけるみのるに、灼滅者達は攻撃を受け止めることで精一杯だった。駆け付けたヨギリの回復も間に合わない。
     みのるの大型ハンマーが、蝶胡蘭の腕を打つ。
    「おれだって、あんた達が無力じゃないことぐらい知ってんの。人減らすならその後ろにいる人たちの方がよっぽどお手軽に決まってんでしょー」
     みのるのハンマーが、まるで叩き割ろうとするかのように地面へと打ち付けられる。足場をぐらつかせる衝撃派に、灼滅者達の陣形が崩れた。
     足がもつれたのか、一人の女性が地面へと潰れる。みのるが動く。
    「無視、しないでくんない」
     女性の首を断ち切ろうと振り下ろされたみのるの手刀を、桜太郎は自らの腕で受け止めた。燃え上がるようにして熱くなった腕とは逆に、背筋がどっと冷えて冷や汗が首を伝う。
     それでも、桜太郎はにっと口端を吊り上げてみのるを嘲笑った。
    「マジでピンクのきのことか、ギャグなわけ? どうせきのこなら大人しくじめっとする場所に引っ込んでろっての」
    「……そんな挑発なんて乗らないしー」
     言いつつ、みのるの目は完全に据わっている。桜太郎はみのるに吹き飛ばされると同時に、動かなくなった腕とは反対の手で握るマテリアルロッドを灼熱の炎で包み込んだ。
     振り下ろされた炎が、風にあおられてみのるの肩を燃やす。
    「っくそ」
     憚らずに舌を打ったみのるは、そのまま随分と距離の離れてしまった家族団体――その中の親子へと斬りこんだ。
    「一人ぐらい減ってくれないとさー、なんかおれかっこわるいじゃん」
    「抵抗もできない一般人を狙ってる時点で十分かっこわるいわよ!」
     みのるの手刀が、千波耶の大鎌を撃ち砕く。しかし千波耶が身を退くことはなかった。後ろには、気を失ってしまった我が子を抱いて必死に駆ける母親がいる。
    「千波耶お姉さん……っ」
     千波耶の体がみのるの手刀に貫かれる刹那、桜太郎に必死にヒールを施していたヨギリが悲鳴交じりにその名を呼んだ。
    「この野郎ッ!」
     怒りに目を血走らせた香が、千波耶の体を投げ飛ばすみのるにシールド・PCoSを叩きつける。みのるはそれをハンマーでいなすと、反対の手で香の腕を強く引いた。ふわりと浮いた体が、逃げ惑う一人の男に突き付けられる。
    「ひ……っ」
     避けることもできずに尻餅をついた男の体を、みのるのハンマーが吹き飛ばした。

    ●きのこ、去る
    「だめ……だめ……!」
     胸から血を噴き上がらせる男の体を、ヨギリが震える手で掻き抱く。輝く光の輪も、失われた体温を取り戻すことはできない。
     まるで予想だにしていなかった出来事に、家族団体の足が呆然と止まった。
    「早く逃げろ!」
     蝶胡蘭のシールドに千波耶と一緒に包まれた香が、伏したまま声を枯らして家族団体を睨み上げる。
    「死にたいのか!」
     声もなく震えあがる一般人の背中を、他の誘導を終えて駆け付けた太郎がぐいぐいと押した。広がる血だまりに、今は気を取られている場合ではない。
    「さぁ、一緒にもっと熱くなろうじゃありませんか」
     怒りを腹の底に抑え込んで、銀静が冷えた目で笑う。雷電を纏った震える拳が、みのるのハンマーを打ち払った。
     がら空きになった前面に、起ちあがった香のガトリングガン・Grande Mitrailleuseが向けられる。爆炎を纏う弾丸が、みのるの体にいくつもの風穴を開けた。
    「……ったい、なー」
     べちゃ、と頽れるようにして地面におちた体が、オーラに包まれて揺らぐ。血を吹き出す穴が、みるみるうちにふさがれていく。
    「回復なんてしている暇はないぞ!」
     みのるの体を包み込む薄い膜を、蝶胡蘭のシールドが吹き飛ばした。
    「もう退けよ」
     赤く巨大化した腕を掲げ、朝陽が緋色の瞳を煌めかせる。
     怖いとか、痛いとか、そんな感情は捨てる。今だけ引っ込んでいてくれればそれでいい。そうしないと飲まれそうだから。バレたらきっと殺されるから。相手は殺人鬼なんだから。そう、自分を叱咤して。
    「退かないのならば、殺してやる」
     ――ヘマして死ぬのはお互い様でしょ?
     迷いなどなにもないその一撃に、両手でハンマーを支えるみのるは不満げに目を眇めた。
     ぴし、とハンマーが悲鳴を上げる。
    「平和な日常にあなたは不要です」
     太郎の影が、みのるの体を縛り、締め上げた。一般人は、もう手を出せる位置にはいない。もう、行かせたりしない。
     影を砕くように振り上げられたハンマーを、桜太郎がかろうじて動くようになった腕で受け止めた。
    「――腕の一本くらい、くれてやるよ」
     たったそれだけのものを守るために、俺達は退いたりしない。正義の味方なんかじゃない。でも、これ以上目の前で人が死ぬのは御免だ。
    「あなたには、わたし達の気持ちは超えられない」
     掠れた、しかし強い言葉で言ったのは、ヨギリに支えられて身を起こす千波耶だった。
     この激情が、空っぽの殺人鬼に分かるものか。
    「あっそう」
     不本意極まりないと言うように、みのるが殺気と共に吐き捨てる。
    「わかったよ。今回は一人で我慢すればいいんだろ。もー」
     最後に意趣返しとばかりに放出されたどす黒い殺気をヨギリの風が祓った時、そこにもうみのるの姿はなかった。

     照りつける太陽は、変わらずに河川敷を暑く煮え立たせる。
     それでも、そこから人一人の体温が消えたこと。一人で済んでよかった、なんて口が裂けても言えない。

     さらさらと流れる川の音だけが、お前達は良くやったのだと灼滅者達の心を慰めていた。


    作者:なかなお 重傷:城守・千波耶(裏腹ラプンツェル・d07563) 天木・桜太郎(夢見草・d10960) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月22日
    難度:やや難
    参加:8人
    結果:成功!
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