未来へおくる手紙

    作者:南七実

    「あれ? まただわ」
     からっぽの箱を覗いた由子は、怪訝そうな顔で首を傾げた。
     おかしい。この中には何通かの手紙が入っていなければならない筈なのに……。
     とある寂れた遊園地で現在実施されているイベント――『未来のアナタとワタシへ』。
     これは、園内で販売している特製レターセットを購入し、数日後・数週間後・あるいは数年後の自分や友達、恋人などに向けてメッセージをしたため『未来へのポスト』と呼ばれる箱へ投函する、タイムカプセルのような企画だ。
     ポストに入れられた手紙は郵送されるのではなく、園内の事務所に保管され、手紙の引替カードを持って再来園した客に渡される仕組みになっている。引替カードは手紙を書いた本人が持ってきてもいいし、友達や恋人に渡してもいい。つまり、未来の自分や大切な人へ、過去の自分がメッセージを送る……という、ロマンチック(?)なイベントなのである。
     遊園地に再度来て貰おうという主催者側の意図が透けて見えるのはさておき――。
    「おかしいですよ。ここ数日でレターセットが何部か売れているのに、手紙が一通も入っていないなんて」
     由子の訴えに対し、上司の嶋田は興味なさそうに相槌を打つ。
    「まぁ、使わないで記念に持ち帰る人だっているだろうし、深く考える事はないんじゃないかな」
    「でも……」
     ある筈の手紙がなくなる「事件」は、今回で2回目なのだ。ポストには鍵がかかっているし、こじ開けられたような跡もない。ミステリーだと思いませんかと由子は力強く主張する。
    「ミステリーねぇ。そうだ、きっとオバケが隠しているんだよ」
     テキトーな受け答えをしてから、嶋田は手をポンッと叩いて立ち上がった。
    「おお、この案はいいな! 園内にオバケ……幽霊が出るって噂が立てば、物好きな客が来てくれるかもしれない」
     お化け屋敷に本物の幽霊が出るという噂が広まり、集客力がアップしたという例もある。不安げな由子と対照的に、嶋田はうきうきとパソコンに向かった。
    「明るい未来も見えず病弱なまま亡くなり、現世に何らかの心残りがある幽霊が『未来への手紙』を隠すという設定でいいか。そういうエピソードをネットでそれとなく広めよう。由子ちゃんも協力してくれ。自分の手紙が幽霊に隠されるかも、というミステリーを味わいたい人が食いつくといいなぁ」
    「ええー……」
     人を呼び寄せられそうなネタがあれば何でも使う嶋田の様子に、由子はどっと脱力した。無理矢理でっち上げた幽霊に罪を擦りつけて、手紙がなくなった件は有耶無耶にするつもりなのか?

     こうして、手紙を隠す幽霊の噂が流れ始めた。
     単なる作り話。
     だが、間の悪い事に――この遊園地には、そのテの怪談を本気で怖がってしまう従業員が大勢いたのだった。
     
    ●狙われた手紙
    「という訳で、変な噂話からまた都市伝説が発生しそうなんだよ」
     お客さんを呼び寄せる為に怪談をでっち上げるなんて……と、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)は呆れたように肩をすくめた。
    「先日、手紙を探す都市伝説と遭遇したばかりですが、今度は隠す都市伝説ですか……」
     困ったものですね、と苦笑いをする夕凪・真琴(優しい光風・d11900)。
    「実際に何度か手紙がなくなっているんだけど、そっちの件はたぶん子供のイタズラだと思うんだよね。それとは別に、今回私が解析した未来予測の中に、都市伝説……幽霊がバッチリ出現しちゃっていたの」
     未来予測には、こっそり園内に残って『未来へのポスト』を見張っていたアルバイトの由子が都市伝説に襲われてしまうシーンが含まれていた。
    「今ならまだ、犠牲者を出さずに事態を収拾する事ができるよ。それに、危険な存在が出ると判っていて放置しておく訳にはいかないからね。みんなで行って、都市伝説を退治してきてくれるかな?」
     
     灼滅者達は、由子が見張りに立つ事件の前日に都市伝説と接触する事ができる。
    「まずはお客さんとして遊園地に行って、昼間は普通に遊んでおくといいよ。あっ、都市伝説を誘き出す為にレターセットを買って、手紙を書いてポストに入れておいてね」
     閉園は17時。19時くらいになれば従業員達も帰宅するだろう。
     周囲が暗くなって人の気配が途絶えた夜間にポスト近くに出現する『幽霊』は、触手のような髪を器用に操りポストの投函口から手紙を引き抜こうとする。
    「みんなは物陰にでも隠れていて、都市伝説が手紙を持ち去ろうとしたところを一気に叩いて」
     幽霊は自分を目撃した者や邪魔をする者に対して容赦せず、全力で攻撃してくるだろう。際限なく伸びる触手の如き髪に締め付けられる危険もあるし、刃のような切れ味を持つ書き損じの便箋を撒き散らして複数を切り裂く攻撃も厄介だ。また、掌から放たれる毒入りの黒インク射出にも用心しなければならない。
    「ちなみに都市伝説の外見は、髪が長い、白いパジャマ姿の女性だよ。作り話から具現化した訳だけど、具体的なイメージが固まってなかったみたいで、イマイチ印象が薄い感じだね」
     とはいえ、相手は都市伝説。印象の濃度に関係なく、脅威の存在である事に間違いはないのだ。
    「敵は噂の設定に沿って責めるような言葉をぶつけてくるかも知れないけど、気にしないで、サクッと倒してきてね」
     みんなならきっと大丈夫。良い感じに解決してくれるって信じてるよ――そう微笑んで、まりんは説明を終えた。


    参加者
    鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)
    終夜・玲(気だるいマージナル・d01022)
    狭山・雲龍(灼滅の貴公子クラウドドラゴン・d01201)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)
    ミィファ・ティンクル(魔王クラスのサバト荒らし・d05017)
    夕凪・真琴(優しい光風・d11900)
    星空・みくる(お掃除大好きわん子・d13728)

    ■リプレイ

    ●遊園地で遊ぼう
     行楽にふさわしい快晴!
     軽やかなメロディに迎えられて遊園地のゲートをくぐった灼滅者達は、若宮・想希(希望を想う・d01722)の提案でまず園内を軽く回ってみる事にした。
     勿論、『未来へのポスト』がある噴水広場と、その周辺をしっかり確認しておくのが目的だ。
    「意外と盛況じゃないですか」
     寂れていると聞いたし、もっと閑散としているのかと思っていたが、なかなかどうして。幽霊の噂が人を集めたのか、ポスト周りは手紙を投函する客で大いに賑わっていた。
    「この手紙企画、俺としてはいいと思うけどな」
     但し幽霊の存在は論外だがと肩をすくめた狭山・雲龍(灼滅の貴公子クラウドドラゴン・d01201)が、レターセットを購入するべく売店へと向かう。
    「わあ。色々なデザインがあるんですね」
     ひときわ目立つコーナーにズラリと並んだレターセットを見て、夕凪・真琴(優しい光風・d11900)は感嘆の声を上げてしまった。シンプルなものから、いかにも目を引くカラフルなデザインまで沢山の種類がある。
    「ボク、これにします!」
     パッと目についたレターセットを買った星空・みくる(お掃除大好きわん子・d13728)は、戦闘後の自分宛に「お化けはどうでしたか? 怖くなかったですか?」と書いていち早くポストへ走って行った。一方、雲龍は熟考型。
    「便箋と封筒でコントラストが映えるようにできないかな?」
     受け取った時に思わず顔が綻んでしまうようなデザインがいい。時間をかけて選択し、店外のベンチで手紙の下書きを開始した雲龍の脇で、鹿野・小太郎(バンビーノ・d00795)が遊園地グルメのメニューのチェックを始めた。
    「腹が減っては戦……じゃなくて幽霊退治はできぬ、ってね。今こそ、オレの底なしの胃袋が本気を出す時だよ」
    「やるのか……『全部下さい』。浪漫だな」
     小太郎の静かな気迫を感じた終夜・玲(気だるいマージナル・d01022)が、ごくりと喉を鳴らす。どこにでもある定番モノから、ちょっとした変わり種まで食べ応えがありそうなブツが揃っているのだから挑戦せずにはいられないと、瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)もやる気を漲らせていて――そう、皆ノリノリなのだった。
    「本当にやるのか? 『全部』って」
     下書きを終えた雲龍が顔を上げる。止めるつもりはないが、食べ過ぎで動けない事態だけは避けたいという彼の言葉に、小太郎は眠たげな無表情のまま「大丈夫」と頷いた。

     どんっ!
     焼きそば、ラーメン、カレー、おにぎり、揚げ団子、たこ焼き、フライドオニオン、フルーツピザ、亀ゼリー等々。小太郎憧れの台詞「全部ください」という注文により、テーブルに置ききれないほどの食べ物が積み上がった。
    「こ、これは……食べ歩きというより、食い倒れのような」
     思わず仰け反ってしまった想希だが、小太郎と恢の大胆な食べっぷりに更に驚かされる事になる。
    「夜まで長いし、がっつり腹拵えしときましょ。うーん、んまい」
    「こっちのもイケる」
     もぐもぐぱくぱくがつがつ。ものスゴい勢いで消えてゆく食物の山。「俺も全力で」と気合いを入れていた玲も、2人の勢いにぽかーん。通りすがった一般客までもが何事かとびっくりしている。
    「おお、皆さんいっぱい食べますね」
     アイスを味わいながら、真琴は猛烈なランチタイムを楽しそうに見物していた。肩に乗っているナノナノのノノにお裾分けをしながら、みくるはテーブルの隅っこで控えめにポップコーンを食べている。
    「美味しいね、ノノ」
    「ナノナノ~♪」
     見事にペロリと完食した小太郎と恢が、冷たいものを求めて再び売店へ。目を丸くする店員を後目にスイーツを仕入れた一行は、テーブルにレターセットを広げて未来への手紙を書き始めた。
    「自分宛と……幽霊さんへのお手紙も書いてみましょうか」
     手紙を隠したりしないでくださいとしたためて封をする真琴の横で、玲がさらさらとペンを走らせている。
    (「未来を失った幽霊なんてよくある設定だけど、実際なら哀しいもんだよな。つられて憂わんようにしないと」)
     未来の俺へ。未来はどんな感じ? 学園での出来事や私事などの現況を綴りながら、玲は未来の自分に彼女ができていればいいなぁと期待してみたりして。
    『――今、どうしていますか?』
     一年後、高校卒業後の自分は何をしているのだろうかと想希は考えてみる。少しは強くなれているのだろうか。ついでに彼は、「ポストの防犯対策を強化すべき」という遊園地に宛てた投書も準備していた。
    「さて、どうしようかな」
     ソフトクリームミックス味に舌鼓を打ち、指先でペンを弄びつつ暫し迷ってから、小太郎は便箋に向かった。頭に浮かぶのは、学園でできた友達の顔。
    『未来のオレへ。ちゃんと笑えるようになった?』
     皆がいれば、自分は変わっていける気がするから。
     注意深く便箋を広げた雲龍は、一呼吸置いてから文章を書き始めた。込めるのは大切な気持ち。自分の手元に置いておくとつい逸ってしまうから、ここで預かってもらおうと彼は思う。
    (「ポストの中の他の想いたちと一緒に輝ける、その時まで」)
     アイスを片手に恢は黙々と手紙を書き上げた。宛先は二年後の自分。聞きたい事は、ただ一言。
    『――今、しあわせ?』
     それぞれが手紙を書き終え、ポストへ。
     あとは、都市伝説が現れるまでの時間を園内でのんびり待つだけとなった。
    「ここ、観覧車がありましたよね」
     うきうきと周囲を見渡す真琴。この場所からだと木に隠れて見えないが、確か向こうに小さな観覧車があった筈。
    「真琴さん、よかったらご一緒しません? 俺が一緒でもよければ、ですけど」
     想希の誘いに、勿論ですと微笑む真琴。
    「ありがとうございます。一人で乗るより嬉しいですよね」
    「じゃボクはノノと一緒に回転ブランコで遊んできます」
     そう言ってみくるが元気よく駆け出した。
    「腹ごなしに、ふらふら散策してみるのもいいか」
     大迷路でもあれば挑戦してみようかと玲が歩き出せば、恢もまた『のりもの券20枚綴り』を買って遊ぶ気満々で園内へ繰り出す。
    (「コーヒーカップで思いっきりぐるぐる回ってみよう」)
    「えっと、じゃオレは……」
     キョロキョロ辺りを見回した小太郎は、噴水広場に置かれていたアニマルカーからパンダを選び、おもむろに跨ってコインを投入。牧歌的な音楽と共にパンダがのそのそ動き出す。
     そんなこんなで、平和な午後の時間がゆっくりと流れていった。

    ●虚構の幽霊
     閉園を告げるメロディが流れ始めた夕刻。灼滅者達は人目に触れぬよう身を隠し、暗くなるのをひたすら待つ態勢に入った。
     やがて園内の電気が落ち、周囲は闇に包まれた。従業員が仕事を終えて帰宅したのだ。
    「そろそろ、だな」
     遊びの時間は終わり。ここからは灼滅者としての任務が始まる。
     ポストがよく見える位置――小太郎と恢はそれぞれ別の物陰に潜み、都市伝説の出現を待った。敵に気取られぬよう他の仲間は少し離れた場所で待機して、2人の合図と共に駆けつける手筈になっている。
    「……来る」
     周囲の空気が変わったのと同時に、ポスト前の空間に揺らめきながら現れたのは、白いパジャマの少女――都市伝説だ。
     長い髪をひゅるひゅると伸ばした幽霊がポストの口から何通かの手紙を取り出し、小太郎と恢が静かに身構えた、その時。
    「ヒャッハーーーー!!!」
     思いがけない方向から飛び出してきたミィファ・ティンクル(魔王クラスのサバト荒らし・d05017)が、弾丸の如き勢いで幽霊とポストの間に割って入ってきた。
    「え……っ?」
     一瞬虚を突かれた小太郎が慌てて指笛で合図しながら、サウンドシャッターを展開する。周辺の繁みからポストを包囲するように飛び出してきた仲間達も、予想外の展開に驚きの表情を隠せない。
     小光輪の盾を纏ったミィファは、ブンッと大鎌を振り回して高らかに宣言する。
    「こんな下らない下卑た都市伝説、ウィーの愛のパワーで武ッ壊すデース!!!!」
    『何アナタ。ジャマしないでェッ!』
    「ミュージック、スタート」
     都市伝説の髪に為す術もなく締め上げられたミィファを庇うように前へ出た恢が、なまえのないかげ――魔神の姿にも見えるバトルオーラを滾らせ、螺旋の捻りを加えた槍を幽霊の躯に突き刺した。
    『キャアァッ!』
    「人の都合で生み出されたのは、可哀想ですけど。被害が出る前に、片を付けさせてもらいます」
     間を置かず駆けつけた想希のシールドによる一撃が、幽霊の怒りに火をつける。触手の如き髪の動きを牽制しようと、雲龍は鋼糸を操って糸の結界を張り巡らせた。
    「大人しくしてもらおうか」
    「お化けなんて怖くない、怖くなんか……」
     実は怖いものが苦手なみくるは、それでも果敢に前へ出てきて凄まじい拳の連打を繰り出した。
    『ウアァァ…ッ』
     降り注ぐ攻撃の嵐に怯んだ幽霊の隙を突き、ナノナノのティンクリオンとノノがふわふわハートでミィファの傷を回復する。
    「しっかり!」
     真琴が灯した温かな光が、触手髪から逃れて体勢を立て直したミィファに癒しと更なる力を与えてゆく。
    「悪いけど、消えてもらう」
     ザンッ! 死角へ飛び込んだ玲の斬撃が都市伝説の体を斜めに切り裂き、深い裂傷を与えた。
    『私は手紙が欲しいだけなのに、どうしてジャマするのォッ!』
     未来のある人間全てが憎いと怨嗟の言葉を吐き散らしながら、幽霊少女が無数の便箋をバラ撒いた。戦場を飛び交う紙は鋭刃となって、前衛を担う灼滅者達をザクザクと切り裂いてゆく。
    「くうっ」
     予想以上の強撃に苦悶の声をあげる小太郎。
    「お前が思い出を食べてしまったら、ここは忘れられてしまうだろ」
     便箋を払い除け、助走もつけずに跳躍した恢は、都市伝説の頭上から拳の雨を浴びせかけた。ヒィィと身を縮める幽霊の死角に突っ込んだ想希と小太郎が、左右から情け容赦なく相手の急所を絶つ。
    「手紙というのは大切な気持ちだからな。勝手に持ち去る行為を黙って見ている訳にはいかない」
     雲龍の逆十字に切り裂かれた幽霊の背に、みくるのフォースブレイクが炸裂した。
    『イイいいたあぁぁいィッ!』
    「うわぁ! こ、来ないで!」
     狂乱する幽霊の迫力に気圧され、ぴゅーっと後方へ退くみくる。主に心配そうな瞳を向けながら、ノノがハートを飛ばして小太郎を回復した。前を担う者が安心して戦えるよう、真琴も必死になって癒しをもたらす矢を放ち続けている。分裂させた光輪の盾を想希に施したミィファが、都市伝説にビシイッと指を突きつけた。
    「ヤイ! ショタゾンビ背徳!! ミィのシールドリングが前衛に配られても立ってられるなら御褒美に首を跳ねるなり!!! ジャッジメントレイで聖めてやるなりしてあげマース!!!! 嫌ならさっさと斃れなサーイ…」
     確かに都市伝説の外見はどこかあやふやで、少年に見えなくもない。パジャマ姿の幽霊少女はミィファの言葉にどこか傷ついたような表情を浮かべて、一瞬凍りついたように見えた。
    「えーと……まぁショタでもロリでも、別に何でもいいか。倒せば同じだし」
     呟きつつ突撃した玲が、螺穿槍を繰り出す。鋭い切っ先を避けた幽霊は憎悪の瞳を灼滅者達に向けた。
    『手紙なんてどこにも届かなければいい。ミンナ真っ黒に塗りツブしてやるうゥゥッ!』
     ビシャッ! 幽霊の掌から放出された黒インクが、真っ白なノノの体に直撃した。
    「ナ、ナノナノ~」
     毒に冒されたノノが空中で弱々しくはためく。再びポストへ近づこうとする幽霊の前に立ちはだかった恢の強撃が命中、ギャッと仰け反る敵に想希の紅蓮斬が襲いかかった。
    「皆の大切な手紙、あなたに渡す訳にはいきませんよ」
    「人の手紙を隠して、きみは本当にそれで楽しいの?」
     ポストの前で暴れる幽霊めがけて、小太郎が刃を一閃。不気味に蠢く髪を警戒しながら放たれた雲龍の鋼糸が、敵の体をギリリと絡め取った。
    「つかまえた!」
    「も、もう暴れないで下さい!」
     髪を振り乱す都市伝説の姿に恐れをなし、既に半泣き状態のみくる。それでも雷を呼び寄せてキッチリ攻撃できているのだから、さすが灼滅者といえよう。
    「ナノナノナノナノ!」
     ノノとティンクリオンはひたすら戦場を飛び回り、回復役に専念。ミィファもまた「アーメン…」と叫びつつ仲間の強化に集中している。
    「こんなところで迷っていないで、早く天国へ行くといい。皆で見送ってやるから」
     玲の大鎌に横薙ぎにされた幽霊の胸元に、真琴の放った光刃が突き立った。
    『ウゥ、痛い…よ……』
     書き損じの便箋が再び宙を舞い、お返しとばかりに後衛陣を切り裂く。
    「もういいんだ。眠れ」
     放たれた雲龍のオーラが便箋を貫き、幽霊を苛烈に責め立てる。ぐらりとよろけて膝を突いたパジャマ少女へ、全員の一斉攻撃が降り注いだ。
    「きみはただ噂に呼ばれただけなんだよね……おやすみ、良い夢を」
     小太郎の呟きが終わるよりも前に、幽霊の姿は完全に消えていて。
     後に残されたのは、彼女がポストから抜き取って落としていった数通の手紙だけ。
     その一通を拾い上げた恢は、少しだけ寂しそうな表情になった。
    「――さよなら。こんな怪談があったことを、忘れずにいるよ」

    ●未来へおくる手紙
    「お、終わりました……」
     無事に終わった安心感からか、みくるはその場にへたり込んでしまった。インクまみれになったノノがふよふよ飛んできて主にぺたりとへばりつく。
    「わ、ノノが真っ黒! え、ボクも? あ……」
     慌ててポンポンと体を叩きノノと自分を綺麗にしたみくるは、近くに落ちていた自分の手紙を拾い上げて中身を再確認し、恥ずかしそうに封を閉じた。
    「この噂話、もっと別の内容の方が良いですよね。例えば、幽霊の女の子に手紙を書くとお返事が返ってくる、とか」
     散らばった封筒をポストへ戻した真琴は、幽霊に宛てた手紙がなくなっている事に気づいた。戦闘中に外していた眼鏡をかけ直しながら、想希が彼女に問いかける。
    「幽霊宛の手紙、ポストの外に置いておいたんですか?」
    「ええ、幽霊さんに気づいてもらいたかったから……もしかして、持って行ってくれたんでしょうか」
     戦いのどさくさで無くなっただけかも知れないが、もし彼女が手紙を受け取ってくれたのならどんなにか嬉しいのにと真琴は思う。
    「なんにせよ、一件落着だな」
     手紙の引替カードを見つめながら雲龍は淡く微笑む。
    「できたらまた、皆でここに遊びに来よう」
    「皆で、か。それもいいな。せっかく書いた手紙、ちゃんと受け取りたいしな」
     玲の言葉に、幾人かが頷いた。
     正直、日々命がけで戦っている自分達にどんな運命が待ち受けているのかなんて、予想もつかないけれど。
     未来の自分が、今ここにいる自分の書いた手紙を無事に受け取る事ができるよう願って――灼滅者達は静かに帰路へついた。
     

    作者:南七実 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 3
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