人を砕く豪槌の鬼

    作者:波多野志郎

     そこは、山にある一つの集落だった。
     人口数十人の村はご老人も多く、それでも元気に山仕事を行なう事で集落の人々は日々生活を送っていた。
     丑三つ時。夜に人の姿はおろか、住居から漏れる光もない。静寂と暗闇に包まれたその森へソレは姿を現わした。
    『…………』
     ズズ、とソレは巨大な杵を引きずり、山道を歩いていた。体長は見上げんばかりの巨体だ。力強い筋骨隆々の体躯。薄暗い赤い肌。薄汚れた腰布。そして、鋭い牙とこめかみから伸びた角――鬼、そう呼ばれるべき異形の存在だ。
    「ひ、い……!?」
     集落の家を一つ一つ鬼はめぐり、その杵で人を押し潰していく。返り血に塗れ、より鮮やかな赤に染まりながら、鬼は命を奪っていった。
     慈悲はない。嘲りも恫喝も存在しない。まるで、そうする事が当然のように、鬼はその集落の人々を一人残らず、潰し殺していった……。

    「……本当、何がなにやら……」
     血の気の引いた表情で湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)が吐息をこぼすように言った。
     今回、翠織が察知したのは鬼の凶行だ。
    「鬼って言うしかないっすね……そいつが深夜、一つの集落を襲って人々を殺して回るんすよ……」
     それも手に持った杵で餅でもつくように押し潰していくのだ。その未来予測の光景を思い出したのか、一つ大きく震えて翠織は表情を引き締める。
    「こいつが何者であれ、無視は出来ないっす。どうにかして、止めて欲しいっす」
     鬼は未来予測にある通りに山道を通り、集落を襲う。この進行ルートに立ち塞がり、倒して欲しい。
    「相手はかなり強敵っす。ダークネスに近い実力を秘めてるっすから、要注意っす」
     夜の山道が戦場となる。光源は必須、両脇には森があり、そこをうまく使いこなせば戦いを有利に運ぶ事も可能だろう。
     ただ、相手がその見た目の通りに恐ろしい力を秘めている、その事を忘れず油断せずに対処して欲しい。
    「今なら集落の人も救えるっす。だから……頑張ってくださいっす」
     あの地獄のような光景を現実のものにしないために――翠織は真剣な表情で頭を下げた。


    参加者
    艶川・寵子(慾・d00025)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    笠井・匡(白豹・d01472)
    多嬉川・修(光の下で輝く・d01796)
    朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)
    六連・光(リヴォルヴァー・d04322)
    回道・暦(中学生ダンピール・d08038)
    句行・文音(言霊遣い・d12772)

    ■リプレイ


     ――夜の山は、決して無音ではない。
     常に動く風の音。木々のざわめき。闇の中で息づく生き物の気配。一つ一つがあまりにも小さい音の集合音、それは大穴を覗き込んだ時の音に似ている。
    「草木も眠る丑三つ時……地獄の門でも開いたのかねぇ?」
     笠井・匡(白豹・d01472)が呟く。これから戦うであろう相手は比喩ではなく、そういう相手だ、そう思うからこそ張り詰めた緊張がその呟きにはある。
    「また鬼、か。狩っても狩っても減らんのは業の深さゆえかのォ」
     句行・文音(言霊遣い・d12772)がため息交じりにこぼした、その時だ。文音だけではない、その異常に全員が気付く。
    「これは――動物が?」
     音が減った、いや、気配が減ったと言うのが正しいだろう。回道・暦(中学生ダンピール・d08038)が小さくこぼす。
     代わりに違う音が混じり始めた。ミシミシ、と木が軋み、時折折れる音と、ズン、と重く低い地響きだ。
    「野生的な男性は素敵だけれど、血を伴った暴力に魅力は感じないわ」
     艶川・寵子(慾・d00025)が艶やかに微笑む。姿を現わした存在は筋肉を愛する寵子を惚れ惚れとさせるほどだったが、文字通りまとう血の匂いは大きなマイナスポイントだった。
    「Ogre de Japon――オーグル・ド・ジャポン、っすか。襲うのは悪い子だけにしてほしいっすね」
     冗談交じりにギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が呼んだ、そのものだった。
     まさに見上げんばかりの巨躯。力強い筋骨隆々の体は見ただけでその身が秘める荒々しい暴力を感じさせる。薄暗い赤い肌に薄汚れた腰布をまとう、鋭い牙とこめかみから伸びる角――まさに、鬼がそこにいた。
    「なんでこんなのがウロウロしてるのか、よくわからんが、ほっとくわけにもいかない、か」
     朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)の言葉に、仲間達もうなずく。鬼の進行方向には集落がある、未来予測のような惨劇を起こす訳にはいかないのだ。
     足音が近付いてくる。森の中に身を潜めた灼滅者達がタイミングを計る。
    「啼く空に応えて詞は紡がれる……! 纏えィ!」
     文音が手にした『本』から護符を舞わせ地を蹴った。それに合わせ、多嬉川・修(光の下で輝く・d01796)が跳躍、跳び込む。
    「一刀両断!」
     修の大上段の雲耀剣が鬼へと振り下ろされ、文音の鬼神変が真正面から叩きつけられた。
     完全な不意打ちだったのだろう、鬼の反応は鈍い。かろうじてその手の杵で刀の直撃を避けるのが精一杯だ。
    「シャリオ!」
     暦の呼びかけに、ライドキャリバーのシャリオが応える。エンジンを吹かし、ライトで鬼を照らし、暦を乗せてそこへ飛び込んだ。
    『グル!!』
     鬼が杵を振り回し、シャリオの突撃を受け止める。だが、暦のシールドに包まれた拳が鬼の顔面を強打した。
     そのままシャリオは道を挟んだ向こう側の森へと飛び込む。それを追おうとした鬼の膝を横合いからタイミングを計ったクロトがシールドを横回転を加えた裏拳で叩き付けた。
    「おら、こっちだ。お前の相手は俺たちがしてやるぜ。これがホントの『鬼さんこちら』ってやつか」
     手応えはあった。しかし、それにも構わず鬼はクロトの頭へと杵を落としてくる。クロトは駆け込んだ勢いのまま疾走、それを掻い潜った。
    「鬼ってなんとなく馬鹿力でとろそうなイメージがあったんだけど……」
     先入観だった、とクロトは思い知る。体が大きく動作が緩慢に見えるのは錯覚だ、その速度は決してのろくはない。
     加えて、その一撃は異様に重い。ズン! と空を切った杵が地面に穴を穿つのを見てそれを理解した。
     砂塵が巻き起こり、突風が巻き起こる。その中を寵子が駆け抜けた。
    「鬼、と言われたら黙ってはいられないわね」
     寵子のしなやかな腕が異形のそれへと変じていく。砂塵と風を砕きながら繰り出されたその一撃が鬼の上半身にめり込むが――鬼は止まらない!
    『ガ――!!』
     ヴォン! と圧力さえ伴う杵の一撃が振り払われるそこへ六連・光(リヴォルヴァー・d04322)が大紅蓮が繰り出した。鬼の力任せの豪腕の一撃を光は大紅蓮の切っ先で受け止める。
    「――ォオッ!」
     ミシリ、と槍がしなる。光は受け止めた槍の切っ先をわずかに回転、杵の一撃の軌道をわずかに逸らせた。杵は光の顔の横をかすめるように通り過ぎる。自身の髪を一房散らされ、光は言い捨てる。
    「……怪力馬鹿め……!」
     剛と柔。力に技で対抗する。加えて、その技は防御のみではなく攻撃に繋げ――螺旋を描く穂先が鬼の胸へと突き刺さった。
    「お前は誰も殺せはしません……叩き潰して地獄に送り返してやるよ」
    『ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     殺気を叩きつけるように宣言する光に、鬼が怒りの咆哮を轟かせる。まさに魂の奥底から恐怖を呼び起こすような吼え声だった。
    「殲具解放」
     ギィが剝守割砕を引き抜き、胸元に掲げる。絶対不敗の自己暗示に魂を燃え上がらせながら剝守割砕を振り払い、ギィは身構えた。
    「とにかく、ここから先へは一歩もすすませやせん。大人しく地獄へお引き取り願いやすよ。そちらがどうあれ、力ずくでも帰っていただきやす」
    「何にせよ、ここは通してあげられない。地獄絵図を再現させられちゃ困るんだ」
     匡も自身にソーサルガーダーの盾を生み出しながら言い捨てる。ふと、匡の中に一つの疑問が浮かんだ。
    「……鬼って僕らの言葉分かるのかなぁ?」
     その答えはわからない、ただ、鬼の行動は単純だ。
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
     鬼がその杵を地面へと叩きつけ、その破砕の衝撃が夜の森を震わせた。


     暦が木々を縫うようにシャリオを疾走させる。
     タイヤが軋みを上げて地面を跳ねる。森の中はまさにオフロード、障害物だらけだ。
    「それでも、向こうの方が動きにくいみたいですね」
     肩越しに振り返れば、そこには自分を追う鬼の姿がある。鬼はその太く巨大な指をこちらへと向ける――その直後、シャリオの下から渦巻く風の刃が巻き起こった。
    「霧の深い夜道は走行車両にご注意です!」
     ハンドルを必死に押さえ込み、暦が魔力の霧を生み出す。そのヴァンパイアミストに隠れ、ギィが鬼へと間合いを詰めた。
    「とにかく、ここから先へは一歩もすすませやせん。大人しく地獄へお引き取り願いやすよ」
     剝守割砕を黒い炎に包み、ギィは横一閃薙ぎ払う。そのレーヴァテインの刃は鬼の脇腹を捉えた。
    「そちらがどうあれ、力ずくでも帰っていただきやす」
     両腕に力を込め、振り抜く。ギィの斬撃を受けてなお、鬼は動いた。しかし、その鬼の動きが突然止まる――押し潰すような攻性障壁を受けたからだ。
    『ガ、アア、ア!』
    「鬼は退治されるもの、絶対にここで砕こう」
     護符を操り、修が言い捨てる。修の五星結界符に動きを遮られた鬼へ文音が木の幹を足場に跳躍、その本を振りかぶった。
    「爆ぜィ!」
     ドォン! と鈍い衝撃音と共に鬼は胸元を強打され体勢を崩す。咥えたペンライトを手に落とし、文音は鬼の腹を蹴り、足場として真横に跳んだ。
    「貫け!」
     そこへクロトの妖冷弾による氷柱が放たれる。鬼はそれにすぐさま反応、振り上げた拳でその氷柱を相殺、粉々に殴り砕いた。
     氷の破片が舞い散るそこへ匡が軽いステップで潜り込む。
    「――ッ!!」
     大きく吸い込んだ息を止め、匡はオーラを集中させた拳を繰り出した。右、左、右、突き出して引き戻す動きを利用して突き出す、連続突きを鬼の岩のような腹筋へと連打した。
    『ガアア!!』
     その匡の頭へ鬼は杵を落とす。しかし、匡はそれを紙一重でかわし、横へと回り込んだ。
     それでもなお、鬼は杵を急激に跳ね上げ匡を追おうとした――それを光は許さない。
    「させません!」
     その鬼の脇腹へ光は螺穿槍を突き出した。皮を裂き、肉を抉る。が、それは骨まで届かない。
    「本当、勿体無いわ」
     シャリオへと小光輪を回復のために飛ばし、寵子がため息混じりにこぼした。鍛え抜かれた肉体、という意味ではそのたくましさはとても寵子なのだが。
     ――鬼は荒れ狂っていた。
     その腕力に任せて杵を、拳を振り回す。そこには技はなく、稚拙な子供のような攻撃ばかりだ。だが、それが灼滅者達を着実に追い詰める――技など必要ない、まさに強者の暴力だ。
     その姿に匡は思い出す。以前見た地獄絵図、そこに描かれた衆合地獄にいる杵で人間を潰す鬼の姿を。
    「凄い怖かった記憶があるんだよねぇ」
     飄々と呟く。だが、その視線に込められたのは真剣な色だ。ただの絵であれば恐いでいい。しかし、こうして現実に目にすれば命に関わる存在なのだ。
    「集落からは、引き剥がせたな」
    「そうなると、後は叩き潰すのみだが……」
     クロトの言葉に修がこぼす。連携を取って森の中に誘い込んだ鬼を囲みつつ、灼滅者達は鬼に攻撃を重ねていった。
    「なんでこんなにわかりやすい鬼が現れたんだろうね?」
     その答えはわからない。ただわかるのは、目の前の鬼が羅刹に劣らない力を持っている、その事だけだ。
    「鬼さんこちら、というほどの余裕も無いかな」
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     呟く修に、鬼は雄たけびを上げてその異形の拳を振り下ろした。


     戦況を優位に進めたのは、灼滅者側だろう。しかし、一人として余裕のある者はいなかった。
     鬼の巨躯に見合った体力と攻撃力はただただ脅威だ。こちらの攻撃には耐え抜かれ、その一撃は状況を簡単にひっくり返す。それでも優位を保てたのは、戦場を有効に利用できたからに他ならない。
     一撃、また一撃と灼滅者達は攻撃を重ねていく。それは着実に鬼を追い込んでいた。
     森の中を無数の符が舞い踊る。その中を文音は駆け抜け、その右腕を怪腕へと変じると鬼へと吼えた。
    「往生しとけッ!」
     ゴォ! と文音の鬼神変が鬼を強打、大きくのけぞらせた。グラリ、と膝を揺らした鬼へ暦がマテリアルロッドを振りかぶる。
    「行きますよ、シャリオ!」
     ヴォン! とシャリオがエンジンの唸りで応え、突撃する。そのキャリバー突撃を受けた鬼へ暦がマテリアルロッドを叩き付けた。
     ザッ! と鬼がたまらず大きく後方へ跳ぶ。だが、そこへ既にクロトが回り込んでいた。
    「おおおおおおおっ!」
     突き出す槍に回転を込めてクロトは繰り出す。振り返った鬼はそれを腕で受け止め、突き刺されながらも無理矢理振り払った。
     鬼が着地し、身構える。そこへ木を足場に跳躍した光が赤の闘気を両手へと集中させ、拳を繰り出した。
    「……強いですね、悪くない。ですがそろそろ……ブッ潰れなさいッ」
     ガガガガガガガガガガガ! と赤い無数の軌跡を闇に刻み、鬼の脳天へと閃光百裂拳が降り注いだ。鬼がズン……、と片膝をつく。光が鬼の肩を足場に跳躍した直後、匡が踏み込んだ。
    「本当に地獄の門が開いたとしても、職務放棄はイケナイと思うんだ」
     ギュ、と握り締めた拳が光り輝く。その両手を立ち上がる寸前の鬼へと渾身の力を込めて放った。
    「地獄の鬼は地獄で仕事があるんでしょ? 閻魔様のとこに帰りなよ」
     今度は横に軌跡を刻んだ匡の閃光百裂拳が、鬼の巨体を宙に舞わせた。鬼は背中から木に叩きつけられ、木々を揺らしながら止まる。
    『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
     鬼が拳を振りかぶる。その真正面へ修が身を躍らせた。
    「鬼は鬼で打ち砕こう。オレの右腕も受けてみろ!」
     鬼の拳が、修の異形化した右腕が、同時に繰り出される。ゴン! と硬質な激突音と共に拳が拮抗し――修は構わず力任せに押し切った。
     鬼の拳が大きく弾かれる――そこで、鬼は見た。
    「あの集落のあたたかい灯りは、誰かのしあわせの灯なのよ。無遠慮に壊していいはずがないでしょう?」
     まるで乱暴なガキ大将をなだめるように寵子が言ってのける。その右腕を異形のそれへと変じさせ、寵子は囁いた。
    「あなたのしあわせは何かしら?」
     答えはない。だからこそ、他人の幸せを壊させないために寵子は渾身の鬼神変を叩き込んだ。
    『が、あ、あああああああああああああああああ!』
     ミシリ、と体を軋ませ、なお鬼は倒れない。倒れる事を拒むように、杵を杖に踏ん張った。
     その鬼へギィが緋色のオーラを宿した剝守割砕を振りかぶり、跳躍する。
    「そちらがどうあれ、力ずくでも帰っていただきやす。ああ、手間賃はいりやせんとも。お代はそちらの命で結構――」
     容赦遠慮仮借なく、ギィの振るう刃が鬼の首を狙い薙ぎ払われた。
     ――その一閃が、文字通り鬼を地獄へと送り返す止めの一撃となった……。


    「倒せた……けど」
     匡は深いため息をこぼし、かすれた呟きで続けた。
    「一匹でこんだけ強いんだ、この先複数で現れたらと思うとぞっとしないね」
    「まったくっすね」
     ギィも呼吸を整えながら同意する。全身の汗が冷たく冷え切っていた。それは、戦いの最後の最後まで緊張を強いられていた証だ。
    「一段落ついたか。集落も無事なようやし、まあ依頼達成かね」
     文音の言葉に仲間達もようやく実感が沸いたのだろう、笑みがこぼれた。
    「しかし、この鬼どっから湧いて出たんだ?」
     駄目元で周辺を探してみたが、その痕跡は一切見当たらない。その事に、文音も肩をすくめた。
    「どうもここ最近、鬼に関する依頼が多いみたいやし、そろそろ羅刹共にも大きな動きがあるんかね……まあ、どんな企みも叩き潰すだけやけどな」
     相手が何者であれ、やる事に何の違いはないのだ。
     今は、一つの惨劇を防ぐ事が出来た。その達成感を胸に、灼滅者達は夜の山を下り始めた……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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