●汝ら、罪を償うべき咎人なり
草木も眠る丑三つ時。山中の休憩所にたむろする若者が、数人。
「だからさー、どうせ使わないんならってアイツの時計取り上げてやったんだよ。
したら盗むなってマジ泣きしてやんの!」
「何それウケるんですけどー!」
ガラの悪い若者によるやんちゃ自慢。それは時として犯罪自慢となる事もままある。
普段ならばその集団以外には誰ひとりとして聞く者はおらず、仲間内でも糾弾される事のない話題。
しかし、今回は事情が違っていた。
──ざく。ざく。ざく。……どん。
どこからともなく響く足音と、何か重い物を突き立てるような音。
若者たちを震え上がらせるには、その音だけで充分だった。
「な、何だよ今の。空耳か?」
「ちょっとあれ! あれ見て! 何なの!?」
驚愕した彼らが見たものは、鬼。
まさに地獄で罪人を力尽くでも贖罪させるかのような、鬼だった。
「やべえよ! 逃げ……」
彼らには既に、逃げる事すらかなわなかった。
ある者は両断され、またある者は踏み潰され、現場には凄惨な死体だけが残ったのだ。
●汝ら、咎人なりや?
「時が……来たようだな」
せっせと解答欄を埋めていたパズル本を勢い良く閉じ、神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)が灼滅者達をまっすぐ見据える。
「俺の全能計算域(エクスマトリックス)が、一体の鬼を特定した」
今回の標的は、鬼の姿を取る眷属。
まるで昔の巻物から飛び出してきたような風貌で、深夜になると山道にある休憩所に出没するらしい。
周囲は舗装されているものの、山中という事で人通りは全くない。一般人を気にする必要はないだろう。
照明は、休憩所にある電灯のみ。戦闘に不自由はないが、深夜というシチュエーションも相まって、恐怖心を煽る舞台なのは間違いない。
「数は一体だが、まさに鬼のような強さだ。ザコだと思わず、気を引き締めて挑んでくれ」
敵の得物は長大な斧。恐ろしい力で振り回される一撃には、今までかけられていた強化まで吹き飛ばされるほどの破壊力がある。
また、時折地獄の業火とも言うべき炎を放ち、周辺を火の海へと変える事もあるという。
これによって火事が起こる事こそないものの、それでも戦場に吹き荒れる炎は厄介になるだろう。
「強烈な攻撃を繰り出すのも勿論だが、多少のダメージじゃあビクともしねえ屈強な肉体にも気をつけろ」
さすが鬼というべきか、単体でも灼滅者達の猛攻に耐えうるタフネスを持っている。
ヘタをすればいつまでも戦う事になりそうだが、一体である事とやや動きが鈍い点を上手く突けば勝機はあるだろう。
「眷属にしちゃ強力ではあるが、やるべき事は変わらねえ。お前達のサイキックエナジーを、全力でぶつけるだけだ」
最後にそう締めくくり、ヤマトはサムズアップで灼滅者達を見送った。
参加者 | |
---|---|
池添・一馬(影と共に歩む者・d00726) |
須賀・隆漸(双極単投・d01953) |
シェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521) |
伊勢・雪緒(待雪想・d06823) |
関島・峻(ヴリヒスモス・d08229) |
藤野・都(黒水蓮の魔女・d15952) |
浦原・嫉美(リア充爆破魔法使い・d17149) |
リリシア・ローズマトン(真祖・d17187) |
●かの者ら、鬼に挑む者達なり
闇夜のなか、山中に浮かぶいくつかの人影。
「やはり電灯を持ってきたのは正解だったな。この暗さでは戦闘に支障がなくとも、行き帰りに不便でかなわん」
見るからに頑丈そうな、アウトドア用の懐中電灯を持ち、戦場となる予定の休憩所を見つけた須賀・隆漸(双極単投・d01953)がつぶやく。
「ああ、皆しっかり用意してるようで何よりだ。虫よけスプレーまで用意したのは俺くらいだが」
念には念を。池添・一馬(影と共に歩む者・d00726)は周囲の人を寄せ付けないよういつでも殺気を放てる準備をし、虫よけスプレーで小さな虫などの集中力を削ぐ要因もシャットアウトしていく。
「あ、虫よけあるですか? それじゃあ私と、八風にもお願いするです」
虫よけの単語に反応し、伊勢・雪緒(待雪想・d06823)がおずおずと申告。
「山育ちなので、暗闇には慣れてるのですが……やっぱり虫はイヤなのです」
そして、慣れてはいるけどやっぱり暗闇は怖いと、雪緒は苦笑しつつ少し恥ずかしそうに白状した。
「おう、任せとけ。……ついでに、ちょっと八風なでていいか?」
虫よけを口実に、犬好きである一馬はさりげなくモフりを要求。緊張感に包まれていた空気も、その時だけは和やかさを漂わせていた。
「今夜の月は……紅くないな」
満月に程近い月を見上げ、関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)は少しだけ安堵したようにつぶやく。どうやら、嫌な事をあまり思い出さずに済みそうだ。
そこへ、ちょうど周囲を偵察していた藤野・都(黒水蓮の魔女・d15952)が降り立った。
「真夜中だし、人っ子一人見つからなかったよ」
誰も巻き込まれる人がいないと見て、ひとまず都は安堵する。
「なら、ひとまず安心か。とはいえ、俺達が仕損じた場合は……」
この世に地獄が訪れる。制御の効いていない鬼が跋扈するならば、間違いなくそうなるだろう。
そんなのは真っ平御免だと、峻はかぶりをふった。
「確かにこの世は非リア充にとって地獄だけど、これ以上の地獄にする必要はないものね……!」
これまでのはぐれ眷属とは一味ちがう強さに嫉妬しそうになった浦原・嫉美(リア充爆破魔法使い・d17149)が、そう答えて自身を奮い立たせる。
彼女にとってはその嫉妬の力こそが原動力だ。負けられない戦いのために、今からフラストレーションをためておく必要があるだろう。
「フ。断罪者だか地獄の番人だか知らぬが、我の餌に手を出す輩はこの手で葬り去るまでよ」
翻って自信満々な発言をするリリシア・ローズマトン(真祖・d17187)だが、見る人が見れば無理をして強気に振舞っているだけだと気付くだろう。
しかし、今宵の相手は正真正銘の人外。強気の仮面をかぶり続けていなければ、勝てはしないのだ。
「まあ、鬼が出た以上、放っておくわけにもいくまい。
鬼退治を武功として大々的に掲げるわけじゃあないけれど、被害を出すのも本意ではない。この場で灼滅させてもらうのだよ」
そして、ふわふわした印象ながらも理路整然と鋭く主張するシェレスティナ・トゥーラス(夜に咲く月・d02521)。
役者は揃い、舞台も整った。
「さあ。皆、鬼退治を始めようか!」
遠くに見えるは、地獄から飛び出したかのような鬼。
都の合図と共に全員が戦闘の最終準備を終え、鬼と人とのいくさが始まった。
●かの者ら、鬼と相対せし者なり
「なるほど、鬼退治には違いないな。お伽話の主役を張るにしちゃ、俺は少し力不足かもしれんが……なっ!」
まっすぐ灼滅者達のもとへ進む鬼の横に素早く移動した隆漸が、その勢いのまま足元への攻撃を敢行する。
よもや有効打となる攻撃が来るとは予想していなかったであろう鬼は多少驚きの表情を見せたが、それも一瞬のこと。
すぐに何事もなかったかのように侵攻を再開し、鬼はその長大な斧を振り回し始めた。
「クククッ……鬼ごときが吸血鬼の頂点たる我に喧嘩を売ろうなど、百年早いわ!」
かろうじて避けきったリリシアが、お返しとばかりに影で作られた触手を放ち、鬼への捕縛を図った。
口調こそ余裕そのものだが、リリシアの内心では恐怖心が首をもたげている。
自分や仲間の攻撃が当たっているが、まったく動じることのない鬼。自分たちは今、確かな強者を前にしているのだ。
「本当、ビクともしないね……あまりしつこいと、嫌われるぞ!」
戦いの最中にも顔色ひとつ変えない鬼に、都が苦言を呈する。
なにせ相手は永劫にも近い年月の間、ずっと咎人に罪を償わせるほどの気迫を持っていそうな存在。耐久勝負ならばお手の物だろう。
「まあ、だからってやる事は変わらないんだけど、さっ!」
引き続き、都は高速の連撃を叩きこんでいく。
当たっている以上、僅かなりとも体力が削れていると信じて。
「お前が断罪の斧なら、俺は一騎当千の槍さばきを魅せつけてやるぜ!」
ある種停滞している戦況だが、攻撃の手を止めるわけにはいかない。
一馬が無銘の槍を一振りすれば、そこから氷がほとばしる。放たれた氷は鬼へと届き、少しずつ確実に動きを封じていくのだ。
闇夜でも輝く三日月を兜にあしらった具足鎧という格好もあり、両者の交戦はまるで別の時代、あるいは別の世界の光景を切り取ってきたかのように見えた。
と、突然戦場に灼熱の炎が吹き荒れる。
それはまさに、戦場の人々を焼きつくさんばかりに燃え盛る、地獄の業火であった。
膠着する状況を打開するため、鬼も本気を出したということなのだろうか。
「っ……! 降りかかる火の粉は払うですよ!」
その高熱に、最前線で戦っていた者のほとんどが炙られ、継続的に身を焦がす事になる。
しかし、それを予期していた雪緒から一陣の風が舞えば、その圧倒的な熱量も幾分やわらいだ。
「地獄の炎なんていらないのです! 鬼さんなら鬼さんらしく、その炎がもともとあった地獄に帰るのですよ!」
応急の回復に成功したとはいえ、炎が完全に消え去ったわけではない。
雪緒から鬼へ抗議の声が上がるが、生憎と鬼が退くような素振りは一切なかった。
「ああ、なんて強さ……本当にもう、地獄の業火に対抗して嫉妬の炎が燃えそうだわ」
軽口を言いながら、嫉美も必死に癒しの旋律を奏でる。
圧倒的強者を眼前にして、人は恐怖と嫉妬を感じるだろう。だが、そこに嫉妬があるのならば勝機は見えてくるはずだ。
なぜならば、嫉妬こそが誰かに打ち勝とうとする強い意思の力なのだから!
「さあ、今こそ嫉妬を力に! なんとしても倒すのよ!」
回復と共にかけられる、嫉美からの味方を鼓舞する激励。
地獄のような炎を耐えぬいた灼滅者は、反撃へと転じる。
「……やはり、強者との戦闘は良い。この殺戮衝動や気持ちの昂ぶりを抑える必要がないというのも好都合だ」
それらの感情をもって戦う事が罪だと、峻は自覚している。
だが、そこで立ち止まる事を彼は選ばなかった。理解しているからこそ、戦うべき敵に立ち向かう事を選んだのだ。
「ここは地獄ではなく、罪人ではない者も多くいる。分かったのなら、早々にお引き取り願おうか」
力尽くででもその言葉を実行するため、峻がマテリアルロッドを構え、魔力の乗った重い一撃を叩きつける。
さしもの強靭な肉体を持つ鬼でも、ここまでの攻撃の積み重ねにより決して少なくないダメージが入っていることだろう。
「ふむ、だいぶ動きが鈍くなってきたようだね。そろそろ気力も体力も限界に見えるよ?」
それこそ永劫に続くかに見えた地獄の狂宴もたけなわとなりつつあるのを、シェレスティナが察知する。
繰り返される斧の斬撃と噴き出す炎を受けつつも、灼滅者達はなんとか全員立っていた。
翻って鬼の方はというと、表情こそ当初と全く変わらないものの、灼滅者達の かけた様々な制約により動きが相当緩慢になっている。
「それじゃあ、決めさせてもらおうか。この場所に、地獄の鬼はいらないんだ」
その言葉とともに、極限まで圧縮された魔法の矢が、鬼の身体を貫く。
無言のまま断罪を行なっていた鬼は、断末魔すらも上げる事なく消滅した。
●かの者ら、鬼を打ち倒せし者なり
「灼滅完了! これが本当の『鬼の首を取る』だな! ……肝心の鬼は、消えちゃったけど」
鬼の消滅を見て、どや顔で宣言する都。
古来、鬼にまつわる言い回しは多い。しかし、言葉の通り実践できた者はそうそういないはずだ。
「またひとつ、嫉妬の力を証明してしまったわね……嫉妬の力は鬼をも殺す。うん、良いフレーズだわ」
勝因は複数あるが、そのうちの一つに嫉妬の力がはいっていたとしても不思議ではないだろう。嫉美は満足そうに頷きながら、戦闘の余韻にひたっていた。
「……勝った、か。まあ、我が知性なき化け物に敗れる事などないのだがな」
リリシアは勝利を確認し、一瞬だけ安堵。しかしすぐさまいつもの調子に戻ったのはご愛嬌といったところか。
そのまま改めて周囲を見渡してみるが、特に変わったものは無し。どうやらまだ被害者も出ていなかったようだ。
「あの様子だと、罪人以外も見境なく襲っていそうだったが……まだ被害はなし、か。不幸中の幸いだな」
「怪しいものも無し。なんにしても、ここが安全になって良かったのだよ」
同じく事後調査をしていた峻とシェレスティナも、目ぼしいものは見つけられず。
あの鬼はどこからどのようにして現れたのか、それを知るための手がかりは、残念ながらここでは得られなかった。
しかし、犠牲者を出さずに事件を解決出来た事は素直に称賛すべき事である。
「おつかれさま、八風。頑張ったですね」
「おう、お前もご主人さまを助けるために精一杯頑張ったな」
こちらでは影に日向に戦闘のサポートを行なっていた霊犬に労いの言葉をかけつつ、雪緒と一馬が交互に頭をなでていた。
そう、今回の功労者は何も灼滅者だけではない。
サーヴァント達がいなければ、あの溢れんばかりのタフネスを削りきれずにいた事や、次々繰り出される攻撃にこちらが押し負けていたかもしれないのだ。
「よし、そろそろ撤収だ。あまりここに長居したら朝になる」
調査や余韻に浸るだけの時間が経過した頃、隆漸の合図で全員が帰り支度を始める。
ここでの事件は終息したが、またどこかで地獄からの断罪者が訪れるとも限らない。
灼滅者達の戦いは続く。しかし、今回の勝利は決して無意味にはならないだろう。
作者:若葉椰子 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年6月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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