鬼の好むは

    作者:篁みゆ

    ●その夜の惨劇
     その日は真夏の夜のように、じっとりとした暑さが肌に絡みつく夜だった。
     涼を求めるような、祭礼のお囃子がずっと遠くに聞こえる。幼い兄妹は祭礼の行われている通りからはだいぶ離れた所にいた。そこは前の持ち主が死去し、今の持ち主も放棄していると噂の日本家屋の廃墟。昼間は子供たちがこっそりと入り込んで遊び場としているが……夜に見ると破れた障子や外れたふすまは色々なものを連想させて恐ろしく、月明かりのない中で目が慣れてくると見えなくてもいいような細かいもの――例えば畳にひどく爪を立てた痕などが見えてしまい、小さい身体を震わせた。
    「大丈夫だよ、美恵。ち、ちょっと忘れ物を取りに入るだけだもん……」
     小学校高学年くらいの兄は、低学年くらいの妹の小さな手をきゅっと握りしめ、自らの震えを抑えようとする。
    「……でもお兄ちゃん……こわいよぅ……お化けが出るよう……」
    「だ、大丈夫だ。お兄ちゃんが守ってやるから……」
     二人は開けっ放しで閉まらなくなっている木戸から廊下へと入り込む。ギシシ……床が軋む音に恐怖を感じ、立ち止まる二人。美恵は思わず兄の足にしがみついた。
    「か、懐中電灯をつけよう!」
     これがあれば百人力だ、そうとでも言うように兄は震える手で懐中電灯のスイッチを入れ――。
    「――あれ?」
     誰か、いる。
     いつも子供たちが遊び場にしている、廊下の目の前の和室。こんな遅くにだれが……そう思った時、その人影が振り返った。
    「きゃぁぁぁぁぁぁっ!」
     懐中電灯に映しだされたのは、緑色の肌、つり上がった目、口から覗く牙……そして、頭の上の二本ツノ――まるで鬼だ。
    「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……!」
     兄の身体を揺する美恵とは逆に、兄は恐怖で動けなくなっていた。その間にも、ゆっくりとではあるがのしのしと鬼は二人との距離を詰める。
    「来ないで、来ないで!」
     反射的に踵を返そうとした美恵の頭に鬼の太い腕が伸びて、小さな頭を鷲掴みにした。そしてそのまま持ち上げ、和室の中に放る。
    「ぎゃっ」
     声を上げた美恵の身体に振り下ろされるのは、石造りの大きな斧。
     ズシャ、ベチャ、グチャ……小さな身体に無慈悲に斧が振り下ろされていく。
    「あ……あ……」
     足がすくんで動けない兄は、懐中電灯の光の中で行われているその光景から目を離すことが出来なかった。頭の中がぐちゃぐちゃになっていて、もう何をしていいのか、何が起こっているのかすらわからない。
     ただ美恵の身体が潰れる音と、振り向いた鬼の瞳によって、次は自分の番だということだけは鮮明に理解していた。

    「よく来てくれたね」
     教室に入ると、いつもの様に神童・瀞真(高校生エクスブレイン・dn0069)は椅子のひとつに腰を掛けて和綴じのノートを繰っていた。灼滅者達が着席したのを見ると、彼は立ち上がって説明を始める。
    「羅刹に動きがあったよ。といっても、実際動いているのは鬼のような眷属なんだけどね」
     とある日本家屋の廃墟がある。そこは昼間は子供たちが出入りして遊ぶ秘密基地的なものになっているようだ。その場所に、鬼のような羅刹の眷属が現れたのだという。
    「眷属は緑色の身体をし、二本のツノを生やした鬼だよ。夜、その家屋を訪れた者や、近くを通りかかった者を連れ込んで、殺している」
     すでに被害は出ているから、この鬼を退治するのが君たちの仕事だ、と瀞真は言った。
    「鬼と接触するのは難しくないよ。問題の日本家屋は廊下に面した木戸があいている場所があってね、そこから入れば鬼と接触できるだろう。そのまま室内で戦っても広さは申し分ないけれど、君達が侵入する廊下は庭に面しているから、庭で戦うのもいいかもしれないね」
     室内は暗いが、庭に出れば月明かりが十分に戦場を照らしてくれるという。
    「鬼は『鬼神変』相当の攻撃と、大きな斧を振り下ろす攻撃……これは『龍骨斬り』相当だと思っていい。そして巨大な身体から繰り出される拳で地面を殴りつけて『大震撃』相当の攻撃もしてくる。後は時々、斧を投げる。これは『マルチスイング』相当だね。どれも鬼の巨大な見た目と違わずに重い一撃だから注意が必要だよ」
     一撃が重いのは勿論のこと、体力も相当にあるだろう、瀞真は静かに言った。
    「敵が一体だからと言って甘く見ない方がいい。君達なら油断なんてしないと思うけれど、気をつけて」
     無事に帰ってくることを祈っているよ、瀞真は頷いた。


    参加者
    土方・士騎(隠斬り・d03473)
    東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)
    九重・木葉(矛盾享受・d10342)
    高倉・光(人の身体に羅刹の心・d11205)
    霧野・充(月夜の子猫・d11585)
    山田・菜々(鉄拳制裁・d12340)
    嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)
    リステアリス・エールブランシェ(牙を隠した金色オオカミ・d17506)

    ■リプレイ

    ●鬼の棲む館
     遠くに祭礼の笛や鈴の音が聞こえる。日本家屋の廃屋を目の前にしていると、夜の音だけが響くよりもなんだか気味が悪い気がした。まるでなにか出そう……いや、出るから灼滅者達はここに集まったのだった。
     下草の伸びた庭に足を踏み入れる。ざっと草を踏む音が、祭礼の音に混じった。
    「鬼……退治……眷属、らしいね……羅刹じゃなくて鬼……何か……引っかかる……」
     何か引っかかるが、それが何だと問われても上手く表すことが出来ない。リステアリス・エールブランシェ(牙を隠した金色オオカミ・d17506)は考えながら、屋敷の方向をじっと見つめる。
    「鬼だけで行動してるのもなんか違和感だね。何が起こるか分らないし、ちゃんと警戒しておかないと」
    (「秘密基地って、子供の夢だよねー。取り返してあげたいなあ……」)
     暗闇に覆われた室内を遠目に見ながら答えた九重・木葉(矛盾享受・d10342)は思う。取り返してあげるには、自分達が頑張る他ない。
    「うわぁ、秘密基地にしたくなるのわかるっす~」
     嶋田・絹代(どうでもいい謎・d14475)はこんな秘密基地を持っているなんて、と少し羨ましく思いながら屋敷を見上げた。
    「鬼退治をすることになるとは。羅刹達が関与しているのかは分かりかねるが、今はこれ以上の被害を出させるわけにはいかないな。お伽話で済んでくれればよかったんだが」
    「闇は深いな……鬼が棲むなら討たねばなるまい、無念と共にな」
     じっと戸の奥を眺めていた東堂・イヅル(デッドリーウォーカー・d05675)は隣から聞こえてきた土方・士騎(隠斬り・d03473)の声を受けて頷き、彼女を見やった。
    「土方先輩が一緒でとても心強く思います。先ず俺達は、俺達にできることをですね」
    「ああ、頑張ろう」
     既知の二人は互いに心強さを感じながら頷き合った。
    「鬼のような眷属、ねぇ……」
     ぽつり、不愉快そうに呟いたのは高倉・光(人の身体に羅刹の心・d11205)。とりあえず私情は置いておくとして。
    「同時期にこいつの同種が他にも沸いてたようですし、狩り続けていけば親玉さんも出てきてくださいますでしょうかね。その為にも、廃墟近隣の安全のためにも、ここのやつには手っ取り早く消えていもらいましょうか」
    「そうですね。なぜ急に鬼が出るようになったのか不思議ですが、まずはこれ以上、被害がでないように止めに参りましょう」
     霧野・充(月夜の子猫・d11585)が同意の声を漏らして。山田・菜々(鉄拳制裁・d12340)も同じ心境のようだ。
    「一般人に被害がでてる以上、放っておくわけにはいかないっすね。各地で鬼がでてるみたいっすから、できれば、鬼について何かわかればいいんすけど」
    「行こう」
     イヅルの促しに反応したのは充と菜々。三人は屋敷内に入って鬼を引きずり出して来る役目を負っていた。
    「待っているからな」
     士騎の言葉に頷いて、三人は注意深く屋敷へと近づく。残りの灼滅者達はその後姿を静かに見守りつつ、いつ鬼が引きずり出されてもいいように、またなかなか鬼を引きずり出すことが出来ないようならば突入できるようにと態勢を整えるのだった。

    ●鬼さん、こちら
     開けっ放しで閉まらなくなっている木戸から廊下へと入り込む。板張りの古い廊下はどうしてもギシッと音を立ててしまう。それでもなるべく音が上がらないように気をつけて廊下へと入った三人は、そうっと和室の入口に近づき、そして中を覗きこんだ。
     闇の中になにか大きなものがうごめいている。ピチャ……グチャ、ゲシャッ……耳障りの悪い音が聞こえてきた。イヅルが懐中電灯を点ける。充は素早くサウンドシャッターを展開した。
    「……!」
     懐中電灯の明かりに照らしだされたのは、緑色をした大きな背中。室内で狭そうに背中を縮めて何かにむしゃぶりついているようなその生き物の頭には、二本の角がある。
    「グァ……?」
     緩慢な動作で鬼が振り返る間に、菜々は素早く室内に視線を走らせた。どうやら彼ら三人以外に生きている人間はいないようだ。
     振り返った鬼の口元から、鮮血が滴り落ちているのが見える。その大きな手に握られているのは白い、骨。人を、喰らっているのだ!
    「鬼さんこちら、……なんて言ってる余裕は無さそうか」
     イヅルが素早く鬼に接敵し、斧を振るって薙ぎ払う。
    「そこまでっすよ」
     菜々も鬼に接近し、盾でその巨体を殴りつける。
    「どこの、どなたなのですか」
     答えが返ってくるとは思っていないが、問うてみた。充は防護の札を飛ばし、イヅルの護りを高める。
    「グアァァァァァァッ!!」
     怒りに打ち震える様子の鬼の叫びは庭にも聞こえたことだろう。鬼が狙うのは、菜々だ。斧を手にして立ち上がった鬼は、巨大な斧で菜々の身体を斬りつける。
    「庭に出ましょう!」
     充が叫んだ。イヅルと菜々は庭へと向かって走りだす。充もそれに倣って廊下から庭への段差を飛び降りた。
     ドス、ギシッ……ドス、ミシッ……鬼の歩みとともに床板が鳴る。屋敷が揺れる。やがて姿を表したのは、日本の昔話や仏話によく出てくるような和風の鬼。巨体に巨大な斧を持っていて、醜悪な顔をしている。緑色の皮膚はなんだか生理的に嫌悪感をもたらす。
    「これが鬼、ねぇ……」
     変わり者の羅刹に育てられた羅刹の子ということに誇りに近い感情を抱いている光。量より質重視な彼女は、眷属らしい鬼に対して他の者とは違った嫌悪感を抱いていた。
    「私が相手をしよう」
     鬼を誘導してきた三人とすれ違うように士騎は鬼に接近し、死角へ入って斬り上げる。攻撃が当たった手応え自体はあるのだが、相手は全くこたえていなそうだ。
    「非常に、不愉快だ」
     すっと接近した光は『屍水晶の大杖』を振りかざし、そして魔力とともに叩きこむ。追うようにして木葉が死角へと入り込み、刀を振るった。
    「鬼さんこちらー」
    「豆投げて逃げてくれるんならいいんすけどね~」
     絹代は殺界形成を発動させて、一般人の飛び込んでくる危険性を減らす。
    「鬼さん、こちら……手の……なる、方へ……これ以上……悪さは……させない、よ」
     淡々と言葉を紡ぐリステアリスは指輪から弾丸を放って。庭へと降り立った鬼を、イヅルの影がまるで喰らうように包み込む。菜々の放ったつららが鬼の肩口に突き刺さる。
    (「二本の角……日本の昔話に出てきそうな和風の鬼……」)
     充は後で文献を調べる時に参考になりそうな特徴を探した。札は菜々へと投げ、傷を癒し、防御を固める。
    「グァオッ!!」
     これまでは一方的になぶり殺すだけだったのだろう。それが攻撃を受けて傷を負わされている。その事実に怒りを覚えたのか、鬼は裂帛の気合の篭った声を上げて、その拳で地面を殴りつけた。放たれて衝撃波は前衛へと襲いかかる。
    「あんなやり方見たことねえっすよ!」
     思わず絹代が声を上げた。傷を負いながらも士騎は高速の動きで鬼の死角に入り、『殺人刀』で斬りつける。
    「如何な思惑があろうと、狩り尽すまでだ」
     光は『鬼神之大腕』の先端を刃のように変形させ、鬼を斬り裂く。悲鳴すら上げないのが忌々しい。木葉が上段の構えから刀を振り下ろす。その太刀筋は鬼の絵でに深々と傷をつけた。
    「行くっすよ~」
     絹代が指輪から放ったのは、石化をもたらす呪い。少しでも鬼の動きを鈍く出来ればと願って。
    (「初めての……本格的……依頼……けど、私に……迷いは……ない」)
     その心境を示すように、リステアリスは強酸性の液体を飛ばし、鬼の肉体を腐食させる。液体のあたった箇所の変化に気がついた鬼は、不思議そうにその箇所を見た。
    「敵、打ち滅ぼす……だけ……溶けて、無くなってしまえ」
     合わせるようにして影を伸ばしたのはイヅル。伸ばした影は鬼の巨体に絡みつき、その動きを制限しようとする。菜々は鬼に接近し、雷に変換した闘気を纏わせた拳を振り上げた。鬼の巨躯を物ともせず、アッパーカットを食らわせる。
     充がギターをかき鳴らした。その旋律は前衛の傷を癒し、浄化する。
    「グオォォォォォッ!」
     鬼が太い腕を異形化させた。そして振り上げ、狙うのは絹代。だが。
    「させない!」
     鬼の腕が振り下ろされる瞬間、絹代を庇うようにして鬼との間に入ったのはイヅルだった。肩口を思い切り叩かれるような重い衝撃がイヅルを襲う。ふらり、体勢が崩れそうになるのを足に力を入れてこらえる。
    「ありがとうっす。大丈夫っすか?」
    「ああ」
     心配する絹代にイヅルは低く答えて。えぐくらるような痛みの走った肩からは血が滴っているが、致命傷ではなかった。

    ●鬼の消えゆく先
     一撃は重い、体力はある――途中からは充だけでなく菜々とリステアリスも回復に回らなければ間に合わなくなっていた。だが時々ではあるが、鬼の攻撃は外れるようになっていたし、傷から滴り落ちる血のような体液の量も増えているように見えた。
    「勝機はある。一気に仕留めるぞ」
     イヅルの攻撃を受けて鬼の身体が傾いた。たたらを踏んで何とか転ばずにすんだその様子を見た士騎は、ここで畳み掛けるべきだという判断に達した。ここで畳み掛けずに長引かせてしまっては、こちらに倒れる者がでてしまう、そう判断したのだ。
     士騎がロッドを叩きつけると膨大な魔力が鬼の身体に流れ込み、爆ぜる。ぐももったうめき声が、鬼が弱ってきていることを知らせてくれた。追うように光もロッドを叩きつける。一気に近づいた木葉が死角へと回りこんで斬り上げ、絹代は影で鬼を縛り付けて傷を与える。リステアリスは強酸を放ち、イヅルが鬼を影で覆う。菜々がシールドで殴打し、充は心を惑わせる符を放った。
    「グアァァァァァァッ!」
     次々と休むまもなく傷つけられて、鬼がとうとう大きな悲鳴を上げた。手にした斧を投げるが、痛みで気が乱れているのかあらぬ方向へと飛んでいった。
    「子を狙うか、外道。これ以上貴様らダークネスに一人たりともくれてやるものか」
     士騎がオーラを収束させた拳を巨躯に叩きこむ。
    「……俺個人の、身勝手な感情なのは重々承知してるが、鬼もどきは一匹残らず塵と化しやがれ」
     光の影の刃が鬼を切り裂く。
    「ヴォォォォォ……」
    「鬼の名と姿をしてんのは羅刹だけで十分だっての」
     鬼の悲鳴を聞きながら、地面に倒れる巨体を見やって光は呟く。
     倒れると共に、その巨躯は端から塵となって消えていった。

    ●秘密基地
    「……疲れる……ね」
     倒れても復活するのではないか、そう危惧していたリステアリス達はしばらく鬼の消えた場所を見つめていたが、その様子はない。
    「……現れた、原因…見つけたい、ね。何か……落ちてない……かな?」
     復活はしないものと判断した彼女達は、明かりを手に庭や屋敷内を探して回る。
    「なんでこんなにあちこちで鬼が発生してるんすかね」
     菜々は鬼に話しかけてみようと考えていたが、言葉は通じなさそうだったのでやめた。習性のようなものがわかったとすれば、酷く残虐な殺し方をする、ということだった。
    「許されよ」
     すでに被害にあった者の痕跡を見つけ、士騎は上着をかけて目を閉じる。
    「……これで、ここって安全な秘密基地になるのかな」
     ふう、と息をついた木葉は緊張感のない様子で述べた。
     平凡な日常に戻るのか。今まさに鬼と戦ったばかりの、武器を一瞥して思う。
    (「自分は失ったものだけど、せめて誰かの何気ない日常は、守ってあげたいなあ」)
     今回はもう、助けられないいくつかの命もあったけれど。
    (「手が届く範囲くらいは、なあ……」)
     ぐっと手を伸ばして辺りを見回す木葉。
     ここでの鬼退治は終わった。けれどもまだ、灼滅者としてやることはたくさん残っているだろう。鬼の出処も解っていない。
     灼滅者達の戦いは終わらない。
     けれどもここでの戦いは終わったのだ。
     明日からはまた、子どもたちの楽しそうな声が、廃屋に響くのかもしれない。

    作者:篁みゆ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ