食べろ、泣くぞ。

    作者:なかなお

    ●俺が泣いたらお茶漬けの雨が降るんだぞ
    「ねえ、これ、美味しいんだよ?」
     食べて? と目で訴えてくる仕草はまだあどけない子どものそれで、確かに可愛い。もしその手の中にあるものが普通の――煎餅とか綿飴とか、この際大福だっていい――食べ物であったなら、八割がたの人間は大人しく手を伸ばしていただろう。
     だが、それがどうも受け入れがたい見た目をしているとなればそうもいかない。
    「そ、そうなの。よかったね」
     少年に声をかけられた女性は、ひきつった笑みでぽんぽんと少年の頭をなでた。
     少年の瞳がうるっと潤む。
    「食べてくれないと、俺、泣くよ」
     女性はうっと顎を引いた。こんな人も多い場所で、子どもを泣かせる趣味などない。だが、目の前の食べ物を食べることは本能が拒否している。
    (「だって、お茶漬けに饅頭ってどういうことなの……!」)
     女性が心の中で叫ぶのと同時、少年の双眸から滴が落ち、熱い液体が頭から降ってきた。

    「よりにもよって饅頭って……」
     あまり美味しそうだとは思えないよね、と竹尾・登(何でも屋・d13258)は苦く笑った。
     あくまで噂で手に入れた情報だったためデマかとも思ったのだが、エクスブレインに確認したところ、間違いはないと言われたのだ。
     饅頭茶漬け――島根に生まれたかの文豪が好んで食べたとされる、名前の通りの食べものである。
    「ってことで、今回皆に協力してほしいのはご当地怪人になりかけてる男の子の救出だよ」
     名前は林道・真登。もう高校一年生になるが、黙っていれば小学生に見られることもあるミニサイズかつ童顔の少年である。
     彼は地元・島根について研究する中で饅頭茶漬けに出会い、あまり人気があるとはいえないそれを広めようとするうちにいつの間にか道を踏み外してしまったのだ。
    「まだ、ちゃんと人の意識があるみたいなんだ。だから、可能性があるなら助けてあげたい」
     よろしくね、と登は集まった灼滅者達を見回した。
    「まず接触だけど、この真登はスーパーのお茶漬け売場の横で饅頭茶漬けの宣伝をしてるから、そこに行けばいいって言われたよ」
     スーパーから連れ出すことができれば、外には大きな駐車場がある。
    「でも、饅頭茶漬けを食べないとすぐに攻撃してくるらしいんだ。だから……」
     説得に耳を傾けてもらうためにも、まずは誰か一人、あるいは全員が饅頭茶漬けを食べなければならない。それに、食べ終わったら笑顔で美味しいと言うのも必須だろう。
     登はくるりと各々の顔を見、まあそれは後で決めよう、と話を続けた。
    「真登が使用してくるのは、ご当地ヒーローの皆と同じサイキックと泣きながら饅頭茶漬けをぶっかける『饅頭泣き』だよ」
     一通りの説明を終えた登はふう、と息をつくと、からりと笑った。
    「噂ではぜんざいみたいで美味しいっていう人もいるらしいから、食べてみたら案外美味しいのかもしれないよ。新しい仲間のためにも頑張ろうね」


    参加者
    アッシュ・マーベラス(アースバウンド・d00157)
    不動・祐一(揺るぎ無き守護者・d00978)
    穂都伽・菫(嘘つきな優しさと想いを込めて・d12259)
    竹尾・登(何でも屋・d13258)
    秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451)
    ルナエル・ローズウッド(葬送の白百合・d17649)
    一二三・政宗(中学生神薙使い・d17844)
    崇田・悠里(スタンス未定・d18094)

    ■リプレイ

    ●天使
    「饅頭茶漬け……名前は聞いたことがあれど、実食は初めてです」
     どんな味なんでしょうか、と穂都伽・菫(嘘つきな優しさと想いを込めて・d12259)は期待半分恐れ半分といった様子で小首をかしげた。
     ルナエル・ローズウッド(葬送の白百合・d17649)が、私は聞いたこともなかったわ、と今回の相手――林道・真登が聞いたら目を三角にして怒りそうなことを言ってのける。
    「動画で作り方をみたら本当に饅頭が具のお茶漬け、なのねぇ………」
    「竹尾君曰く不味くはないとのことですから、楽しみに待つとしましょう」
     もとより食べ物を粗末にするつもりなどない一二三・政宗(中学生神薙使い・d17844)が、スーパーの入り口を目に薄く笑った。どうでしょうか、と秋山・清美(お茶汲み委員長・d15451)が疑わしげな声を上げる。
    「竹尾君の舌は少しおかしいですからね」
    「え、そうなんですか?」
    「それはもう」
     驚いてわずかに目を見開く菫に、清美は大きく頷いた。
    「私はもう彼の舌は信用しないと決めています」
    「良くわからないけど、よっぽどなのね」
     ルナエルがくすくすと肩を揺らす。
    「現状が美味しいにせよ、美味しくないにせよ」
     殺界形成で駐車場の人払いを終えた崇田・悠里(スタンス未定・d18094)が、控えめに、しかし毅然とした態度で言った。
    「食べて貰う為の努力から逃げるようなやり方は、あまりいい気分にはなりません」
     悠里の実家は、料理屋だ。小さいころから両親のさまざまな失敗や苦労を見て育った身としては、その熱意こそわかれど、泣き落としなどという卑怯な手は許せないのだった。

     一方、お茶漬け売場の片隅で。
    「うまーい!」
     恐る恐る一口目に口をつけたアッシュ・マーベラス(アースバウンド・d00157)が、感動のあまり周囲の目を集めることも憚らずに歓声を上げる。その後はがつがつと勢いよく茶碗に嚙り付くその横で、竹尾・登(何でも屋・d13258)もやっぱり本場のは美味いなあ、と笑みを浮かべていた。
    「なあ」
     何の味もしない、何も食べてない、俺には味覚なんてない、と自らに言い聞かせながらなんとか顔を歪めることなく一口を飲み込んだ不動・祐一(揺るぎ無き守護者・d00978)が、痙攣する頬をしかりつけて真登に笑いかける。
    「外で待ってるやつらがいるんだけど、そいつらにも食べさせてやってくんねぇか?」
    「あ、そういえば! 人数多くて迷惑になっちゃうからって外に置いてきたんだよね」
     ごちそうさま、と律儀に手を合わせた登が、今思い出したように後に続いた。
     初めて、美味しかったと言ってくれた三人に、
    「……俺、行くよ」
     真登はさながら天使のように微笑んだ。
     ようやく試食を終えたアッシュが、
    「ニホンにはこんな美味しい物があったのかっ。ニホンに来てよかったー!」
     満面の笑みでを浮かべて真登に椀を返す。
     嬉々として新しい饅頭茶漬けをつくり始める真登に、三人は騙してごめん、と気づかれないように手を合わせた。

    ●天使の皮を被った冷血漢
    「うーん……」
     一口食べて顔を上げた政宗の表情は、なんとも微妙なものだった。
    「まずくは無いですけど、毎日食べたい、人に勧めたいと思うほどではないですね」
     飾らない率直な感想に、しかし不味いといわれたわけでもない手前、真登はぺたんと眉を八の字に寄せるに留めた。代わりに、傍らに立つルナエルにずい、と盆がさしだされる。
     私は遠慮しておくわ――ルナエルがとっておきの笑顔で言った瞬間、音も立てずに一つの茶碗が吹き飛んだのを、祐一は見逃さなかった。咄嗟に手をだし、このままでは地面と衝突するそれを手で受け止める。
    「――ッ!」
     ぴちゃ、と雫一滴分溢すだけに留めた功績を、誰か褒めてくれてもいいだろう。
    「一つ、足りないようだから」
    「あれ?」
     さらりと告げられたルナエルの言葉に、真登が不思議そうに首をかしげる。祐一が背に隠した椀は、アッシュが身長差を利用して美味しく頂いた。
     その一連の出来事を後ろからみていた菫が、笑いをこらえながら私も頂いていいですか、と進み出る。
     菫はまず一口食べて、
    「ん……おい……しい?」
     驚きに目を瞠った。
    「この一見合わなそうな饅頭とお茶漬け、見た目に反してとっても合うじゃないですか!!」
     本日三人目の『美味しい』発言に、真登はがしっと掴まれた両手を咄嗟に引きかけた。
     きらきらと目を輝かせる菫は、おろおろと目をさまよわせた末に漸くありがとう、とぶっきら棒に呟いた真登に、小さく苦笑する。嘘泣きは得意でも、作り笑顔は苦手らしい。
    「でも、一ついいでしょうか?」
     温度の変わった声に、真登はぴくりと身を震わせた。
    「林道さん、貴方は相手の事を考えてこれを勧めたことがありますか?」
     手を握っていた菫の手が、ぱし、と音を立てて弾かれる。
     黙々とその味を確かめていた悠里が、ゆっくりと口を開いた。
    「まず、味は別として」
     吊り上がった真登の目が悠里へと飛ぶ。
    「林道さんは饅頭茶漬けを食べて貰いたいだけなの? それとも気にいって貰いたいの? 気に入ってもらいたいなら、半ば強制的に食べさせられるなんて誰だって嫌に決まってるでしょう」
     だから、もっと時間をかけて、美味しく食べてもらうにはどうすればいいか試行錯誤すべきだと。
     理路整然と指摘する悠里に、真登はみるみるうちに瞳を冷たいそれへと変えた。
    「俺が勝手に変えていいものじゃない。この見た目も全部ひっくるめて饅頭茶漬けなんだよ」
     感情すべてをそぎ落としたような声はいっそ穏やかで、登とアッシュ、菫を見据える瞳にも激情は伺えない。――表面的には。
    「美味しいって言ってくれたのも、全部うそだったのか」
     囁く真登に、登は困ったやつだと言うように眉を下げて笑った。
    「オレは、本当に美味しいと思ってるよ。でも、人には好き嫌いがある。無理やり食べさせても意味はないよ」
     美味しいと言ってくれる人を少しずつ探す――それが、本当の意味で広めるという事。
     うるさい、と拳を握り締める真登は、本当のところでは全部解っているのではないかと、清美は思った。
    「こんな事をしていて虚しくないですか?」
     瞳のうちにある闇を燃え上らせる真登は、その問いには答えず地を蹴った。

    ●冷血漢と見せかけてただの子ども
    「PK-Unlock!!」
     解除コードを唱えたアッシュの手に、空を切り裂く糸が現れる。アッシュがヨーヨーを扱う要領で操るその糸を、真登は音だけで避けて見せた。
     たん、と地を蹴った足が、そのまま円を描くように登の顔面を狙って振り下ろされる。殺気すら感じさせるその一撃を、登は妖の槍で受け止めた。骨まで響く衝撃に、登の顔が歪む。
    「その力――ダークネスの力を使っても、本当の饅頭茶漬けの美味しさは知ってもらえないよ」
    「なんの力も使わなくたって、理解なんてしてもらえなかったっ!」
     真登はとうとう声を荒らげると、上体を折って振り下ろした足に全体重をかけた。がぃん、と鈍い音が響き、登の槍が蹴り落とされる。
     勢いのまま弾き飛ばされた登と真登の間に、悠里の無敵斬艦刀が割り込んだ。
    「全部ひっくるめて饅頭茶漬けなんだって言うけど、それは違う。あなたは頑張っても『美味しくない』って言われるのが怖い、だから逃げてるだけ」
     高く掲げられた刃が、真登の右胸から脇腹を裂く。
    「っちがう!」
    「何が違うの? 不味いと言われたらそれを改善するために努力するのが、食べてもらう人に対する最低限の礼儀ってものでしょう!」
     悠里の鋭い一喝に、真登は唇をわななかせる。だが、その口から出たのは反論ではなく、だって、というどこまでも子供らしい単語だった。
    「だって! 俺にとっては本当に美味しいんだから、どこ直せばいいかなんてわかんないじゃん!」
     清美が手を付けなかった椀を乱暴に掴み取り、真登は喚く。
    「虚しいよ、こんなの意味ないってことも分かってるよ! でも、見た目だけで判断して食べてもくれないのはそっちだろ! そもそもお茶漬けに饅頭入れるなとか言って、それじゃただのお茶漬けじゃんか!!」
     びしゃ、と空に投げ出された椀の中身が、形を変えながら菫、アッシュ、祐一に降りかかった。食べるに丁度いい温度のはずだったそれが、どういうわけか体に触れると焼き尽くす様な熱を持つ。
    「――まあ、言いたいことは分かりますが」
     すっと息を吸う政宗の体を軸に、ぶわりと涼やかな風が吹き渡る。その風はあちッ! と悲鳴を上げる祐一達三人の体を包み込み、饅頭茶漬けの熱をかき消して行った。
    「だからといって、泣き落としなどは正義のすることではありません」
    「正義なんて知るもんか!」
     まるで癇癪を起した子どもの真登の手に、光が集まるようにして生成されていく。
    「どうすればいいか分からないと言うなら……相手に強要するのではない、実演をもってして美味しさを伝えるという方法もあるのです!!」
     放たれたビームを、菫は刃と変えた影で弾いた。
     がら空きになった真登の背中に、清美の拳が埋まる。うぐ、と真登の口から潰れた様なうめき声が漏れた。
    「もし一緒に食べてくれる友達が欲しいなら、私達と一緒に武蔵坂学園に行きませんか。あそこは変わり者が多いですから、きっと気の合う人も見つかりますよ」
     殴りつけると同時に網状の霊力で真登の体を縛りつけながら提案する清美に、祐一が炎を叩きつけながら違いねぇ、と笑う。
    「ねぇ、貴方はこの饅頭茶漬けが好きなのでしょう?」
     ぼとりと地に落ちた真登を見下ろして、ルベリアはその首にマテリアルロッドを突き付けた。
    「だったらそれを貶めるまねをしたら駄目ではなくて?」

    ●今夜は寝かせない
     誰も食べてくれなくて泣いていたら、泣かないでと言って食べてくれた。どうやらこの涙は無敵らしいと確信していたが、その考えは改める必要があるようだ。
    「涙が武器になんのは女限定だろ」
     絶体絶命の危機にころりと泣いて見せた真登に、祐一がからかうように瞳を嗤わせる。その傍らに寄り添う霊犬・迦楼羅の頭をくしゃくしゃと撫でる余裕まで見せられて、とうとう真登は慌てた。
    「どうします、まだ続けますか?」
     ボク達は別に、本気を出しても構わないんですよ――饅頭茶漬けの感想を述べたときとまるで変わらない口調で言う政宗も、寄り添うビハインド・政道ともども冷静そのものだ。
    「キミには饅頭茶漬けを広めたいっていう熱い心があるんだよね?」
     突き付けられた現実にすっかり大人しくなった瞳の内の闇を確かめるように、アッシュが真登の顔を覗き込む。
     だったらさ、と登がその後を繋いだ。
    「俺達と一緒に行こう」
     差し出された手を悔しさ三割、戸惑い三割、気後れ四割で見つめる真登の背を押す様に、清美が微笑む。
    「皆さんが美味しいって言ってくれるレシピ、私でよければ一緒に考えますよ?」
     ウィンクをして笑う菫に、もう出番はなさそうだと察知したビハインド・リーアはするすると空に掻き消えていった。
     彷徨う真登の視線は、最後に恐々と悠里に向けられる。言葉よりも雄弁に怒る? と問うその情けない表情に、悠里ははあ、と肩を落とした。
    「うちも、試食ならいくらでも付き合いますよ」
     じゃあ話もまとまったみたいだし――にっこり笑うルナエルに、どうしてか真登の背筋にぞくりと寒気が走る。
    「悪いけど、一度倒さないと闇が祓えないのよ。ちょっと一回死んで頂戴ね」
    「――――ッ!」
     その言葉に悲鳴を上げる暇もなく、真登は振り上げられたマテリアルロッドがぱん、とどこかを――もしかしなくとも自分の体を破裂させる音を、どこか遠くで聞いた。

    「見た目は幾分か改善されましたが、味は先ほどの方がいいですね」
    「饅頭の味が、強すぎるんだと思います。お茶漬けの種類を変えたらいいんじゃないでしょうか……」
     あくまで容赦なしに感想を述べる政宗に、戦闘を終えれば普段通りの控えめな性格へと戻る悠里が提案する。あまり良いとは言えない反応に真登と菫は肩を落としたが、すぐに気を取り直して次の試作へと取り掛かった。
     残った饅頭茶漬けは、登とアッシュが美味しいのになあ? と首を傾げあいながら空にしていく。
    「まるで青空学級ですね」
     すでに人が戻り始めているスーパーの駐車場。並べられたテーブルとポットに、清美は思わず笑った。
    「にしても、ルナエルの『死んで頂戴』は強烈だった」
    「あれくらいのお仕置き、していいじゃない」
     しみじみと言う祐一に、容赦のない一撃で真登を沈めた張本人であるルナエルはしれっと返す。
     そんな三人はせっせと片付け役に徹することで試食から逃れていたのだが、およそ五つ目の試作品が出来上がったとき、とてとてと真登が三人のもとに寄ってきた。
    「ねえ、これ、美味しいんだよ?」
     ――闇も涙もない楽しげな瞳に、三人が白旗を上げるのは後何分後の出来事だろう。

    作者:なかなお 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月22日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 11
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