ある夏の日の、日が傾きかけた頃。
「肝試しなんて、今どき……」
「まぁまぁそう言わないで」
ぶつぶつと文句を言う少年と、それをなだめる少女。彼らはクラスで企画した肝試し大会の準備のため、山中にある古いお堂を訪れていた。床にはほこりがたまり、天井のあちこちには蜘蛛の巣が張っている。壁にも小さな穴がたくさん開いていた。
鬼に供物をささげるための場所だったとかそういう言い伝えが残っていて、鬼の体に合わせたかのように天井が高い。
「えーと、お札を置いてっと」
ちゃんと肝試しに行って戻ってきた証としてゴールの古堂のお札を持って帰る、そういうルールだ。
「よし、早く帰ろう」
何か出そうな雰囲気に、少年は帰りを促した。偏屈な趣味でもなければ、一刻も早くここから立ち去りたいと思うのが自然だろう。
「う――」
返事をしようとした時、少女は少年の背中越しに現れたソレに気付き、固まってしまう。
「ど」
少年は『どうしたの?』と聞こうとしたが、言い切る前にグシャと音を立てて潰された。
「い、いやあああーーーーーっ!!」
グシャッ。
灼滅者たちが教室を訪れると、冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)が緑茶をすすりながら待っていた。近くには天下井・響我(高校生サウンドソルジャー・dn0142)が頬杖をついて座っている。
「鬼の姿をした眷属が現れます。皆さんはこれを撃破してください」
鬼は二本の角を生やしていて、二~三メートルほどの身長があるが、黒曜石の角はなく羅刹そのものではない。
「私の予知によると、二人の中学生が山中の古堂を訪れます。彼らがお札を置くと鬼の眷属が現れますので、そこに突入して撃破してください」
ただし、お札を置く前にその中学生たちを追い払ってしまうと眷属は現れない。灼滅者が代わりにお札を置いても同様だ。
「そいつらを助けたけりゃ、鬼が現れてすぐ割り込める体勢にしとけってことか」
「そういうことです」
響我の言葉を、蕗子が淡々と肯定した。
「鬼の眷属は攻撃力に優れ、巨大な直刀を持っています。その直刀を駆使して無敵斬艦刀や日本刀のものと同じ力を持つサイキックを使用しますので、気を付けてください」
また、鬼はその巨躯に相応しい体力を有している。ダークネスに準ずる力を持った油断のできない相手だ。
「それともう一つ。鬼は一番怯えた様子をしている者を優先的に狙うという特徴があります」
怯えた演技をするなどして攻撃を引きつけられれば、利用できるかもしれない。
「勝つだけなら、今の皆さんには難しくないかもしれません。ですので油断だけはなさらないようにお願いします」
説明を終えると、蕗子は平静な表情で灼滅者たちを見送った。
参加者 | |
---|---|
ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524) |
栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751) |
布都・迦月(月禍響焔・d07478) |
アイナー・フライハイト(ひとかけら・d08384) |
吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361) |
高原・まや(まいぺーすでまいりましょう・d11298) |
深束・葵(ミスメイデン・d11424) |
ヴィルヘルム・ギュンター(理外のケモノ・d14899) |
●鬼、現る
中学生を救出し、鬼型の眷属を撃破すべく、灼滅者たちは一足先に鬼が出る古堂にやってきていた。
「古刀を扱う鬼、か」
吉沢・昴(ダブルフェイス・d09361)がぼそっと呟いた。今回の敵は直刀を扱う強力の鬼。剣の使い手同士、腕が鳴るというものだ。
(今回は別に助ける義理はないんだがな……。仕方ない、士気を下げないためだ)
中学生たちを助けるのにあまり乗り気ではないヴィルヘルム・ギュンター(理外のケモノ・d14899)。しかしそれでも仲間に合わせられるのは、格上の相手を敵にすることが多い灼滅者には必要な能力と言えるかもしれない。
ポー・アリスランド(熊色の脳細胞・d00524)、栗橋・綾奈(退魔拳士・d05751)、犬に変身したヴィルヘルムは陰に隠れ、アイナー・フライハイト(ひとかけら・d08384)、昴、響我は闇纏いを使用して姿を消す。
「肝試しにはまだ少し時期が早いような気もするが……。まあいい、鬼退治と洒落込むか」
隠れる場所のなかった布都・迦月(月禍響焔・d07478)、高原・まや(まいぺーすでまいりましょう・d11298)、深束・葵(ミスメイデン・d11424)はいつでも中に入れるよう注意しつつ外で待機だ。
(鬼……ですか)
鬼退治の伝説を受け継ぐ一族の生まれであるまやだが、それでもいつものペースを崩さないのがまやらしいところだろう。
(肝試しって、出ないけど出そうな微妙な雰囲気を楽しむものなんだけど、出たって話はほとんど聞かないよね)
何にせよ、出てしまうものは仕方ない。とにかく葵のできることをやるだけだ。
中学生たちが来るまであと少し。灼滅者たちが息をひそめて彼らを待っていると、ガサッガサッと草を分ける音が聞こえてきた。外で待つ灼滅者も一旦身を隠す。
「えーと、ここでいいんだよな?」
「うん、ここだよ」
二人の中学生は適当な会話を交わしつつ、戸を開けて古堂の中に入っていく。古堂の内外に潜伏する灼滅者たちは慎重に様子をうかがう。
「肝試しなんて、今どき……」
「まぁまぁそう言わないで」
この会話もエクスブレインに聞いた通り。もうすぐ、あの瞬間が訪れる。
「えーと、お札を置いてっと」
少年が札を置き、少女の方を振り返った。その時、霧が凝結するように、異形の何かが少年の背後で形を作り始める。
「よし、早く帰ろう」
後ろにいる異形に気付くことなく、連れの少女に帰りを促す少年。そして、異形は巨躯の鬼となって姿を現した。
「う――」
少女は返事をしようとして、少年の背後に現れた怪異に気が付いた。鬼が少年目掛けて直刀を振りかぶろうとした時――物陰から一人の少女が飛び出した。
●鬼、暴れる
勢いよく飛び出した綾奈だったが、中学生と鬼の間に割って入った瞬間、蛇に睨まれた蛙のようにすくんでしまった。
「あ……ああ……っ」
鬼に視点を合わせたまま口を開けて呆然とし、尻もちまでついてしまう。その様子を見た鬼は標的を変え、綾奈に刃を振り下ろした。
「いや! 助けて!」
しかし、綾奈のリアクションはもちろん演技。鬼の力任せの一撃を冷静に受け止める。知性の低い鬼相手にはもっとストレートな方が有効だったかもしれないが、ひとまず囮の役は成功だ。鬼が空ぶったところに今まで闇纏いで隠れていた昴が接近し、脇差を逆手に抜いて素早く切りつけると、アイナーも死角から一気に近づきガンナイフを操って斬撃を見舞った。続けて、外から駆け付けた迦月が巨大な刃で一閃して一般人に注意が向かないよう牽制する。
「え? え?」
「今はゆっくり寝てこの事はお忘れください」
突然の出来事で恐怖と混乱に頭を支配されてしまった中学生たちを、いつの間にか二人の傍にいたまやが風を吹かせて眠らせた。
「葵ちゃん後は任せました、お二人を安全な場所までお願いいたします!」
「……さて、かくれんぼの時間じゃ……相手は本物の鬼じゃがな」
葵はまやに託された中学生二人を抱えて豪快にライドキャリバーにまたがり、颯爽と鬼の脇を走り抜けていった。一般人を逃がすことができれば憂いはない。あとは鬼を倒すだけだ。
「回復は任せたぞ」
「ああ、此方に任せておきたまえ。各自役目を果たせば問題は無い」
大きなダメージを負ってしまった綾奈を、ポーが癒しの光で照らして回復させる。戦闘中なので完全回復とはいかないが、戦闘を続けるには十分だ。その間にも、変身を解いたヴィルヘルムが獣を思わせる影を黒い刀身の大太刀にまとわせて鬼に追撃をかける。
灼滅者たちの攻撃が次々と決まるが、鬼は動じる様子がない。鬼が直刀を振るえば衝撃波となって灼滅者たちを襲った。灼滅者たちはとっさに回避しようとするが、鬼の攻撃が鋭くそう簡単にはいかない。
アイナーが光輪を飛ばして攻撃すれば、続いて昴が刀を振り下ろす。迦月が雷をまとった拳を叩き込めば、ヴィルヘルムが応じて鞭剣を高速で繰り出し、同時に攻撃を見舞う。鬼の攻撃を綾奈やまやのビハインド、武が受け、その傷はポーとまやが癒した。そうしてしばしの間攻防を繰り返したのち、鬼が突然刀を地面に突き立てた。
「ウウゥゥゥウオオオオオッ!!」
戦神のような気をまとい吠え猛る鬼。古堂ごと吹き飛ばしそうな鬼の咆哮が、山中に轟き渡った。
●鬼、荒ぶる
迦月や響我が鬼の強化を解除しようと攻撃するが、運悪く防がれてしまった。気をまとった鬼がアイナー目掛けて刀を振るう。
「武お兄様!」
直撃はまずいと判断してまやがビハインドを向かわせたが、ダメージの蓄積もあり鬼の一閃を受けて消滅してしまった。
「くぅ……ッ! 眷属とは言え、何たる剛力……!」
ポーが回復しようと構えていたが、やられてしまっては回復しようがない。防御役が減って形勢不利になるかと思われたその時、戸口の方から炎弾の雨が降り注いだ。
「……遅ればせながら桃太郎参上じゃ、お供もおるでの」
葵が戦列に戻ってきたのだ。もちろん傍らにはライドキャリバー、我是丸もいる。
「お疲れさん」
「うむ」
葵に労いの言葉をかける迦月。戦いはまだこれからだ。
鬼の勢いは止まらず、依然として暴れ続けている。だが、今まで幾度の戦いを潜り抜けてきた灼滅者たちも負けてはいない。
灼滅者とは比べ物にならない剛腕を活かして繰り出される鬼の一撃。しかしアイナーは壁を蹴ってかわし、さらに柱を使って跳び上がり、懐に飛び込んでガンナイフで切り刻む。さらに昴が流れるような動作で踏み込み、刀を振りかぶった瞬間には鬼の腕目掛けて振り下ろしていた。
「思い切り反撃させてもらいますから!」
囮役から解放された綾奈も攻撃に回る。綾奈が鋼のごとき拳で鬼の体を打つと、その隙に肉薄したヴィルヘルムが光を帯びた連打を叩き込んだ。迦月も長大な斬艦刀で真っ向から鬼と切り結ぶ。葵が敵を蜂の巣にせんとガトリングガンを連射すれば、響我も続けてギターをかき鳴らして援護した。
激しい攻防が続き、灼滅者たちも鬼もさらに傷ついていく。鬼のダメージは確かに蓄積されているが、灼滅者の消耗も著しい。
「くっ、ごめんなさい」
「大丈夫、任せろ」
最初から攻撃を受けて続けていた綾奈が鬼の一閃をくらい、とうとう力尽きた。倒れる綾奈をアイナーがとっさに支え、言葉をかける。
「ウォオオーーーッ!!」
再び鬼が吠えて古堂を揺るがすが、これは鬼が追い込まれていることの証でもある。
そろそろ決着がつくと判断した昴は刀を納めて柱を駆けあがり、彗星のように宙を滑りながら首を狙って抜刀した。首を落とすには至らなかったが、袈裟切りに大きな傷が刻まれる。今まで回復に回っていたポーとまやも異形化させた拳を叩き込んだ。また回復される前に息の根を止めるべく、迦月は光の拳で、葵は炎の弾丸で追撃した。しかし、鬼はギリギリのところで持ちこたえ、剣を突き立て咆哮を上げようとする。その時――。
●鬼、消える
「まだ終わりじゃねぇぞっ!」
その時、ヴィルヘルムが肉食獣のように唸りながら鬼目掛けて飛び込んだ。そのままの勢いで、漆黒の刃を振り抜く。
「ウウウォオオオ!」
鬼はとうとう耐え切れず、断末魔の叫びを上げて消え去った。
苦戦の末、鬼型の眷属を倒すことができた灼滅者たち。戦闘態勢を解いて一息つく。
「また一つ、事件を解決したのだよ、君」
誰にでもなく虚空に話しかけるポーだが、彼の癖なのだから気にしても仕方がない。
「ところで、あの二人のことですけど」
「ああ、それならもう帰ったよ」
まやが中学生たちについて尋ねると、葵が脱出した後のことを仲間に報告した。どこかに置いていこうにも山の中では適当な場所が見つからず、起こして自力で帰ってもらうことにした。
「肝試しは別の場所にするんだってさ。思ったよりたくましいね」
「葵もみんなもお疲れさん。飯でも食って帰ろうぜ」
戦闘中は気にならなかったが、昴のお腹はもうぺこぺこ。帰る前に何か腹に入れないと持ちそうにない。
「ふむ、確かに晩餐にはちょうどいい時刻だな。だが、その前に情報の欠片を集めねば」
昴の提案を受け入れつつ、先に調査しようとするポー。迦月やまやは元からそのつもりだったようで、何か事件の手がかりがないか古堂とその周りを調べてみることになった。
「それらしいものは出てこないな」
作業を切り上げるようにそう言ったのは迦月だった。探して出てくるものはほこりやクモの巣くらいで、鬼の眷属に結びつきそうなものはない。気になることと言えば、眷属が入口がやってきたのでなく何もない空間から突然出現したことくらいか。
「それじゃあ……。ってあれ?」
夕飯に、と号令をかけようとした昴だったが、ヴィルヘルムはやるべきことは終わったとばかりに早々と帰ってしまった。
「それじゃあ、ご飯行こうか」
しかしアイナーは気にするそぶりは見せず、昴の代わりに音頭をとった。
「そうですね、行きましょう」
クスクスと笑いながら、まやが頷いた。個性豊かな武蔵坂の面々が集まっているのだから細かいことは気にするだけ損だ。
「では、遅くならないうちに」
綾奈がその場を仕切りなおし、灼滅者たちは英気を養うべく夕食に向かうのだった。
作者:邦見健吾 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年6月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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