ヒミツのスマ本

    作者:呉羽もみじ


    『突っ込むべきか、突っ込まざるべきか。それが問題だ』
    『何いきなり哲学者みたいなこと言ってるんだよ? そんなことより早く――』
    「お、お母さん……?」
     学校から帰って来たリョウタくんの部屋には、こっそり隠し持っていた薄い本を朗読している母親の姿が。
    「そ、それは……ていうか、人の部屋に勝手に入るなよ!」
    「お母さん、リョウタの部屋の掃除をしようと思って。あなたの趣味をとやかく言うつもりはないけど。それにしてもこれは……」
    「それは……だから」
     そこへ。
    「今日は仕事が順調に進んだから、早めに切り上げて帰って来ちゃったよ。ん? それは?」
     なんてこったい! 今日に限ってなんで早く帰って来るんだよ!?
     慌てて母親が手に持っていた薄い本を取り上げようとするが、夫婦の阿吽の呼吸で薄い本は父の元へ。
    「ははは、お父さんもリョウタくらいの年齢のときは、そういった本を隠し持って……隠し……持って? ――え? 男性同士? あー……いや、これは、ちょっと」
     企業戦士には少し刺激が強すぎたらしく、顔を赤らめて本から目を逸らす父親。
     それに構わず、本をガン見している母親。
     何この針のむしろ状態。
     顔を覆うも、両親の気配が消える様子はない。
    「もうイヤァァ!!」
     恥ずかしさのあまり巻き起こる熱風。
     吹き飛ぶ両親。消えゆく良心。

     こうして、リョウタくんはイフリートに覚醒してしまいましたとさ。

    「説得(物理)で良いんじゃないかな?」
    「黄朽葉」
    「んー?」
    「ちゃんと説明しないと切り落とすぞ」
    「ははは、これ以上ないってくらい丁寧に説明しちゃうぞー!」
     すらりと剣を抜き、笑ってない笑顔を見せる布都・迦月(凶嵐の炎駒・d07478)から目を反らし、黄朽葉・エン(中学生エクスブレイン・dn0118)は大真面目な顔を必死に作りながら説明を開始した。
    「んー、今回の事件を要約すると、リョウタくんって子が薄い本収集が趣味の腐男子だってことを必死に隠してたんだけど、両親にばれちゃって恥ずかしさのあまり闇落ちした……って感じだねぇ」
     何という運命の悪戯。神は何故このような悲劇を作り賜うたのか。
    「侵入方法は割と簡単。家の鍵が空いてるからねぇ。堂々と入っちゃえば良いよー。接触はリョウタくんの部屋に3人が集まってる時。お父さんがリョウタくんの部屋に入って来た辺りから介入すれば良いと思うよ」
     リョウタはイフリートになりかけているが、説得次第では力を削ぐことができる為、皆の立ち回りをなるべく有利にする為にも、積極的な行動をして欲しい。
    「具体的な説得方法は任せるよ。『大丈夫、腐ってても気にするな』でも良いし『いやいや、正常な道に戻してあげよう』でも良いんじゃないかな? とにかく、リョウタくんの心に響く言葉や行動をお願いするよ。
     説得が上手くいってもいかなくても、戦闘は避けられないから、戦いが激化する前に、両親の避難誘導もよろしくね」
     果たして、これ以上ないってくらい丁寧な説明をしただろうかとエンは思案する。
    「……あ、リョウタくんはファイアブラッドと同じサイキックを使うからねぇ。え? 違うよ、忘れてた訳じゃないよ」
     エンは迦月に意味なく愛想笑いを浮かべた。
    「学園に新しい風を吹かす(かもしれない)仲間を迎えられるチャンスだからねぇ。
     皆、よろしく頼むよ」


    参加者
    艶川・寵子(慾・d00025)
    村上・光琉(白金の光・d01678)
    風巻・涼花(ガーベラの花言葉・d01935)
    卜部・泰孝(アクティブ即身仏・d03626)
    布都・迦月(凶嵐の炎駒・d07478)
    栗原・嘉哉(幻獣は陽炎に還る・d08263)
    柴・観月(サイレントノイズ・d12748)
    上土棚・美玖(中学生デモノイドヒューマン・d17317)

    ■リプレイ


     父親の手に、スマ本が渡されようとしたその瞬間。
     ばーんと扉を開け、部屋にずんずんと侵入してきた8人の若者達に家族は目を白黒させていた。
     艶川・寵子(慾・d00025)から発せられる清涼な風が、部屋に籠っていた微妙な空気を拡散させ、両親を深い眠りに誘う。
     母親の手から滑り落ちるスマ本を上土棚・美玖(中学生デモノイドヒューマン・d17317)がキャッチ。
     ついでにチラ見。
    「こ、これは……」
     妄想大好きな彼女は、漫画等、ダイレクトに視覚に訴えるものは専門外。チラ見をガン見に切り替えて腰を据えて読みたいところだが、今はまだその時ではない。
     名残惜しそうに、本を戦闘の邪魔にならないところに置く。
    「お父さん、お母さん!?」
     幾ら堕ちかけとはいえ、両親が目の前で急に倒れられては動揺するものだろう。
     件の少年――リョウタは、湧きあがりかけた熱波を必死に封じ込め、両親の元へと向かおうとする。
    「急にごめんね、怪しいけど危ない者じゃないんだ」
    「え」
     胡散臭さマックスの柴・観月(サイレントノイズ・d12748)の自己紹介を聞き、リョウタは次の行動を決めあぐねていた。 
    「大丈夫。眠っているだけだから。彼らの寝室はどこかな?」
     第一印象:胡散臭い、と思われているとは露とも知らない観月がマイペースに問う。
    「え? あ、えーと、あっち」
     毒気を抜かれたリョウタはつい正直に答えてしまう。
    「ありがとう。それじゃ、避難させるわね」
     観月と寵子が両親を部屋から退出させる。
    「……で、君達は誰? 僕の周りで何が起こってるの?」
     今、起こったことを整理してみよう。
     スマ本収集の趣味が白日の下に晒されるという瞬間に、妙な8人組が登場。その中の2人が両親を回収して外へ出て行った。
     なにこの状況。
     短期間の内に色んなことがあったのは理解できるが、好転しているどころか、寧ろ、悪化しているような気がする。
     常人ならば考えを放棄してもおかしくないが、リョウタはそうしなかった。
     絶体絶命の状況を覆すには、今、決断しなくては。
     あちらの数が減っている間に6人を倒し、その後、残った2人も、潰す。
    「……どこで得た情報なのか見当もつかないけど、僕の秘密を知ったからには生かしておけないよ」
     闇落ちしかけている分、攻撃性も上がっているのか、腰を低くして6人を見据える。
    「秘密、か。理由が何であれ、闇堕ちしかけを放っておくのは気が引ける。……どんな理由でも、だ」
    「リョウタくんの為に全力でやりましょうね、びーえる空間。お付き合いお願いしますよ、先輩」
    「どうしてこうなった」
     握りこぶしで、やる気を見せる村上・光琉(白金の光・d01678)と対照的に、布都・迦月(凶嵐の炎駒・d07478)は、頭痛を抑えるかのように頭に手を当てた。 


    (「腐女子はよく聞くけど、腐男子ってほんとにいるんだ……」)
     戦いの最中に栗原・嘉哉(幻獣は陽炎に還る・d08263)は、ふとそんなことを思い、動きが鈍る。
    「ぼんやりしてると、死ぬことになるよ?」
     くすりと微笑む声が、自分が意識していたよりも近い場所で聞こえる。
    「――さよなら」
    「待たれい!」
     張りのある声が響く。
     卜部・泰孝(アクティブ即身仏・d03626)が、嘉哉とリョウタの間に割り込み、彼を軽く押しのける。
    「他の男に目を付けられるなんて感心しないな。お前の為に、俺は即身仏をやめて、ここまで体を変えたんだぜ?」
    「卜部先輩……」
     自身の昔の写真を、リョウタへも見えるようにひらひらとさせる泰孝。
     そこには……なんということでしょう! 今の泰孝とは似ても似つかない、げっそりと痩せこけた彼の姿が。
    「卜部先輩って、難しい話し方するけどそこがまたいいんだよな……」
    「普段の口調を所望か。ならば其の様に致そう」
     実は、砕けた口調が苦手な泰孝は、今回、この演技(ガチではない)の為に、事前練習を行い、難解口調でも砕けた口調でも口説く事の出来る、魔性の即身仏へと独自の進化を遂げたのだ!
    「そうか……彼は大切な人の為に、あそこまで変わることが出来たん――っだぁぁ!?」
    「ちょっと邪魔よく見えない!」
     そんな彼の苦労が透けて見えたのか、深く感動しているリョウタをシールドバッシュでぶん殴り、風巻・涼花(ガーベラの花言葉・d01935)は、メモを取りつつ二人の演技(ガチではない)を見つめている。
     たたらを踏むリョウタの前には大きな本棚が。
    (「本棚……本……スマ本。……!? スマ本の危機!」)
     美玖が恐ろしい早さで影を生み出すと、リョウタを巻き取り、床に叩きつける。
    「リョウタ君! あなたの大切な本は私が守ったわ!」
    「えーと、ありがとう?」
     額をしたたかに床にぶつけたリョウタは、血をだらだらと流しながらも、美玖の満足げな笑顔を見ては怒ることも出来ず、やや疑問形になりつつ礼を言う。
    (「……これは演技。そう演技だ、だいたいノンケに惚れるのはルール違反……って、オレはマジでそっちなのか? いやそんなまさかははは……」)
     憧れなのか恋愛の対象なのかは、本人自身もはっきりと認識出来ていないが、男性への仄かな想いをひた隠しにしながら、嘉哉は演技(ガチかもしれないが、演技。一応)を続ける。
     躊躇いながらも、泰孝を受け入れようとする嘉哉の様子を、女性陣が見逃す筈もなく。
     美玖は、止まることのない鼻血の対応が面倒になってきたらしく、鼻にティッシュを詰め、涼花はどんな小さな囁き声も聞き逃さんと、全神経を耳に集中させ、脊髄反射的にメモをとりまくっていた。
    「筋肉×筋肉は大好物よ!」
     いつの間にか帰ってきた寵子もキラッキラした瞳で観賞を楽しんでいる。
     BL観賞は構わないが、皆、何かを忘れていないだろうか?


    「……って、そうだ説得だよ!」
     涼花が正気に返った。
    「腐女子だろうが腐男子だろうが、趣味が在ることはいいと思うんですよ」
     自分が好きなものならいいと思う! と涼花がメモを取る手を止めてリョウタに向き直り、
    「分かるわ……リョウタ君の事、とっても。私も同じだもの」
     妄想癖が過ぎて闇落ちしかけた過去もあるが、学園の皆に救われ、今はとても幸せだという旨を美玖が伝え、
    「腐男子なんてイマドキ珍しくも無いわ。BL、ML、NLなんでもコイよ! どーんと! リビドーのままに! 赤裸々に!! 激しく!! 狂おしく!!」
     寵子が力強く訴えかければ、女性陣は「赤裸々に!! 激しく!! 狂おしく!!」と何度も復唱する。
    「うわ、ちょっと待って。嬉しいけど恥ずかしい」
     理解力があり過ぎな女性陣の説得に、リョウタは恥ずかしさのあまり手で顔を覆う。
     今まで隠していた引け目もあるのか、全面的に肯定されるのも何となく座りが悪い。
    「説得もBL展開も間に合ってるみたいだし、俺達は必要ないんじゃないか?」
    「何言ってるんですか、先輩。折角考えた設定を今使わないで、いつ使うんですか?」
     良い笑顔で戦線離脱しようとしている迦月を見て、光琉は彼の腕を掴むと上目遣いで拗ねたように彼を睨む。
     その雰囲気に気付いたのか、ぐりんと首を回し、ふたりをガン見する女性陣。
     顔を覆っていたリョウタも指の隙間からそっと二人を見つめている。
    「説得は、もう少し後でも良いかな」
    「筋肉×筋肉もイイけど、スマートでかわいい男の子の爽やかなラブもいいわ!」
    「先輩達の頑張りを私達も応援しないとね!」
    (「どうしてこうなった……」)
     迦月は、光琉に腕を取られながら、虚ろな瞳で何度目かの自問を繰り返す。
     光琉は光琉で、妙な汗をかきつつ演技を続けていた。
    (「勿論、全力だけど……頑張ってるけど……女性陣の目が怖い……」)
     演技派の意地で表面上はノリノリな様子を崩さず、無邪気な笑みを迦月に向ける。
     安全圏で、この酷い有様を楽しそうに見守っていた観月が満を持して登場する。
    「人前でイチャつくのも大概にしろ、リア充共め」
     軽い口調で言ってはみたものの、視線はこっそりと迦月を追う。
     しかし、その視線は本人に気付かれることなく宙を彷徨い、置き去りになった想いと視線は、微かなため息と共に床へと落とされる。
     その視線に気付いた光琉は、これ見よがしに迦月に腕を絡ませ観月を睨みつける。
    「先輩には渡しませんから」
     光琉の宣戦布告に、観月は困ったような表情を見せ――直ぐに平素の無表情に戻る。
    「もしかして……彼は……」
     いつの間にか、顔を覆っていた手をすっかりどけ、3人の様子を見ていたリョウタはぽつりと呟く。
    「まあ、青春だよね。これも」
     僅かに笑みを見せる観月の心境は、諦観か、達観か。
     伏せられた瞳に何を映したかったのかは、彼にしか分からない。
     切ない心理描写を売りとする恋愛小説を書いている観月は、その経験を十二分に活かし、柔らかな所作で演技を続ける。
     観客は、演技だということも忘れ、仲間達は見入っていた。
     リョウタも含めて。
     あれ? これ隙だらけじゃね? ということで、嘉哉がリョウタの前に歩み寄り、すっと息を吸う。
    「こんなんで闇堕ちするなぁぁ!! オレの方が闇堕ちしたい気分だよ!!」
    「ぐぼあぁぁ!?」
     嘉哉の渾身の一撃がリョウタにヒット。
     勢いは止まらず、壁に激突。頭の傷口から炎が吹き出ているが、それは、暴走したイフリートのような凶暴な炎ではなく、周囲に引火する様子は見られない。
    (「これは……クリエイトファイアだな」)
    「クリエイトファイアのようね」
    「クリエイトファイア也」
     こうして、ひとりのファイアブラッドが誕生した。


    「リョウタくんのコレクション、読ませて貰いたいなー。私、妄想専門だからあまり漫画とか持ってなくて……筆箱や地図を見てるだけで半日潰せる派? みたいな」
    「そんな君には、分度器×三角定規なんてどう? ツンデレ受と、尽くし攻めの――」
    「ああ、ネタバレ禁止!」
    「面白そうなものを持っているのね。じゃあ、こういうのは読んだことあるかしら?」
    「こ、これは……幻の筋肉×筋肉の激レアもの!」
    「……オススメなの。よかったら楽しんでね?」
     キャッキャウフフとスマ本を回し読みしている女性陣とリョウタを尻目に、男性陣は、今後このような悲劇が起こらないようにと、スマ本をグラビア写真集(勿論、被写体は女性)等にすり替え、間違っても腐っているとは思わせない健全な男子中学生の部屋となるようにカモフラージュする。
     興味本位で覗いてみたスマ本の内容に嘉哉が赤くなったり、つい読みふけったりしつつもすり替え作業は着々と進行していく。
    「こんなところに隠してたら直ぐにばれちゃうよ。――あれ?」
     観月の目に、とある本が目に入る。
    「この作家さん、好きなんだ」
    「……僕なんだ」
    「え?」
    「この作者、僕なんだ」
    「!!!???」
    「読んでくれてありがとう。とても嬉しいよ。でも、皆には一応内緒にしているからあまり大っぴらにしちゃダメだよ?」
     唇に指を当て黙るように促す。リョウタは真っ赤な顔をしながら、口に手を当て何度も頷く。
    「ねえ? これからどうするの?」
    「んー……、腐属性を卑下することはないとは分かったけど、恥ずかしいものは恥ずかしいし」
    「……俺たちの通っている学園なら、理解を示してくれる人がいるんではないかと思うが」
    「学園なら趣味を隠さなくていいし、君の同志もいるから」
    「漫画みたいな美形が沢山いて堂々と腐れる場所よ!」
     どんな学園だよ。
     まあとにかく、非常にオープンな雰囲気らしい学園に興味を覚えたのか、リョウタは一度見学に行く、と灼滅者達と約束を取り付けた。
    「じゃ、話も纏まったことだし、すずはこれから今回の素敵なBL劇場のことを親友に報告に行きますねー」
     涼花はひらりと手を振って部屋から去っていく。
    「劇場?」
    「あー……悪い。気を引くためにBL的な芝居をしたんだ」
     申し訳なさそうに謝る嘉哉を見て、リョウタは鷹揚に笑う。
    「へえ、演技だったんだ。全然気付かなかった」
    「そう。お芝居。迦月先輩は、ただの良い先輩であってそれ以上でも以下でも……ないよね?」
    「おいそこで言葉をためるな深読みされるだろう」
     ……どうしてこうなった。
     一年分の「どうしてこうなった」を、今日一日で言ったのではないかと思える程、同じ台詞を繰り返す迦月。
    「趣味趣向、腐妄想、此れもまた、一つの業の形也」
     皆から一歩離れた位置にちゃっかりと鎮座している泰孝は、そう言い奇麗に纏めようとする。
    「あ。でも、彼の演技は真に迫ってて……迫り過ぎて、ガチなんじゃないかって思ってるんだけど」
     なんということでしょう! 事前練習がすっかり裏目に出た模様だ。
    「否否否否! 我、本心に有らず、迷い祓う手段故!」
    「卜部先輩、ガチだったんだ……だったら」
    「次の作品の参考にさせて貰っても良いかな?」
    「む……ぐ……」
     否定をすればする程、泥沼にはまっていくような感覚に襲われた泰孝が、慌てふためき、その場から逃げだしたが、その後、誤解を解けたのかは謎のままである。

    作者:呉羽もみじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 27
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