洞窟鬼

    作者:灰紫黄

     その山には言い伝えがあった。鬼が住む洞窟があって、鬼に出会うと食い殺されるというものだ。
     それを知ってか知らずか、道に迷った男女がいた。道を尋ねようにも誰も通りかからない。それどころかガソリンも尽きた。電波も悪い。
     目の前には暗いトンネル。女は歩いて帰ろうと言った。男は無理だから車で一晩明かそうと答えた。体目当てだと邪推した女は、男を置いてトンネルに入っていった。
     そのときだった。ゴツン、と鈍い音がした。ブシュ、と液体が吹き出る音もした。
     ぬっと、トンネルから鬼が出てきた。女の体をフライドチキンのように貪りながら。
     鋭い角に、血よりも赤い巨躯。寅の腰巻に、鉄の金棒。
     鬼だった。見れば見るほど鬼であり、それこそ絵に描いたような鬼だった。
     鬼は金棒で男の頭を砕き、脳髄をずるずる吸い始めた。

     口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)の顔色は青かった。そういうときは大抵、ろくでもない予知をしたときであり、今回もそのようだった。
    「鬼の姿をした都市伝説……いえ、眷族が現れるわ」
     鬼が出るという伝承がある山で、道に迷った男女が襲われる。簡単にまとめるとそうなる。ただし、これはあくまで予知。未然に防ぐことが可能だ。
    「鬼の出現には道に迷うというシチュエーションが必要みたい。女の人がトンネルに入る直前で介入するのが好ましいわ」
     これより早くなれば鬼は出現しないし、逆に遅ければ一般人の命はない。一般人の対策も必要になるかもしれない。
    「鬼は神薙使いのものに似たサイキックを使う上、金棒をロケットハンマーのように扱う。理性はあまりないけど、力だけならダークネスにも匹敵するわ。くれぐれも油断はしないで」
     現場は暗いが、灼滅者なら月明かりだけで十分に戦えるだろう。一般人の存在以外は、戦闘を妨げるものはないと考えていい。
    「敵は鬼一体だけよ。みんななら大丈夫だから、怪我しないで帰ってきてね」
     あなた達の傷付いたところは見たくないから、と目は最後に付け加えた。


    参加者
    灰音・メル(悪食カタルシス・d00089)
    ポンパドール・ガレット(サンタサングレ・d00268)
    辰峯・飛鳥(変身ヒーローはじめました・d04715)
    柊・司(普通の高校生・d12782)
    奏森・あさひ(騒ぐ陽光・d13355)
    八咫・美都子(烏の使い・d13865)
    バステト・リコポリス(セトの門番・d14490)
    イーニアス・レイド(翠の幸福・d16652)

    ■リプレイ

    ●洞窟の鬼
     しんと寝静まった夜の山。二人の男女が言い争っていた。とは言うものの交わす言葉はともに一方通行で、結論は出ないものと思われた。女もそう思ったのか、トンネルに向いて歩き出す。
     そこに二人の少年少女が現れる。柊・司(普通の高校生・d12782)と辰峯・飛鳥(変身ヒーローはじめました・d04715)だ。
    「こんなところでどうしたの? 道に迷った?」
     事情を知らない風に装って飛鳥が尋ねると、男女は同じようにうなずく。
    「僕達はこのあたりの学生です。だから言うのですが、人里に下りるなら引き返した方が早いですよ」
     真偽はともかくとして、この二人は洞窟から遠ざけねばならない。鬼の出現条件はもう満たしている。空気には喉が焼けつくような緊張感があった。鬼はトンネルの向こう側から向かってきているはずだ。
    「そうなの? じゃあ、そうするわね。ありがとう」
     そう言って女は道を引き返す。男も渋々といった様子でついていく。これで問題は解決したと思えた、そのとき。
    『おおおぉぉっ!!!』
     と鬼の咆哮がトンネルから轟いた。男女は驚いて振り返るが、風が吹き抜けるとこんな音がするのだ、と飛鳥が誤魔化した。
     そして、ちょうど二人の姿が見えなくなったころ、鬼が洞窟から姿を現した。同時に隠れていた仲間も飛び出し、布陣を整える。
     目の前にあるのは、鬼。月明かりでもはっきり分かる赤い体に、猛々しい角。伝え聞くそのままの姿だった。
    「鬼、か。古くから伝わる怪異じゃが、この目で見れるとは思わなんだぞ」
     年に似合わぬ尊大な態度と老獪な口調で、バステト・リコポリス(セトの門番・d14490)が言った。この場にいる仲間もほぼ同じ感想だ。それほどにこの鬼は鬼らしかった。まるで誰かの頭の中から飛び出してきたように。
    「さぁ、審判の時だ」
     イーニアス・レイド(翠の幸福・d16652)はスレイヤーカードを掲げ、自らの武装を召喚した。夜闇を切り裂くように、リングスラッシャーが彼の周囲を遊泳する。さらに瞳と同じ緑の光が全身を包む。
    「困った鬼の人ですね。少しお仕置きが必要ですか」
     ガリガリ、と呼び出した大鎌の切っ先が地面をひっかく。八咫・美都子(烏の使い・d13865)は身の丈ほどもある大鎌を軽々と扱ってみせる。にこにこ笑みを浮かべる様はおもちゃで遊ぶ子供のようが、何かが決定的に違っていた。
    「うーん、鬼を呼び出したのは羅刹? それにしても理由が分からないな」
     銀の髪をなびかせ、深紅の槍を構える灰音・メル(悪食カタルシス・d00089)。振り回せば、夜よりも濃い黒がそのあとを追いかける。推理はいったん封印し、とにかく今は鬼を倒すことに集中する。
     八人の獲物を見据え、鬼はだらしなく口元を歪ませる。長い舌が、金棒をべろりと舐めた。肌にまとわりつくような殺気を、灼滅者達は感じていた。

    ●餓鬼
     奏森・あさひ(騒ぐ陽光・d13355)はカードを掲げ、炎を模した真っ赤なギターを呼び出す。あさひの情熱を表した武器だ。
    「レッツプレイ! ボク達が相手になるよ!」
     鬼をあおるように激しいサウンドをかき鳴らす。
     同じくポンパドール・ガレット(サンタサングレ・d00268)も武装する。まとうオーラの頭は部分だけ、動物の耳のようなものが飛び出ていた。
    「おーにさーんこち、ってうわ!」
     彼が言い終わるのも待たず、鬼が攻撃を仕掛けてきた。金棒が地面を叩き、その衝撃が前衛を襲う。
    「おれが話してんだろーがっ!」
     目を三角にしたポンパドールは光の盾で反撃。注意を自分に向けさせる。怒りに満ちた鬼の目がポンパドールを射抜く。怯むことはないが、背筋に冷たいものが走った。
    「よっこいせっと」
     足元に滑り込むように、美都子が鬼の懐に潜り込んだ。瞬きの速さで振るわれた大鎌が、赤い体に傷を刻む。けれど、鬼には堪えた様子はない。都市伝説を元にした眷属であるとはいえ、易い相手ではないようだ。
     ただでさえ巨大な鬼の腕が、さらに一回り大きくなった。美都子の視界全てを覆うほどの大きさとなって振り下ろされる。思わず目をつむるが、衝撃はやってこなかった。攻撃は司が受け止めていた。
    「女性を守るのは紳士として当然のことですから」
     頭から血を流していても、涼しい笑顔は曇らない。育ちの良さか、もともとの性格か。
    「さぁ、鬼退治だ!」
     赤い装甲を着込んだ飛鳥は高く飛び、頭上から炎の剣を振り抜く。顔面には当たらなかったが、それでも肩口に傷跡を残した。傷からは炎が溢れ、さらにダメージを与える。
    「うむ、わしの出番じゃな」
     バステトは大仰にうなずいて、鞭剣を構える。最初は小さく、次第に刃は加速して、斬撃の嵐となって鬼を飲み込まんとする。しかし金棒がそれ以上の勢いで竜巻を弾き返した。
    『があああああっ!!』
     叫びとともに、金棒が霊気を噴き出す。その推力と脚力で鬼が跳躍。月を背にして、金棒をメルに叩きつけた。彼女の華奢な体は、簡単に吹き飛ばされる。後衛のあさひがそれを受け止める。
    「っ、danke……じゃなかった、ありがとう」
    「どういたしまして、だよ!」
     朝日の回復を受けたメルは、槍で螺旋を描いて鬼に捻じ込む。どろりとした、何色ともつかない血がこぼれた。それでも鬼にはそれほど効いてはいないようだ。痛みが薄いのか、それとも元々感じていないのか、表情に苦痛の色はない。むしろ獲物を貪る愉悦で、にたにたと気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
     月光が角を照らし、不気味な光を放つ。肌を伝う汗は、暑さだけによるものではなかった。

    ●鬼退治
     夜の紺色を切り裂く光。イーニアスの手から光が放たれ、メルの体を包んだ。
    「主よ、癒しの御力をお貸しください」
     光によって傷が癒され、悪寒を拭い去る。祈りをささげるイーニアスの姿には荘厳さがあった。子供とはいえ、あるいは子供だからこそ、かもしれない。
    「こっちも受けてみる?」
     マスク越しのくぐもった声。飛鳥だ。手元から伸びた剣は一瞬、龍のように姿を変えて身にまとう加護ごと鬼を切り裂く。そこで初めて、鬼の苦悶が聞こえた。ダメージは確実に蓄積しているようだ。
     対して、灼滅者側は回復役を二人置くことで安定した布陣になっている。その分、時間はかかるが、堅実に戦える。
     再び、鬼の腕は巨大化する。美都子はそれを軽やかな動きで回避した。
    「おっと。何度も同じ手は食いませんよ」
     邪気のない笑みが、少しだけ深くなった。同時に彼女の鬼の右腕が渾身のアッパーカットをぶちかます。轟音と衝撃が大地を揺らした。
    「みなさん、知っていますか。本当に怖い鬼のことを」
     いえ、実家の両親ですが。そう冗談っぽく笑って司は槍を振るう。槍の動きは緩やかに大気を動かし、加速し、そして風の刃となって鬼の体に迫る。鬼は避けようとするが、風は捉えどころがなく、そのあとを追いかける。
    「もー、あんまり手こずらせないでほしいな」
     銀のオーラがメルの拳に集まり、蒼く輝きを増す。フットワークを利用して背後に回り込み、連打を叩きこんだ。一撃を入れるたびに、肉のつぶれる感触があった。
    『うああっ!!』
     けれど、鬼もやられてばかりではない。メルの頭を鷲掴みにする。そして開いた方の手で金棒を大きく振り挙げる。瞬間、ポンパドールが割って入った。その身で金棒を受け止める。
    「おれを忘れんなって。こっち見やがれ!」
     光の盾でぶん殴り、再度注意を引く。受けた傷は、すかさずあさひが回復した。
     バステトの人指し指が鬼に向けられる。不敵に笑い、彼女は言った。
    「たーげっとろっく、じゃな」
     途端、指先から圧縮された魔力の矢が放たれ、鬼の銅を貫く。矢は瞬時に破裂し、体内で魔力を炸裂させた。当たり所がよかったのか、鬼の巨体も大きく揺らぐ。
    『ぐ、おおおおっ!!』
     金棒が地面を叩き、衝撃が灼滅者達から足元の自由を奪う。
     全身に傷を刻みながらも、鬼はまだ倒れる様子を見せない。回復役がいるとはいえ、灼滅者達も余裕はない。優勢ではあるが、一瞬の油断が命取りになる。気を引き締めながら、鬼を追い詰めていく。

    ●月光
     鬼の金棒が振るわれれば、その何倍もの手数が反撃を返す。一撃一撃は強力だったが、防御と回復が連携して防ぎきる。灼滅者達は勝利を手にしつつあった。
     鞭剣が炎を帯び、焼け跡を残す。さらに槍が螺旋を描き、そこに斬撃を重ねる者がいて。大鎌が閃き、光の盾が、日本刀が、鬼の膝を折った。
     もう回復も不要と判断したあさひは攻撃に転じる。それにイーニアスも続く。
    「響け、ボクのミュージック!」
     ギターをかき鳴らしたかと思えば、次の瞬間は逆さに持ち、鬼の顔面にこれでもかと打ちつける。
    「あとお願い!」
    「お願いされたよ。腕一本と言わず、命ごともらおうか」
     イーニアスの命に従い、周囲に浮かんでいた光輪が鬼に迫る。首を、腕を、足を、全身を切り刻む。断末魔を上げる間もなく、鬼の体は夜闇に溶けて消えた。

     眷属の撃破を確認した灼滅者達は、後片付けをしてから帰路に就いた。
    「鬼を使役してるのは羅刹だと思うんだけどなぁ……」
     何か情報が得られないか思案していたメルだが、やがて諦めた。何かを探すにしても、明るいときの方がいいかもしれない。
     鬼の出現、そして、バベルの鎖が見せた予兆には引っかかるものがあったようだ。
    「なんで今、鬼が出たんだろう。ちょっと気になるね」
     辺りを見渡して、あさひも首をかしげる。まさか、夏は怪談の季節だから、ということもあるまいし。はぐれ眷属でなければ、裏にダークネスがいると考えるのも必然といえば必然である。
    「えぇっと……あなたのおかげで助かりました」
    「いえ、綺麗な女性を守るのは当然ですから。礼には及びません」
     美都子が頭を下げると、司は歯の浮く台詞で返す。本気でそう言うあたり、彼の天然ぶりがうかがえる。けれど、美都子が名前をど忘れしているのには気付いていない様子。
    「鬼退治っていうとカッコイイけど……眠いね。ふわぁ」
     と欠伸をするイーニアス。彼の言う通り、そろそろ小学生は寝る時間である。早く戻って体を休めるのが吉だろう。
    「いやぁ、それにしても暑かったな。そして熱い戦いだったね!」
    「ぬしの場合は装甲服のせいもあると思うがの」
     いい汗かいた、という顔をする飛鳥に、バステトが突っ込みを入れる。厚着すぎるのも薄着すぎるのも……というところだろうか。
    「よっし、帰ろうぜ。腹減ったし」
     陽気に笑い、先頭を歩くポンパドール。みんなもそれに続く。
     今回の事件に陰謀が隠されているかどうかは分からない。それでも一般人を守り、みんな無事に勝つことができたことは確かな収穫だったろう。
     紺色の空に、八分の月がきらりと輝いていた。

    作者:灰紫黄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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