悪の秘密王国、始動

    作者:海あゆめ

     北海道の帯広市に、ドイツをモチーフにしたグリュック王国というテーマパークが存在した。
     現在、運営はされておらず、敷地内には建物などがそのまま放置され、廃墟のようになっている。
     関係者以外立ち入り禁止。普段は人気もなく静まり返っているその場所で、何やら不穏な動きが……。
     
    「お前達は西へ、お前達は東よ! さあ、イキなさい!」
     巨大なマリモや屈強なドイツ人男性達に号令を飛ばす、阿寒湖のご当地怪人、レディ・マリリンの姿があった。
    「フフフッ、そう、全ては、ゲルマンシャーク様のために……!」
     レディ・マリリンの振るった鞭が、ひび割れた石畳の地面をピシャリと打った。
     

    「お待たせ~、あれからいろいろ調べてみたんだけどね……」
    「何か分かったの……?」
     資料のノートやら、筒に丸めた地図やらを両手に抱えて空き教室に入ってきた、斑目・スイ子(高校生エクスブレイン・dn0062)に、深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)は小首を傾げてみせた。
     スイ子は、ちょっと待ってね、と、ややマイペース気味に資料のノートを捲り始める。
    「あのね、るるいえの読み通りだったよ。あの後、レディ・マリリンはゲルマンシャーク様の石像を運んで拠点を構えてるみたいだね~」
     言いながら、スイ子は広げた地図の上を指し示す。
     そこは、北海道の帯広市だった。
    「ここにね、ドイツをモチーフにしたテーマパークがあったんだって」
    「……あった?」
    「うん、今は廃墟みたいになってるみたい。そこに、ゲルマンシャーク様の石像を持ってどっか行っちゃってたレディ・マリリンがいるっぽいんだけど……」
     妙に歯切れの悪い言い方。首を捻りながら、スイ子は難しそうな顔をする。
    「んと……ごめんね、じつは中の詳しい様子は分からなかったの。で、今回、みんなにはこの場所の調査に向かって欲しいの」
     言って、スイ子は集まった灼滅者達にぺこりとお辞儀をしてみせる。
    「今回、重要なのは、この拠点の中がどんな状態なのか、情報を学園に持ち帰ることだよ。無理して戦ったりはしないでね? もしかしたら、すごく危険な事が待ってるかもしれないし……とにかく、少しでも危険だと思ったら、すぐ逃げて! お願い、約束だよ?」
     顔を上げたスイ子が、右手の小指を差し出した。
     
     第2回ご当地怪人選手権において、一時的にとはいえ、あれだけの数の灼滅者達が闇堕ちしてしまうという謎のご当地パワーに包まれていた前例もある。まさに、ゲルマンシャークの力は規格外なのだろう。何が起こるか分からない。現地の調査には充分な警戒が必要だろう。
     
     託された僅かな情報を元に、灼滅者達は動き出す……。


    参加者
    穂邑・悠(火武人・d00038)
    アナスタシア・ケレンスキー(チェレステの瞳・d00044)
    霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946)
    領史・洵哉(一陽来復・d02690)
    四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)
    川原・咲夜(不響す運命の輪音・d04950)
    一・威司(鉛時雨・d08891)
    深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)

    ■リプレイ


     立ち入り禁止の入り口を越え、灼滅者達はグリュック王国の敷地内への潜入を開始した。
     舗装された地面を押し上げて伸びる雑草の中を進んでいくと、ドイツ風の建物が目に入ってくる。
     前を行く、蛇に姿を変えた、アナスタシア・ケレンスキー(チェレステの瞳・d00044)の尻尾が上下に揺れた。巡回の敵を見つけたサインだ。灼滅者達は足を止め、物陰に身を潜める。
    「……いますね」
    「ああ、結構いるな」
     大きめのミリタリー服の襟元を寄せ、目深に被ったゴーグル越しに望遠鏡を覗く、霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946)に、穂邑・悠(火武人・d00038)は頷きながら、ゆっくりと広く視線を動かした。
     一見すると、ここはただの廃墟のようにも思えた。だが、敷地内には、阿寒湖のご当地怪人、レディ・マリリンの配下らしい者達がうろつき回り、何とも言えない雰囲気が漂っている。
     それに、辺りを包む異様な空気を、灼滅者達は感じていた。どこか、恐ろしい気配。ゲルマンシャークの力のせいなのだろうか。
     息の詰まるような重苦しいそれを振り払うように頭を振って、領史・洵哉(一陽来復・d02690)は地図を描き込んだ方眼紙をそっと広げる。
    「……やっぱり元のビュッケブルグ城跡が怪しいような気がしますね」
     一際目立つ大きな城が、見るからに怪しい。
    「それなら、現在位置は此処だから……あそこを右だよ」
     迷うことなく、四月一日・いろは(剣豪将軍・d03805)が、少し先にある建物を指差した。
     幸い、敷地内にある建物などは閉鎖される前のままだった。何かが増設されていたり、移動していたりなどの様子もない。事前に調べておいた閉鎖前の敷地内の地図も役に立ちそうではあったが、敵に見つからずに詳しく調査する事は難しそうだった。
    「駄目ですね。上から見ても、こっそりは近づけそうにありません」
     箒に跨り、上空から様子を窺っていた、川原・咲夜(不響す運命の輪音・d04950)が降りてきて、困ったように眉を寄せて首を横に振る。どうやら、城までの道は配下達が厳重に見回っているようだ。
    「そうか……だが、これでほぼ確定だな」
     呟きながら、一・威司(鉛時雨・d08891)は望遠鏡を覗き込む。
     ここが閉鎖される前はホテルとしても利用されていた、ビュッケブルグ城を再現した大きな建物。おそらく、ゲルマンシャークは、あそこにいるのだろう。
    「……突破してみる?」
     城の外観をデジタルカメラでこっそり写しつつ、深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564) は首を傾げた。その問いに、皆も迷ったように唸る。
     確かに、もう少し詰めて調査を行いたいところではあるのだが……。
    『どうしたお前達』
     と、その時、後ろから、何者かに突然声を掛けられた。ドイツ語。レディ・マリリンの配下に違いない。咄嗟に、威司がドイツ語で対応する。
    『あ、ああ、すまない。俺達はここに配属されたばかりなんだ。どこの警備につけばいい?』
    『何だ、そうだったか。ええと、そうだな……』
     ドイツ語での対応のおかげか、何とか上手く誤魔化せた。
    『待ってろ、今、手薄なところを確認する……』
     男は携帯電話を取り出し、操作し始める。
    『……どこに掛けてるんだ?』
    『どこって、決まっているだろう。レディ・マリリン様のところだ』
     一転、まずい状況になった。こうなってしまっては、こちらの正体が暴かれるのも時間の問題だ。
     灼滅者達は、決断する。
    「……っ、ちょっと大人しくしててよね!」
     男の背後に素早く回ったアナスタシアが、蛇変身を解き、シールドを構えたままの格好で思いっきり身を当てた。
     ぎゃっ、と短い悲鳴を上げて、男はその場に倒れ込む。ここは一度、この場を離れて立て直した方が良さそうだ。
     灼滅者達は来た道を戻るようにして走り出す。
     古びた外壁の建物の影から、長く伸びた雑草の中へ。身を隠しながら走っていると、突然、前方の茂みがガサリと揺れた。
     反射的に立ち止まると、クスクスと可笑しそうな笑い声が響く。
    「フフフッ、どこへ行こうというの? 可愛い可愛い新入り達?」
     パシリと乾いた鞭の音。艶やかに彩られた唇が凶悪な笑みを作る。
     阿寒湖のご当地怪人、レディ・マリリンが、灼滅者達の前に現れた。


     先ほどの配下からの電話を元にここまで追ってきたのだろう。レディ・マリリンは、笑みを作ったまま灼滅者達を見回した。
    「これだけの人数で……フフッ、その勇気だけは認めてアゲルわ」
    「レディマリリン……」
     にやりと笑って言ったレディ・マリリンを、るるいえはじっと見据える。
    「……サリーとクックの敵は取らせてもらう?」
    「アナタはまた、ワケの分からないことを……フフッ」
     変わらずの余裕の笑み。対する灼滅者達は図らずとも身構えてしまう。
     レディ・マリリンから伝わってくる力が、自分達とは桁違いなのだ。きっと、ここにいる全員が束になって戦いを挑んでも、勝ち目はない。そう、分かってしまうほど、その差は圧倒的だった。
    「まあ、色んな秘密とかを洗いざらいさらけ出して貰いたい所ですけど」
     箒を片手に、咲夜は、一歩、二歩と後退る。
    「残念ですが、今日は貴女と戦うつもりはありません。決着はまたいずれ……」
     剣の切っ先をレディ・マリリンへと向けつつ、竜姫は相棒のライドキャリバーを傍らへと呼び寄せる。
     グリュック王国の敷地内は、外見だけならまだ何の変わりもない事。ゲルマンシャークの石像がいるであろう場所。見張りの配下の数。改めて対峙した、レディ・マリリンの力の強大さ。それなりの収穫はあった。後は、何としてもここから脱出しなければ……!
    「みんな! 逃げて!!」
     何かを決心したように、アナスタシアは皆を背に庇い、レディ・マリリンの前に立ちはだかる。
    「な、何を……?」
     言いかけて、洵哉は気がついた。彼女の意図に。アナスタシアの纏うオーラが、徐々に深い影を落としていく。
    「……ここは、アナが食い止めるよ! だから……っぐ、う……!」
    「…………すみません」
     悲痛な面持ちで、洵哉は小さく頭を下げた。
     アナスタシアは、今から闇にその身を委ねる。ここから脱出できる可能性があるとするなら、今はそれを頼る他ないだろう。
    「皆こっちだよ! 目印を置いといたんだ。帰るまでが……だからね……!」
     いろはが皆を誘導する。
     アナスタシアを一人残し、灼滅者達は駆け出した。
    「ウフフ、逃がさないわよ……お前達!」
     レディ・マリリンの呼び声に応えるよう、辺りの茂みから巨大なマリモが次々と現れ、灼滅者達の後を追ってくる。
    「来いよ、俺の炎!」
     駆けながら、悠は燃え盛る炎のような斬艦刀を引き抜き、振り向きざまに巨大マリモを薙ぎ払った。
     不幸中の幸いか、追っ手の戦闘能力はそれほど高くない。大丈夫だ。このまま、逃げ切れる。誰もがそう思った矢先だった。
    「きゃああぁぁぁっ!!!」
     アナスタシアの、絹を裂くような悲鳴が上がった。
    「……っ、行くぞ! この機会を無駄にするな!」
    「っ!? おい!!」
     威司の促しを制するように、後ろを振り返っていた悠が声を上げた。
    「何か変だ! 様子が、おかしい……!」
     見開かれた悠の視線の先。アナスタシアが、苦しげにガクガクと身を震わせている。闇堕ちの影響なのか。いや、何かが違う。何か、もっと、別の恐ろしい何かが、彼女の体を蝕んでいる……そんな風に見えた。


    「あっ、ぐぅ……うっ、あぁぁっ……!」
    「フフ、気分はどう?」
     苦しみ、悶えるアナスタシアをそっと抱きしめて、レディ・マリリンは囁いた。抗うように、アナスタシアは頭をふるふると横に振ってみせる。
    「だめ……い、いや……っ、何、これ……っ、入ってくる、の……み、みんな、だめ……逃げ……!」
    「さあ、委ねなさい。そうすれば、楽になるわ」
    「ううぅっ……う、あぁぁぁっ!? ゲ、ゲルマンシャーク、様ぁ……」
    「そう、イイ子ね」
     膝が抜けてしまったように脱力するアナスタシアを優しく支えたレディ・マリリンは、彼女を逃げていく灼滅者達の方へと向け、立たせてやる。
    「最初のお仕事よ……あの者達を捕らえなさい! ゲルマンシャーク様のために!!」
    「……ゲルマンシャーク様のために!」
     にっ、と釣り上がった口元に、凶悪な笑みが浮かぶ。引き絞られた矢の如く、アナスタシアは灼滅者達へと向かって踏み切った。
    「う、嘘だろ……!? なんで、お前が……がっ、あっ!!」
     瞬く間に追いついてきたアナスタシアの、突き出した拳が悠の体の真芯を捕らえる。
    「しっかりしろ! どうなってる!? どうして、こんなことに……ぐっ!」
     その場に倒れ込んだ悠を回復させようと一瞬立ち止まった威司にも、容赦のない一撃が打ち込まれた。
    「な、なに……? なんで……どうして……?」
    「考えるのは後だ! 今は逃げなきゃ!!」
     振り返りながら走るるるいえの手を引いて、いろはは来た道に置いてきた目印を頼りに、ただひたすらに駆け抜けていく。
    「……バラバラになって逃げた方が良いかもしれませんね。危険かもしれませんけど……」
    「いえ、皆そろって捕まってしまうよりマシだと思います!」
     洵哉の言葉に大きく頷いて、咲夜は箒に乗って飛び上がった。
    「殿は任せて下さい! 誰か一人でも学園に帰って早くこのことを知らせないと……!」
     颯爽とライドキャリバーに跨った竜姫が、後ろにつく。
     何が起こっているのか、分からない。まさか、闇堕ちした仲間から襲われる事になろうとは、誰も、想像すらしていなかった……。


     このまま、逃げ切ることが出来れば。全速力で箒を飛ばしながら、咲夜はこの後何をすべきかを考えていた。
     まずは学園に報告。合流できる仲間達を探して、それから、取り残された仲間達の救出の要請も……。
    「どうして、こんな事に……」
     分かった事も色々あったが、分からないことも多かった。悔しそうに、咲夜は奥歯を、ぎり、と噛み締める。
     速度を保ち、そのまましばらく進んでいると、ようやく敷地外の道路が見えてきた。
    「よし、このまま突っ切って……え……っ?」
     ふと、体に異変を感じた。一瞬、突き刺さるような痛みが体に走る。恐る恐る触れてみると、腹の辺りが、硬く凍りついていた。
    「これ、は……うぅっ!」
     ピキピキと音を立てて、だんだんと凍りついていく体。耐え切れなくなって、箒に跨っていた咲夜は力なく地上へと落ちていく。
    「あ、あなたは……ど、どうして……?」
     地面に倒れ込んだまま、咲夜はそこにいた人物を見上げる。
     そこには、冷たい表情を落とした威司がいた。
    「……全ては、ゲルマンシャーク様のため……お前も、堕ちろ……」
    「な、何を言って……うぅっ!? うあっ! うああぁぁぁっ!!!」
     咲夜の絶叫が、響き渡る。

    「……っ! また、誰かが……?」
     どこからか聞こえてきた悲鳴に、洵哉は表情を強張らせた。
     やはり、皆でまとまって逃げた方が良かったのか。いや、全員で挑んでも勝ち目の薄い相手から逃げるのなら、これが最善だった。
     今さら迷うな、と自分に言い聞かせて、洵哉は走り続けた。自分を含め、各々、覚悟は出来ていたはずだ。何が起こるか分からない。そう、聞かされていたのだから。
     だからこそ、何があっても進まなければならない。迷っている暇などないのだ。
    「待っていて下さい……必ず、助けます……だから、今は……っ、なっ!? 」
     突然、後方から爆音が響いて、洵哉は反射的に身を翻し、構えた。
     見えたのは、激しく襲い掛かってくる紅蓮の炎。
    「……っ!? どうしてですか? 一体、何が……」
     洵哉は自らの目を疑った。
    「どうして? 何が? 決まっている」
     炎の中から姿を現した悠が、自分に巨大な斬艦刀を向けている。上手く状況を飲み込めずに絶句している洵哉に、悠は非情に言い捨てる。
    「ゲルマンシャーク様のため……」
    「ど、どうしてそんな……っ!? うぐっ!! うう、ああぁっ!!」
     負った傷から、何かが侵入してくるような不快感。苦しみに苛まれながら、洵哉はその意識を手放した……。

    「皆、逃げ切れたでしょうか……?」
     ライドキャリバーに跨った竜姫は、風を切りつつ、ちらりと後ろに目をやった。後ろからは、巨大マリモ達と、闇堕ちしたアナスタシアが追ってきている。
     ここまで逃げるのに、道を蛇行したり方向を変えたりして走ってきたので、今自分が敷地内のどこにいるのかはよく分からなかった。
    「……もう少しだけ、粘ってみましょうか!」
     エンジンを奮い立たせる。竜姫の決意は固まりつつあった。自分が逃げ切るのは、もう不可能に近いだろう。なら、仲間達を逃がすため、出来るだけ時間を稼ぐ事。そう、決心して、竜姫はライドキャリバーを走らせる。
     スピードを保ち、鋭く切り返す。追っ手に向かっていく格好になった竜姫は、騎乗したまま片手にサイキックソードを構えた。
    「これ以上、皆の事は、追わせません!」
     抜きざまに、巨大マリモを両断する。確かな手応え。竜姫はすぐに剣の構えを直し、次に備える。
    「……ゲルマンシャーク様のため!!」
     突っ切ってくる竜姫の前に、アナスタシアが立ちはだかった。
    「……っ、お願いです! 目を覚まして下さい!!」
     迷いを振り払うように、竜姫はそのままライドキャリバーごと飛び込んだ。
     激しく響く衝撃。竜姫の体は、いとも軽く空中へと投げ出されてしまう。
    「う、うぅ……」
    「…………」
     地面に突っ伏し、小さく呻き声を漏らす竜姫に、アナスタシアは剣を振り下ろす。
    「ああっ!! う、ぐ……うっ!? うあっ、うあああぁぁっ!?」
     一瞬の苦痛から、何かに蝕まれる苦しみへ。竜姫の高い悲鳴が、空を突き抜けた。


     あと少し。あの柵を越えれば、グリュック王国の外に出られる。
    「見えてきたよ!」
    「うん!」
     いろはと、るるいえの二人は、必死に走ってようやくここまで辿り着いた。他の仲間達はどうなっただろう。分からない。ただ、今は、ここから逃げ切る事が先決だ。
    「早く……早く学園にこの事を知らせなきゃ……!」
    「うん……! っ、後ろから、何か来る!!」
     後方から、激しいエンジン音が聞こえてきた。これは、竜姫のライドキャリバーだ! そう気がついた走っている二人の顔に、安堵の表情が浮かぶ。殿を守っていた彼女が無事なら、皆逃げ切れた可能性が高い。
     間もなくして、横を抜けていったライドキャリバーの影。それに跨った竜姫が、二人の目の前に回り込む。
    「良かった。無事だったんだね」
    「…………」
    「……? どうしたの?」
     ほっとしたように声を掛けたいろはに、何も言わない竜姫。不思議に思い、るるいえは首を傾げつつ竜姫に近づき、その顔を覗き込んだ。
    「…………逃がさない」
    「……っ! いけない! 離れて!!」
    「えっ……あっ、ぐぅっ!!」
     異変を察知したいろはの忠告は、少しだけ遅かった。竜姫はライドキャリバーに跨ったまま、片手でるるいえの首筋を捕まえ、持ち上げる。
    「なっ……なん、で……?」
    「フフフッ、その質問にはこのワタクシが答えてアゲルわ」
     崩れかけたアスファルトの上に響くハイヒールの音。手の中で鞭の先を弄びながら、わざとらしく姿を現したレディ・マリリンが、ゆっくりとるるいえに近づいていく。
    「この王国にはね、とっても良質なゲルマンパワーが満ち満ちているの。ほぉら、よくご覧なさいな。新しく王国の民になったアナタ達の仲間も、とっても素敵になったのよ?」
    「新しい、民……? ま、まさか……!」
     必死に抗いつつ、るるいえは目を凝らした。
     レディ・マリリンの側に控えている人影……アナスタシアに、威司に、悠……それに、咲夜や洵哉まで……!
    「ど……して……?」
     そして、自分を押さえつけている竜姫。よく見ると、何か雰囲気が違った。彼女だけではない。レディ・マリリンに従っている仲間達は皆、この王国に溶け込んでいるように見えるというか……そう、闇堕ちの状態はともかく、どこかドイツ的な要素が増えているのだ。
    「フフフ、素敵でしょう? この王国のゲルマンパワーと、ゲルマンシャーク様のお力があれば、この程度、造作もない事なのよ? 心配しないで……時期にアナタもこうなれるわ!」
    「うあっ!」
     いきなり激しく鞭で叩かれて、るるいえは短く悲鳴を上げた。じわりと広がっていく痛みと共に、そこから、何か強大な力が流れ込んでくる。これが、レディ・マリリンの言うゲルマンパワーなのだろうか……。
    「逃げ、て……」
     最後の理性を振り絞って、るるいえは小さく呟いた。
    「大丈夫、分かってる!」
     その声に返事を返すよりも早く、いろはは駆け出していた。
     王国の敷地の外はもうすぐそこだ。レディ・マリリンや闇堕ちした仲間達がそれに追いつくその前に、いろはは王国を仕切る柵を越えることに成功した。
     レディ・マリリンは、王国内にゲルマンパワーが満ちていると言っていた。おそらく、このグリュック王国の外側にはその力は及ばないのだろう。
    「……っ、はぁ、はぁ……」
     いろははグリュック王国を振り返った。
     もう、誰も追ってはこない。立ち止まり、激しく上下する肩を鎮めるよう、呼吸を整える。
    「伝えなきゃ……学園に……皆、少しだけ待ってて……!」
     そうして再び、いろはは走り出す。
     この不測の事態を武蔵坂学園に知らせる、その為に……!

    作者:海あゆめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:穂邑・悠(火武人・d00038) アナスタシア・ケレンスキー(チェレステの瞳・d00044) 霧島・竜姫(ダイバードラゴン・d00946) 領史・洵哉(和気致祥・d02690) 川原・咲夜(吊されるべき占い師・d04950) 一・威司(鉛時雨・d08891) 深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564) 
    種類:
    公開:2013年7月4日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 100/感動した 6/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 15
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