鬼が来りて戸を叩く

    作者:草薙戒音

     ドンドンドン! 何かを叩く音が聞こえた。
    「なに、こんな時間に」
     時刻は既に丑三つ時、こんな時間になんだというのか。
     眠い目をこすりながら起き上った女の耳に、再びドンドンドン、という音が響く。
     ドンドン、ドンドンドン――!
     音は大きく、激しくなっていく。
     それが玄関を叩く音だと気付き、女は大きなため息をついた。
    (「ああもう、またお義父さんだわ。ちゃんと鍵を持っていくようにいつも言ってるのに」)
     襖を開けて部屋を出て、古い日本家屋の廊下を歩く。
    「お義父さん、鍵を持って行ってくださいっ何度言ったら……」
     言いながら引き戸の玄関を開けた女の表情が凍りつく。

     そこにいたのは、鬼だった。

     青い巨躯に、角が生えている。
     片手に持った巨大な鎚から、紅いものが滴っている。
     もう片方の手がつかんでいるのは……人間の……。

    「ひっ……!」
     女の口から声にならない声が漏れた。
     叫びたいのに声が出ない。
     逃げ出したいのに、体が動かない。指一本すら、動かせない。
     己の運命を悟った女の顔が恐怖に歪む。
     鬼は女を見下ろして――鎚を無造作に振り下ろした。
     
    「『鬼』がとある家を襲う」
     集まった灼滅者たちを前に、一之瀬・巽(高校生エクスブレイン・dn0038)が口を開いた。
    「その家は小さな集落の外れにある。『鬼』は道中で人を殺めながらその家に向かう」
     説明する巽の口調はひどく淡々としている。
    「この『鬼』を灼滅してほしい」
     そこで言葉を切り、巽は小さく息を吐いた。
    「皆が鬼と接触できるのは鬼が家の戸を叩いた後、家人である女性がその扉を開けた後だ。それ以前だと鬼が標的を変えたり集落の中に出ていく可能性がある」
     そうなれば、鬼の行動は全く読めなくなってしまう。惨事はより多く、より大きくなってしまうだろう。
    「だから、道中で殺される人を救うことはできない」
     その目を僅かに伏せて、巽は告げた。
    「戸を開ける女性のほうは……どうだろう、正直、わからない。戸が開いてから彼女が襲われるまで、ほんの少しだけれど間があるから……」
     やりようによっては助かるかもしれない、ということだろうか。
     救うのならば殺されるのを防いだ後、あまりのことに動けなくなっている彼女をどう守るか、あるいはどう逃がすかも考えておくべきだろう。
     守ることや逃がすことに人手を割けば、その分鬼との戦いは苦しくなる。
    「とにかく――この『鬼』を灼滅してほしい。被害を最小限にとどめるために」
     改めてそう言って、巽は『鬼』に関する説明を始めた。
    「『鬼』は日本の昔話に出てくる『青鬼』のような姿をしている。何が理由かはわからないが並みの眷属や都市伝説よりはるかに強くてダークネスに準じるような力を持っている」
     戦いになれば神薙使いに良く似た力やロケットハンマーに近い技を使ってくるらしい。
    「幸い、鬼は1体のみ。強いけれど勝てない相手じゃないはずだ」
     そこまで言うと、巽はほんの少しの間黙り込む。
    「……救える命なら救ったほうがいいに決まってる。でもそれで鬼を取り逃がせば被害は拡大する。第一は鬼の灼滅、それだけは忘れないでくれ」
     無事の帰還を――最後に一言そう言うと、巽は能力者たちを送り出した。


    参加者
    藤堂・朱美(冥土送りの奉仕者・d03640)
    ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)
    六花・紫苑(アスターニックス・d05454)
    木嶋・央(黄昏の護り手・d11342)
    來栖・識(虚妄アイデンティティ・d13756)
    安綱・切丸(天下五剣・d14173)
    風宮・大牙(英雄に憧れる少年・d16112)
    雨崎・弘務(常夜の従僕・d16874)

    ■リプレイ


    (「うー、眠い」)
     ごしごしと目を擦り、六花・紫苑(アスターニックス・d05454)は出そうになった欠伸をかみ殺した。
    (「でもちゃんと起きてて女の人お助けしないとー」)
     ぺちん、と紫苑が自分の頬を叩く音が、静寂の中にやけに大きく響く。
     もともと小さな集落の更にその外れという立地もあるのだろう、「草木も眠る丑三つ時」というその言葉通り、あたりは静まりかえっていた。
    「誰かが助けを呼んでいる……なら、それを救ってこそ英雄(ヒーロー)だろうがっ!」
     現場に到着した際、内に秘めた熱い思いそのままにそう言い切った風宮・大牙(英雄に憧れる少年・d16112)も、殲滅道具を解放した後は滾る心を抑え『鬼』の姿が現れるのを待っている。
    (「昔話や伝承などでお目にかかった『鬼』がよもや現実に現れるとは……」)
     脳裏に昔話の鬼の姿を思い浮かべ、ミルフィ・ラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・d03802)は兎の牙と名付けられた日本刀を握りしめた。
     この場所に現れるのは鎚を持った巨躯の青鬼なのだという。
     鬼が何故現れたのか。
     鬼が何故こんなことをしているのか。
     藤堂・朱美(冥土送りの奉仕者・d03640)や木嶋・央(黄昏の護り手・d11342)の胸の内に、そんな疑問が浮かんでは消える。
    「助けられる命があるならば、できる限り助けたいよね」
     ふと呟いた來栖・識(虚妄アイデンティティ・d13756)に、仲間たちが頷く。
     と、その時。何かを引きずるような音が灼滅者たちの耳に届いた。
     ズル……ズルル……音はだんだん大きくなっていく。灼滅者たちの纏う空気が、より一層緊迫したものとなる。
     雨崎・弘務(常夜の従僕・d16874)の殺界形成の効果がある。事件に無関係な一般人がたまたまこの一帯に入り込んだ、とは思い難い。
     息を潜めて音のする方向へと視線を凝らす灼滅者たち。闇から現れた「鬼」の姿が門灯の灯りによって鮮明になると、彼らは思わず息を飲んだ。
     鎚を持った巨躯の青鬼――話に聞いてはいたから、それ自体に驚くことはなかった。
     ただ、その肩に担ぎあげられた鎚から滴る赤い血は鮮やかすぎた。
     そして何より、鬼がその手に持ってズルズルと引き摺っているもの……それは、初老の男だった。とうに事切れてしまったのだろう、乱暴に引きずられているにもかかわらず男はピクリとも動かない。
     止めることのできなかった惨劇に、安綱・切丸(天下五剣・d14173)は僅かに眉を寄せた。
    (「まさか鬼を斬る事になるとはな」)
     確かに鬼を斬ってみたいと思っていた。だがしかし。
    (「この状況で喜べる神経あるわけねエだろ……」)
     無意識に力を込めた掌に平安後期に制作されたという日本刀の柄の感触が妙にはっきりと伝わってくる。
     止めれば被害が拡大するからと、見殺しにするしかなかった命。しかし、それを悼み悔やむよりもまずやるべきことが彼らにはあった。
    (「今は女性を助ける事だけを考えよう」)
     央の思いは、他の仲間全員の思いでもある。
     ドンドンドンドン!!
     門灯のある扉の前で立ち止まり、鬼がその戸を叩き始める。
     ガラリ、と少しだけ重い音を立て、その扉が開いた瞬間――彼らは一斉に物陰から飛び出した。


     扉を開けた女性の顔が恐怖に歪む。
     鬼が鎚を振り上げる。
     時間にしてみればほんの数秒の一連の出来事が、まるでスローモーションのように感じられるのは何故なのか……。
    「これ以上、俺の前で人を殺させてたまるか!」
     鬼が鎚を振り下ろす寸前、央が女性と鬼の僅かな隙間に滑り込む。
     央とほとんど同時に駆け込んできた切丸に横っ面を思い切り殴り飛ばされ――おそらくは不意を食らったせいだろう――鬼は鎚を振り上げたまま数歩よろめいた。
     女性を庇う央と鬼との間にできたスペースを見逃さず、朱美がそこに飛び込む。
     識も朱美に続き、大牙やミルフィ、雨崎・弘務(常夜の従僕・d16874)や紫苑が鬼を半円状に取り囲む。
    「てめぇの相手は、このオレだぜ?」
     言うなり、鬼にシールドバッシュを見舞う大牙。
    『ガアアァァ!』
     鬼が吠え、その瞳が大牙に向けられる。
    「鬼さんこちら、手のなるほうへ……ですわ……♪」
     すかさず大牙の近くに移動し、ミルフィが神秘的な声で歌う。
    「おーにさーんこーちら、てーのなーるほーうえー。そんなに暴れたいならおれたちがお相手するよー」
     2人の少し後方で、紫苑がパチパチと手を鳴らす。
     完全に女性から意識が離れたのだろう、鬼が大牙へと向き直る。
    「さ、今の内に、女性の方を安全な所へ……!」
     ミルフィの言葉に頷いて、央が固まったままの女性を半ば無理矢理抱え上げる。
     その時、鬼の手が死体から離れているのに気付た紫苑が紫苑が声を上げた。
    「こーげき来るよー、気を付けてー」
     死体を掴んでいた鬼の腕がみるみる巨大化し、大牙目掛けて振り下ろされる。
    「くっ」
     ズシン、と体の芯まで響く衝撃に、大牙が小さな呻き声を上げる。背中を伝う嫌な汗を感じながらも、大牙はニヤリと不敵に笑った。
     彼には、央が女性の身を確保し屋内へと消えていくのが見えていた。
     だから笑う――女性を鬼から引き離すことには成功したのだから。
    「んじゃ、鬼退治といこうぜ?」

     廊下を移動し適当な部屋の襖を開ける。
     女性を部屋に押し込めると、彼女はへなへなとその場にへたり込んだ。
    「いいか、ここから出てくるなよ」
     女性の両肩を掴み言い聞かせる――が。
    「あ……ああ……」
     呟きと共に、央の腕に一気に重みがのしかかる。理解の範疇を超える事態に意識が限界を迎えたのだろう、彼女は気を失っていた。
     央は彼女を寝かせると立ち上がり、仲間と合流すべく玄関へと急ぐ。


    「これ以上はやらせないんだからねっ」
     魔法少女を思わせる可愛らしい杖の先に自らの炎を宿し、朱美が鬼に殴り掛かる。
    「燃えちゃえ!」
     その言葉通り炎が鬼の体を這い、その身を包む。
    (「きっちり倒して助けられる人だけでも助けないと!」)
     鬼の懐に飛び込んだ切丸の視界の隅に、打ち捨てられた骸が映りこんだ。
     彼はギリ、ときつく歯を食いしばるとその拳に闘気の雷を宿らせた。両足で力いっぱい飛び上がり、その拳で鬼の顎に思い切りアッパーカットをさく裂させる。
    (「鬼退治……ていうと桃太郎みたいだよね。お供の動物はいないけどさ」)
     もっとも、現実の鬼退治は昔話みたいに簡単にはいかないだろうけどさ――すぅと目を細めた識の足元から影が伸び、鬼を飲み込む。
     弘務が高速で操る鋼糸が鬼の皮膚を裂くと同時――鬼の体を覆う炎が勢いを増した。彼のビハインドが放った霊障波が、鬼の体に毒を注ぎ込む。
    (「拙者の力が仲間の助けになれば」)
     戦闘においても弘務の「奉公」の心は健在、鬼が逃げ出す素振りを見せようものならすぐさま動けるようにと弘務は鬼の一挙手一投足に注意を払う。
    「痛いの痛いの飛んでけー」
     紫苑の間延びした言葉と共に、小さく分裂した光輪が大牙のもとへと飛んでいく。
    「おれ、鬼、きらーい」
     無表情に棒読みで言い切る紫苑の言動は傍から見ればやる気がまったくないようにも見える。しかしこれでも彼は回復役として仲間の状態と鬼の動きをちゃんと気にかけていた。
     鬼が重そうな鎚を片手で軽々と真横に振りかぶる。
    「前の人あぶない、気を付けてー」
     前衛を務める灼滅者が身構えたその瞬間、鬼が鎚をぐるりと振り回した。回転の勢いそのままに、鎚の頭が切丸の胴目掛けて真横から叩きつけられる――と、その直前。
     何かに突き飛ばされ、切丸がよろめいた。予期せぬ方向からの衝撃に切丸が一瞬大きく目を見開く。何事か振り返った彼の目に、WOKシールドを構えた央と彼に襲いかかる鬼の鎚が映る。
     ボグッと鈍い音がした。一拍の間の後、央が咳き込み片膝をつく。
    「大丈夫か?!」
     大牙の問いに央が頷き、一度大きく息を吐いて立ち上がる。その姿に一瞬ほっとした表情を浮かべた後、大牙は鬼へと向き直った。
    「よくもやりやがったな! ぜってぇ、ぶっ飛ばす!」
     そう宣言するなり彼は鬼に肉薄し、オーラを収束させた拳でその巨体に凄まじい連打を叩きこむ。
    「鬼さんこちら、ってなぁ!」
     体勢を立て直した央もまた、エネルギー障壁を展開するWOKシールドを装備した手で鬼に殴り掛かる。
    「よく鬼は恐怖の象徴って言われるけどな、俺にはお前なんざ全然怖くねぇ」
     鬼に殴り掛かるほんの一瞬の間に、央の脳裏を過ったのはとある人物からの無茶振りの数々。
    「その角、へし折ってやらぁ!」
     上段から思い切り振り下ろした拳に展開されたエネルギー障壁が鬼の頭部にヒットし、鬼の角の先が欠け落ちる。
    「この現世は、貴方がた鬼が赴くべきところではございませんわ……」
     ミルフィが呟き清廉な輝きを放つ日本刀を上段に構え、そのまま真っ直ぐに素早く刃を振り下ろす。見た目より重い斬撃に、鬼が唸り声を上げる。
    「ふぅん、鬼でもやっぱり痛がったりするんだ?」
     口元に薄い笑みを浮かべ、識はウロボロスブレイドを鬼に向けて突きつけた。長く伸びた刀身が鬼の体に巻きつき、その刃が鬼の皮膚を切り裂く。
     痛みゆえか、怒りゆえか――鬼の唸り声が大きくなった。
    『ウオォオオ!』
     夜の闇に鬼の咆哮がこだまする。


     鬼が鎚を大きく振り上げ、地面を思い切り叩きつける。起こった衝撃波が鬼を取り囲む灼滅者を襲う。
    「絶対に負けないんだからっ」
     襲いくる衝撃波に足元をふらつかせた朱美は裂帛の気合を込めてそう叫び、倒れることなくその場に踏ん張り改めて鬼を見据える。
    「きっともうちょっとだよー、がんばってー」
     紫苑の起こした優しい風が前衛を務める仲間の傷を癒し、その身を蝕む異常を浄化する。
    「怪我は気にしないでいいよ、攻撃続けて」
     識が護符揃えの中から護符を1枚取り出し、より傷の深く見える切丸目掛けてその護符を飛ばした。
    「助かる」
     一言礼を言い、切丸は夜乃殿と名付けられた日本刀を中段に構えた。
    (「被害を最小限に止める為、犠牲は必要なものだ……けど」)
     過る思いを今だけは抑え込み、鬼に真っ直ぐに早い斬撃を叩きこむ。
    『グオオオォ……』
     鬼が声を上げ、片手で頭を抱えた。
    「む」
     弘務が鋼糸を鬼に巻きつける。動きを封じられ、鬼が大きく身を捩る。
    「今でござる。一気にたたみかけるでござるよ!」
     日本刀【牙兎】に自らの生み出した炎を宿し、ミルフィが鬼に斬りかかった。
    「貴方がた鬼には、冥土こそが相応しい場所ですわ――冥土に、お帰りなさいませ……!」
     ミルフィに続き、央も駆ける。
    「そーら、吹っ飛べ!」
     言葉と共に放たれるのは、渾身の抗雷撃。
     鬼が足をふらつかせた。倒れそうになるのを、鎚を杖代わりにして踏みとどまる。
     満身創痍の鬼に追い打ちを掛けるべく、朱美が鬼に肉薄した。朱美の体を覆う兎のような形をしたバトルオーラが、彼女の拳に収束する。
    「それじゃあ、いっくよっ」
     腹部に容赦なく閃光百裂拳を撃ちこまれ、鬼はついにその場に跪いた。
    「今、オレは怒ってるんだぜ?」
     跪いてなお自分の目線とそう変わらぬ位置にある鬼の目を見据え、大牙が告げる。
    「……特別だ、新技で終わらせる。いくぜ、これがオレの新・必殺技!」
     空高くジャンプした大牙が叫ぶ。
    「これで、終わりだぁっ!」
     繰り出された蹴りが鬼に炸裂する。
    『グァアァ……!』
     鬼の口から漏れるのは、断末魔の叫び声――。


    「あんなものがいったいどこから現れたんだか……」
     片膝をつき玄関前の地面に触れながら央がぽつりと呟いた。
     断末魔を上げた鬼はそのまま消え去ってしまった。標的となったこの家の周辺も調べてみたが、怪しいものは見つからなかった。
    「鬼……手強い相手でしたわ……」
     ミルフィがほう、と息を吐く。
    「もしかしたら、温羅や酒天童子のような――そのような者とも相まみえる事になりますかしら……?」
     鬼にまつわる伝承は幾つもある。そういった存在が実体化してしまう可能性も、あるのだろうか。
    「さあ、どうだろうね。まだわからないことばかりだ」
     小さく肩を竦め、識が答える。
    (「大を生かす為に小を見殺しにしたのは事実。これを当たり前と思うのは駄目だ」)
     切丸の視線の先には、初老の男性が立っていた。鬼に殺されたこの男性に、切丸が走馬灯使いの力を使って仮初の命を与えたのだ。
     鬼に殺され引き摺られたのだ、走馬灯使いの力が及ばない可能性もあった。だが、男性の体の損傷は見た目ほど激しくはなかったらしい。
     ととと、と紫苑が男性に駆け寄り、大きな傷があった男性の胸に手を当てる。
    「いたいのいたいの、とんでけー」
    「……貴方達の仇はとりましたわ……どうか、心安らかに……」
     紫苑やミルフィの言葉を男性が理解できたかどうかはわからない。生きているように見えても所詮それは仮初の命でしかなく、男性の意思がそこに存在するのかどうかすら怪しい。
    (「それでも、凄惨な最期よりも安らかな最期の方がいいと思う」)
     ただの自己満足なのかもしれない。それでも、本人や残される人々にとってはそちらのほうがいい、と切丸は思う。
     復活した初老の男性が、目の前の玄関扉に手を掛ける。
    「ただいまー」
     そう言いながら扉を開け、家の中へと消えていく。
    「……助けたかった」
     呟いて、黙祷を捧げる大牙。朱美もまた、そっと目を閉じ犠牲となった人の冥福を祈る。
    「そういえば女性はどうしたでござるか?」
    「家の中で気を失ってしまった。一応、部屋に寝かせてきたが……」
     央の答えに弘務は顎に手を当てふむ、と小さく頷いだ。
    「ならば余計な小細工はしないほうがよさそうでござるな」
    「女の人が無事なら早めに帰ったほうがいいのかな?」
     少しだけ首を傾げて朱美が仲間に問う。目覚めた女性が再び玄関に姿を現さないとも限らない。女性が玄関を開けた時、自分たちはいないほうがいいだろう。
    「そうだね。そろそろ引き上げようか」
     識の言葉に皆が頷く。
     立ち去る直前、切丸は玄関にかけられた表札に目を走らせた。
    (「――忘れない」)

     踵を返し、その場から立ち去る灼滅者たち。
     誰もいなくなったその場所に、再び静寂が訪れる――。

    作者:草薙戒音 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月27日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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