廃村の鬼

    作者:小茄

    「ほら、マジ雰囲気やべぇだろ」
    「いや……やばいってレベルじゃねぇよこれ。昼でも怖ぇじゃん」
     暇をもてあました男子大学生数人が、ちょっとした思いつきで車を走らせること数時間。かつては猟師や農業を営む者達が暮らしていた村落――今では人の住まなくなった廃村の入り口へとやってきていた。
    「お前廃墟とか好きだって言ってたじゃねぇかよ。チキンだなぁ」
    「見るのは好きだけどよぉ……ってか、立ち入り禁止って書いてあるしやめようぜ」
    「ほら、いくぞ」
     これから夏に向け、肝試しシーズンと言う事もあり、悪ノリ学生らはなんだかんだ言いながらも村へ足を踏み入れる。
    「時代劇でも撮れそうだなぁ……」
    「電気とかガスとか来てたんかね、ここ」
    「石とかで火起こすんじゃね」
    「いやそれはねーだろ」
     この村に定住する人間が居なくなったのは、もう何十年も前の事なのだろう。平成生まれの都会っ子達には、どこか現実離れした景色に見える様子。
    「だってさぁ、この家なんか、桃太郎とか花咲かじいさんとか住んでそうだぜ?」
    「……お、に……」
    「いや、鬼が住んでんのは鬼ヶ島だろ。村に住んでどうすんだよ」
    「鬼――ガヒュッ!!」
    「あぁ?」
     何か面白い物でも見つけたと言うのだろうか、しつこく繰り返す友人の方を振り向くと――そこには確かに鬼が立っていた。
     巨大な全身は赤色の肌。頭には角。そして手には巨大な金棒。それは鬼以外の何者でも無く。
     ――どさっ。
     頭部から上を叩きつぶされた友人の身体が、ゆっくりと地面に崩れ落ちる。
    「ひっ……」
     吹き出す血液が自分の靴にかかり、思わず足を引く。逃げるチャンスがあったとすれば、この時が最後だっただろう。
     しかし彼らは、ゆっくりと振り上げられる金棒を呆然と見上げて立ち尽くす事しか出来なかった。
     
    「少しばかり、急を要する任務ですわ」
     灼滅者達を見回し、早速説明を始める有朱・絵梨佳(小学生エクスブレイン・dn0043)。
    「長野県の山奥に小さな廃村があるのだけれど、そこに鬼が出ましたわ」
     ご多分に漏れず、なぜその場所に鬼が出たのか等の情報は無い。分かっているのは、一刻も早く倒さねば悲劇が拡大すると言う事だけだと言う。
    「鬼退治か、金銀財宝は期待出来そうにないな」
     ぼそりと呟いたのは、この暑さにも関わらず白衣姿の三笠・舞以(中学生魔法使い・dn0074)。
     
    「鬼は2メートルを超える巨躯、手には巨大な金棒を持っている……まぁ、典型的な『鬼』ですわね。鋼のような肉体と怪力に物を言わせて、ゴリ押してくる様なタイプですわ」
     鬼は自らの傷を癒やし、更に攻撃力を高める技も持っていると言う。
     これに加え、3体ほどの亡者を従えている様だ。こちらの戦闘能力は低いが、鬼を援護する様に向かってくるだろう。
    「小さな村で、索敵に手間取る事は無いはずですわ。ただ、家屋の中など入り組んだ場所での戦闘は不利になる危険があるから、村の中央にある広場で戦う事をおすすめしますわ」
     鬼は、村に立ち入る者があると気づけば向こうからやってくるが、罠や不意打ちを掛けると言った小細工は使わないだろうとも付け加えた。
     
    「これ以上の被害を出さない為にも、貴方達の奮闘に期待致しますわ」
     そう言うと絵梨佳は、鬼退治に向かう灼滅者達を送り出すのだった。


    参加者
    置始・瑞樹(殞籠・d00403)
    柳・真夜(自覚なき逸般人・d00798)
    愛良・向日葵(元気200%・d01061)
    無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)
    透純・瀝(エメラルドライド・d02203)
    風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)
    穂照・海(或いは塗り替えられた情景・d03981)
    暁・紫乃(暁の美少女地獄車・d10397)

    ■リプレイ


     長野市内から数時間。山道を奥へ奥へと進み続け、ようやくその場所へたどり着いたのは、程なく正午に達しようと言う頃であった。
    「薄気味わりぃとこだなあ……鬼の住処になっちまうのも分かる気がするや」
     立ち入り禁止の結界を乗り越え、村に立ち入る一行。その先頭を歩む透純・瀝(エメラルドライド・d02203)は、廃村を見回して軽く肩をすくめる。
     ポジティブ思考で明るい彼は、意識してかせずにか普段通りの軽い口調。廃村に立ちこめるどこか陰鬱な空気も、彼のおかげで多少は薄れる様に感じられる。
    「家は住む人が居なくなると、すぐに荒れてしまうって言うからね」
     無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)は相づちを打ちながらも、油断なく臨戦態勢を取る。その構えには一分の隙もなく、その表情には微塵の迷いもない。
     かつてアンブレイカブルによって愛すべき者達を奪われた彼女だが、既に悲しみや憎しみを乗り越え、新たな悲劇を防ぐ為、その拳を振るう覚悟を決めている。
     この村が数十年と言う単位で放置されたならば、人では無いものの棲まう場所に変貌するのは自然の理かも知れない。しかし本来ならば、それは虫や獣の類であるべきだろう。今、この村を住み処としているのは、人を喰らう鬼なのだ。
    「鬼って……どんな奴なんだろう」
     恐怖を紛らわすように、ぼそりと呟くのは穂照・海(或いは塗り替えられた情景・d03981)。力なき者を守る為、自分が戦わなくてはならないと思いながらも、得体の知れない強敵との死闘を前に、恐怖を禁じ得ない。
     日本における「鬼」は忌み嫌われる存在であり、また畏怖の対象であり、そして強大な力の象徴でもある。ポジティブなイメージの物からネガティブな物まで幅広いが、そう言う意味で今回は最悪の鬼を相手にせねばならない。
     破壊欲のままに力を振るい、一片の躊躇もなく人を虐殺する地獄の鬼だ。
    「うん、一体どこから湧いて出てくるのでしょうね。話しかけても答えてくれなさそうですけど」
     頷きつつ応えるのは、柳・真夜(自覚なき逸般人・d00798)。
     見た目こそごく普通の女子中学生だが、その歩みは音を伴わず、灼滅者としての能力だけでなく、元々高いポテンシャルを備えている事を窺わせる。
    「羅刹が活発に動いてる証拠なんだろうけど、他のダークネスと違って目的がわかりにくいの」
     こちらもあっけらかんと答える暁・紫乃(暁の美少女地獄車・d10397)。
     命のやり取りをさして特別な事とも思わず育ってきた紫乃にとっては、今回の鬼退治も数多くの戦いの一つ。それよりも、一連の鬼事件の裏に何があるのか……そちらに目を向けている様だ。
    「人を襲う鬼ちゃんは許せないのだ!」
     一方、特に何かを思い悩むとか言う事もなく、ただただ自分の感情をストレートに表現する愛良・向日葵(元気200%・d01061)。
     心優しく、相手を傷つける戦いを好まない彼女だが、今回は鬼を倒すために癒やし手として皆をサポートする。
    「鬼退治とは昔話の話だと思っていたが……。まぁ、俺は強い奴と戦うことが出来ればそれで十分なのかもしれないな」
     小中学生を多く含むパーティにあって、長身に精悍な体格を誇る置始・瑞樹(殞籠・d00403)。ストリートファイターの例に漏れず、強者との戦いに喜びを見いだす闘士である。
    「お、ちょうど良い場所見っけ」
     こちらも見た目に違わず無邪気な風華・彼方(小学生エクソシスト・d02968)。かつて彼は、抗う術を持たず、ただ逃げ続ける無力な少年だった。
     しかし学園と言う居場所を見つけ、戦うための力と理由を得た彼は、はつらつとして戦いに備える。
     鬼は既に、来訪者の存在に気づいているはずだ。


    「来たみたいなの。正にリアル鬼ごっこなの! まあ鬼なのは相手でそれを倒しに行くわけだけどねー」
     彼方から送られるハンドサインを受け、皆に伝える紫乃。
     敵は何らの謀も無く、姿を現した。
     数体の亡者を従え、ゆっくり、堂々たる歩みで広場にやってくるそれは、紛う方無き鬼。全身を鋼の如く鍛え上げられた筋肉で覆い、手には数十キロを超えるであろう金棒を携えている。
    「ひっ……怖いわけじゃ……ないけど」
     金棒には既に凝固した血がべっとりとこびりついている。犠牲者達のものだろう。鬼と視線を交わした海は思わず、身を竦ませる。
    「空腹で山から降りてきたか……いや、猪や熊ではあるまいし」
     海の肩をぽんと叩いた瑞樹は、そのまま鬼に歩み寄る。
    「皆、いっくよー♪」
    「虹、今日も一緒に決めようぜ!」
     ヒーリングライトで仲間の治癒力を高める向日葵。瀝は霊犬の虹の頭を一撫でしてから防護符を放つ。これに合わせ、皆一斉に動き出す。
    「末期の空の渇望に応える天意よ、ただ鮮血を重い闇に降らせて啼け」
     ――キィン。
     紫乃はチェーンソー剣と手甲を軽く打ち鳴らし、いわば戦闘モード――殺人鬼としての意識を目覚めさせる。
    「柳真夜、いざ参ります」
     真夜は音も無く一瞬の内に間合いを詰めると、鋭く妖の槍を繰り出す。
     ――ドッ!
     鬼とは異なり虚ろな表情で、しかし灼滅者達を敵と認めたらしい亡者だったが、その動きは緩慢だった。真夜の一撃は易々と亡者の胸部を貫く。
     しかし痛みを感じない分、それほどの一撃を受けても構わず、灼滅者を捉えんと手を伸ばしてくる。
    「まずは亡者から……!」
     理央は伸ばされた手を撥ね除け、代わりに右のストレートを叩き込む。顎を打ち砕かれ、それでも亡者はにじり寄らんとしてくる。
    「とどめだっ!」
    「亡者をちゃっちゃと片付けて鬼と戯れるぜなの!」
     彼方の召喚した十字架が無数の光線が放たれ、亡者の身体を次々と貫く。
     ――アァァァーッ……。
     苦悶の悲鳴を上げる亡者の頭部を、紫乃の手から放たれたビームが跡形も無く消し飛ばす。
     亡者を各個撃破する間、前衛が鬼を引きつけ時間を稼ぐのが今回の作戦だ。
    「っ……」
     海の眼前、ゆっくりと振り上げられる金棒。
    「勇気よ、火と燃えて我が恐怖心を焼き尽くしてしまえ!」
     恐怖を振り払う様に叫ぶ海の背から、燃えさかる炎の翼が顕現する。
    「こちらから行くぞ」
     瑞樹はそんな海を庇う様に鬼の眼前に立つと、シールドを鬼の胸板目掛けたたきつける。
     が、それはまるで金属同士をぶつけ合わせたような硬い手応え。
     ――ブオンッ!!
     対する鬼は、お返しとばかりに金棒を力任せに振り下ろす。
     鬼の渾身の力を籠めた一撃を、しかし瑞樹は避けること無く槍で受け止める。
     ――ガギィンッ!!
    「ぐっ……!」
     両手で槍を水平に構え、金棒を受けた瑞樹だったが、衝撃は極めて大きいものだった。反動で数歩後ずさり、手の痺れを払うように数回拳を握る。
    「置始さん!」
    「……面白半分で肝試しなどするな、とは聞くが、確かにこれでは命取りになってしまうな」
     海に片手を挙げて応えつつ、微かに表情を緩める瑞樹。難敵との対峙が、彼の血を騒がせた。


    「手間を掛けさせないで下さい」
     真夜の槍が、亡者の伸ばされた腕を切断する。
    「今なの!」
     ヒーリングライトを放ちつつ、指示を飛ばす向日葵。元より戦力に大きな開きがある灼滅者と亡者の戦いは、一方的な展開だった。
     しかし無論、灼滅者達の表情に余裕は無い。亡者に手間取ればそれだけ、ディフェンダーの2人が危機に晒されるのだから。
    「シッ!」
     数発のジャブの後、理央の体重を乗せたストレートが亡者の顔面を打ち据えた。
     亡者は数メートル吹き飛んで仰向けに倒れると、そのまま動かなくなる。
    「残るは1体だ、虹!」
     虹に斬魔刀を振るわせつつ、防護符で仲間を援護する瀝。
    「一気に行こう!」
     彼方は凝縮された魔力を矢に変えて放つのに呼応し、紫乃は騒音刃を亡者の腹部に突き立てる。
     ――ガキンッ!
    「ぐうっ……!」
     直撃こそ逸らしたものの、金棒の衝撃を受けて吹き飛ばされる海。すぐさま立ち上がるが、鈍い痛みに表情を歪める。
    (「力のない者が犠牲になるのなら、戦わなくては……!」)
     ソーサルガーダーを展開しつつ、内心に呟く海。戦い傷つく程に、恐怖よりも使命感が強まる事を、彼自身奇妙に感じていた。
    「こっちだ……!」
     同様に手傷を負いながら、鬼の後背より無数の連打を見舞う瑞樹。度重なる鬼の攻撃を受けて満身創痍ながらも、仲間を庇うべく矢面に立ち続ける。

    「オォァァァ……」
     腹部に致命傷を負いながらも、紫乃の剣をがしりと掴む亡者。
    「いい加減、倒れろっ!」
     ――ドッ!
     彼方の天星弓から放たれた彗星の如き矢が、亡者の脳天を貫く。
    「でぃふぇんだーちゃん達お待たせなの☆」
     瑞樹の傷に癒やしの光を当てる向日葵。
    「……早かったな」
     槍を支えに、ゆっくりと立ち上がる瑞樹。海も一瞬安堵の表情を浮かべ、すぐに再び引き締める。
    「あなた、どこから来たんですか?」
     真夜の問いかけに対し、鬼は僅かに口の端を歪めると、金棒を振り上げる。
    「そうだろうと思いました。いずれにしても、ここで終わらせます」
     ――ヒュッ!
     それが振り下ろされるより早く、捻り込む様に繰り出された妖の槍が、鬼のみぞおちに突き立てられる。が、その鋼の腹筋に阻まれ手応えは浅い。
    「ここからはボク達も相手になろう」
     間髪入れず、無防備な脇腹にシールドバッシュをたたき込む理央。
    「好き勝手しやがって……! 倍返しだ!」
     更には瀝のガトリングガンが火を噴く。すさまじい弾幕が、鬼の背に降り注ぐ。
     ――ブオンッ!!
     しかし鬼もさるもの、多勢に無勢も物ともしない。猛然と振り払われた金棒は風圧を巻き起こし、間近に居る灼滅者を怯ませる。
    「っ……なんの!」
    「おーにさんこーちらー、てーのなーるほーうへーなの♪」
     マジックミサイルを見舞う彼方に合わせ、紫乃の鋼糸「殺奪」が放たれ、鬼の腕を締め上げる。
    「僕だってただ殺されるだけの『人間』じゃない!」
    「……グウゥッ!」
     海の指にはめられた指輪が輝き、鬼を怯ませる。
    「はあぁっ!」
     続けざま、瑞樹の放つ無数の拳が、鬼の顔面を強かに連打。赤い巨体がぐらりとよろめく。
    「一般人の力、お見せしましょう」
     一瞬の隙を見逃さず、真夜は鬼の背後へ回り込む。そして鬼の巨体を抱え上げると、高く跳躍。
     ――バッ!
     落下エネルギーと共に、ご当地のパワーを爆発力に変えて鬼へたたき込む。
    「さすが一般人(?)パワーなのー。回復はあたしに任せて、皆お願い♪」
     仲間を治癒しつつ、敢えてツッコミは入れない向日葵。
    「よっしゃ、何企んでるか知らねーけど……お前らの好きにゃさせねーぜっ!」
     鬼が体勢を立て直すより早く、瀝のガトリングガンが弾丸の雨を降らせる。虹もこれに呼応して切りつける。
    「ウオォォォッ!!」
     苦悶の叫びを上げつつ、金棒を振り回す鬼。彼方はバックステップでこれを回避しながら、弓を放つ。
    「紫乃のチェーンソーが唸って光って大騒ぎなのー!」
     死角を突いた紫乃は、チェーンソー剣で地面を削って火花を上げつつ一気に鬼の間合いへ飛び込む。
     ――ザシュッ。
     上げ袈裟に振るわれた剣は、鬼の利き腕を切り落とした。金棒を握ったままの太い腕が、地面へと転がる。
    「これでフィニッシュ……行くよ」「よし」
     闘気のブーストによって威力を増した理央のアッパーが、鬼の顎を砕く。
     上体を揺らし、大きくよろめいた鬼。そのまま仰向けに倒れようと言う先の地面に、瑞樹は槍を突き立てる。
     ――ドスッ!
     心の臓を貫かれた鬼は、串刺しの状態で数回大きく痙攣した後、完全に絶命した。


    「暑いな……」
    「これでココは一段落なの。自分へのご褒美にアイスを所望致す所存なの!」
    「そうだな、それくらいは買っても罰は当たらないだろう」
    「やったー♪」
     夏のような強い日差しに顔を顰める瑞樹。紫乃も日陰に逃げ込みつつ、金銀財宝とはいかないまでも鬼退治の報酬に心躍らせる。
    「真夜ちゃん、これでいいかな?」
    「有り難うございます、ばっちりです。透純さんもいかがですか?」
    「ん、そうだな……」
     向日葵の手から花を一輪受け取った真夜と瀝は、鬼に殺された被害者達の為に手を合わせる。
    「何も無かったよ、そっちはどう?」
    「いや、こっちもダメだね」
     彼方と海は、廃村で一連の鬼事件の手がかりになるような物品が無いか捜索に当たっていたが、特にめぼしい物を見つけることは出来なかった。
    「残念だけど、そろそろ引き上げよう」
     理央の言葉に頷く一同。
     少なくとも、この場所で再び悲劇が起ることは無くなったのだ。
     鬼退治を終えた一行は、静寂と平穏を取り戻した廃村を後にするのだった。

    作者:小茄 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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