牛乳を愛し過ぎた少女

    作者:刀道信三

    ●岩手県
    「みなさーん、牛乳飲んでますかー?」
     トラクターに乗った少女が柄杓を片手に町の人々に呼びかける。
    「そこのあなたー、毎日牛乳飲んでますかー?」
     なぜか露出度の高い牛柄の水着のような衣装に身を包んでおり、少女を一見した特徴としてはバストが非常に豊満であるため、衣装も相まってまるでホルスタインのようだ。
    「えっ、俺? 飲むとお腹がゴロゴロするから牛乳はちょっと……」
    「これならどうですかー?」
     牛少女はトラクターで運んでいた搾りたての生の牛乳を冷やすバルククーラーから柄杓で牛乳をすくって男性の口に強引に流し込む。
    「ガボゴボ! ガボゴボボ!? あれ、超美味い上にお腹ゴロゴロいわない!」
    「さあさあ、どんどん飲んでくださいー」
     牛少女は椀子そばのように次から次へと男性に牛乳を飲ませ続けた。
    「うぷ……美味いけど、もう腹いっぱいだ」
    「さあ、遠慮せずもぉーっと飲んでくださいねー」
     どんなに美味しい牛乳でも飲める量には限度がある。
    「いや、もういいよ」
    「私の牛乳が飲めないんですかー?」
    「……えっ?」
    「じゃ、おらの牛乳が飲めねべが?」
     牛少女はニコニコとした笑顔のままズイっと柄杓を男性の口許に突きつけ続ける。
    「あ、あ……ぎゃああああああああああ!?」
     その日、一人の男性が牛乳の飲み過ぎで病院に運ばれた。

    ●武蔵坂学園の教室
    「みんな、大変だよ!」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が教室に駆け込みながらそう言った。
    「岩手県でご当地怪人に闇堕ちしそうな人がいるみたいなんだよ!」
     少女の名は小岩井・しづき(こいわい・――)、高校1年生で実家は酪農農家をしている。
    「暇さえあれば実家のお手伝いで牛さんのお世話をしているような人だったみたいなんだけど、牛さんに対する愛情が溢れ過ぎたせいで闇堕ちしそうになっているみたいだね」
     水が無ければ牛乳を飲めばいいのにの精神を地でいっているため、搾りたての生の牛乳を道行く人々に無理矢理飲ませて回っているらしい。
    「闇堕ちしかけて牛乳愛が歪んだ方向に暴走しているだけで、彼女はまだ人間の意識を遺しているみたいなんだよ」
     彼女を落ち着かせて間違った牛乳の布教活動から元の正しい道に戻してあげてほしい。
    「人気のない農道で彼女がトラクターを運転しているところに接触できる時間は、私の未来予測でわかっているから、みんなは彼女を待ち伏せしてくれれば大丈夫だよ」
     現場は戦闘するのに十分な広さの足場があり、戦闘している間に一般人が近づく心配も特にはないだろう。
    「まだ彼女は完全に闇堕ちしてはいないから、彼女の人間の心に呼びかけることで、ダークネスとしての力を弱めることができるし、もし彼女に灼滅者の素質があれば、戦闘して倒すことで彼女を助けることができるよ」
     しかし放って置けば一般人への被害は拡大するし、彼女が完全にダークネスと化してしまえば灼滅するしかなくなってしまう。
    「小岩井さんもただ牛乳が大好きなだけで、悪気はないと思うんだよ。大変なことになってしまう前に、みんなで助けてあげて!」
     そう言ってまりんは灼滅者達を教室から送り出した。


    参加者
    天津・麻羅(神・d00345)
    御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)
    鬼城・蒼香(青にして蒼雷・d00932)
    水無瀬・旭(晨風・d12324)
    クリミネル・イェーガー(笑わぬ笑顔の掃除屋・d14977)
    猫神・鈴那(自称天使・d17238)
    綾河・唯水流(雹嵐の檻・d17780)
    千疋・來地(暴走アジアンフルーツ・d18096)

    ■リプレイ


    「昼寝するには最高やな……」
     小岩井しづきの乗ったトラクターを待っている間に、クリミネル・イェーガー(笑わぬ笑顔の掃除屋・d14977)は農道脇の草むらに寝転がる。
     澄み渡る青い空、そよぐ風、緑の草の匂いが心地良く、クリミネルの言うとおり、昼寝をすれば気持ちが良さそうだ。
    「飲んでほしい気持ちの暴走かぁ……自分も牛乳作りに携わっているわけだものね。気持ちはわかる気がするな」
     実家の手伝いとはいえ、しづきは牛を愛する牛乳の生産者だ。
     自分達が丹精込めて作った物を、誰かに飲んでほしいという気持ちに悪気はないのだろうと、水無瀬・旭(晨風・d12324)は思う。
    「好きな物を他の人に勧める気持ちは分かりますね。それに牛乳は美味しいし健康にもバッチリ、わたしも毎日飲んでますよ」
     好きな物を他人に勧めることは自然なことだと、鬼城・蒼香(青にして蒼雷・d00932)も旭の言葉に頷いた。
    「ええ、牛乳はおいしいですね。飲むだけではなく料理やお菓子作りにも使える良い物です。でも強制するのはいけません。説教が必要ですね」
     ダークネスの力の影響とはいえ、今のしづきの行動は間違っている。
     それは自分達が正さなければならないと、猫神・鈴那(自称天使・d17238)は農道の先に視線を向けた。
    「ああ、そんな美味しい牛乳を出す牛達を、丹精込めて育てられる人を闇堕ちなんかさせるか!」
     御子柴・天嶺(碧き蝶を求めし者・d00919)は覚悟を込めて殲術道具の柄を強く握りしめる。
    「闇に堕ちそうになってる人を放ってはおけない……絶対助けてみせる」
     学園に来る前、過去に自身が闇に堕ちたからこそ、綾河・唯水流(雹嵐の檻・d17780)のしづきを救いたいという気持ちは強かった。
    (「彼女の姿、牛柄の水着のような。大丈夫……ポケットティッシュは持ってきてるし」)
     しかし唯水流も灼滅者である前に一人の中学生男子、しかも人見知りで当然異性に対する免疫も少ない。
     未来予測によるとしづきは露出の多い衣装を着ている上に、非常に発育が良い体をしているらしい。
     唯水流は自分が面している鼻血的危機を心配しながら、フードを目深に被り直す。
     しばらくして、遠くからエンジンの音が近づいて来て、灼滅者達の前にトラクターに乗った牛柄ビキニ姿の少女、しづきが現れた。


    「あなた達、さてはー」
     トラクターの行く道の前に立ち塞がる灼滅者達を見て、しづきはトラクターを止めて降りてくる。
    「牛乳が待ち切れずに飲みに来てくれた人達ですねー」
     しづきの頭は牛並みにのんびりしているようで、にこにこ笑顔でバルククーラーの蓋を開けた。
    「はっ、もしやその牛乳はかの有名な低温殺菌牛乳とゆわれるものかえっ!? 搾りたての牛乳を低温殺菌したとなればまさに至高の一品!」
    「これは搾りたてで加熱殺菌をしていない生の牛乳なんですよー」
    「なん……じゃと……っ!?」
     天津・麻羅(神・d00345)に衝撃走る。
     加熱殺菌処理のされていない生乳は販売してはいけない決まりになっているのでお店に並ぶことはない。
    「きちんと衛生的に搾ってますから、大丈夫ですよー。それに売っているわけではないですからねー」
     ご当地怪人になりかけていることによる歪みが、普段なら抑えられる行動に走らせているのだろう。
     しづきにとっては、搾りたての生の牛乳が一番美味しいので、それを飲んで欲しいという衝動に従っただけなのである。
    「美味しそうな牛乳ですね、少し飲んでみてもいいですか?」
    「はい、どうぞー」
     蒼香の申し出にしづきは柄杓で牛乳を掬って、それを蒼香に渡した。
    「美味しい。ただ柄杓で無理に進めるより試飲程度に抑えた方がいいと思います。新鮮な牛乳で美味しいし、お腹が痛くなりにくいなら、自然に回りにも飲んでくれますよ♪」
    「なるほどー、でも牛乳おいしいですよねー。だから私はもぉーっとたくさんの人に、たくさん飲んでほしいですー」
     蒼香の言葉を聞いているようでいて、表面の笑顔に対して、しづきの瞳に人間らしい感情の色が薄い。
    「まろやかな甘みに微かに牧草の香り……これは搾り立てにしか出せない、深い味わいだね……!」
     他の灼滅者達にも柄杓で掬っては回され、旭はその味に素直に感動した。
    「無理やり飲まさないでもきちんと牛乳の良さを口で言えばみんな分かってくれる、しづきちゃんが強制してみんなに牛乳を飲ませたらみんな牛乳を嫌いになっちゃうよ」
    「牛乳はこんなに美味しいんですよー。なので私は嫌いになる人なんていないと思いますー」
     鈴那の訴えにも、しづきの調子が揺るぐ様子はない。
    「女将よ、久々に良いものを飲ませてもらった。わしの名は天津麻羅、この牛乳の駄賃としておぬしを闇堕ちから救ってやるのじゃ!」
     牛乳を豪快に飲み干し、柄杓を返すと、麻羅は槌のようなマテリアルロッドをしづきに向かって構える。
     もはや言葉だけでしづきの心の闇を払うことは出来ないというように、麻羅はマテリアルロッドを振り被り、戦端が開かれた。


    「神ブレイクなのじゃ!」
     麻羅のマテリアルロッドから繰り出されたフォースブレイクは大地を抉り、土煙が爆発したように舞い上がる。
    「……さぁ、猟犬が相手になる」
     クリミネルはその土煙を突っ切り、大きく後方に跳躍することで麻羅の攻撃を避けたしづきに追いつき、張りつくような間合いから閃光百裂拳を放った。
    「わわっ、危ないですよー」
     しかしクリミネルの途切れることのない拳をしづきは避け続ける。
     クリミネルの鍛え抜かれた技とは対照的に、しづきの体捌きは大雑把で素人然としているが、ダークネスの圧倒的な身体能力がその回避を可能とさせていた。
    「あー、ちょっとちょっと、小岩井さん」
     千疋・來地(暴走アジアンフルーツ・d18096)がしづきに横合いから近づき、展開したシールドで押すようにして10メートルほど引きずる。
     ダークネスの力があるにしても、無駄の多い動きでクリミネルを引き剥がせずにいたしづきは、足を地に縫いつけられており、來地の攻撃を避けられなかった。
    「無理矢理じゃなくってさ。そりゃ、美味しい牛乳なら牛乳が苦手な人も好きになるかもしれないけど、柄杓で無理矢理飲ませるなんてやり方危ないから、絶対気管とかに入るから!」
     來地のバトルオーラがレーヴァテインの炎を纏い、霊犬の花梨がしづきに飛びかかる。
    「取り敢えず正気に戻ろうか、うん」
     しづきが花梨の斬魔刀を仰け反るように避けた隙を狙って、來地のガトリングガンからブレイジングバーストの魔弾が連射され、炎柱がしづきを包み込んだ。
    「しづきさんが、しづきさんのご家族が丹精込めて育てた牛達が出してくれた美味しい牛乳を、あなた自身の手で他の人達に迷惑が掛かることに使用しどうするのですか! 闇の力が貴方を間違った方向に走らせるなら、炎の力で浄化する……焼き尽くせ!」
     炎の射線から転がるようにして逃げるしづきの退路に回り込んだ天嶺が、日本刀に炎を宿らせて一閃する。
    「私が間違っている……ですかー……?」
     しづきは炎を振り払おうとするように全力で二度三度と地を蹴って、灼滅者達と距離を取ったところで、虚ろな声で呟いた。
    「私は……私は、ただおいしい牛乳を、もっとたくさんの人に飲んでほしいだけなのに……!」
     そう言葉を喉の奥から搾り出すように叫んでから、猛牛のような突進で、しづきは灼滅者達との間合いを瞬く間に詰め、タックルを受けた旭が突進で詰められたのと同じ距離だけ陣形からしづきに引きずられる。
    「あの牛乳を飲めば小岩井さんとご家族がどれ程の愛情を以て牛に接してきたかがわかるよ。だけど、だからこそ無理やり飲ませるべきじゃない。牛たちだって……自分たちの牛乳を飲みすぎて体調を崩す人が出たら、きっと悲しく思うんじゃないかな……?」
     愛刀である無敵斬艦刀のマーキスの腹でタックルを受けることで投げ飛ばされることを避けた旭であったが、鉄板のような大剣を盾にしてもその衝撃で内臓が傷ついたのか、口許から血が溢れていた。
    「牛さん達が悲しむ……?」
     力を振り絞って、しづきから離れるための隙を作ろうと振るわれた旭の戦艦斬りを、しづきは軽々と潜り抜け、旭にトドメを刺そうとしていた拳を旭の眼前でピタリと止める。
    「君の牛乳に対する想いは、人に無理やり飲ませてお仕舞いにするようないい加減なものなの?」
     しづきに呼びかけながら射出された唯水流のシールドリングが、しづきと旭の間に割って入った。
    「良い物だからこそ心から納得してもらえれば自然に受け入れてもらえます。牛乳と牛さん達への愛の為にも目を覚ましてください!」
     蒼香のバスターライフルからの狙撃が、しづきの頭を揺らすように直撃し、しづきはよろめきながら、数歩旭から離れる。
    「しづきちゃん、これからは牛さんも飲む人も、誰も傷つかない方法で牛乳の良さを伝えよ」
     動きを止めたしづきの死角に回り込んでいた鈴那の咎人の大鎌が、しづきを横薙ぎに捉えて吹き飛ばした。
    「でも、まず飲んでもらわないと、だから私は……」
     ヨロヨロと立ち上がったしづきの纏う黒いオーラが、灼滅者達には陽炎のように揺らめいたように見えた。
    「両親や先祖が守って来た酪農とこの土地を護り育てるんがアンタやウチ等の使命やろ!」
     クリミネルは、掴めるだけの布面積がなかったので、しづきの肩と腕を掴むと、おもむろに宙へと放り投げる。
    「そろそろ目覚める時間だ。小岩井さんなら絶対に誇りを持って正しく牛乳の良さを伝えられるようになるよ!」
     來地は放物線を描きながら飛んできたしづきを、ガトリングガンの砲身をバットのように振り被って叩き落した。
     牧草の上を滑るように転がった後で、倒れたしづきから闇の気配が薄れていく。
     その姿に灼滅者達は、しづきの救出の成功を感じていた。


    「みなさんにはご迷惑をおかけしましたー。今となっては、私どうしてあんなことをしてしまったのでしょうかぁ……」
     意識を取り戻したしづきは申し訳なさそうに灼滅者達に頭を下げた。
     カチューシャに付いている牛耳飾りも心なしか、しょんぼりと下を向いている。
    「今のあなたならもっと牛乳を広められます。武蔵坂学園でもきっと喜んで受け入れてもらえますよ♪」
     そう言ってしづきを元気づけながら、蒼香はしづきに灼滅者と武蔵坂学園について説明した。
    「つまりー、私もその『灼滅者』というのになってしまったということなのでしょうかー?」
    「うちの学園、世界中から人が集まってるんです。大好きな牛乳、PRするのにこれ以上の場所はないよ。だから、一緒に行こう」
     そう言いながら唯水流はしづきの肩に自分の外套をかける。
     改めて見ても、しづきの格好は男子達からすると、目のやりどころに困るものだった。
    「どうかしました? あー、牛さん衣装すごい可愛いですよねー♪」
     唯水流の視線を勘違いして、しづきは外套をパタパタと捲って牛さん衣装を見せる。
     これを着たことはご当地怪人化の影響ではあるものの、しづきにとって牛さん衣装自体は大のお気に入りのようである。
    「………トップスの方が男って喜ぶんやろか?」
     基本胴着にサラシ巻きのクリミネルは、男子達のしづきへの視線を見て複雑な表情をした。
    「折角だし、皆で小岩井さんの家の牛乳で乾杯しようよ。僕も一緒に飲んでみたいな」
    「わー、それは嬉しいですー。あー、でもここには柄杓が一個だけしかないですねぇー……」
     來地の提案にしづきは喜ぶが、乾杯するためのコップがないことに気づき再び申し訳なさそうにする。
    「それなら小岩井さんが迷惑でなければ、実家にお邪魔させてもらえないか?」
    「はい、みなさんがよろしければ是非ー」
     旭の代案をしづきが快諾し、灼滅者達は一路しづきの実家の牧場に向かうことになった。
    「ところで神知識なのじゃが、牛乳を飲んでお腹がいたくなるならないは、牛乳を飲まない期間のよるものじゃから鮮度はあまり関係ないんじゃぜ」
    「お腹がゴロゴロしちゃう人は乳糖分解酵素が弱くなっているそうですがー、新鮮さや殺菌温度は関係ないはずなのに、低温殺菌なら大丈夫という人もいますねー。加熱殺菌すると乳酸菌も死んでしまいますから、腸に負担をかけてしまうのかもしれませんねー」
     しづきは灼滅者達の歩調に合わせてトラクターを運転しながら、麻羅と牛乳の豆知識雑談をする。
    「しづきさんと、しづきさんの家族が育てた牛達が出してくれた美味しい牛乳、楽しみだな……」
     天嶺の見上げる空は快いほどに晴れ渡っており、灼滅者達の進む農道はどこまでものどかだった。

    作者:刀道信三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月28日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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