鬼は人搗く喰らうため

    作者:飛翔優

    ●夜の公園に、響くは肉と骨の破砕音
     鬼が来た。
     杵と臼を抱えてやって来た。
     静寂に満ちていたはずの、社会人たちがしばしの休息を取っている夜の公園に。
     捕まったものは三つ折四つ折りに畳まれて、臼の中へと入れられた。
     一定量溜まったら、杵で強引に搗き始める。
     響くは肉と骨の破砕音。人々の動きを奪う魔性の音色。
     叫ぶこともできずに肉塊と化して行く光景を前にしても、目を瞑る事くらいしかできない。次は自分かもしれないと感じても、足が地面に張り付いたように動かない。
     瞳を瞑る人々の耳に、小さな悲鳴が聞こえてきた。
     続いて骨を肉を潰す音、肉と骨の破砕音が耳を貫く。
     いつまでも、いつまでも……恐怖が消え失せ一瞬の苦痛が訪れる、その瞬間まで……。

    ●放課後の教室にて
     灼滅者たちを出迎えた倉科・葉月(高校生エクスブレイン・dn0020)は、表情を引き締め説明を開始する。
    「鬼が出現を察知しました」
     場所はビジネス街の一角、夜にはカップルや社会人が静寂の中でしばし身を休めていく公園だ。
    「出現する時刻もまた夜、そこそこの人気がある時間帯……混乱が予想されます」
     たどり着くのまた、鬼が出現する直前。
     故に、鬼を抑えながらの避難誘導が必要となるだろう。
    「なぜ鬼が出現したのか……それはわかりません。ですが……いずれにせよ、対処しなければ多数の死者が出てしまいます。ですから……どうか全力での行動を……」
     件の鬼は一体のみ。力量はダークネスに匹敵するほど高く、八人で何とか対処できる程度。また、破壊力にも優れている。
     杵と臼を持っており、戦いの際にはそれを用いて行動してくる。
     特に、杵によるフルスイングは防御に優れなければ受けきる事が難しい上、避ける事も厳しい。
     また、杵で地面を叩くことで地割れを起こし、周囲に大ダメージを与えつつ加護を砕く。敵を掴みとり両腕で押しつぶそうとすることにより、大ダメージと麻痺を与えてくることも。
     また、何もない臼を杵で叩くことにより音を響かせ、対象とした列に存在する者に大ダメージを与えつつ内包する魔力で足止めをしてくる事もある。
    「以上で説明を終了します」
     葉月は現地までの地図など必要な物を手渡しながら、締めくくりへと移行する。
    「相手の力量は間違いなく高く、危険な相手。ですのでどうか油断せず、全力で戦って下さい。何よりも無事に帰ってきて下さいね? 約束ですよ?」


    参加者
    赤倉・明(月花繚乱・d01101)
    西海・夕陽(日沈む先・d02589)
    モーリス・ペラダン(ディスコードファントム・d03894)
    宇佐見・悠(淡い残影・d07809)
    片倉・光影(神薙の剣術士・d11798)
    一花・泉(花遊・d12884)
    十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)
    三条・三日月(宗近・d17859)

    ■リプレイ

    ●月夜に出でし人搗き鬼
     空が藍と星に埋め尽くされた夜のこと。街灯やビル灯りに照らされた樹木が色鮮やかな輝きを放つ待ち中の公園は、夕食前のひと時というのか一休みをしていく社会人たちでそこそこの賑わいを見せていた。後一時間もすればひと気も失せ、世界は明日への準備を始めていただろう。
    「えっ」
     今宵は違うと、小さな声が波紋を広げた。
     人々が公園の中心へと目を向ければ、そこには杵と臼を抱えた牙と赤い肌を持つ男……言い伝えの鬼のような存在が佇んでいる。
     人々がどんな感想を抱いたかはわからない。
     考える余裕などないのだと、少し前に公園内へと足を踏み入れていた西海・夕陽(日沈む先・d02589)が声を張り上げた。
    「あっちへ逃げろーっ!」
     仲間たちが前線へと向かっている間に、自身は方角を示すことで避難誘導を遂行する。それが今の自分の役目だから。
    「ぼさっとしてないで、さっさと逃げな!」
     一方、前線へと向かう宇佐見・悠(淡い残影・d07809)も、戸惑いながらも逃げ始めた人々に強い言葉を投げかけた。
     二重、三重にと誘導を重ねれば、被害を最小限に抑えることができるはずだから。
     まずは被害を抑えることが優先なのだから。
     幸いというべきか、鬼の動きは鈍い。
     元よりゆっくりと、淡々とした動作で恐怖を与えようとしていたのか、あるいは抵抗する素振りを見せた者たちへの応戦に備えたのかはわからないけれど……。
    「真風招来!」
     片倉・光影(神薙の剣術士・d11798)が高らかなる声を響かせて、斧を硬く握りしめた。
    「四肢を、掲げて、息、絶え、眠れ、無望の、仔」
     七色に焔を輝かせ、十六夜・深月紅(哀しみの復讐者・d14170)は二本のナイフを握り締める。影を無数の杭へと変え、切っ先を鬼へと向けていく。
     なお構える様子を見せない鬼を目指し、赤倉・明(月花繚乱・d01101)が跳躍した。
    「鬼の実力、まずは小手調べです」
     巨大な剣を振り上げて、体重を乗せて振り下ろす!
    「っ!」
     軽く片手で受け止められ、血を流させることも叶わない。
     代わりに、意識を完全に灼滅者たちの方へ向けさせることに成功した。
     力も用いたからだろう、避難もほぼ終わっていた。
     万全なる状態で、いざ鬼退治と参ろうか。

    ●杵が風を切るたびに
    「ヤハハ、リサイタルは中止デス! コレからはライブデスヨ」
     鬼が繰り広げるはずだった、苦痛と悲鳴のリサイタル。
     叶わぬ夢だとモーリス・ペラダン(ディスコードファントム・d03894)は宣告し、ギターを激しくかき鳴らす。
     プロローグの終わりを告げる激情のビートが鬼の肉体を震わせて、されど肉を裂くことは叶わない。
     されど動きは止まっただろうから、一花・泉(花遊・d12884)は魔力の弾丸を発射する。
    「せめて美人の鬼女なら少しは楽しめたかもしれないんだがね……悪いがここで消えてもらう」
     強い思いとは裏腹に、魔力は胸板にめり込んだ末に弾かれた。
     それでも猛攻は終わらない。
     今はまだ押さえつけると、三条・三日月(宗近・d17859)が爪を肥大化させて殴りかかる!
    「今夜は悪い鬼退治と行きましょう……!」
     左肩へと抉り込ませ、下へ、下へと力と体重を乗せていく。
    「こしあん!」
     霊犬のこしあんは命じられるまま後方へと回りこみ、斬魔刀にて切り上げた。
    「故事に曰く、鬼退治は絡め手から、ってね」
     二人の衝撃冷めやらぬうちに悠が懐へと飛び込んで、顎を狙ったアッパーカット。
     インパクトの瞬間に込めし力を解放し、鬼を拘束せんと伸ばしていく。
    「……これでも止まらないか」
     腕の一振りで、鬼は霊力を引きちぎった。
     勢いのままに杵を振るい、囮役を担っている光影をふっ飛ばした。
     横目に捉えつつ、悠は冷静に後方へと退いていく。
     諦めずに影へと力を込めて、幾本もの縄へと変貌させた。
     鬼の正体が何者なのか、発生源が何なのか、今はまだわからない。
     いずれにせよ脅威を片付けて行かなければならないから、今は呪縛を重ねるのだ。
     一度、二度と引きちぎられたように見えたとしても、楔を打ち込むことはできているはず。
     重ねていけば、呪縛に囚われることもきっと……!
    「お釣りはいらないのでとっといてくださいねっと」
     今度はこしあんに先行させ、三日月は影に力を込めた。
     斬魔刀が腹へと食い込んだ段階で解放し、縄状に分裂させた影にて鬼の拘束を試みる。
     腕を、足を縛り付け、動きを止めることに成功した。
     しかしそれは僅かな時間だけ。軽い動作で振りほどかれ、行動を制するにはいたらない。
    「……」
     問題ない、今はまだ。
     最終的に倒せるのなら、その一助となれるのならば今は重ねていくだけだ。
     硬く杖を握りしめ、三日月は次に取るべき手を模索し始める……。

     杵の一振りで、守りに優れたものの体力ですら致命的な域まで持っていく鬼の力。地を叩くことによる地割れ、臼を突くことによる音色もまた侮ることなどできぬダメージが故……何が来ても、護るものはもちろん癒すものも油断できるタイミングはあり得ない。
    「ほれ、男どもはコレで頑張りな。ここが踏ん張りどころだ」
     軽い言葉とは裏腹に、泉の瞳は険しく細められていた。
     当然だ。今、闇の力を注ぎ込んだ光影の状態は、治療してなおそこまで良い状態となってはいない。まだまだ鬼に倒れる様子など見えないのに、こちら側の被害だけが積み重なっているように見える状態なのだから。
    「一気奮闘っ殴る殴る殴る殴る!」
     突破口を開かんと、夕陽が鬼に殴りかかった。
     二度、三度と重ねたはずなのに、鬼は欠片ほども揺るがない。
     いっそ殴ったほうが痛くなるような硬質な音色を響かせながら、ただただ杵を担ぎ周囲の様子を観察している。
    「おっと、よそ見はいけないな」
     すかさず深月紅が影を伸ばし、無防備とも思える胸板に切りつけた。
     傷は刻めた。
     だが薄い。
     守りを暴くことができたかどうかもわからない。
    「っ!」
     動きすらも淀まさず、鬼は再びフルスイング。光影を街灯までふっとばす。
    「……まだ……まだだ!!」
     仲間を守るとの覚悟と気力で立ち上がり、光影は駆け出しながら己に龍の籠を宿していく。
     己へと意識を向けているライドキャリバーに掃射を命じつつ、ただただ鬼を睨みつけた。
    「間に合うか……」
     立ち向かう意志を保っている光影に、泉は再び闇の力を注ぎ込む。
     次を耐えられるかどうかは五分。
     治療が間に合っていないわけではない。治療を間に合わせることができない状態なのだ。
     願わくば……!
    「っ!」
     光影が気力を振り絞り、美しき刃を持つ刀を斜めに振り下ろした。
     鬼の肩へと食いこんで、今宵初めてダメージらしいダメージを刻んでいく!
    「っ!?」
     直後、杵による一撃が光影を捉えた。
     ベンチへと叩きつけられた後、瞳を閉ざして沈黙する。
    「……私が抑えます。――大丈夫。私たちはただ、お伽をなぞるべく、全力を尽くすのみですから」
     代わりに明が飛び出して、光の刃を解き放った。
     鬼の顔面へとぶち当てて、意識を向けさせることに成功する。
    「……」
     睨まれ、睨み返し、さなかには霊犬の斬魔刀が足元を切りつけていく。
     光影が証明してくれた、重ねれば決定打を与えることができるとの事実を胸に、更なる勢いで攻めていこう!

     攻めの勢いは増加し、されど護るものは明と霊犬の二人だけ。
     霊犬が地割れに飲み込まれて一時的な消滅を迎えたなら、残るは明ただ一人。
    「鬼とはいつか必ず倒される存在。貴方にとってそれは、今……!」
     足を、膝を満たす痛みを和らげるため、明は力を増幅する。
     鬼から離れることは決してせず、ただただ護る役目を遂行する。
    「単調な音ではリスナーは喜びマセンね、ケハハ!」
     支え続けるものとして、ギターを掻き鳴らし続けるモーリスが符を風に乗せた。
     明が受け取っていくさまを横目に見たならば、改めて鬼へと意識を移していく。
    「フェローチェ!」
     もっとも、何を思うというわけではない。
     何をするというわけでもない。
     ビハインドのバロリにさり気なく指示を送り、取り付くが如く貼り付き攻撃を続けていく様に仮面の奥の瞳を細めるだけ。
     自身の役目は支えること。
     命だけではない。士気の面でも、ただただ盛り上げ続けること。
     音楽に詳しいわけではないから適当に。
     されど陽気に高らかに、ギターを掻き鳴らし続けるのだ。
     リズムに乗る三日月が、こしあんと共に鬼へと飛びかかった。
    「せーのっ、アタックです!!」
     自身は肥大化した爪を振るい、こしあんは噛み付いていく。
     守りも薄れてきたのだろう、双方の傷跡もまた深いものとして赤い体に刻まれた。
     が、動きは淀まない。
     杵の一振りが、明を花壇までふっ飛ばした。
    「今一度……いえ、次は無理ですね」
     己の状態を鑑みて、治療はいらぬと宣言した。
     なおも駆け寄りながら光の刃を夜空に掲げ、虚空へと振り下ろしていく。
    「光よ、奔れ!」
     闇の中を駆ける光刃が、鬼の肉体を切り裂いた。
    「フォルツァンド!」
     願われるまま、モーリスもまた破滅へのビートを刻んでいく。
     鬼の全身を揺さぶって、傷口を更に深いものへと変えていく。
     数多の攻撃を前に、動きが淀んでいくようにも思われた。
     されど杵で臼を突き、破壊の音色を周囲に轟かせる。
    「……」
     抱かれ、明が昏倒した。
     一瞥だけしたモーリスは静かな息を吐いた後、演奏を続けるギターの音色を更に高らかなものへと切り替える。
     空虚な音色が、これ以上夜空を汚さぬよう。
     星々が見守るのは猛々しき唄で良いのだと、鬼に教え込んでいく為に……。

    ●月の見守る結末は
     攻撃を重ねられ鬼が削がれたのは、守りの堅さだけではない。
     フルスイングの精度もまた、音を聞けば分かるほどに落ちていた。
    「っと、危ない危ない」
     守りに優れる二人を葬ったフルスイング。
     己が受ければ一撃でのされてしまうかもしれないと、夕陽は風圧を受けた腹のあたりを抑えながらほっと胸を撫で下ろす。
    「さあ、一気に行くぜ! 装甲が厚いといっても内側からは無防備だっ爆ぜ飛べっ」
     すぐさま意識を切り替えて、振るうは魔力を込めた杖。
     柔らかくなった腹筋へとめり込ませ、二度、三度と内部で魔力を爆裂させる。
     激しく揺さぶり押さえ込んでいるうちに、後方へと回り込んだのは深月紅。
    「何故、出てきたかはわからない」
     語りかけながら、振るうは焔に染まりし二本の刃。
    「けど赦すわけにはいかない」
     切り裂くたびに炎を与え、鬼の体を焼いていく。
    「全力で殺す」
     言葉の終わりに心臓と思しき場所に突き立てて、空虚な手応えに小さな息を吐いて行く。
     直後、鬼が振り向いてきた。
     視界の端に杵も見えた。
    「っ!」
     飛び退いては間に合わないとナイフを付き出し、自身は膝を曲げていく。
     ナイフに押されるがままに尻餅をつき、直撃だけは回避した。
    「……危ないない」
     手の痺れはあれど致命打は受けていないと、深月紅は転がるよう間合いの内側から退避した。
     一旦治療をしようと意識を集中させ……。
    「そら、このまま押し切るぞ」
     刹那、悠の放った影が鬼を戒めた。
     今まで刻んできた行く得物呪縛と重なり、鬼を完全な形で固定した。
     動けぬのなら、躊躇う必要などどこにもない。
    「それじゃあ……行くぞ」
     飛び起きた深月紅は再びナイフに焔を走らせ、胸板にバツの印を刻んでいく。
     さらなる炎で肉を炙り、消滅への導と成していく。
     導かれるがまま、夕陽もまた巨大な剣を炎で染めた。
    「燃えろっ無敵斬艦刀っいぃぃぃっとぉぉぉ! りょーーーだんっ!!」
     空高く飛び上がり、突きを背負い、攻撃を受け続ける鬼の脳天目掛けて振り下ろす。
     食い込んだのなら力を体重を乗せて、下へ、下へと目指していく。
     着地とともに飛び退いて、盛る炎の中を見た。
    「……これにて戦いも終了、かな」
     暴れることもなく、苦悶の声を漏らすこともなく、鬼は二つに分かれて崩れ落ちる。
     炎が収まっていくとともに、跡形もなく消滅した。
     静かな風が肌をなで、火照った体を癒してくれる。
     疲れた休憩を求めるけれど……その前に、倒れた仲間を抱き起こそう。安全な場所へと運び労おうか。

     ベンチへと移動し、治療を終え、武装を解き……二人が目覚める頃にはもう、周囲にも活気が戻っていた。
    「なんとか終わりましたね……怪我はないですか、皆さん?」
     改めて三日月が問いかければ、明が小さく頷いていく。
    「私は問題ありません。光影さんは……」
    「自分は少し長く掛かりそうだ」
     腕を動かしていた光影が、己の容態を鑑みて肩を竦めていく。
     幸いなる点があるとするならば、誰一人として命に別状があるものがいないことだろう。
     今宵の戦いに対する安堵の息が漏れていく。
     その上で、泉がふとした調子で呟いた。
    「まったくいったい何が起こっているんだろうな」
     鬼の出現、それが何を意味しているのか。今はまだわからない。
    「……サテ、路上ライブは終了デス、バロリ、帰りマショウ」
     分かることがあるとするならば、万全の準備を整えておくことだけ。
     モーリスがバロリと共に率先して帰路をたどり始めたなら、灼滅者たちもまた続いていく。
     調べることも重要だ。
     しかし、いざというときに力が残っていなければ意味が無い。
     故に、今は休息を。月も、星々も……夜もきっと、それを望んでいるはずだから。

    作者:飛翔優 重傷:片倉・光影(風刃義侠・d11798) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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