嗚呼、憐れなり。これが人の弱さよ。

    作者:なかなお

    ●心の闇に抗うことも出来ず
     ガラッと音をたてて開いたドアに、教室内にいた生徒達の視線が一斉に集まる。入ってきたのが小柄な一人の少年だと知れると、途端に室内の空気が嘲笑混じりのそれへと変わった。
    「くはっ、何だあの服、カッコつけてるつもりか?」
    「だっせー」
     あるグループがわざと聞こえるように囁きあえば、あちこちからクスクスと笑い声が上がる。
     羞恥に顔を真っ赤にした少年は、俯きながら教室の真ん中にある自分の席へと着いた。

     人一倍白い肌に、貧弱そうな体つき。その上野暮ったい丸眼鏡にはっきりしない性格とくれば、先月転校してきた少年がからかいの対象になるのは最早当然の流れだった。だが、それはあくまで『からかい』だったのだ。
     ――どうして、こうなってしまったんだろう。
     ごめんなさい、と見て見ぬふりをする誰かが呟く。
     それが、いじめられている張本人の策略であるとも知らずに。

    ●我ら灼滅者、己が闇に抗う者なり
    「もう、聞いてる人もいると思うけど」
     教室に集まった灼滅者達に、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はそう切り出した。
    「ヴァンパイア学園・朱雀門高校が動きを見せてる。今回皆にお願いする件も、その朱雀門高校のヴァンパイア絡みだよ」
     最近、朱雀門高校のヴァンパイア達が各地の高校に転校して、その学校を支配しようと動いているのだ。
     彼らの目的は、『学校の風紀や秩序を乱し、生徒達の闇堕ちを促進すること』。もちろん見過ごすことなどできないが、ヴァンパイアが強大なダークネスである以上、今完全に敵対するのは自殺行為だ。
    「だから、皆には灼滅や撃退じゃなくて、ヴァンパイアの意思を砕くことを目標に動いてほしいんだ」
     転校先の学校でのトラブルという程度で済ますことができれば、全面対決に発展する事もおそらくないだろう。
     今回は、戦わずに学園支配の意志を砕くことができれば、それが最良となる。
    「じゃあ、詳しい説明に移るね」
     まりんは手に持っていた高校のパンフレットを机の上に広げた。
    「このヴァンパイアは、転校先では桜木・元って名乗ってる。彼が学校を支配するためにしている行動は一つだけ――自らいじめの標的になること」
     初めはからかい程度で済んでいたそれを、いじめている側の嗜虐心を刺激して悪化させたのは元本人だった。
     このままではいじめはさらにエスカレートし、いじめている側は勿論、見て見ぬふりをしてやり過ごしている生徒達まで罪悪感に苛まれて闇へと堕ちてしまう。
    「接触のタイミングは昼休みだよ。彼は、一年C組の教室の真ん中の席に座ってるはず」
     この高校は私服登校が許可されているため私服で行けばいいが、どう見ても高校生に見えない場合はエイティーンを使用するといいかもしれない。
    「方法はみんなに任せるけど、『皆(灼滅者)を倒しても作戦は継続できない』と納得させることができれば、戦闘を避けて彼を撤退させることができるの」
     もしそれが難しくとも、戦闘において『このまま戦えば自分が倒されるだろう』と思わせることができれば、彼は同じように撤退を選ぶ。
    「戦闘になったら、彼はダンピールとリングスラッシャー、それからバトルオーラに似たサイキックを使用してくるよ」
     十分気を付けてね、と言うと、まりんは最後にきゅっと拳を握りしめた。
    「元々は悪い噂もない普通の学校だったんだよ。みんな、生徒さん達を闇から引っ張り出してあげて」


    参加者
    夜月・深玖(孤剣・d00901)
    御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)
    野々宮・遠路(心理迷彩・d04115)
    ジンザ・オールドマン(銃梟・d06183)
    立花・銀二(クリミナルビジー・d08733)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    リュカ・シャリエール(茨の騎士・d11909)

    ■リプレイ

    ●無機質な廊下
     ざわざわとざわつく廊下。生徒の行き交うそこでは、灼滅者達の姿が浮くことはなかった。ましてやプラチナチケットの効果付き――誰もが他のクラスの生徒だろうと気にも留めない。
    「休み時間に訊いた方々は、『知らない』『分からない』の一点張りだったわ」
     一人この学校の正規の制服に身を包んだ漣・静佳(黒水晶・d10904)が、歩む足はそのままに目を伏せる。関わり合いになりたくないのだと言わんばかりのその返答は、どうにも悲しいものだった。
     隣を歩く立花・銀二(クリミナルビジー・d08733)がふぅむ、と唸る。
    「どうにも、敵の思い通りになりすぎているようですね」
     すれ違う生徒達も、それぞれ談笑してはいるもののどこか晴れやかさに欠けている。
     その余所余所しい雰囲気に、エイティーンを使用しているリュカ・シャリエール(茨の騎士・d11909)はふっと眉を寄せた。
    「日本の文化や風習は好きです。けれども、日本は、日本人は嫌い」
     拙い日本語を紡ぎながら、リュカは以前過ごした海の向こうの国々を思い出す。
     何故、訴えないのか。何故、反旗を翻さないのか。何故、本心を包み隠すのか。自分が傷ついている時や、大事な誰かが苦しんでいる時にも、外国では、はっきりと声を荒げて感情を出すのに。
    「けれど、何故、嫌いになり切れないのですとなります……?」
     自らの知る日本人の顔見知りが、皆優しすぎるからだろうか――頭に浮かぶ人々の顔を、リュカは一つ頭を振ることで振り払った。今は依頼に集中しなければならない。
    「ヴァンパイアの好き勝手にさせませんよ! 絶対に、この野望を阻止してやります……」
    「随分と回りくどい手ですけれど、『収穫』には至らせません」
     きりりと気を引き締める御剣・裕也(黒曜石の輝き・d01461)に、ジンザ・オールドマン(銃梟・d06183)が続く。
     渡り廊下を渡って右へ曲がると、すぐにその教室は見つかった。
    「あそこだね。……もう準備も万端みたいだ」
     先頭に立つ野々宮・遠路(心理迷彩・d04115)が、一年C組の教室と、そのドア付近に立つ夜月・深玖(孤剣・d00901)と紅羽・流希(挑戦者・d10975)の姿を見て静かに言った。
     着崩した服装をし、まるで威嚇するような雰囲気を醸し出す二人も、六人の姿に気付く。
    「――」
     一度の目配せの後、二人は一年C組の教室へと入って行った。

    「昼休みに一人ぼっちで何やってるんだ?」

     開けっ放しの教室から、割り込みヴォイスを使用した深玖の嘲る声が聞こえてくる。
     廊下にいる生徒達は、またかと言うようにため息交じりにそそくさと教室から離れて行った。一方窓から見える室内の生徒達は、今更席を立つこともできずに居心地悪そうに身じろぎしている。
    「もう、ここで、終わらせましょう?」
     裕也は呟くように言った。
    「皆、そんな思い出なんて必要ないんです。苛めに加担してた思い出なんて」

    ●軋む教室
     教室の中心に、縮こまるようにして座る少年が一人。
     おどおどと周囲を見やる仕草は人によっては庇護心をくすぐられるだろうが、その不安がる瞳の中に含まれた警戒心と軽蔑心がそれを跳ねのけていた。
    「昼休みに一人ぼっちで何やってるんだ?」
     後ろのドアから教室内に入った深玖が、その背中に声をかける。丸まった背中が、びくりと震えた。
     流希がすたすたと近寄り、ぐい、と乱暴に肩を掴んで振り返らせる。突然の事態に目を丸くする少年――桜木・元に、流希はおやおやと呆れたように言った。
    「あなた、よくそんな格好をしていられますねぇ……? 鏡を見たことございますか?」
     途端に、元の頬がかっと赤く染まる。後ろの方の席からくすくすと下卑た笑い声が上がり、やがてその中の男子生徒数人が立ち上がって三人のもとにやってきた。
    「言われてんなあ? 桜木」
    「ちゃーんと俺らがアドバイスしてやってんのによぉ、言うこときかないからだぜ?」
     げらげらとヒートアップしていく男子生徒達の笑いを、いつの間にか閉じられていた後ろのドアが、ぱしん、と開く音が遮った。
    「何という悲劇でしょう!」
     その音に一斉に振り返った生徒達が、入ってきた乱入者の言葉ぱちくりと目を瞬かせる。
     一瞬にして場の空気をかっさらった銀二は、片手を額に当てて空を仰ぎながら続けた。
    「たった三年間の高校生活、クラスでいじめが起きるなんて!」
     あああ、と大げさなほど嘆くその姿に、それまで元を取り囲んでいた男子生徒達は銀二へと向き直った。邪魔をするなと言うように銀二を睨みつけ、それでも退く気配がないと知ると口を開く。
    「なんだ、てめぇ」
    「もうくだらない事はやめようよ。こんなこといつまでも続けてるのはおかしいよ」
     殆ど唸るような低い声に、銀二と共に教室に入った遠路が真っ向から挑んだ。ざわ、と室内の空気が揺れる。
    「悪口いったりするの、間違ってるって皆も思うでしょう? 今まで怖くて言えなかったけど、でも、勇気を出す時を間違ったらいけないなって……!」
     乱入者六名を振り返った元を庇うように歩み出た裕也の呼びかけに、周囲の生徒達はどうすればいいのか分からないと言うようにお互いに顔を見合わせた。
    「言いたいコト、無いですか? 心の闇に沈めちゃってるようなコト」
     戸惑う生徒達の背中を、帽子を目深に被ったジンザの声が押す。
    「……もう、やめてあげたら」
     暫くすると、一人の女子生徒が目をそらしながらも言った。
     その小さな声は、仲のいい女子生徒がそうだそうだと続くことで、次第に大きな声へと変わっていく。途端に避難の対象となった深玖は、居心地悪そうになんだよ、と悪態をついた。
     はあ、と流希が呆れた様にため息を吐く。
    「今まで見て見ぬフリしてた人達が何を言ってますか? 彼方達もその同類でしょう? ねぇ?」
    「そ、そうだよ! 今まで黙ってたくせに、偉そうなこと言ってんじゃねぇよ!」
     流希に便乗する男子生徒を、なら、と静佳は真っ直ぐに見据えた。
    「彼、どうしてイジメられてるの? 私達と変わらない姿よ、同じクラスメイト、よね?」
     今更と言えば今更なその問いに、しかし明確な答えはない。男子生徒達はもごもごと言葉を濁した。
    「こいつが、なんかうぜぇんだよ」
    「うじうじして、俺達が声かけても馴染もうとしなかったのはコイツの方だろ!」
    「それが、彼のペースなのかもしれない。人には人のペースがあるもの。ついていけなくても仕方ないわ」
     ね、と首を傾げられれば、それ以上反論は続かない。
    「貴方達は、相手を卑下して高みにいると錯覚して酔い痴れたいのでありますですか?」
     諭す様にリュカが言えば、次に赤くなるのは男子生徒達の番だった。リュカは周りの生徒達を見回して続ける。
    「皆さんも……何も出来ないと傍観に徹して、安全圏を確かめていたいのでありませんか?」
     ――気まずい沈黙が室内に流れた。

    ●ありふれた言葉
    「…‥ごめん」
     ぽつり、誰かが呟く。
     きっかけがあれば、その波紋は瞬く間に室内全体へと広がっていった。ごめん、ごめんね、とあちこちから謝罪の声が上がる。
     まるで都合のいい生徒達を、遠路は内心冷めた目で見ていた。
    (「自分より下だと見た者を攻撃する。塁が及ばないよう見て見ぬふりをし、止める側が主流になればそちらに流れる」)
     どちらもどうしようもなく救いようがない。そして、それは自分も同じなのだ。
    「ぼ、ぼくは」
     一気にクラスの雰囲気が『いじめ、かっこ悪い』の方向に流れていく中、声を上げたのは、それまで流れに身を任せるしかなかった元だった。
     硬く目を瞑るその表情から恐らく謝罪を拒絶するつもりだろうと予測した銀二が、すかさず、
    「今まで見て見ぬフリをしてきてごめんなさいです」
     とその手を取って頭を下げる。
    「こんなに爪が食い込むまで手を握って……」
     きゅっと眉を下げて裕也にまで続かれては、元の入り込むすきはなかった。
    「安心して。もう君が苛められることはない。そうだよね?」
     トドメとばかりに、遠路がもう一度生徒達に問いかける。
     生徒達は立ち上がり、半ば威圧するような視線をいじめる側であった男子生徒達と深玖、流希に向けた。
     深玖は身じろぎ、がしがしと自らの髪を掻き上げる。
    「……悪かったよ」
     周りからしてみれば、深玖もいじめる側の一人にすぎない。その一人から成された謝罪の言葉には、とても大きな意味があった。
     それまで元を嘲笑ってきた男子生徒達が、舌を打ちながらも自らの席へと戻る。この状況下でも元をからかい続けるだけの図太さは彼らにもなかった。
    「なるほど」
     あくまで悪役を演じ切る流希が、軽く肩を竦めて身を翻す。
    「数の暴力に頼りますか。一人では何も出来ないくせにねぇ……」
     去り際に吐き捨てられた言葉は、それまで黙視するという形でいじめに加担してきた生徒達にはいい戒めとなっただろう。
     悪かったな、ともう一度元に告げた深玖も、流希を追いかけるようにして教室を出ていく。
     ――弱さがあるから、人は仲間と支え合う。
     一年C組のクラスメイト達が見せた人間らしい弱さに、小さく笑みを浮かべて。

    ●聳え立つ誇り
    『あり、がとう。お礼……したいから、ちょっといい?』
     元のその言葉に、灼滅者達は大人しく場所を移した。授業が始まり人気のない中庭で、八人と一人は向かい合う。
    「やっぱり」
     中庭に出るなり六人と合流した深玖と流希に、元は注意しなければ分からないほどの小さな笑みを浮かべた。
    「君達、この学校の生徒じゃない……よね。ぼく、が、知らないなんて……あ、ありえない、もの」
     相変わらず怯えた様な言動を崩さない元に、ジンザは器用に片眉を上げた。
    「もしかして『素』でもそんなキャラで?」
     その問いに、元は答えない。
    「それ、で……き、君達は、何がしたかった……わけ?」
     代わりに問いで返されて、流希は何でもない事のように肩を竦めた。
    「私たちは貴方に対する苛めを止めたかっただけですがねぇ……何か問題でも?」
    「彼らは君が利用できるくらい弱かった。だから僕らもそれを利用した。こうなることは必然だよ」
     目を瞬かせる元に、遠路が続く。元はゆっくりと首をかしげた。
    「ん……君達、ぼ、僕と……戦いにきた、の?」
    「違いますよ」
     裕也が何を馬鹿なことを、と言うように否定する。
    「ただ、貴方に退いてもらいたいだけです」
    「……どうして?」
    「長い人生のうちたったの三年間……高校生と言う青春を若者から奪ってはダメなのです!」
     おどけた様にウィンクをする銀二に、それでもまだ退こうとはしない元は、さてどうするべきかと考えているようだ。
     リュカがゆるりと首を振る。
    「貴方の居場所は、もうここにはないでありますです」
    「そう……だね。で、でも、他にも、やり方はある……かもしれない」
     往生際悪く案をひねり出そうとしているらしい元に、静佳はそっと目を細めた。
    「貴方、……誇りはないの?」
     ――知りたい。本にはない、人でもない、貴方達の感情、を。
     その一心で、静佳は震える手を隠して微笑む。その時初めて、元の目の奥で隠された本性が蠢いた。
    「……僕の誇りは」
     およそ外見とは似合わない高圧的な声音が、元の口から紡ぎだされる。
    「こんな低レベルな所にはない。君たちの誇りが、あんな馬鹿げた寸劇に煽られる人間共とは同じところに無いようにね」
    「やめろよ」
     くつりと喉を鳴らした元に、深玖は不愉快そうに顔を歪めた。
    「俺達をお前と同類みたいに扱うな」
    「それは失敬」
     嫌がる深玖をよそに、元は愉しげに笑う。笑いが収まった頃、ようやく元は八人に背を向けた。
    「じゃあ『誇り高い』挑戦者に免じて、今回は僕が退くとしよう。実のところ、苛められているだけと言うのはつまらないものだった」
     次はもっといい案を持って君達に挑んでみるさ――ひらひらと手を振る元が、三歩ほど歩いたところで思い出したように足を止めて振り返る。
    「ところで、君達は何者なんだ?」
     まるで昨日の夕食を聞くかのような軽いトーンで寄越された問い。
     ジンザはかちゃりと眼鏡を掛け直した。
    「ただの灼滅者ですよ。眼鏡への冒涜が許せない、ただそれだけのね」

    作者:なかなお 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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