人喰いの鬼

    作者:天木一

    「ぎゃああああ!」
     夕日が照らす校舎に叫び声が木霊する。ぐちゃりとスイカを砕いたような音。
    「助けて! 誰かぁ!」
    「逃げろ……逃げろ!」
     蜘蛛の子を散らすように悲鳴が逃げ惑う。そして、後を追うようにどしんどしんと、重い足音が響く。
     同じような事が何度も起こり、その度に悲鳴を上げる人の数が減っていく。
     そんな中、2人の少女がトイレの一室に隠れていた。
     どしんどしんと、重々しい音が廊下に響き、トイレの傍まで近づいてくる。
    「ひっ……」
     脅えた少女達は抱き合うように声を潜める。物音を立てないように、互いの心臓の早鐘だけが響く。音はトイレの前で止まった。しんとした無音が僅かに訪れる。それは少女達にすれば長い長い時間だった。
     どしんどしんと、ゆっくり足音が離れていく。
    「……助かった」
    「ぐすっ……うぅ」
     遠ざかる足音に、声を殺しながらも2人は安堵の息を吐く。
     それが油断だった。少女の体がトイレの排水スイッチを押してしまう。無音だった室内に水の流れる音が響く。
    「……っあ」
     その出来事に茫然自失となり、そして恐怖に身を震わせると、2人は声を潜めじっと身を屈めた。
     水の音は途絶え、静寂が戻る。何秒経っただろうか、足音は聞こえない。
     もしかしたら遠く離れてしまい、水の音に気付かなかったのかもしれない。2人は顔を上げた。そこには個室の扉の上の隙間からこちらを覗く顔。
     それは睨むような鋭い目、牙のある大きな口。そして頭には角がある。御伽噺の鬼の顔だった。
     鬼はニタリと哂い、扉を引き剥がした。筋骨隆々な赤い皮膚をした巨大な鬼の姿が現われる。
     鬼の全身は元より赤いが、更に血で濡れていた。
    「……ひぃっ!」
     逃げる事も出来ない少女達の前で、その手に持つ大きく無骨なハンマーを振り上げ、叩き潰した。
     何度も何度も叩き、血と肉がぐちゃぐちゃに混ざり合う。
     2人が一つの肉塊になった頃、漸くその手を休め、くちゃりくちゃりと咀嚼を始める。
     鬼は美味そうに肉を喰らうと、恍惚の笑みを浮かべた。
     
    「やあみんな、来てくれたね」
     真剣な表情の能登・誠一郎(高校生エクスブレイン・dn0103)が灼滅者達を待っていた。
    「ある小学校に鬼が現われて、多くの人が犠牲になってしまうんだよ」
     深刻そうに誠一郎が告げる。
    「鬼はまるで地獄絵図に載っているような鬼そのもので……人を食べてしまうんだ」
     鬼が何故現われ、人を襲うのか理由は分からない。
    「このままだと何十人もの犠牲者が出てしまうんだよ、なんとしても止めて欲しいんだ」
     傍に控えていた貴堂・イルマ(小学生殺人鬼・dn0093)が説明を続ける。
    「鬼が現われるのは夕方だが、小学校にはクラブ活動で多くの人が残っている。鬼の犠牲にならないよう避難させないとならない」
     とはいえ、鬼が現われる前に逃がしたのでは、獲物の居ない学校から標的を変えてしまうかもしれない。
    「鬼というだけあって、力が強く体も頑強だ。手強い相手になるだろう」
     被害を減らす為にも油断無く戦いたい。
    「敵は正体不明の鬼だ。今分かっているのは鬼が人を襲うということだけ。だが戦うにはそれだけで十分だろう」
     誰かを守る為に戦う。その理由があればどんな敵とも戦えるとイルマは強い意思を瞳に宿す。
    「微力ながらわたしも力添えさせてもらう。共に鬼退治といこう」
     そう言ってイルマは頭を下げた。
    「犠牲を出さないようにするのは大変だと思うけど、一人でも多くの人を助けてあげて欲しい、お願いするよ」
     足早に教室から出ようとする灼滅者達を、誠一郎は祈るように見送った。


    参加者
    紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)
    アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)
    久野儀・詩歌(絞めて嬲って緩めて絞めて・d04110)
    水葉・椛(秋の調・d05051)
    咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)
    大御神・緋女(紅月鬼・d14039)
    関・銀麗(東海青竜王・d15670)
    楚々・小梅(玉織姫・d15744)

    ■リプレイ

    ●鬼来たる
     少し古びた小学校の校舎。日が傾き始める中、子供達の元気な声が響く。
    「職場体験学習なんだけど、警備手伝ってもいいかな?」
     紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358)は関係者と偽り、正門に居る年配の警備員に話しかける。
    「わらわも手伝うのじゃ」
     隣の大御神・緋女(紅月鬼・d14039)も同じく声をかけると、気さくな警備員は喜んで応じてくれる。
    「鬼は羅刹の一種なのかい? 何にせよ年下の子が殺されるのは気分が悪いしね、鬼退治といこうじゃあないか」
     久野儀・詩歌(絞めて嬲って緩めて絞めて・d04110)がタフな鬼を嬲る想像をして薄く笑う。
    「人喰いの鬼ですか……しかも標的が幼気な小学生。そんな下衆野郎はささっと退治しないとですね」
     水葉・椛(秋の調・d05051)が、暴虐な鬼に怒りを覚え目を怒らせる。
    「はっ!? また目つきが悪くなっちゃう……笑顔♪ 笑顔♪」
     鋭い目になっていたのに気付き、笑みを浮かべて和らげる。
    「しかしこんな街中に人食い鬼かい。何処から湧いて出たのやら……」
     ガムを噛みながら咬山・千尋(中学生ダンピール・d07814)は、正門近くに身を潜め周囲を警戒する。
    「……私ともそんなに年も変わらないくらいの方たちですから……絶対に助けなきゃ……!」
     楽しそうに笑う小学生達を見て、アリス・クインハート(灼滅者の国のアリス・d03765)は強く決意を固める。
    「一般人の、しかも小学生を狙うなんて許せないわね」
    「ああ、必ず止めてみせる」
     闇を纏い姿を隠した関・銀麗(東海青竜王・d15670)と、小学生に紛れ込む貴堂・イルマ(小学生殺人鬼・dn0093)は周囲を警戒しながら、鬼の出現を待つ。
    「まだでございましょうか」
     小学校の制服を着た楚々・小梅(玉織姫・d15744)は、正門の近くで友達を待つ振りをする。だが実際に待っているのは人ではなく鬼だった。
     その時、どしんどしんと重々しい地響きが聞こえる。その音はだんだんと近づいてくる。
     ぬうっと建物の陰から視界に現われたのは、2メートルはあるかという巨体。赤い筋肉の鎧を身を纏い、口には獣のように鋭い牙、頭部には短い角が生えている。それは赤鬼。殺気を漲らせ、巨大なハンマーを担ぎ、小学校へと向かってくる。
    「ん、アレが例の鬼やな。もうどっからどう見ても、昔話そのままの伝統的な鬼や」
     最初に目標を発見した千尋は、素早く携帯電話から待機している仲間に連絡を送り、自分も鬼の前へと駆け出す。
     連絡を受けた仲間達は一斉に動き出した。
    「不審者がいる。念のため正門から小学生達を遠ざけて避難誘導して!」
     焦った様子で殊亜が警備員に向かって叫ぶ。警備員は遠目にも分かる異形、現われた鬼の姿を見て固まっていた。
    「警備員さん!」
    「あ……ああ、に、逃げよう!」
     アリスの呼びかけに我に返ったのか、近くに居たアリスを逃がそうと校舎に向かい始める。
    「みなさん校舎の中に逃げてください!」
    「校舎に入るのじゃ!」
     椛が校庭の子供達に精神波を送り、緋女も声を掛け、守るように校舎の中へと誘導する。
    「ここは危険だ、速く校舎へ避難しろ!」
     イルマも校庭側から殺気を放ち、子供や教師を校舎へ動くように指示した。
     子供達は分けも分からぬまま、一斉に動き出す。混乱しながらも、校舎へと入っていく。
    「絵に描いた様な鬼。とはこういう事を指すのかな」
     詩歌は鬼の行く手を阻むように前に立つ。
    「久しぶりに全力でやるから、消えてもらうわ」
     姿を現した銀麗もまた子供達へ向かわせないと間に立った。
    「はてさて、相手が鬼ならば、楚々達は桃太郎でございましょうか……児童の学び舎を汚す輩は許しませんよ」
     笑みを浮かべた小梅が鬼を見上げる。その目を細め、殺気を放った。

    ●赤鬼
     赤鬼は堂々と道を歩く。道端に止めてある車を蹴り飛ばし、真っ直ぐに校門へと向かってくる。
     その目には校舎へと走る子供達の群れ、獲物の群れが捉えられていた。
    「来い、力比べだ!」
     ライドキャリバーのディープファイアに乗った殊亜が光の剣を構える。光の出力を上げ、剣は大剣と化す。
     鬼は大きく息を吸う。そして担いだハンマーを無造作に振り下ろした。その目前に符が飛び込み防壁を張る。詩歌が護りの護符を打っていた。
     ハンマーはその符に僅かに勢いを削がれながらも、殊亜を襲う。どんっと重々しい衝撃、剣で受けた殊亜の体が沈む。だが何とかその一撃を受け止めていた。
     そのままディープファイアはアクセル全開で突撃する。次の瞬間、ディープファイアごと殊亜は宙に飛ばされていた。見れば鬼が左拳を突き出した状態で立っていた。
     鬼は障害物をどけ校舎に逃げようとする子供達に向かい進む。その前に千尋が立つ。
    「どこに行くつもりだ、鬼退治はこれからだろ」
     千尋は棺桶を鬼に向ける。すると棺桶が展開し、内蔵のガトリングが姿を現す。銃口から無数の火弾が撃ち出される。弾丸は鬼に当たり体に火を燃え移す。
     だが鬼の歩みは止まらない、燃えたまま近づき横薙ぎにハンマーを振り抜く。
     銀麗はその前に護符を飛ばす。ハンマーは護符を吹き飛ばしながら千尋に迫る。それを棺桶で受け止めるが、勢いに負け吹き飛ばされる。
    「おやおや、子供に豆でもぶつけられに来たのかい? だとしたら四ヶ月半ちょっと遅刻なんじゃあないかな?」
     軽口を叩きながら詩歌が鞭剣を伸ばし、鞭のような刃を叩きつけて鬼を斬り裂く。
    「それじゃあ節分に遅れた罰で鞭打ちだね」
     何度も鬼を叩き斬り、最後に巻きつけ拘束する。
    「鬼さん、こちら。手のなる方へ、でございます」
     謡うように口ずさみながら、小梅の影が枝のように伸びると、鬼を貫き梅の影絵を咲かす。
    「一般人の避難が終わるまで死守するわよ」
     仲間が注意を引いている間に銀麗が符で千尋の傷を癒す。
     校舎に向かう鬼の前にライドキャリバーが立ち塞がる。邪魔者を叩き潰そうと、鬼は大きくハンマーを振り上げた。
     そこに横手から騎乗した殊亜が飛び込む。吹き飛ばされた後、校門の壁に着地し、そのまま壁をキャリバーで走って跳んだのだ。
     空中からディープファイアが機銃を撃ち、鬼が怯んだ所に殊亜は炎を宿した光剣を振り下ろす。
     刃は鬼の肩を斬り傷口を焼く。しかし鬼は煩わしそうに腕を振って迎撃すると、勢いで鞭剣の拘束を吹き飛ばした。
     その隙を突き、千尋が仕掛けた。足元の影から蝙蝠の群れが羽ばたき、鬼を覆いつくす。
     詩歌と銀麗は護符を放って二人の援護をする。

     校舎の入り口では大勢の人が集まり渋滞となっていた。慌て急ぎ入ろうとする人々が押し合い、転倒したりして進みが遅くなる。
    「落ち着くのじゃ! わらわたちがいるから安心して避難するのじゃ!」
    「大丈夫ですから! 順番に中に入ってください!」
     緋女と椛が必死に子供達を宥めて、校舎の中へと進めさせる。
    「向こうの入り口もある、慌てるな!」
     イルマも最後尾から子供達を誘導する。蓮司、氷花、摩那斗の3名も避難の手伝いに参加していた。
    「警備員さんこっちですっ、……すみません警備員さん、失礼いたします……」
     アリスは警備員を校舎に入れると、その背後から首筋に噛み付く。口から一筋血が流れ落ちると、警備員は呆然と立ち尽くす。記憶を曖昧にして脱力したのだ。
     そしてアリスが校門に戻ろうとした時、飛んでくる影に気付いた。咄嗟に飛び退くと、そこに落下したのは大きく車体をへこませたライドキャリバーだった。
     見れば赤鬼は既に校門を潜り、こちらに近づいてきている。その視線は校舎に居る無数の獲物に向けられていた。
    「そんなことっ……、絶対にさせません!」
     アリスは白銀の剣と大きな鍵を手に持ち、小さな体で鬼へと立ち向かう。その背には純白のオーラが翼となって形作る。
    「お、鬼だー!」
    「化け物、化け物だ!」
     鬼の姿を見た子供達の悲鳴。我先にと逃げようとし混乱がより大きくなる。校舎に入れず弾き飛ばされ、一人の少年が外に逃げようとする。それを鬼の目が捉えた。
     鬼の跳躍。ずしんと地響きと共に少年の前に着地した。腰を抜かして座り込む少年に牙を見せて笑うと、ハンマーを振り下ろす。
     それは少年を潰す直前に止まった。
    「喰わせぬ、絶対にじゃ」
     少年の頭上ぎりぎり、緋女が大剣で受け止めている。そこにアリスが飛び込み少年を確保して連れ出す。
     校門に居た灼滅者達もすぐさま追いつき取り囲む。
    『ゥゥゥゥォォォォオ!!』
     獲物を横取りされ、鬼が咆えた。まるで獣の如き咆哮。
    「後は俺達が避難誘導を受け持つ、だから鬼の迎撃に行ってくれ」
     蓮司が転んだ子供を支えて、イルマに声をかける。
    「避難なら僕達だけで十分だよ」
    「そうです、安心してください。わたしたちが指一本触れさせませんから」
     ライドキャリバーで子供を運ぶ摩那斗と、隣で泣く子を宥める氷花も同じく頷いた。
    「行きましょう!」
    「……分かった、後は任せる」
     近くで誘導していた椛が賛同すると、イルマは3人の顔を見て頷き、椛と共に鬼に向かって駆け出した。

    ●鬼退治
     決して校舎には近づけないと、決死の覚悟を持って灼滅者達は鬼を囲む。
    「醜い鬼は成敗なのです!!」
     椛が突っ込む。右腕を鬼の如く異形化して、拳を赤鬼の脇腹に叩き込む。食い込んだ拳の衝撃に赤鬼は僅かによろめいた。
    「強力なんだけど、鬼と同じ見た目なのが残念ね」
     そう呟く椛に、赤鬼はハンマーを叩きつけようとする。
    「させん!」
     イルマの影が豹の形をとり、音も無く地を駆けると赤鬼の足に喰らいついた。
    「ふふ……縛ってあげるよ」
     詩歌も鞭剣を伸ばして鬼の腕に絡み付ける。
    「みんなを護る為に、頑張らないと!」
     そこにアリスが剣と鍵で十字に空間を斬り裂く。すると現われた赤い逆十時が鬼の胸に傷をつけ、鬼はぐらりと体勢を崩し膝をついた。
     好機と殊亜と千尋が仕掛ける。殊亜が光刃を放ち、千尋が掌から妖気で作り出した赤い長剣で斬り掛かる。
     赤鬼は千尋の剣を腕で受け止めると、殊亜に向かって突っ込んだ。腹に光刃を受けて大きな傷を作り、手と足に絡みついた鞭剣と影を引き千切り、傷を深くしながらも、全く頓着せずに突進する。
    『ゴォォォォォォォォ!』
     迫る鬼、殊亜にぶつかる瞬間、横から緋女が鬼に仕掛ける。
    「そうはさせんのじゃ!」
     手にした杖に魔力を籠め、野球のようにフルスイングした。硬い手応え。
     鬼は顔を殴られ牙が折れる。だがそれでも突進のスピードを緩めなかった。体当たりに殊亜が校舎の壁まで吹き飛ばされる。鬼は更にそれを追おうとする。
    「好き勝手してくれるわね」
     ライフルを構えた銀麗が一条の光線を撃つ。その一撃は鬼の頭部を直撃し怯ませた。
    「今、治療いたします」
     小梅の縛霊手が光る。何処からともなく漂う梅の香、撃ち出された光が殊亜を包み込み、傷を癒す。
     隙を見せた鬼の懐に椛が飛び込み、オーラを帯びた拳で殴る。腹から胸、顔へと連打を打ち込み、最後の大振りのフックが顎を捉えた。
     鬼は椛を押し潰すように前のめりに突っ込む。椛は転がって抜け出た。鬼は倒れ込む前に手を突く、そして前方へ駆け出す。それは殊亜の居る方向……否、その背後、校舎の方向だった。
    『ゴオオオオオオオ!』
     咆える。その先に獲物の群れが居る事を知っている。大勢の子供が詰め込まれ、鬼にとって校舎の中は餌場と化しているのだ。
    「それは拙いやろ」
    「そっちには行かせないです! ジャバウォックさん!」
     鬼の背後から、千尋が逆十時を描いて斬り裂き、アリスの影がドラゴンの首のように伸び、鬼を飲み込む。
     だが鬼は止まらない。傷から血を垂れ流し、影に全身を蝕まれても、前へと足を進める。
    「ほんとにタフだね、でもしつこいと嫌われるんだよ」
    「いい加減に消えてよね」
     詩歌が背後から影を刃とし、足から頭部まで幾つもの斬り傷を入れると、銀麗が風の刃で傷口を広げ、オーラを放って肉を抉る。
    「紅い悪鬼なぞ伝承の中だけでよい、わらわが最後の鬼となるのじゃ、紅月鬼の緋女がいざ参る」
     正面から緋女が対峙する。腕を鬼の様に異形化し、赤鬼の腕と交差する。赤鬼の拳は緋女の体を軽々と吹き飛ばす。その鬼の腹には大きな穴。緋女の拳は鬼の腹に穴を開けていた。
    「人々を護る為に、ここで仕留める!」
     同時にイルマが頭上から仕掛ける。影の獣が鬼の首に喰らいつく。肉を抉り取り、首の骨が見える。だが鬼は振り払うようにイルマを吹き飛ばした。
    「この先は児童を護る学び舎、一歩も踏み込ませはしません」
     小梅の影が鬼に襲い掛かる。鬼は影の枝に全身を貫かれながらも進み、前を見た。
     校舎までもう僅か、そこに倒れていた殊亜がゆっくりと起き上がる。
    「……誰一人傷つけさせはしない」
     静かで強い意思の声。
    『オオオオオオオオオォ!!』
     咆哮と共に鬼が突進する。殊亜は正面から光の剣を振るい、鬼を阻む。
     ぶつかり合い、骨の折れる鈍い音と共に吹き飛ばされる殊亜。口からは血が流れる。そしてぼとりと落ちる音。見れば鬼の右腕が切断されていた。
    「視界から消えるまで潰してあげます」
     椛が紅の翼の装飾が施された杖を振り上げる。青い珠から零れんばかりの魔力が解放たれ、それを鬼の頭上から叩き付けた。
     ぐちゃりと鬼の角を砕き、頭を打ち砕いた。
     呆然と、動かなくなった鬼は仰向けて倒れ、そして薄っすらと存在をなくし、最後には何も残さず消えた。

    ●御伽噺の終り
    「大勢の人を護ることができました! 嬉しいです……!」
     アリスは一般人に被害者が出なかった事を喜ぶ。
    「無事に解決できて良かったわね」
     銀麗が無事だった子供達を見て朗らかに笑う。
     倒れた殊亜に小梅と詩歌が処置を施すと、傷を庇いながら殊亜が立ち上がり、大丈夫だと笑ってみせる。
    「鬼退治なら正義が勝つのが王道」
    「そうだな……おとぎ話のように、ハッピーエンドがいい」
     殊亜の言葉に、イルマも笑みを浮かべて同意する。
    「まあ昔話の鬼なら最後は負けるのが当然や」
    「鬼は外ってね」
     千尋は新しいガムを噛み、詩歌も存分に戦えて満足そうな顔だった。
    「ふぅ……鬼退治終了です!」
     椛は鬼との戦いで、目つきの悪くなった表情をほぐすように笑顔になる。
    「これで、めでたしめでたし、でございます」
     小梅は服の乱れを直し、御伽噺の決まり文句を告げる。
     緋女はそんな仲間達を見て、自分の犬歯に触れる。それは自分が鬼ではなく人であると確かめるよう。緋女は一人頷く。
    「それでは皆、帰るのじゃ!」
     緋女を先頭に、灼滅者達は夕日に染まった校庭を歩き出す。
     その時後ろから追いかけてくる小さな足音。
    「あ……おねえちゃんたち、ありがとう!」
     先程助けた少年がそう叫び、また校舎へと走っていく。その後を追う鬼はもう居ない。
     その姿に、灼滅者達に温かい笑顔が宿る。
     大勢の笑顔を鬼から護った実感と共に、学校を後にした。

    作者:天木一 重傷:紗守・殊亜(幻影の真紅・d01358) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ