彼岸幻想

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     梅雨の合間に晴れ空が覗いた一日のことだ。
     父、母、兄に弟。四人の家族はその夜、河原で少し気の早い花火をささやかに楽しみ、岐路へと着く筈だった。
     
     花を摘みに行った母が帰ってこない。
     日はとうに落ちきり、灯りらしい灯りのない水辺は薄暗かった。流れる水の上に、遠い街灯りと、朧な月が揺らめいている。
     深い漆黒をたたえた河に浮かぶ光。それがまるで漂う人の魂のように見えたのは、水と共に河を下るぬるい風が、嘔吐感をもよおす生臭さを含んでいることに気付いたから。
     目を疑った。臭い空気をごくりと飲み、父は河中に飛び込んだ。
     まず流れてきたのはちぎられた人の両腕だった。白い骨が剥き出しになったそれを拾い上げ、呆然と前を見る。
     両腕の無い女の死骸が流れてきた。
     表情を失った顔は額がばっくりと割れ、血と何かが混ざり合った液体で汚れていたが、確かに彼が伴侶としていた女の顔だった。
     
    「う、うぁ、……、うわぁぁぁぁ――――っ!!」
     恐怖とも悲しみともつかない叫びをあげ、父は無我夢中で岸に這い戻った。怯えきった子供達の肩を抱き、むせび泣いた。父の肩越しに、兄弟は異様なものが向かってくるのを見る。
     皮膚は人ならざる色をし、2本の角が広い額を突き破っている。顔はおおよそ世に生を受けたものとは思えぬ程に醜く、憤怒の形相でこちらを睨みつける巨体。
     鬼。
     そうとしか形容できぬ異形。
     鬼は手にした斧を振りかぶると、父親の頭を真っ二つに叩き割った。脳、骨、髪、舌、目玉、あらゆる残骸が血と共に飛び散り、河原の石を汚す。
     何が起こったのか、理解の追いついていない兄弟に、鬼がぎろりと白い眼を向けた。
     遺されたのは、揃いの無残な死体。鬼はそれが唯の肉と化すまで叩き潰すと、気の済むまで喰らい、残りを黒い河に放り投げた。
     
    ●warning
    「さぁ鬼退治だ」
     鷹神・豊(高校生エクスブレイン・dn0052)は、己の口から出たその文句が馬鹿馬鹿しいとばかりに、一瞬すれた笑みを浮かべた。
     だが、すぐに真顔に戻る。それが事の深刻さを表していた。
     現在、日本各地に鬼の姿の化物が現れ、暴虐を働く事件が多発している。これもその一端というわけらしい。
    「鬼についての詳細は現在調査中だ。君達には、この河原に夜現れた鬼を撃退して頂きたい」
     鷹神は地図を黒板に貼ると、教鞭で位置を指し示す。
     大規模な水系の支流のひとつで、市街地の端を通っているようだ。水辺に光源は乏しく、薄暗い中での戦いとなるだろう。
     更には、河の中での戦いになる事も考えられる。
     別段急流でもないし、深い場所でも俺の膝上ぐらいだがと、鷹神は自分の足を示した。
    「……その被害者の家族は、どうなるの?」
    「あぁ、その話な。お気の毒だが……」
     鷹神は金の眸を伏せ、首を振る。答えはそれで十分だった。彼は鬼への憤慨を隠さず、強い口調で続ける。
    「介入できるタイミングは兄弟が死んだ後。戦闘をふっかければ家族はすぐに鬼の言いなりになるゾンビと化し、君達を襲ってくる。はっきり言って弱いが盾ぐらいにはなる」
     ゾンビは灼滅者達に直接掴みがかり、武器を封じたり、足止めを行ったり、鬼への攻撃を邪魔するという。
    「鬼のほうは体力が高く、攻撃力も高い。ダークネスに勝るとも劣らない強敵だ」
     巨斧での力任せな斬りつけが得意技で、これは龍骨斬りに相当する。ほか、鬼神変や集気法、妖冷弾に似た技なども放ってくる青い鬼だという。
    「しかしまぁ河原に鬼とは御大層なことで、三途の渡しじゃあるまいし。ふざけるのも大概にしやがれってんだな。……あー、うん、失礼。被害者の件は、胸中お察しするが、せめてこの鬼畜生を屠ってやるのが最大限の供養と思ってくれ。君達の健闘を祈る。灼滅せよ!」
     そう、常のように勝気に笑うと、エクスブレインは灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    桜木・栞那(小夜啼鳥・d01301)
    江楠・マキナ(トーチカ・d01597)
    比良坂・八津葉(死魂の炉心・d02642)
    室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)
    蓮咲・煉(錆色アプフェル・d04035)
    鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)
    琴葉・いろは(とかなくて・d11000)
    穐田・篠生(切裂慕情・d17664)

    ■リプレイ

    ●1
     生温い風が吹いていた。水と、土と、死のにおいを運ぶ凶風が河原を包んでいた。この地に、人の姿はない。血染めの鬼と、斧だけが、朧な月明かりを弾いてぬらりと耀いている。
     まるで地獄。無数の朧な灯が黒い水面の上を彷徨う中、遠くで生まれた八の灯火がまっすぐに河を遡ってくる。鬼を討伐する、その目的をもって彼岸を駆ける戦乙女達の掲げた灯りが、鬼へと迫りつつあった。
    「速攻で片をつけるわよ」
     灼滅者一行の先頭を行く比良坂・八津葉(死魂の炉心・d02642)が走りながら腕に念を籠め、桜木・栞那(小夜啼鳥・d01301)と室本・香乃果(ネモフィラの憧憬・d03135)がその後に続く。動き易さを意識した装備で足場の不安はある程度解消できた。迷わず鬼へ突撃する三人の足元で、不意に何かが蠢く。
    「皆様、足元にご注意を!」
     ぼんやり闇に浮かんでいた清潔な白の服が、不意に禍々しい存在感を持った。
    「御機嫌よう、鬼畜生。美しい死は貴方に相応しくない」
     穐田・篠生(切裂慕情・d17664)の発す殺気にも動じず、影は栞那と香乃果の足へがっと絡みつく。もう一体、八津葉へと向かおうとした影を鏑木・カンナ(疾駆者・d04682)の相棒ハヤテが河へ跳ね飛ばす。叩きつけるような水音を聴きながら、栞那は足元へ目線を落とした。
     弟だろうか。兄だろうか。頭部の破壊された屍からは特定出来ない。声もあげず足にしがみつくそれに、恐怖は感じない。胸の内を濡らすのは、悔やむ心だけ。
    「間に合わなくて、ごめんね……」
     香乃果が絞り出すような声を漏らすのが聞こえた。橙の灯りに照らされた彼女の瞳は、普段の宝石のような藍には見えない。優しげなまなざしが深い悲しみに揺れていた。栞那はそっと、目線を屍へ戻す。
     ――なぜ、彼らは死ななければならなかったの。
     過った言葉を打ち払い、紅の氣を纏わせた太刀で絡みつく腕を一刀両断した。同時に隣から爆発音がし、目のくらむ閃光が走る。その隙に足止めを逃れ、剣の切っ先を鬼へと向けた栞那を、三白眼がぎろりとねめつける。
    「……鬼さんこちら、よ。最期の鬼ごっこを、始めましょう?」
     栞那の澄んだまなざしと、鬼の狂眼が交わったのは一瞬。八津葉が両者の間に素早く割って入った。限界まで膨張させた鬼神の左手を高く振り上げ、腕を失ってもがく屍へとしこたま叩きつける。
     隙の出来たその背へ、鬼が突進する。八津葉は、潰れた少年の屍を見たままだ。
    「アンタ達がした事は絶対に許さないわ」
     静かな怒気を含んだ言葉は鬼へ向けられたものだった。だが鬼は走り込んだ勢いのままに大斧を振り、八津葉の腰に叩きつける。
     全身を震わす鈍痛が腰椎から走り、続けて肉を斬られた痛みが襲う。力任せの一撃に踏ん張りが利かず、八津葉の身体が宙を舞った。ばしゃーん、と音を立て河に飲まれる。
     河中には、先程跳ね飛ばされた恐らく父の屍と……母も居る筈だ。河原には鬼と子供。一瞬対応に迷うも、予想していなかった訳ではない。
    「鬼とはまつろわぬ者……この鬼の出現には何かの意図を感じます。悪い事が起きなければ良いのですけれど……」
     琴葉・いろは(とかなくて・d11000)は落ち着いて戦況を見極め、蓮咲・煉(錆色アプフェル・d04035)の方を見やる。煉もそのつもりだと頷くと、光の輪を投げいろはを護った。その動作に、前だけを見据える紅の眸に、澱みは無い。
    「有難うございます、煉さん」
    「いえ。あの鬼を地獄に帰す事が、間に合わなかった私達に出来る餞なら……果たすだけです」
     八津葉を追おうとする鬼をいろはの影が絡め取る。その行く手にはハヤテが立ち塞がった。
    「いいわよハヤテ。鬼さんこちら、ってんじゃないけどね」
     カンナも煉と同様に、前線で戦う栞那へ光輪の盾を与えた。助けられる命を全て助けたい、そう願っているが叶わぬ事も度々あった。何度経験してもこの辛さには慣れない。夜の暗さが、今はいやに重い。
     鬼が怒ったような唸り声をあげ、にわかに緊張が走る。鬼から目を離さぬままに、いろはは清らな声で紡ぐ。
    「私達は予定通り鬼を抑えます。マキナさんは……」
    「オーケー、私とダートは比良坂センパイの援護にいくよ」
     いろはの意図を素早く察すと、江楠・マキナ(トーチカ・d01597)は相棒のダートに飛び乗った。短い距離だが、己の足で走るよりは一秒でも速いほうがいい。彼女の胸には黒のハートが浮かぶ。黒衣の下に感情を隠し、無心で闇に紛れて走る。
     負傷している八津葉の元に母の屍が迫っていた。マキナはダートに乗ったまま河へ突っこむ。スロットルバルブを全開にしたダートは大量の水飛沫を吹き上げながら強引に加速し、力強く疾走した。
    「ふー。……っ!?」
     八津葉を救出したその時、足に走った謎の痛みにマキナは下を見た。
     腕の無い屍がどうやって『掴みがかって』くるのか――答えを見た事を少し後悔した。無表情な女の屍が、凄まじい咬噛力で足に噛みついている。
    「エンマさまにはしっかり地獄の蓋を見張ってて貰わないと……困るよね」
     マキナは屍を憐れむようにぽつりと呟いた。やむなく死体を引き摺ったまま岸にUターン、忍びないが一思いに蹴り飛ばす。屍はなかなか離れようとしない。
     重ねてぴちゃぴちゃと湿った足音が鳴った。手こずっている間に父の屍も河から上がってきたのだ。
     煉がすかさず飛ばした防護符がマキナの傷を癒す。宿った霊力に屍が慄いた瞬間、カンナの回復援護を受け八津葉も立ち直った。彼女の闘志は潰えていない。むしろ、深手を負った事でより高まった。口に入った河砂利を吐き、彼女は言う。
    「鬼は、鬼が居るべき冥府へと送り届けてあげるわよ」
     鬼との闘いを宿命付けられた祓魔師一族の88代目。それが、比良坂八津葉という名の持つ意味だ。この戦いには、因縁めいたものを感じていた。
     必要以上の会話はなく、戦いは続く。
     屍と戦う仲間達の無念を、秘めた哀しみを背に感じながら、いろはは鬼と対峙していた。放たれた彗星の矢の軌道を、子供の屍が遮る。強烈な一撃は脆い身体を更に崩す。香乃果の影に討たれ、二人目の子もくずおれた。
     鬼はそれに目もくれず、盾となった屍を踏み潰しながらいろはへ突進する。
    「っぅ……!」
     光輪の盾を打ち砕き、鬼の鉄拳が胴にめり込んでも、いろはは笑みを保とうと努める。ハヤテのボディは鬼の攻撃で凍りかけていたが、いろはが倒れそうになるとすぐ回り込み体を支えてくれた。
    「皆さんがすぐに駆け付けてくださいます……耐えましょうね、ハヤテ」
     追撃を入れんと鬼が身を屈めた刹那、銃声が轟く。足に開いた風穴から走る痺れで地を蹴り損じ、鬼はたたらを踏む。紫煙をあげるガンナイフを下ろし、篠生は語りかけた。
    「生と死は一期一会。死を与える者は死に逝く者に対して最高の敬意を払うべきです」
     かつて六六六人衆に名を連ねた娘がどんな顔で言っているのかは、闇に紛れて見えない。
    「屍を弄ぶなど以ての外。己が罪を恥じなさいな」
     教えの対価は、貴方の命で。蒸し暑い夜気の中、いやに丁寧な言葉だけが底冷えのする殺意をもって響いた。
     ただ操られるまま、ひたすらに鬼を庇おうと向かってくる屍を駆逐する事は難しくはなかった。事務的に、或いはこれが救いと信じ、少女達はかつて人であったものを滅ぼしていく。そして、何も動かなくなる。
    「許さない」
     命を奪うのみでは飽き足らず、盾のように使い弄ぶ。そんな事はもうさせない。
     湧き上がる思いを今一度確かめるように、栞那は曇りなき眸で強く鬼を見据えた。
     戦おう。この地獄を終わらせるまでは、涙などいらない。

    ●2
    「うら若き乙女ばかりとは言え、侮りませんよう。現代の源頼光一行とは、きっと私達のことでしょうから……!」
     苛烈な鬼の攻撃にふらつきながらも、いろはは仲間達を信じて耐えた。鷹の眼が捉えた未来が変えようのない悲劇なら、せめて己が倒れようと悪しき鬼には報いを。鬼も恐れたという古の英雄に自らをなぞらえ、盾の矜持を貫く。
     そこへ一筋の光明が差した。流星のように降りそそいだのは、癒しの光輪。
    「待たせたわね。お疲れ様、ハヤテ」
     最後に鬼の斧からいろはを護ったハヤテは、駆けつけたカンナの言葉を聞くと安心したようにふっと姿を消した。相棒を助ける事もままならぬ状況は悔しいが、結果としていろはは無事でいる。ハヤテの勇姿を見届けると、カンナは厳しい目で鬼を見やる。
    「どっかの話じゃあ青鬼はやさしい鬼として描かれてた気もするけど、とんでもないわね。やはり鬼は鬼、地獄の住人が現世に出て来ちゃいけないわ」
     前衛達がぐるりと鬼を取り囲む。不利と思っていないのか、知性が無いのか、逃走の兆しは見えない。
    「キミは百八の内、一体何体目の鬼なのかな? 人を喰らって『羅刹』にでもなるつもりかい?」
     マキナの問いに鬼が答える気配はなさそうだ。
    「……地獄の底で、罪人が落ちてくるのを待っていてほしかったな!」
     その言葉と共に、マキナはガトリングガンをぶっ放した。銃声が、今日は遠い。空薬莢が舞い、照明の灯を受けた紫煙の立ちこめる中、チェーンソーの回るけたたましい音が重ねて夜の静けさを遠のかせる。
     腰を大きく捻り、香乃果は全体重を乗せるつもりで回転する刃を鬼へ叩きつけようとした。その切っ先が鬼の斧にぶつかり、金属の削れる音と光が生じる。すごい力だ。だが何とか弾こうと、香乃果は懸命に斧を押し返す。
     カンナの言うように、物語の中には善い鬼がいるのも知っている。だが、この青鬼は地獄から来た悪しき者。語るべき事情があろうとなかろうと、赦すことなど出来ない。
     少し前の出来事を思い出していた。強くなれ――無力さに負けそうな心を、その言葉で奮い立たせる。
    「私は貴方を赦せないの。必ず倒すよ」
     傷つくのを恐れはしない。香乃果は一旦力を抜いて刃を退き、斧を受ける。バランスを崩した鬼の腹目がけて刃を突き立てた。血かどんどん失せていき、視界が眩む。けれど、会心の一撃は鬼の強化を打ち崩し大打撃を与えた。
     剣が腹に刺さったまま、鬼は八津葉が振り翳した鞭剣の一撃を打ち払った。怒りの咆哮をあげ、ぐったりした香乃果を投げようとする。他者との共闘経験の浅い篠生にタイミングを図っている余裕は無かった。反射的に背後から鬼へ跳びかかり、銃で殴りつけ、その勢いで腱を斬り裂く。
    「手前に殺らせるかよ、触んな」
     必死だった。思わず言葉も乱れてしまう程。その結果として、鬼に隙が出来た。さあ、突撃せよ――マキナが元帥杖を振り翳す。応じたダートの追突の勢いで、鬼の腕から飛ばされた香乃果を煉が走り込んで受け止めた。
     ぎりぎりで持ち堪えたようだ。肩で息をする香乃果を支えながら、刺激しないようそっと癒しの符を貼る。暖かな炎のような燈の光が傷口を包みこみ、癒していく。
    「あんたは人殺し」
     煉は青鬼をきっと睨みつけた。雪のような白皙の下を巡る獣の血が、燃えるように昂ぶってくるのを感じる。
    「あんたが元は人間なら、私達も同じ、人殺し。分かってる、だけど……虫唾が走るんだよ。人の命を平気で踏み躙れる奴っていうのは……!」
     今の自分は癒し手だ。冷静でいなければとどこかでは解っている。だが、鬼の凶行に重ね見るものが煉の激情を加速させる。武器を握る手が怒りで震えた。脳裏に過るのは、嗤う狂科学者。
     彼女の憤りを代わって晴らすかのように、栞那が篠生の作った腱の傷目がけて刀を走らせた。痺れや足の痛みに苛まれた鬼は、禍々しい氣を集めそれを祓おうとする。追い込まれてきた証拠だ。
     いろはの影が縄のような形を取り、再び鬼を絡め取った。もがく鬼の口内に篠生とカンナが弾丸を撃ちこむ。痺れで動かない鬼の口に、香乃果が杖を突き入れ口内で爆発を起こす。
     叩き込まれる連撃に、それでもこの鬼は倒れようとしない。
     己の宿命を聞かされた時はおとぎ話だと思っていた――けれど、今こうして八津葉の目の前に立ちはだかる鬼は現実に存在し、数々の暴虐で人を傷つけている。
    「この呪いを次の代に継承させない。これは、私が必ず果たす」
     87代までの全員が願ったであろう、その悲願。
    「そして、アンタも私がここで倒す」
     その言葉と共に左腕に力を籠め、鬼にも劣らぬ激しい力で青鬼のこめかみを殴りつけた。渾身の一撃を受けた鬼は回転しながら吹っ飛び、河へどぼんと落ちる。よろよろと立ちあがろうとする醜い姿を見下ろすのは、紅の眼。
    「さよなら」
     静かな怒気に燻る煉の影が、がぶりと鬼を飲み込んだ。

    ●3
     八つの灯が、闇の気配の去った川辺を、魂のようにゆらゆらと漂っている。
     持ち寄った照明器具を頼りに、少女達は自らが討った家族の遺体を捜し歩いた。無残なその姿から目を背ける事も出来た筈だが、誰もそれをしなかった。
    「ダークネスの関わる事件は公にならないそうですから。誰にも知られる事無く、一つのご家族が消えてしまうのは……悲しい事です」
     篠生が中心となって、集めた遺体を寄り添わせて弔う。どうか彼岸とやらでも、家族共に在れる様に。そう言ったのは煉だ。
    「私達の数奇なご縁と共に……彼らの生の証を、せめて私達だけは覚えておかなければ」
    「そうね。忘れないわ。どうか安らかな眠りを」
    「どうか死出の道が安からんことを」
     篠生の言葉に頷くと、カンナも瞳を伏せて十字を切る。いろはと八津葉も両手を合わせ、同様に祈った。
     川辺に咲いていた花を手に、マキナと煉が戻ってきた。家族への手向けの花。遺体に触れたその感触を、人ならざる物のにおいをけして忘れぬように、煉は深く息を吸う。この身に、この心に刻もう。この先何度でも死を背負っていく。幸せな家族がいた事を、忘れない。
     痛かったね。
     怖かったね。
     苦しかったね――……。
    「間に合わなくて、ごめんなさい」
     ずっと言えずにいた言葉をようやく告げられる。遺体の傍にしゃがみこんだまま、いつまでも動かずにいる栞那の姿に香乃果は胸を痛めた。持参した花束を分け、一緒に家族へと備える。もう大丈夫だからと栞那は微かに笑った。
    「灯籠を、流そうと思うの」
     その言葉に皆も頷き、並んで川辺へと歩く。水に浮かんだ灯篭は優しく、暖かい光を放ちながら、何かに導かれるように夜闇の向こうへと流れていく。
     どうか、家族みんなが天に向かう途中ではぐれる事のありません様に。両手を合わせ、眸を閉じて香乃果は空へ祈った。
     倒す事が供養と思えと彼は言った。優しく勇敢な少女達は、それ以上を与えた。背負う覚悟をした。彼はきっと言うだろう。君達に頼めて良かった――と。
    「ばいばい。せめて往く先では、鬼に遭うことのないように」
     彼方へと往く灯篭の灯火へ、マキナは小さく手を振る。小さな灯がやがて夜に紛れて消えるまで、少女達はずっとそれを見守っていた。

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 10/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ