この橋渡るべからず

    作者:ねこあじ

     蒸し暑い夜。
     山間にある町の橋を、男が渡ろうとしていた。
     水の流れは細く、地元の人間ですら、あまり通らない道にある橋だ。
    「あー、ったく、うるせぇなぁ……」
     近くの水田から聴こえるカエルの合唱に苛立ち、立ち止まって水田のある方角を見る。
     生温い空気が更に苛立ちを増長させていた。川の小さなせせらぎにすら癇に障る。
     懐中電灯を消した男は、外灯のある橋を渡り――そして、何かに引っ掛かった。
     違う。
     何かが足首を掴んでいる。
    「っひ!?」
     赤茶色に汚れた人の手だった。
     橋の欄干の間から伸び出るそれは、ぐいぐいと男の足を引っ張っていく。
     男は手すりにしがみつき、思わず橋の下を覗き込む。
     乾き汚れた血、土気色の顔、人の死体らしきモノが橋にぶら下がり、男を落とそうと引っ張っている。
     ぞっとした男は持っていた懐中電灯を死体に投げつけるべく動くが、それは叶わなかった。
     浮遊感。
    「うわぁっ!!」
     男が叫ぶ。気づけば、自身が橋の外へと投げ飛ばされていたのだ。
     落下直前、男は橋の上に立つ鬼を、見た。
     落ちる男を追うように鬼も降下する。落下の痛みにのたうち回る男へと棍棒を叩きつけた。
     呻き声が止み、静まった場に鬼は再び棍棒を振り下ろす。
     二度、三度……九度、十度。
     何回も、何回も。
     肉を潰し、骨を砕き。
     いつの間にかカエルの合唱は止んでいて、辺りには人だったものを執拗に叩く音だけが響き渡った。


    「ある山の町に、鬼が出ました。すでに犠牲者が出ています」
     教室では園川・槙奈(高校生エクスブレイン・dn0053)が、青ざめた顔色で灼滅者たちを待っていた。
    「日本の昔話に出てくるような姿の、緑色の鬼です。この鬼の灼滅をお願いしたいのです」
     彼女は深呼吸し、説明を再開する。
    「鬼と接触できるのは橋の上。
     真夜中に一人で歩いていると、鬼と鬼が最初に殺した死体……亡者が現れます」
     亡者は足を引っ張り、鬼は力を振るい、橋の下に落とそうとしてくる。
    「この鬼には出現条件があります。一人で渡ることにより出てくるのですが、誰かが橋の下に居たりすると出てきません。
     ですが、橋に入らないもしくは下る斜面での待機は可能です」
     橋の上には外灯があるが、橋の下は光があまり届いていない。
    「戦う場所は上か、下か、のどちらかになると思います。幸い、人の通りがほとんど無い場所です」
     次に、槙奈は鬼がもつ能力の説明を始めた。
    「鬼に従う亡者はそれほど強くはないようですが、鬼は、とても強いので注意してください」
     亡者は神薙刃のみ。
     鬼は、神薙刃、鬼神変、そして大きな棍棒で、月光衝、大震撃に似た攻撃をしてくる。
    「そして、橋を渡っていた人を執拗に狙ってきます」
     逆に言えば、引きつけることで利用できるだろう。

     槙奈は緊張の面持ちで、灼滅者たち一人一人を見つめる。
    「被害者の遺族の方たちのためにも、この鬼を倒していただけますようにお願いします。
     無事に、帰ってきてくださいね」


    参加者
    神虎・闇沙耶(鬼喰らいの鋼鎧虎・d01766)
    御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166)
    八十神・シジマ(黒蛇・d04228)
    天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)
    西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)
    宗方・龍一朗(鬼祓い・d09956)
    中川・唯(中学生炎血娘・d13688)
    遠藤・穣(高校生デモノイドヒューマン・d17888)

    ■リプレイ


     蒸すような暑い夜となった。
     現場を訪れた灼滅者たちは、橋の下に光源を置くのを断念した。
     外灯の届かない橋の下は暗く、いつもと違う光景となれば鬼が現れない可能性が見えたからだ。
     地図では分からない部分だったが、分かった部分もある。
     橋とは違う別の道を見つけ、四人だけが回り込む形で橋に向かった。挟撃に持ち込むべく四人ずつの班分けとなる。
    「近頃見られるようになった鬼、か。まだ分らぬことが多いけぇ、油断はできんのう」
     西洞院・レオン(翠蒼菊・d08240)が涼しげな碧眼で、鬼が出るという橋を見つめた。
    「鬼さん、なんだか日本昔話にでてきそうな感じですねぇ……これ以上犠牲になる方を出さないように頑張りましょう」
     くっと拳を握り言う天城・優希那(の鬼神変は肉球ぱんち・d07243)に、頷くレオン。
    「そうじゃな、必ず灼滅しよう」
     二人の前を行くのは、宗方・龍一朗(鬼祓い・d09956)と中川・唯(中学生炎血娘・d13688)だ。持っているライトは使わずとも、歩みはしっかりしている。橋に到着した。
     龍一朗は槍を持って姿勢を整え、唯は抜刀しやすい位置に日本刀を持ってくる。
     そして唯は大きく手を振り、対岸に合図を送った。
    「準備、終わったみてぇだな」
     遠藤・穣(高校生デモノイドヒューマン・d17888)が不機嫌そうな表情で、ぶっきらぼうに言うが、その声には緊張が潜んでいる。
     それぞれがライトを用意する。灯りはまだ点けない。
    「ほんじゃま、気ィつけて」
    「神虎くん、頼んだぞ」
     八十神・シジマ(黒蛇・d04228)と御盾崎・力生(ホワイトイージス・d04166)の送り出す言葉に、神虎・闇沙耶(鬼喰らいの鋼鎧虎・d01766)は頷いた。
    「では、行くとしよう。鬼の、討伐に」
     仮面で覆われているため、彼の表情は見えない。歩みは力強く、しっかりとしていた。
     一人で歩き、橋の半ばまで歩いた時。
     生温い風が吹き、何かにぐっと足を掴まれた。闇沙耶は動じることなく、静かに視線だけを落とす。
     橋の外側から伸びる人の手。
    「亡者が……俺と奴の邪魔は許さん」
     そして薄い緑色の靄が漂い始める。橋に緑色の鬼が現れ、視認した七人は一斉にライトを点灯し、動いた。穣が殺界形成を施す。
    「中川、頼んだぞ!」
    「はい、行きます!」
     龍一朗の声掛けに、唯が答えた。
     鬼たちは闇沙耶を集中的に狙う――、一人に集中するであろう攻撃を防ぐために、唯は駆けた。


    「本当に、橋を通せんぼしているみたいですね」
     唯の後を追いながら、鬼を見る優希那は小光輪を闇沙耶へと飛ばす。光輪は唯を追い抜き、闇沙耶の盾となった。
    「ふん、この前戦った大鬼とは違って小柄かな……」
     闇沙耶が鬼を一瞥し、まずは行動を阻む亡者へと。無敵斬艦刀、無【価値】で狙いを定める、が、いち早く亡者は神薙刃を放つ。
     背後では、鬼が片腕を異形巨大化させたのか、みしりと鳴る音が聞こえた。
    「おっにさっんこっちらっ!!」
     声と共に唯が割り込み、鬼神変を受け止める。勢いで彼女は闇沙耶にぶつかり、その二人の動きに亡者の手は彼から外された。
     亡者は欄干を這い上がり、闇沙耶の方へ。
     この隙をレオンは狙う。
    「死してなお、亡者として使役されるとはな」
     もう人に戻ることは出来ない亡者を相手に、レオンは呟く。
     彼はマテリアルロッドで相手を叩き、自身の魔力を流し込んだ。どうか、灼滅が救いになるように……と祈りを込めながら。
     魔力で爆破する前に、闇沙耶が戦艦斬りを繰り出し、亡者は橋から叩き落とされる。そのまま爆破の勢いと共に、闇へと消えた。
     その様を視界の端で見送ったレオンは、学生帽を被りなおし、鬼へと意識を向けた。
     鬼は闇沙耶しか見ていない。
    「さぁ来い、大鬼を超える戦を見せろ!」
     無敵斬艦刀を構え、鬼と対峙する闇沙耶。
     彼に乗じ、行動するのは穣だ。
     最初に接触した者を、積極的に狙う鬼――分りやすい鬼の行動に備えるため、エンジェリックボイスで唯を癒す。彼女は盾を守る、盾。ディフェンダー二人の体力に、穣は特に注意するつもりだった。
    「嫌ってほど援護してやるよ」
    「お願いします! わたしも頑張ってかばいますよー!」
     穣の言葉に、唯は笑顔で応じる。
     鬼を牽制していた力生がガトリングガン『メギド』を軽々と振り、鬼の顎を打つ。若干仰け反る鬼に銃口を突きつけ、爆炎の魔力を大量の弾丸ごと鬼の体内へと零距離で撃ち込んだ。
     力生の攻撃を、更に上乗せるのは、シジマ。
    「さぁさ、鬼さんこちら。……こっちとも遊んでもらうで」
     鋼糸の軌道を読み違えることなく自在に操る彼は、糸を巧みに捌き、加速させた。鬼を斬り裂く。
     鬼は周囲に纏わりつく鋼糸に苛立ったのか、棍棒を左右に振るった。
    「おっと」
     鋼糸を引き戻し、ひらりと避けるシジマ。鬼の間合いから抜け出る彼を、鋼糸が舞うように追う。
     かわりに間合いに入っていくのは龍一朗だった。ぶんぶんと鬼が振る棍棒を、槍の石突き部分で止め、続けて弾き上げる。鬼の胴に大きく隙ができた。
     防御と攻撃を同時に。龍一朗は槍を綺麗な型通りに振り回し、迷いのない足捌きと共に己が身ごと突き掛かる。
    「鬼は祓う! おとなしく黄泉路に帰るがいい!」
     火の粉を纏った槍は、鬼を貫いた。
     続く唯が欄干を足場に高く跳躍し、剣速と自身の落下の勢いを利用し上段から振り下ろす。
    「おりゃー!」
     唯の刀は、龍一朗を叩こうとしていた棍棒ごと、鬼の腕に斬撃を見舞う。
     だが鬼は怯むことなく、闇沙耶を目指して棍棒をフルスイングさせた。


    「大丈夫ですか? 今回復しますねっ」
     鬼の攻撃は、仲間の体力を大きく削ぐ。優希那は何度目かの小光輪を飛ばした。
     前衛の守りは全て固められ、そして仲間たちは鬼に攻撃を重ねていく。双方の効果は時間が進むごとに現れ始める。
     回復を得意とする優希那と共に、仲間を手厚く援護する穣もまた歌い続けていた。早い段階で、彼は一度敵を攻撃し、歌う態勢を整えている。
    「俺も大概化け物だけどよぉ、てめぇ程じゃねぇな」
     前衛の仲間たちへと月光衝に似た一閃を放つ鬼に、穣は言う。そして癒しの歌を、仲間に。
     闇沙耶と、彼にくっついて動く唯は鬼を上手く惹きつけて鬼の隙を大きく作り、挟撃する仲間を助ける。
     終わりの見えない攻防――、その時。
     灼滅者たちの攻撃に怯みもせず動いていた鬼は、突然、異変を見せた。
    「ウ、グォォ……!」
     鬼の攻撃は空振り、行動するたびに痛みの唸り声をあげ始める。
    「あと少しのようじゃな」
     レオンの呟き。
     鬼は最後の一撃とばかりに、橋を叩きつけた。生まれる衝撃波に、この時、欄干の近くに位置していた闇沙耶と唯の体が揺らぐ。
    「神虎くん! 中川くん!!」
     咄嗟に動いたのは、力生だった。
     欄干の外に吹き飛ばされる二人に、力生も跳ぶ。渾身の力で唯を引き戻し、闇沙耶を追った。
     闇に落ちていく灯りは、二人の動きだ。
    「神虎! 御盾崎!」
    「問題ない! 大丈夫だ」
     エアライドを使ったのだろう。闇から届く声は即答だった。
     下から聞こえる力生の冷静な声に、龍一朗は頷き、鬼に意識を戻す。
     後を追おうとする鬼に、レオンが対峙していた。
     前進するべく鬼は棍棒をレオンに振り下ろすが、彼は鬼の緑色の腕に触れ、いなす。
     簡単にあしらうレオンは閃光百裂拳を繰り出した。
     そこにシジマの鋼糸が結界のように鬼を囲う。
    「鬼さん、ここで足止めさせてもらうで」
     それでも鬼は棍棒で鋼糸を払い、欄干に足を乗せて飛び降りようとする。ふらり、と大きな鬼の体が揺れた。
    「鬼はもう深手を負っている! もう少しだ!」
     龍一朗が鼓舞し、ガトリングガンを唸らせ連射した後、日本刀を構えた唯が駆けた。
    「これでどうだっ!」
     中段から振り抜く雲耀剣。
     だが鬼は降下していく。ふらついた動きは意思なく落ちたようにも見えたが、明らかに闇の中のライトへと向かっていた。
     即座に穣は欄干の上に立ち、狙いを定める。鬼の姿を見失わないうちに酸の塊を放った。
     どしゃり、と重い物が落ちる音。
     鬼が地面に叩き落とされたのを確認した力生は、迎え撃つつもりで構えていたガトリングガンを下ろした。鬼は動かない。穣の攻撃が最後となったのか、ところどころ腐食していた。
    「どうやら無事、灼滅できたようだ」
     鬼がライトに照らされる中、徐々に消滅していくのを見て、力生が言った。
     死体も残らず、闇に溶けていく。
    「闇に帰れ、貴様には橋の下の暗闇も贅沢だ……」
     闇沙耶の言葉通り――鬼は、闇へと消えた。


     力生と闇沙耶が橋に戻ると、優希那が駆け寄ってきた。
    「お疲れ様でした。お二人は、お怪我の具合はいかがでしょうか?」
     仲間たちの無事を確かめる優希那。
    「ありがとう。俺は大丈夫だ」
     答える力生の後ろで、闇沙耶も頷いた。
     二人の姿を見て、穣もまた安堵の溜息。闇沙耶の表情は分らないが、彼が頷いたのなら大丈夫なのだろう、と。
     無事に敵を倒せて良かった。
    「この身体もちったぁ役に立つんだな……」
     穣の呟きが聞こえたのか、一言、助かった、と闇沙耶が応じた。穣は頷き返し、すぐにそっぽを向く。直前、彼の緑の瞳は少し潤んでいたかもしれない。
     龍一朗は、花を添えた。
     花を添える龍一朗の背後では、黙祷する灼滅者たちの姿が。
    「仇を取る……つもりで戦ったわけちゃうけど」
     そう言いながらも、手を合わせるシジマの祈る時間は長い。
     黙祷が終わると、唯はシジマに声をかけた。
    「八十神先輩、ライトが落ちてましたよ」
    「あ。ありがとなー」
     クリップで留めるタイプのライトを差し出され、やっぱり、という表情でシジマは受け取る。ちょうど探そうとしていたところだった。
     点灯したままのライトは、ふいに橋の外へと光の筋を入れた。
     手元は明るく、しかし、先は闇に吸い込まれて見えない。
     この先で鬼の犠牲となった人々は、確かに、いた。橋の下までは届かない光。
     レオンは瞳を閉じる。
    (「どうか、安らかに」)
     闇は、恐ろしいものでもあるが、安らぎを与えるものでもあるのだから。

    作者:ねこあじ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月29日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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