初夏の行楽で登山を楽しむ人たち。
清々しい空気と心安らぐ景観は、険しく辛い道程を忘れさせてくれるには十分だ。
雨に降られることなく絶好の登山日よりの中、張り切って先頭を歩く若者たちのひとりが、前方より下山してくる集団を目にした時に違和感を覚えた。
先頭を歩く大男は腰布をまとっただけの半裸姿に、肩には大きな鉈のような物を担いでいる。その後ろに続く集団は、首から上に付いているはずの頭が見当たらないのだ。
「ちょ、ちょっと……あれ、なんなんだ!?」
明らかな異様を放つ下山者たちが正面から近づいてくるにつれ、登山者側の先頭の若者たちの間にざわめきが走る。
後続の楽しくおしゃべりをしていた登山者たちが、足を止めて立ち止まっている先頭の若者たちに追いついて、その異様に気付いた頃には、下山者の一行はもう目と鼻の先に迫っていた。
そしてすれ違いざまに下山者の先頭の大男が巨大な鉈を振い、登山者のひとりの首が跳ね飛ばされた。
「キャァー!!!」
噴水のように首と胴の切断面から血しぶきが上がるのを見て、ようやく登山者たちは自分たちが置かれた状況を理解した。
悲鳴を上げて逃げだそうとする登山者に、首のない下山者がしがみつき、動けなくなった所を大男の鉈が首を飛ばす。
そうして首を失った者は、何故か首のないまま動き出して首がまだある生者に襲い掛かってしがみつく。
そして、またひとつ生者の首が跳ね飛ばされる。
その場に首のあるものがいなくなるまで、その凶行は繰り返され、最後に辺りに転がる生首を戦利品のように拾い上げて腰に吊るす大男。
初夏の楽しい行楽のはずが、登山者たちを待っていたのは地獄絵図のような凄惨な光景だった。
「よーし、お前達。全員集まったみたいだな」
そう切り出した神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は、今回の任務の内容の説明を始めた。
休日の行楽で、ある山に登山に向かう人たちが鬼に襲われて命を落としてしまうという未来が予知された。
登山に向かうのは若者が4人、中高年が6人の合計10人。
まさか下山者してる相手が鬼だとは思わず、その危険性に気づいた時には遅いという訳だ。
鬼は身の丈2メール程度で大柄な男のような姿をしている。
その肩に担いだ巨大な鉈は、まるで無敵斬艦刀のようだ。
この武器で首を落とされると、鬼に付き従い新たな犠牲者を求める亡者となってしまう。
亡者の強さはそれほどではないが、しがみつかれると『足止め』のバッドステータスを受けてしまうから注意が必要だ。
すでに亡者となっている者たちを解放するには、鬼を倒さなくてはならない。
そして、登山者たちが新たな亡者の仲間入りをしないように、お前たちの力で救って欲しい。
登山者に同行して鬼を退治してくれ。
「こんな危険な任務を任せられるのは、お前達だけだ。頼んだぜ!」
参加者 | |
---|---|
白・理一(空想虚言者・d00213) |
蒼月・杏(蒼い月の下、気高き獣は跳躍す・d00820) |
糸桜・なつめ(魔法使いナッツ・d01691) |
小碓・八雲(リスクブレイカー・d01991) |
浦波・仙花(壁の向こうの紅色・d02179) |
雁音・夕眞(忌憚の犬・d10362) |
神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017) |
頃呼・ロコ(コロコロニンジャ・d16308) |
●迫り来る恐怖
初夏の週末、梅雨の合間によく晴れた絶好の行楽日和に恵まれた登山者の一行に混ざって、灼滅者たちも一緒に山を登っていた。
雲ひとつない青く澄み渡る空に、緑に囲まれた大自然が見渡す限りに広がる様子は、日々の生活で溜まった疲れやストレスを忘れさせてくれる。
先頭を歩く2組の若い男女のカップルは、それぞれが携帯電話を片手にカメラ機能を使って記念撮影などを楽しみ、後続を歩く中高年の集団は、同じ登山という趣味で気が合うのか和やかな雰囲気で談笑を交わしている。
そんな一行が山頂付近へとさしかかろうとした時、よく晴れていた空が突然どんよりとした黒い雲に被われ始めた。
山の天気は変わりやすいというが、さらに前方の山頂の方から立ち込めてきた霧の中から規則正しく聞こえてくる鈴の音のリズムを聞いた先頭の若者たちは、本能的に恐怖を感じたのかその場に立ち止まり、周囲を包み込む異様な気配に身をすくませていた。
すぐに追いついた灼滅者たちと後続の中高年者たちも立ち止まると、前方の霧の中から下山してくる集団を凝視する。
その集団の先頭には、登山者というにはあまりに不自然な恰好の腰に布を巻いただけの半裸の大男。それに続く者たちは普通の一般的な登山用の服装をしているが、何故か首から上にあるはずの頭が見あたらない。
下山者一行の異様な雰囲気にざわめきたつ登山者たち。
「逃げろ! 急いで山を降りるんだ! 早くしないと全員、向こうの奴等のように首をはねられるぞ!」
どこか迫力のある雰囲気をまとった蒼月・杏(蒼い月の下、気高き獣は跳躍す・d00820)が、伊達眼鏡の位置を片手で直しながら、大きな声で下山を促す。
「はぁ? あと少しで頂上だぜ? あんなのテレビの撮影か何かだろ? そんなのにビビってるとか、マジありえな――」
杏の提言に否定的な言葉を返そうとした若い男は、その言葉を最後まで言い切ることは出来なかった。何故なら首から上が胴から離れてしまったからだ。
吹き上がる鮮血を浴びながら、何が起きているのか状況を飲み込めず呆然としている登山者たちに再び迫る狂気の刃。
ガキィィン!!!
しかし、その刃は登山者の首を落とすことなく、浦波・仙花(壁の向こうの紅色・d02179)が展開した花柄のシールドによって受け止められた。
「これ以上、一般人さんに怪我はさせないです! ちょっと怖いけど……鬼退治を頑張るのです!」
言葉の一部はかなりの小声だったが、目の前の鬼に強気に言い放つ仙花。
「ほらほらみんな、早く逃げないと危ないよ。こっちこっちー」
パンパンと大きく手を叩き、大きな声を出して呆然としている登山者たちの注目を集めた糸桜・なつめ(魔法使いナッツ・d01691)は、手招きして避難誘導を始める。
混乱から回復した登山者たちは、促されるままなつめの支持で下山を始めるが、若い女がひとり腰を抜かしたまま立ち上がれずにいた。首を落とされた男の恋人だ。
「おい、あんまもたもたしてると、あんな風にあっちの仲間入りしちゃいますぜ」
先ほど首を落とされた若い男の身体が、首もないのにのっそりと動き出したのをペトロカースの石化で足止めした雁音・夕眞(忌憚の犬・d10362)は若い女を助け起こすと、無理にでも背中を押して歩かせて、避難を誘導しているなつめの方へと向かわせる。
「この鬼の狙いは首だ! 頭を低くして首を晒すな! 逃げるのだけに一生懸命だと、稲刈りみたいに根こそぎ首を持ってかれるぞ!」
必死に逃げ出し下山しようとする一般人に、追いすがろうとする首のない亡者に向けて制約の弾丸を解き放った小碓・八雲(リスクブレイカー・d01991)は、首を狙われ新たな犠牲者が出ないようにと注意を促す。
「鬼さんこちら手のなる方へ、なのです!」
ニンニン! と小太刀風の解体ナイフを抜き放ち、鬼の注意を引きつけようと前に飛び出した頃呼・ロコ(コロコロニンジャ・d16308)が黒死斬で鬼の足を切り裂くと、白・理一(空想虚言者・d00213)が導眠符を放つ。
「あんまり調子に乗ってると……痛い目見るよ!」
小太刀に足を切り裂かれ、炸裂した護符によるダメージで鬼がグガァァァ! と咆哮を上げる。その瞳は怪しいまでに赤く爛々と輝いて理性の色が見られない。
まるで凶暴な野獣が獲物を襲うかのように、手にした巨大な鉈を振り回す。
その豪腕から繰り出された巨大な鉈の一撃は、空気を引き裂き真空の刃となってロコと理一に襲い掛かる。首を狙った攻撃ではなかったが、強烈な攻撃に大きなダメージを負ったふたりの前に仙花が飛び出すと、シールドバッシュで鬼を殴り飛ばして怒らせることで鬼の注意を自分に向けた。
これで、鬼が一般人へと襲い掛かる心配はなくなったが、首のない亡者たちはそうではなかった。
●避難完了
仙花とロコ、理一によって足止めされた鬼とは別に、亡者たちが逃げる一般人たちに襲い掛かる。
生者への妄執なのか、首が無いにもかかわらず正確な足取りで迫って来る亡者に、恐怖の叫びを上げて逃げる登山者たち。
「首を狩る鬼と首なしの亡者……これでは、まるで怪談ですね。ですが怪談には、まだ少し時期が早いです……」
ぼそりとそう呟いて、一般人にしがみつこうとしていた亡者を斬弦糸で切り裂いた神乃夜・柚羽(燭紅蓮・d13017)は、ふと物思いにふける。
(「最近、各地で発生している『鬼』による殺戮事件……今回の鬼も普通の羅刹とはどこか違うようですし、何かよからぬことが起きているのでしょうか……いえ、今はそんな事を考えている時ではありませんね。目の前の敵を倒し、助けられる命を救うことが第一です」)
脳裏をよぎった一抹の不安を振り払い、柚羽は亡者の進撃を食い止めることに集中した。
「おっと危ない、シャイニーリース! 咲け守りの花!」
中年の女性に襲い掛かろうとした亡者の攻撃を、なつめのリングスラッシャーが花弁のように小光輪を展開して形成したシールドリングで食い止めると、お礼を言って駆け出す中年女性。
「大丈夫! みんなはわたしたちが守ってみせるから、安心して逃げてねー!」
なつめは大きく手を振って逃げて行く人たちを見送ると、首のない亡者たちへと向き直る。
「しっかし、首がないのに動いてるってえぐいな……」
夕眞はポツリと呟きを漏らしながら、複数の亡者に加えて鬼をも巻き込む鏖殺領を放つと、八雲がティアーズリッパーの狙いを1体の亡者に定めた。
「間に合わなくてすまない。せめて、アンタを殺した鬼との因縁だけは、このオレが必ず殺してやる……」
そう言うと高速の動きで先ほど首をはねられて、亡者の仲間入りをしたばかりの若い男の死体に永遠の安息を与えた八雲は、次の亡者に狙いを定めて再び駆け出して行く。
さらに杏がギルティクロスの赤いオーラの逆十字で亡者を1体、安らかな眠りへと返して、恋人を殺された若い女が逃げ切るのを見送った。
(「今は逃げろ! そして、生き抜いてくれ! 願わくば……この辛い記憶には縛られるな……」)
若い女の背中を見送りながら、八雲は心の中でそう呟かずにはいられなかった。
こうして灼滅者たちの活躍により、ひとりの犠牲者を除いて一般人はその場から逃げ延びることに成功した。
2体の亡者を灼滅し、残る敵は首狩り鬼と首なしの亡者が5体。
一般人を庇う必要もなくなり、後は全力で敵を排除するだけとなった。
●亡者殲滅
「もう一般人さんを気にすることはなくなったです。……さあ、鬼ごっこを始めるです。もちろんオニは私ですよ?」
一般人の避難が完了したのを見ると、仙花は鬼顔負けの恐ろしい笑みを浮かべて、防御から攻撃に転じる構えを見せヴァンパイアミストを発動して、自分と仲間の傷を癒すと同時に狂戦士化させて攻撃の勢いを強めた。
庇って逃がす対象が居なくなり、陣形を整えた灼滅者たちに群がるように亡者が襲い掛かる。その攻撃は単調だが、見た目に反して動きは意外に早く、しがみつかれると引きはがすのに苦労させられるほどの腕力には、灼滅者たちも手を焼かされる。
そうやって足止めされたところに、凶悪な鬼の鉈の一振りが首をはねようと振り下ろされる。
「そう容易く、やられはしません!」
寸前で身をひねって致命傷を避けた柚羽は、しがみついた亡者を斬影刃で切り刻んで灼滅する。
「天誅、御免っ!」
しがみついてくる亡者をなんとか振りほどき、その群れ目掛けて大量の手裏剣を投げつけるロコに合わせるように、鏖殺領域でまとめて亡者をなぎ払う夕眞。
深手を負った柚羽をなつめがシールドリングで回復し、さらに、亡者にしがみつかれている前衛を杏の夜霧隠れがまとめて回復すると同時に亡者を引きはがす。
「アンタの殺意、此処で殺してやる! 地獄へ還れ!」
亡者には目もくれず一直線に首狩り鬼へと突き進み、八雲が荒神切の日本刀『灼雷』を一閃させると、胴を横一文字に斬られながらも鬼の豪腕で八雲に反撃を加える首狩り鬼。
一振りで首を落とすほどの力を持った鬼の腕の一撃は、八雲の身体を軽々と吹き飛ばして地面に叩きつける。
口から血を吐き立ち上がれない八雲に、なつめが駆け寄りシールドリングを展開する。
「八雲先輩、大丈夫です。すぐに治療しますから! 杏先輩も一緒にお願いします!」
「ああ、任せろ!」
なつめに請われて、杏も闇の契約で八雲のダメージを治療する。
そこに亡者が群がろうとして、理一が鬼神変の一撃で1体を粉砕。
「フォローは任せて。サクっと治療しちゃって!」
理一の援護でなつめと杏は、八雲の治療に専念する。
さらに1体の亡者を仙花の居合い斬りで切り捨て、動かぬただの死体へと戻す。
「これで亡者の残りは2体です!」
確実に敵の数を減らしていく灼滅者たちだが、首狩り鬼も黙ってはいない。
グルゥァァァ!!! と低く唸るような雄叫びを上げて空を断つような斬撃を振るい、中衛の理一と夕眞、八雲をまとめて切り裂く。
理一は自らの傷をオーラを癒しの力に転換した集気法で回復し、胸元に青白いトランプのダイヤのマークを浮かべた夕眞はブラックフォームを発動させて傷を癒す。
「オレの魂の奥底に眠る殺人鬼よ、少し力を借りるぞ!」
契約の指輪に囁きかけた八雲は、己の闇から力を引き出して自分の傷を治療した。
「犬猿雉はいませぬが、桃にかわってお仕置きです!」
亡者のことは仲間に任せ、ロコは首狩り鬼に向かって鬼神変で巨大化させた腕で殴りかかる。鬼に対しては同等の鬼の力による攻撃を繰り出したのだ。
グォォォ! と苦しそうに呻くような唸り声を上げる首狩り鬼だが、いまだその戦意は衰えずに、手にした巨大な鉈を軽々と担ぎ上げる。
「そうそう好きにはさせません!」
柚羽も狙いを首狩り鬼へと絞り、ティアーズリッパーで鬼へと追い討ちをかける。
現状で深手を負った仲間がいないことを確認した杏は、レーヴァテインで残る亡者の1体を焼き尽くし、なつめもそれに呼吸を合わせて、最後に残った亡者に対してマジックミサイルを解き放ち、すべての亡者を駆逐した。
これで残る敵は首狩り鬼だけ、油断できる相手ではないが、後は全力をもってこの鬼を倒すだけだ。
●鬼退治完遂
引き連れた亡者をすべて失った首狩り鬼は、新たな亡者を求めて巨大な鉈を振るう。
その一撃を進み出て手にした日本刀、業物・粋憐で受け止めた仙花は、仲間たちに一斉攻撃を促す。
「みんな今ですよ! わたしが引き付けてるうちに……早くです!」
仙花の意を汲み、仲間たちは一斉に動き出す。
万が一に供えて、杏は闇の契約で仙花のダメージを回復。
「全力全開! マジックミサイルいっくよー!」
なつめのマジックミサイルが口火を切った。
理一とロコが鬼神変で巨大化した腕で左右から圧殺するように首狩り鬼を殴りつけ、八雲と夕眞、柚羽の三人がその隙を付くように高速で死角に回り込んで連続で次々と鬼を切り裂いた。
グガァァァ!!! と絶命の叫びを上げた首狩り鬼は、まるで煙か霞のようにその存在を薄れさせ、跡形も残らずに消滅した。
それと同時に、周囲に散乱するように転がっていた亡者たちの骸も土へと還るように崩れおちていく。
「もう少しまともな状態の死体だったら、走馬灯使いで家族の元に返してやることも出来たんだろけどな……」
そう言って合掌する八雲にならうようにして、仲間たちもそれぞれ、首狩り鬼の犠牲となった人たちに手を合わせる。
(「ぶじ極楽へ昇れると良いのですよー」)
ロコは心の中でそう呟いて、犠牲者の魂が成仏できるように祈りながら見送った。
「ふぅ……お仕事終了やな。山道を登るだけでも疲れたわぁ……帰りもしんどいなぁ」
どかっと地面に腰を下ろして、しばらくごろんと横になって休む夕眞をよそに、柚羽は首狩り鬼の消えた辺りを入念に調査している。
しかし、柚羽の心に抱く疑念を解く手がかりは得られなかった。
結果として一人の犠牲者を出しはしたが、あれだけの強敵を相手にして、9名の登山者の命を救うことができた。
そしてなにより、首狩り鬼を退治したことで、これ以上の犠牲者が増えることはもうない。
灼滅者たちの活躍により、これからこの山を訪れる登山者たちが首狩り鬼に命を奪われることは無くなった。
作者:天白黒羽 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年6月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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