市民プールを血に染めて

    作者:天白黒羽

     まだ6月だというのに真夏の暑さを感じさせる今日この頃、とある市民プールが週末限定で一足早いプール開きをすることを取り決めた。
     連日の暑い陽射しのせいもあってか、その一足早い市民プールの開放は大賑わいの様子を見せた。子供にせがまれて訪れた家族連れや、恋人に新調した水着を披露子葉とはしゃいでいる若いカップル。様々な顔ぶれがわずかばかりの避暑を求めて集まっている。
     そんな団らんとした喧騒の中、耳をつんざく悲鳴が上がる。
    「キャァァァッ!!!」
     プールでのひと時を楽しんでいた人々が、何が起きたのかと悲鳴の元を注目すると、そこには――。
     御伽噺や昔話で誰もが聞いたことのある、しかし現実には存在するはずのない異形の姿。
     TVで見る重量級の格等家よりもさらに一回りほど大きながっしりとした体の色は、人間ではありえない鮮明な赤。口元からのぞく発達した牙は禍々しく、頭から生えた二本の角は人々に根源的な恐怖を与える象徴のようだ。
     そう、その姿はまさに鬼。突如として現れたその鬼は、手にした歪な槍で来場者を刺し貫くとプールは水は見る間に赤く染まっていく。
     悲鳴を上げて逃げ惑う人々を追い回し、次々と手にした槍で串刺しにすることを繰り返し、市民プールはまるで血の池地獄のようなありさまとなった。
    「ふふ、皆さん揃ってますね? では説明を始めます」
     教室に灼滅者が集ったのを確認した五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は、今回の任務に関する説明を始めた。
     暑い日が続く中で、少し早めに開放された市民プール。多くの人が集まるその場所に異形の鬼が現れて来場者を惨殺してしまう。
     プールは屋外にあり、子供たちが遊ぶために水深の浅い小プールと、直線50メートルを競って泳げる水深も深い大プールの2つのプールがある。
     当日は監視員などのスタッフを含めて80人程度の人が、プールに訪れている。
     鬼が手にした槍は人間の血を吸う能力を得た鮮血の魔槍。
     灼滅者が扱う妖の槍と酷似していて技もよく似ているが、攻撃した対象の傷の回復を阻害する『アンチヒール』のバッドステータスを付与する能力を得ている。
     また、鬼は空を駆ける羽衣をまとっている。空高く舞い上がって戦闘できるほどの能力はないが、プールに落ちないように水の上を歩く程度のことは可能であり、水上での戦闘を仕掛けてくる場合もあるかもしれない。さらに戦闘以外の移動であればある程度自在に空を舞って逃げることもできるだろう。
    「週末の休日をプールで楽しく過ごすはずの多くの人たちを救えるのは、灼滅者である皆さんだけです。あまりに多くの人出ですから、すべての命を助けられるかは分かりませんが、皆さんの活躍があれば一人でも多くの命を救えるはずです。どうか、頑張ってください」
     姫子は自分の手をギュッと強く握り締め、祈るように灼滅者たちを送り出した。


    参加者
    凌神・明(英雄狩り・d00247)
    十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)
    ギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)
    リリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)
    織元・麗音(ピンクローズ・d05636)
    月代・アレクセイ(闇堕ち常習犯・d06563)
    与倉・佐和(忠狐・d09955)
    風舞・氷香(孤高の歌姫・d12133)

    ■リプレイ

    ●舞い降りる災厄
     地球温暖化の影響か、それともどこかでダークネスが暗躍しているのか、夏本番を前にした6月だというのに異常なまでの暑さに開放された市民プールは、週末ということもあり大きな賑わいを見せていた。
     夏の訪れを待ちきれない子供たちにせがまれた親子連れや、真新しい水着を早く披露したい若い女性など、大勢の人でごった返す中にプールを訪れるには不釣合いな服装の男女が数名。しかし、周りの人たちはそんな彼らの不自然さを気にも留めている様子はない。
     何故なら彼らは特別な存在である灼滅者であり、その身にまとうバベルの鎖は、能力を持たない一般人からの認識をいちじるしく希薄なものにしているからだ。
     そうして市民プールに紛れ込んだ灼滅者たちは、今日この日この場所で最悪の出来事が起こるのを知っている。
     彼らの目的はその最悪の未来を打ち破り、それをもたらす敵を討ち滅ぼすことだ。
     備えは万端、いつどこから敵が現れても対処できるように、それぞれが各々の場所で周囲を警戒して敵の出現に供えている。
     暑く照りつける陽射しが真上に達した頃、それまでまばらだった雲がその量を増し、どんよりとした薄暗い色に変わっていく。
     梅雨の時期を脱していない空が雨を降らせるのかと思ったが、一向に降り出す気配も無く、プールで遊ぶ人々も気にした様子もなく水との戯れを楽しんでいた。
     しかし、灼滅者たちはそうではない、明らかに感じる不穏な気配に警戒を強めて周囲を見回す。そして、最初にその姿を見つけたのは、ふと空を見上げた凌神・明(英雄狩り・d00247)だった。
     始めは豆粒のようだったその影は、空を駆けて見る見る近づいて来て、その姿をはっきりとさせた。
     大柄な体躯の色は鮮明なまでの赤、その頭には2本の角、口元から覗く牙は鋭く、手にした槍は歪な形状で禍々しさを放っている。
     その身にまとった羽衣で風を操り上空より舞い降りたのは、昔話や伝説で語られる鬼の姿そのものだった。
    「みんな、こっちだ!」
     仲間たちに敵の襲来を知らせるべく明は大きな声をあげ、刻死刀を抜き放って鬼へと向かって駆け出した。
     来場者たちは鬼の姿を見ても何かのイベントだと勘違いでもしているのか、まるで危機感を感じていない。
     そして鬼がグルァァァ!!! と雄叫びを上げて槍を振りかぶる。
    「やらせるか!!!」
     鬼の前に立ちふさがった明は、繰り出された槍を篭手状に展開したシールドで殴るようにして防いでみせる。しかし、完全には防ぎきれないほどの強烈な槍の一撃は、幾分ダメージを殺したとはいえ明の腕を抉って鮮血が舞い散った。
     その光景を見た来場者が,ようやくその場の危険性を悟ったように、耳をつんざくような悲鳴を上げた。そして注目を集める鬼の異形に、人々の恐怖は見る間に伝播して大勢の来場者が一気に大混乱を巻き起こした。

    ●犠牲者ゼロを目指して
     混乱を起こしたその場でいち早く動いた十七夜・狭霧(ロルフフィーダー・d00576)は、割り込みヴォイスを使って来場者たちに呼びかける。
    「みんな~、落ち着くっすよ~。出口はあちら~、慌てずゆっくり行動するっす~」
     混乱に因る騒乱の中、狭霧の声は割り込みヴォイスの効力で声の届く範囲の人たちに伝わって、出口の方へと人の流れが出来ていく。
     出口からは遠い場所にいる来場者たちには、月代・アレクセイ(闇堕ち常習犯・d06563)がパニックテレパスで避難を促し、プールから上がろうとしている人に手を差し伸べて手助けをする。
     さらに、織元・麗音(ピンクローズ・d05636)が龍砕斧を大きく振り回しながら殺界形成を発動したことで、周囲の人たちはその場から遠ざかるように出口へと向かっていく。
     麗音はそのまま鬼に向かって駆け出すと、明と対峙している鬼の間に割り込んで、一瞬だけ展開したシールドで鬼を殴りつけて、その注意を自分へと引きつけた。
     子供や親子連れの多い小プールへは、与倉・佐和(忠狐・d09955)が赴いてプラチナチケットの効果で狐のお面をかぶったマスコットのふりをして、来場者や施設関係者の避難誘導をしている。
     そんな折、佐和の目の前で慌てて走っていた子供が足をもつれさせてビターン! と転んでしまった。泣き出す子供に駆け寄った佐和は、すぐに助け起こして優しく声をかける。
    「大丈夫ですか? 痛いの痛いの飛んでけー」
     そう言いながら、佐和はそっと魂鎮めの風を使って、すりむいた子供の膝を少しだけ癒してやると、すぐに子供の母親が駆け寄って、お礼を言いながら子供を抱きかかえて出口へと向かう。抱きかかえられた子供は眠そうな目をこすりながら、狐さんありがとう、と手を振っていたが、程なくして母親の腕の中で寝息を立てていた。
     母子を見送った佐和は、小プール周辺でもたついていた小学生くらいの子供2人を出口まで手を引いて見送ると、ぐるりと見回して小プール付近の避難の完了を確認した。
     大プールで避難誘導をしていた狭霧の方も避難が終わったようで、佐和の元へと合流した。
    「ふぅ~、こっちは無事、犠牲者ゼロで避難完了っすよ」
    「こちらも同じく、被害はありません」
     狭霧の報告に佐和も報告を返し、一般人に犠牲者を出すことなく避難が完了したことを確認しあう。
    「うんうん、上出来、上出来っすね~。それじゃ、みんなと合流してサクサクっと鬼退治といくっすか!」
     軽い調子でそう言うと、踊るような足取りで仲間たちの元へ向かう狭霧に、コクリと頷いて佐和もそれに続いた。

    ●鬼の足止め
     鬼が一般人に襲い掛からないように食い止めている明と麗音の元へ駆けつけたアレクセイが、鬼に向かって制約の弾丸を放つ。
     そこに空飛ぶ箒で宙を舞って到着したリリシス・ディアブレリス(メイガス・d02323)が、宙に描いた魔法陣で預言者の瞳を発動させ、その後に続いたギィ・ラフィット(カラブラン・d01039)が無敵斬艦刀を振りかぶった。
    「その羽衣……まるで不似合いっすね。コイツでぶった斬ってやるっす!」
     ギィが渾身の戦艦斬りをお見舞いする直前、風舞・氷香(孤高の歌姫・d12133)が構えた蒼と碧色に彩られた綺麗な弓から放たれた癒しの矢がギィの無敵斬艦刀に吸い込まれるように命中して、ギィの一撃の命中率をわずかに上昇させた。
     そのまま振り抜いた無敵斬艦刀は鬼を大きく後ろに吹き飛ばし、麗音が追い打ちの龍翼飛翔で鬼を滅多切りにする。
     ぐっとプールサイドの水際で踏み止まった鬼は、グルォォォ!!! と怒りの雄叫びを上げて鮮血の魔槍を振り回して回転させると、勢いに任せて麗音に突進して明とギィをも巻き込んで蹴散らしていく。
     その攻撃を、仲間を守るように篭手状のシールドを大きく広げたワイドガードで食い止めようとする明だが、鬼の膂力に圧倒される。
    「こんな時にシールドリングが使えたら……でも、今はこれしか!」
     リングスラッシャーの装備を持ってこなかったことを後悔しながらも、宙に魔法陣を描いて自らの影を操り足元から伸ばしたリリシスは、影を大きく広げて鬼を飲み込んだ。
    「……一般人を襲うなんて許せない。……だから全力で止めさせてもらいます」
     静かにそう呟いた氷香は、蒼と碧色に彩られた美しい蛇腹の剣、氷風の舞姫を振りかぶり、蛇咬斬で伸ばした剣を鬼に巻きつけて切り裂きながら動きを封じた。
    「氷香さん、ナイスっす!」
     そう言ってギィは、動きを止めた鬼に向かって黒い炎を宿した無敵斬艦刀で攻撃する。
     鬼の振るう鮮血の魔槍の攻撃は、その攻撃を受ける灼滅者たちの回復を阻害するが、明のワイドガードや氷香の円じぇリックボイス、リリシスの集気法でその効果を打ち消しながらダメージを回復する。
     ギィもフェニックスドライブで、受けた分のダメージは即座に回復をはかり、エンチャントを破壊する効果を得た攻撃で、鬼の振るう槍の強化を解除していく。
     そんな一進一退の攻防が続いている。
     仲間と力を合わせることで、一般人を襲わないように鬼をこの場に足止めすることには成功しているが、灼滅者たちに疲労の色が見え始める。
     鬼にもダメージは蓄積しているはずだが、その無尽蔵とも思える体力は、倒れることを知らないかのように鮮血の魔槍を振るい続けている。
     ジリジリと時間が過ぎていく中、少し調子外れの声が灼滅者立ちの耳に届いた。
    「お~い、みんな~。一般人の避難が終わったっすよ~。もちろん、一人の犠牲者も出ていないので安心するっす!」
     狭霧に続いて狐の面を付けた佐和も合流して、鬼を討伐するために市民プールを訪れた灼滅者が全員そろった。
     守るべき一般人の避難の完了したことで、心置きなく鬼との戦いに集中できる。
     ここから先は、全力の鬼退治の時間だ。

    ●鬼よ、地獄へと還るがいい
     仲間がそろったことで、色濃く滲んでいた疲労の色も払拭された。
    「避難完了か……では始めよう、ここからはかりの時間だ。その存在の欠片まで、討ち滅ぼしてやるよ!」
     そう言うと明は、不敵な笑みを浮かべて刻死刀を肩に担ぐ。
    「ふふ、ようやく準備が整いましたか。それではお望みどおりプールを血に染め上げましょうか……無論その血は貴方の物ですけどね?」
     シールドを前に突き出して、龍砕斧を構えた麗音もしっかりと鬼を見据えて構えをとる。
    「それじゃ、第2ラウンド開始っす!」
     黒い炎を無敵斬艦刀の刃に宿したギィは、それを鬼に突きつけるようにして戦いの合図を告げた。
     佐和は前衛となるギィ、狭霧、明、麗音の順にシールドリングによる回復と同時に、分裂させた小光輪による盾の加護を与えていく。
     氷香も癒しの矢による命中上昇の加護を、前衛の攻撃を担当するギィと狭霧に与えて戦いの準備を整える。
    「さあ……鬼さん此方、手の鳴る方へ。俺達が相手してあげるっすよ。血の池なんて地獄だけで十分っすよ」
     鬼を挑発するように手を叩きながら近づいた狭霧は、蛇のようにしなるウロボロスブレイドを振り回し、加速して威力を増した斬撃を鬼へと繰り出す。
     アレクセイが鏖殺領域のどす黒い殺気で鬼を包み込むと、自らに妨害効果を上昇させる加護を付与した後、様々な妨害効果を持つサイキックを代わる代わる駆使して鬼を翻弄してその動きを牽制する。
     そのアレクセイの妨害攻撃に合わせて、リリシスも宙に描いた魔法陣から影を操るサイキックを発動して、鬼の行動の阻害を試みる。
     そうして鬼が弱体化したところに、ギィがギルティクロスの赤いオーラの逆十字を刻む。
     しかし、鬼もただやられているわけではない、鮮血の魔相から怪しい魔力の刃を撃ち出し、抉るような螺旋の回転を加えた強烈な一撃を放ち、槍を高速で回転させての突進攻撃を繰り出してくる。
     その強力な鬼の攻撃のことごとくを、防御に徹した明の篭手状のシールドが殴って弾いて自らの体力を回復し、麗音が鬼を怒らせて攻撃をひきつけながら、紅蓮斬やギルティクロスを織り交ぜた反撃を繰り出していく。
     見事な連携を見せる灼滅者たちの攻撃に、鬼はジワジワと追い詰められていく。
     たまらず距離を取るように、鬼はまとった羽衣の能力で滑空するようにプールの水の上を滑って逃げる。
    「そうはさせませんよ!」
     鬼の動きをしっかりと観察していたリリシスは、空飛ぶ箒で鬼を追撃してその退路を塞ぐように移動して、仲間たちと挟撃するような位置取りをする。
     回りこまれて退路を断たれた鬼は、グルゥゥゥ! と低い唸り声を上げて鮮血の魔槍を構えることしか出来ない様子だ。
    「逃げようとするってことは、そろそろ限界が近いってことっすかね? それじゃ、早く閻魔様が待ってる地獄にお帰んなさいな」
     水面に浮かぶように立っている鬼に向かって、影喰らいによる遠距離での攻撃を放った狭霧の言葉に、仲間たちも畳み掛けるように鬼を狙い撃つ。
     ギィがバニシングフレアで炎の奔流を叩きつけ、押し出すように水面からプールサイドへと吹き飛ばすと、鬼へと近づいた近接攻撃が可能になる。
     そこにたたみ込むように明の戦艦斬りが炸裂し、狭霧がティアーズリッパーで斬りかかる。まだまだ続く攻撃は、リリシスの影喰らい、麗音の紅蓮斬、アレクセイのセブンスハイロウと連続して鬼に炸裂し、佐和の鬼神変に氷香のマジックミサイルが追撃となって鬼をその場に打ち倒した。
     グガァァァ! と呻き声を漏らしながら、鬼の姿は霧が霧散していくようにかすれて消えていった。
     激しく繰り広げられた戦いに勝利した余韻にひたる暇もなく、公共施設である市民プールからいそいそと退散する灼滅者たち。
     一般人の犠牲者を出すことなく、見事に鬼を退治したその功績は大きい。
     だがしかし、時期早々にオープンした市民プールは、謎の暴行事件がきっかけになって、施設の点検整備などに時間を要したため、しばらくの間は休業になってしまったのは、致し方ないことだろう。

    作者:天白黒羽 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年6月30日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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