ぽんぽんぽん、たんたんぽん

    作者:なかなお

    ●好きになあれ、ぽんぽんぽん
     ――ぽんぽんぽん、ぽんぽんぽん
     ぽてっとした三つの茶色の毛玉が、冷たいアスファルトの上にせこせこと茶色い物体を敷き詰めていく。
     日中ならばそれなりに人通りの多いその道も、夜も更けた時間帯となれば静かなものだった。少なくとも、茶色い毛玉達の奇行を咎める人の姿はない。
     ――ぽん!
     朝になれば人々が行きかうだろうそこを茶色一色に染め上げた毛玉達は、前足を上げて辺りを見渡す、やがて満足そうに一度腹を叩いた。
     丸っこいフォルムに、おもわずしがみつきたくなる存在感たっぷりのしっぽ――その毛玉達は、たぬきである。
     しかし、ただのたぬきではない。
    「よーしよし! 良くやったなァお前ら! 俺の世界征服計画第一段階もこれで終いになる、よォく見ておけよ!」
     愉しげな声と共に夜闇に現れた、茶色い髪と不精髭にどこか愛嬌のあるたれ目が特徴的な中年男の言葉に、三匹のたぬきは敬礼をする代わりにぽん! ともう一度腹を叩いた。
     彼らは、坦々焼きそば怪人に仕えるたんたんたぬきである。

    「たぬきさん……ね、もふもふで……かわいい、のよ……」
     ふわ、と仄かに笑う千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)に、教室に集まった灼滅者達はぱちくりと瞬きをした。
     その反応を受けてか、ヨギリはでも、と悲しげに目を伏せる。
    「ご当地怪人の配下、だから……対峙しなくちゃ、いけないの……」
     ヨギリが手にしたのは、坦々焼きそば怪人がたぬきを引き連れて暴れているらしいという噂だった。そしてエクスブレインに確認したところ、確かに事実だということが分かったのだ。
     ダークネスの行動を察知することができた以上、放置するわけにはいかない。
    「この坦々焼きそば怪人さん……焼吉さん、って名前……らしい、わ……。焼吉さん、が……作る……坦々焼きそばは……彼の意思で、自由に動く……とても、危険なもの……なの……」
     その危険な焼きそばを、配下であるたぬき三匹がせこせこと道路に敷き詰めているのだ。夜のうちに敷き詰められたそれらは、朝になれば人々の足を捕って麺の底へと引きずり込む。
     丸一日経ってから引きずり出された者は、ああら不思議、坦々焼きそばが大好きに――もとい、坦々焼きそばには逆らえなくなっているらしい。
    「焼吉さん、と……たぬきさん三匹……は……、次に……ここで暴れる、から……皆には……たぬきさん達が焼きそばを敷き詰め、終わって……焼吉さんが出てきたときに……接触……してほしい、の……」
     彼の武器でもある焼きそばが足場を覆い尽くしているという危険な状況であはるが、接触のタイミングはそれ以外にはない。
    「夜、だから……一般人は、めったに来ないはず……よ……。戦闘に、なれば……たぬきさん達も参戦してくる、から……気を付けて……ね……」
     焼吉が使用する技は、敷き詰められた焼きそばで対象を縛り上げる『好きになあれ』と、バトルオーラに似たサイキック。たぬき達は噛みついたりひっかいたりしながら、焼きそばを補給する役目を担う。
     ヨギリは広げていた写真を集めながら、最後に大事なことを思いだしたと言うようにぱっと顔を上げた。
    「たぬきさん達は、ね……一度戦闘不能にすれば……森に、戻ってくれるって、言ってた……わ……」


    参加者
    ルーナティアラ・アルゲントゥム(月光に咲く幼き銀緑・d02930)
    千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)
    葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789)
    桑折・秋空(ここからここまで・d14810)
    岩永・静香(苺魔法少女パフュームラヴァー・d16584)
    唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)
    禍薙・鋼矢(剛壁・d17266)
    蓬莱・金糸雀(陽だまりマジカル・d17806)

    ■リプレイ

    ●こんにちはたぬきと焼吉
    「へー」
     ぽんぽんぽん、とテンポよく道路に敷き詰められていく焼きそばの麺に、桑折・秋空(ここからここまで・d14810)は感心したような声を出した。
     少し離れた道路脇の植木に隠れる秋空の姿は、たぬき達からは見えない。
    「あれが坦々焼きそばか。そういえば食べたことないや」
     辛そう、と言う秋空に、着替えやらタオルやらを隠していたルーナティアラ・アルゲントゥム(月光に咲く幼き銀緑・d02930)がそういえば、と小さく首を傾げる。
    「私も、焼きソバってまだ一度も食べた事ないかも」
    「あまり辛くなくて、おいしい……のよ。ちなみにヨギは、オレンジが上に乗ってる……坦々焼きそばが……好き」
     千歳・ヨギリ(宵待草・d14223)は昔食べた坦々焼きそばを思い出す様に仄かに微笑みながら言った。その桜色の瞳は、もう随分と長いこと三匹のたぬきにくぎ付けである。
     同じくたぬきを見つめながら、腕を組んで木に凭れ掛かる蓬莱・金糸雀(陽だまりマジカル・d17806)が気に入らないと言うように眉をひそめる。
    「たぬき可愛いのは良いけれども、その子達使って、悪事を働くなんて本当性質が悪いわ……」
     その言葉が指すところは、もちろん坦々焼きそば怪人・焼吉である。
     葉新・百花(お昼ね羽根まくら・d14789)はローズブラウンの髪を揺らして大きく頷いた。
    「たんたん繋がりだからって、たぬきさん達をそそのかして悪事に加担させるなんて許しません!」
     たぬきは必ず森に帰す――固く誓う灼滅者達の思考は、どうも焼吉よりもたぬきが軸となっているようだ。
     それにしても、と注意深く敷き詰められていく麺を見つめていた唐都万・蓮爾(亡郷・d16912)が口を開く。
    「自由に動く焼きそばとは奇怪ですね……おや、敷き詰め終わったようですよ」
     蓮爾がそう言うのと同時、ぽん、と軽快な音が風に乗って灼滅者達の耳にまで聞こえてきた。たぬき達の終了の合図だ。
     たぬき達のすぐ傍、電柱の陰からふらりと一人の男性が現れる。
    「んじゃま、ぼちぼち行くか」
     寄り添う霊犬・伏炎の頭にぽん、と手を乗せ、禍薙・鋼矢(剛壁・d17266)は好戦的に口端を引き上げた。
     かぽん、と一つ足音が零れ落ち、しばらく間を置いて、敷き詰められた麺を踏むにちゃ、という音が響く。
    「――んァ?」
     たれ目を僅かに見開いたて振り返る焼吉の目の前に、岩永・静香(苺魔法少女パフュームラヴァー・d16584)はびしっと人差し指を突き付けた。
    「たぬきさんに悪いことさせちゃいけませんっ!」

    ●また後でねたぬき
    「フレーズ!」
     静香の呼び声に、霊犬・フレーズが躍り出る。飛び込んで喉元に噛みつこうとするたぬきを、フレーズは体を振って宙に投げ飛ばした。
     うきゅ、という悲鳴と共に、たぬきの体が焼きそばの上に落ちる。
    「オイオイオイオイ! いきなり何してくれてんだよお前らァ!」
     金糸雀の先制攻撃により爆炎と大量の弾丸を浴びた焼吉が大げさなほど両手を振って慌てるのを尻目に、鋼矢は霊犬・伏炎に呼びかけた。
    「伏炎、お前はあっちでもふもふっと楽しんで来い。俺はこっちの罰当たり怪人やっとくぜ」
     わふっ。伏炎は斬魔刀を咥え直し、たぬき達の元へと駆ける。当然のように後を追おうとする焼吉の行く手を、鋼矢の大柄な体が遮った。
     サイキックソードを振り上げる鋼矢の足元が、ずるりと蠢く。
    「う、おっ?!」
    「困るだよなァ、ほんと。お前もさくっと坦々焼きそば好きになっちまえよ」
     足元に敷き詰められた焼きそばの麺が鋼矢の足を捕え、ずるずると巻きつきながら這い上がってきた。焼吉の手に、音を立ててオーラが集まっていく。
    「んー、俺はやっぱりソース焼きそばの方がすきかなあ」
     鋼矢へとオーラが叩きつけられるその瞬間、するりと体を割り込ませたのは秋空だった。
     秋空のシールドと焼吉のオーラがぶつかり合い、爆発して双方の体を吹き飛ばす。同時に、鋼矢の足元の焼きそばも跡形もなく消えて行った。
    「秋空さんっ! すぐ、回復……!」
     悲鳴を上げる百花の防護符が、アスファルトに叩きつけられた秋空の体を包み込む。
     姿を現したアスファルトに、すかさず一匹のたぬきが焼きそばの麺を補給しようと麺を取り出した。
    「ごめんね……それは、だめなの」
     ぽん、と麺を置くたぬきの上に、ふわり飛び上がったヨギリの影が落ちた。赤く巨大化した腕が、ぽん、とたぬきの体を弾き飛ばす。
     空に浮いたその体を、金糸雀の霊犬・サニーがふううう、と飛び掛かって地面に縫い止めた。くたりと力を失ったその体を、サニーはもう巻き込まれないようにと歩道に運んでやる。
    「たぬきさんとわんちゃんたちの共演ですか。ほのぼのしてしまいますね。――おっと」
     くすりと小さな笑みをその表情に浮かべていた蓮爾は、きゅい! と鳴いて飛び込んできたたぬきをひらりと袖を翻して避けた。
     まるで舞を踊るかのように振り返り、袖の内に隠れた刃でたぬきの腹を打つ。
     最後に残った一匹は、
    「後でもふもふさせてください!」
     ルーナティアラが峰打ちで落とした。

    ●ばいばい焼吉
    「あなたの悪事も此処までよ、たぬき使うなんて許せない!」
     たぬき達が全員戦線離脱した今、灼滅者達に気遣うべき相手はいない。
     キッと鋭い視線で自分を睨みつける金糸雀に、焼吉はちょっと落ち着けって、と後ずさった。怯えているように見せながらも、そのたれ目は笑っている。
    「きゃっ」
     ずる、と突然動き出した足元の焼きそばに、ルーナティアラの体がぐらりとぶれる。焼きそばに覆われる前にその体を支えたのは、蓮爾のビハインド・ゐづるだった。
     仮面の下で柔らかく微笑む赤衣の女性に、ルーナティアラはありがとう、と照れたように笑う。
    「ほら、大人しく好きになれよ」
     再び、残り少ない焼きそばの麺が灼滅者達の足元で蠢く。
    「そんなに好きなら、お前自身を焼いてそばにしてやんよ!」
     飛び出した伏炎に咄嗟に身を退いた焼吉に、鋼矢の炎が叩きつけられた。
    「こ、の……!」
     かは、と血を吐く焼吉の拳を、ぶおんとオーラの膜が包み込む。
    「麺焼いちまってよォ! 大人しく味わってみろってンだよ」
     すさまじい連打が、鋼矢の腹を捕えた。吹き飛ばされる体を、百花が受け止めてすぐさま後ろに下がる。
     なおも向かってくる焼吉の前には、秋空とヨギリ、静香が躍り出た。
    「好きかってして、おしおきですっ!」
     杖を模った静香の影から、新たな影が撃ちだされ、焼吉に襲い掛かる。
    「一度食べてみるのも悪くないけど、地面におちたのはちょっと嫌かな」
    「ってめェ」
     舌を打って飛びのいたそこには、すでに秋空が待ち構えていた。叩きつけられたシールドが、焼吉の左頬を殴り飛ばす。
     口内を切ったのか、飛び散った焼吉の血に、秋空はぐっと眉を寄せた。目を閉じるな、と自分に言い聞かせる。
    「ああもう! 俺になんか恨みでもあんのか、お前等?!」
     至極今更な問いを口にして上空から放たれたオーラを、ヨギリがマテリアルロッドに纏わせた雷電をぶつけて迎え撃つ。
     ぐ、と自らの体が地に食い込むのを感じながら、ヨギリはきゅっと唇を噛んだ。
    「坦々焼きそばを悪いことに使っちゃだめ、よ……! こんなことしなくても……とても美味しい食べ物だもの。普通に……好きになって、もらいましょ……」
     焼吉のはたれ目を細めておどけたように肩を竦める。
    「残念ながら、俺の第一目標は世界征服第二弾に変わっちまったんだよなァ」
     ゆらり、またオーラが焼吉の掌に集まった。疲弊したヨギリの体を、百花のリングが回復させる。
     鋼矢に回復を施していた金糸雀の霊犬・サニーが、わん! と一声鳴いた。それを合図とするかのように、飛び立つ金糸雀が一羽――
    「焼きそば諸共、燃やし尽くしてあげるわ!」
     降り注ぐ爆炎に、焼吉は残った力全てを使ってオーラを叩きつけた。ぶわ、と爆風が灼滅者達の肌を打ち、服を翻す。
     灰黒色の煙が消えたとき、焼吉はその中心で倒れそうになる体を必死に支えていた。
    「終演のお時間ですね」
     自らの腕と一体となった刃を、蓮爾が背後から首元に突き付ける。
    「たぬきさんは、ちゃんと森に帰してあげるの」
     いいでしょう? 小首を傾げて問うルーナティアラに、最期に焼吉は愛嬌のあるたれ目をしわくちゃにして笑った。
    「世界征服の片棒担いだたぬきだ、森だろうと海だろうと、百歳まで生きらァ! 俺とおんなじでな! ハハハハハハ!」

    ●さよならたぬき
     くったりと伸びていたたぬきを、ヨギリが清めの風で包み込む。一匹がぴく、と身じろいだかと思うと、すぐに三匹は同時に起き上がった。
     器用に二本足で立ちあがって、灼滅者達を見ると不思議そうに首を傾げる。
    「か、かわいい……」
     その姿に、ヨギリは思わず頬をほんのりと紅く染め上げた。
     妙に緊張した様子のルーナティアラが、瞳をきらきらと輝かせながらそっとたぬき達に近寄る。
    「たぬきさん、ちょっとだけもふもふしていいですか!」
     ぐっと両手を握りしめながら言われたその言葉を理解しているのかいないのか――たぬき達は一度ぽん、と自らの腹を叩いた。
     無防備に投げ出された尻尾に、そろり、百花の手が伸びる。
    「ふわふわーっ」
     思わず上がった歓声に、そろりそろりと次々に手が伸ばされた。
     終いには霊犬三匹も混ざって、夜中の道路には到底似合わないもふもふの山の出来上がりである。ぬくい毛玉に身を寄せた灼滅者――特にルーナティアラとヨギリと静香の三名――は、至極幸せな心地だった。
     やがて、もういいだろうと言うようにたぬき達が身じろぐ。腕から抜け出してぶる、と一度身震いをすると、振り返らずに山へと帰って行った。
     その背中が見えなくなるまで見送って、ようやく一心地ついた静香はんーっと伸びをした。
    「これで本当に終わったー! ……んだ、けど」
     ほっと一息ついても、見下ろした自らの恰好には苦笑を禁じ得ない。うごうご蠢く焼きそばの麺のおかげで、灼滅者達の服はどろどろだった。
     べとべと、と眉を寄せる静香に、じゃあ、と百花が楽しげに笑う。
    「このままじゃ電車にも乗れないから、みんなで温泉に入ってから帰りましょう♪」
     途端に、うげ、と顔を歪めたのは秋空だった。
    「僕はちょっと遠慮しておこうかなー、なんて……」
     言いつつも、すでにその体は蟹歩きで仲間の元から離れて行っている。無理にとはいわねぇよ、と鋼矢が笑った。
    「ほら」
     鋼矢がぽん、と手を触れれば、秋空の服は途端に綺麗になる。秋空はおお、と目を見開いて、礼と労いの言葉を残してそそくさとその場から去って行った。

     わん、わん、わふっ!
     ペットOKの温泉で、金糸雀の霊犬・サニーが駆けまわる。
    「……こら、あまりはしゃぐ所では無いわよサニー」
     金糸雀はそっと諌めたが、他に客もいない時間帯――咎める者は誰もいなかった。
    「ぇぅ、まだ匂いが残ってる気がする……」
     くんくんと自らの手首に鼻を寄せる静香に、蓮爾がお背中流しましょうか? と声を掛ける。
     湯につかる百花は恋人への土産は何にしようかと思いを巡らせ、ルーナティアラとヨギリは金糸雀に許可を取ってサニーの体を洗っていた。

     一方、一人男湯の露天風呂につかる鋼矢は。
    「いーい気分だな。なぁ伏炎?」
     ふんふん、と鼻を鳴らして応える伏炎と共に、戦闘で疲れた体を存分に解していた。

     きっと、あのたぬき達は百歳まで生きるだろう。
     火照りを覚ます夜風に、そんな想いを乗せながら。

    作者:なかなお 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月1日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 8
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