紅き悪魔は穢れた血を求む

    作者:天風あきら

    ●淫魔のもとに悪魔が来たりて
    「いち、に、さん、し……」
     一見、廃ビルにしか見えないダンススタジオ。しかしそこは人が寄り付かない上に設備はほとんど無事、と個人練習場所にはもってこいのスタジオだった。
     そこが夕焼けに染まる頃に一人、ダンスのレッスンに励む淫魔、陽子。外見は十四ほどの若い娘だった。しかし己の芸の未熟さを知り、こうして練習を黙々とこなす姿は、とてもダークネスとは思えない真摯な態度だった。
     そこへ。
    「よう。精が出るな、お嬢ちゃん」
     ふとかけられた声は、からかいを含んだ男のものだった。
     ここにはほとんど誰も近寄らないはず……陽子は驚いて振り向く。するとスタジオの入り口に、赤毛の男が立っていた。特筆すべき点は、禍々しい右半分の仮面と、時代錯誤な赤いマント。まるで夕焼けに溶け込んでいるかのようだ。
    「……誰?」
    「そうだなぁ……レヒト・ロート、と呼んでもらおうか」
     レヒトと名乗った男は、音も無くするりと陽子の間合いに入る。
    「……!?」
     淫魔である陽子に対してそんな所作ができるのは……ダークネスか、灼滅者。その匂いたつまでの妖気を感じれば、前者であるのは明らかだった。
    「あなた、何者!?」
    「だからレヒトだって。……そんなことより」
    「!」
     レヒトは陽子の喉元を片手で覆い押さえ、そのまま背後の鏡張りの壁に押し付けた。
    「ぐぅ……!」
    「お前ら淫魔、こないだ灼滅者といただろ? 武蔵坂学園……とか言うらしいな」
    「……!」
     舌なめずりするレヒトに、口も聞けなくなる陽子。それは、声帯を押さえられたのとは別の理由が、あった。
    「おやめくださいレヒト様。過ぎた恐怖は口を閉ざします」
    「お。……それもそうか」
     レヒトは、後ろから現れた男──特出した特徴はないが、それなりに整った外見をした青年の言葉に従い、陽子を解放した。おそらく、ソロモンの悪魔に力を与えられた眷属だろう。
    「──げほっ、げほ……」
    「娘。ラブリンスターは先の戦争で我等を裏切り、灼滅者についた。そうだな?」
    「な、何のこと……!?」
    「しらばっくれるなよ。アモンの仇……取らせてもらうぜ」
     レヒトが指を鳴らせば、更に三人の者達がスタジオに闖入する。ソロモンの悪魔によって力を与えられた者達。
    「さぁ、やっちまいなぁ!」
    「きゃぁあああ!」
     レヒトが嘲笑いながら号令をかけると、強化一般人の男四人が陽子に襲い掛かる。
     多勢に無勢、未熟な陽子が倒されるのに時間はそうかからなかった。
     
    ●アモン一派残党、その急先鋒
    「皆、集まったかな?」
     教室に灼滅者が集ったのを見渡して、篠崎・閃(中学生エクスブレイン・dn0021)は言った。
    「先の大きな戦い……不死王戦争で灼滅されたソロモンの悪魔、アモンのことは覚えているよね?」
     頷く面々。
    「その残党が最近騒ぎを起こしていたけど、また別の事件を起こしそうなんだ」
     閃の話によると、彼らはラブリンスター配下の淫魔に対して攻撃をしようとしているらしい。
    「不死王戦争では共闘していたラブリンスターが武蔵坂と接触した事を裏切りととったのか、不死王戦争の前からラブリンスターと武蔵坂が繋がっていて、不死王戦争の敗北はラブリンスターの策略だったと考えたのか……勘違いも甚だしいけどね」
     閃は溜息を一つついた。
    「ダークネス同士の戦いではあるけど、アモン一派残党のソロモンの悪魔を倒す機会でもある。どうかよろしく頼むよ」
     そして閃は、重大なことを語りだす。
    「今回相手にしてもらうのは、今アモン残党を率いるレヒト・ロートを名乗る男。鶴見岳での戦いで、遭遇した人もいるかもしれないね」
     その時の戦いでは、レヒト達の圧倒的戦力に押され、闇堕ちする者まで出して敗走するしかなかった。しかし、今は違う。武蔵坂も力をつけ、レヒトを倒せるかもしれないところまで成長している。
    「それでも厳しい戦いになる。覚悟して向かってほしい」
     閃は念を押し、そして敵戦力について語りだした。
    「レヒトは強化一般人を束ねて戦う。魔法使いのサイキックの威力強化版みたいな力を使ってくるよ。鋼糸も扱うみたいだ」
     そして、強化一般人が四人。
    「四人で、襲われる淫魔、陽子を倒すくらいの力はある。基本的に殴る蹴るにサイキックの力をプラスしたくらいしか能は無いけど、レヒトの前に出て、援護を受けながら攻撃してくるから油断はできないよ」
     地形は、ダンススタジオの廃墟二階。壁の一面が鏡、もう一面が窓、残る二面が壁になった広い部屋で、特に遮るものは無い。両開きの扉から入ると、正面奥に鏡、右に窓がある状態だ。
     更に、と閃は指を一つ立てた。
    「戦場にいるもう一人の戦力──淫魔の少女、陽子。彼女もサウンドソルジャーと同じサイキックを使う。実力は……皆一人と同じくらいかな」
     閃は指を下ろすと、その手を顎に当てて考えるような姿勢をとった。
    「陽子を守ってレヒト達と戦うか、協力して戦うか……陽子が敗北してから、消耗したレヒト達と戦うか。彼女をどう扱うかでも戦局は変わってくるだろう。皆で考えてみてほしい」
     そして最後に、こう付け足した。
    「現在アモン一派の首魁とも言えるレヒトは強力だ。油断はしないでほしい。──それじゃあ、よろしく頼むよ」


    参加者
    織部・京(紡ぐ者・d02233)
    祀火・大輔(迦具土神・d02337)
    シャルロッテ・モルゲンシュテルン(夜明けの旋律・d05090)
    浜地・明日翔(物理狂騒曲・d10058)
    森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)
    八神・浅緋(伊達ダンピール・d10487)
    ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)
    典堂・虎杖(閃剣・d17001)

    ■リプレイ

    ●加勢
    「さぁ、やっちまいなぁ!」
    「きゃぁあああ!」
     笑い声と甲高い悲鳴が響いた瞬間、扉から飛び出したのはワイヤーで繋がれた鞭剣の刃。強化一般人の男一人に巻きつき、傷を刻む。
    「ぐぁっ!?」
    「おいおい、レッスンに励む努力家な女の子を囲むなんてやり方は良くねぇなぁ」
     そして続々と現れたのが武蔵坂学園の灼滅者達八人だった。
    「俺達も混ぜてくれよ。但し、加勢するのはそっちの可愛いお嬢さんにだけどな?」
     おどけたように見せる先程のウロボロスブレイドの主、祀火・大輔(迦具土神・d02337)。
    「お、お前達は!?」
    「ダークネス……いや、灼滅者……」
    「レヒト様、こいつらは……!」
     強化一般人達が浮足立つ中、一人笑みを崩さず状況を眺めている赤いマントの男。
    「武蔵坂学園、か?」
     レヒトの一言に、答える者は誰もいなかった。しかし彼の発した問いも確認に近い。返事が無くとも、灼滅者の集団というだけでそうだと確信しているようだった。何せ、武蔵坂学園と淫魔が不死王戦争から手を結んでいた、と早計に過ぎる勘違いをする相手だ。今回ばかりは当たっていたが、しかしそれを肯定してやる義理はない。
    「Music Start!」
     スレイヤーカードに封じた力を解放したシャルロッテ・モルゲンシュテルン(夜明けの旋律・d05090)。
    「責任を他所に求め、努力を踏みにじるなんて許せマセン!」
    「お前が一応ボスなんだろ? グダグダとうぜぇ。お前らの方が弱いからやられたっつー事だろ!」
     早速戦闘モードにスイッチが入っている織部・京(紡ぐ者・d02233)。
    「わたし達の方が弱い? そんなの百も承知なのですよ! あたしの影は簡単に消えない!」
    「威勢がいいな、お嬢ちゃん達」
     レヒトの下卑た笑いは止まらない。むしろ、こみ上げる笑い声をこらえているくらいに見えた。
    「確かに俺達は弱かったから負けたのかもしれない。だが新たな力を求め、また復讐に身を投じるのもダークネス。俺達はその本能に近いものに従って淫魔を殺しにかかっている。お前達は、何のために戦う?」
    「可憐なオトメに襲い掛かるヘンタイ退治ダ!」
     堂々と、ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)はレヒトに指を突きつける。
    「ヘン……!?」
    「小娘、何ということを!」
    「くっくっく……はーっはっはっは!!」
     レヒト配下の強化一般人達が慌てふためくのに、レヒトはとうとう大声で笑いだした。
    「それがお前達の正義か! ならばかかってこい! 相手になってやるよ」
    「あなたは覚えてるかは知りませんが、鶴見岳であなたが闇堕ちさせた相手。一馬は大切な友人なんですよ。その分、殴らせてもらいます」
     森沢・心太(隠れ里の寵児・d10363)がレヒトを睨みつけると、彼は笑うのをやめて少々首を傾げた。
    「──っと、ああ、あいつか。あいつは闇に堕ちて、どうなったんだろうなぁ?」
    「……」
     一馬は現在、無事に闇堕ちから学園へ戻ってきていたが、心太は余計なことは答えない。
    「まぁいい。復讐者同士、力で語り合うのも悪くないだろ」
     そんな会話を、じっと見つめる八神・浅緋(伊達ダンピール・d10487)。彼はレヒト達の瞳の動きや呼吸を観察して真偽を図っていた。配下の強化一般人達は素直に慌てふためき、レヒトの言葉にも嘘は見られない。それが浅緋の出した結論──今のところは。
    「私自身も色々と思う事はありますが、彼等の目論見は絶対阻止しましょう」
     めぎめぎと、典堂・虎杖(閃剣・d17001)が利き腕を寄生体との融合状態に変形させると、レヒトはこれまた素直に驚き、笑いを取り戻した。
    「お前は、デモノイドのなりそこないか。じゃあお前も復讐者ってことかな?」
    「あなたと一緒にしないでください。私はあなた達にによって生み出された存在……デモノイドの実験体とされ、全てを失い出来損ないとして棄てられた。あなた達こそが私にとって忌まわしい元凶……」
     虎杖はそれでも、前を向く。
    「その辛い過去と決別する為に、それと私と同じく犠牲となった人達の為にも、必ずこの手で倒して終わらせます」
    「くっくく……闘いに対する勢い、気概……俺はそういうの、嫌いじゃないぜ。まるで生まれてくる種族を間違えちまったみたいだ」
     確かに、頭脳派と言われるソロモンの悪魔らしくはない。今、彼に引き寄せられている悪魔達は、自分にない物を求めて彼に従っているのだろうか。
    「ところで、青半仮面はどうした?」
    「……リンクのことか? さぁな」
     浜地・明日翔(物理狂騒曲・d10058)が発した、過去の報告書による悪魔の存在についての問いに対するレヒトの返答。浅緋はここで初めて、レヒトに微かな変化を見る。知っている……あるいは本当に知らないのか。どちらとも取れる言いよう。
    「さぁ、そろそろ始めようか。殺し合いを!」
     レヒトが高らかに声を張り上げると、強化一般人達が身構える。
     この戦いには必要のない疑問に、浅緋は頭を振った。そして仲間達と共に、殲術道具を構える。
     五対八。勝ち目の見えた戦いに、思えた。
     
    ●希望、慢心、そして
     強化一般人達は思いの外、頑張っていた。レヒトの後方支援を受け、格闘で淫魔の少女、陽子と灼滅者達に迫る。
     しかし、灼滅者達は明確な意思を持って戦いを導いていた。即ち、陽子と悪魔達の間に割って入るような位置取りを確認しながら。
    「はぁ!」
    「ぐっ……」
     心太の電撃を帯びた拳の捻り上げるような一撃を受け、呻き声を上げて、強化一般人の一人が倒れる。
    「ちっ、使えねぇなぁ」
     レヒトは部下に対してもあくまで冷酷だ。
    「ちったぁ役に立って見せろ!」
     レヒトの言葉に、士気を上げる強化一般人達。
     しかし、気付いた時には陽子と完全に分断されていた。
    「……ん?」
    「あ、あの……」
     首を傾げるレヒト、背中に庇われて戸惑う陽子。
    「さて、お嬢さん。俺の剣舞と君のダンスのセッションなんてどうかな? 損はさせないぜ?」
    「とりあえずごちゃごちゃと言うのは赤半仮面ぶっ飛ばしてから考えようぜ? こっちもこっちで余裕ないからなぁ??」
    「ここを切り抜けたいなら、協力して下さい」
    「……!」
     大輔の、明日翔と心太の振り向かぬままの言葉に、陽子は息を呑んだ。
     確かに、武蔵坂学園がラブリンスターのライブに呼ばれたことは、末端の自分も知っている。それがほぼ友好的になされたことも。だが、この場で共闘を申し込まれるとは思ってもみなかった。
    「ライブは楽しかったデス。マタ一緒に何かしたいデスヨネ? マズは目の前の障害を排除シマショウ」
    「宿敵とはいえ音楽を愛するもの同士、袂を分かつその時までは仲良くしたいものデスカラ」
    「逃げるより、まずは協力いただけますか? ラブリンスターさんのご意向がわたし達と早期対立でなければ」
     ローゼマリー、シャルロッテも声をかけ、後方に位置していた京が、陽子に手を差し伸べる。
    「まずは後方につけ」
    「回復支援をしてください」
     浅緋と虎杖もそれぞれに攻撃を繰り出しつつ、陽子を促す。
     全員が、生き抜くために陽子が協力すると信じている……余程のお人好しなのか、それともこれがラブリンスター様の人を信頼させる力なのか。
     ともかく、陽子は逡巡した後、それに頷いた。
    「──」
     それは言葉ではなかった。歌声として出されたものに間違いないが、歌詞はなかった。しかしその声は戦場に響き渡り、灼滅者達の傷を癒していく。ダークネスの力とは思えない……美しい歌声だった。
    「これが、ダークネスの癒し……」
     誰ともなしに発せられた呟きは、その場にいる皆が同じように実感していたものだった。
    「れ、レヒト様!?」
    「ちっ……厄介なことしてくれるじゃねぇか」
     慌てふためく強化一般人、笑顔を歪ませるレヒト。
    「とにかく、お前らも行け!」
    「は、はいっ!」
     レヒト自身は後方から、見えない魔力で灼滅者達の体温を奪い、強化一般人達はレヒトの命に従って前線の灼滅者達に襲いかかる。
     共同戦線。完全に二つに分かれた戦場は、混沌を孕んでいることに灼滅者達はまだ気づいていなかった。
     
     戦況は、灼滅者達に有利に運んでいた。それは強化一般人の能力の低さ、数の上での優位、そして陽子の癒しによるところが主な理由だ。
     レヒトが放った圧縮魔法の矢。それを心太は、両手に展開させた障壁で叩き落とす。ノーダメージではなかったが、それでもいくらかはかわすことができた。
    「くっ、やはりすさまじい威力ですね。ですが、捉え切れないほどではないです」
    「先ずはアップといこうじゃねぇか!」
     大輔も剣を振り回し敵陣へ突っ込んでいき、強化一般人を斬り刻む。大輔の動きを追うように、血飛沫が螺旋に舞った。
    「祀火先輩!」
     赤い剣舞の隙間から、京が護符を飛ばす。大輔の背に貼りついたそれは、彼の傷を癒し薄い結界膜を張った。
    「ありがとな!」
     大輔もまた戦闘態勢の口調で、振り向かないまま短く礼を述べる。
    「続きマス!」
     シャルロッテが大輔と同じく、螺旋を描く剣によって敵の真ん中に斬りこむ。
    「ぐぁ……っ」
     強化一般人の一人が呻き、よろめいた。
    「キヒヒ……俺のビートを聞いてみるか?」
     そう笑う明日翔は戦闘狂のようでいて、冷静に戦況を見ていた。即ち、一番弱った強化一般人への集中攻撃。バイオレンスギターをかき鳴らして、音波を飛ばす。
    「うぐぅ……」
     また一人、強化一般人が倒れた。
    「いい感じデスネ。このまま押し切りマショウ!」
    「がっ!」
     ローゼマリーは雷の拳を突き上げる。その拳は強化一般人の顎を捉え、宙に舞わせた。そこへ間髪入れず彼女のビハインド、ベルトーシカが霊力の一撃を加える。床に倒れ伏す強化一般人。
     一方、支援戦闘を行う方針の浅緋。強化一般人を通り越して、レヒトへと肉薄し縛霊手で殴りつけた。秘めた網状の霊力が、レヒトを縛り付ける。
    「くっ……やるじゃねぇか」
    「……」
     浅緋はレヒトに対しては、情報漏洩の危険を考え、一切口を開かない。
    「だんまりか? それも良いさ。戦いの中ではなぁ!」
     狂ったように嗤うレヒト。
     しかし残る敵戦力は、レヒトと強化一般人一人。
    「はぁあっ!」
     その残った強化一般人に対し、虎杖はサイキックソードを振りかざした。
     斬っ!
     鈍い音を立てて、サイキックソードは強化一般人に傷を刻む。
    「がはぁ……っ」
     その傷を押さえ、膝を付く強化一般人。そして彼はそのまま、上半身も倒した。もう動かない。
    「残るはあなただけです」
     サイキックソードの剣先を突きつける虎杖に、レヒトは笑みを消した。
    「……淫魔のお嬢ちゃん。お前はそれで良いのか? 灼滅者に助けられて、武勲の一つも立てずに生き残ったと、ラブリンスターに報告できるのか?」
    「……!?」
    「そのような挑発、聞いてはイケマセン!」
     突如、陽子にかけられたレヒトの言葉。確かに、陽子のしたことは回復支援だけ。灼滅者達の背に庇われ、歌声を響かせるのみ。
     しかし、これはチャンスではないのか。強化一般人は全て倒れ、今や現在の敵はレヒトのみ。もしこいつを降せば、ラブリンスター様もきっとお喜びになる……いずれバックダンサーにして頂けるのだって、夢ではないかもしれない。
    「──あああああ!」
    「待て、下がれ!」
    「危ない!!」
     飛び出す陽子、制止する灼滅者達。だが陽子は止まらない。
     
     レヒトの口元には、笑みが戻っていた。
     床には、息絶えた四人の強化一般人。
     そして、血溜まりと、鋼糸によって切り刻まれた、陽子だったものの残骸だった。首と腕を落とされ、身体に線状の傷をいくつも刻まれ、無残に転がる死体。
    「──くっくっく……はーっはっはっは!」
     堪えきれなかった高笑いを、レヒトは存分に上げる。
    「馬鹿な小娘だ! だがダークネスとしての誇りは持ち合わせていたようだな。そこは称賛しよう!」
    「……レヒト……!」
     誰からともなく、怒りを含んだ声が上がる。灼滅者達の十六の瞳が、レヒトを睨みつけていた。
    「──何を怒ることがある? こいつも所詮はダークネス。お前達にとっても敵じゃねぇか」
     レヒトは得意げに鋼糸を振り回してみせる。
    「しかし……やはり、淫魔と灼滅者がつるんでいたか。だが、お前達がこの場に現れたということは……」
     顎に手を当て、考え込むレヒト。
    「我が配下にも裏切り者がいるというのか。どうやら、お前達などにかまっている場合じゃあ無いようだな」
     またしても早とちりを重ねるレヒト。だが、エクスブレインによる未来予知の存在を知らないままでは、仕方のない勘違いかもしれない。
     レヒトはそこまで一人ごちると、誰もいない方向──窓に向かって走り出した!
    「!?」
    「ま、待ちなさい!」
    「じゃあな武蔵坂学園。縁が……宿命があったら、また会おう!」
     ガシャァァンっ!
     レヒトが突っ込み、派手な音を立てて割れる窓硝子。慌てて追いかけ、見下ろせばレヒトは既に曲がり角に消えていくところだった。ここは廃屋の街……追いつき、再び見つけ出すのは難しかった。
     
    ●弔い
    「折角、仲良くなれると思ったノニ……」
     ローゼマリーは、今度会えたら渡そうと思っていた手紙を握りしめる。そこには連絡先、ライブの礼と応援、学園祭への招待などが綴られていた。
     大輔もメモをぐしゃりと握りつぶす。そこには彼の携帯のアドレスが書かれていたが、渡すことは叶わなかった。
    「結局、存分に殴ることも出来なかった……それどころか……」
     己の拳を怒りに震わせる心太。
    「まっすぐな方法で進む限り、仲良くできればヨカッタ……でも……」
     『音楽を愛する人にきっと悪い人はいない』と思っていたシャルロッテ。陽子の遺体を整え、目を閉じさせてやる。
    「……」
     その遺体に、虎杖は手を合わせて祈りを捧げる。せめて安らかな眠りを、と。
    「わたし達は助け合えれば負けない……そう思ってたのに」
     京も祈りながら、瞳を揺らす。
    「ちっ……」
     言葉少なに、舌打ちする明日翔。彼の拳もまた、震えていた。
    「気に入らないな……レヒト、次こそは……!」
     レヒトが消えた窓を見やって、浅緋が呟く。
     夕焼けは西に消え、夜の闇が押し迫っていた。

    作者:天風あきら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:失敗…
    得票:格好よかった 22/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 13
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