ラッキーパーソン=標的

    作者:なかなお

    ●今日の占いは
     べちゃ、と音を立てて書類を汚したそれに、カフェのテラス席で仕事を片付けていた男は束の間言葉を失った。
     あと少しで片付くはずだったのにとか、そもそもこの白い物体はなんだとか、いや何か黄金色の物体もまざってるぞとか、いろんなことが頭に浮かびあがっては消えていく。
     そんな男のプチパニックに終止符を打ったのは、腰まであるウェーブの髪を後ろに払ってふん、と鼻を鳴らす女だった。
    「美味しそうでしょう? このソフトクリームで世界征服をするのがあたしの夢なの」
     ――ああ、そうか、この白いべちゃべちゃはソフトクリームか。
     男性は女性の話を茫然と聞きながら、頭の片隅で納得した。
     見れば、女の長い髪は美しい乳白色で、なるほどソフトクリームに見えなくもない。ちょうど耳の辺りにはこの時期には不釣り合いな大き目の耳あてがつんつんと姿を見せていて、それは男の書類を汚した中にあった黄金色の物体によく似ていた。
    「……ええと」
     あまりに突然の出来事には、人は怒りを忘れるらしい。何とも情けない声をだす男に、女は手に持っていたもう一つのソフトクリームを叩きつけた。
    「岡山の名産、カキフライソフトクリームよ」

    「食べ物を叩きつけるって、流行ってるんでしょうか……」
     首をかしげる崇田・悠里(スタンス未定・d18094)に、いやそんなはずはないだろう、と誰かが声を上げる。
     なんにせよ、食べ物を粗末に扱うなど許されないことだ。悠里は集まった灼滅者達をちらと窺うように見て、おずおずと説明を開始した。
    「この間、岡山にカキフライソフトクリーム怪人が出るって噂を聞いて、エクスブレインの方に確かめてもらったんです。そしたら……本当、らしくて」
     この時点で悠里の冒頭の発言を思い出すと嫌な予感しかしない灼滅者達だが、残念なことにその予感は当たっている。
    「彼女はカキフライソフトクリームを使って攻撃してくる、らしいです」
     ――またべちゃべちゃフラグか。
     がくりと肩を落とす灼滅者達に、悠里は申し訳なさそうに眉を下げながらも話を続けた。
    「彼女が『狩場』にしているのは、埠頭のすぐ近くにある海産物レストランです。ターゲットは……その、占いで決めているみたいで」
     なんでも彼女はうお座らしく、その日の占いで『うお座のラッキーパーソンは~』と言われた相手を標的に選ぶらしい。ちなみに、接触する日のうお座のラッキーパーソンは『スーツを着た男性』。
    「つまり、誰かが囮役になる必要があります。テラス席で向こうから接触してくるのを待って、全員で迎え撃つ感じです」
     カキフライソフトクリーム怪人が使用してくる技は、通常よりも粘りのあるソフトクリームを叩きつけて動きを封じる『ラッキークリーム』と、コーンカップで対象を貫く『ラッキーカップ』。それから最終奥義として、彼女のつけているカキフライソフトの耳当てを投げつける『ラッキーフライ』がある。
    「ちなみにこの耳あて、衝撃加えると周囲を巻き込んで爆発しますので十分注意してください……」
     最後に付け加えられた言葉に、灼滅者達はまじか、と頬を引きつらせた。


    参加者
    南・茉莉花(ぎりぎり最強な女の子・d00249)
    ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)
    斎藤・斎(夜の虹・d04820)
    イルル・タワナアンナ(勇壮たる竜騎姫・d09812)
    久瀬・一姫(白のリンドヴルム・d10155)
    宮屋・熾苑(高校生ファイアブラッド・d13528)
    崇田・悠里(スタンス未定・d18094)
    相葉・夢乃(ブバルディアの路・d18250)

    ■リプレイ


     黒いスーツに身を包んだ宮屋・熾苑(高校生ファイアブラッド・d13528)が、どさり、店舗から一番離れたテラス席を陣取る。長い足を組んで鷹揚に本を広げるその姿は、到底堅気には見えなかった。
     周囲の控えめな視線を感じながら、熾苑はこれ見よがしにサングラスに手をかける。イヤホンを聞きながら読み耽るその本が『飼い犬の躾け方』だと知ったら、周囲の人は一体どんな顔をするだろうか。
    「……ふむ」
     そんな熾苑の姿をバーベキューコーナーから眺めていた斎藤・斎(夜の虹・d04820)は、醤油を片手に焼き上げたばかりの牡蠣を頬張りながら軽く顎を引いた。
    「宮屋先輩、いい具合に引かれてますね。避難誘導が楽になりそうです」
     隣に座る久瀬・一姫(白のリンドヴルム・d10155)が、妙に自信たっぷりにこっくり頷く。
    「大丈夫、家にあんな感じのSPさんが居るからバッチリなの」
     ――それは、良いのか悪いのか。
     どちらにせよ避難は早々に済ませなければ、と可憐なサマードレスを身に纏うイルル・タワナアンナ(勇壮たる竜騎姫・d09812)はテラス席に座る一人の男性に声をかけた。
    「もし、そこの方」
     あまり箸が進んでいなかった男性は、背後からの呼び声にびくりと肩を揺らす。
     イルルは努めて申し訳ないという顔で首をかしげた。
    「すまんが、少々騒がしくなる。……店内の席へ移ってもらえぬかのぅ?」
     途端に、男性の顔がぱっと明るくなったように見たのは気のせいではないだろう。男性はトレーを片手にそそくさと店内に入って行った。
     南・茉莉花(ぎりぎり最強な女の子・d00249)とヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)が声をかけた者の中にも、渋る者はいない。
    「それにしても」
     無事誘導を終えてバーベキューコーナーへとやってきたヴァイスは、くらりとよろめくようにして腰を下ろした。
    「独創的な発想とチャレンジ精神はともかくとしてだな、何故この二つの合体という結論に至ったのだろうか……」
     ここまで嫌な予感しかしないと思ったのは初めてだ、と呟く声には力がない。
     黒のTシャツにデニムのホットパンツという服装の茉莉花も、
    「カキフライもソフトクリームも大好きだけど一緒にはいいかなあって……」
     と苦笑いだ。
     一人その未知の味を経験したことのある崇田・悠里(スタンス未定・d18094)は、そこまで不味くはないんですよ、と控えめなフォローを入れた。
    「カキフライソフトってカキフライ自体味がついてて美味しいし、ソフトと刺身しょうゆの組合せも悪くなかったです。……ただ、うちは余り好みじゃなかったなぁ」
     どうせ此処のご当地怪人が出るならカキお好み焼き怪人が良かった、と思っているのは秘密である。
     相葉・夢乃(ブバルディアの路・d18250)は困ったように微笑んだ。
    「美味しいのを薦めたくなる気持ちは、わかりますけど。無理矢理は……駄目です、ね」
     会話をしながら――もちろん、周囲の警戒もしている。もちろん。――彼女達の箸は進む。素のままならば不自然な女児の集まりだが、斎、悠里、夢乃がエイティーンを使用しているのでその光景に然程違和感はなかった。
     テラス席に、旨そうな焼き牡蠣の香りが漂う。
    「――」
     バーベキューコーナーにちらり、ちらりと向けられる羨ましそうな――見る人によっては殺気だった――視線が誰のものかは、もちろん言うまでもないだろう。


     かつかつとアスファルトを踏む音に、途端に女性陣の意識が切り替わる。
     ――べちゃ。
     テーブルに影が落ちると同時に本と服を濡らしたソフトクリームに、熾苑は殊更ゆっくり顔を上げた。
    「な、なによ」
     動揺した様子をまるで見せない熾苑に、ソフトクリームを叩きつけた乳白色の髪を持つ女性――久里夢は一歩身を退いた。バーベキューコーナーに屯していた女性陣が、久里夢の退路を塞ぐようにして半円形に久里夢を囲みこむ。
     熾苑はイヤホンを外してポケットへ入れると、立ち上がってかわりに取りだしたカードを口元へ軽く翳した。
    「Let's show time.」
     それは、まるで歌う様な解放の言葉。足元から舞いあがった炎の赤と伸びた影業の黒が混じり、背後に一瞬大きな恐竜の姿を映して、消える。
     翳したカードは炎を散らしながら、漆黒のガトリングガンへと変じていた。
    「……敵ね」
     そんなものを見せられて、状況が理解できないはずもない。
     久里夢はくるりと手を回すと、手中に現れたカキフライソフトクリームを引っ掴み、まるで剣でも扱うかのように振り上げた。
    「一番槍、頂くぞよ!」
     ひゅ、と風が唸り、ライドキャリバー・ティアマットに跨るイルルが高く飛び上がる。
     イルルの躯に這わせた影が槍の先から刃となって久里夢を襲うのと、久里夢のソフトクリームがイルルの首元に叩きつけられたのは同時だった。びちゃ、と音を立てたのは、久里夢の血か、それともソフトクリームか。
    「うぇぇ……なんて事をするのじゃぁ!?」
     首元だけではなく服やら頬やらまでもを汚すクリームに、イルルは思わず悲鳴を上げた。
    「それはこっちの台詞よ!」
     肩口から吹き出す血に目を吊り上げた久里夢が、後ろに飛んで距離を取りながら両手を前にかざす。宙にふわりと現れたソフトクリームのコーンが、鋭い矢となって茉莉花を襲った。
     すぐさま飛び退いた茉莉花だったが、避けきることはできずにコーンが左足を掠める。
    「食べ物でそんな風に遊んじゃダメです!」
     次の一手に出ようとする久里夢の視界を、斎の解体ナイフから展開した夜霧が遮った。
     ふわり、白く霞んだ霧が揺れる。
    「――ッ!」
     霧の中からたん、とステップを踏んで斬りこんでくる夢乃のマテリアルロッドに、久里夢は大きく上体を逸らした。喉笛を掠めるロッドの先を掴み、夢乃の体ごと横に投げ捨てるように払い飛ばす。
     その隙に背後に回り込んだヴァイスの拳が、久里夢の背を捕えた。
    「っラッキー、パーソンが……いる限り」
     オーラを収束した拳の連打に、血を吐きながらも久里夢は強引に身を翻す。
    「私は無敵なのよ!」
     ヴァイスの影から迫っていた一姫のマテリアルロッドを弾き、鋭利なコーンが悠里の脇腹を貫いた。


    「ちょこまかするんじゃ、ないわよっ」
     久里夢の飛ばしたクリームが、四方から襲いくるヴァイスの影を白く濡らす。粘り気のあるそれが影の動きを抑えている間に、久里夢は低い姿勢からヴァイスにソフトクリームを振りかざした。
     咄嗟に両腕を出したヴァイスだが、その努力もむなしくべしゃりと広がったクリームは麗しい銀髪、端正な顔、服とそれに包まれた肢体にまで飛び散る。
    「ん、ぅ……!? うぁ、ね、ねとねとして、気持ち悪い……ッ!?」
     思わず上擦った声を上げて眉を寄せるヴァイスに、久里夢は続けてコーンを出現させた。
    「こっちも味わいなさ――ッ!」
     声を荒らげる久里夢の鼻先を、まっすぐに振り下ろされた悠里の日本刀が掠める。ぱきりと音を立ててコーンが砕けた。
     すでに塞がった脇腹の傷をさわりと撫でて、悠里は久里夢を睨み据える。
    「もう味わった。――二度目は要らない」
    「そうそう、これは早めに終わらせたいもん!」
     鋭い視線に久里夢がたたらを踏んだ隙に、回り込んだ茉莉花のマテリアルロッドの先が久里夢の腕に触れた。注ぎ込まれた魔力が久里夢の肩と、
    「わー飛び散る!!」
     クリームを破裂させる。
     夢乃の鈴を転がす様な歌声が、クリームに囚われた茉莉花を優しく包み込んだ。
    「食べ物を投げたらめっ、です……。好きな物なら、大事にしてください……!」
     そのまま一歩前に踏み出してきりりとした表情で言う夢乃に、ぷらりと力を失った片腕を抑える久里夢は何とも嫌そうに顔を歪めた。血を吹く腕を離し、顔にかかった乳白色の髪に手を掛ける。
     ――あ、
     ついに『ラッキーフライ』が来るのか、と思わず身を乗り出した夢乃は、そのままするりと髪を掻き上げて終わった手にしゅんと肩を落とした。
    「大事にしてるでしょう? 百聞は一見にしかず、ただ見るよりも身をもって知るべし、ってね。どう? 貴方達も、少しはカキフライソフトクリームを慕う気になった?」
     くすりと口端を引き上げた久里夢が、身を翻して背後から迫っていた熾苑の赤い拳を片腕でいなす。熾苑は舌を打って、んなわけあるか、と悪態をついた。
     とん、と体勢を整える久里夢の足場を、イルルの妖の槍が穿つ。くるり宙返りをしたところを、一姫のオーラを収束させた拳が襲った。
    「こんなことしても嫌いになる人が増えるだけで、世界征服なんて絶対無理なの!」
     何度も久里夢の体を抉った拳が、最後に大きく一振り、その体を宙へと吹き飛ばす。
    「ソフトクリームは、そろそろ溶ける頃合いですよ」
     テラス席のテーブルを弾き散らしながら落ちた久里夢を、斎の鋼糸が捕えた。
     ぎりりと締め付ける斎の糸に、乳白色の髪が肩上でバッサリと途切れる。その瞬間、耳上に留まっていた耳当てがするりと髪の上を滑って首元へと落ちた。
     それまで苦悶の表情を浮かべていた久里夢が、ちくり頬に触れた耳当てにほくそ笑む。
    「やっぱり今日はラッキーね」
     浮かべられた勝利者の笑みに灼滅者達が身構えるのと同時、久里夢は皮膚が避けるのも構わず両の手で左右の耳当てを掴み、引き抜いた。


     空に放られた耳当てが、カッと光を放って灼滅者達の視界を眩ませる。
    「させっかよ……!」
    「さ、さすがにそっただ攻撃サ食らう勇気は持てねぇはんで!」
     仲間を庇うように前に出たのは、熾苑と斎だった。
     熾苑は大柄な体からオーラを立ち昇らせ、斎は柔らかな霧で仲間を包み込む。押される二人を、夢乃がエンジェリックボイスで支えた。
    「効かないよっ」
    「もう観念しろ!」
     茉莉花の紅の斬撃が視界を遮る黒煙を斬り裂き、現れた久里夢の体をヴァイスの影が追う。まさか反撃にあうとは思ってもいなかった久里夢は、片足を捕らえられながら、誰一人として膝を着いていない灼滅者達に目を瞠った。
     一姫の吹かせた涼やかな風が、疲弊した仲間をまとめて癒す。
    「貴方の悪運はもう尽きた」
     ひらり舞い降りた悠里の無敵斬艦刀に、久里夢は咄嗟に身を退いた。――そこにはすでに、灼熱のオーラと牡蠣の殻に似たバリアを纏って地を蹴ったイルルが待ち構えていることにも気付かず。
    「愛と怒りと哀しみのォ……」
     まるで地を這う様な声に慌てて振り向いたときには、もう遅かった。
     イルルの蹴りが、久里夢の体に埋まる。
    「フライド・オイスター・キィイイイイイック!!」
     それまで確かに人型を保っていた久里夢は、とろとろとソフトクリームが溶ける様に消えていった。

    「ふー、手強い相手だったあ」
     ソフトクリームで汚れた顔をハンカチでぬぐいながら、茉莉花が疲れを吐き出す様に大きく息を吐く。だがいくら拭おうとも、べたつくソフトクリームが消えてくれるわけではなかった。
     うう、と誰からともなく唸り声が上がる。
    「一度何処かの銭湯へ行かぬか?」
     べとべとで敵わん、と顔をしかめるイルルに、斎が賛成だと頷いた。
    「べたべたなままは嫌ですし……」
    「ん、じゃあその前に、」
     ぱたぱたと汚れた体を手で払っていた一姫が、エイティーンを発動させる。現れたクールビューティーな女性は、熾苑を見て小さく首を傾げた。
    「これで満足?」
     一姫を始め、小柄で胸も控えめな夢乃、程ほどの体つきにポニーテールの悠里、背が高くて胸大きめの大人の女性タイプの斎。さらにエイティーンこそ使用していないものの、まだ汚れたままのヴァイスとイルル、茉莉花までを一通り眺めて、熾苑は一旦戦闘の疲れを忘れて一つ頷いた。
    「ああ、眼福だな」
     ――むせ返るような甘ったるい匂いが、灼滅者達の鼻腔をくすぐった。

    作者:なかなお 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月6日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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