灼滅者対灼熱獣

    作者:邦見健吾

     私、赤瀬・橙乃は中学生だ。短気なところがあるのは自覚しているが、善良で一般的な女の子だと自分は思っている。
    「どうしたの、橙梨?」
    「う~ん?」
     うつらうつら舟をこぎ始めていたところを、友達に声をかけられて目を覚ました。最近理由もないのに眠い。
    「ちゃんと寝てる? 夜更かししてるんじゃないの~」
    「普通に寝てるって~ふぁあ」
     反論しながら大きなあくびをかましては説得力も何もあったものじゃない。
    「夜な夜な無意識に起き出して夜遊びしてたりして」
    「そんなバカな」
     何かに憑かれたわけじゃあるまいし、思春期特有の自律神経が云々って方が信憑性がありそうだ。
     ……でもそうでなければ、私はどうしてしまったんだろう?

     冬間・蕗子(高校生エクスブレイン・dn0104)は教室に集まった灼滅者たちを見回し、緑茶を一口含んでから説明を始めた。
    「イフリートに闇堕ちしようとている少女がいます。皆さんには彼女の灼滅または救出をお願いします」
     少女の名前は赤瀬・橙梨(あかせ・とうり)。黒髪をサイドポニーに束ねた十四歳の中学生だ。
    「稀なケースですが、彼女は深夜に起き出しては獣の姿で外を駆け回り、朝には家に戻って普通に生活しています。自分に起きている異変について自覚はあまりありません」
     まだ人的被害は出ていないが、電柱を倒したり放置自転車を破壊するなどしている。このまま放置していては完全にイフリートになってしまうのも時間の問題だ。
    「そこで皆さんはイフリートと化した彼女を倒し、灼滅者の素質を持つのであれば救出してください。そのまま堕ちてしまうようなら灼滅するようお願いします」
     橙梨は獣の姿になった後、街の交差点にやってくる。その時がチャンスだ。
    「赤瀬さんが現れる時間、この交差点に人はいません。それなりの広さがあるので一般人の被害を気にする必要はないでしょう」
     イフリートとなった橙梨は基本戦闘術のシャウトとファイアブラッドのサイキックを使用できる。戦いになればその破壊力を存分に発揮するだろう。
    「気を付けてほしいことが一つあります。彼女は堕ちかけでありますが、説得はあまり期待できません。彼女を止めるには、全力の彼女と真っ向から戦って勝つ必要があります」
     結局のところ、やることはイフリートを倒すのと変わらない。違うのは橙梨という少女が灼滅者になる可能性があることだ。
    「そこから灼滅者として覚醒するかは赤瀬さん次第です。それでは、よろしくお願いします」
     蕗子は湯呑の緑茶を飲み干し、説明を締めくくった。


    参加者
    源野・晶子(うっかりライダー・d00352)
    神楽・三成(新世紀焼却者・d01741)
    月輪・熊娘(着ぐるみ娘々熊ガール・d06777)
    フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)
    乾・剣一(炎剣・d10909)
    渡部・るい(清く正しい野球拳系芸者・d16021)
    日影・莉那(ハンター・d16285)
    葉渡・零那(闇と光を求める銀の鬼・d17720)

    ■リプレイ

    ●存在の分かれ道
     深夜の交差点。灼滅者たちは身を隠しながら、周囲を警戒しつつ待機する。
    (んー普段眠くなる気持ち、クマにはとってもわかるクマよー。でもそれって夜に暴れているのが原因クマかな? ひょっとして……むむむ?)
     緊張感がないのか大物なのか、割とどうでもいいことが気にかかる月輪・熊娘(着ぐるみ娘々熊ガール・d06777)。橙梨本人が聞いたら、あんたと一緒にしないでとか言ってくるかもしれない。
    (……人も獣も、やましき者ほど闇夜に彷徨するもの。完全に夜の獣と化してしまう前に、一身を賭して止めるのみ)
     フランキスカ・ハルベルト(フラムシュヴァリエ・d07509)は神経を研ぎ澄ませながら橙梨を待つ。作戦は決めてあり、準備は万端。あとは全力でぶつかるのみだ。
    「説得不可、戦うのみ……ですか。解りやすくて助かります」
     見かけによらず、神楽・三成(新世紀焼却者・d01741)は紳士のような口調で呟いた。個性豊かな武蔵坂学園の生徒らしく、見た目では測りがたい人物……なのかもしれない。
    「堕ちかけているのに本当に気がつかないなんて、とっても危険です。一般人に危害を加える存在になったら、本当に戻ってこれなくなります……」
     自身も一度闇に堕ちたことがある身。だからこそ橙梨を絶対に救うと渡部・るい(清く正しい野球拳系芸者・d16021)は心に誓う。
    「ま、言ってみれば同族だしな。なんとかしてやらなきゃならないだろ」
     確かに乾・剣一(炎剣・d10909)の言う通り、ファイアブラッドとイフリートは同類といえば同類。他の種族のダークネスなら放っておくわけではないが、それはそれこれはこれ。
     おどおどきょろきょろ。源野・晶子(うっかりライダー・d00352)は陰に隠れながら辺りを見回しているが、警戒しているというより怯えているかのようだ。……実際怯えている可能性も否定はできないが。そんな晶子とは対照的に、日影・莉那(ハンター・d16285)はいたって冷静に、表情を変えず周りの様子を伺っている。その横顔からは彼女の心情を推し測ることはできない。
     やがてドスンドスンと、戦車が足を生やして走っているんじゃないかと思うような重い音が灼滅者たちの耳に届く。
    「さて、火の粉を払うか」
     イフリートが近づいてきたことを察し、葉渡・零那(闇と光を求める銀の鬼・d17720)が言った。橙梨を救うにも、イフリートを倒すしか選択肢はない。無用な被害を避けるため、三成は殺界形成を、莉那はサウンドシャッターを発動。灼滅者たちは万全の態勢で、灼熱の獣を待ちうけた。

    ●灼滅対灼熱
     人を見下ろすほどの巨躯。紅蓮にたぎるたてがみ。鋭く伸びた一対の角。見紛うはずのない、絵に描いたようなイフリートが交差点に現れた。
    「ここから先は、行かせません」
     るいがイフリートの前に姿を現し、続けて灼滅者たちがイフリートを取り囲む。逃走を許さない、そんな意志が表れた布陣だ。
    「こんばんは。女子が夜更けに出歩くべきではありません……と、他人の事は言えませんが」
     巨獣を真っ直ぐに見据え、フランキスカは赤く燃えるようなオーラをまとった。家にお帰り願う前に、まずは人間の女の子に戻ってもらう必要がある。
    「イフリー娘ちゃぁぁん、あーっそびーっましょぉぉ!!」
     さっきまでとは別人のように、三成は見た目どおりの危険な雰囲気を剥き出しにして、軽薄な笑い声を上げながら炎の刃で躍りかかった。
    「行くクマー!」
    「真剣勝負、よろしくおねがいしんす……!」
     三成の攻撃を皮切りに、灼滅者たちは次々に攻撃を叩き込む。しかしイフリートはこたえた様子はなく、暴力のままに炎をまとった爪で反撃した。
    「一度全力でブッ飛ばせってか、ワリと嫌いじゃないぜ、そういうの!」
    「みんなで頑張るクマ!」
     剣一はイフリートの攻撃をもろに食らって吹き飛ばされてしまうが、不敵な笑みを浮かべてすぐに立ち上がった。すかさず熊娘がフォローに回り、気を集めてダメージを回復させる。
    「遠距離は苦手なんだよな」
     苦手といいつつも、零那とその霊犬のコジロウは狙い澄まして的確に攻撃を当てていく。零那の足元から影が蛇となって飛び出し、イフリートの四肢に絡み付いた。
    「炎の扱いで私に勝てると思ったら大間違いだな」
     莉那はガトリングガンを構え、イフリート目掛けて大量の炎の弾丸を撃ち出した。小さな炎の欠片はイフリートの全身を打ち、無数の傷を残す。敵の攻撃力を削ごうと、晶子はバスターライフルから一条の光を照射して追撃する。晶子のライドキャリバーも続けて突撃してダメージを与えた。
    「ガアアアゥ!!」
    「光輪よ、邪を退ける盾となれ!」
     それでもイフリートは退かず、怒りの咆哮を上げ、角を灼熱の槍に変えて熊娘に襲いかかった。とっさにフランキスカが飛ばした光輪が間に割って入り、盾の加護を与えて威力を減じる。
    「ありがとうクマ!」
     完全に打ち消せたわけではないが、熊娘自身も守りを重視した隊列をとっていたためダメージを大きく減らすことができた。
    「皆さん大丈夫ですか?」
     晶子の確認に頷き、あるいは視線を送り、それぞれの形で応える灼熱者たち。目の前の炎獣も未だ健在。本当の戦いはこれからだ。

    ●灼滅者と灼熱獣
     零那から伸びた影が鋭い刃となり、イフリートを襲う。しかしその一撃は見切られ、空を切った。命中を重視して隊列を組んでも、見切られては効果が半減してしまう。
    「ガアアアアッ!!」
     交差点の中央で吠え猛る炎獣。獣は口腔に爆炎をたたえ、後衛の灼滅者目掛けて叩きつける。炎の奔流に呑まれ、零那は思わず吹き飛ばされた。
    「オレのことは気にするな! とっととあいつを戻してやれ!」
     霊犬を支えに立ち上がりながら、零那は仲間に檄を飛ばす。それに応じるように紅の影が獣へと駆けた。
    「ヒャッハー!! 燃えろ燃えろ燃えろぉ!! ダークネス分だけ消毒だぁ!!」
     三成が持つ武骨な斧に炎が伝い、烈火の剣となって斬撃を見舞う。炎が獣の体を駆け巡り、内側から焦がしていく。続いて剣一が杖で獣を打ち、魔力を送り込んでさらにダメージを与える。
    「橙梨さん、後生だから目を覚まししておくんなんし!」
    「心まで獣に堕ちてはなりません、目醒めなさい!」
     説得は無駄だと知りつつも、るいは呼びかけずにはいられなかった。ダークネスの中に眠る橙梨に向かって、力の限り声の限り想いをぶつける。フランキスカもイフリートの攻撃の隙を突き、影を伸ばしながら懸命に訴えた。
     晶子のバスターライフルから光が走ると、莉那が彗星のごとき矢で獣を射抜く。一進一退の攻防が続き、灼滅者の消耗も激しくなっていく。
    「ガオオオオンッ!!」
     獣の咆哮が交差点に轟いた。獣は鈍くなった体を揺さぶり、身を縛る呪いを払い落とす。同時に全身に負っていた傷も癒えていく。だが相手が回復を選択したということは、こちらの攻撃が聞いている証でもある。
    「その無駄な分の炎、削ってやるよ!」
     体勢を立て直した零那が死角から迫り、懐に飛び込むと影の剣で斬撃を見舞った。晶子の放った魔弾がさらにイフリートを締め付ける。三成の拳が獣の体を叩き、るいが光線を放って思考を乱した。
    「ガアアアッ!」
     炎獣の咆哮が響いた。次の瞬間には爆炎が灼滅者たちを襲う。
    「テディ、行くクマ!」
     自身が操るライドキャリバーとともに熊娘が炎に立ち向かった。小さくないダメージを引き受けて仲間を守る。
    「祓魔の騎士・ハルベルトの名において、汝を解放する。今一時は眠りに就くが良い」
     最後の抵抗に出たイフリートを眠りに落とすように神秘の歌声が響き、炎獣の巨体が揺らぐ。その隙を逃さず莉那が肉薄し、灼炎の剣を振るって引導を渡した。
    「後は祈るしかないか……」
     倒れ伏す獣を見やりながら、剣一は橙梨が覚醒するよう祈った。

    ●勝者
     イフリートが倒れた後には、一人の少女が残された。意識はないが胸が小さく上下しているのが見てとれる。橙梨が灼滅者として覚醒した証だ。
    「やれやれ、こんなところか」
     橙梨の様子を確認し、武装を解除する莉那。彼女のやるべきことはもうここにはないだろう。
     るいや熊娘たちは胸を撫で下ろすが、ここで一つ問題が到来した。橙梨はタンクトップに短パン姿。寝ている間にイフリートになっていたので、当然寝巻。そして夏なので薄着。おかげで男性陣は少し目のやり場に困ることとなった。
    「持ってきて良かったですね」
     苦笑いしながら、なるべく橙梨を見ないようにタオルをかけてやる三成。
    「ん、んん……」
     橙梨が目を覚ました。上体を起こし、目をこすって意識を覚醒させる。
    「おはようございます、橙梨さん。ご気分はいかがですか?」
    「体中あちこち痛いけど大丈夫……って誰?」
     笑顔で尋ねるるいに返事を返す橙梨だが、状況が呑み込めなくて戸惑っているようだ。
    「これで元通りです、良かったですねっ」
    「う、うん?」
     晶子は安堵の笑みを浮かべて喜ぶが、橙梨は困惑を深めるばかり。家で眠りについて、深夜の交差点で目覚めれば無理もない。
    「ひとまず戻ってこれたみたいだな。けどお前は選ばないとならない。今日と同じコトが起きるのに怯えながら生きるか――」
    「キャアッ!」
     剣一が説明を始めようとしたところで、橙梨が突然悲鳴を上げた。あまりの音量に反射的に耳をふさぐ。
    「なんだ? 俺は今真面目な話を、ぶほっ!」
    「変態! スケベ! 犯罪者! こっち来るな!」
     橙梨は寝間着でいることに気付き、顔を赤くしてタオルで体を隠しながら睨みつけた。目には涙もにじんでいる。どうやら誘拐犯か何かと勘違したようで、とっさに手から出た炎を剣一に叩きつけた。
    「何これ!?」
    「よく聞いてほしいクマ」
     手から火が出たことに驚く橙梨に、熊娘が説明を始める。ダークネスや灼滅者のこと、学園のこと。腑に落ちない様子ではあったが、橙梨は黙って聞いていた。
    「ようするに、私を助けてくれたってこと?」
    「そうクマ。お昼間眠くなるのは夜闇堕ちしてたからクマ」
     自分もお昼眠いクマー、と付け加えて熊娘が笑う。橙梨は熊娘の個性に圧倒されて苦笑い。
    「誤解は解けたか?」
    「悪かったわよ」
     バニシングフレアのダメージを回復する剣一に、橙梨はそっぽを向きながら謝った。
    「安心しろ、俺もお前と同じだ。だから俺達にも自分にも怯えなくていい。ただ次は一人じゃ多分戻ってこれない。だから俺達には仲間が必要なんだ」
     目を合わせて向かい合った後、橙梨は視線を外し、少し逡巡して口を開いた。
    「……そこまで言うなら行ってあげるわよ、その武蔵坂とやらに」
    「これで仲間だな。ようこそ武蔵坂学園へ」
     軽く、けれど確かに握手を交わし、剣一は新たな仲間を歓迎した。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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