バトル・マシン・ガール

    作者:西灰三


     とあるビルの一室。外向けの看板にはもっともな会社名が掲げられているものの、実質そこは暴力組織の人員がたむろする場所であった。室内には煙草の煙が充満し、それぞれに時間を過ごしている。たとえ力に訴える組織であっても、常に荒れているというわけではない。そんな弛緩した時間の中、悲鳴とも取れる叫びと一緒に扉が開かれる。
    「た、助けてくれ!」
    「なにがあった!?」
    「デカイ、おもちゃみてえな鉄砲を持ったガキが……!」
     言い切るよりも先に男の体が光に飲まれて消失する。我が目を疑った兄貴分らしき人物が部屋の外を見やると確かにそこには見慣れぬ銃らしき物を持った少女が立っていた。
    「……新たな敵勢力発見、これより交戦を開始します」
     己の性能を試すかの如く、ひたすらに少女は目標を撃ち抜いていく。一筋の涙を見る者は――。
     

    「彼女の名前は上池・乙葉。……本当なら花を育てるのが好きなだけの普通の女の子だったんだけど」
     資料を開いた有明・クロエ(中学生エクスブレイン・dn0027)は彼女の名前を言った。
    「今の上池さんはアンブレイカブル。自分の強さを確かめるためにその筋の事務所を襲撃するんだ」
     言動や立ち振舞いは機械的だけれども、行動様式は強さを求めるそれ。
    「けれど、まだ、今なら引き返せるんだ。……まだ人の心が残ってるから」
     完全なダークネスとなっていれば灼滅しなければならない、けれどもそうでないのならば。
    「彼女を助けてあげて欲しいんだ」
     クロエはそう灼滅者達に頭を下げる。
    「場所はさっきも言ったけれど組織の事務所。ある6階建てのビルのまるまる1つにそう言った人たちがいるんだ。この人達の誰か1人でも上池さんに殺されると、彼女の心に声が届きにくくなるの。だからまずはこの人達をどうにかして欲しいんだ。気絶させたりして戦闘力を奪えば彼女は標的にしなくなるから」
     灼滅者達がこのビルにたどり着くのは丁度上池・乙葉が一階にたどり着く1分前。彼女は一階から順に襲撃していくらしい。周りに戦う相手がいる限りその階から動くことはない。
    「戦いで騒ぎになるとビルの色んな部屋から皆の所に人が来るから対策はきちんと考えておいてね」
     中々に厄介なシチュエーションのようだ。彼女を闇堕ちから救うつもりであるのなら。そしてどちらにせよ一度は彼女を灼滅しなければならない。
    「上池さんは確実に狙いを付けてから、致命的な射撃を撃ってくるんだ。もしそれに当たると簡単に倒されちゃうから気をつけてね」
     相手の数が多ければ銃を振り回しての射撃で周りにプレッシャーもかけてくるらしい。説明を終えたクロエは灼滅者を見る。
    「みんなならなんとかしてくれるって信じてる、難しい仕事になるだろうけれどきっと大丈夫だよね。それじゃ頑張ってきてね」


    参加者
    凌神・明(英雄狩り・d00247)
    玖・空哉(雷鶏・d01114)
    風真・和弥(風牙・d03497)
    紅羽・流希(挑戦者・d10975)
    攻之宮・楓(攻激手・d14169)
    焔宮寺・花梨(熱烈焙煎珈琲娘・d17752)
    綾河・唯水流(雹嵐の檻・d17780)
    大豆生田・博士(小学生ご当地ヒーロー・d19575)

    ■リプレイ


     薄汚れた雑居ビル。灼滅者達は急いでここに来るはずの乙葉よりも早く来るために駆け込んで来る。見知らぬ若者たちが突然来たことに対して怪訝な表情を見せるが風真・和弥(風牙・d03497)と綾河・唯水流(雹嵐の檻・d17780)の見せたプラチナチケットで口をつむぐ。
    「これは……」
    「近くでガス漏れがあったから伝えに来たんだ」
    「失礼しますね」
     彼らが話すと同時に大豆生田・博士(小学生ご当地ヒーロー・d19575)がパニックテレパスを用いてビルの中に展開させる。
    「助かりたければ上に上がれ! さもなくばその場で伏せろ!」
     思考力を失った彼らに対し、博士がそう指示すると言われた通りに上へと焦りながら走って行く。更に殺界形成を玖・空哉(雷鶏・d01114)が行い一階に近づかないように念を入れる。ついでに重量物を抱えた凌神・明(英雄狩り・d00247)と焔宮寺・花梨(熱烈焙煎珈琲娘・d17752)が階段やエレベーターの前を塞ぐ。これで彼らが降りてくることはありえないだろう
    「……さてと」
     紅羽・流希(挑戦者・d10975)がこれから起こるであろう戦闘の音が外に漏れないようにサウンドシャッターを用いる。ほぼそれと同じくらいのタイミングで扉を破壊する音が聞こえてくる。
    「……来ましたわね」
     攻之宮・楓(攻激手・d14169)が振り返ると無表情に立っている上池・乙葉が立っていた。
    「予測外の敵戦力発見。目標を変更」
     彼女の向ける砲塔の先は灼滅者達に。彼女の視線は不気味なまでに機械的で果たして本当に人の意志が残っているのだろうか。けれども灼滅者達は目の前の相手に臆しない。それぞれがスレイヤーカードを手にし掲げる。
    「咲き狂え! 氷華!」
     それぞれの武器を構えて灼滅者は立ち向かう。


    「なあお前、狙撃したいのか? それとも特攻したいのか?」
     明が乙葉の進路を塞ぐように動きながら接敵する。軽く打ち込んだ拳は中空を切る、やはり堕ちかけといえどもダークネスはダークネスであり灼滅者よりも遥かに高い実力の持ち主であることを示している。
    「脅威レベル修正、演算開始」
     乙葉が灼滅者達を見定めながら戦場を駆ける。視界に多数の情報を収めて次に撃つ攻撃を最適化しているのだろう。
    「……小細工は無理か」
     和弥の大振りの一閃もまた容易に切り抜けられてしまう。実力差を埋めなければ説得どころか逆に倒される恐れすらある。
    「もふもふひゃっはー!!」
     このままでは埒があかないと花梨がパッショネイトダンスを舞い自らの能力を引き上げる。
    「同じような武器を持つ相手だべ。こいつは負けられないべよ!」
     博士もまた高速演算モードに入り相手の予測行動を行う。その間にも楓が乙葉の動きを止めようと鬼の腕を振るうが止められない。捉えることが出来るのならば相手の計算にも隙を生じさせることもできようが。何回も試せばいずれは当たるかもしれないが、それまでに自分達が立っていられる保証はない。
    「手加減どころじゃない、か」
     それでも流希はなるべく顔に当たらないように攻撃を行うが、そんな余裕のある相手ではない。むしろ相手からの突き刺すような殺意はどんどん強くなっていく。
    「ちっ!」
     空哉の雷を纏った拳が乙葉をかすめるが、それだけ。当たらないわけではない、一撃を当てるのにそれ以上の回数の攻撃を必要とするのだ。
    「……演算終了、これより攻撃行動に移行」
     乙葉が空哉の攻撃で少しよろめきながらも砲口を目の前の彼へと向ける。攻撃の勢いで隙のある彼には彼女の攻撃を避ける術は無い。
    「なっ……!」
    「発射」
     至近距離で放たれた光線は鋭く、どのようなものでも貫き通せるような一撃だ。当たればただでは済まないそれに対し、空哉は痛みに対する覚悟だけを決める。
    「……?」
     衝撃が来ない、意識を外界に向けると唯水流が空哉と乙葉の相手に立ち攻撃を遮っていた。そしてそのまま崩れそうになるが、意志の力で辛うじて踏みとどまる。
    「唯水流様!」
     癒しの光を楓が彼に届けるが、おそらく次はない。そして防御を高めていた彼を一撃で倒す以上この場にいるすべての灼滅者達が同じということである。よろよろと立ち上がりながら唯水流は目の前の乙葉から目を離さない。彼が両の足で耐え切ったのは自らが斃れることがすなわち彼女も闇に落ちるという事実。それが唯水流の中にある折れない意思。その心のままに盾をかざして彼は乙葉へと肉薄する。


    「君はお花を育てるのが好きなんでしょう!」
     彼女に向かって唯水流は言う。攻撃を受ける直前に彼女の顔に見えたのはしずく。
    「あんた、何で泣いてんだべ? 何かあったん? 良かったら話して欲しいだよ」
     彼女に狙いを定めていた博士は問う。それがこの状況を打破し、そして彼女を救うことにつながるかも知れないから。
    「……目標再確認。戦闘を続行」
     一拍の間を置いて乙葉は銃を構え直す。だが灼滅者にとってみればその僅かな時間が値千金に等しい。彼女が態勢を立て直す前に一斉に灼滅者が走りだす。
    「殺す割に泣く、その矛盾正してやるよ」
     鋼の如き拳で相手の銃を大きく弾く明。そのまま相手の武器を踏みながら相手を見定める。
    「お前はどっちだ? 人間か、それとも武闘家か」
     乙葉はその問いに答えない、あるいは答えられないのか。そのまま重心を振り上げて明を振り払う。振り払われた明は宙を軽く待って着地する。
    「なぁ上池、俺にどうして欲しい? 強い相手と戦いたいなら俺が相手になるし、止めて欲しいならそうするけど?」
     和弥から向けられるのもまた問い。けれどもそれに対する答えはない、なぜならば今の乙葉を動かしているのはダークネスなのだから。
    「……悪いけど、黙っているだけじゃ何も変わらないし変えられない。だけど、自分の意志を示すだけでも、何かが変わるかもしれないぞ? 今、何がしたいんだ? 暴力団に恨みでもあるのならぶちのめすのを手伝っても良いし、戻りたければ全力で抗うのなら手を貸すぜ?」
     あるいは言葉はもう届いているのかも知れない。だが乙葉は彼の言葉には銃声で返す、近くにいた灼滅者達を一斉に振り払うような射撃である。
    「武器を持つ俺たちは恐ろしいだろ? だが、勘違いするな。俺たちはお前を助けに来たんだ。恐れても嫌ってもいい。ただ、それだけは疑わないでくれ」
     流希の言葉にほんのすこしだけ銃口が震える、けれども射撃を外すほどではない。放たれた光線がまとめて灼滅者達をなぎ払う。痛みに耐えながら空哉は腕をなぞる。
    (「強く有りたい。力が欲しい。それは否定出来ない。俺もまた、理不尽を全てぶち壊せるような力がほしいと、ずっと思っているから」)
     目の前のアンブレイカブルというダークネスもまた力を求め、そのためには犠牲を厭わない存在である。同じものが自分の中にいる空哉はそれを誰よりも理解している。
    (「俺もまた、理不尽を全てぶち壊せるような力がほしいと、ずっと思っているから」)
     けれども彼が望むのは力の為の力ではなく、事を為すための力。
    (「だからこそ、解る。上池の事情はわからないが、一つだけ解る」)
     拳を握ると腕が青く、力強く膨らむ。それに対して空哉は顔をしかめる。
    「痛ッ……これが寄生体の力かよ……たいしたモンじゃねーか……」
     そして現れた刃を構えて彼は彼女に挑む。
    「それはお前の……上池乙葉の、望むような力じゃない! 理不尽を平らげる力が、さらなる理不尽を呼ぶなんてことはあっちゃいけないんだ!」
     それは彼自身の願い。戦う力のありようを刃に込めて振り下ろす。乙葉が銃身を掲げその刃を受け止める、金属同士がぶつかり合う鈍い音が辺り一面に響く。
    「歯ぁ食いしばれ、上池! 俺が、俺達が! お前を闇から、この拳で引きずり出してやるからよ!」
     彼が言うよりも早く、花梨の封縛糸が乙葉の体を絡め取る。
    「捕まえました……!」
     ようやく乙葉の動きを鈍らせる事に成功する。今の乙葉に何を問うても返せる状態ではないだろう。先程までのやりとりを見ていれば分かる。なら今は相手を灼滅するために必要な事をしなければならない。動きを封じられた乙葉の周りを癒しの風が通り過ぎて行き、近くにいた灼滅者達を癒していく。
    「……こんな風に暴れるのがしたい事ですの? お花……銃じゃ育てられませんわよ」
     風を呼んだ楓の声が届いたのか微かに乙葉の体が鈍る。それは捕縛されているというだけでは無いだろう。
    「そんな機械じみた暖かみのない意思に負けないで!」
     唯水流はずっと彼女の前から外れようとはしない、たとえ深手を負っていてもだ。そんな彼に乙葉の銃口が向けられる。
    「……戦闘……続行……」
    「自分で力を振るって結果に涙する、馬鹿か貴様は。アンブレイカブルとして甘過ぎるぞ」
     鈍い動きの彼女を明が殴りつける。
    「涙を流すくらいなら抗え。俺達に出来るのはお前を起こす手伝いだけだ」
     乙葉の瞳には涙。先程よりもよりはっきりとそれがこぼれ落ちていた。
    「頑張って! お花を慈しむ心を思い描くんです! 君の心にある、お花を愛でたときの優しさを思い起こして!」
     唯水流が何度も呼びかける。明を再び振り払いながら、あるいは和弥の死角からの攻撃を受けながらも銃口を唯水流に向ける。まるでダークネスにとって邪魔な存在であるがように。
    「しもつかれ!」
     乙葉の引き金が引き絞られるよりも早く博士の相棒であるライドキャリバーが唯水流と乙葉の間に立ち光線をその身で受け止める。べっこりと車体がへこんではいるがまだ大丈夫なようだ。
    「怖いよね? 悲しいよね? 自分が傷つくのも、誰かを傷つけてしまうのも……だから、私達が受け止めて、そして必ず救い出してあげる! だから君も強く願って! またお花を育てたい、って!」
     重ねられる言葉、重ねられる攻撃。そのたびに乙葉の動きは鈍くなっていき、そして。
    「さあ、いきますわよ!」
     楓の放ったアンチサイキックレイがダークネスを貫き、そして灼滅した。


    「おい、大丈夫か?」
     倒れた乙葉を覗きこんだ空哉が彼女の手を取る。
    「もう大丈夫」
     唯水流が乙葉に微笑みかける。もうダークネスはここにはいない。ここにいるのは上池・乙葉だ。
    「しっかし、まぁなんで乙葉さあは、こったらとこ襲撃しに来たんだべ? 強そうな奴がいそうだからって理由だけじゃなさそうだべよ」
     乙葉はそれについて首を横に振った。
    「これをどうぞ」
     花梨が差し出したのは白い花の栞。
    「これは……コーヒーの花……?」
    「花言葉は『いっしょに休みましょう』です」
     花梨はにっこりと笑うとあてのある喫茶店へと皆を誘う。
    「こんな空気の悪いところに居たら晴れる気も晴れませんしね」
     流希の言葉に促されるように一同はビルを後にする。機械の如き意思のダークネスはひとまず去り、新たな灼滅者が生まれたのであった。

    作者:西灰三 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年9月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 4/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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