隧道の夕闇に潜む

    作者:一兎

    ●夕暮れ時
     陽の光りが照らす昼でもなく、月の輝きが照らす夜でもない。
     夕方とは、そんな曖昧な時間であって、人ならざる者が栄える時だとか。
    「つっても、普通、夜の方が怖いよなぁ」
     真っ暗なトンネルの中で佇む新川・龍介は、母の言っていた事を思い出した。
     それほど長くないトンネルの出口に見える、赤く染まった山道が目に入ったからかもしれない。
    「帰ったら、母ちゃんになんて説明するかねぇ」
     小さい頃は、このトンネルが怖くて通るのを嫌がったなと、妙にノスタルジックな気持ちになりながら、龍介が再び歩き出そうとした時。
     ケケケケ。
     不気味な笑い声を発する小さな影が、龍介の前を横切った。
     一瞬の事で、姿をよく見る事はできなかったが、こういうのは触れないに限る。
    「……まさか、本当に出るわけないしな……。早く、帰るか」
     今はとにかく、トンネルから早く出ようと、自然と早足に。
     それだけを考えて真っ直ぐに……。
    「はぁ、嫌なこと思いだすとこぉ、ぉ! お!?」
     進んだ所で、足が何かを引っ掛け、片足跳びに倒れそうになる。
     クケケケ。
     すると再び、今度は人を馬鹿にするような笑い声が挙がる。
    「ったく、イタズラなら他所でやってくれ! 何がした、ひィッ!」
     怒りで声を張り上げたが、よく見ると、両足に黒い髪の毛が大量に巻きついていた。
     こうなると、怒りより恐怖が勝つ。
    「たす、助けてくれ! 何だよコレ!? 誰か、誰かっ!!」
     当然だが山奥のトンネルのこと、通りがかる人などおらず。
     代わりに夕闇の中から現れた、人の形をした鬼と呼ばれるソレだけが、ゆっくりと龍介に近づき。
    「や、止めろ! 来るな! 来るな! 来るなぁ!」
     鬼はその首に髪で出来た輪を引っ掛けると、力強く引き絞った。

    ●髪鬼
     羅刹の外見的な特徴は、およそ人の考える。鬼という怪物のイメージに近い。
     しかし、実際の鬼を見れば、違うと言えるだろう。
     鬼という存在自体が、人の恐怖心などの具現であるからだ。
    「そいつには羅刹みてぇな黒曜石の角がねぇ。詳しい事はわからねぇが多分、眷属だろうな。そういう、鬼そっくりの奴が暴れてるってわけだ」
     暴れてるっつーには静かな殺人なんだがなと、鎧・万里(高校生エクスブレイン・dn0087)は付け足し。
     グッ、と握り拳を掲げると、いきなり叫ぶ。
    「ただ、こいつは個人的に許したくねぇ! こいつは人を殺した後、人の髪を毟り取って武器にするトンデもねぇ野郎なんだ!」
     断っておくと、別にハゲが悪いとかではない。
     ただ、髪型で情熱を体言している万里にとって、許しがたい行為なのだと理解して欲しい。
    「あぁ、いや、すまねぇ。……とにかく、今言った通り、鬼の持ってる武器は髪の毛だ。どういうわけか、殲術道具の鋼糸みてぇに、簡単に千切れねぇがな」
     そして、鬼がそれを手にしているという事は、既に被害者が出ているという事でもある。
    「鬼は普段、トンネルの中に潜んで、髪の毛のある一般人が通りがかるのを待ってやがる。ただ、それがいつまでも続くとは限らねぇ。これ以上、被害が出るまでに、お前らで灼滅してきてくれ!」
     最後の一声の後、支度を始めた灼滅者たちを前は、万里は思い出したように一つだけ。
    「あと、そうだ。俺みてぇな髪型だとはみ出るだろうが、帽子で髪の毛を隠しゃぁ狙われる事はないらしい。それでも有ると知られちまえば、狙ってくるだろうが、なんかの役に立つかもしれねぇから覚えとけ」
     その言葉に、灼滅者たちが万里のアフロを見上げる。
     帽子の頭が見えた。


    参加者
    長谷川・邦彦(魔剣の管理者・d01287)
    黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)
    オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)
    千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)
    楯縫・梗花(さやけきもの・d02901)
    伊織・順花(追憶の吸血姫・d14310)
    源・市之助(高校生神薙使い・d14418)
    片囃・ひかる(眼鏡ではなく世界が逆なのだッ・d16482)

    ■リプレイ

    ●陽は暖かく
     斜めに差し込む夕日が、トンネルの中に深い影を下ろす。
     影とトンネルの内壁との境は曖昧で、そこだけを切り取ってみれば、どこかに繋がっているかのように思わせられる。
     もちろん、そんな事はないのだが。
    「雰囲気だけなら、いかにもって感じがするな」
     首から提げたカメラを手に口にした長谷川・邦彦(魔剣の管理者・d01287)の言葉は、すぐにも壁に当たり、トンネル内にこだました。
    「そうでもないと困るがな。サイ、蓮司、そろそろ用意を頼む」
     伊織・順花(追憶の吸血姫・d14310)は答え返しながらも、自身の頭の辺りを手探る。
     長い髪を隠すためのフードの下、そこにある帽子の存在を、しっかりと確認するために。
    「こんなもんが、本当に意味あるのかねぇ」
     丁度、順花と同じような仕草で帽子に触れていた龍介は、何気なく呟く。
     このトンネルの中で髪を見せると鬼が現れ、その髪と命を奪っていく、という噂を聞かされた感想である。
     実際に鬼が出ると知っているのは、灼滅者たちだけであり。
     一般人の龍介にとっては、文字通り噂という認識でしかない。
     別段、付き合う義理もなく。いっそ、今すぐ帽子を脱いでもいいくらいなのだが。
    「それを調べるための検証ですから」
    「それに、日本の妖怪は、それぞれに決まった対処法があるって聞いたわ!」
     龍介との話し相手ともなって共に歩く、楯縫・梗花(さやけきもの・d02901)とオデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)の二人が、そうはさせなかった。
    「ま、まぁ、トンネルを潜る間くらいなら、な」
     頭一つ分の差をおいて、チラりと上目遣いをしてくる梗花のあざとい視線。
     空を飛ぶ白鳥のように、自由に振舞うオデットの明るい言葉。
     それら両方を一度に目に、耳にする度。龍介の中から、フツフツとした感情がこみ上げ、断るという考えを捨て去ってしまう。
     一般人である龍介が気づく事はないが、梗花とオデットの二人からは、他人に好意的な感情を持たせるESPが放出されており。これが、龍介の思考を曇らす原因となっていた。
    「魔性の力と言ったところだな。随分、だらしない男だ」
     うっかりと鼻の下を伸ばす龍介の様子に、片囃・ひかる(眼鏡ではなく世界が逆なのだッ・d16482)は、面白いものを見たと密かに笑う。
     学校の新聞部の取材だと騙るために用意したレコーダーや筆記用具も、今や手持ち無沙汰の品だ。
    「言ってやるな。魅了しているのは、俺達の方だろう。安全のためにとはいえな」
     列の先頭を歩く、源・市之助(高校生神薙使い・d14418)が一応の慰めに口を添えて。
    「そうだ、手伝ってくれたお礼に、その帽子はプレゼントするわ! とっても似合ってるもの!」
     横目に見れば、オデットが名案だとばかりに手を叩き、続けて梗花の声。
    「これも一期一会の縁ですし。どうぞ、遠慮なく」
     きっと、戸惑う龍介の姿は滑稽に違いない。
     少女であるオデットだけならともかく、れっきとした少年である梗花にまで魅了されているのだから。
    「せめて、良い思いくらいはさせてやろう」
     そう言う市之助の言葉に、ひかるは含み笑いで返した。

    ●日陰は夕闇
    「なんや、じっとこっち見てくるばっかで、何もして来ぇへんと。気持ち悪いなぁ」
     確かにいる。
     人ならざる黒緑とした肌を見せつける鬼の姿を視界の中に見て、千条・サイ(戦花火と京の空・d02467)は、静かに殺気立つ。
    「髪のないハゲに用はねぇって事じゃないっすかねぇ」
     傍で黒鐘・蓮司(狂冥縛鎖・d02213)は、フードに付いたファスナー部分を弄りながら、適当に返した。
     ついで。
    「そーいやさっき、サイさん。写真渡してましたけど。アレなんすか」
    「アレは夕日の写真や。あのおっちゃん、えらい落ち込んどるようやったからな。綺麗な夕日よこして、元気にしたろって」
     素朴な質疑応答をこなす。
    「話通りなら、ここに来る直前に肩たたきを喰らってるんだ。無理もない」
     そこで、サイと蓮司を呼び止めたその人、順花が両手についた汚れを軽くはたき落して、会話の中へと入りこむ。
     トンネルの半ばで待機していた3人は今、他の灼滅者たちの帰りを待っている状態にある。
     念のため、順花は入口の方から人が来ないか警戒していたが、それもなさそうだ。
    「言うても、おっちゃんには、娘っ子の方がよっぽど薬になったみたいやけどな」
     そこに、噂をすればなんとやら、龍介の見送りを済ましてきたのだろう仲間たちの足音を背にして、サイは苦笑を浮かべた。
     写真で伝えたい事は他にもあったが、元気そうになれたならそれでもいいかと。
     順番に全員が揃っている事の確認を終えて、帽子を投げ捨てる。
     サイと同じようにして、市之助と邦彦の二人も髪を露出させた。
    「そら、鬼退治の時間だぜ!」
     同時に、彫像のようにして動かなかった鬼の体は動き出す。
     最初に、市之助の投げた帽子が鬼の操る髪の餌食となり、散り散りとなった。
     入れ替わりに突撃する邦彦の拳が、鬼の小さな体を捉えた。
     生肉のような、かといって生きている者の感触ではない手応えを感じて、そこに雷の如き闘気を打ち込む。
     ギィァッ!
     潰れたカラスの鳴き声のような、耳障りな悲鳴。
    「ぐっ、……そっち行ったぞ!」
     髪のタンパク質が焼ける異臭の不快さをこらえて、邦彦は叫ぶ。
     やっとこ夕闇の影から躍り出た鬼は、どういう理屈かトンネルの内壁に張り付けるようだ。
     壁から天井へと俊敏に動く様子は、見ているだけでも気持ちが悪い。鬼の動いた後を辿るように揺れる無数の髪の束が、なお嫌悪感を誘った。
    「ならば、地面に這いつくばってもらう」
     動きを追って、市之助は口から文言を唱える。
     鬼はそれに気づいたどうか、髪を毟りとってやろうと醜い腕を剝き出して、天井から襲い掛かる。
     タイミングからすれば、鬼の方が素早い。市之助の詠唱は間に合わないかに見えたが、それでも市之助は落ち着いていた。
    「髪は見えても、小細工は見えないようだな」
     瞬間、先ほど残骸と化した帽子に魔除けのように刻まれていた文字と合わせて、その詠唱は完成、魔力の弾丸が鬼の体を捉える。
     続けて、魔力が弾けて、鬼に追い撃ちをかけるはずだったが……。
    「……なるほど、髪か」
     魔力は弾ける事なく、夕闇に紛れるように霧散していった。
     二度に渡る攻撃を仕掛けられたはずの鬼は、ただ悪戯のばれた子供のように、ギャアギャアと笑い声を挙げるだけであった。

    ●髪に宿る力
     日本では昔から、人の髪には何らかの力が宿るとされている。
     断髪の儀式を始め、人に髪を贈る行為、果ては、お守り代わりにその毛髪を寄越すなど。文化の名残が数々と挙げられる。
     失恋した乙女が髪を切り落とすのもまた、一種の儀式なのだろう。
    「それを命ごと奪うだなんて、許せないわ!」
     外国人でありながらも日本文化に詳しいオデットは、当然、その知識を知っているがゆえに、思いを口にして。
     純白の星と鳥の輝くマテリアルロッドを掲げ、鬼に目掛けて振り下ろす。
     対する鬼は、再び髪の束で一撃を受け止めようとした。しかし。
    (だから今は、この杖が十字架の代わり……)
     もう一方の、口にしない思いが髪に宿る何かに触れたのか。杖先は易々と髪の束を搔き分け、鬼の体に触れた。
    「さあ、立ち去りなさい! 鬼は地獄にいるものよ!」
     流しこむ魔力は鬼の体内で弾けて、その身にダメージを与える。
    「ギイイィィィィッ!!」
     深い亀裂を生む下っ腹からグロテスクに零れ落ちる、ドロドロとした体液。
     鬼は黒緑の肌を赤く怒りの色に染めて、その手から無数の髪の網を拡げて。
     縦横に動く髪が、狭いトンネルの中に黒い奔流を生み出す。
    「んな乱暴な動きやったら、当たるもんも当たらんよ。狙うなら、俺が狙いや」
     元より知能の低い鬼は、髪を露出させているという事も含めて、サイの挑発にのせられた。
     動きを変える黒い流れ。
     その一部がサイの居た場所を貫く。サイの体は、攻撃のどれもを一寸の距離で躱す。
     ギリギリの瀬戸際で口元に浮かぶのは笑み。掠めた頬から流れる血が、サイの闘争心を刺激する。
    「気張って、この程度なん? えらいつまら、とぉっ!」
     野次を飛ばし続ければ、更に鋭い一撃がサイを貫きかけた。間一髪、小ぶりのシールドで弾き返して事なきを得たが……。
    「髪にご執心なのは結構。だが、代償は高くつくぞ」
     距離をおいたオデットに入れ替わり、黒い刀身をもつ斬艦刀を携え、順花が駆けだした。
     これ以上、囮を使った戦いを続ければ、囮の誰かに怪我人が出る。そう判断しての事だ。
     ただ問題は、サイが引き付けた分を除いても、行く手を阻む髪の量の多さか。
     暴れまわる髪の中を突き進むうち。順花の帽子がフードごと吹き飛ばされ、長い黒髪を露出させる。
    「構うかっ! このままぶった斬る!」
     こうとなれば危険性は増す。ならば退くよりも、鬼にダメージを与える方が良い。判断に迷いはなかった。
     その判断を表すかのように順花の道を阻む髪の網が、バラバラに刻まれた。
    「それには俺も同意って、とこっすね……バッサリといきますか?」
     気だるげな目で蓮司は、先を示す。
     刃紋と刀身の境目がわからない黒刀を手に、無表情に道を切り開く。
     答えは返すまでもなく。
    「キケェッ!?」
     黒い奔流を搔き分け、突然に姿を現した順花の姿に、鬼は間抜けな声を挙げる。
     この時、不運だったのは、この鬼が機敏に動く個体であった事だろう。
     鬼自身の生存本能が、その足に逃げろと命令をしたのだ。
     反面、幸運だったのは、その足が命令通りに動かなかった事だろう。
    「鬼ごっこの時間は終わりだ! 大人しく正義の鉄剣を受け止めるのだな! そして悔いろ!」
     幸運は、その指に嵌めた指輪を掲げながら、物凄く偉そうにしていた。
     ひかるの放った呪縛の力が、鬼から逃げの一手を奪ったのだ。
    「お前には何一つ、奪わせはしない」
     黒い軌跡を描いて振り下ろされた順花の斬艦刀、紅黒の刃は、鬼の片腕を切り落とす。

    ●そして夕日は沈む
     鬼の体液は、とても臭い。
     全てが全て、そうではないのだろうが、少なくともこの個体に関してはそうだ。
     梗花の感覚は風に溶け込むように、それら様々なものを感じ取る。
     お風呂に入ったくらいで臭いが落ちるだろうか。そんな女々しい思考がよぎり、急いでかき消した。
     代わりに、祈りと共に風を呼び出す。
    「君が奪う者なら、僕は癒す者だ」
     風は優しく吹き抜けて、半分に切った筒型の狭い通り道を、あますところなく満たす。
     風を受けた灼滅者たちの傷が、わずかに塞がっていく。
    「君の持つ髪から感じたんだ。悲しみとか苦しみとか、そういうのを……」
     雑多に散らばった髪の残骸は、梗花の呼んだ風を浴びて、片端から姿を消していく。
     単純に吹き流されたのとは違って、まるで、この世から離れていくように静かに。
     そこで梗花は、くせの強い自身の髪に触れた。
     人形のようだと言われ続けた、けれど両親から受け継いだ大事な髪だ。 
    「鬼に、こんな理屈は通じないんだろうけど。僕らが守るのは、そういうものなんだ」
     陽の傾きは最初よりも深く。トンネルに対してほぼ真横から照らす形となり、夕闇はない。
     その中、余計な髪の残骸が消え去ったおかげか、最初よりもトンネルの中が広く見えた。
    「ギギィ!」
     天井に張り付いていた鬼は、奇声を挙げて、ひかるの頭に目掛けて跳躍する。
     新たな髪が欲しいのか、ただの憂さ晴らしか。
    「ワタシの髪を狙うとは、見る目がある鬼だ。だが、お前にはやらん!」
     油断なく構えるひかるの狙いは、カウンターである。
     もしかすれば、髪の数本は持っていかれるかもしれないが、元は取れるだろう。
     重力に従い、やや斜めに落ちてくる鬼へ、反撃の闘気を叩きこもうとした時。
    「とぁらぁ! 坊主になってられるかよぉ!」
     横合いに割り込んだ邦彦の刀が、鬼の歪な爪を受け止めた。
     スラリと鬼の爪が刀の表面を滑って、邦彦の手首にまで迫る。
     逆に言えば、刀であっても容易に切断できない強靭な爪である事がわかる。
     瞬時に理解したひかるの次の言動は、シンプル。
    「よし、落としてくれ」
    「な、おまっ、簡単に言いやがって……!」
     かといって、すぐさま動かなければ手を裂かれるのは確実、邦彦自身の危機感が次の行動をさせた。
     もう一方の手に刀の鞘を掴み、爪をそれに滑らせて、鬼の腕を横に逸らす。
     逸れた勢いで、鬼の体が横を向き、腕がみっともなく宙を漂う。
     その腕を刀で斬りつけ、即座に伏せた。
    「上出来だ、そして喰らえ! これは被害にあった者、全ての分だ!」
     邦彦の頭上を超えて、砲弾のように放たれるオーラが、身動きを取る事ができない鬼をモロに巻き込む。
     誤射を恐れない瞬間的な力の衝突は、鬼の体を吹き飛ばす
     これが人であるならば、とっくに動けなくなっているはずだが、鬼は違った。
     再び立ち上がると、ギィギィと地団駄を踏むのだ。
    「まぁゲスい奴らよか、五月蝿くなくて、ええんやけどなぁ」
     サイの言葉からは、どこか皮肉が漂う。
     逃げられないようにと転がる鬼の足裏を手刀で斬りつけておいたにも関わらず、地団駄をされてしまっては、たまったものではないだろう。
    「だったら、こーして逃げられねーように、するだけっすよ……ほら、捕まえた」
     サイに似たり寄ったりの冷めた目で、蓮司は淡々と影を操り、鬼の足元を絡めとる。
     実にあっさりとしてこなす、その胸中は計り知れない。
     別に、はかる理由もないのだが。
     その間にも、市之助が身動きの取れない鬼の正面に相対して、一歩ずつ距離を縮めていく。
    「せめて宿敵である俺が介錯してやる。少々荒っぽくなるがな」
     軽く印を結んだ市之助の片腕は、異形の片腕と化した。もし、これが目の前の鬼と同じような腕だと説明しても、信じる者はいないだろう。
     決定的に大きさが違うからだ。
     市之助のそれは、掌だけで鬼の頭をまるまる掴めるだけあった。
     事実、零距離にまで近づいた市之助は、鬼の頭をリンゴか何かを掴むようにして扱った。
     鬼の角ごと骨格が軋む音が鳴り、くぐもった鬼の悲鳴が辺りを支配する。
     様子からして命乞いのように見えなくもないが、よくはわからない。
    「何を言っているかはわからないが、答えはノーだ」
     やがて限界に達した鬼の頭部は、グチャグチャと、えげつない物音を残して握り潰される。
     あっけない終わりだった。
    『…………』
     なんともいえない沈黙が灼滅者たちの中に拡がる。
     不幸中の幸いは、鬼の遺骸がグロテスクな内容物を晒す前に、この世から姿を消した事か。
    「と、とってもワイルドな介錯だったわ!」
     ポジティブさに定評のあるオデットの声が、どうにも空しくトンネルに反響する。
     地平線に臨む太陽は、その姿を山の谷間に隠そうという所であった。

    作者:一兎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月18日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ