螺子巻き騎士の断頭台

    作者:日暮ひかり

    ●scene
     分からない。何故、この男達はこんな場所で私を囲んでいるのだろう。
     夜の工事現場に勝手に入りこみ、ダンスの練習をしていた事は、確かに『人間の感覚』では少々常識外れの行為だったようにも思われた。
     だが大淫魔ラブリンスター様の一派たるこのミミ様が、アイドルたる自分が、男からこれ程まで恨めしい眼差しを受けるいわれは無い。
    「ミミに何の用? ミミ、一流のアイドルだから。ステージ外でファンの子と会うのはNGって決めてるんだけど」
    「身に覚えがないとでも? 自覚が無いんだか、しらを切っているのか。いずれにしろ浅ましい」
    「! 誰!?」
     高圧的な男の声にミミが頭上を見上げると、鉄骨の上に人影があった。男は地上10数メートルあろうそこから、ミミの眼前へひらりと飛び降りる。
     着地の瞬間、細身の身体からは想像だに出来ぬ重い金属音と地響きが、ミミの全身を震わせた。思わずよろめき、倒れたミミを、男は冷えた眼で見下ろした。
     
     銀の長剣を腰に携えた、表情の硬いつり目の青年。しかし、外套から覗く身体の大部分が、単純な鋼鉄の絡繰と化しているのが解る。その不調和はひどく不気味で、誰の目にも明らかに人間ではない。
    「私は、ソロモンの悪魔イントラグリーク。あぁ覚えなくてもいいです、10分以内に死んでもらいますから」
     
     男――悪魔イントラグリークがパチンと指を鳴らすと、ミミを囲んでいた男達は一斉に彼女へ襲いかかった。強化一般人であろうその者らの攻撃をどうにか凌ぎながら、ミミはわけもわからず叫ぶ。
    「悪魔ちゃん何勝手なこと言っちゃってんの!? だから、ミミが何したっていうのよ!」
    「ラブリンだか何だか知りませんが、どこぞの尻軽が不死王戦争でアモン様を裏切ったでしょうに。ああ、或いは前から武蔵坂学園と手を結んでたんじゃないですか? だから負けたんです。その報復ですよ」
    「そんなのデタラメよ!!」
     ミミの奮戦に手こずる配下達を見ながら、悪魔は低く嗤う。
    「くくっ……淫魔の程度が知れますね、我々の事を何もお分かりでないかと。真相などどうでもいいです、皆そういう理由を無理にでもつけたい性分でして。亡きアモン様の尊厳をお守りするため、私はその意思に応えましょう」
     悪魔は、銀の剣をするりと抜く。僅かに眉間にしわを寄せ、倒れた配下達を睨む。
    「……残り8秒ですよ。まったく使えませんねぇ」
     早く死んでください。
     最後にそう呟くと、満身創痍となったミミに止めの袈裟斬りを放った。
     
    ●warning
    「来たな。まぁ座れよ」
     鷹神・豊(高校生エクスブレイン・dn0052)は珍しく機嫌が良さそうだった。一体何があったのかと、イヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)が尋ねる。
     どうやら、またアモン一派の残党が事件を起こしたようだ。何でも、ラブリンスター配下の淫魔に『不死王戦争で負けたのはお前らのせい』といちゃもんをつけ、殴りかかっているらしい。頭の痛い話だ。
     しかし今までとは違い、配下のみではなく悪魔本人が出てくる事が確認されている。鷹神が上機嫌な理由は、ひとえにそれだった。
    「ようやくあの忌々しい悪魔共をぶちのめせるぜ……。これ程嬉しい事はないだろ!」
     水を得た魚の如く活き活きしている鷹神からそっと目をそらし、イヴも仲間達の方を見て強く頷く。
     ナイフの事件に始まり、鶴見岳、阿佐ヶ谷、デモノイド、アモン残党事件――数々の悲劇を見てきた生徒達にとって、元凶たる悪魔を討つ事はひとつの悲願とも言えた。
     
     ソロモンの悪魔、絡繰騎士イントラグリーク。
     サイキックソードの剣技を主に使う。時折マジックミサイルや予言者の瞳に似た技も使うが、違いはどちらも付随効果が近接剣技の破壊力を高める力であること。まさに武闘派だが、その性質は冷静冷酷だ。
     5人の配下を使って、フェンスと鉄骨に囲まれた狭く薄暗い工事現場の角に淫魔ミミを追い込み、逃げ場を失くさせ袋叩きにする。
    「このミミとかいう淫魔……こいつはこいつで一癖あるめんどくせえ女だ。いきなり『アンタ達、当然可愛いアタシを守ってくれるんでしょ!?』ってスタンスできやがるぞ。そこを上手く言いくるめて共闘できればいい戦力になるとは思う、が……」
     鷹神は一つ息を吐くと、不意にいつものすれた笑顔を浮かべる。
    「いっそ、こいつの敗北を待ってから消耗した悪魔を叩くか?」
    「だ、ダメですよそんなの! ラブリンさんはお友達ですよね!?」
    「…………少なくとも友達ではない。確実に言えることは、ダークネスだ」
     寓意のある言葉だ。彼は簡潔にそれのみを言い、それきり黙ってしまった。あえて長々と語る事もない、と思ったのだろう。
    「う、ううう……。イヴ、こんな時はどうしたらいいのか……。すみません、どうするかは皆さんにお任せしていいでしょうか」
     イヴは、申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
    「でも、悪魔を絶対倒さなきゃって気持ちは、皆さんと同じですからっ。今回もお手伝いさせて下さい!」
     そう続け、更に深く頭を下げる。その発言に鷹神も表情を引き締め、集まった灼滅者達に告げた。
    「まぁ色々言いはしたが、俺はどんな道だろうが君達の選択を信じる。頼んだぞ、灼滅者。……灼滅せよ!」


    参加者
    伊舟城・征士郎(アウストル・d00458)
    玖珂・双葉(放課後の鐘の音・d00845)
    藤枝・丹(六連の星・d02142)
    九曜・亜門(白夜の夢・d02806)
    紫・アンジェリア(魂裂・d03048)
    メフィア・レインジア(ガールビハインドユー・d03433)
    空井・玉(野良猫・d03686)
    朔夜・碧月(さくよにてるつき・d14780)

    ■リプレイ

    ●1
     砦の如き鉄骨の向こうから、微かな戦闘音が聞こえる。淫魔と悪魔が交戦開始したのだろう。未だ浮かない顔のイヴ・エルフィンストーン(中学生魔法使い・dn0012)の手を誰かがぎゅっと握る。はっと顔を上げれば、朔夜・碧月(さくよにてるつき・d14780)が満月のような笑顔で微笑んでいた。
    「豊さんはああ言ってたけど、淫魔達と本当にお友達になれたら素敵だと思うよ。その為にも、まずは悪魔を倒さないと! 一緒に頑張ろうね♪」
    「碧月さん……すみません、ご心配をおかけして」
     私達は、絶対勝つんだから――その力強い言葉に集まった皆が頷いた。
    「阿佐ヶ谷事件で両親を亡くした方々あの姉弟のような犠牲者を増やさないためにも……頼みましたわよ!」
    「あまり気負わずに頑張れ、だよ?」
    「……はいっ。桜花さん、いろはさんも、有難うございます!」
     イヴが頷く傍ら、九曜・亜門(白夜の夢・d02806)は静かに無貌の白面を被った。
    「では、行こうか」
     余計な感情の無い声が清廉と告げる。サポートに入口の防衛を託し、戦士達は断頭台へ走る。

    「もう、ミミしつこい男って嫌い!」
     淫魔ミミの罵声にも耳を貸さず、強化一般人達は猛攻を仕掛けていた。涼しい顔でそれを眺めていたイントラグリークが不意に顔をしかめた。刹那、配下の一人が爆風に飲まれ叫び声が上がる。猫のように軽やかな彼女の足取りは、誰より速く戦場へ躍り出た。
    「誰です。無粋な」
    「どっちがかしら。いやね。自分達の力不足の結果を女で、うさ晴らしする男なんて」
     長い白金の髪が、炎と風を浴び夜闇にたなびいている。紫・アンジェリア(魂裂・d03048)の藤色の眸が、見返りざまに悪魔の鉄仮面を冷たく見据えた。内部からの衝撃にむせ返る配下へ、クオリアに騎乗した空井・玉(野良猫・d03686)が正面から追突する。フェンスにめり込んだ配下の顔へ玉の掌底が下った。
     奇襲に混乱する配下をよそに、悪魔はすっとクオリアを指差す。指先から放たれた神速の魔矢で黒い機体に大きなひびが走った。攻撃担当の配下が慌てて氣の拳を重ね打つ。損傷は瞬く間に広がり、クオリアが闇に散る。
    「灼滅者ですね」
    「……!」
     守備の薄い前衛なら一瞬で落とす火力。突きつけられた事実に、灼滅者達は息を呑む。
    「お前たちの不義行為、真実でしたか」
     悪魔は淫魔を睨み、声低く言う。そして、一行が現れた方と反対側の空間を見た。
    「この足音。挟撃……鉄骨の中にも伏兵の気配、ねぇ。やれやれ、面倒な事をしてくれる」
     ギターの絃に指をかけた所で、メフィア・レインジア(ガールビハインドユー・d03433)は技の不備に気付く。迫る配下へ咄嗟に放った魔の氷は、効果が分散しすぐに溶けてしまう。相手の前衛が多すぎるのだ。
    「一点突破しますよ」
     その間にも配下は受けた傷を癒し、斧の斬撃で紫と玉を傷つける。思い通りにはさせまいと、藤枝・丹(六連の星・d02142)は癒しの光輪を素早く投擲した。
    「逃げるのか?」
    「えぇ。……可能なら全員殺してやりたいですがね」
     逃走を危惧していた錠と葉が、鉄骨群から飛び出し足止めに加わる。
    「よぉ。愉しそうなライブやってんな?」
    「ダークネスと友達になった覚えはねぇが、イヴは友達ってことで」
     右から回り込む班の参戦まで僅かに間がある。丹の手が及ばない分は、回復支援に駆け付けた者達が補った。
    「悔しい思いばかりしてきたからな。微力だが助太刀させて貰うぞ」
    「そちらがその気なら、こちらも全力で応援するまで……!」
     峻と燐音の助けで何とか前線が持ち直した。突然の事に唖然としていたミミがはっとする。
    「灼滅者……? 何勝手に来てんの!? 勘違いされたでしょ。逃げる前に倒しなさいよ!」
     窮地を救われておいてこの言い草――解ってはいた事だが、一瞬皆無言になる。このタイミングで現れれば、籠絡の疑いが確信に変わるのも仕方がない。レヒト一派全体には影響ないだろうが、この悪魔に私怨を抱かれるのはミミも御免被りたいようだ。
    「ミミさんは手伝ってくれないの?」
    「なんで可愛いミミが傷つかないといけないわけ?」
    「ミミさんのためでもあるんすよ。長引いて万が一、残る傷でもついたら……」
    「大淫魔様が友好を望んでいるのに、配下が非協力的な態度を取って関係を悪化させて良いの」
    「な、なによ……! 生意気!」
    「守られなきゃいけないほど弱いって思われたりしちゃうかもよー? ラブリンスター派全員が悪魔に舐められても、いいのかなぁ?」
     碧月、丹、玉の言葉にミミは一瞬揺らいだが、まだ傍観している。そこへ不可思議な霧が漂ってきた。
    「此処で確実にあの悪魔を倒さないと、ミミ様や他の淫魔の皆様がまた何時襲われるか……最悪ラブリンスター様に危害が及ぶかもしれません」
     伊舟城・征士郎(アウストル・d00458)の声だ。
    「やれやれ、どうにか間に合ったか。災難だったな……」
     亜門の後ろから霊犬のハクもとことことやって来た。面を被った男に癒しの符を貼られ、ミミは不可解そうな顔を向ける。もう一方の班の到着だ。
    「そなたらと争う意思はない。故に、ますはここを切り抜けるとしよう」
     征士郎の放った霧が、玖珂・双葉(放課後の鐘の音・d00845)の闘志を躍らせる。あの戦争で淫魔を倒しきっていたらこんな事には――どこか釈然としない思いを茜色の闘気に籠め、叩きつけた。無数の剣と化した双葉の氣に貫かれ、斧配下が絶命する。
     絡繰騎士は構わず玉の方を見ると、一瞬で距離を詰め突きを放った。神秘回避の防具でも銀の魔剣の一閃は見切れず、光輪の盾を貫いて玉に多量の血を吐かせる。
    「どいてくれません?」
    「……死ねば良い」
     配下の猛攻を止め続け、癒えない傷が徐々に増えている。それでも、長い前髪の隙間から覗く眼光は衰えを見せない。
     教室で、相手は救う事の出来ない者と聞くとどこか安堵する。余分なことを考える必要がなくて気楽だ。そう思う。
     だが、今視界の端に転がる人の死骸を見て走る感情は。
     その時、配下の放った氣の塊が二方から玉を襲った。――回復が間に合わない。
    「玉さん!」
    「大丈夫っすよ。そのまま空井さんに回復を撃って」
     動揺するイヴへ丹は冷静に指示を与える。彼が間に合わない、と考えないのは勝気な性分、そして何より仲間皆に信を置いているからだ。この程度の窮地はきっと退けるに違いない、そう信じ切っている眼だ。
     征士郎がビハインドの名を叫ぶ。一方は黒鷹が受け止め、もう一方には玉がオーラの拳を放つ。自己嫌悪は力に変える。桜色の閃光が弾け、配下の氣弾を打ち砕いた。間一髪で届いた丹とイヴの回復が玉の傷を塞ぐ。
    「ね?」
     勝負師はにやりと笑ってみせる。
     際どい攻防戦の応酬にミミの顔色が変わってきた。旗色が悪いと気付いているようだ。
    「悲しいなあ。プロの淫魔だったら悪魔が相手だって堂々ゲリラライブしてくれると思ったのだけど……」
     攻撃の合間に、メフィアのギターが物悲しげなフレーズを奏でた。本当に残念そうに溜息をつくので、ミミも思わず話しかける。
    「そんなにミミの歌聴きたい?」
    「うん。だってボク、まだ一度も聴いた事ないんだから」
    「お願いだから手を貸して。私達、まだまだ力不足なのよ。ミミの鍛えてきた圧倒的なパワー、何も知らないあいつらに見せ付けてやって!」
     命中精度を増した碧月の氷の魔法が、夏の空気を一気に氷点下まで冷え込ませる。凍傷に苦しむ配下達はもがいているものの、紫の言葉通り悪魔にはことごとくかわされていた。その時、斧と拳の攻撃が再び二方向から玉を襲う。征士郎と黒鷹が立ちはだかり配下を止めたものの、悪魔に繋がる射線が遮れない――!
    「……別に、ラブリンさんはお友達、とは思ってないけど。面倒なのは嫌だから」
     魔の矢が放たれる。
     体力の上限を大幅に削られていた玉は、臓腑を貫く一撃に耐える事が出来なかった。
     倒れる直前、玉が放り投げたスマホからラブリンスターの曲が流れ出す。
     ダークネス云々は抜きで、結構好きだった。彼女の流行らない歌。
    「次はお前ですよ、淫魔」
    「ふははははは! 甘い!」
     茫然とスマホを拾うミミに襲いかかった配下の拳を、飛び出したウツロギが受ける。派手に吹っ飛ぶ彼を見ながら、双葉が言った。
    「格下に守られてるだけって、そんなかっこ悪いことしねぇよな。悪いが俺はあんたのファンじゃないし、ついでにいうと、あんたを守る騎士様でもないぜ? 敵だろうと利用できるなら、ってね。お互いそういうことにしとこうぜ」
    「……あんた、ムカツク」
     言葉とは裏腹にミミは動いた。鞭剣に絡め取られたその上から、不志彦の影が更に鋼の体を締めた。ぎしぎしと音をあげ、悪魔が僅かに顔をしかめる。
    「格上と戦う時は、必ず注意しなければならない事がある。そうだろ?」
    「…………」
    「ミミ、さっすが~♪ 10分で死んでもらうだなんて難癖つけるブリキは返り討ちね!」
    「こいつはミミに任せて。みんなもザコだけど、もっとザコな敵は倒せるでしょ? ……早くしてよね」
    「はっ、さすがというべきかね、ミミさん」
     紫の歓声で気を良くした風のミミへ、双葉は称賛とも皮肉ともつかぬ言葉を贈る。睨みつけられたが、多分苦手なタイプなのはお互い様だろう。

    ●2
    「清浄なる風よ、諸々の穢れを払い清め給え」
     亜門が印を切る。渦巻く風が刃と化し、最後の強化人間を斬り裂いた。倒れ込む配下の喉元へ斬魔刀を突き刺し息の根を止めると、ハクは一仕事終えたとばかりに気の抜けた大あくびをする。
    「これ。ゆくぞ、ハク」
     亜門は、面の下から悪魔を見据える。
     雑魚掃討に集中して以降の灼滅者達はさほど苦戦しなかったが、仲間を悪魔の攻撃から護っていた黒鷹は消滅した。回復手より、今は盾が足りない。唯一残っている征士郎の受けた傷を咲結と壱里が回復する。
    「咲結も、最後まで精一杯頑張るよ」
    「恐縮です、皆さん。……有難うございます」
     支える者達へ丁寧に礼を述べ、征士郎は走り出した。
    「遅いし、ケガしてるし、何なの!?」
    「まあまあ、そんな事言わずに歌ってほしいな」
    「……いいわよ。ミミの歌唱力にひれ伏しなさい」
     言うだけあってミミの歌声はなかなかだ。メフィアも気分よくギターで伴奏をつける。冬を思わせる美しい天使の歌は双葉の傷を癒し、敵には恐るべき冷気となって降り注ぐ。
    「……意外と自分になびかない人に弱いのかも?」
     碧月がイヴにこっそり耳打ちした。
    「どうも。遠慮なくいかせてもらうぜ」
     双葉が零距離から放った弾丸が、悪魔の強化を撃ち崩す。
     鞭剣と影に捕われた悪魔は、すっかり身動きが利き難くなっている。孤立し退路もない。最後の盾の役目を果たすべく、征士郎は具現化した光の障壁で悪魔の頭を殴りつけた。
    「忠実……? 笑わせないで下さい。逆恨みを理解していながら振るう剣の、一体何処が忠実なのでしょう」
    「……お前に私の何が解るのです」
     怒りのままに振るわれた剣を、征士郎は身をひいてかわす。アモン一派が起こした悲劇は一度二度ならず見ている。赦すつもりなど、ない。
    「矜持も忠義もない部下を持つなど、アモンも哀れですね」
    「人間の正論は我々の正論ではありませんから。……だが、私の敗北がもはや決定的だというのなら、その茶番めいた忠義に乗ってあげます」
     悪魔は凍りついた腕で征士郎に掴みがかった。
    「アモン様の仇……一人でも道連れにする」
    「させないよ!」
     碧月の放った魔力の糸が更に悪魔の自由を奪っていく。忌々しげにこちらを睨む悪魔を見て、碧月は頬を膨らませた。
    「その良く分かんない言い草、本当ソロモンの悪魔らしいよね! 大体、可愛い女の子を大勢の男で囲むなんて、最っ低!」
    「裏切り者を確実に殺そうとして悪いですか?」
    「淫魔に愛想尽かされたは、そちらの不徳であろう?」
    「やれやれ、ここまで淫魔に毒されて。可哀想な人達だ」
     亜門の糾弾にも開き直った風の悪魔を見て、碧月は言い返す。
    「貴方が自分で言ってたんだよう。真相なんてどうでもいい、無理に理由を付けただけだって。私たちも、ソロモンの悪魔を倒せる理由が出来たから来ただけだよ」
    「淫魔を潰してそれで終いってわけじゃない。あんた達は、そう思われるだけの事をしてきたんすよ」
     丹の言葉を皮切りに、灼滅者達は攻撃を畳みかける。
     超低温の氷が関節の機能性を奪っていく。死の覚悟をもって終焉に抗う悪魔は、散々縛り付けた腕を振るって紫を狙った。ざんと斬られて倒れそうになる彼女へ駆け寄り、丹が背を支えながら傷を癒す。
    「倒れさせないっすよ。さあ、八つ当たりヤローぶっ飛ばして」
    「頼もしいわ。でも、心配はしてくれないのね」
     紫の指先を白く彩るネイルが、灯火のように闇夜に浮かんだ。月より眩いオーラの輝きを掌に集め、照射する。その一撃が悪魔の剣を砕くのを見て、丹は無意識に口角を上げた。
    「しないっすよ。リア先輩っすからね」
     負けない。当然、だ。
    「疾くあるべき場所へと還れ……滅!」
     亜門が縛り付けた悪魔の体を、ハクの六文銭が蜂の巣のように貫いた。支えを失った絡繰の手足は今にも崩れそうで、左右にぐらついている。悪魔は相変わらず無感動な、少しだけ残念そうな顔をする。
    「理解できない……私が間違っていたというのですか? アモン様……」
     メフィアはその言葉を聞き、一拍の間のあと頷いて返す。
    「最初からおかしかったんだよ。悪魔が自分から仇打ちに来るとは。消耗するだけで何のメリットも無いのに。アモンさんが生きて居たら、他人を利用して悪質に狡賢くやれと言うと思うな」
     ボクだって悪魔だった頃ならそうしている――その独白に、皆が言葉を失う。
    「ボクは、人間が大好きだからさ。ごめんね」
     碧月の氷の魔法がバランスの悪い体を固定した。最期の一撃を与えたのは、双葉の刀。跳躍から全体重をかけて首に振り下ろされた、断罪の刃。
    「それもそうですね。……今、悔しいですよ、すごく」
     私怨にかられた悪魔の遺言はそれだけ。断末魔の代わりに、鉄の崩れ落ちる無機質な音が響いた。

    「弱いなりに頑張ったんじゃない。ミミのファンにしてあげてもいいよ。そのうちカルマクィーンに入るから楽しみにしててね」
     そのうちとは、つまり未定である。
     何気に大事に持っていた玉のスマホを返却し、ミミは颯爽と帰っていった。その背中を灼滅者たちは複雑な思いで見送る。果たしてこれが正解だったのだろうか。
     分からない。だが、悪魔の一人を灼滅できた事で浮かばれた者は大勢いるはずだ。
    「……きっと、届いていますよね」
     夜空に浮かぶ無数の星を眺めて、イヴが呟く。隣で同じように月を見上げながら、碧月が言った。
    「大丈夫。見てるよ」
     嘘を真実に変えるのは、悪魔の囁きと魔法の言葉。そのどちらかを信じるなら、今は夢のあるほうでありたかった。

    作者:日暮ひかり 重傷:空井・玉(双子星・d03686) 
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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