南海のご当地に高知カツオタタキ怪人は実在した!

    作者:宝来石火


    「な、何故だ……ワシはただ、美味しいカツオのタタキを皆に食べて貰いたいだけなのに……」
     高知カツオタタキ怪人は悩んでいた。
     カツオのタタキといえば、全国区でも超メジャー級の高知県の郷土料理だ。いや、もはや郷土料理という枠を超えて、一般的な一調理法として認識されていると言えるだろう。
     それでも、高知カツオタタキ怪人としては、本場高知の、その中でも極上のカツオのタタキを一人でも多くの人に食べてほしい、という思いから、一軒一軒お宅を訪問しては手作りのカツオのタタキを振舞っているのである。
     最高級の素材に、達人級の腕前。
     味、見た目、栄養、いずれをとっても自信がある。
     しかし、誰からも感謝されない。誰も美味しいとは言ってくれない。
     高知カツオタタキ怪人は、熱い情熱の炎に身を焦がしながら高々と叫んだ。
    「どうして……どうしてワシが来ると、みんな家から飛び出していくんじゃー!」
     そう叫ぶ彼の背後では、木造の家が轟々と勢いよく燃えていた。消防車のサイレンが遠くで鳴り響いている。
     高知カツオタタキ怪人。
     陸に揚げられたカツオの顔と、常に燃え盛る藁火に包まれた体を持つ、熱い男であった。
     

    「と、いうわけで。
     るるいえちゃんが待ちに待った高知カツオタタキ怪人の登場が予知されたよ」
     須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)のその言葉を聞いた深海・るるいえ(深海の秘姫・d15564)は、感慨無量の様相である。
    「やはり、高知カツオタタキ怪人は実在した……かくなる上は川の口っぽい探検隊など結成してやたらとカエル顔した住民がうようよ住んでる人類未踏の漁村に潜入取材を」
    「えー、今回みんなにはごくごくふつーの顔の人が住む、田舎町のとあるおウチに行ってもらいます。
     そこで、さっき言った『高知カツオタタキ怪人のお宅訪問』を待ち受けて欲しいんだよね」
     そろそろるるいえの取り扱いにも慣れてきたまりんである。
    「このおウチ、高知カツオタタキ怪人がやってくる前日に、住んでた人が引っ越して、当日はもぬけの殻。怪人はそれを知らずに訪ねてくるわけなんだけど……」
     放っておけば、空家が一軒全焼沙汰になるだけの話である。
     しかし、ここに先んじて乗り込んだ灼滅者達が、一家(?)団欒を決め込んでいればどうなるか。
    「高知カツオタタキ怪人は極上のカツオのタタキをみんなに振舞ってくるだろうね。
     真っ向から戦いを挑むとかなり苦戦する相手だけど……これまで誰にも食べて貰えなかったカツオのタタキを、目の前で美味しい美味しいって言って食べてみせれば、油断してある程度弱体化するはずだよ!」
     ちなみにこの空家、地方の古い民家らしい、大きな庭付きの木造家屋である。それはそれはよく燃えるだろうが、他の家に延焼する心配はまずない。
     既に近日中に取り壊しになることも決定しているので、焼け落ちてしまってもそれほど問題にもならないのだ。多分。
    「つまり、みんなには燃え盛る木造家屋の中で極上のカツオのタタキに舌鼓を打ちながら怪人を灼滅してきて貰うことになるね!」
     何だか凄いことになっちゃったぞ。
    「敵の主なサイキックは、巨大刺身包丁による戦艦斬りっぽいのと、藁火によるバニシングフレアっぽいのの2つ。
     技のバリエーションが少ない分、個々の威力は強力だから、気をつけてね」
     その強力な攻撃も、自分の料理を美味いと言って食べてくれた者相手にはきっと鈍るはずだ。
    「一応言っておくけど、高知カツオタタキ怪人を舐めてかかっちゃいけないよ! ましてや、美味しいカツオのタタキを食べるためだけに参加なんてことは……」
     ぐぅ~、と。
     ベタな音が教室の中に、響いたというほどではないけれど、鳴った。
    「……ダメ、だからね?」


    参加者
    有沢・誠司(影狼・d00223)
    幌月・藺生(葬去の白・d01473)
    赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)
    白山・痲亜(サイレンスエッジ・d11334)
    壱越・双調(倭建命・d14063)
    龍造・戒理(哭翔龍・d17171)
    矢織・ケント(紫雨・d17730)

    ■リプレイ


     高知の夏は、暑い。
     灼滅者達が乗り込んだ空家においてもそれは例外ではなかったが、昔ながらの風通しの良い木造建築は冷房器具のないマイナスを差し引いても、ひとまずの団欒を決め込めるだけの日除けの役割を充分に果たしていた。
     すっかり家具の片付けられた畳敷きの居間に座し、各々は持ち寄った食材を同じく持ち込んだちゃぶ台に次々並べる。
     一見和気藹々としたお食事会の準備であるが、全ては高知カツオタタキ怪人を灼滅するための非情な策なのだ。
    「……おいしいタタキがタダで食べ放題……たのしみ」
     白山・痲亜(サイレンスエッジ・d11334)はそう言いながら、自ら持ち込んだおにぎりを早々に食べ始めているが、勿論策である。
    「討つべき相手とはいえ、至高の腕を持つ料理人の振るう技……堪能しない理由はありませんね。
     カツオノタタキ……まだ食べたことがないので楽しみです」
     お茶をクピくぴ飲みながらお行儀よく正座待機を決め込むアルベルティーヌ・ジュエキュベヴェル(ガブがぶ・d08003)のワクわくぶりときたら見ていて微笑ましくなるほどだが、策だと言ったら策なのである。
    「極上のおかずに対して、炊きたてが用意できないのは画竜点睛を欠くけれど……」
     言って、有沢・誠司(影狼・d00223)は保温容器に入れた白米を取り出した。流石というかなんというか、ほとんど全員がご飯は持ってきている。とりあえず主食に困ることはなさそうだ。
     次いで多く用意されているのがお味噌汁。一汁一菜に米があれば生きられる、日本人の心。
     壱越・双調(倭建命・d14063)に至っては、ツテを使って頂いた仙台産のササニシキに、同じく仙台の仙台味噌を使ったカップ味噌汁という気合の入りようである。
    「お皿、これで足りますか?」
    「はい、大丈夫です。
     クロウさんも、ありがとうございます」
     幌月・藺生(葬去の白・d01473)が用意した紙皿や紙コップに、双調は手際よく配膳の準備を整える。
     藺生の霊犬クロウも、頭に乗せたお皿を運んでお手伝い。
    「コンビニで買ったものですが、サラダも持って参りましたのよ」
     皆が主食と汁物の用意に集中する中、副菜によるバランスも考えた赤松・鶉(蒼き猛禽・d11006)は流石のアスリート振りといえるだろう。
    「んー、このおみそ汁おいしい!
     あっ、タタキも食べないとダメだし、控えめにしないと……でもおいしー!」
     矢織・ケント(紫雨・d17730)もまた痲亜と同様、本命の主菜が来る前に食事に箸を付け始めていた。
     楽しい食事会を前にして、我慢をしろという方が酷である。
     少年少女の微笑ましい光景を前に、龍造・戒理(哭翔龍・d17171)は無表情ながらしみじみと感じ入る。
    (「助かるな……食費が」)
     この夏、連日素麺で乗り切る予定だった戒理。彼に寄り添うビハインドの蓮華の表情は、ヴェールに隠されて窺い知れない。
     越していった前の家主が忘れていった風鈴が、風に揺れて涼し気な鈴の音を響かせていた。


    「お邪魔しますぞ―!」
     ガラガラガラ! と引き戸が豪快に開けられる音がして、低いながらもよく通る声が玄関先から響いてきた。
    「……来たな」
    「それじゃあ、私が案内してきます」
    「私も行きますの!」
     玄関に向かった藺生と鶉が見たものは、まさしく、カツオの頭に藁火の体を持った高知カツオタタキ怪人の雄姿である。
    「ワシは高知カツオタタキ怪人!
     美味しいカツオのタタキを人々に振る舞うのがワシの宿願! 勿論お代は頂いておりませんぞ!」
     美しく盛りつけられたカツオのタタキを手にして、高知カツオタタキ怪人は吠えるように叫んだ。叫ばないと、よく聞こえないのである。既に玄関の戸は藁火から燃え移った炎によってパチパチと音を立てて燃え始めていた。
    「まぁ、ようこそ! タタキをいただけるなんて、願ったり叶ったりですの!」
    「こんな玄関先ではなんですし、よければ居間までどうぞ?」
    「おぉ! これはかたじけない!」
     高知カツオタタキ怪人は満面の笑みを浮かべ(頭がカツオなので表情筋はないが、比喩である)二人について居間へと通された。これまでは必ず門前払いを食らい、酷い時には消火器を向けられたこともあった。笑顔で招かれたことなどこれが初めてだったのである。
     廊下に柱、鴨居に襖とことごとくに引火しながら居間に辿り着いたカツオタタキ怪人が見たのは、米や味噌汁、サラダといった主菜無き食卓を囲んだ育ち盛りの少年少女の姿であった。
    「最高のタタキを味わえると噂で聞いてね。待っていたよ」
    「僕、お醤油持ってきたんだ―!」
    「あ、私もです。それにマリネドレッシングやわさびも少々」
    「マヨネーズも、ある……」
    「お、おぉ……! ワシのタタキを皆が心待ちに……か、感激じゃあ―!
     さぁさぁ! 存分にお食べくだされい!!」
     高知カツオタタキ怪人は感動に瞳を潤ませながら(カツオに涙腺はないので比喩である)その情熱の炎を昂らせた。ついでに体の藁火も昂り、畳にも火がついた。
    「そ……それでは、遠慮なくいただきますの!」
    「いただきます」
     回る火の手を無理に無視しながら、灼滅者たちはちゃぶ台に置かれた大皿の、分厚いカツオのタタキに箸を伸ばす。
    「おっ……」
    「おいしいっ!!」
    「これは、何と美味な……!」
     異口同音に上げられる、美味を讃える称賛の声。
     一本釣されたカツオの生命力を感じさせる、新鮮で力強い味わい!
     パリッと焼かれた表面に、うっすら火の通った身の部分。そして生の味わいを色濃く残した赤身による三様の食感が互いに互いを引き立てあい、刺身とはまた異なった形で魚の旨味をこれでもかという程引き出している。
     全く、思わず海の神に感謝したくなるほどの一品であった。
    「凄くおいしいですね……この塩も、ただの塩じゃないのではありませんか?」
    「モチロンじゃ! ワシが厳選に厳選を重ねたカツオのタタキのための特別製よ!」
     ご当地怪人の心を絶妙にくすぐる双調の言葉に、カツオタタキ怪人も鼻高々(カツオなので比喩)だ。
     精妙な割合で用いられたこの塩のひと味が魚の風味を立ち上がらせている。
     加えて、伝統の藁火調理による香りがまた、食欲をぐんと増進させるのだ。
    「これは……お世辞でなく、本当に美味しいですよ!」
    「……タダでおいしいものが食べられて……幸せ」
     皆が口々に投げかける、心からの賛辞。
     勿論それも、ありがたい。だがそれ以上に、彼らの心地よいまでの食べっぷりが、カツオタタキ怪人の心を満足感で埋め尽くしていった。
     あっという間に大皿の上から塩タタキがなくなってきた頃合い。誠司が眼鏡を押し上げ、輝かせながら怪人に問う。
    「ところで、塩タタキの他にポン酢で漬け込んだ物は有るかね? 勿論、大蒜、生姜、刻みネギのたっぷり入った物だ」
    「あ、私もそれをいただきたいところですの。タレもやはりこだわりの一品が?」
     期待の眼差しで見つめる鶉。カツオタタキ怪人の頬も思わず緩む(カツオ・比喩)。
    「当然じゃ! 塩もタレもおかわりはまだまだあるぞ!」
     どこからともなくデデン、と二皿取り出されるカツオのタタキ。一方は塩、もう一方は既にタレに漬けてある。
     このタレ漬けのタタキが、また美味い。
     爽やかな酸味を伴ったこのタレは、意外なことに、あの強烈だったタタキの味わいを柔らかく整える。豪快な土佐藩士の如き味わいが一転、さながら内助の功が如き奥深さ秘めた味へと変じる様は同じ料理であるとは思えないほどだ。
    「よければ、レシピを伺ってもいいですか?」
    「む? そうじゃな、やはり重要なのは素材なんじゃが……それでもご家庭で美味しくしようと思えばじゃな……」
     アルベルティーヌの質問にも、怪人は懇切丁寧に応じた。重要な所はメモしようとしたのだが、鉛筆もメモ用紙もたちまち燃え出したので、タタキの基礎からタレの秘伝に至るレシピの全ては口伝だ。
    「……こうやってると、まるで普通の団欒のようだな」
     蓮華が山盛りによそったご飯を器用にこぼさず食べながら、戒理は黙々と箸を動かし続けていた。
     目に映る光景は、実に微笑ましいものばかりだ。
     一度に五切も六切も取っていっては、ほとんど丼モノのようにしてモリモリ食べる痲亜。
     塩やタレ、自ら持ち込んだ醤油など、色んな味付けを試しては皆と食べ比べてみるケント。
     付け合せのネギを丁寧に避けられたタタキをハグハグ食べる霊犬クロウに――。
    「要りますか?」
     ――汗をだらだら流しながら、皆に保冷シートを配って回るその主、藺生。
    「……今更、という感じだな」
    「ですね……」
     ガシャーン! とガラスの割れる音がゴウゴウと燃える柱の音に混じって聞こえた。
     部屋全体に回った炎が、風鈴を吊るす糸を焼き切ったのだった。


     バベルの鎖の効果によって、灼滅者やダークネスはサイキックによらない攻撃でダメージを受けることはない。
     受けることはないが、別に火に晒されても熱くないわけではない。
     猛暑とか酷暑とかそういう問題ではない炎の中で、しかし、灼滅者達はついに食事会を完遂した。
    「最高の一品だったよ」
    「そりゃあ、良かったわい」
     誠司の言葉に、怪人は満足気に頷いた。炭となりつつあるちゃぶ台の上には、奇麗に食べ尽くされた大皿が何枚も、回転寿司のように積み上げられている。
     カツオタタキ怪人が用意したカツオのタタキは、その全てが灼滅者達の胃袋に収まっていた。
    「……お腹も五分目は超えたし……そろそろ灼滅する」
     最後までタタキを貪るように食らい尽くし、食後のアイスまで食べきった痲亜の言葉は中々辛辣である。
     が、カツオタタキ怪人は呵呵と笑って、巨大な一振りの刺身包丁を取り出してみせた。
    「ハハッ! ワシのタタキを食った灼滅者が相手か!
     ワシのタタキを食ったなら元気百倍間違いなしじゃ! コイツは強敵じゃのう!
     だが、ワシも黙ってやられはせんぞぉ!」
     ブオン、と、吊るしたカツオを叩き斬るかのようなその一撃を前に飛び出したのはケントである。
    「僕が、みんなを守るよ!! 悪の心、僕の魂で打ち砕くっ!
     ……なんちゃって!」
     解除コードとともに展開されるWOKシールド。光の盾が刃を受け止め、炎に包まれた部屋の中で目には見えない火花を散らす!
    「おぉぅ!!」
    「っ……! だぁ!」
     先のタタキの味に負けず劣らず、重くて深いその一撃を、しかしケントは受け止め、そして弾いてみせた!
    「やるなあ、ボウズ!」
     勢い舞い上がる火の粉の中、一斉に駆け出す灼滅者達!
    「貴方を倒してゲルマンシャークへの足がかりにします!」
    「ぐっ……! ……あの方を知っているのか! 只者じゃあないとは思っとったが!」
     ここに居ない仲間への思いも込めて、懐深く飛び込んで放たれた双調の螺穿槍の一撃が怪人を貫く。
     そして続けざま、戒理の妖冷弾、誠司の雲耀剣を立て続けに受けながら、それでも怪人は、仁王立ちの姿勢を崩さない。
    「……タタキを出せなくなったカツオタタキ怪人は……無価値」
    「御尤もォ!」
     痲亜の放ったティアーズリッパーの刃も、手厳しい言葉の刃も、怪人は避けようともせず真正面から受け入れた。
     燃える藁火が、滑る鱗が、一太刀ごとに散っていく。
    「熱いのは、苦手ですけど……!」
     藺生の影縛りが怪人の藁火の体を捕縛する。生まれた隙を逃すことなく、蓮華の霊撃がカツオの鱗を吹き飛ばした。
    「良い技だが……手足の振るえん程度で、ワシが参ると思うなよ!」
     轟っ、と唸りを上げて怪人の藁火が燃え上がり、前衛に陣取る灼滅者達を業火に包む。周囲の火事とは異なる、灼滅者達の肺までも焦がす灼熱の炎。
    「こちらは、やられっ放しじゃありませんの!」
     だが、その焼け付く痛みも延々と続くものではない。
     鶉のソーサルガーダーが、クロウの浄霊眼が。致命傷となる前に、素早く仲間達の体を癒した。
     そうして、その一瞬。前衛で戦う彼らの陰で、チャンスを待っていた少女が動く!
    「今です!」
    「まかせて。ショウタイム――リバレイトソウル!」
     後衛に下がり、闇の契約によって自身の力を強化していたアルベルティーヌが、狙いすましたタイミングでディヴィニティオブソウルを解き放つ!
     燃え盛る炎の中を駆け抜ける、影。
     眼前の敵に意識を向けていた怪人の虚を突き、影は一息に怪人の総身を喰らう!
    「ぬぉ……!!
     まだ……まだまだじゃあ!!」
    「キャッ!?」
     頭から丸呑みにせんとした影を、怪人はその恐るべき力で持って撥ね退けてみせた。
    「はぁ、はぁ……! 中々良い味、出しとるじゃあないか……!」
     そう言うと、カツオタタキ怪人はニヤリと笑って(カツ比喩)得物を構える。
     しかし、彼が確かに疲弊してきていることは、この今も燃え盛っている業火を見るより明らかなことだった。


     いよいよ家屋全体に火が回ってきていた。
     十数合のサイキックの撃ち合いを経て、戦いは結末を迎えようとしている。
    「……良いタタキだった。満足している」
     DESアシッドを撃ち込みながら戒理は、怪人に手向けの言葉を送った。
     ダークネスが調理したものであっても、カツオに罪はない。それが美味ければ、尚の事。
    「……嬉しいが……ワシは、もっと多くの人に、食ってもらいたかった……」
     ボロボロになった怪人は、その無念だけで動いているかのような体からは計り知れない勢いで包丁を振り降ろす。
    「確かに誇るだけあって、最高のタタキだったよ。だが……」
     誠司の左手が流れるように動くと、手にした刀の上を撫でるようにして包丁が受け流された。刹那、その力をそのまま己の力と転じ、カウンターとした右の刀が大上段から怪人の頭を叩き、斬る。
    「おいしいタタキくれるのはいいんだけど、でも!」
     白く濁った怪人の瞳に、まっすぐに突っ込んでくる幼い少年の姿は果たして映っただろうか。
     ケントのシールドバッシュが怪人の横っ面を思いっ切り叩きつけた。
    「でも、お家燃やしちゃうのはダメだと思いますっ!」
     攻撃と同じ、真っ正面からの問題点の指摘。
     その言葉と一撃とが、怪人に全ての誤ちの元を気付かせていた。
    「そうか……普通は、家が燃えてたら、飯食っとる場合じゃあないんじゃなぁ……」
    「そこから!?」
     それは、食に拘泥する余り、それ以外の常識を忘却した男の悲しい末路だった。
     ピシリ、ピシリとカツオの頭にヒビが入る。
    「……カツオのタタキ――バンザァーイ!!」


     爆発した怪人は居間の脇の大黒柱を吹き飛ばし、かくして空家は全焼の上全壊するに至った。
    「高知カツオタタキ怪人……熱くて美味しい怪人でしたね……」
     南国高知の猛暑も涼しく感じながら、藺生は感慨深く言う。
    「私はマグロ派でしたが……今日からカツオ派になりますのよ」
     ご馳走様でした、と一礼する鶉の耳に、カツオタタキ怪人の笑い声が聞こえた気がした。

    作者:宝来石火 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月12日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 7/感動した 4/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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