轟く遠雷のごとく、炎は燃える

    作者:波多野志郎

    「……雷か?」
     車を運転する男は、不意に聞こえた音にそう視線を上げた。
     峠道、その空はどこまでも青い快晴だ。山の天気は変わりやすい、もしかしたら山の向こうから雨が迫っているのかもしれない――その事を、よく山越えする男は知っていた。
     むしろ、詳しいからこそ男は気付かない。遠雷と呼ぶにはあまりにもその音は、長く尾を引くものだったこと――そして、その音が文字通り物理的に自分へと近付いて来ていた事を。
    「……あ?」
     ソレを視認出来るほど近くなった頃には、男は自分の勘違いに気付いた。迫る地響き、それは疾走する巨大な真紅の獣だった。
    『――ォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
     大気を震わせる咆哮と共に、獣が加速する。車はハンドルを切り急ブレーキをかける、だが、獣は曲がったその方向へと迷わず跳び込んだのだ。
     男は、悲鳴を上げる暇もなかった。伸びた炎の尾が鞭のようにしなり、荒れ狂う。それに切り裂かれた車は、一瞬にして爆散したのだ。
     イフリートは、そのまま駆け抜けていく。命を当然のように踏み潰し、イフリートは道なりに――。
    『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
     遠雷のごとき咆哮を響かせ、一路麓の街へと走り続けた……。

    「……本当、走り出すと止められないというか、なんというか……」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は苦い表情と共にそう切り出した。
     今回、翠織が察知したのはダークネス、イフリートの動向だ。
     そのイフリートはある山を縄張りにしていたのだが、ひょんな事から縄張りを抜け出て峠道を下って行ってしまう。
    「未来予測にあった通り、途中で会う車も容赦なくぶち壊してっす。もちろん、街にたどり着こうものなら目も当てられない被害が出るっす……」
     そうなる前に止めなくてはいけない、そう翠織は厳しい表情で告げた。
    「いいっすか? イフリートが縄張りから出る、この道で立ち塞がって欲しいんす」
     翠織は取り出した地図に一本の線を引いた。それは峠道から外れた、門に塞がれた普段は通り抜け出来ない道だ。ちなみに、この門もイフリートを遮る事は出来ず破壊されてしまうのだが。
    「この門から先なら、他に被害が出る前に戦えるっす。ただ、結構道が急なんすよ」
     この坂道での戦いとなる。イフリートは単騎だが、イフリートのサイキックとウロボロスブレイド、手裏剣甲のサイキックを使用してくる。一体でも八人の灼滅者達と互角以上に戦う強敵である事を忘れてはいけない。
    「戦場は坂道である以外は、障害物も何もないっすから。真正面からの実力勝負になるっす。その覚悟の上で、力を合わせて頑張って欲しいっす」
     翠織は真剣な表情でそう締めくくった。


    参加者
    ジャック・アルバートン(ヒューマノイドヘビータンク・d00663)
    九条・龍也(梟雄・d01065)
    黒山・明雄(狩人・d02111)
    洲宮・静流(流縷穿穴・d03096)
    瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)
    ミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)
    明日・八雲(十六番茶・d08290)
    倉澤・紫苑(奇想天外ベーシスト・d10392)

    ■リプレイ


     ――遠く、遠雷のごとき咆哮が聞こえた。
    「うーん、山って苦手なのよね。虫多いし坂だし酸素薄いし」
     倉澤・紫苑(奇想天外ベーシスト・d10392)は、ため息交じりにそうこぼす。確かに、虫も多いし目の前はかなりの坂だ。紫苑の考える山、というのもに大体当てはまっているだろう。
    「大人しく出てこなかったら、そっとしてたのですけどね。でも結局、遅いか早いかの違いだけ……なのでしょうか」
     そうこぼすミルミ・エリンブルグ(焔狐・d04227)の表情には、憂いがある。相手が悪意がある訳ではない獣だからこそ、そう思わずにはいられなかった。
    「獣狩り、と簡単にはいかんだろうが。負ける気はしないな」
     安全靴でしっかりと足場を確かめながら、ジャック・アルバートン(ヒューマノイドヘビータンク・d00663)は仲間達を見回す。眼差しに込められたのは、信頼の色だ。
     咆哮が近付いてくる、その巨獣の姿が見えると洲宮・静流(流縷穿穴・d03096)はしみじみと呟いた。
    「なんというか迷惑で危険な走り屋だな……」
     姿が見えれば、足音と地響きも感じられる。見た目は猫科の大型肉食獣に良く似ていた。長く赤い毛並み、そして尾はどちらかと言えば長毛種の猫を思わせたが。
    「まったく、猪突猛進っていうのは、このことを言うんだ」
     確かに、その突進は猪を思わせた。瑠璃垣・恢(キラーチューン・d03192)は駆けるイフリートから色つき眼鏡の下で視線を逸らさず吐き捨て、カチリ、と曲をプレイ。
    「ミュージック、スタート」
     ――音が耳に怒涛のように流れ込むのと同時、恢が漆黒の殺気を撒き散らしなまえのないかげを従え駆け出した。
    「受け止めます!」
     ガッシと身構え、まずミルミがイフリートの前に立ち塞がる。イフリートは構うことなく、速度を上げた。もはや攻撃とは呼べない、ただの突進をミルミは踏ん張って受け止めた――と思った瞬間だ。
    「わわわわ!?」
     イフリートの突進は止まらない。その体格差、坂という場所、速度、あらゆる点がイフリートに味方したのだ。このままでは転がされる、そう思ったミルミは地面を蹴って自分から宙を跳んだ。
    「流石に、大したパワーだ」
     入れ替わり、九条・龍也(梟雄・d01065)が直刀・覇龍を突き出した。だが、イフリートの勢いは止まらない。それを悟った龍也は跳躍、右の後ろ回し蹴りを覇龍の柄頭に叩き込む。ガッ、それを足場に龍也はイフリートを跳び越えた。
    「大丈夫?」
    「ちょっと乗り気じゃなかったですが……やっぱり強くてわくわくしてきました!
     ふふっ、テンション上がってきたですよ」
     受け止めてくれた紫苑に狐耳の伸びた頭を撫でられ、ミルミが笑みを見せる。真横を通り過ぎたイフリートを追おう、駆け出そうとした瞬間だ。
    「炎をまとう獣なら、俺がその身を凍てつかせてやろう……さあ、どこまで動ける?」
     黒山・明雄(狩人・d02111)が無造作に空間から引き抜くように、影牢を引き抜いた。槍身に揺らめいている陽炎を冷気へと変換、明雄はイフリートの眼前でオーラをまとわせた足で大きく跳躍、槍をバネに飛び上がりその背に槍を突き刺した。
     そして、零距離で生み出された氷柱が、イフリートの背へと突き刺さる!
    『ガ、ア!?』
     ミルミに突進の勢いを削がれ、龍也に突き刺され、加えて受けた攻撃にようやくイフリートの足並みが乱れた。そこへ、イフリートの懐へと潜り込んだ明日・八雲(十六番茶・d08290)が解体ナイフで右側の二本の足を切り裂く。
    「恨みはないけれどここを通すわけにはいかない、全力で倒すよ」
     イフリートの体が大きく傾く、それに合わせてジャックが炎に包まれた鬼棍棒を野球のバットスイングのように豪快に叩き込んだ。
     イフリートが地面を転がり、爪を立てて体勢を立て直した。それを見て、明雄が静かに告げる。
    「──『狩りの時間』を始めよう」
    『オオオオオオオオオオオオオオッ!!』
     イフリートの咆哮と同時、尾が一条の炎となって灼滅者達へと放たれた。


     ブレイドサイクロン――いや、炎の嵐が吹き荒れる中、静流は青藍をかき鳴らす。その三味線の音色を嫌うように、イフリートは駆け出した。
    「っとに、戦いにくい坂だ」
     静流は言い捨て、横に跳びイフリートをやりすごす。人間、いや、二足歩行とは元来バランスが悪いものだ。それが坂ともなれば、四足の獣よりも安定感で劣って当然だろう。
     加えて、体格差が圧倒的だ。上から来ても、下から来ても、バランスの悪い坂ではまともにやり合うのは分の悪い相手だ。
    「よーし、守るのは任せろです! 声の大きさでも負けないのですよ、ばっちこーい!!」
     契約の指輪をはめた右手を振りかぶり、野球のピッチャーよろしくミルミが魔法弾を投擲した。ゴウッ! とイフリートの顔面に直撃するミルミの制約の弾丸――しかし、イフリートは怯まない。
     だが、それに合わせて龍也が転がり込むようにイフリートの顔の下へ跳びこんだ。
    「打ち抜く! 止めてみろ!」
     地面を蹴り、全身のバネを使い龍也は突き上げた拳でイフリートの顎を強打、イフリートをのけぞらせる。そして、突き刺したままだった直刀・覇龍の柄へ手を伸ばした。
    「獣の血で錆びつかせるにはおしい相棒なんでな。返して貰うぜ」
     そこへ恢がすかさず間合いを詰める。なまえのないけんで螺旋を描き、圧縮されたオーラの魔人と共にイフリートへ叩き込んだ。
    『グル――!』
    「ここから先は通行止めだ。俺たちを蹴散らさなきゃ、ここから先には進めない」
     イフリートの前足が地面から引き剥がされるのと同時、恢は真横に跳び、覇龍を引き抜いた龍也が坂を駆け下る。
     イフリートは、すかさず前脚を地面へと戻そうとする。しかし、ジャックの足元から飛び出した影の大男が、その前脚を受け止めた。
    「やれ!」
    「ああ」
     そこへ明雄が駆ける。影牢を棒高跳びの棒に見立て跳躍、流焔を集中させたその右足に炎を宿し、浴びせ蹴りを打ち込んだ。
     イフリートの巨体が宙に浮く。しかし、イフリートは巨体でありながら猫のように空中で体勢を立て直し、ズン……! と地響きと共に着地した。
    「イフリートを相手にするのは初めてだけど、話を聞く以上の重戦車ね」
     ジャラン、と自身の周囲に輪舞棘を躍らせ守りを固める紫苑に、八雲は構えた解体ナイフから夜霧を展開、言った。
    「ヒールはこっちに任せて、好きに暴れろ!」
    『ガアアアアアアアアアアアッ!』
    「お前じゃないよ!」
     イフリートが放つ炎の手裏剣の群れに、思わず八雲がツッコミを入れた。もちろん、言葉など通じていない。イフリートは、元より本能のままに暴れまわるだけだった。


     イフリートが、火の粉を撒き散らし坂を駆け上がっていく。
    「よいっしょ!」
     その背中へ駆け上がったミルミが、チェーンソー剣を突き立てた。熱い風が頬を打つ。景色が後方へ飛んで行く。疾走するイフリートの視線は、思った以上に絶景だった。
     そのイフリートが急停止し、ミルミを振り落とした。灼滅者達全員を坂の下へと一望し、イフリートは今度は全速力で駆け下りる!
     イフリートの巨体が炎に包まれる――その体当たりによるレーヴァテインに、恢が吹き飛ばされた。
    「ッ、重い!」
     血の混じった唾を吐き捨て、恢は空中で体勢を立て直す。その恢を静流は何とか受け止めた。
    「……っと大丈夫か? 勢い余って麓まで転がらんようにな」
    「まったくだ」
     静流の言葉に、恢も苦笑するしかない。足場の悪さもあるが、やはりイフリートの攻撃は一撃一撃が重い。
    「ボーリングのピンみたいに飛ばされるのは勘弁だ」
     イフリートを横に跳んでやり過ごし、静流は言い捨てる。実際、箒で空にでも飛んでやりたいところだ。
    「為せば成るなんとかなるだいじょーぶあとちょっと!」
     八雲が、すかさず小光輪を恢へと飛ばし回復させる。その時にはイフリートが爪を立てて急停止し、その巨体が駆け上がって来るところだった。
    「伊達や酔狂でこいつを持ってる訳じゃない!」
     そこへ滑り込むように踏み込んだ龍也が、緋色の輝きに包まれた覇龍を横一閃する。イフリートはそれを炎の尾による一撃で受け止め、踏みとどまった。
     動きが止まった、その瞬間を狙ってジャックが鬼棍棒を振りかぶり跳び込む!
    「力勝負、というのなら退けんな!」
     落下する勢いを利用してのジャックのフルスイングが、身構えたイフリートの額を強打する。ミシリ、とジャックの筋肉が軋みを上げる――ジャックは、構わず力任せに振り抜いた。
    『ガアッ!?』
     ゴゥンッ! とフォースブレイクの衝撃による爆発が、イフリートを大きくのけぞらせる。
    「行くぞ」
     そこへ、影牢を手に明雄が間合いを詰めた。イフリートの尾が、それを迎え撃つ。黒と炎、それが一合、二合、三合と火花を散らす中、明雄の背後から紫苑が跳び込んだ。
    「うんまぁ……別にあなたに恨みがあるわけじゃないけど、街に被害が出ても困るし。おとなしくしてくれないならここで消えてくれないかな?」
     唸りを上げるチェーンソー剣が、薙ぎ払われイフリートを切り刻む。それに怯んだイフリートへ明雄がすかさず、デッドブラスターの漆黒の弾丸を撃ち込んだ。
     だが、それをイフリートは炎に包まれた牙で文字通り食い止め、噛み砕く。そして、夏山の大気をその怒りの咆哮で震わせた。
    『オオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
    「とんでもない化け物だな」
     静流は自身の言葉に、隠しきれない嫌悪感が滲んだ事に気付き苦笑する。静流にとっては、イフリートは宿敵であるソロモンの悪魔より嫌う相手だ。かつて、イフリートに身内を傷つけられた――私怨、それも自覚していた。
     殺戮と破壊の衝動のままに暴れまわるイフリートは、強敵だった。坂という地形、そんなものはお構いなしにその身体能力の高さだけで灼滅者達を圧倒してくる。
     それを灼滅者達は、耐え抜いた。八雲と静流の回復に支えられ、攻撃に集中出来たのも大きい。それでも互角――この均衡を崩したのは、紫苑だ。
    『オ――ッ!!』
     イフリートが跳躍する――そして繰り出そうとしたレーヴァテインの体当たりを、紫苑は足元から伸びる五線譜の影で迎撃した。
    「あなたにわかるかしら? 音楽」
     ボン! と炎に包まれたイフリートが、音符の踊る影の五線譜に締め上げられイフリートが地面を転がる。それを見て、ジャックが叫んだ。
    「合わせて行くぞ!」
     駆け込んだジャックに合わせ、恢は横へステップ。ジャックは岩塊のような両の拳にオーラを集中、恢はなまえのないかげと合わせて連打する!
    「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ――ここが、おまえのデッド・エンドだ!!」
     吼える恢と、渾身のジャックの閃光百裂拳がイフリートの巨体を宙に浮かせた。そこへ龍也が獰猛な笑みを浮かべ、覇龍を構えて跳躍する。
    「どんな相手だろうと、ただ斬って捨てるのみ!」
     龍の爪が、大上段からイフリートの胴を捉えた。ザン! と大きく切り裂かれながらもイフリートは懸命に身を捻り、着地する。
    『――ッ!!』
    「あなたの熱い魂、伝わりました! 次は私の炎を見せる番ですね!」
     着地したそこへ、その身にまとう小さな火の粉を劫火に変えて、ミルミが体当たり――下からかち上げ、イフリートを大きくのけぞらせた。
    「その尻尾! 斬り落としてあげたいね!」
     影をナイフへと宿し、八雲が背後からイフリートの尾を切り裂いた。もふもふしたい、そう思ったのは内緒である。
    「お前の行く先は街じゃない。……地獄だ」
     そして、明雄が炎の奔流、バニシングフレアをイフリートへと叩きつけた。ドン! と爆ぜる炎にイフリートが身をくねらせるそこへ、静流は言い捨てる。
    「仇ではないが、坊主憎けりゃというだろう? 多少攻撃に怨念が混じるが、同じ種族に生まれた定めだと諦めて……灼滅されろ」
     ザン! と鋭い影の刃がイフリートを切り伏せた。火の粉を撒き散らしながら、イフリートが坂道を転げ落ちていく。しかし、その身が瞬く間に炎の中で燃え落ちていった。
    「――さよなら」
     ちょうど、一曲が終わった――恢は静かに、燃え尽きた巨獣へと別れを告げた……。


    「さすがに山登りしてイフリート退治は骨が折れるわね。帰ってシャワー浴びたいー! 近くに温泉とかあればいいのに!」
    「ふい、夏に相応しい熱い勝負でした。帰ってお風呂入って、さっぱりしたいですねっ」
     紫苑とミルミが、そうやり遂げた笑顔を交わす。他の仲間達もまた、強敵との戦いに勝った、その充足感に満ちた表情をしていた。
    「明日は筋肉痛かもな」
     殲滅道具をカードに封印し、ジャケットについた埃を払って明雄はこぼす。ただでさえ激しい戦闘に加え、坂道のおかげで普段使わないような筋肉も酷使したのだ、少しばかり覚悟が必要だろう。
     灼滅者達は歩き出す。夏の装いとなった山の風景を楽しみながら、自分達が守った麓の街へと……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月9日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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