狙われたマーメイド

    作者:雪月花

     夕闇迫る埠頭に、愛らしい歌声が響いている。
     声の主は十代後半くらいの可愛らしい少女で、暮れていく空を映した海を見渡しながら楽しげに笑みを浮かべていた。
    「……うん、前より良くなってきたかな」
     少女は敬愛するアイドルの姿を瞼に浮かべ、また他の先輩達のアドバイスを思い出す。
    「もっと歌声に感情を込めて……」
     自分に言い聞かせ、再び歌い始めた彼女の横顔を、不穏な眼差しで眺める者達がいた。

    「あいつで間違いないようですね」
    「くそっ、暢気に歌いやがって……」
     仲間の間でしか聞こえないような小声には、明確な憎しみと殺意のようなものが窺えた。
     やがて近付いてきた男女の一行に、少女も気が付いたものの。
     その表情はすぐに強張る。
    「ラブリンスター一派の淫魔だな?」
     一行を率いる、スーツ姿のキツめの女性が厳しい口調で尋ねる。
     少女は警戒を浮かべたまま、口を開いた。
    「……そうだけど。なんなのあなた達」
    「答える必要はない」
     女性の後ろに並ぶ男のひとりが少女の問いを切り捨てた。
     彼らは既に、獲物を手にしていた。
    「この裏切り者め!」
    「お前達のせいで、アモン様は……!」
    「アモン様の仇!」
     居並ぶ男女が口々に叫ぶ。
    「なにそれ……私、そんなの知らない」
    「黙れ! 言い逃れなど聞きたくない!」
    「裏切り者には制裁を!」
    「「死の制裁を!!」」
     一斉に飛び掛ってきた男女の攻撃をかわしながら、少女は正体を現す。
     その下半身は青く煌く鱗に覆われており、背にヒレのような形状の透き通った翼を持つ淫魔だった。
     まるで、陸に上がった人魚のようだ。
     男女を率いていた女性も、いよいよソロモンの悪魔の本性を太陽の下に晒した。
    「ラブリンスター様に酷いことしようとしてるの……?
     だったら許せない。瑞花、こんな奴らに負けないんだから!」
    「フッ……お前ひとりでどれだけ持つかな」

     瑞花は果敢に戦ったが、やはり多勢に無勢だった。
     夢があった。追い掛けたい背中があった。
     けれど……。
    「こ、こんなところで死ぬの、嫌だよう……。ラ、ブリンスター……さ、ま……」
     無残に傷付けられた彼女が流した涙は路面を濡らし、息絶えた肉体は海の泡のように溶け、静かに消えていく。
     
     不死王戦争の際、灼滅者達によって追い詰められ灼滅されたソロモンの悪魔・アモン。
     彼が残した埋み火が、再び火花を飛び散らさんとしているのだという。
    「不死王戦争で共闘していた筈のラブリンスターが、武蔵坂と接触し交流したことを、裏切った、或いは元々我々と内通していたのではないか……という疑いを持ったようだな」
     土津・剛(高校生エクスブレイン・dn0094)は首に手を当て、何処か複雑そうな顔をしている。
     ダークネス側から見れば、灼滅者はダークネスになり切れない半端者。
     そんな灼滅者達に自らのリーダーが倒されたという屈辱よりも、他のダークネスが裏切ったせいでこんなことに、という意見の方が受け入れ易かったのだろうと、剛は説明した。
    「これはいわば、ダークネス同士の戦いではある。だが、アモンの配下で残党に成り果てたソロモンの悪魔を倒すには、良い機会でもあるんだ。
     お前達の手で、残党の悪魔を倒してはくれないだろうか?」
     
     ソロモンの悪魔はゲルダという女性で、比較的好戦的な性格のようだ。
     どちらかというと実直にアモンに仕えていたタイプだった為、今回切欠となった説に賛同してしまったのだろう。
    「ゲルダはハルバードを獲物とし、魔法使いのサイキックと龍砕斧相当の力を持っている。また、4人の配下はマテリアルロッドと解体ナイフのサイキックを使用してくる」
     戦場となるのは倉庫の並ぶ埠頭で、その時間帯は人気もなく静かだという。
    「海に落ちた場合、復帰するのに多少時間は掛かるかも知れないが、それ以外は戦いの障害になるものはない筈だ」
     そして、剛は淫魔の瑞花について語る。
    「瑞花はラブリンスターに憧れ、アイドルデビューを目指している淫魔で、外見は高校生くらいの年頃だ。サウンドソルジャー相当の力と、リングスラッシャーに似た水泡を飛ばすサイキックを持っているが、どちらかというと正面切って戦うよりは援護の方が得意なタイプのようだ」
     彼女を守ってソロモンの悪魔と戦うか、彼女に協力を呼び掛け一緒に戦うか、彼女の敗北を待って消耗したソロモンの悪魔を叩くかは、現場に向かう灼滅者達の手に委ねられた。
    「どの方法を選ぶのが一番良いかは分からない。瑞花を助ければ、ラブリンスター側の好意的な感情も得られるかも知れない。だが、今回の目標はソロモンの悪魔・ゲルダを倒す事だから、一番良いと思えるやり方で戦って欲しい」
     お前達なら大丈夫だろうが、くれぐれも気を付けて欲しいと、剛は灼滅者達を激励するのだった。


    参加者
    立見・尚竹(貫天誠義・d02550)
    月雲・彩歌(月閃・d02980)
    東風庵・夕香(黄昏トラグージ・d03092)
    風波・杏(陣風・d03610)
    柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)
    月雲・螢(線香花火の女王・d06312)
    セーメ・ヴェルデ(煌めきのペリドット・d09369)
    リュカ・シャリエール(茨の騎士・d11909)

    ■リプレイ

    ●夕暮れに現れる、影
     埠頭の先で響いていた歌声が、途切れる。
     歌っていた瑞花の許に、5人の男女が近付いてきたからだ。
    「ラブリンスター一派の淫魔だな?」
    「……そうだけど。なんなのあなた達」
    「答える必要はない」
     予測をなぞるように流れる問答、しかしその後の展開を打ち砕くように、少年少女達が物陰から飛び出した。
    「忌まわしき血よ、枯れ果てなさい……ッ」
     銀糸のような髪を海風に遊ばせながら、月雲・螢(線香花火の女王・d06312)の手にはナイフとロッドが一瞬で握られる。
    「アモン様の仇……な、お前達、一体!?」
     背後に現れた影達――次々と武装しながら駆けてくる灼滅者の姿に、配下の女が振り返りぎょっとした。
     自在に伸縮するウロボロスブレイドに身を包んだ月雲・彩歌(月閃・d02980)の後方から、柳瀬・高明(スパロウホーク・d04232)が射出したリングスラッシャーが息巻いていた配下のひとりを襲い、ガードを崩す。
    「おいおい、いくら可愛いからって、寄ってたかっては頂けねェぜ」
     不敵な笑みを投げ掛ける主を追い越すように、立見・尚竹(貫天誠義・d02550)を乗せた高明のライドキャリバー・ガゼルがまだ人間の姿をしているゲルダ目掛けて疾走。
     配下達が慌てて止めに入るも、彼らを襲ったキャリバー突撃と螺穿槍のコンビネーションは、この状況も合わせて動揺を招くには充分だったようだ。
    「貴様らに名乗る名は無い、通りすがりの灼滅者だ。相手に成ってやる!
     悪しき心を抱く者には、真実の光を直視する事は出来ん。嘘を突き刺す光……人、それを『真』と言う!」
    「やはり灼滅者どもか……!」
     時代掛かった尚竹の口上だが、配下の男は特に灼滅者という部分に反応した。
    「多勢に無勢、しかも女の子ひとりに5人掛かりなんて、大人気ないにも程がありますよ」
     憤慨した様子ながら淑やかな雰囲気のまま、東風庵・夕香(黄昏トラグージ・d03092)は眉を顰め、巨大化した片腕で軽々とガトリングガンを振るう。
    「御嬢さん、助太刀させて貰おう」
     ふっと尚竹が視線の鋭さを解いて投げ掛けると、ソロモンの悪魔勢の向こうで呆気に取られた顔をしていた瑞花もはっとしたようだ。
     本性を現し、氷のような具足に身を包んだゲルダに螢は目を眇める。
    「一度疑い始めたら止まらないのは解るけど……さすがに筋違いじゃないかしら?」
    「なにィッ」
     今にも額の青筋がブチ切れそうな男が声を上げるが、セーメ・ヴェルデ(煌めきのペリドット・d09369)も螢の溜息交じりの言葉にこくりと頷く。
    「勘違いで逆切れは見苦しい……」
    「貴様ら、言わせておけば!」
    「何が勘違いだ!? 大体ここにお前達が来たことこそ、動かぬ証拠だろうが!」
     わなわなと腕を震わせていた配下達の感情が、爆発した。
    「待て、お前達が感情に流されてどうする……!」
     ひとり冷静なゲルダが制止しようとするが、頭に血が上った彼らは止まらない。
     そんな配下達にバニシングフレアを見舞いながら、これ幸いと回り込んだリュカ・シャリエール(茨の騎士・d11909)が瑞花の許へと駆け寄る。
    「よかったにあります、間に合いましたでしょう! アナタを助けるに参りましたへございます、ミズカさんっ」
    「瑞花のこと、知ってるの?」
     日本語に慣れていない様子の不思議な言葉遣いに、瑞花がきょとんとリュカを見ると彼もこくんと頷いた。
    「ラブリンスター一派が襲われていると聞いて、守る為で探していたます」
    「やれやれ、最早通りすがりではいられぬか」
     素直に話してしまう彼に、尚竹が肩を竦めると高明はからりと笑う。
    「しょうがねえ、ありゃあ誤解だの勘違いだの言っても通じねぇよ。あのキツそうな姉ちゃんは分かんねぇけどよ」
     当のゲルダは唇を固く引き結んで配下達の背を見ている。

    ●人魚と悪魔と
     リュカに連れられて合流しようという瑞花に手を出そうとする配下に、風波・杏(陣風・d03610)が立ちはだかった。
    「吹き飛べッ!」
     彼が撃ち放った光の刃が、そのひとりの服を切り裂きながら足場の外へと押し遣った。
    「この……っ!」
     派手な水音と共に姿を消した仲間に、配下達が更に灼滅者達を睨んでくる。
    「ナイフの扱いは私も得意なの、勝負してみる?」
     そんな視線も涼しい顔で、螢は黒い逆刃の解体ナイフ『血の伯爵夫人』を操り、女配下のジグザグスラッシュをいなした。
     瑞花は灼滅者達の許に合流し、今のところ無事だ。
    (「僕は……態度で示す、事にするよ……」)
     自分の言葉が上手くないと考えているセーメは、説明や協力を求めることは得意な仲間に任せようと、純白の十字を頂く槍『絶対聖断白十字』を掲げた。
    「……浄化、したげるね」
     輝くプリズムのような十字架が放つ光に、配下のひとりが射られていく。
     武器を封じられた配下以外は、激しく抵抗しながらも海へ落とされていた。
    「灼滅者さん……ほんとに、瑞花を助ける為に……?」
     尚竹とガゼルがゲルダの押さえに回る中、瑞花がぽつりと呟く。
    「決まってンだろ、可愛い子ちゃんのピンチを救うのが良い男の役目だからさ」
     仲間の負傷具合を見てシールドリングを飛ばしつつ、高明がニッと笑って見せた。
     杏も表情を和らげる。
    「実質俺らのせいみたいなもんだし、ちょっと手伝わせてよ」
    「あ、そうなんだ……」
    「どうしたへますか?」
     瑞花の呟きに、小首を傾げるリュカ。
    「武蔵坂学園の皆さんが助けてくれたって、サバトクイーンの先輩達に聞いたことがあったかもって」
     彼女はほんのり微笑んだ。
    (「いきなり裏切り者扱いされても、訳が分かりませんよね……」)
     今回の件に関しては「味方ではない、とはいえ、逆恨みで奪われる命を利用するというのは、あまり寝覚めのいいものではありませんからね」という見解の彩歌も、やはり友好的に接して良かったと感じた。
     ダークネスは忌むべき者という教えを受けていたリュカも、こうして実際のダークネスに触れてみればその思いも変化を受ける。
    (「彼らもまた、心あってこうしてあるのでありますでしょう」)
     相容れないケースは少なくないだろうけれど、ある局面では交流や共闘も可能なのだと。
    「ええ、ラブリンスターさんとは敵じゃないわよ。それにこんな場所で志半ばで散るのは癪じゃない?」
     海から上がってきた配下を「何かもぐら叩きみたいよね」と再び投げ落とす合間に、螢が振り返って微笑む。
    「うん! 瑞花、いつかラブリンスター様と共演するのが夢なの! こんなところで死ぬなんて嫌!」
     むんと拳を握り締める瑞花に、
    「あ、瑞花さんはメディックをお願い出来ますか?」
     と夕香がすかさずお願いした。
     今は尚竹達がなんとか押さえてはいるが、ゲルダだけでも危険だ。
    「フッ、なかなかやるな。だが……アモン様を屠った技、この程度ではなかろう?」
    「ぐっ……」
     高速で翻されるハルバードを避け切れず、尚竹とガゼルは傷だらけになりながら心に怒りの炎を点す。
     各々の回復法と高明やセーメが齎す癒しの上に、尚竹を守るように身の丈程の水泡が彼を包み、癒していく。
    「頑張って!」
     人魚のような本来の姿に戻った瑞花が、エールを送って今度は癒しの歌声を響かせる。
    「お願いですから、無理だけはしないで下さいね……」
     心配そうな夕香に、瑞花は大丈夫だよと笑顔で頷いた。
     その様子に高明もほっとする。
     彼女の援護が、灼滅者側の戦力を増強させた。
     だが、逆に悲しい決断も迫られる。
     炎に巻かれながら崩れ落ちていく配下に、彩歌はそっと目を伏せた。
    「やっぱり……予測の通りになってしまうんですね」
     彼らは強化一般人としては既に手遅れな状態で、どう足掻いても人に戻すことは出来ない――分かってはいても、胸の痛むことだった。
    「悪いね」
     ここで止めるのがせめてもの慈悲。
     杏はそんな想いを込め、ロケットスマッシュを打ち込む。
     女配下は吹き飛ばされた勢いで仰向けに倒れ、そのまま事切れたようだ。
     リュカが与えたバッドステータスによって体力が尽きたか、3人目の配下は海から上がって来なかった。
     そして、最後の配下も。
     夕香の足元から伸びた影が刃となり、その磨耗した体力を削ぎ取っていった。

    ●ひび割れた氷像
     残るはゲルダひとり。
     油断の出来ない相手ではあったものの、ここまで深刻な損害もなく、瑞花の付いている灼滅者達が勝てない理由はなかった。
     灼滅者達の猛攻に、ゲルダは少しずつ劣勢に傾いていく。
    「逆恨みも程々にしたら? おばさん。妄執に囚われる姿は醜いわよ」
    「フッ……年齢に関する言葉で攻撃すればダメージを食らうと? 所詮、老いる者の考えることだな」
     フォースブレイクを叩き込もうと螢が突き出した『魔女の鉄槌』をかわしながら、ゲルダは口角を上げた。
    「年を食うのが怖いか? ならばお前もダークネスになれば、そんなモノ超越出来るぞ」
    「……っ、そんな話、お姉様は乗りません!」
     思わぬ誘惑に反応したのは、螢よりもむしろ妹の彩歌の方だった。
    「落ち着け、取り付く島ねェ以上に、あいつはやっぱ悪魔だな」
    「でも見た目も若い方が良いでしょ? 瑞花の方がぴちぴちよ!」
    「えっ……お、おう」
     後ろのメディック陣の会話がなんだか締まらないが、脱力してもいられない。
    「服破りに炎、BSのかなりで削りましたでしょう」
     相変わらず不思議な接続詞ながら、リュカがチェーンソーで斬りつけて更にバッドステータスを増やしていく。
    「あんた達の復讐に正当性はないよ」
     宿敵を前に、きりっとした負けず嫌いっぽさが窺える眼差しの杏。
     夕香も彼の言葉に頷いた。
    「自分の力が及ばず、自らの主人を守りきれなかった事を別の人に責任転嫁し、相手を倒せば満足ですか?
     それでは次の主人も同じ目に遭わせてしまうでしょうね……」
    「次の主など要らぬ」
     ロケットハンマー片手に、もう一方の手を薙ぐように放たれた杏の光刃放出に合わせ、夕香が打ち出したガトリング方の連射を、ゲルダは横に跳躍してかわす。
     しかし、ひび割れた具足を炎が蝕み、彼女は着地と同時にハルバードの柄を握り締め膝を突いた。
    「トドメを刺すが良い……」
    「言われずとも!」
     射るような眼差しに、尚竹は自ずと左足で踏み出していた。
     蜻蛉の構えで振り上げられた『真打・雷光斬兼光』の刀身が、夕日に閃く。
    「この一太刀で決める 我が刃に悪を貫く雷を 雲耀剣 流星光底!」
     重く疾風の如き斬撃は、この時の為の雲耀剣。
     その刃は、ゲルダのハルバードを砕きながら幕引きの一撃を与えた。
    「淫魔の娘よ……ラブリンスターは、裏切りなどしていなかったのだな」
    「当たり前だよ!」
     くず折れた彼女の呟きに、瑞花は大きく頷く。
    「……ならば、すまなかったな。だが、こうでもせねば、最早我らの行き場などなかったのだ……」
     何処か穏やかな顔で目を閉じたゲルダは、次の瞬間氷像のように姿を変えると音を立てて割れ、崩れていった。
     ソロモンの悪魔にしては愚直なダークネスの、それは不器用な最期だったのだろう。
    「……Finche' c'e` vita, c'e` speranza.」
     セーメは静かに呟く。
     残された物言わぬ配下達、だが灼滅者も瑞花もこの戦いを生き抜いた。

    ●人魚のお礼
    「ラブリンスター様? 次のライブの準備で、一生懸命練習してるんじゃないかな」
     杏や夕香に尋ねられ、瑞花は自分も頑張らなくちゃ! と明るく答える。
     彼女達は、バベルの鎖によって順風満帆とは言い難いものの、どうやら真面目にアイドル活動しているようだ。
     一行は埠頭から付近の海辺に場所を移していた。
     彩歌は、少しずつ夜色に染まっていく自分の掌を見下ろす。
    「……あれもこれもと欲張れる程、私の手は大きくない。……それでも……」
     利用されてしまった人、敵対していなければダークネスとも、彼女は出来れば戦いたくはないのだ。
     人の側に立つ灼滅者と彼らとの、決定的な相違もある為、何処までそれが通じるかは分からないが……。
     そんな彼女の肩に、螢はそっと触れて微笑んで。
     瑞花に顔を向けた。
    「酷い災難よね……大丈夫かしら?」
    「うん、お陰様で瑞花、たいした怪我しなかったよ。本当にみんなのお陰よ」
     胸の前で手を重ねた瑞花の目がうるっと湿り、頬が上気している。
    「お礼、ラブリンスター様みたいには出来ないかも知れないけど……瑞花、出来ることなら何でもするよ」
    「こ、これはもしかして据え膳ってやつ……あだっ、あででっ!」
     色めき立ちそうになった高明を、ガゼルが容赦なく後ろから小突く。
    「ふ、ふむ。助けた御嬢さんとのロマンス……か。否、無事だったことが何よりなのだ、御嬢さん」
     明後日の方に顔を向け、尚竹はしきりに眼鏡を直している。
    「背徳的ではありますけれどもます、わからなくも……」
    「……」
     小さく呟いたリュカだったが、ぼんやりと見ているセーメの視線がなんだか痛い気がしたので、けふけふと咳払いをして。
    「そういえば、ミズカさん歌がお好きですます?
     よろしければボクは聞きたいと思いましょうが、良いですへなりましょうか」
    「そうだな……その歌声、聴かせて貰えないだろうか?」
     流石に健全でないお礼を受けるのは色々な意味で危険だし、歌を聞いてみたいと思っていた尚竹も同意した。
     瑞花は嬉しそうに笑う。
    「うん、それなら瑞花、心を込めて歌うね!」
     妙なる歌声が、星の瞬き始めた海辺の空に響き始めた。
     潮騒と風が、歌に彩りを添える。
     彩歌は今日の戦いが終わったことを実感して、螢と肩を寄せ合い耳を傾けた。
    (「痺れます……アレ、これ……って、何故身体疼くますかっ?!」)
     リュカはひとり、普段は抑えている感覚を呼び起こされたらしく、ムズムズと落ち着きがないけれど。
     助けるべく伸ばした手で掴んだ成果を噛み締め、灼滅者達は束の間安らかなひと時を過ごした。

    作者:雪月花 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 12/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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