アンプの魔人

     都内の公立中学校。音楽室の隣にある、小さな準備室。
     切れかけた電燈が室内を懸命に照らす。様々な楽器が半ば無造作に積み上げられた小さな部屋の一角で、少年は古ぼけたギターアンプに電源を入れた。
     やがて室内には途切れ途切れにギターの音が響き始める。ただしそれは曲とも、旋律とも違う、ノイズと呼ぶにふさわしい雑音。少年は投げやりにその手を止めた。
    「ちくしょう……上手くなりてえよ」
     パイプ椅子に腰をかけ、天井を仰ぐ。少年の視界の外で何かが揺れた。
    「……その願い、我輩が叶えてくれよう!!」
     アンプを介して響く野太い男の声。
    「フハハハハハハハハハ!!」
     少年が椅子からずり落ちながらアンプを見たその時、その隙間という隙間から流れ出た煙と電流が人の、いや、魔人の姿を模る。逆立った金色の髪、塗り固めたかのような白い肌、そして強調されつり上がった目に鮮血のように赤い唇。
     少年は尻餅をついたまま、呆然と口をパクパクさせていた。
    「約束しよう!! 我輩のレッスンを乗り越えれば明日のロックスターの座は貴様のものだ!!」
     大音量に部屋が振動し、積み上げられた楽器達がガチャガチャと擦れ合う。
    「レッスンワァン!!」
     魔人は少年の返事を待たず、ギターを大きく振り上げた。
     
    「とある中学校で事故が起こったの」
     教室に並んだ顔を見渡し、須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)はファイルを開いた。
    「……正確には、表向き事故として処理された『都市伝説』による事件なんだけどね」
     サイキックエナジーにより力を得てしまった噂、『都市伝説』。
    「噂の内容はこう、学校の音楽準備室の古いギターアンプを使って1人で一生懸命ギターを弾いていると魔人が現れて様々な試練を課すの。とても辛い試練なんだけど、それを乗り越えるとなんと! あくる日にはロックスターになってるの!」
     ギターの弾き真似が少しぎこちない。
    「まあ、問題はその試練なんだけど。スパルタというかバイオレンスすぎて、普通の人が耐えられるような内容では絶対にないんだよね」
     今回は幸い命に別状は無かったが大元となった噂がある以上、近付こうとする人間が出てくることは避けられず、放っておけば新たな被害が出ることは確実だと言う。
     
    「敵はアンプの魔人が1体だけなんだけど、凶悪な見た目通りとっても強いの。1人でギターを弾いていないと出てこないけど、間違ってもそのまま1人で戦おうなんてしないでね」
     わかってるとは思うけど、とまりんが念を押した。
    「攻撃自体は灼滅者のサイキックとよく似ているみたい。電気を纏ってパンチしたり、ギターを弾いたり振り回したり。あと不思議なことに魔人が居る間は準備室の外に一切音が漏れないの。音で合図もできないからちょっと工夫が必要かもしれないね。……あ! それと戦うのは準備室の中だけにしてね、実は準備室から人が居なくなるとこの魔人は消えちゃうの。また呼び出すところからやり直しになっちゃうよ。ちょっと狭いしごちゃごちゃしてるけど……広さはこの教室の半分くらいはあるから戦闘に支障は無い……かな?」
     
     ファイルをぱたんと閉じたまりんが大きく息を吐いた。
    「試練を乗り越えても魔人を倒した時点でこの『都市伝説』はおしまい、残念だけどロックスターにはなれないの……でも、新たな犠牲者が出ることを防いで欲しいの。みんななら大丈夫、いい報告を待っているから!」


    参加者
    神崎・勇人(日々之ナンパ・d00279)
    神崎・結月(天使と悪魔の無邪気なアイドル・d00535)
    三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)
    星野・えりな(スターライトメロディ・d02158)
    山城・大護(高校生ダンピール・d02852)
    皇・なのは(へっぽこ・d03947)
    水之尾・麻弥(悠久を唄う・d05337)
    浅儀・射緒(穿つ黒・d06839)

    ■リプレイ

    ●呼ばれて飛び出てバリバリー
     神崎・結月(天使と悪魔の無邪気なアイドル・d00535)がギターの弦を軽く弾いた。古びたアンプが音楽準備室を小さく振動させる。
    「よーしっ!」
     ピックを握り直し、曲を奏で始める。だが激しく、可憐なそのメロディは途中でぴたりと止んでしまった。
    「うーん、なんか違う。……ゆき、もっと上手になりたいっ」
     結月がそう口にした直後、アンプがその身を揺さ振った。
    「フハハハハハハハハハハハ!!」
     常識外れの大音量、大声量の大笑いに、思わず結月がその両耳を押さえる。室内の蛍光灯がバチバチと音を立てて明滅を繰り返し、室内にはアンプから発生したと思われる煙が充満してゆく。
    「悩める娘よ!! その願い、我輩が聞き届けよう!!」
     明滅の止んだ蛍光灯に天井にも届きそうな巨大な人影が浮かんだ。電柱の如く太い腕、逆立った金髪、そして塗り固めたように真っ白な肌。結月は煙を吸わぬように口を覆いながらその人影、アンプの魔人を見上げ、もう一方の手にギターを握り締めた。
    「ではさっそくだが巻きでゆくぞ! レェッスン……ワァン!!」
     魔人がギターを振り上げ、眼下の結月目掛けて振り下ろしたその時、ギターの下で火花が弾けた。「……むッ!?」
     ギターの下には先ほどまでそこにあった黒髪は見えない。そこに居た少女の髪は金色に輝いている。ついでにその横にはサーヴァント、ソレイユという名のナノナノが付き従っていた。
    「ソレイユ、みんなを呼んできてっ!」
     ソレイユが目をきゅっと引き締め、扉へ向けて一直線に飛んでゆく。その背を横目で見送ると、結月は今だ音を立てて衝突したままのギターに力を込め、魔人のギターを弾いた。
    「ゆき、ロックスターよりトップアイドルになりたいんだっ☆」
    「なるほど、素質は十分であるな。……だが我輩が決めた以上、貴様の可能性は2つ、ロックスター、あるいは死、あるのみだ!!」
     魔人の体が青白く発光し、バチバチと音を立て始める。
     バァン、と引き戸が勢い良く開け放たれた。
    「結月ちゃん、ありがとね! ケガはない?」
     水之尾・麻弥(悠久を唄う・d05337)が部屋へ飛び込み、結月の前へと出る。
    「アンプってこういうのなんだね、スピーカーみたいなかんじ?」
     皇・なのは(へっぽこ・d03947)が魔人の足元のアンプを眺めた。
    「……おい、貴様ら――」
    「俺のダンスで魅了してやるぜっ!」
     魔人の声を遮るように三兎・柚來(小動物系ストリートダンサー・d00716)がスレイヤーカードの封印を解いた。
    「……き、貴様ら揃いも揃って……神聖なレッスン中であるぞ!! 妨害行為は一切認めぬ!!」
     魔人の体がさらに光を増し、数本の蛍光管がぱりん、ぱりんと音を立てて割れた。
    「良いだろう、1人たりともここから帰さぬ! よおく聞け愚民ども! 貴様らの行く先は冥土の……ぐふっ!」
     さらに輝きを増す魔人の頭を、どこからともなく放たれたバスタービームが揺らした。
    「……派手……目が、チカチカ、する……。……あと、うるさい」
     浅儀・射緒(穿つ黒・d06839)が小さく息を吐いた。
     
    ●お怒り魔人
    「ケムリみたいだからって、斬れないとでも思ったっスか?」
     魔人の死角から飛び出した神崎・勇人(日々之ナンパ・d00279)が実体とも幻影ともとれぬその体を黒死斬で切り裂き、そして確かな手応えを得て頷く。
     だが魔人は攻撃に怯む様子もなく、すぐさま大量の電流を纏った拳が勇人の腹部を打ち抜いた。
    「ぬうん!」
    「……ちょ、うわあっ!」
     ただ単に強力な打撃によって、勇人の体が大きく後ずさる。
    「まだまだ、制裁は始まったばかりであるぞ! フハハハハ……ぶはっ!」
     魔人の頬をなのはがロケットスマッシュで張り飛ばした。
    「ふふーん、インファイトで頑張るよー」
    「神崎さん、大丈夫ですか?」
     星野・えりな(スターライトメロディ・d02158)のエンジェリックボイスが勇人の傷を癒し、痛みを和らげてゆく。
    「サンキュ、助かったっスよ!」
     魔人が壁に手を当て、ぐらついた体勢を整える。
    「こ、この程度、我輩にとっては蚊に刺されたようなもの……攻撃されたうちには到底入らぬ!」
    「なら、これくらいどうってこと無いよな! 俺の歌で天国を見せてやるよっ♪」
    「今日だけのスペシャルライブだよっ☆ 楽しんでいってねっ♪」
     結月のギターの旋律に乗せ、柚來のディーヴァズメロディが魔人を大きく揺さ振る。
    「まだまだ、これからだよ! いこう大護君!」
    「大丈夫、準備は万端だ」
     麻弥と山城・大護(高校生ダンピール・d02852)の抗雷撃が魔人に防御する暇も与えずに深くめり込む。
    「ぬうう……!」
     苦痛にゆがむ魔人の鼻先でぱちん、としゃぼん玉が弾けた。
    「ナノナノー!」
    「小虫の分際で――」
     そう言いかけた魔人の背後からビハインド、えりな曰く『お父さん』が霊撃を加える。
    「そこまで我輩を愚弄するか……!」
     魔人の言葉を無視するように放たれた射緒のバスタービームがその顔面を捉え、弾けたビームの粒子が霧散する。
     荒ぶる呼吸を押さえつけるような魔人の息吹が室内に充満する。魔人のその目は、眼下に居る灼滅者達へと向けて明確な敵意を放っていた。
    「こ、怖い顔したってビビったりしないっスよ!」
     勇人が魔人の視線を避けるように死角から黒死斬で斬り込む。
     確実に深い傷を負わせたにも関わらず魔人はギターを構え、一心不乱に弦を弾き始めた。アンプから室内へ、音色ともノイズともつかぬ爆音が溢れ出す。
    「ふんッ!!」
     さらにスピードを上げた魔人の手は、その巨体にも拘らず目で追うことが困難なまでの速さに到達する。高速化に伴って収束を始めたその爆音は、衝撃波と化して導かれるように、一直線に麻弥の全身を突き抜けた。
    「うわっ!」
     咄嗟に耳を塞ぐも強烈な衝撃に身を晒された麻弥の体が揺らぎ、その場にぺたんと尻餅をついた。「麻弥ちゃん!」
    「これは……えらくお怒りのようだな」
     ハッキリと電流が見えるほどに帯電した魔人が、バチバチと激しい音を鳴らしていた。
     
    ●ロックの鉄槌
    「なんだか多彩な攻撃だね、こっちも負けてらんないよ!」
     なのはの高速の拳、鋼鉄拳が魔人へと繰り出される。しかし見切られてしまった拳は魔人のギターによって僅かに軌道を逸らされ、虚しく空を切った。
    「水之尾さん! すぐに……回復しますから!」
     えりなのエンジェリックボイスが麻弥を癒す。全快には至らぬも、その目は十二分に戦う意志を取り戻していた。
    「音楽でおいたをするなんて、ゆき絶対許さないんだからっ」
     結月のディーヴァズメロディに合わせ、柚來がさらにディーヴァズメロディを重ねてゆく。
    「このような歌声で我輩を惑わそうなど……ッ」
    「よし、いいぞ! 効いてるみたいだ!」
     身じろぎをする魔人の姿を見た柚來が小さくガッツポーズをした。
    「畳み掛けるなら今のうち、攻撃は最大の防御って言うしね」
     大護が斬艦刀を肩に乗せ、助走の勢いそのままに魔人の肩へと叩きつけられ、戦艦斬りによる重い斬撃によって魔人の巨体が大きく傾いた。
    「リングスラッシャー! いっけぇー!」
     麻弥の周囲を浮遊していたリングスラッシャーが弧を描いて魔人の体を切り裂いてゆく。
    「……撃ち抜く」
     射緒の作り出した黒い弾丸がバスターライフルに込められ、そして放たれる。体勢を崩したままの魔人の胸のど真ん中に、漆黒の弾丸が吸い込まれるように消えた。
    「よーし、もういっちょオレも!」
     勇人が日本刀を構え、今までと同様に魔人の死角へと滑り込む。素早く振るった刀が魔人のギターに阻まれ、火花を散らす。ゆっくりと視線を上げると、魔人が勇人を睨み、見下ろしていた。
    「聖域を侵した貴様らには、相応の制裁を叩き込んでくれよう……! 覚悟するがよい!」
     魔人は逆手に持っていたギターを両手で握りなおし、じっと勇人を見据えたままゆっくりと振りかぶる。
    「くっ……あれ、わっ!?」
     咄嗟に防御の姿勢を取ろうとした勇人を押しのけ、えりなのビハインドがギターの軌道へと割って入った。ビハインドがごしゃっ、と鈍い音を伴いすぐ傍の壁へと叩き付けられる。
    「お父さん!」
     自身の父が打ちひしがれる様に動揺し、そう叫ぶえりなに魔人が振り返る。
    「懺悔は聞かぬ! 貴様ら全員我輩の敵、つまりは全宇宙ロック人の敵である!」
     そう叫び、魔人がギターの弦へとピックを立てた。先ほどと同様、もしくはそれ以上の激しさでギターがかき鳴らされ、魔人の視線の先、えりなに向けて収束した衝撃波が走る。
    「星野ッ!!」
     大護が衝撃波の中へと飛び込んだ。
     どこにこれだけの量があったのか、幾度もの衝撃波によって舞い上げられた大量の埃が充満している。
    「けほっ……や、山城さん!?」
     幾人かの咳込む声と共にえりなの声が室内に響く。埃を避けて薄く開いた目に、巨大な刀を携えた背中が映った。
    「俺なら大丈夫。それよりみんな……魔人を!」
     そう言われるよりも早く構えた射緒のバスターライフルから一閃のビームが魔人の肩を撃ち抜く。舞っている埃のせいで表情はよく見えないが、身悶えする魔人の影から十分に効果の程が窺えた。
    「今度は外さないっス! 後ろ、ガラ空きっスよ!」
     勇人が力任せに魔人の背中を叩き斬る。咄嗟に防御を試みたのか、刀に触れたギターの弦がノイズを立て、弾けて切れた。
     
    ●最後の手段
    「この程度で我輩は……ロックの魂は……死なぬ……!」
     攻防の間に埃は掻き消され、魔人の白い顔が蛍光灯に照らされる。体を這う電流は既に弱々しく、時々小さくパチッ、と音を立てるのみだった。
    「うーん、ロックを死なせるつもりはないんだけどなあー……っと」
    「ぬおおぉぉッ!?」
     なのはが魔人の腕を絡め取り、力の限り、魔人の頭を小さな机の天板へと叩き付けた。木の割れる音と共に鉄のぶつかり合う音、魔人の声になりきれぬ叫びが室内に響き渡る。
     なのはが掴んでいた腕は煙の如く掻き消えてゆく。傍らにあるアンプから一瞬、ジジジジと焼け付くような音が聞こえ、その後に電源ランプが暗くなってゆく。それとほぼ同時、確かにそこにあったはずの魔人の巨体が、静かにその姿を消していた。
    「……も、もしかして壊しちまったかな?」
     柚來がおそるおそるアンプへと触れる。アンプは相変わらず沈黙したまま、うんともすんとも言わない。アンプをつんつんとつつくその横に麻弥が歩み寄った。
    「多分だけど、元から壊れてたんじゃないのかな?」
     そう言っている間にその後ろでは元々雑然としていた部屋だからと、至極簡単にお片づけが済まされてゆく。
    「えへへ……ついやっちゃったよ」
     なのはが照れ笑いを浮かべながら割れた机を部屋の隅へと丁寧に積み上げた。
     ひと段落ついたと思えるところで、えりなが「あの」と声を発した。
    「みなさん良ければ、少し歌っていきませんか?」
    「いいね☆ 歌おう歌おう♪」
    「よーし、どんな歌でもどんとこいっ!」
     すぐに室内が結月と麻弥、えりなの可憐な歌声でいっぱいになり、外へと溢れ出した。
    「ん……皆、上手……」
     射緒が小さくぱちぱちと手を叩く。
    「プチリサイタルだねー! 皆すごいかもー!」
    「やー、いいっスね!最高っス!」
     その場が拍手と賛辞で満ちようとしたその時、音を立てて引き戸が開いた。
    「お前らここで何やってるー!立ち入り禁止の文字も読めんのかー!」
     この学校の教員と思える男性が入り口に立っていた。
    「あっ……もう音は普通に外に漏れるんだ……!」
     麻弥がハッと気付いて口を押さえた。
    「以前ここへ来たときに落し物したようなんです。大切なものなので探したくて」
     大護が冷静にこの現場を治めようとする姿を、男性はじっと見つめている。
    「そうか……よし、そういうことなら俺も手伝おう! もう帰るところだったしな!」
    「ちょっとそれは勘弁して欲しい、かも……」
     柚來の口から思わず言葉が漏れる。男性のにこやかな顔が一転、眉がくいっと上がった。
    「……っ、ごめんなさい」
     大護が男性の頭を強引に押さえ、かぷっと首筋に噛み付いた。
     あっ、と一同が合わせたように声を出す。首筋からはちゅー、という静かな音が聞こえて来る。
    「……ありがとうございます、ごちそうさまです」
     大護が唖然としたままの一同を振り返り、小さな声で「帰ろうか」と気まずそうにはにかんだ。

    作者:Nantetu 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月5日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 19
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ