剣の道とメイド服

    『香織様、今朝も素敵ね』
    『あーん、どうしたら私も香織様みたいになれるのかしら』
     黄色い声が左右から耳に届く。
     下らない。甘言になど何らの価値もない。自分はただ、日々の修行を積み重ね、そして剣の道を極めていくのみ。
     香織はそんなことを考えながら柳行李を開き、そして不信の表情を作った。
     彼女の行衣(修行のために着用する白地の着物)の上に、見慣れないひらひらの服が置かれていたからだ。
     この服は何か、誰がこれを自分の行李に入れたのか――香織はそんな疑問をいだいたのかもしれない。だがその疑問が、言葉になることはなかった。
    「……」
     道着が、袴が、はらりと道場の床に落ちた。純白のさらしと褌にきゅっと引き締められた香織の肢体が露わになる。
     すでに香織は、このひらひらの服を身に着けること以外、何も考えられなかった。
     
    「そして、時は動き出す」
     彼には珍しく、漫画本を開いている神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)。
    「淫魔のサイキックエナジーが宿りし眷属、フライングメイド服の話は聞いているな? 服として着られることにより、着用者を、そして周囲の人間を強化一般人と化させてしまうという。
     今回の犠牲者は剣の道を志す鶴木・香織、及び彼女の門人……というか取り巻きというかファンクラブというか、とにかくそういった少女達5人だ」
     鶴木道場から少し山中に入った場所に滝がある。
     ヤマトが視たという未来予測は、彼女達のいつもの日課と同じ、滝に入っての水垢離の修行だ。取り巻きの少女達はいつもと同じ行衣を、また香織はフライングメイド服を着用した姿で。
    「そして、ここからがいつもと異なり――彼女達は道場には戻らない。直接街に出て、抜き身の日本刀を振るって人々を襲う」
     理由は不明だが、フライングメイド服の影響下にある状態の彼女達だから、メイド服の素晴らしさを否定した人間あたりを攻撃対象にするのかもしれない。
     いずれにせよ、他の一般人が彼女達に接触すれば、それだけ被害が拡大する恐れがあるのは確かだ。
    「なので、できれば街に出られる前。滝の近くで、彼女達を倒して欲しいと思う。
     刀で武装しているとは言え、彼女達は体力も、攻撃の威力も大したことはない。所詮は竹刀の扱い方しか知らないお嬢様連中の剣だな。
     ただ唯一、香織の剣の鋭さは本物だ。心した方がいいだろう」
     1枚、また1枚とページのめくれる音が、ヤマトの声とともに教室内を支配する。
    「そして、貴様らが刃を向けるべき相手は、どこまでもフライングメイド服だ。少女達ではない」
     フライングメイド服は受けたダメージに応じて布地が破損していく。メイド服が原型をとどめない程に破壊されれば、着用者は強化一般人の力を失って倒れ、目覚めた時には正気に戻っている。メイド服に影響されているだけの周囲の強化一般人も事情は同じだ。
     もっとぶっちゃければ、香織のメイド服さえひん剥けば、香織も取り巻き達も傷つける必要はまったくない。
     故に、メイド服に集中攻撃を加えるのがもっとも事件解決の近道だろう。とは言え取り巻き達は香織をかばうように戦うため、まったくダメージを与えないのは難しそうだし、普通にKOすることでも問題なく彼女達は正気に戻せるが。
     いずれにせよ少女達を傷つけずに済むなら結構な話、とも思える。しかし、必ずしもそうとも限らないとヤマトは言う。
    「ダメージを受けていないせいで、彼女達は倒された後でもすぐに目を覚ます可能性があるのだ。しかも彼女達の記憶は、道場で香織がメイド服に袖を通した時点から、ぷっつり途切れていると来た。
     心酔する香織がメイド服を破られて半裸にされ、しかも目の前に初対面の貴様らがいるとなると、どんな騒ぎになるとも限らん。
     なので、『自分達も香織のファン』でも『自分達も滝修行に来た』でも何でもいいから、言い訳やフォローを何か準備しておく方がいいかもしれないな」
     漫画本を静かに閉じると、ヤマトは灼滅者達の方をじっと見た。
    「香織の剣先にさえ注意すれば、大した敵ではないだろう。貴様らが心すべき点は、戦いの場の外にこそあるのやもしれん。
     いずれにせよ、よろしく頼む」


    参加者
    桂・棗(アーデルグランツ家使用人・d00541)
    獅堂・凛月(真っ黒魔法使い・d00938)
    遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)
    壱乃森・ニタカ(桃兎・d02842)
    桃地・羅生丸(暴獣・d05045)
    九十九坂・枢(迷宮深喜劇・d12597)
    神音・葎(月奏での姫君・d16902)
    相葉・夢乃(ブバルディアの路・d18250)

    ■リプレイ

    ●コスプレとリアル
     あちらこちらで頻発するフライングメイド服事件。
     九十九坂・枢(迷宮深喜劇・d12597)は率直に言って、少々の頭痛を覚えていた。
    「……どこの淫魔や、これだけ沢山メイド服ばらまいたんは……」
     頭は痛い。だが放置すれば犠牲者も出る以上、しっかりと1つ1つ灼滅に赴かねばならない。
     その任務を託された灼滅者の中には、眷属ではない普通のメイド服を着用している少女達もいた。
    「なんで戦うのにメイド服なんだろ……? 淫魔って変なの~」
    「確かに変ですね。ですがいずれにせよ、無理矢理メイド服を着せて眷属にするとは許せません。引き裂いてしまいましょう」
     ピンク色のメイド服を着てきた壱乃森・ニタカ(桃兎・d02842)の疑問に、本職がメイドである桂・棗(アーデルグランツ家使用人・d00541)が応じる。ニタカはにっこりと笑った。
    「うん、街で暴れられたりしちゃったら大変だからとめなきゃね! お洋服をビリビリするのは気が引けるけどがんばるよっ!」
     さらに、メイド服を着ていない灼滅者の中にも、大なり小なりメイド服の魅力に取り憑かれている者達はいた。
    「メイド服。可愛いですね。
     可愛いですけど……無理矢理着せたがるようにするのは、よくないです」
     相葉・夢乃(ブバルディアの路・d18250)は――もしくは、夢乃も――可愛い。眉をひそめていても、やっぱり可愛い。
    「着た者を強化一般人にしてしまうたあ、恐ろしいメイド服だぜ。そんな服はこの俺が斬り裂いてやるぜ!
     言っとくが、決してかわいこちゃんの半裸が見たいからじゃないからな!」
     桃地・羅生丸(暴獣・d05045)は『紳士』であった。
    「ノーリアクションで強制的に着させるとか、この飛んでるメイド服はロマンが無いねえ。
     剣の道とメイド服の間で戸惑う! 板挟みになる! そのギャップがいいんだろうにさ」
     羅生丸よりもさらに高レベルの紳士(否、女性なので淑女)ぶりを見せているのは獅堂・凛月(真っ黒魔法使い・d00938)。
     そんな愉快な仲間達を横目で眺めつつ、棗は密かに首をかしげていた。
    「(……それにしても、何故メイド服というだけで皆さん反応されるのでしょう?)」
     棗にとってメイド服とは作業着である。幼い頃からそう躾けられ、他の認識は持っていない。
     だがそれだけに彼女は、プロ意識も人一倍であった。
    「(そもそも従者というのは主に仕える気持ちがあればこそ。真面目に修行に励む方に無理強いさせるものではありません)」
     メイド服が玩具として扱われるのを、棗は許すつもりはなかった。

    「柳行李、柳行李……あった」
     鶴木道場の中では、闇を纏った神音・葎(月奏での姫君・d16902)が捜し物をしていた。
     道場の床には道着や袴、下着類に至るまでが脱ぎ散らかされたままになっており、またほとんどの行李は空になっていた。もちろん普段であれば行衣に着替える際、道着も下着も行李内に畳まれていくのだろうが、フライングメイド服の影響でそのような判断力も失われているということか。
     そんな中で唯一、1つの行李の中に行衣1着が残されていた。
     これが香織の行衣、と判断した葎は、すかさず確保して荷物に入れる。
    「しかし急がねば、遅れそうじゃの」
     先に滝へ向かった仲間を追って、全力で駆け出す葎。こんな時はライドキャリバーがちょっと恋しくなったり。

    ●お世辞なんて柄じゃない
     やがて、メイド服姿1人を含む6人の少女の姿が、遠くの滝の中に見えてきた。
     上から滝に打たれて水でぐしょぐしょになっているはずなのに、香織のメイド服は何故かまったく崩れず、ヘッドドレスの先までピンとふくらんだ形を保っていた。これがフライングメイド服に込められた魔力なのだろうか。『水垢離にメイド服はないない、そんなもの着てふざけてるのかい?』と内心毒づく凛月。
     それはともかく、まずは枢が彼女達に話しかける。
    「そちらがお召しなのはメイド服ですか?」
     香織より先に、取り巻きの少女達が反応した。
    「あら、あなた方も香織様のメイド服に気づかれて?」
    「そうですわ、香織様はメイド服でご自分のお美しさを高めておいでですの。もちろんどんな服をお召しになっても、香織様は素敵でございますけれど」
     二言目には香織様、香織様である。正直この時点で、少しうんざりしそうだ。
    「ええ、素敵ですね、しかもよくお似合いです。ねっ?」
    「あ、ああ……そうだね」
     それでも話を続ける枢の振りに、彼女の後ろに控えていた遊木月・瑪瑙(ストリキニーネ・d01468)も相槌を打つ。
    「わあ……素敵なお洋服です、ね。
     もっと近くで、見せて下さい。私も、そんな服が似合うようになりたいです」
    「そのメイド服とぉ~ってもかわいいね。ニタカもメイド服大好きなんだよ」
     興味深そうに近くに寄っていく夢乃、くるっと回ってピンクメイド服の裾を翻すニタカ。
     灼滅者達の目的は1つ、葎が合流するまで時間を稼ぐことだ。
     が、そんな灼滅者達の話にも香織は、つまらなそうな表情をするだけだった。ややあって彼女は無言のまま、日本刀の柄に手をかけた。
    「……」
     引き抜かれた刀身が、ぎらりと不吉に輝く。
     例えフライングメイド服に影響されていても、取り巻きはともかく、香織本人は世辞を好むような人間ではなかったということか。あるいは灼滅者達の言葉が上辺だけのものと、鋭く見抜かれたのかもしれない。
     香織に追従するように、取り巻き達も嘴を閉じ、1人、また1人と刀を抜く。
     葎の姿はまだ見えない。しかしこの上は、戦って血路を切り開くよりなさそうだった。
    「……似合う思うんは本当や。
     けどそれはあかん、服が人に不幸をもたらしてはならんのや」
    「アーデルグランツ家使用人、桂・棗。皆様を護る盾となりましょう」
     覚悟を決めた枢の指で、契約の指輪がきらりと輝く。棗の腕には巨大な縛霊手がセットされた。
    「光よ。影よ」
     瑪瑙の背後にまばゆい十字架が出現し、光のビームで相手の前進を一瞬止める。
     光が収まった時、瑪瑙はそれとは好対照な影の刃を手にしていた。しばらくはこれで、香織を抑え込む腹だ。
    「香織様!? このっ……!」
    「っと、メイド服なのに人に悪さをするのはゆるさないぞ~」
     仮にも真剣による、取り巻き達の攻撃である。
     しかしそれは、攻撃が今回の任務のニタカにも、余裕を持って受け止められるものだ。これまで彼女が戦ってきたダークネスの刃に比べれば、何ほどの威力も速度もなかった。
    「ごめん、ちょっと痺れといて」
    「ビリっとなるよん」
     枢と凛月が立て続けに制約の弾丸を放ち、取り巻き達の動きを抑え込もうとする。
    「少々心苦しいですが、失礼しますっ」
     その隙に棗の縛霊手が、正面から香織へと迫る。
     だがその攻撃は、本腰を入れたものではなかった。
    「香織様……ぐっ!?」
     何故なら彼女は、このように別の取り巻きが香織をかばいに来ることを、想定していたから。
     1人、また1人。思惑通りに手加減した攻撃で、灼滅者達は取り巻きの少女を、傷つけることなく気絶させていく。
     その時。

    ●花吹雪
     香織の刀が、動いた。
    「……」
     音もなく振り下ろされた刃先から、鋭い光が放たれる。
     光の刃は一瞬にして灼滅者達の真横をすり抜けると、最後尾にいた、何メートルも離れているはずの夢乃を襲った。
    「きゃっ……!」
     夢乃の服のお腹の部分に、すっぱりと切れ目が開いていた。まるでメスか剃刀で切られたかのように糸の1本1本までが鋭く切断されており、一方で切れ目以外の生地にはまるで傷みがない。
    「夢乃さん!?」
    「だ、大丈夫です!」
     枢の気遣いを制して、夢乃は自らに回復の術をかける。
    「香織さんにメイド服、確かに可憐で可愛いです。
     ……でも、この人の太刀筋の凄さに似合ってないっていうか。本当に香織さんに似合う服は別にある感じがします……ね」
     傷が癒えたお腹をかばいながらも、独り言を続ける夢乃。
     一理ある話だ。しかし『香織に似合う服』を着せるためには、まずは今の香織をどうにかせねばならない。
    「はあ、はあ……間に合ったぞえ」
     やがて葎も合流した。
    「剣の冴えは見事じゃが、操られた汝の剣では我らは斬れぬ。ここから先へは進めぬと思われよ!」
     大見栄とともに、無数の鋼糸が葎の手から放たれた。糸は最後の1人となっていた取り巻き、そして香織を包み込む。取り巻きの方はそれで倒れた。
     後は、香織との戦いを残すのみ。
    「かわいこちゃんの柔肌を見る為に、これで終わらせてやる!」
     羅生丸は無敵斬艦刀『鏖し龍』を豪快に振り回し、エプロンの胸元を引き裂いた。
     黒いメイド服の下から現れたのは、対照的に真っ白なさらしだ。
    「しかし、メイド服が破れる度に肌が露わになっていくのは興奮するな。何だか余計に力が漲ってくるぜ!」
     あるいは香織は自らの胸を、剣にとって無価値なものと見なしているのかもしれない。だが、内側からさらしを突き上げている弾力ある動きは、少なくとも見た目は無価値とは程遠そうだ。
    「メイド服を破るのは私に任せろー! ビリビリ」
     わざわざ擬音語まで口に出しながら凛月は後方へと回り、影でできた剣でスカートを斬り裂く。
     やはり純白の褌は、細い紐と化して柔肉の狭間の奥へと食い込み、香織のお尻のほとんどをさらけ出していた。
    「……」
     瑪瑙は無言のまま、香織の動きを抑え込む任務を続けている。
     露出する香織の肌も、女の子を殴り傷つける行為への感傷も、彼にとっては意味のないこと。ただ香織の力を奪って、戦いを有利に進めることのみを考えていた。
     その瑪瑙の目の前にいたはずの香織の姿が、ふっと消えた。
    「……っ!?」
     次の瞬間には香織は、瑪瑙のさらに近くに出現した。少なくとも彼にはそう見えた。
     振り下ろされる日本刀。反射的に影の刃を前に出し、防ごうとする。が、ただの鉄であるはずの刀が、瑪瑙の影を切断した。
    「く……」
     立て直す暇もないまま、二刀目が瑪瑙の目前に迫る。
     がきん、という鈍い音。影ではない、実体ある物同士がぶつかり合った証。
    「……!」
    「通す訳には参りません。これが、私の役目ですので」
     棗の縛霊手が、香織の刀の根元へと叩きつけられていた。
     その役割は2つ。1つは自らと瑪瑙とを護る盾の役目。もう1つは、刀の根元を押さえつけて、十分な振り下ろしを防ぐこと。
     内心だけで棗に礼を述べると、瑪瑙はその隙に再び掌の中の影を組織し直した。
    「貫け」
     今度は銃の形だ。
     麻痺の弾丸が、今度こそ香織を撃ち抜く。
    「……っ!」
    「うさメイドさん、よろしくだよ~」
     次いでニタカの呼び出した影は、メイド服を着たウサギの姿を生んだ。瑪瑙に麻痺させられ、力を奪われた香織に、もはや対抗する術はなかった。
     ぱっ、ぱっ、と黒い布の欠片が飛び、それから花吹雪のようにはらはらと舞い散っていく。
     影ウサギが姿を消した時、フライングメイド服は衣装としての形を完全に失い、黒い布切れと化していた。そしてメイド服から解放された香織もまた、さらしと褌だけの無防備な姿で、仰向けに倒れていた。

    ●濡れて……
     1つの関門はクリアした。しかし、問題はここからである。
     葎は持ってきた行衣を、棗へと投げ渡した。
     香織が目を覚ます前に、この行衣を着せる必要があるのだ。
    「瑪瑙ちゃんと羅生丸ちゃんは香織ちゃんに服着せるまで見ちゃダメだよ!」
    「おう、わかってるぜ」
     ニタカの釘刺しに、そっぽを向いて応える羅生丸。
     瑪瑙はというと、すでに闇纏いで姿を消していた。もう自分の用はない。また1つには自らの『瑪瑙』の名を呼ばれるのを、忌み嫌っているというのもある。
     本職メイドの棗が他人に服を着せる手さばきは、さすがに手慣れたものだった。香織の肉体に負担をかけない位置を的確に掴み、腕、そして脚とすっすっと通していく。
    「んっ……だ、れ……」
     取り巻きの1人がうっすらと目を開きかけるが、
    「おっと、ちょい待ってな」
    「……zzz」
     すかさず枢が、魂鎮めの風で眠らせた。
    「はい、できました」
     帯まで結び終わり、棗が笑顔を見せる。葎が陰でほっとした表情を見せているのは、緊急手段と内心考えていた吸血捕食を使わずに済んだせい。
     ちなみに凛月と枢はこっそり、ずたずたになったメイド服の切れ端をポケットに押し込んでいた。今の2人の目からは、それは魔力などは残っていないただの布切れのように思えた。

    「えっと……大丈夫ですか?
     歌の練習で来てみたら……皆で倒れてました、けれど」
     夢乃という名の少女が、自分を揺り起こしている。
     はっと気づいて身を起こすと、そこは見慣れた滝だった。確か自分――香織は、さっきまで道場にいて、滝修行の準備をしていたはずだが。
    「日射病、大丈夫? 水分はちゃんととってね」
    「倒れてたん暑気あたりのせいと違う? あ、よければこれ」
     ニタカが心配げに声をかける。枢は塩飴の袋を差し出した。
     スイーツジャンキーの枢にとって、普通の飴やキャラメル、マドレーヌといった甘味は欠かせざるものであった。もともと大量の荷物の中に、今回の依頼のための塩飴が1袋増えたところで、誤差の範囲だ。
    「……申し訳ない。己が体調すらはかりかねるとは、私も未だ未熟のようだ」
     自分の記憶の途切れについて、香織はそのように納得してくれたようだ。ついでに塩飴を1つ受け取って口に含む。
    「ところで、あなた方は一体?」
    「私達も滝修行に来ました……」
    「俺はももちー、単なる通りすがりのイケメンだ。そこのかわいこちゃん達も、俺と一緒に修行しねえか」
     ややかしこまった凛月の言葉を遮るようにして、サムズアップとともに羅生丸がいきなりナンパに出た。
     香織が機嫌を害するのではないか、と仲間達は一瞬肝を冷やしたが。
    「そうか、これも他生の縁かもしれぬ。よろしくお願いする」
     香織は素直にすっと頭を下げた。取り巻きの少女達は「こんな馬の骨と一緒に修行なんて」と騒ぎかけるが、香織の一睨みで口を閉ざす。
     そして。

    「……かーっ、効くねえ」
     痛いほどの滝の流水が、羅生丸のスキンヘッドを容赦なく叩く。
     それでも、夏の暑さ、そして戦いの熱気に火照った肉体には、冷たい水はむしろ心地よかった。
     まして彼の右側には水に濡れた行衣をうっすら透かせた香織と取り巻き達が、そして左側には――
    「あ、あまりこっちを見ないでください……」
     ――下着姿となった、少し恥ずかしげな表情の灼滅者少女達が並んでいたのだから。
     そう。滝修行を名目にしたくせに、どうやら彼女達は誰1人、水着や濡れてもいい服の準備をしていなかったらしい。
    「ふっ……けど、こんな修行ならいつでも大歓迎だぜ!」
     それは羅生丸の本音であっただろう。ただし、季節が真冬になった時、凍てつく流水の中で彼が同じ感想をいだけるかどうかは疑問だったが。

    作者:まほりはじめ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月21日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 7
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ