「ううん、弱ったな……」
地図を見ながら、若い女が呟いた。ランニングシャツにショートパンツという、活動的な服装だ。引き締まった美しいボディラインをしているが、出ているとこだけは出ているぜ、という体系である。
「あ、すまない。道を尋ねてもいいだろうか」
女は通りすがりの男を呼び止めた。男の視線が胸元に向いていることには気付いていないようだ。いくつかのやり取りののち、礼を言って歩き出す。
「ふふ、楽しみだ」
先に待ち受けるであろう厳しい修行を思い、女は心底楽しそうな笑みを浮かべた。
灼滅者達が教室に入ると口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)は自分の体を見下ろしていた。まだまだ成長期。気にすることはないだろうに。
「あ、みんな来てたのね! 説明を始めるわ!」
恥ずかしさを誤魔化すように大声でまくしたてる。顔が赤い。
「アンブレイカブルの動きが察知されたわ。ちょっと理由があって、富士急ハイランドに向かってるの」
なんでも、富士急ハイランドにブレイズゲートが現れたらしい。このブレイズゲートはかなり不安定で、突然発生したり、探索後に消滅するという。なお、このブレイズゲートの発生にご当地怪人選手権やら何やらが関係しているかは不明である。
アンブレイカブルはこのブレイズゲートで修行するためにやってくるのだが、正直、アンブレイカブルなので何が起きるかわかったもんじゃない。というわけで、アンブレイカブルが富士急ハイランドに入る前に撃退する必要があるということだ。
「で、みんなに相手してもらうアンブレイカブルなんだけど」
名はクレミといい、若い女性の外見をしている。真面目な性格で、ブレイズゲートでの修業を楽しみにしているようだ。
「目立つ特徴はふたつ。ストリートファイターのサイキックに加え、気を放つことで分身のような技を使うわ。……質量のある残像とでもいうのかしら」
この技は傷を癒やすだけでなく、攻撃力と防御力を同時に向上させることができる。
「あとは、その……戦闘に関係ないことだから、忘れて! でも男子は惑わされないように!」
ちら、と再び視線を下ろす目。灼滅者達は気付かないふりをした。
加えて、戦闘は富士急ハイランドに入る前、人のいない場所が望ましい。あちらも修行のために来ているので、手合わせを願えば承諾はしてくれるだろう。
「クレミは『修行が足りない』と納得すれば出直すわ。葛折・つつじの勢力とのこともあるし、気になるなら灼滅しないのも選択のうちよ」
そう説明を終えると、気を付けて、と付け加えて目は灼滅者達を見送った。
参加者 | |
---|---|
天衣・恵(無縫・d01159) |
ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839) |
九条・真人(火炎魔人・d02880) |
普・通(正義を探求する凡人・d02987) |
櫓木・悠太郎(嘘と壊音・d05893) |
李・飛鈴(小学生ストリートファイター・d10841) |
クリス・レクター(ブロッケン・d14308) |
四条・久那妓(風狼・d17767) |
●B91、来る
アンブレイカブルを止めるため、灼滅者達は富士急ハイランドへと向かう道で待機していた。敵を見逃してしまっては元も子もない。神経を研ぎ澄まして警戒にあたる。
そこに、若い女が現れた。ランニングシャツに、ショートパンツ。エクスブレインの情報通りの格好だ。クレミに間違いない。灼滅者達の緊張が高まる。クレミも灼滅者達の姿を見つけると、こちらに歩いてくる。
「すまない。『ふじきゅーはいらんど』へはどっちへ行ったらいいだろうか」
また道に迷っている様子。手に持っている地図がさかさまであるあたり、ずっと道を尋ねながらここまで来たのだろう。だが、それもここで終わりだ。
「いえ、すみませんが富士急へは案内できません」
そう答えたのは普・通(正義を探求する凡人・d02987)だ。クレミは一瞬ポカンとしていたが、状況を察して距離をとった。
「富士急へ行く前に、俺らと腕試しの一戦どうだい?」
赤い髪をなびかせ、九条・真人(火炎魔人・d02880)が言う。手にはスレイヤーカード。臨戦態勢だ。そして、それは仲間も同じ。
「ふむ、これはアレだな? ふじきゅーへ行きたくば私達を倒してみろ、ということだな! では行くぞっ!」
クレミは楽しそうな笑みを浮かべ、拳を固める。さすがはアンブレカブルといったところか。悪い意味で。
「ストーップ!! こんなとこで戦ったらマジで迷惑だよ!?」
と叫ぶ李・飛鈴(小学生ストリートファイター・d10841)。黒髪のポニーテールがぴょこぴょこ揺れる。クレミの動きも止まり、おあずけを食らった犬のように残念そうな表情になった。
「場所を移しましょう。でなければ僕達は全力で戦えません」
「よしわかったそうしよう」
櫓木・悠太郎(嘘と壊音・d05893)の提案に、クレミは一も二もなくうなずく。要は早く戦いたくてたまらないのだ。実は灼滅者の中にも同じ考えの者がいる。天衣・恵(無縫・d01159)だ。
「さあ、殴り合いすんぞ! さぁさぁさあ!」
拳を鳴らし、負けじと楽しそうな笑みを浮かべる。彼女を知らなければ、こっちがアンブレイカブルに見えるくらいだ。
数分後、灼滅者とクレミは人気のない林まで移動していた。
「さテ、じゃあ始めヨウか」
一般人が周囲にいないことを確認し、クリス・レクター(ブロッケン・d14308)はカードを掲げた。血を思わせる赤黒い影が地面を這う。
「ええ、手加減なしですよ?」
ヴァン・シュトゥルム(オプスキュリテ・d02839)の背から、翼のように黒いオーラが飛び出した。眼鏡をはずし、露わになった紫の瞳がまっすぐにクレミを見据える。
「ふふ、望むところだ」
対するクレミも拳を構える。出会ったときの間抜けな雰囲気はなく、ただ静かに闘志を燃やす。見えないはずの闘気は灼滅者とクレミの間で激突し、花火を散らしていた。
●質量のある残像
カードを掲げ、飛鈴は解除コードを叫ぶ。
「バトルは楽しむもの!」
飛鈴にとって戦闘は楽しいもの。けれど、楽しんでばかりもいられない。今回は回復役だ。これも自分を高めるため、まずは役目をしっかりこなさなくてはならない。
空を一瞬見上げ、四条・久那妓(風狼・d17767)はため息をつく。クレミを倒しても灼滅はしないと決まっていた。それは久那妓の本意ではない。けれど、やることと関心事は変わらない。
「私はお前さんの分身技とやらに興味がある」
「む、私の技を知っているのか? 面白い、なら見せてやる!」
なぜ知っているのかの疑問を持つこともなく、クレミは自らの技を披露する。気を放った瞬間、クレミの姿が四つに分かれ、ゆらゆら揺れる。写真のブレのように、本体の在処を不明瞭にしていた。
「まずはお手並み拝見、だな」
久那妓も前衛の防御力を高め、準備を整える。今回の戦い、バッドステータスやエンチャントが鍵を握っているのは間違いない。
「よぉし、行っちゃうよ!」
先陣を切ったのは恵だった。鋼の拳をクレミめがけて叩きつける。けれど、恵みが狙ったのは残像だった。残像をひとつ砕いたものの、本体にはかすっただけだった。
「今度はこちらの番だ!」
分身をまとったクレミが真人に迫る。身にも留まらぬ速さで懐に潜り込むと、そのまま雷を帯びたアッパーを見舞う。腕は、一振り。けれど真人には三発の攻撃を受けた感触があった。質量のある残像、とはこういうことだろう。
「今、回復します」
「おう、スマン」
光の輪がヴァンの手から放たれ、真人の傷を癒す。援護を受けた真人は赤い光剣でクレミに斬りつけた。残像が消え、同時に柔肌に裂傷を刻む。だが、クレミも再び残像を生み出す。
「熱心なのはいいことですが……さすがに遊園地で修行はいただけません」
悠太郎のライドキャリバー、雷轟が機関銃を発砲。その隙に悠太郎自身はクレミの背後へ回る。クレミは弾丸を拳で弾き、背後からの鬼の腕は頭で受け止めた。額から血が流れても、クレミの不敵な表情は変わらない。むしろ痛みが心地いいようだ。
さらに、通の光剣がクレミへと迫る。残像のひとつを切り裂くが、本体へはあまりダメージは与えられない。
「やはり一筋縄ではいきませんね」
灼滅者とダークネスの戦力比は一般的に十対一。戦略で補えるとはいえ、その実力差は大きい。
「なかなかやるネ。いつもこうやっテ鍛錬してるのかイ?」
「そうだな。時間さえあれば鍛錬は欠かさないよ」
クリスの斬撃をかわし、鋼の拳で反撃。四つの衝撃がクリスを襲う。表情こそ余裕をよそっているが、ダメージは小さくない。口からも血がこぼれる。
今のところ戦況は互角。勝敗を決め得るものは、まだない。
●勝敗
戦闘開始から十数分、クレミは違和感を覚えていた。相手は戦力的に格下の灼滅者だというのに、思うように戦えていない。それが不思議だった。
「砕け散れ!」
残像を身にまとった瞬間、久那妓は拳を構えた。そして弾丸のような速度で振り抜き、残像を消し去る。
このように、灼滅者は残像が生まれるたびにそれらを蹴散らしていた。それがクレミの違和感の理由だった。クレミの戦術の要は質量のある残像だ。強力な技だが、逆に言えば、それを封じれば大きく戦力を削ることができる。加えて、残像の技に固執するあまり攻撃もおろそかになっていた。対して、灼滅者側は役割を分担しているため、回復と攻撃を同時に行うことができる。
「回復するわ、受け取って!」
「ありがとうございます」
仲間をかばって傷を負った通に向け、飛鈴が縛霊手から光を放つ。たちまち通の出血が止まり、足元にも力強さが戻った。クレミにロッドを突き立て、魔力を開放する。急所に入ったのか、クレミの動きが止まった。その隙を見逃す灼滅者ではない。
「ヴァン! 合わせていくヨ!!」
「はい。レクターさん、援護します」
クリスの掛け声に合わせ、ヴァンは鋼糸を放つ。糸は主の意図に従い、敵の体を絡めとる。さらに、その頭上。クリスが身の丈以上の剣を振り下ろす。狙い澄ました、大威力の一撃。あまりの衝撃に、木々が揺れた。
「負けてらんないね!」
一瞬、恵の瞳に強い光が宿る。考えるよりも早く懐に潜り込み、オーラをまとった拳を叩きこむ。激しい連打だが、その動きは息をするように自然だ。それこそ、日常との継ぎ目がないくらいに。
「ぐっ、これは効くな……」
連打を受けたクレミは再度、残像を生みだそうと気を集中させる。だが、遅かった。赤い光が視界を薙いだ。真人の光剣だ。
「燃え上がれ! カグツチッ!」
その名の通り光剣は炎を帯び、その光を増していく。燃える斬撃がクレミの体を切り裂き、流石の彼女も膝をついた。この一撃で、勝敗はほぼ決したといえるだろう。なおも戦おうとするクレミを制したのは悠太郎だった。
「僕達はあなたと決着を付けることを望みません。あなたの力ではブレイズゲートに入るには力不足です。降伏してください」
格下の灼滅者からの降伏勧告。それは屈辱でしかない。先日、柴崎・明にも敗北したばかりだというのに。顔を上げると、雷轟の銃口が目の前にあった。これまでか。そう小さく呟いて、クレミは降伏を受け入れた。
●B91という女
悠太郎の言葉にうなずいた瞬間、クレミは大の字になって寝転がった。
「さぁ、煮るなり焼くなり好きにするがいい!」
寝転がることでスタイルの良さが強調される形になったのだが、それに劣情を催す者などいるはずはなく。むしろ灼滅者達は何が起きているのか理解できていなかった。当然、無反応である。
「……あれ? こういうときはこうするものだと聞いていたんだが…………」
気まずそうな表情で上体を起こすクレミに、久那妓が呆れ顔でツッコミを入れる。
「おそらく、いや間違いなくそれはウソだ」
「なんとー!? 恥の上塗りじゃないか!」
「エエっと、イイかナ……?」
クリスが慌てふためくクレミを制した。やっぱりアンブレイカブルは頭が弱いのかもしれないと、みんなが思った。もちろん、口にはしなかったけれど。
「聞かなければならないことがあります。あなたは……まだ、富士急ハイランドにいくつもりですか?」
尋ねたのは悠太郎だ。もし富士急に行く気があるのなら灼滅しなくてはならない。アンブレイカブルが遊園地へ入れば、一般人への被害は容易に予想できる。クレミは、否、と答えた。実力不足は身に染みている、と。
「では、ここからは提案なのですが……修行相手と修行場所が欲しければ私たちはいつでも相手になります。その気があれば連絡をください」
と通。もし仲間がいればそちらにも、と付け加える。つつじ達のことを暗に示したのだが、伝わったかどうかは分からない。そもそも、あちらがこちらの言を信じないということもありえるだろう。
「これ、よかったら使って」
そう言って、飛鈴はこちらの連絡先の入った携帯電話を差し出す。それを見て、露骨に顔をしかめた。
「どうかしたのか?」
「……申し出は分かるのだが……私はその手の機械が大の苦手なんだ」
真人が聞くと、ひどく苦しげな返事が返ってきた。ああなるほど、と全員がうなずく。確かにすぐ壊しそうだ。一応、受け取ってはくれたが長持ちはしないだろう。
「では、私は行くよ。今度会うことがあれば、負けないぞ」
「そうはいかないよ。私達、もっともっと強くなるから」
クレミの宣戦布告に、恵は笑顔で返す。二人の表情には同種の、好戦的な色があった。灼滅者とダークネスではあるが、似た者同士なのかもしれない。
それから少し意味のないやり取りをして、クレミは去っていった。その背中が見えなくなったのを確認して、ヴァンが口を開く。
「さて、折角ですしお土産を買って帰りましょうか」
彼の提案に、仲間達も飛びついた。日もまだ高い。学園に戻るまで、遊ぶ時間も少しくらいはありそうだった。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年7月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 13/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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