武人はハイランドを目指す

    作者:君島世界

    「見えた……。あれが、柴崎殿の言っていた修行の場か」
     富士急行線車内、その先頭車両に一人の大柄な男がいた。壁にも寄りかからずつり革も持たず、足元をよく見れば踵が小さく浮いてすらいた。
     修行なのだという。アンブレイカブルである彼にとって、電車程度ではどんな状況でも揺らぐことはないはずだが、それでも何もせずただ立っているだけというのは、許しがたい惰弱ということらしい。もちろん、椅子に座るという選択肢は最初から存在しない。
    「この世のことごとくが修行とはいえ、あのような軟弱な地に本当に修羅場があるというのか……? いや、柴崎殿の言う事だ、疑っても仕様がないだろう」
     車窓から遠く、富士急ハイランドのコースター群が目に入る。それを見るともなく眺めながら立っていると、ふと男の脚にわずかな衝撃が走る。
     見れば、そこにいたのは小学生くらいの少年だ。浮かれていたのか車内を走り回り、よそ見をしている内に男にぶつかってしまったらしい。
    「あ、ご、ごめんなさい……」
     とっさに頭を下げる少年に、男は見定めの視線を太くする。と、一瞬で興味を失い、男は小さく体を揺らした。
    「――――」
     無価値なものに関わる暇は無いと、男は目を閉じる。
     
    「ごきげんよう、皆様。さ、そろそろ席にお座りになって?」
     武蔵坂学園の放課後。初夏の日差しが差し込む教室に、模造紙の束を持った鷹取・仁鴉(中学生エクスブレイン・dn0144)が現れる。黒板脇のカーテンをすっと閉めると、仁鴉はその場で話を始めた。
    「新しいブレイズゲートが、富士急ハイランド敷地内に現れましたわ。情報によれば、これはかなり不安定なもので、例えば突然出現したり、探索を終えて脱出すると消滅したりと、これまでに学園が発見したものとは違う特性を持っているようですの。
     富士急ハイランドといえば、先日の『ご当地怪人選手権』を思い出しますけれど、この時に集められたサイキックエナジーが関係するかどうかは、今のところ不明ですわね。その調査もいつか行うこととなるでしょうが……、今回はこのブレイズゲートに関わる別件の事件を、皆様に担当していただきますわ」
     というのも――と、仁鴉は持ってきた模造紙を黒板に張り出そうとする。その様子に気づいた柿崎・泰若(高校生殺人鬼・dn0056)が模造紙を受け取ると、黒板の上まで手の届かない仁鴉の代わりに手際よく広げていった。
     それは、富士急ハイランド周辺の概要図だった。大雑把に描かれた富士急ハイランドの南側から、線路に沿う形で赤い矢印が引きこまれている。
    「というのも、このブレイズゲートに、ダークネス・アンブレイカブルが向かっている事が判明しましたの。彼ららしいと言いますか、その目的はただ単純にブレイズゲートで修行を行うことなのですけれど、一般の観光客で賑わう富士急ハイランドにアンブレイカブルが入ったとなれば、何か事故が起こってしまうかもしれませんわ。
     ですので、富士急ハイランドに入る前にアンブレイカブルを撃退する、というのが今回の目的ですの」
     
     アンブレイカブル『草刈・伊助(くさかり・いすけ)』は、電車を使って富士急ハイランド駅まで移動することがわかっている。だが、一般人も多いことから、その場で戦闘を始めることにならないよう注意が必要だ。
     戦う時は、富士急ハイランドの入り口より前で、また周りに人がいないような場所である必要がある。近くを通る中央自動車道の高架下や、駐車場の空きスペースなどが候補になるが、前述の条件を満たしていればどこでも構わない。伊助も修行のために来ているので、例えば手合わせを願うといった口実を用いるなどすれば、適当な場所までついてくるだろう。
     伊助が用いるサイキックは、ストリートファイターの持つ『鋼鉄拳』『地獄投げ』『抗雷撃』、並びに『シャウト』に相当する。ダークネスである伊助は、KOすることによって灼滅することが可能だが、武蔵坂学園の灼滅者と比較しておよそ10人分という相当な実力を持っているので、倒すとなれば難しい戦いになるだろう。
     
    「さて、先ほど『撃退する』という言葉を使いましたのは、このアンブレイカブル、灼滅にまで至らなくとも撤退させることが可能だからですの。なんらかの手段で、自分の修行が足りないという事を納得させることができれば、諦めて出直すようですわ。
     どのような判断をされるかは、現場に出る皆様にお任せいたします。ただ、周囲の一般人を無用な事故から遠ざける、という目的が第一であることは、どうぞお忘れないようお願いいたしますわ」


    参加者
    秋篠・誠士郎(流青・d00236)
    巴里・飴(舐めるな危険・d00471)
    十七夜・奏(吊るし人・d00869)
    芳賀・傑人(明けない夜の夢・d01130)
    城代・悠(月華氷影・d01379)
    クロノ・ランフォード(白兎・d01888)
    ゲイル・ライトウィンド(陰陽携えし風の祓魔師・d05576)
    高倉・光(人の身体に羅刹の心・d11205)

    ■リプレイ

    ●待ち合わせ広場
     富士急ハイランド――直通の駅を降りた人々が、園内へと笑顔で向かう。彼らの向かう先から、時には頭上方向からも聞こえる歓声をよそに、集まった灼滅者たちは木陰にてその時を待っていた。
     駅からの通路を監視できる位置を陣取り、それぞれに待機を続ける。と、駅とは逆方向から、別行動をしていた高倉・光(人の身体に羅刹の心・d11205)が戻ってきた。
    「お待たせしました。事前情報どおり、高架下にうってつけの場所がありましたよ。ここからだとちょっと見えませんけどね」
     簡易な地図を書き出した彼の下見報告を心に留め、クロノ・ランフォード(白兎・d01888)が懐の時計を確認する。
    「草刈が来るのは正午ごろだったか……。なら、もうすぐだな」
    「ああ、なんとも乙なタイミングに現れるもんだ。こんな行楽日和真っ最中に、まさか修行しに来るとはな」
     立ち木を枕に寄りかかっていた城代・悠(月華氷影・d01379)が、反動をつけて姿勢を戻した。その幹の反対側には、僅かな風に髪を流すゲイル・ライトウィンド(陰陽携えし風の祓魔師・d05576)の姿がある。
    「その向上心は買いますが、TPOというものを弁えて頂きたいものです。……などと彼らに説くのは、徒労でしょうけどね」
     そう言ってゲイルは、敷地を区切る策の奥、正面の巨大構造物を斜めに見上げた。するとまた一つ、楽しげな絶叫を乗せたコースターが空を横切っていく。
     ――その瞬間。
    「……!」
     遠い喧騒に差し込むように、武道者独特の足音が響いた。まばらな客たちの中、その音だけははっきりと、灼滅者たちの認識に割り込んでくる。
    「来たようね。もしこれで違ってたら、私の勘がすごく鈍ってるってことだけど」
     柿崎・泰若(高校生殺人鬼・dn0056)の呟きに何人かが頷く。泰若の直感に違えることなく、アンブレイカブル『草刈・伊助』は、己の気配を一切隠さずに堂々とその場に現れた。
     通路を通る伊助の様子を、物陰から巴里・飴(舐めるな危険・d00471)と十七夜・奏(吊るし人・d00869)が窺う。
    「常在戦場ってやつでしょうか。いつ襲われてもいいというか、それを待っているようなフシも見受けられます。甘い見立てでしょうか」
    「……いえ、巴里さんもそう思うのなら、やはりそうなのでしょう。……ですが、ここで仕掛けるのは止められていますしね」
     誰からともなく、目配せを飛ばしあう。券売機を無視し、静かな足取りでさりげなくゲートを突破しようとする伊助の背中に向けて、灼滅者たちは一斉に歩き出した。
    「む……」
     その好戦的な視線に感付いたか、伊助がこちらへと振り向く。仏頂面の伊助は、無手の掌を軽く握ると、右腰を引いて迎撃の構えを取った。
    「何用だ、貴様ら」
    「問答無用という訳ではなさそうだな、お互いに。この短時間までそこまで見抜くとは、なかなかの猛者と見た」
     芳賀・傑人(明けない夜の夢・d01130)は警戒を怠らず、いつでも『殺界形成』を発動できるようにしながら話しかける。そして傑人の言葉を、秋篠・誠士郎(流青・d00236)が継いだ。
    「アンブレイカブルの草刈・伊助だな。精進のために此処へ来たと聞いた。ならば、その前に俺たちで腕試しをしてみるつもりはないだろうか?」

    ●武人の呼止め
     問われた伊助の眼が鋭く光る。その重心が僅かに前に傾き始めるのに合わせ、飴は己の神経を集中させた。
    (「まさか、来ますか……!?」)
     そんな事態となるならば、仲間の行動に繋げるため、飴は囮となってでも時間を稼ぐつもりだ。が、伊助は拳を開くと、先を促すように手の平をこちらに向けた。
    「委細を言うといい。つまらぬ話であれば、我は行く」
     ここからが正念場だ。敵の興味を引くことができた。後は『こちらと戦うこと』が相手にとって魅力的だと説くことができれば、誘い出しは完璧なものとなるだろう。
     誠士郎が続ける。
    「敵とはいえ、強さを求めるその気持ちには共感する。どうだろうか、そちらさえよければ、場所を変えて――」
    「――いや、僕自身は構わないんですよ、あなたがこのまま行かれたとしても」
     と、その発言を、ゲイルの一言が遮った。
    「ただ、戦いを挑む灼滅者を前に、武人たるアンブレイカブルが何もせず逃げたとなれば、……それは軟弱といわれても致し方ないかもしれませんねえ」
    「虫けらを見逃したところで惰弱を問われる謂れはない。が、灼滅者であるならば、それも一理あるな」
     釣れた、と心の中でゲイルは拳を握った。軟弱さを嫌うアンブレイカブルに、あの一言は効いたのだろう。
    「そこの貴様の言うとおり、場所を変えるとしよう。この地は戦いの雰囲気にない。それに」
     伊助は、驚くべきことに笑顔を見せて答えた。しかし言葉を区切ると、その笑顔は瞬く間に威嚇の牙剥きに変わる。
    「我には敵の屍を軟弱者の見世物にする趣味はない。では案内するといい、貴様らの定めた死に場所に」
     戦慄が走った。サポートに待機している者たちを含め、それと解る者全てが、心臓の鼓動を一つ跳ね上げる。
    「……なるほど、さすがはこの時代に拳一つで最強を目指す存在、狂っていますね」
     奏が、どこか感心したような台詞を言う。その横顔の色は、しかし変わらない。
    「……でも、嫌いではありませんよ。……行きましょうか」
    「案内なら、見つけた私が適任かな。ここからだとちょっとだけ歩くけど」
     先頭を軽い足取りで光が行く。その途中で、光はふと背後の伊助に振り向いた。
    「どーせ無駄でしょうけど、言っておきます。――自分鍛えるんなら、俺らに面倒かけない場所でやれよ、お前ら」
    「我らに『我ら』という群れはない。釘を刺されたばかりでな」
     こちらとの敵対を表明して以来、伊助の雰囲気には険がないように感じる。それがどういう意味なのかに考えが至った頃、一行は目的地についた。
    「踏み込みの調整はっと……さて」
     悠は地面の状態を踏んで確かめながら、ふと両手を広げる。かすかな警戒を向ける伊助に、悠は尖った言葉を飛ばす。
    「あー、邪魔すんじゃねえよ伊助? アタシらとアンタとの戦いに、邪魔が入るのも面白くねえだろう?」
    「同じ理由で、僕も『殺界形成』を使わせて貰う。悠の『サウンドシャッター』と合わせれば、――これでもう、僕たちにためらいの理由はない」
     傑人は、宣言の通りに己の内部の力を解放した。スレイヤーカードを取り出す傑人の横に、誠士郎が並ぶ。
    「『Game Start.』……さあ」
    「さあ、参ろう」
     両名はそして、言葉をあわせお互いに拳を軽く打ち付けあった。
    「時刻は12時17分。では全力で行くけど、俺たちを軽くあしらえないようじゃここのブレイズゲートはまだ早い、そう思ってもらうぜ!」
     懐中時計をしまったクロノが、その雰囲気を重くする。替わりにクロノが抜き出したのは、愛用の小太刀『荒神』であった。
     クロノはそれを左腰に構え、姿勢を低くして伊助の呼吸を読む。仲間の灼滅者たちも同じく殲術道具を手にすると、刹那、伊助が瞬発を見せた。
    「抜いたか」
     伊助はその身を軽く、滑るように地を奔る。灼滅者の準備を待って、しかし待ちきれぬというように、武人は無遠慮に仕掛けた。
    「草刈・伊助、無手にてお相手仕る――!」

    ●人型要塞
     た、たという土を踏む音が、重なって一つの流れとなる。その最前線に乗り遅れてはならぬと、奏は初歩から全速を叩き込んだ。
     狙うは、伊助の武装――その拳。
    「……ッ!」
     瞬間的な呼気に斬撃を乗せ、しかし刃先が皮一枚に触れた瞬間に全身が弾かれる。インパクトに固めた肘と肩の関節も、抗いようもなく強引に開かれた。
     衝撃の反作用を導きとして、刃傷を物ともせず進む伊助の圧力が、先んじて奏の頚部に触れる。そこを逃さず遮るのは、飴のバトルオーラ『飴細工。』だ
    「下がって!」
     飴はそれだけを叫ぶと、両腕を交差させて伊助の拳を受けた。胸前から全身が放射状にズレたような感覚を、奥歯を噛み締めることで強引に直す。
    「伊助ェ!」
     姿勢を低くした悠が、敵の残身から隙をこじ開けようと殺到した。伊助は視線を向けると、即座に身を引いて悠と正対する。
     稀に見る速度の体捌きだ。バトルオーラ『怪力乱神』を纏う悠の頬が喜びに歪む。
    「ハッ! ちったぁアタシを楽しませてくれよ?」
    「言うに及ばず!」
     変化を混ぜない悠の打撃が、真正面から伊助の芯を捉えた。それでも鉄塊のように不動を保つ敵に、次はクロノが掛かっていく。
    「こっちには絡め手だってあるんだぜ?」
     敵が旋回する向きとは逆に身を投げることによって、一瞬の死角を突いた。転がるような側転の中、飛び出した小太刀のコンパクトな軌道が、その紙一重の機を確かに拾い上げる。
     散る鮮血の着地を待たず、さらに傑人が突撃を敢行した。退かぬ敵の正面を、妖の槍『天涯』で真っ二つに裂き拓いていく。
    「貫き穿て、天涯――!」
    「……来るならば、応えるまでよ」
     伊助が身構えた。その数歩先で、踵を重く踏み込んだ傑人が螺穿槍を繰り出す。
     両者は、全霊の切っ先をもって交差した。
    「――奮!」
     槍が、敵の胴を貫通する。目を見開き、呼吸を止めた伊助は、しかしそのまま前に出た。
     慌てて抜かれた穂先を追うように、アンブレイカブルは間合いを強引に詰める。
    「次は我の番だ。凌いでみせよ、我が敵よ!」
     ほぼ同じ高さにあるはずの伊助の視線が、傑人には高所からの見下ろしと感じられた。そのシルエットが、闇へと急落する。
     崩しからの投げをまともにくらったのだと、倒れた傑人は知覚できない。
    「花、傑人を頼む!」
    「きゃん!」
     甲高い一声とともに、誠士郎の霊犬『花』が駆け寄っていった。誠士郎は一瞬の迷いを見せ、しかし伊助の前に立ちふさがることを選択する。
     伊助は笑った。
    「ああ、ようやく身体が温まってきた。さて次の相手は貴様か」
    「違うな。俺ではない……俺たちだ、依然変わりなくな」
     WOKシールド『水月』を展開し、盾役としての思考・覚悟を改めて張り巡らせる誠士郎。その背後に守るのは、苦痛に歪む顔で上体を起こした傑人と、
    「――その意、承ったわ。数えの表二番『花風』は、まあ撃ち続けるだけの技だけど。
     気づいたのなら、少しは足を止めておきなさいな」
     ガンナイフを両手で構えた泰若が、立て続けに弾丸を発射する。その狙いは確かで、前に出ようとする伊助を一瞬押し留めた。
    「そうしている間に、僕が『闇の契約』を施しておきますよ。フフ、やりたい放題なのは僕らも一緒ということです」
     抜け目なく治療を行ったのは、メディックのゲイルだ。伊助には、陣形に守られた彼らを妨害する術はない。
    「とはいえ、油断はできませんか……!」
     ダメージレースを行うなら、個の頑丈さで上を行く伊助が若干有利か……だが。
    「こうして私たちが自由に動けるのは、貴方の想定不足――未熟が招いた事態ですよ、草刈さん」
     リングスラッシャーを手元に戻した光が、強い語調で言った。彼の治療役としての仕事は、既になされている。
    「ブレイズゲートは深すぎるほどに深い。明らかな未熟を抱えたままで行くよりは、自分を鍛えなおすことが先決でしょう」
    「退け、と申すか。――ならば」
     伊助は、やはり笑った。
    「ならば今暫く、合点いくまでご教授願おうか!」
     裂帛の気合が、空気を圧し穿つ。

    ●バトルマニアクス
    「それでこそだ。アタシにも、アンタってのを教えてくれよ!」
     突っかける悠。彼女の振り抜いた手刀が、紅の軌跡を描いた。肘膝をかち合わせて防御する伊助に、立ち直った傑人の一撃が飛ぶ。
    「お前には世話になったな。借りを返そう――誠士郎!」
    「ああ!」
     炸裂する魔力の光をくぐるように、誠士郎の放つ彗星撃ちが飛来、命中した。その威力を抜いて、伊助の豪腕が前に出る。
    「……それがどれほど頑丈なのかは、私もよく知っていますよ」
     鋭利に見上げる奏が、伊助に軽く当てた剣指から漆黒の弾丸を打ち出した。すかさずというタイミングで、泰若がその腕を引っ掛ける。
    「シュートっ!」
     己の腕を蛇のように絡ませ、銃弾で打撃した。強引にその手を解き離れる伊助に、飛び上がったクロノの雲耀剣が落とされる。
    「どうした、防戦一方だぜ?」
    「なに、これもまた修行だ」
     伊助は、その額で白刃を受けた。ぎき、と血に濡れた瞳で笑う。
    「甘い。技には必殺の矜持を賭けよ、このようにな」
     雷光を帯びた拳を携えた伊助に、飴が挑戦者の面持ちで立ち向かっていった。
    「そんな風に言われるのなら、私が受けて立たないわけには行きませんね」
    「フ、ハハハ」
     愉快そうに、伊助は笑う。――思い返してみれば、伊助は、笑ってばかりだ。
    「そういう所はなんか憎めないというか、ぶっちゃけ好きなんだがな、俺」
     治療の出番を待つ光の呟きに、ゲイルは微妙な顔で頷く。
    「……余計な感情移入は、いつか命取りになるかもしれませんよ」
     言いながら、ゲイルはその手に癒しの光を灯らせた。……若干、飴がヤバい。

    「いま、何時だ。……いや、答えなくともよい」
     攻撃の手を緩めた伊助の問いに、思わずクロノが懐中時計を取り出した。視線の高さに時計を持ち上げ、時刻と敵の姿とを同時に確認する。
    「どうやら、ずいぶん長くやりあってたようだな、草刈……」
    「……私としては、もっと続けても構わないのですがね」
     油断なくナイフを構える奏に、伊助は静かに首を振った。
    「いかに我とて、多を相手に手間取ることの不利は解る」
    「で、どーするよ伊助。退くってんなら別に深追いする気はねーぜ、今回はな」
     自分たちに余裕が無いことは隠し、光が告げる。
    「続ける気でしたら、次は僕に付き合って下さい。……なに、それもいい修行になりますよ」
    「その申し出は魅力的だが、止しておこう。貴様は、我らとは違う故にな」
     と、ゲイルから視線を切った伊助は、次に飴の瞳を見る。
    「潔く今は退こう。即ち勝ち逃げだ、小娘」
    「なら次は……ええ、次こそは甘くない所を見せてやりますよ、草刈さん」
    「――――」
     笑ったように見えた。そして伊助は、踵を返しこの場を去っていく。
     その背中が曲がり角へと消えると、ふう、と息を吐きながら、悠が肩の力を抜ききった。
    「仕事終了! お疲れさん、お前等」
    「うん、お疲れ様でしたー。あ、あっちは富士急ハイランドとは別方向よね?」
     その場にへたり込んだ泰若が、頭を巡らせて確かめる。悠も念の為にそちらを見るがどうやら伊助は、来た道をそのまま奥へと進んで行ったらしい。
    「傑人、かなり手ひどくやられてたようだが、無事か?」
    「いや、もう問題はない」
     真剣な声色の誠士郎が、傷跡も新しい傑人に手を差し伸べる。傑人はその手をとらず、しかし握り拳を向けた。
    「伊助が手ごわい相手だったと、まあ、そういうことだ」
     二人は微笑んで、拳を打ち付けあった。

    作者:君島世界 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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