獣になる少年

    作者:天風あきら

    「ぐぅぅぅ……」
     薄暗い部屋の片隅で、一人の少年が蹲っていた。
     カーテンで日光を遮った部屋。扉は内側から施錠されている。
    「リョウちゃん、どうしたの?」
    「がぁぁっ!」
     唸り声を聞きつけたか、扉の外からノックと共に女性の声がしたが、少年は即座に叫び返した。その叫びは、何かを警戒する獣の如く。
    「わ、わかったわ。邪魔しないから、ね」
     そう言って足早に扉の向こうを去る足音。
    「うぅぅ……」
     少年は頭を抱え、唸る。
     既に部屋の中は本棚が倒れ、みっしり詰まっていた本が散乱し、更に机や箪笥も荒し放題。見る影もない惨状だ。
     少年は、時折無くなる己の意識を保たんと、必死で足掻いていた。意識がなくなると、この身体は暴れ始めて自分でも止められない。
     本当の『獣』になる恐怖。それに抗うのは、相当な精神力を要した。しかし、このままではやがて疲れ果てて、この意識は完全に獣に呑まれるだろう。
    「……誰か……」
     助けて。
     その言葉は出なかった。誰が助けてくれるというのだろう……。
    「皆、集まったようだな」
     神崎・ヤマト(中学生エクスブレイン・dn0002)は一同を見回して、満足げに頷いた。
    「実は今、一般人が闇堕ちしてダークネスとなる事件が発生しようとしている。通常なら闇堕ちすれば、ダークネスはすぐさまダークネスとしての意識を持ち、人間としての意識は掻き消える。しかし」
     ヤマトは一旦言葉を切った。
    「今回の対象は、元の人間としての意識がかろうじて残っている。ダークネスの力を持ちながら、ダークネスになりきっていない……ということだ」
     それは、限りなく──灼滅者に近い。
    「もし彼が灼滅者の素質を持つならば、闇堕ちから救ってほしい。また、完全なダークネスになってしまうようであれば、その前に灼滅を頼む」
     残酷な二択。まだ救出の可能性があるのが、せめてもの救いか。
    「今回闇堕ちしかけているのは、椎名・亮(しいな・りょう)という中学二年生だ。彼は自宅の自室に閉じこもっていて、母親の呼びかけにもまともに応えられないでいる。何とかして部屋に入る必要があるな。それと、闇堕ちしかけて獣──イフリートとなりかけている彼を匿っている状態の母親への対処も必要だ。なるべく穏便に家に入るようにするのが良いだろう」
     そして、とヤマトは続ける。
    「椎名はこちらの呼びかけに、まだ幾許か応える理性を残している。つまり、説得が可能だ。彼も獣になる恐怖と戦っている。そこに訴えかければあるいは……」
     ぐっと瞳に力を込めるヤマト。
    「だが、闇堕ちから救うには戦闘は避けられないだろう。彼の攻撃方法は、刃のようになった爪での薙ぎ払い。一度に一人しか攻撃できないが、これがかなり鋭く、深く抉りこんでくる。また、イフリートの力が溢れ出しているのか、炎の力を宿しているようだな」
     斬りつけられると、炎が身体を苛んでくるようだ。
    「彼が立て籠もっているのは六畳の部屋。一度に入れるのは……精々、四人くらいか。その中で戦うのは、お前達灼滅者なら問題はないだろう?」
     それからヤマトは口角を上げた。
    「お前達なら必ず、彼と共に無事戻ってくると信じている。この俺が、全能計算域でお前達の生存経路を導き出したんだからな!」


    参加者
    神崎・翔(闇を背負いし青き瞳・d00123)
    左治木・紫音(蒼空の太陽へと誓え・d00590)
    穂群坂・結斗(雪月封火・d01524)
    坂部・芥一郎(病焔ヴォルケイノ・d01965)
    月城・結祈(燦々スプレンドーレ・d02440)
    夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)
    天雲・戒(紅の守護者・d04253)
    百鬼・碧兎(焔纏う腕・d04984)

    ■リプレイ

     ぴんぽーん。
    「はい、どちら様ですか?」
    『すみません、亮君の友人です。亮君にお会いしたいと思って来たのですが……」
    「……ごめんなさい、亮は今、体調を崩していて、人様にお会いできる状態では……」
    『そのことで伺ったんです。中に入れて頂くわけには、いきませんか?』
    「……少々お待ちください」
     そうしてインターフォンでのやりとりを躊躇いながら切った亮の母親は、玄関の扉を開けた。その向こうには、四人の少年達。皆、中学二年生の息子より年上に見える。
     しかし彼らがそれぞれ手に持つ輝くチケットを見ると、母親はほっと息をついた。
    「こんにちは。俺達、亮君の先輩にあたる者です」
    「ええ、中学の卒業生なのね」
     最初に口を開いたのは坂部・芥一郎(病焔ヴォルケイノ・d01965)。少しだけ安心を引き出せた母親は、心因的なものかやつれて見えた。
    「しばらく学校を休んでいるようなので、心配で来たのですが」
    「上がらせて頂けますか?」
     百鬼・碧兎(焔纏う腕・d04984)が続けて頼む。
    「ええ、でも……あの子、今ちょっと気が立っているようで……反抗期なのかしら」
    「そうですね。お母さん相手でも話せないことなら、私達には話してもらえるかもしれません。どうでしょう、亮君のことは私達に任せて、お母さんは二、三時間ほど喫茶店でゆっくりしてきたらいかがです?」
     提案する神崎・翔(闇を背負いし青き瞳・d00123)。
    「亮君とお話しするためにも、席を空けて頂いた方が良いかと思うんです。喫茶店までご一緒しますので」
     さあ、と促すのは左治木・紫音(蒼空の太陽へと誓え・d00590)。
    「そ、そう? ご迷惑じゃ……」
    「お願いします、亮君の為なんです」
    「……じゃあ、少しの間……お願いします」
     母親は申し訳なさそうに深々と頭を下げた。
     
     亮の母親を喫茶店へと送り届けた後、残る四人と合流した灼滅者達。
     残念ながら、一本限りの部屋の鍵は亮自身が所持しているということで、入手できなかった。思春期だから……と、母親も遠慮していたようだ。
     穂群坂・結斗(雪月封火・d01524)が亮の部屋の扉をノックする。
    「待たせたね、亮君。君を助けに来た。時間がないからドアを開けるよ」
    「大丈夫だ、俺達は仲間だ。俺達に任せて貰えれば助けてやれる」
     碧兎もそれを後押しする。
    「アンタの状況を俺達は知ってる。そんな能力を持つ仲間がいるんだ。で、俺達はアンタを助けに来た。ココを開けてくれねぇか……じゃねぇと、こっちからぶっ壊して入ってくぜ」
     夜鷹・治胡(カオティックフレア・d02486)の説得にも、反応はない。
    「いい? 開けるよ」
     仕方なく、月城・結祈(燦々スプレンドーレ・d02440)は日本刀の刃先を扉と壁の隙間に挟み込み、すっと滑らせた。すると鍵が破壊され、金具の壊れたノブがからからと揺らぐ。
     ばん、と扉を開けると、中は酷い有様だった。本が散乱し、家具は破壊され、焦げた爪痕が残る。家具が壊れている為に、部屋の外からでも援護は可能と思われた。
     結祈が後方に下がり、前衛陣四人が前に立つ。
     同時に天雲・戒(紅の守護者・d04253)がその戦場内の音を遮断する能力を発動。
     よく見ると、部屋の隅で煤けた毛布を被り、蹲っている少年の姿が。
    「うぅぅ……」
    「よく頑張ったね、亮君。僕達は皆、君と同じ力を持つ者……僕もまた君と同じく獣に一度なりかけて、今の仲間に救われた」
     結斗が、語りかける。
    「今度は僕が君を助ける番さ。だから諦めないでくれ。君はただ信じるだけでいい、必ず君を救ってみせるよ」
    「ぐぅぅ……!」
     亮はまだ警戒した様子だ。
    「内なる闇に抗う苦悩、苦痛──その苦しみは良く分かる。けど、今抗ってるその時点で亮は強いんだ」
     碧兎は、ゆっくりと語りかける。
    「だからその内にある苦しみを全て吐き出せ。俺が、俺達が全て受け止めてやるからよ!」
     そして縛霊手を構える。
    「─―此処まで闇堕ちに堪えたのは大したものだ。後はその力を御しきれば、もう誰も傷つける事は無くなる。だから今は逃げずに俺たちに衝動をぶつけて来い」
     芥一郎もまた、亮の意志の力と勇気を称えた。
    「全力で叩き潰して抗い方を教えてから、必ず助けてやる」
    「闇に負けない強い意志、キミは強いんだね! その強さを忘れないで。ボク達が絶対に助けるから! 絶対……約束だよ!」
    「亮くんは今も精一杯、戦っている……。怖いよね、苦しいよね。自分が自分で無くなる恐怖……わたしもそうだった。大丈夫、絶対わたし達が助けるからね!」
    「『獣』を恐れるな。その力は不幸を呼ぶだけのモノじゃねぇ。アンタと同じ力―─俺達が、その証人だ。アンタを煉獄から引きずり出してやらぁ。けど、それにはアンタの力も必要だ」
    「う、あ……」
     度重なる呼びかけ。その声に、亮は顔を上げた。獣と化しかけている、鉤爪の生え大きくなった右腕。それで毛布を払いのけ、立ち上がる。両足も二足歩行は保っていたが、獣の脚になりかけていた。そして両の手にちらつく炎。
    「たす、けてくれる、のか……?」
    「このまま堕ちるか、抗うか、あなた次第ですよ」
     翔の言葉に、亮は涙を一筋流した。
    「か、ぞくも……友達も、だれも傷つけ、たくない……たのむ……」
     力を、貸してくれ。
    「がぁぁああっ!」
     最後の言葉は、獣の雄叫びに飲み込まれた。
     
    「ぐっ……」
     亮の鉤爪の一撃で、腕を切り裂かれる碧兎。そこから溢れ出すのは血ではなく、炎。更に鉤爪に宿った炎が全身に燃え移る。
     彼の霊犬・プラタが清めの眼差しでその傷を、炎を癒す。
    「テメエん中にある真っ黒いモン全部ぶち撒けろっ。全部受け止めてやっからよぉっ!」
     碧兎は怯むことなく、縛霊手で一撃を繰り出し、亮に炎を刻む。
    「まだ、こんなものじゃないだろう?」
     前衛陣が負った傷と炎を、炎の翼を顕現して癒しながら、芥一郎は仲間と亮、どちらに──あるいは両方に──声をかけたのか。
    「わたし達は同じイフリートをルーツに持つ灼滅者。でも、人でいられてる、君に語りかけてる。亮くんは強い、だから絶対そんな力に負けない!」
     日本刀に炎を纏わせて、結祈が力強く斬りつけながら語りかける。
    「亮くんと同じだから君の全てを受け止めて、受け入れる! だから自分を、信じて! 自分を信じられないのなら亮くんと同じわたし達を信じて!」
    「うぅ、ぐぅう……!」
     亮の動きが鈍る。
     ナノナノのましろが忙しく癒しのハートを仲間へ飛ばす。
     そこへ、戒が手加減した攻撃を加える。
    「『獣』になるってことはどう言うことか分かるか? 人間としてのお前自身がどこにもいなくなるってことだぞ。お前はそれでいいのか? 誰とも会えなくなるんだぞ。お前がいなくなると母親が友達が、そしてこの俺が悲しむ。ここまで関わったんだ、俺は。亮、お前がいなくなると寂しいぜ!」
     彼の頬には、滂沱の涙が伝っていた。
     炎色に輝く亮の眼からも、涙が流れていた。
    「ぐるぅぅ……」
    「人を保ちたいなら抗ってみせなさい、獣になりたくないならな」
     一歩引いた視点に立とう、と気を配っていた翔は、戦いを進めるにつれて亮が己を保てなくなっているようにも見えた。しかし声をかけることで、彼の意識が揺らいでいる、ようにも見えた。非常に微妙な状態だ。
    「……まだ引き返せる、自分を信じろ。その『獣』すら、自身の一部としてみせろ。俺が、かつてそうして救われたように」
     治胡が無敵斬艦刀を振り上げて、渾身の一撃を放つ。
    「そこっ!」
     同時に結斗が結祈と同じように炎を脚に宿らせて、亮の頬を蹴る。彼は勢いで回転しながら壁に激突したものの、まだ立ち上がり荒い息をつく。
     紫音が、金色にも見える炎の翼を生やして仲間達を包み込み、傷を癒した。
     しかし圧倒的な『獣』の膂力に、まだ回復は追いついていない。
    「どうした!? こんなもんじゃねぇはずだろっ!」
     叫んで、己を回復する碧兎。プラタもそれを後押しする。
     芥一郎が掌から炎を迸らせると、亮の身体が若干揺らいだ。
    「……! 皆、もう少しだ」
     それに気付いた芥一郎が叫んだ。
    「わかりました!」
     結祈が加減した攻撃を行い、ましろはふわふわしたハートを治胡へ。
    「ぐぅるるる……」
     亮の呻きにも覇気がない。
    「これで、終いだ!」
     戒の日本刀の峰打ちが亮を捉えると、彼は足の踏み場もない床へと崩れ落ちた。 
     
     少年が目覚めた時、そこは見る影もない有り様の自室だった。
     そんな彼を、そっと抱きしめて囁く少女がいた。
    「おかえりなさい。亮くん、頑張ったね」
     少女の──結祈の言葉に、少年──亮は、涙を零した。
     炎の熱さではない、人の温もりは心地良かった。
    「ふ、根性あるじゃねぇか。よく頑張った」
     にっと口の端を上げる治胡。
    「よく頑張ったね。僕達がしたのは手助け、闇に打ち勝ったのは君自身の心だよ」
     結斗がその頬を撫でる。すると未だ残る傷跡から、ちろりと炎が覗いた。
    「ひ……っ」
    「ああ、その傷は隠した方が良いかもね」
     皆がくすりと笑う。
     そんな中、翔が語りかける。
    「これで自由です、これからどうするか君が決めれば良い」
    「これから……?」
     不思議そうな顔をした亮に対し、芥一郎が肩を掴んだ。
    「……まあ、説明は面倒だからウチの学園へ取りあえず来い」
    「学園?」
    「武蔵坂学園だ。俺達みたいな灼滅者と呼ばれる連中が沢山いる。亮のその力、世界を闇から救う為に俺達と一緒に来ないか?」
     芥一郎の言葉だけでは判りにくかろうと、碧兎が大雑把に説明する。
    「世界を、闇から救う……?」
    「まぁ、そう難しく考えなくてもいい。だが、仲間が沢山いる状況は、居心地も悪くないはずだ」
     更に戒が続ける。
    「今回の仲間は、みんな初めての仲間ばかりだ。だが背中を預けられる、信に足りる連中だと思っている。信じずに疑心暗鬼に囚われる位なら、背中から刺される方がマシだ」
    「仲間……か」
     手を握ったり開いたりして、亮は考え込む。
    「とにかく……親に相談してみる。……って、お袋はっ!?」
    「ああ、喫茶店で待ってもらってるままだねぇ。迎えにいかなくちゃ……一緒に、行くかい?」
     亮は逡巡した後、頷いた。彼が元気になった姿を見せてやるだけでも、母親も安心するだろう。
     外に出て、紫音は西の空を見上げた。
    「綺麗な夕焼けだねぇ。これはきっと太陽の輝く明日になるよ!」
     嬉しそうに微笑みながら、言ったのだった。

    作者:天風あきら 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2012年9月7日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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