アンブレイカブルはご遠慮下さい

    作者:聖山葵

    「遊園地なんて子供の頃以来でござるなぁ」
     その男は、ござる口調を除けば同じバスに乗る他の乗客と何ら変わらぬように見えた。
    「って、いかんでござる。拙者、修行の為に向かうというのに」
     ブンブンと頭を振り、男が横を向けば自分を映す窓ガラスの向こうに流れる景色が見えて。
    「明さんには感謝でござるな」
     小さな呟きは、バスのエンジン音にかき消され、誰の耳に届くことも無かった。
     
    「富士急ハイランドに不安定なブレイズゲートが現れたらしいな」
     前置き無く口を開いた座本・はるひ(高校生エクスブレイン・dn0088)は、そのブレイズゲートが突然現れたり探索後に消滅するといった不思議な特性を持つことを語ると、視線を窓の外に向けた。
    「このブレイズゲートがご当地怪人選手権で集められたサイキックエナジーと関係しているかどうかは私にはわからない。そして、このブレイズゲートも探索する必要があるだろうが」
     もっと重要な問題があると、はるひは言った。
    「実はこのブレイズゲートにアンブレイカブルが向かっている」
     アンブレイカブルの名は箒屋・次郎(ほうきや・じろう)。
    「この次郎は純粋にす行の為ブレイズゲートを目指しているようだが」
     観光客で賑わう遊園地にアンブレイカブルが訪れればどんな事故や事件が起きるかわかったものではない。
    「そこで君達には富士急ハイランドにアンブレイカブルが入る前に撃退をお願いしたい」
     このまま放置しておくことなど出来ないことを理解したからこそ灼滅者達は頷きを返し。
    「では、続けさせて貰おう」
     はるひは説明へと戻る。
    「問題のアンブレイカブルはバスを利用して富士急ハイランドを目指している。よって、途中のバス停で待ちかまえていれば乗り継ぎのため降りてきた次郎と接触することは容易だ」
     このアンブレイカブル、修行の為に富士急ハイランドを目指している為、手合わせを願えばあっさり応じてくると思われる。
    「この時、場所を変えようと提案すれば周りに被害も出ず人気のない場所まで誘導することも難しくはない」
     故に、上手く誘導出来れば人よけの心配も周りへの気遣いも必要ないとのこと。
    「戦いになれば次郎は、ストリートファイターのサイキックに似た攻撃で応戦してくる」
     威力の方は別の話だが、これは言うまでもないだろう。
    「問題のアンブレイカブルは己の未熟さに思うところがあるのか、自分の修行が足りないと納得すれば出直す潔さがある」
     見習いたいものだな、とははるひは言わず口にしたのは別のこと。
    「つまり、灼滅させずに撤退させる事も可能だ」
     灼滅するかどうかは灼滅者達次第だが。
    「結局の所、選ぶのは君達だからな。私は君達の選択を尊重しよう」
     静かにそう告げて、はるひは送り出す。自分に背を向け歩き出した灼滅者達を。
     


    参加者
    槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)
    シルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)
    赤秀・空(死を想う・d09729)
    風舞・氷香(孤高の歌姫・d12133)
    祟部・彦麻呂(災厄を継ぎしもの・d14003)
    久我・なゆた(赤い髪の少女・d14249)
    フィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847)

    ■リプレイ

    ●であい
    「……強くなりたい気持ちはよくわかりませんが」
     無人のバス停を眺めながら口を開いた風舞・氷香(孤高の歌姫・d12133)は、一般人に被害が出るのは良くないことですと続けて後方を顧みる。
    「……バスはまだみたいですね」
     運行表と時計を見比べれば、あと何分後にバスが来るかも解ったろうが、待つには変わりない。
    (「……強く……なりたい……か、……わたしにも……よく……わからない……けど」)
     氷香の横顔をちらりと見たフィア・レン(殲滅兵器の人形・d16847)倣うようにバスがやってくる方向へと目をやって、微かに口を開いた。
    「……倒させて……もらう」
     相手はアンブレイカブル、楽に勝てる相手ではないからこそ倒すぐらいのつもりで望むと言うのが、幾人かの認識だった。
    「おっ、バスが着たみたいだぜー」
     実際灼滅するかは別として、実際にバスが着たのは、数分後。
    「来る、と聞いて待ってたよ」
    「うん?」
     赤秀・空(死を想う・d09729)の声に振り返った男を待っていたのは、灼滅者達の視線だった。
    「アンブレイカブル次郎様とお見受けします」
    「いかにも。して拙者に何用で――」
     まだ状況も呑み込めぬままにヴォルフガング・シュナイザー(Ewigkeit・d02890)の言葉へ頷き、更に問おうとしたアンブレイカブルへ。
    「ねぇお兄さん、強そうだね。ひとつ勝負しない?」
     最初に提案をぶつけたのは、久我・なゆた(赤い髪の少女・d14249)。
    「ほぅ」
     ただ一つの提案で、ぽかんとしていた男の表情は一変する、とびっきり嬉しそうな笑みに。たぶん、返事を聞くまでもなかった。
    「ブレイズゲートでの修行はたしかに効率的ですが、やっぱり危ないですよ。分裂とかしちゃいますよ?」
     とか理由を付けつつ祟部・彦麻呂(災厄を継ぎしもの・d14003)が富士急ハイランド行きを止める必要も、おそらくはない。もっとも、これは戦って追い返すなり灼滅出来ればと言う条件付きだったが。
    「富士急に行く前に、腕試しはどうかな?」
    「何処に向かうのか知らないけど、私達と戦う方が修行になると思うよ?」
    「ふむ、腕に自信があると言うことでござるな?」
     空やなゆたの主張に周囲の灼滅者達をぐるりと見回すと大きく頷く。
    「いかに危険が有ろうともそこに修行場があるなら躊躇う道理はござらん。されど、その申し出、受けさせて頂こう」
     修行にならぬとしても元の目的地に向かえばいいとでも思ったのだろう。
    「では、共に一手ご教授して頂きたいので別の場所に移動しませんか」
    「途中で邪魔がはいりゅのも無粋であろう、邪魔のはいらにゅ所に場所を代えぬかえ?」
    「承知、されどあまり遠くない場所でお願いするでござるよ? 拙者、恥ずかしながら方向音痴にて」
     ヴォルフガングとシルフィーゼ・フォルトゥーナ(小学生ダンピール・d03461)の提案を受け入れたアンブレイカブルはバスを利用してブレイズゲートへ向かおうとしていた理由をさりげなく口にしつつ、先導する灼滅者達に続いて歩き出した。
    「そう言う理由なら離れすぎたら困るのも解るけどよ、勝負すんのに、邪魔は入らねー方がいいだろ?」
    「確かに。ただ、帰り道が解らなくなった時はバス停まで連れて行っては貰えぬでござろうか?」
     槌屋・康也(荒野の獣は内に在り・d02877)と言葉を交わしつつもそんなことを言い出す辺り、よっぽど方向感覚に自信でも無いのか。
    (「やれやれですな。これが巷で噂の脳筋と呼ばれる輩ですかね」)
     一見すれば邪気の欠片もないように見えて、手合わせと言えばあっさり食いついてくる。ちらりと後ろを見たヴォルフガングは再び視線を前に戻し。
    「ここでどうでしょう?」
     やがて、人気のない空き地の前で足を止めた。

    ●てあわせ
    「あそこ、一般客も多いですから。修行そのものの邪魔をするのは本意じゃないんですが、このまま見過ごすわけにもいかないんですよね……」
     故に、彦麻呂は自分達との手合わせをブレイズゲートでの修行のかわりとして貰うつもりだった、が。
    「いやぁ、楽しみでござるなぁ」
     楽しげに灼滅者達の準備を待っている男には、もはや勝負の開始以外の何を告げても無駄のような気がする。
    (「……俺は、仲間を守る!」)
     康也は、焼けこげた髪留めに手を添えると、ちらりと仲間の方を見て。
    「各々方、準備はよいでござるか?」
    「……ええ。……さあ、唄を紡ぎましょう」
     準備体操らしきものを終えて問いかけてくるアンブレイカブルを前に、氷香は頷いてスレイヤーカードの封印を解き。
    「SiesehenmeinTraum,Nergal」
     フィアもこれに倣う。
    「ほぅ、しからば」
     灼滅者達の変貌に一瞬目を見開いた男は、即座に構えをとり、踏み砕かれた地面が音を立てた。
    「シルフィーゼ・フォルトゥーナ参る」
    「ぬっ」
     アンブレイカブルの鍛え抜かれた拳とぶつかったのは、宿ったオーラでほのかに緋色を帯びた日本刀の刀身。
    「せいっ」
     一瞬だけ拮抗したかに見えた衝突は、自力の差で男に軍配が上がり、殲術道具を打ち払いながらアンブレイカブルはもう一方の拳を握る。
    「集団で来るなら、もう暫し連携を意識しておくべきだったでござるなぁっ」
     紅蓮斬を相殺したところで態勢の崩れたところへの追い討ち。
    「そうは行くかよ!」
    「うぐっ」
     あとコンマ数秒遅れていれば仲間に見舞われていた拳は、軌道が逸れてシルフィーゼの身体をかすめたに留まった。
    「攻撃は最大の防御、だっけなー!」
     康也の繰り出した突きが、男の胴へと突き刺さったことによって。
    「さっきのありがとう、おかげで何とか間に合ったぜ」
     氷香へ向けられた感謝の言葉は、眠っていた超感覚を起こした矢のが当たった場所を軽く叩きながら口から出て。
    「さあ来いよ! ぶっ飛ばしてやる!」
     康也は、妖の槍を男に向けたまま笑った。相手がダークネスであるならあっさり決着がつくはずもない。
    「しゅまんのぅ、助ゅかったのじゃ」
     シルフィーゼもまた、フォローして貰った康也と夜霧で己が身を隠すフィアへ同時に礼をすると、日本刀を構え直し。
    「いくよっ」
    「む」
     視界に映るのは地を蹴り、この時既に男へ肉薄していたなゆた。氷香が味方へ癒しの矢を撃った時には既に動き始めていたのだろう。叩き付けるべくWOKシールドを構えたまま攻撃後の不意をついた一撃は、男の右肩へ直撃し。
    「うぐっ」
     顔を歪めた男の目が、怒りの為か鋭くなる。が、一瞬なゆたの姿を目で追ってしまったのは失敗だった。
    「いきますよシュヴール、動きが止まっているならば好機です」
    「がうっ」
     マテリアルロッドを振りかぶり飛び出した主とアンブレイカブルを挟み込むように霊犬のシュヴールは回り込み。
    「さぁ、私どもの攻撃も見て頂きましょう」
    「ぬぅ」
     多対一と言う状況であるからこそ、男こと次郎を待ち受けているのは、集中攻撃以外の何ものでもない。
    「だが、この程、ぬ?」
     複数の方向から迫り来る攻撃を捌こうとした次郎は、回避の為に体重移動をしようとしてつんのめる。
    「俺を忘れて貰っては困るよ」
     アンブレイカブルの足を止めたのは、空が符を放ったことで築いた、攻性防壁。
    「っ、このような小細工を、がぁっ」
    「隙あり、です」
     挟み打ちを回避し損ね、肩と足にそれぞれ一撃貰って膝をつく男を見たまま、彦麻呂は自分の片腕を巨大化させる。
    「ガツーンと行っちゃいますよ!」
    「っ、うぉぉぉぉ?!」
     彦麻呂の声に向き直ろうとするアンブレイカブルが見たのは、視界一杯に迫る異形の腕だった。

    ●拳鬼
    「いいですかシュヴール、貴方はディフェンダー。例え脳筋でも戦闘力は本物、私達による鉄壁のガードを見せましょう」
    「がうっ」
     それは、準備運動中にヴォルフガングが霊犬と交わしたやりとりであり、相手の力を警戒していたと言うことでもある。
    「ですが、これほどとは……」
     味方を庇いまともに一撃殴られただけで、ヴォルフガングは片膝をついていた。数で勝る相手を制するに攻撃へ特化し、一人一人潰して行く方針をとったのだろう。
    「いやいや、灼滅者の身でありながらそれで倒れぬのは拙者としても予想外でござった、よっ」
     拳の一撃を通す為に作った傷から血を滴らせながら、それでも楽しそうに笑みを浮かべると、男は振り返りながら身体を傾がせた。
    「うぐ」
    「惜しかったのぅ」
     足の健を斬りつけられ、反応の遅れた男の脇腹に走ったのは居合いの爪痕。抜きはなって斬撃を繰り出した日本刀をぶら下げたまま、シルフィーゼは後方に飛び退いて。
    「流石に強いね。でも、こっちも負ける訳にはいかないんだ」
     動きの鈍ってる内に追い込ませて貰うよと、空はチェンソー剣へ凄まじいモーター音をあげさせながら地面を蹴る。
    「くっ、多対一とはなかなかにキツいでござるな。明さんはこのような状況を」
     顔を引きつらせながらもアンブレイカブルの繰り出した回し蹴りは、殲術道具の側面を狙って攻撃を逸らす為のものなのだろう、だが。
    「考え事をしている余裕なんてあげませんよ」
    「ぬおっ」
     チェンソー剣をはじき飛ばすはずの足は、なゆたの伸ばした影に絡み付かれ役目を果たせなかった。
    「アシスト、ありがとね」
    「っがぁ」
     足を中途半端にあげたままの男を斬撃は襲い。
    「……ヴォルフガング先輩、大丈夫ですか?」
     仰け反るアンブレイカブルから傷ついた仲間へ視線を移し、氷香は歌い出す。
    (「…………代わりが……いる」)
     ヴォルフガングが回復しきっていないと見たフィアは仲間を庇うべく、前に進み出て。
    「強いですね、お兄さんは! けれど私達も強いですよ!」
    「そのようでござるな」
     まだ一人も倒せていないという事実があって、次郎はなゆたの言葉に頷いた。
    「もしくは拙者もそなたらも共に弱いか――」
     頷き、身体をかがめ、飛び出しながら振るった腕で、飛んできた氷柱をたたき落とす。
    「まさか、今のタイミングで外れるとはな」
    「今のは、危ういところでござったよ?」
     康也と男の視線が一瞬だけぶつかり。
    「じゃあ、これで、どう、です、かっ」
     視線を切った次郎の身体へ襲いかかるのは、彦麻呂が繰り出す拳の嵐。
    「ぐっ、うっ、ぬおっ、っく」
     アンブレイカブルはたたらを踏んだが、よろめきながらも後方へ離脱すると。
    「見事、と言いたいところでござるが……一方的に勝たれる訳にはいかんでござるからなぁっ」
     いくつもの傷を作ったまま、身体をかがめて地面を蹴る。
    「せめてひと」
    「がるるっ」
     つかみかかって、そのまま投げ飛ばすつもりで次郎が伸ばした手は、霊犬に遮られ。
    「ならば、お主をっ」
    「ぎゃんっ」
     身代わりになったシュヴールは地面に叩き付けられ、崩れ落ちる。だが、男に出来たのは一矢報いたところまでだった。
    「てめぇっ」
    「…………倒させて……もらう」
    「うぐっ、がっ」
     他の灼滅者へ向き直ろうとしたところで、巨大な刀に変わったフィアの利き腕で斬りつけられ、康也の突き込んだ妖の槍に身体を貫かれていたのだから。
    「よもや、ここまでとは……」
     膝をついた次郎は無念そうに土を握り込み。
    「勘違いしておりゅのではないか?」
     シルフィーゼは呆れた様子で男を見下ろす。
    「む?」
    「修行っていったじゃないですか」
    「おおっ、つい戦いに熱中しすぎて失念してたでござる。すまぬ」
     暗にトドメは刺さないといわれたアンブレイカブルは申し訳なさそうに頭を下げ、とりあえず戦いは終わったのだった。

    ●帰りもバスで
    「今日のところはこれくらいで次を期待といくかの」
    「うむ、今日のところは拙者未熟さを思い知らされたでござるが……」
     シルフィーゼの言葉に頷いた男は、ちらりとヴォルフガングの方を見て頭を下げた。
    「本当にまだまだでござるな、色々迷惑をかけ申した」
     戦いに熱中して我を忘れたことを悔いているのか、その姿は戦う前と比べて一回り小さく見えて。
    「それで、迷惑ついでというと恐縮でござるが」
     恋人が待っているのでと言う理由で戦いが終わるなり踵を返したフィアの姿は、もうここにはなく、残る面々を見回すと、アンブレイカブルは情けなさそうな顔で切り出した。
    「先程のバス停まで連れて行って欲しいのでござるよ」
    「あぁ、そう言えば……」
     手合わせをする前に次郎がいっていたことを思いだし氷香ははたと膝を打つ。
    「仕方ないのぅ」
     倒すかお引き取り頂くことが目的なのだから、この場に放置して去る訳にも行かない。一行は、アンブレイカブルを連れたまま歩き出し。
    「ここだぜ」
     数分後にはバス停の前で足を止めていた。
    「鍛えなおすのですね。では、再度見える時まで私もさらに修練を重ねます」
    「俺も、もっと強くなるからな! また勝負しようぜ!」
    「うむ、世話になったでござるな。次の手合わせ、拙者も楽しみにしているでござるよ」
     なゆたや康也に頷きを返し、灼滅者達に見送られてアンブレイカブルがバスへと乗り込むと。
    「では、私達も帰りましょうか」
    「ああ」
     やがてエンジン音をあげて動き出したバスを背に、一行は帰路へとついたのだった。
     

    作者:聖山葵 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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