いざ、修行の場を目指して

    作者:波多野志郎

    「ほいさ、ほいさ」
     山をバーベルを肩に担いだ男が、えっさほっさと駆けていく。
     道なき道を行く、という言葉があるが、まさにそれだ。男は森となった山の斜面を選び、その中を駆け上がっていたのだ。急な斜面でもその足はしっかりと土を蹴り、木々の隙間も担いだバーベルが引っかからないように上半身を上手に捻る――そのどれもが、アスリートというよりも格闘家のそれだった。
     足の動きは、どんな状態でも体勢を安定させる踏み込みを。体の捻りは、拳や蹴りをスムーズに出せる安定感を。共に男に与えてくれる。
    「おお、あれか!」
     男は、遠く遠く見えた場所に歓声を上げた。富士急ハイランド――そここそが、男の目的地なのだ。
     男は駆けていく。山梨県南都留郡富士河口湖町天上山、道なりに行けば徒歩でも四十分ほどで行けたはずなのに、男はあえて山を走る事を選んだ。
     何故か? 簡単だ、トレーニングだからだ。
    「強くなるぞおおおおおおおお、俺はああああああああああああああ!」
     男、アンブレイカブルは、とにかくそういう思考回路の持ち主だった。


    「……あー、富士急ハイランドって知ってるっすよね?」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)が、静かにそうため息をついた。富士急ハイランド、武蔵坂学園の灼滅者ならその遊園地の名前を別の意味で聞いた事のある者もいるだろう。
    「ここで、不安定なブレイズゲートが現われたらしいんすよ。ここ、突然現われたり、探索し終わったら消滅しちゃう、とか不思議な特性があるんすけど……」
     富士急ハイランド、と聞けばご当地怪人選手権を思い出すが、その関係性は不明だ。ただ、このブレイズゲートの探索が必要なのは確かだが、別の困った問題が発生していた。
    「アンブレイカブルが、ここを目指してるんすよ」
     アンブレイカブルは純粋な修行のためにブレイズゲートを目指しているらしい。しかし、客で賑わう富士急ハイランドにアンブレイカブルがやって来るとどんな事故が起きるか――放置は出来ない。
    「何とか、富士急ハイランドに入る前にアンブレイカブルを撃退して欲しいっす」
     今回、翠織が対処を求めるアンブレイカブルは天上山の道なき道を駆けてやって来るアンブレイカブルだ。
    「幸い、こいつは山の中を走ってるんで、富士急ハイランドに着く前に接触して戦えば周囲への被害はないっす。ただ、森の中、急斜面での戦いになるんでそこの工夫が必要っすけど」
     アンブレイカブルは強敵だ。アンブレイカブルのサイキックに加え、バトルオーラとマテリアルロッドのサイキックを使用してくる。こちらは数の有利を活かして、うまく立ち回る必要があるだろう。
    「今回の相手は、修行大好きっぽい奴なんで、自分の修行が足りないと感じたら出直してくるっぽいっす。なんで、灼滅させないで撤退させるのも可能っすから、そっちを狙うのもOKっすよ」
     翠織はそう告げて、しっかりとうなずく。
    「何にせよ、楽しい遊園地の思い出が壊されないよう、頑張って欲しいっす」


    参加者
    天祢・皐(高校生ダンピール・d00808)
    九条・舞(殲滅の怒涛・d01523)
    川西・楽多(ダンデレ・d03773)
    ライラ・ドットハック(蒼の閃光・d04068)
    樹・由乃(草思草愛・d12219)
    鈴虫・伊万里(黒豹・d12923)
    神宮寺・刹那(狼狐・d14143)
    犬祀・美紗緒(犬神祀る巫女・d18139)

    ■リプレイ


     ――抜けるように青い、夏の空の下。
    「今回は足場の悪い場所での戦闘、滑りでもすれば状況によっては危険になる場合もある、準備だけはしっかりしないと」
     トレッキングシューズの履き心地を確かめながら、神宮寺・刹那(狼狐・d14143)は視線を落とした。そこは、急勾配の森だ。山梨県南都留郡富士河口湖町天上山――文字通り、道なき道だ。
    「強くなりたいって気持ちはわからないでもないけど………でもだからって人に迷惑をかけて良いわけじゃないしなぁ。高みを目指すのは武道家の本分だし、そのあり方だけは凄いと思うね。尊敬できる位に」
     九条・舞(殲滅の怒涛・d01523)は、ため息交じりにそうこぼした。ストリートファイターの身としては、宿敵相手にでも強くなりたい、と言う気持ちは理解出来る。が、やはりやり方に問題がある。
    「はじめての依頼で緊張するけど。がんばろうね、こま」
     綻ぶ笑みと共に告げる犬祀・美紗緒(犬神祀る巫女・d18139)に、霊犬のこまはそのその頬を鼻先で撫でて応えた。頑張ろう、そう励ます仕種にも見える。こまの動き一つ一つに、美紗緒を慈しむ気遣いが感じられた。
     不意に、その場の空気が緊張する。天祢・皐(高校生ダンピール・d00808)が、鋭く告げたのだ。
    「来ましたよ?」
     その言葉に、灼滅者達が斜面を覗き込む――いた。
    「ほいさ、ほいさ」
     バーベルを肩に担いだ大男だ。鍛え上げられた筋肉は、服の下からでも見て取れる。短く狩った髪。四角く厳つい顔。加えて、その瞳は闘志に燃え、やる気に満ちている……一言で言えば、暑苦しい印象だった。
    (「……彼の目的はよくわからないけど、絶対に止めないといけない」)
     ライラ・ドットハック(蒼の閃光・d04068)は、決意を新たにする。駆け上がって来る男のその身のこなしは、ライラにそう思わせるのに充分だったからだ。強い――そう確信出来る確かな技術を持った者の動きだった。
    「山なので草に優しく行きましょう、草に優しく」
     大事な事なので二回念を押す樹・由乃(草思草愛・d12219)に、川西・楽多(ダンデレ・d03773)がこぼした。
    「さて、少しは効果があると良いんですけど」
     楽多の目の前にあるのは、倒木や岩だ。それをアンブレイカブルに落として奇襲をしよう、そういう作戦だ。
    「先制攻撃は任せましたよ、皆さん……!」
     仲間達が身構えたのを確認して、楽多は倒木や岩を一気に転がした。斜面の下にいたアンブレイカブルはそれに巻き込まれる――はずだった。
     しかし、この作戦には大きな欠点が一つある。
    「楽多さんっ!」
     それに気付いて、鈴虫・伊万里(黒豹・d12923)が叫ぶ。楽多は見る、落ちていく倒木や岩を――完全に無視し、一切避けずに駆け上がって来るアンブレイカブルの姿を。
    「よい試練だッ!!」
     サイキックに関わりのないものからは、実質的なダメージは受けない――バベルの鎖の基本だ。だからこそ、アンブレイカブルは突っ込んだ。バーベルを放り投げる。木をなぎ払い、岩を受けながら、一斉攻撃の暇を与えずに楽多へと間合いを詰めると雷の宿る拳を突き上げたのだ。
    「……っ! 妥協しない人はこれだから……。もう少し楽しちゃったらどうです?」
    「楽して強くなれるか!?」
     いつもの癖でシールドでブロックしようとして、楽多はオーラを集中させた両腕でアンブレイカブルの一撃を受け止める。しかし、足は地面から引き剥がされ宙を舞い、木へと叩きつけられた。
    (「目くらまし、にもならなりませんか……ッ」)
    「いやいや、悪くはなかったぞ?」
     楽多の表情に気付いてか、アンブレイカブルはコキコキと首を鳴らして答える。
    「ただ、どうせ不意を打つなら素直にサイキックでの攻撃の方が……『恐い』、そう恐かったな。派手に目くらましをしようという意図も正しいが、場所が悪い。上に俺が昇っていた訳だから、進行方向から転がってくる物に気付かないはずがないからな。十点満点なら、七点だ。発想は悪くないが、もう一手必要だった」
     その批評の理由は一目瞭然だ――全員が下ってくるのを待っていてくれているのだ、このアンブイレイカブルは。
    「手練れの武術家の方とお見受けしますが、この先へなにをしに参られます!」
     斜面を下って来た伊万里の言葉に、アンブレイカブルは一言で答えた。
    「修行だ」
    「富士急に行く前に、此処で腕試しして行かない?」
     くいくい、と指招きする舞に、アンブレイカブルは破顔する。
    「うむ、それもまた修行にいい」
     アンブレイカブルは視線を周囲に走らせる。自分を取り囲む八人と一体に、満足げにうなずいた。
    「草神様の仰せのままに」
     由乃が呟きと共に、引き抜いたガンナイフの銃口をアンブレイカブルへと向ける。伊万里が地面を蹴り、アンブレイカブルへと跳びかかった。
    「月並みな台詞ですが――ここを通りたくば、ぼくたちを倒してからにしてもらいましょうっ!!」
    「月並み結構、燃える展開だ!」
     ギン! とフリージングデスの冷気が荒れ狂う中を、アンブレイカブルは真っ向から迎え撃った。


    「お、おおおおおおおおお!!」
     元気を込めた拳を伊万里は連打する。アンブレイカブルはそこへ身を低く踏み込み、突き出した左腕で受け止め、払い、叩き落していく――そこへライラはゲイ・ボーを構え、爆炎のこもった魔力弾の雨を掃射した。
     地面を蹴ろうとしたアンブレイカブルの動きが鈍る。伊万里がアンブレイカブルの左手首を掴んだのだ。その一瞬が、ライラのブレイジングバーストを直撃させる隙を生んだ。
    「…………」
     しかし、ライラは見る。炎に包まれながらも、むしろ楽しいと笑うアンブレイカブルの姿を。
    「せーのっ!」
     その攻防の間、冷気に紛れて背後へと回り込んだ舞がアンブレイカブルを胴に手を回す。そこから放たれる高速のバックドロップ――地獄投げを、アンブレイカブルは近場の木の幹を蹴り自分から跳び、空中で一回転、着地した。
    「今の投げ、面白い!」
     嬉々としながらそう笑い舞へと拳を落とそうとしたアンブレイカブルだが、真横から突っ込んでくる皐に弾けたように振り返った。
    「よく、反応する」
     左手の槍を回転させ、皐は突き出す。アンブレイカブルは身をひねる。が、その穂先は確実にアンブレイカブルの脇腹を抉った。
     ザザザザザザザッ! とアンブレイカブルの体が一気に下がる。踏ん張ることを止め、下がるままにしたのだ。そして、一本の木に背を預けると、再び駆け上がった。
    「今回も気合を入れていきましょうか、ここから先は通りませんよ」
     それを刹那は無敵斬艦刀を炎に包み、立ち向かう。ザン! と炎の軌跡を描き放たれたレーヴァテインの斬撃をアンブレイカブルは両腕でブロック、受け止めた。
    「大丈夫?」
    「ええ……」
     自分に小光輪を飛ばし回復してくれた美紗緒を安心させるように微笑み、楽多は肯定した。こまの眼差しを受けて更に回復しながら、楽多は強く拳を握る。
    「行きます!」
     楽多が斜面を下る勢いでアンブレイカブルへと突っ込み、燃え盛る拳を繰り出した。アンブレイカブルはそれを受け止め――切れず、大きくのけぞった。
    「ハハ!!」
     ダン、とアンブレイカブルが地面を強く踏みしめた直後、烈風が渦巻き前衛を飲み込んだ。吹き荒れるヴォルテックス――その中から、怯まずに灼滅者達が飛び出す。
     それを見て、アンブレイカブルはただ楽しげに笑った。


    「この一撃は熱いよー!!」
     アンブレカブルの懐へと潜り込んだ舞が、炎に包んだタイラントをその腹部へ叩き込んだ。アンブレイカブルが下がる、そこへライラが回り込む。
    「……逃がさないわ」
     蒼天色のオーラを拳にまとわせ、ライラはアンブレイカブルを殴打していく。上下左右、巧みなコンビネーション――その中を、構わずアンブレイカブルが振り向き様に鉄塊のような拳を繰り出した。
     そこへ、楽多が身を割り込ませる――吹き飛ばされそうになった楽多はライラに受け止められ、深いため息をこぼした。
    「いたた……どうにも調子が狂いますね」
     今日は使い慣れたWOKシールドを外している――だからこそ、防御の動きに違和感を感じずにはいられない。
    「まだまだ――!」
     即座の再行動だ、アンブレイカブルはその拳を地面に叩きつけ、ヴォルテックスを巻き起こした。
    「正面からの力押しでは分が悪いので、小細工を弄させていただきますっ!」
     その風を鋼糸で切り裂きながら、伊万里の斬弦糸がアンブレイカブルを襲った。アンブレイカブルは両腕で顔面を庇い、切り裂かれる――その隙に、美紗緒が優しい風を吹かせ、仲間達を回復させた。
    「頑張るんだよ!」
     美紗緒の言葉を後押しするように、こまも一鳴きして浄霊眼の回復でフォローする。清めの風を背に受けて、皐はギシリ、と硬く握り締めた右拳でアンブレイカブルの顔面を殴打した。
    「手応えありだ」
     アンブレイカブルの守りの力を粉砕した、その手応えを感じて皐は言い捨てる。殴られたアンブレイカブルは、そのまま木の幹へ叩きつけられた。素早く体勢を立て直す――その時間を与えないように、由乃が炎に包まれたガンナイフで薙ぎ払った。
    「お……ッ!?」
    「アンブレイカブルの燃える精神はこの程度じゃ熱くもなんともないでしょう」
     胴を切り裂かれたアンブレイカブルの太い足が、由乃の顔面を蹴り上げる。由乃はそれに踏ん張るのを止めて、スライディング――滑る勢いで潜り抜けた。
    「燃えて燃えて燃え尽きて。気付けば灰になれば良い」
    「ええ、遠慮はいりません」
     そして、畳み掛けるように刹那が大上段のレーヴァテインを繰り出した。
    (「厳しい戦いだよ」)
     呼吸を整え、美紗緒は意識を集中させる。アンブレイカブルと灼滅者達の戦いは、互いに壮絶な打撃戦となっていた。アンブレイカブルはその身体能力と攻撃力の高さを活かし、灼滅者達を容赦なく追い込んでいく。それを灼滅者達は耐え凌ぎ、攻撃を重ねていく――そういう状況だ。
     アンブレイカブルは戦いに熱中していたのだろう、撤退の機を逃した。そして、戦況を顧みて灼滅者達も逃す気はない――だからこそ、その一瞬の転機が大きく戦況を変えた。
    「……あなたのような単純バカは嫌いではない。けど、だけどここで止まってもらう」
     斜面を駆け上がり迫るアンブレイカブルの拳へ、ライラは青く輝くプリトウェンを繰り出した。激突する二つのフォースブレイクが、衝撃と共に――アンブレイカブルを吹き飛ばした。
    「うお!?」
     下から上にか。上から下にか。この急斜面では、その差は大きい。宙に浮いたアンブレイカブルへこまが疾走し、その刃を振るい、美紗緒が射た輝く一矢が胸板を刺し貫いた。
    「今だよ!」
    「ええ!」
     空中で体勢を崩したアンブレイカブルに、美紗緒が声を上げる。その隙を見逃さず、刹那が迫った。その両の拳がオーラに輝き、流星のようにアンブレイカブルを連打していく――!
    「く、そ!」
     着地したアンブレイカブルがガードを固めようとした。しかし、その両腕は下から伸びた影の刃に切り裂かれ、弾ける――皐の斬影刃だ。
     そして再行動、跳躍し両手で握った無敵斬艦刀を振り下ろし、アンブレイカブルを袈裟懸けに切り付けた。
     アンブレイカブルの膝が揺れる。その体を楽多は鋼糸を繰り、ザザン! と大きく切り裂いた。
    「ふっとべ!!」
     そして、懐へ潜り込んだ舞の雷が走る拳の突き上げがアンブレイカブルの顎を捉え、宙を舞わせる。空中のアンブレイカブルへ、由乃はガンナイフの銃口を向けた。
    「あまり熱いようなら消火もして差し上げましょうか」
    「チッ、もっと、修行を――」
     その言葉と同時、フリージングデスによって文字通り熱が奪われ、凍りついたアンブレイカブルが砕け散った。


    「ああ草神様。森の中で火遊びをした私たちをどうかお許しください」
     草神様の信者として、由乃は真剣な表情で懺悔した。
    「はぁ、終わった、わわ!?」
     思わずその場にしゃがみ込んだ美紗緒が転がりそうになるが、こまが素早く支えてくれる。その光景を見て、刹那は小さく微笑んだ。
    「想像以上の結果です、皆さんお疲れ様でした」
     労いの言葉に、仲間達も笑みをこぼす。全力で戦い、灼滅に成功した。その実感と共に、疲労もまた襲ってきたのだ。
    「やれやれ、なんとかなりましたね。皆さん、団子はいかがです?」
     笑顔で、楽多は仲間達に団子を配っていく。一口食べれば、その甘みが心地よく全身に広がっていく。激しい戦いを終えた、まさに勝利の味だった……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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