その答えは富士急ハイランドにあるのかもしれない

    作者:高遠しゅん

     たたんたたん、たたんたたん、電車は定刻通りゆく。
     一人の少女……たぶん少女が、愛らしいフリルたっぷりのサマードレス姿で電車に揺られていた。
     強くなりたい。
     強くなって、あの人の弟子になるの。
    「素敵な人だったわ」
     どれくらい強くなればいいのかしら。山を一撃で割れるくらい? 手刀で高速道路を両断できるくらい?
    「弟子になれば、こんなふうに組み手とか、寝技とか、絞め技とか……きゃっ」
     周りの人がこっちを見ている気がする。アタシ、輝いてる?
    「もしかして、これが……恋?」
     思わず捕まっていた手すりのパイプを握りしめれば、飴細工のように折れ曲がる。気がついてしまったら、なんだか恥ずかしい。
     だってアタシは、アンブレイカブル。武に生き武と共にあるダークネス。恋なんて一生縁が無いと思っていたのに。
    「あ、次降ります!」
     彼女が降りていったのは、富士急ハイランド近くの駅。
     車両には蝶結びのパイプが残されていた。


     エクスブレインの目からハイライトが失われていた。
    『ああ、何かすごいものを観たんだな』
     集まった灼滅者は、肩を揺すったり首筋をペットボトルで冷やしてやったりしながら櫻杜・伊月(高校生エクスブレイン・dn0050)の正気が戻るのを待つ。
    「! ……すまない、手間を掛けさせた」
     最近は暑くていけないと前置きし、伊月は手帳を開いた。
    「富士急ハイランドは知っているな。そこに不安定なブレイズゲートが現れた。この遊園地では最近、ご当地怪人選手権などでダークネスが多く集まっていたが、その時のサイキックエナジーが関係しているかどうか、理由の解明までは至らなかった」
     幾多の灼滅者がそこで闇堕ちしたとも言われている、ご当地怪人選手権は灼滅者達の記憶にも新しい。
    「そのブレイズゲートを目指し、今度は複数のアンブレイカブルが向かっていることが予測された」
     アンブレイカブル。最強の武を求め、強敵を求めるダークネスだ。戦いから戦いへと渡り歩くイメージのアンブレイカブルと、遊園地。
     灼滅者たちは沈黙している。
    「アンブレイカブルは純粋に、そのブレイズゲートに修行のために来るようだが。観光シーズンのこの時期に暴れさせては、大変なことになるだろう。君たちにはそのアンブレイカブルの一人を、富士急ハイランドに入る前に誘導し、撃退してほしい」
     伊月は息をつき、ペットボトルの茶を一口飲んだ。

    「名は『獅子頭・龍子(ししがしら・たつこ)』。年齢はだいたい20歳ほどの女性……だな、恐らく」
     なんだか歯切れが悪い。
    「身長は約2m、筋骨隆々の体だ。遭えば一目でわかるだろう」
     他に特徴は、と問われれば。
    「ロリータ、というのか、やたらとひらひらしたあれは。そういう服装だ」
     灼滅者たちの目からハイライトが消えた。
    「彼女は、駅から富士急ハイランドへ向かっている。力試しをしたいと提案したなら、君たちの誘いに乗ってくるだろう。ちょうど近くに手頃な空き地がある。ここへ誘導すれば、人目を気にすることなく存分に戦えるだろう」
     地図にくるりと印を付ける、伊月の手は、なんとなく震えていた。
    「繰り返すが、彼女は修行のためにこの地を訪れる。『自分の修行が足りなかった』と納得したなら、武人として出直す潔さを持っている」
     手帳を閉じる。
    「灼滅するもしないも、君たちの心一つだ。よく考えて、行動してほしい。以上、健闘を祈っている」


    参加者
    無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)
    朝霞・薫(ダイナマイト仔猫・d02263)
    花澤・千佳(彩紬・d02379)
    月輪・熊娘(着ぐるみ娘々熊ガール・d06777)
    阿剛・桜花(硬質圧殺粉砕オーガ系お嬢様・d07132)
    エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)
    雨崎・弘務(常夜の従僕・d16874)
    朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)

    ■リプレイ

    ●その日、富士急ハイランドは猛暑日だった
     じりじり照りつける太陽。まるで熱したフライパンの上であぶられる魚の干物にでもなった気分がする。
     灼滅者も人の子だ、暑いものは暑い。しかも山梨県は全国ニュースにもなるほどの、猛暑日を記録していた。なんなんですか、39度って。夏の女神がインフルエンザにでもかかったんですか。
     ハイランド駅前でアンブレイカブルと待ち合わせ、否、待ち伏せることにした灼滅者一行。水分補給の量が半端なかった。熱中症で倒れるわけではないけれど、人として水分を摂らずにいられなかった。
     目の前ではこれから遊びに行こうという者たちが、楽しそうに行き来している。ごうごうと聞こえるのは、話題のジェットコースターの音だ。
     遊びたいなぁ、と少しでも考えてしまうのは若者として正しい。
     エクスブレインに、何時何分の到着か聞いておけば良かった。まあ、もし聞かれたとしても、そこまで細かい予測はできないけれど。
     阿剛・桜花(硬質圧殺粉砕オーガ系お嬢様・d07132)が呟いた。
    「遊園地に武者修行だなんて、アンブレイカブルも変わった事をしますのね」
     遊ぶには最適の好天、遊園地日和。
    「ブレイズゲートがどうとか? あとで覗きに行ってみようか」
     朝霞・薫(ダイナマイト仔猫・d02263)も首を傾げる。せっかく遊園地の目の前まで来たのに、そのまま帰るなんて、もったいない。
     そんな感じで猛暑の中、水分補給しつつアンブレイカブルを待つこと一時間。
     『彼女』が、やってきた。
     ふわふわに揺れるサマードレス。柄はピンクのギンガムチェック。ウエストは編み上げリボンでアクセントを付け、スカートの裾にはフリルがたっぷり。
     肌が出過ぎては下品になるから、レースの上着とハイソックス、頭にはドレスハットを乗せて、紫外線対策にレースのパラソル、手袋を付ければ完璧。
    「あれが、ろりぃたでござるか」
     言われなくても一目で分かった。見上げる巨体、筋骨隆々の体にまとう愛らしいドレス。え、あの巨体に合うサイズなんて売ってるものなのか?
     呆然と雨崎・弘務(常夜の従僕・d16874)が呟くが、ぎりぎりで使命を思い出した。殺界形成で彼女を引き寄せなければならないことを。
     弘務が放つ殺気は、浮かれはしゃいだ観光気分の一般人達をどんより嫌な気分にさせていく。暑いし遊ぶのやめて、帰った方がいいかな的気分だ。
     どっすどっすどっす。
     彼女はむんむん放つ殺気に目もくれず、スカートを揺らして灼滅者たちの前を通りすぎた。ぶっちゃけ目もくれなかった。彼女は目の前の遊園地(と書いて『しゅぎょうじょう』と読む)に首ったけなのだ。
    「しまったでござる! 殺界形成はダークネスには通用しないでござる!」
     そう。ESPはダークネスには効果がないのだ。
     それでも、人払いには役に立っていたので問題は無い。今日帰ってしまった観光客さんと、チケット売上げをちょっとだけ減らしてしまった富士急ハイランドさんには、心の中でごめんなさいしておけばいいさ。
    「ちょっと待つクマー!」
     月輪・熊娘(着ぐるみ娘々熊ガール・d06777)が立ちはだかった。
     バトルオーラを輝かせれば、フリルに包まれた巨体は、不思議そうに足を止めた。灼滅者たちは巨体の前に飛び出した。このままでは世紀末ロリータがブレイズゲートに一直線だ。
    「遊園地へ行くんだよね、その前に少し付き合って貰えないかな?」
     エアン・エルフォード(ウィンダミア・d14788)が微笑んで言った。
    「ナンパはお断りよ」
    「いや、そうじゃなくて」
    「たのもう! 絶好の鍛錬日和です!!」
     エアンのピンチに、花澤・千佳(彩紬・d02379)が、大きく息を吸って元気よく腹から声を出した。
    「私たちと手合わせをお願いします!」
     朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)も頑張った。
    「手合わせ……あなたたち、ただの人間じゃないわね。真の強さを求めているの?」
     小学生女子がファイティングポーズを取っても、彼女は首を傾げるばかりだ。
    「この先に目的地があるんだよね? その前にボク等と一戦交えて貰えないかな?」
     無堂・理央(鉄砕拳姫・d01858)が真摯な瞳で彼女を見上げる。
     アンブレイカブル、獅子頭・龍子(ししがしら・たつこ)は決断した。ふわりと巻いた栗色の髪を優雅に払う。
    「わかったわ。あなたたちの正体が何であっても、強さを求めるならアタシも同じ」
     余談だが。龍子、びっくりの萌え萌えアニメ声だった。
     運命の神は酷い悪戯ばかりしやがる。

    ●ロリータが世紀末な伝説
    「わあ、とっても(お洋服が)可愛い!」
     穂純がきらきらと目を輝かせれば、龍子はまんざらでもないという様子で笑った。効果音に『ゴゴゴゴゴ』と入れたいところだが。
    「ありがとう。アタシのサイズが無くて、お洋服は全部手作りしたのよ。今日は天気がいいから、お弁当も頑張って作っちゃった」
     スーパーの買い物カゴの如きバスケットも、龍子が持てばちょうど良いお出掛けサイズだ。
     何だろう、この女子力の高さ。見た目は『世紀末なんとか伝説』とサブタイトルを付けたいくらいなのに。
    「本当に、とても可愛いお洋服ですわね。もしかして、どなたかのために装ったのかしら?」
    「やだー、教えなぁい(はぁと)」
    「う、うん……恋する乙女のオーラって隠せないのね」(棒読み)
    「やだぁ! わかっちゃう?」
     桜花と薫も混ざって女子会トーク開始。
     そんな龍子をチラ見しながら、何故か弘務は思春期の少年のようにそわそわしていた。
    (「何なのでござろうか、この胸の高鳴りは」)
     対決の前、彼女を思いながら毎日筋トレに励んだ。1000mダッシュ10本(100mだと一瞬で終わってしまうので)、スクワット100回、登下校時はうさぎ跳び。
     そして挑んだこの対決、目の前に現れた龍子は想像以上だった。そりゃあもう色々な意味で。
    「て、手合わせを願うでござる!」
     そんな自分を叱咤するように、弘務は自分の頬を叩いて気合いを入れる。
     龍子はフリルのパラソルを閉じ、綺麗にたたんで留め金をかけた。
    「でも、アタシがここに修行をしに来ること、どうしてわかったの?」
     ひゅん、と音立て腰だめに構える。人払いをした空き地の熱気が増した気がした。効果音的には『ズゴゴゴゴ……』といった雰囲気だ。
    「逆に聞くよ。どうして修行に遊園地を選んだの? 修行なら遊園地より適した場所があると思うけどね」
     理央のファイティングポーズに、龍子はうなずいた。
    「お互い、詮索はナシにしましょう。獅子頭・龍子、参ります!」
     龍子が地を蹴るのと、パラソルを突き出すのは同時だった。ぎゅん、と周囲の熱を巻き込み螺旋を描いた闘気がエアンを襲う。辛うじて直撃を避けるも威力は殺せず、脇腹に鈍い衝撃を受けた。
    「さすがに、速いね」
     数歩距離を取り、お返しとばかりにエアンは影を飛ばした。刃となって渦巻く影は龍子の足元で旋回、ソックスを切り刻む。あまり生足は見たくなかったけれど。
    「テディ、一緒に突撃クマ」
     熊娘が名を呼べば、ライドキャリバーはエンジンを唸らせて応える。WOKシールドを展開させ殴りつければ、龍子は両腕を交差させて受け止めた。ライドキャリバーの機銃掃射が足元を穿つ。
     龍子の全身を闇のオーラが覆っている。しかし、ダークネスの中では比較的話の通じるアンブレイカブルだ、その闇に濁りや歪みはない。
     薫からのシールドリングで防御を固めた千佳が、ロッドを握った手の指輪から魔法弾を解き放つ。
    「ときに龍子さん! 憧れのひととは一体いかような猛者なのでしょう!!」
     ついでにインタビュー。ロッドがまるでマイクのようだ。
    「とっても強い人よ!」
     魔法弾を拳で打ち落とし、龍子が叫んだ。
    「理想の修行スタイル(でーとしちゅえーしょん)は!!」
    「夕陽のキレイな浜辺で組み手なんてステキ!!」
     この間、隙あらば顎を狙おうとするロッドを、龍子は薄紙一枚の差で避け続けている。
     なおも続くロッドdeインタビュー攻撃を手首で払えば、続けて桜花のシールドバッシュが降りてきた。がしりと受け止めると、桜花が目を細めた。
    「ガードが甘くありません? オシャレに気を使い過ぎて、鍛錬がおろそかになっているんじゃありませんの?」
     桜花の挑発に、龍子はむっとした表情を向けた。
    「あら、女性が身なりに気を使うことは当然でしょう?」
    「心ここにあらずじゃ、私たちの攻撃はかわせませんわよ!」
    「そういう事」
     瞬時に胸元に入りこんだ、理央の鋼鉄拳が龍子の守りを破った。
    「恋にうつつを抜かすのも悪くないけど、今は手合わせ中だよ。視線は逸らさないでほしいな」
     龍子の腹筋は鉛の板を殴るような感触がしたが、気にすることはない。続けて拳を突き入れれば、息を止める気配がした。
    「龍子どの!」
     弘務の日本刀がぎらりと夏の光を弾いた。
    「ダークネスと灼滅者だからといって、好きになっていけない理由はないでござる!」
     とうっと地を蹴り龍子の真上から斬りつける。
    「拙者の思い、受け止めてほしいでござる!!」
     大上段からの雲耀剣。太陽の光が目に入り、目を細める龍子が見える。……と思ったら、日本刀はあっさり真剣白刃取りされていた。文字通り受け止められていた。
    「種族を越える愛もステキね。でもアタシ、あの人を裏切れない」
     見事に吹き飛ばされ地面に溝を掘った弘務に、後方から穂純の癒しの矢が飛んできた。
    「乙女の恋心は、時に奇跡を生み出すのですよ」

    ●恋せよ漢女
     灼滅者VSアンブレイカブル龍子。
    「修行とか言って、色々と壊されたら迷惑クマよ!」
     熊娘とライドキャリバーが揃って突撃すれば、
    「壊すつもりで来たわけじゃないわ!」
     龍子も体全部で受け止める。
    「彼のひととの出会いもぜひ!」
    「そうね、あれは……やん、教えてあげない!」
     千佳のインタビュー攻撃をかわしつつ、理央の重いロケットスマッシュを今度は片手でいなして反撃。
    「だいぶ疲れてるように見えるよ」
    「アタシの体力は無尽蔵よ!」
    「何事も極意というものがあるよ、もちろん恋愛にも」
    「だったらそれ教えて頂戴!」
     エアンの台詞に乗ってくる。
     龍子の息が切れてきた。体力というより、気力的に8対1が堪えてきたようだ。
    「背中を追いかけてるだけじゃ、アンタの想いは届かないわよッ!」
     薫が魂のリングスラッシャー射出。唸りを上げる光輪を思わず蹴りで受け止めれば、
    「龍子どの、女人は慎み深くでござる!!」
     うっかりスカートの内側、パニエとドロワーズを見てしまった弘務が悲鳴を上げながら封縛糸で動きを縛る。
    「どうして……どうしてなの。アタシ、勝てない……」
     龍子ががくりと膝を折った。
    「強くならなければいけない理由があるのでしょう?」
     穂純の言葉に、龍子はハッとして表情を変えた。綺麗に巻いていた髪も、今は乱れて汗で貼り付いている。
    「そうよ。アタシ……強くなりたいの。もっともっと、今よりもずっと強く」
    「今は力が足りなくても、修行すればきっと……」
     土埃に汚れてしまった、とっておきのドレス。
    「修行が足りなかったのね。精神的にも、肉体的にも。腕試し、アタシの負けね」
     埃を落としながら立ち上がる龍子に、戦闘の意思は感じられなかった。灼滅者達もまた、戦闘態勢を解く。
    「ねえ、あの人ってどんな人ですの? 強い人なら外見もやっぱりハンサムとか……!?」
    「アタシには、手の届かない人よ。でも、頑張るわ。もっともっと修行して、近づけるようにならなきゃね」
     桜花の言葉に笑う龍子。
     世紀末ロリータスタイルでも、その笑顔は青空のように輝いている。
     龍子は置いておいたバスケットから、キンキンに冷えた飲物を出してきた。『プロテイン』と書いてあったような気がしたけれど、とりあえず灼滅者達は気にしないことにした。
     紙コップを渡し、ペットボトルから全員に注いであげる龍子、やっぱり女子力が高い。
    「聞きたいんだけど」
     理央が呟く。
    「ブレイズゲートには抜け出せなくなる危険性があるけど、それでも行く理由とかあるの?」
     龍子は笑みを収めた。
    「そうなれば、アタシに力が足りないせいね。危険は承知の上よ」
     その時だけは、乙女は武人の目をしていた。

    「応援してますー!」
     穂純がエールを送る。
     プロテインで乾杯した後、龍子は大きく手を振って富士急ハイランドを後にした。
    「命みじかし、恋せよ漢女(をとめ)」
     甘くやさしい綿菓子のような恋もあれば、熱く激しい炎のような恋もある。千佳は初めて知った。
     ごうごうとジェットコースターの音がする。
    「遊んで帰るのもいいかもしれないクマねー」
     熊娘の言葉に灼滅者たちは笑い、チケット売場へ走って行った。
     異種族間恋愛に真っ向からぶつかって、みごと玉砕した弘務を残して。

    作者:高遠しゅん 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月17日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 7
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