強者への階段

    作者:小藤みわ

    「──あれが、富士急ハイランドか」
     男は山間から町を見下ろし、濡れた黒髪を掻き上げた。
     彼の浅黒い肌には水が滴り落ちている。それもその筈、彼は麓の河口湖を泳ぎ切ったばかりだった。河口湖を泳いだ後は山を駈けること暫し、そうして今、彼は町を見下ろしているのだ。
     八重歯が覗く癖のある顔立ち、膝丈のパンツに白のタンクトップ、虎柄のシャツ。立ち姿はお世辞にも上品とは言い難い彼の、視線の先は数々のアトラクションが並ぶ遊園地、富士急ハイランドだった。
    「ブレイズゲートは……まあいいや、行きゃわかんだろ」
     彼は濡れたシャツを腰に巻くと、手足を緩やかに振ってみせた。鍛え上げられた手足から水滴が跳ね、土に色を付けていく。
    「見てろよ柴崎……何時かぶっ飛ばして証明してやっからな」
     つと、吊り上がった三白眼に滲む屈辱の色。盛る焔のような赤眼をすうと細めた彼は、やがて記憶を振り切るように髪を掻き毟る。
     続け様、ふるふると首を左右に振って水滴を跳ばすと、彼はにやりと口を歪めた。
     彼の足が、勢いよく地を蹴り跳ばす。
    「俺が最強だってなッ!!!」


    「あのね、どうも富士急ハイランドに不安定なブレイズゲートが現れたみたい」
     グラジオラスの花に口許を寄せ、花芒・愛(中学生エクスブレイン・dn0034)はそう告げた。このブレイズゲートは、突然現れたり、探索後に消滅するといった不思議な特性があるのだとも彼女は言う。
     尚、ご当地怪人選手権で集められたサイキックエナジーが関係あるかどうかは不明である。
    「このブレイズゲートの探索も必要、なんだけど。実はね、このブレイズゲートにアンブレイカブルが向かっていることも解ったんだ」
     アンブレイカブルは一層の強者となることを目指し、修行の為にブレイズゲートへ向っているらしい。
     純粋に修行のみが目的であるようだが、それでもダークネス。観光客で賑わう富士急ハイランドにアンブレイカブルが現れるとなると、何かしらの事故が起こっても不思議ではない。
    「だから、皆にはアンブレイカブルが富士急ハイランドに入ってしまう前に撃退して欲しいの」
     そうして、愛は自分が分析したアンブレイカブルのことを告げていく。
     八重歯が覗く癖のある顔立ち、膝丈のパンツに白のタンクトップ、虎柄のシャツ。見目は十四、五歳ほどの少年だ。好戦的な性格であることはその雰囲気からよく解る。
    「まあ、すぐに見つけられると思うよ。ずぶ濡れだから」
     なぜずぶ濡れなのかというと、河口湖を泳いだかららしい。
     彼の修行は既に始まっている。
    「河口湖を泳いで、天上山の辺りを駈けてくるから……丁度、富士急ハイランド駅あたりかな。駅周辺で待っていれば、彼に出会えると思う」
     でも、と言葉を続ける愛。
    「戦闘は周りに人がいないような場所で行ってね。彼は修行の為に此処へ来ているの、手合わせを願って場所を変えようと提案すれば、狙った場所へ誘導することは容易だと思うから」
     とはいえ勿論、灼滅者十名分の力量はあると言われるダークネス、灼滅することは容易ではない。
    「今回の彼は、目的から考えても、自分の修行が足りてないと思えば潔く出直してくるかもね」
     つまり、灼滅するのではなく、撤退させるという選択もあるということだ。
     灼滅を狙うのか、撤退を狙うのか、その辺りは皆で決めて欲しいと愛は言い添えた。
    「私からは以上だよ。油断大敵だけど、皆ならきっと大丈夫」
     そう言って、愛はぎゅっと拳を握り締める。
     ──皆、いってらっしゃい!


    参加者
    東当・悟(紅蓮の翼・d00662)
    高良・美樹(浮草・d01160)
    若宮・想希(希望を想う・d01722)
    堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)
    ストレリチア・ミセリコルデ(銀華麗狼・d04238)
    文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)
    淳・周(赤き暴風・d05550)
    柊・司(普通の高校生・d12782)

    ■リプレイ


     晴空が眩しい某日、富士急ハイランド駅。若宮・想希(希望を想う・d01722)は行き交う人々を眺めていた。汗ばむほどの暑さでも人々の笑顔は絶えない。眼鏡越しに見える彼の金眼も優しく緩んだ。
     富士急ハイランドはこうして遊びを楽しむ人々の為のものだ。
     ダークネスが訪れるべき場所では決してないと、想希は思う。
    「……俺だって、まだ入ったことないのに」
    「おかん、いつでも付き合うで?」
     ぼそりと呟き落とした想希の傍ら、東当・悟(紅蓮の翼・d00662)がけらりと笑った。
     今すぐにでも遊びに行けそうな所だが、しかし生憎そうともいかない事情が二人の視界をちらつく。
    「おでましだな!」
     淳・周(赤き暴風・d05550)が躯から殺気を滲ませた。それによって駅の人影が消えていく中、浮き彫りになる姿がひとつ。
     虎柄のシャツを纏った少年、アンブレイカブルである。
    「この先行く前に、チョットお付き合い願いたいンよ」
    「……あァ?」
    「アンブレイカブルの方ですよね」
     堀瀬・朱那(空色の欠片・d03561)が軽く掌を上げた。柊・司(普通の高校生・d12782)も言葉を添えれば、アンブレイカブルの眉が寄る。
    「俺は東当悟、灼滅者や。お前に勝負を申込むで!」
    「はあ?」
    「……ぐしょぐしょやないか。まぁ拭けや」
     アンブレイカブルが眼を見開いた途端、ぼたりと垂れる水雫。何とも残念な姿の彼に、悟から温情のタオルが放られる。
    「宜しければ僕達とお手合わせ願えませんか?」
    「手合わせねえ」
    「はい、修行の一環として」
     司が紡いだ『修行』の一言に、タオルで髪を拭いていたアンブレイカブルの手が止まった。
     彼の眼に明らかな興味の色が浮かぶ。
    「でも、ここじゃ本気で戦えない。それじゃ不満でしょ?」
    「場所を変えませんか」
     高良・美樹(浮草・d01160)と司は一瞥し合うと、アンブレイカブルを見返した。
     彼もまた意図を探るように二人の眼を覗く。
    「修行の為とはいえ行かれるのもちょいと困るンよね」
    「勿論、言っても無駄なら戦うまでだ。だが、邪魔が入らない方がお互い望ましいだろう?」
    「一般人に邪魔されるのもアレだしな」 
     朱那と文月・咲哉(ある雨の日の殺人鬼・d05076)は、富士急ハイランド方面を遮るように立ち塞がった。
     周の掌がぱしんと地図を叩く。
     彼女が示した先は、予め調べておいた人気のない場所の数々だ。 
    「近場によい場所もあるようですし、もし良ければお付き合い頂けませんか?」
     颯爽と胸を張ってみせるのはストレリチア・ミセリコルデ(銀華麗狼・d04238)。
     十一歳の可愛い女の子──ではなく、細身で鍛え上げられながらも、女性らしい丸みを帯びた肢体たる十八歳の乙女と化した彼女は、白のサマードレスを優雅に翻す。
    「1対1とは参りませんが、けして退屈はさせませんのよ!」
     待ち合わせ前に準備は万端。入念なストレッチを施した腕を伸ばし、ストレリチアはアンブレイカブルに刺激的なデートへの誘いを口遊む。
     その、彼女を見返し、アンブレイカブルは口端を緩めた。
    「まあいいや。御前ら、修行になる程度には強えんだろうな?」
     それは、確かな承諾であった。


    「おいで、次郎」
     美樹の淡々とした声が人気のない周辺に響いた。ゆるり、美樹の霊犬たる次郎が姿を現していく。
     美樹達は天上山方面へ向かい、幾許か進んだ先で足を止めた。青緑に覆われた此処は、木陰のおかげか駅前より幾分涼しい。青葉のざわめきが耳許に響く。
     咲哉の眼に、樹枝の合間から覗く、平穏そのもの街並が映った。全く厄介な所にブレイズゲートが出来たもんだと息を吐かざるを得ない。被害の出る前に余所へ移動を願いたい所だが、そう簡単にいかない辺りがまた尚更。
    「……仕方ない、行くとするか」
     咲哉は黒鞘艶めく愛刀、十六夜を眼前に掲げた。
     それからは一瞬。刃が抜かれるや否や、咲哉の一閃はアンブレイカブル目掛けて駆け抜ける。
     然れども相手はダークネス、狙い澄まされた一撃さえ彼の肌を掠めるに終わった。加えて反撃の抗雷撃が咲哉を襲う。
     躯を伝った衝撃は重く、咲哉は再び息を吐いた。
     全く厄介だ。
     激闘となることが見えた今に、楽しみを感じる自分が居る。
     他方、想希は眼鏡を外して直刃を振った。日頃は笑みに緩む双眸を真剣なそれに変え、アンブレイカブルを見据える。
    「本気で行きます……!」
     想希の足が地面を蹴った。
     同時に、悟の躯も宙を跳ねる。
    「真っ向勝負や! 勝つんは俺やけどな!」
    「抜かせ!」
    「冗談ではありませんよ……!」
     鋭い黒眼と八重歯が覗く口許の緩みが消えた刹那、悟の槍が唸りを上げた。悟の一撃が奔った直後、後方へ周り込んだ想希の魔力が爆ぜる。
    「こっちも行くヨ!」
     朱那が景気付けと響かせるのはソニックビート。音波は朱那の心を模すように、楽しげな響きすら孕んで跳ねた。
     司が片腕を異形に変貌させ、朱塗りの槍をするりと繰る。その彼を追い、次郎が駈けゆく様を見送って、美樹は天星弓を引いた。彼の弓が射る先は、アンブレイカブルではなく、ストレリチア。
    「改めて、はじめましてお兄様?」
     そう言って、アンブレイカブルの懐に飛び込んだストレリチアに、癒しを孕んだ矢の恩恵が宿った。
     彼女の足先が平生以上の狙いを据えて放たれる。
    「ストレリチア・ミセリコルデと申しますわ。ええ、よければ逢瀬の相手のお名前を、お聞きしても?」
    「最後まで立ってたら教えてやるよ」
     数度の足技と拳の応酬。その末に、彼へ纏わるように伸びるストレリチアの影。
     それを紙一重で避けた彼の視界に、次は赤が揺れた。
    「楽しくバトるぞ、アンブレイカブル!」
     焔の如く、血の如く、紅の闘気を侍らせながら、周は全力のご当地ビームを撃ち放つ。
     技の相性と狙撃手の恩恵が重なった一撃は、見事にアンブレイカブルを撃抜いた。途端、アンブレイカブルは瞳に怒を滲ませて地を蹴るも、その進行は想希と咲哉が許さない。
     アンブレイカブルが二人の迎撃を両腕で耐えたのも束の間、悟が身を屈めて死角を狙い、思い切りロッドを振り回す。
     手応えはあった。
     力が爆ぜ、鈍い音が響く。
    「……そういうことか」
     一瞬ながら躯を揺らした彼の眼に、どうだと言わんばかりの、堂々とした朱那と周の姿が映る。
     幾枚の壁と幾つもの狙撃手。
     それは、遠方を狙えないアンブレイカブルの弱点を正確に付いた布陣だ。
    「まあいい。御前ら全員、薙ぎ倒せば良いんだろ?」
     獣にも似た赤眼が前衛に立つ司達を見回した。
     来る、と感覚で察した司が槍を構えるのと、アンブレイカブルが地を蹴るのはほぼ同時。
    「まったく、休む暇もないね」
     美樹が言い、次郎の名を呼んだ。夫々の手許と眼に癒しの光が宿った瞬間、司の槍とアンブレイカブルの拳が激突する。
     本来は静閑である筈の此処に、耳をつんざくような放電音と円弧の衝撃が広がった。

    ●激戦
     激震にふるえ、樹々は啼いた。宙舞う砂塵が時折ぼたりと滴る赤雫に汚れていく。
     それは幾度目の応酬だったか、想希は足許にできた跡を踏み締め、アンブレイカブルの拳を受け流すと、目一杯に体重を掛けて一撃を落とした。司の神薙刃と朱那の斬影刃が後を追う。
    「お前にも倒したい奴がおるんやろ、俺もや」
     悟の口端がにっと緩んだ。彼が繰るのは、戦いが動き出した当初より、力を溜め重ねた連撃だ。
     アンブレイカブルの顔もまた楽しげに緩んだ。
     周が生み出す炎の奔流に、耐性の雷を幾許か焼かれようともその笑みは消えない。
     或る意味解りやすく、真直だ。
    (「野生的で暑苦しそうで、季節的にためらわれますが……」)
     対峙の相手としては嫌いじゃない。
     ストレリチアは絶えず蹴りを叩き込みながら、驚嘆と愉悦混じりの笑みを零した。朱那もまた、格上相手だからこそ楽しめるものもあるのだと足を弾ませる。
     或いはバトルマニアの周や、皆にも理解できる部分はあるかもしれない。
    「次郎、下がって」
     しかし無論、それだけでは居られない。
     美樹は傷深くなった次郎を呼び寄せ、次郎の頭に掌を乗せる。
    「よく頑張ったね。もう一踏ん張り宜しく」
     次は此処から共に癒し手として戦うのだ。
     一方の咲哉は、次郎が体勢を整えるまでの癒しを補填すべく、胸許にスートのクラブを浮き上がらせた。冷静な双眸に一瞬の感情が過った刹那、咲哉は逸足でアンブレイカブルに飛び込んでいく。
     アンブレイカブルは確実に削れていると、咲哉は状況を読んだ。
     相変わらず彼の拳は重いが疲れは滲んでいる。此方も削れてはいるが、周が放つビームが時折相手の手数を削いだ効果は大きい。
    「彼奴、面倒臭えな」
     アンブレイカブルが周を見る。
    「後ろへは行かせません」
     司は槍を旋回させると、異形の腕で突き立てた。槍の切先がアンブレイカブルの肩口を掠める。
     同時に、アンブレイカブルの鋼鉄拳が司を抉り、彼の躯が揺らいだのを美樹は見た。
     けれど、眼鏡の奥の三白眼は揺るがない。
     元より感情が滲むことは少ないが、それ以上に、司が心配ないと言うように気楽な笑みを見せたから、美樹は平生通りの所作で癒しを生み出した。
     ──回復は任せて。
     そう告げるように肯い、美樹が柔らかな光を戦場に注ぐ。
     美樹は護り手を支える確かな支柱だった。この陣を崩さぬ上で美樹の存在は欠かせない。
     そして、もうひとつ。
    「やられてばかりでは終われませんわ!」
     遂に零距離の砲台、ストレリチアの一撃が痛烈に爆ぜた。
     鮮血を思わず緋色を纏った彼女が、全身全霊を掛けて打ち込む紅蓮斬。それは治せぬ傷は無論、容易に癒し切れぬ衝撃を叩き込む。
     アンブレイカブルの躯が流石に大きく傾いた。
     それを見た想希達も、思わず掌を握る。
     一方で、ストレリチアの足が僅かに退いた。癒え切れぬ傷は深さを、彼女自身が悟ったのだ。
    「お前もう当てられへんなら変われや!」
     悟が罵りを上げ、前に躍り出た。
     本音と異なる言葉に胸は疼くが護るためだ。疲労で代わるのではない、力不足の所為だと思わせたかった。相手は、確実に仕留めるための技を持っている。
    「悔しいですが、致し方ありませんわね」
     空気を読むのも淑女の嗜みか、言葉を合わせ、ストレリチアが飛び退く。
    (「ストレリチアさんは粘りましたね」)
     彼女が講じた策が効いたのだろう。そう考えながら、想希は口許の血を拭う。
    (「俺も、まだ終われない」)
     柄を握り直して一閃、想希は今一度アンブレイカブルの拳に向って跳んだ。
     何度と知れない衝撃が地を伝う。
     咲哉と悟、司が抑えに奔り、美樹が癒しを捧げる中を、周は駈けた。名を問われたらどこにでもいる正義のヒーローだと返そう。その彼女は、颯爽と赤髪を靡かせ、目一杯に跳ね上がる。
    「さあ、魂の一撃を受け切れるか!」
     爆ぜるは、焔。
     彼女の拳は言葉以上に物を言う。アンブレイカブルに灼熱を齎す彼女の焔。それに、アンブレイカブルは吼えた。渾身の咆哮が焔を散らす。
    「オラァァッ! これで終わりかッ?!」
    「まだまだ!」
     朱那は空色の瞳をすうと細め、槍の妖気で氷塊を成した。
     氷塊は積み重ねてきた恩恵を孕み、一層大きく、鋭く尖る。
     悟と同じく、朱那もまた一切回復に手を割かず力を重ねてきたのだ。
     それが今、活かされる時。 
     ──行けッ!!
     朱那の妖冷弾がアンブレイカブルを貫いた。
     鈍い衝撃音。空に散る、爆ぜた氷片。
     それは初めて、アンブレイカブルの躯が地面に倒れた瞬間だった。
     直ぐ様起き上がるも、彼の拳は掲げられることなく落ちていく。
    「……修行不足だな」
     呟きが、ぽつりと零れ落ちた。


     アンブレイカブルはストレリチア達を見縊ってはいなかった。
     それでも力量差を上回るほどの戦術があった。
     彼も、それを認めたのだ。
    「もう終わりか?」
    「ああ、鍛え直すべき所は解った」
    「富士急へは」
    「行かねえよ。まだ、この様じゃ修行には挑めない」
    「ここに来たのは本当に修行のためだけってことか」
     周は肯うと、同じく後方に立つ朱那達を見た。朱那は視線を受け、肯いを返す。
     撤退させるか、灼滅まで戦い抜くか。
     自分達の戦略はアンブレイカブルの弱点を正確に付くもの、灼滅できる可能性は充分ある。
    (「でも、全員で立って帰れるかはわかんナイ、か」)
     朱那の視界には前衛に立つ咲哉達の姿。交代の余地はあるし倒れたものはいないが、夫々の傷は深い。アンブレイカブルとて余力はあるのだ。
     悟は想希を見た。彼の眼は闇に捉われてでも護る覚悟があった。無論、悟とて墜とさせない覚悟はあるが──、
    「分かった。それならいいよ」
     美樹が言い、弓を降ろす。
     目指すは灼滅。しかし各人多少の差異はあれど、相手が撤退するなら無理はしない方針の者が数あることも事実。咲哉も美樹の言葉に頷き、愛刀を仕舞う。
     他方、司は槍を強く締めた。それに気付いたアンブレイカブルが司を見る。
    「僕は柊と言います」
     アンブレイカブルを見返す司の眼には、確かに宿る意志。
    「僕も、強さを求めてます」
     司は言った。
     そして、アンブレイカブルは笑った。揶揄よりも愉悦が滲む笑みだ。
    「じゃあ強くなれよ。強くなった御前を俺がぶっ倒す」 
    「いいえ、倒されません」
     そう、倒れてはいけないのだ。
     司は美樹を一瞥した。自分に信頼を寄せてくれるを大切に思うなら、皆は勿論、自分自身も無事でなければならない。そうして司は静かに朱槍を降ろす。
    「おい、待てって」
    「まだ何かあんのか」
    「お前、名前は?」
     悟の問いにアンブレイカブルは瞠目した。
    「立ってたら教えてやる、だろ?」
    「そういう約束でしたわね」
     咲哉とストレリチアが言葉を繋げれば、ああと短く嘆息する彼。
    「五条虎之介」
     虎之介、と悟が言葉を反芻した。
     次に、彼が虎之介に投げたのは名前と電話番号を書いた名刺だ。
    「再戦はいつでも受けたる。連絡して来い!」
    「えらそーに。まあいいや」
     虎之介は名刺を受け取ると悟へタオルを投げた。最早水浸しのタオルであった。悟が突っ込みの声を上げるも、虎之介の姿は既にない。
    「まっ、みんなお疲れ様だな!」
    「ウン、頑張ったネ!」
     周と朱那の元気な声が響けば、周囲の空気が緩んでいく。
     美樹も二人の声に肯い、司の許に駆け寄った。
    「司、大丈夫?」
    「はい、大丈夫です」
    「そっか、よかった」
     二人の間を流れる、何時もの空気。そのまま、二人の足は帰路を辿る。
    「ちょっとぐらい、遊んで帰るわけには……この状態じゃ、いかないか」
     折角の機会だが、富士急ハイランドはまたの機会になりそうだ。
     想希は苦笑を零し、帰りましょうかと悟に微笑む。
     ストレリチアもまたふわりと白裾を翻して歩き出す中を、咲哉はふと、虎之介が居た方角を見た。
    (「……あいつも、ダークネスじゃなければ良いのにな」)
     空を仰げば、彼のような一直線の飛行機雲が、青の空に映えていた。

    作者:小藤みわ 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月20日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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