●筋肉的バスの旅
「俺の筋肉もひとかどのモンだと思ってたが……やっぱり、上には上がいるもんだなァ」
大型車両のサスペンションが生み出す振動を全身で受け止め、一人の男は呟いた。
「富士急ハイランド、そこで修行すりゃ一段と強くなれる。……そんなら、行かねぇ道理はないわな」
男の目指す地は、富士山のふもとに位置する一大テーマパーク。
しかし、そこへ行く目的はおおよそ通常の人と大きく異なっていた。
すなわち、修行。
その地にあるというブレイズゲートこそが、己の実力を一層高められると聞き及んでいるのだ。
「さて……そうと決まりゃ、今のうちからでも筋トレするか! クルマに揺られてるだけじゃ筋肉がなまっちまうぜ!」
男は、筋肉バカだった。まさに脳味噌すらも筋肉に侵食されているような。
「お客さーん、バスの屋根に登って腹筋とかやめてもらえます? あと乗るなら運賃ちゃんと払ってくださいよー」
「おう!? ……あ、さーせんっしたァー!」
男は、筋肉バカだった。割と常識が危ないレベルで。
●筋肉対策会議、始まる
「富士急ハイランドにー、行きたいかぁー!?」
灼滅者達の集まった部屋に、名木沢・観夜(小学生エクスブレイン・dn0143)の呼びかけと灼滅者達の呼応する声が響く。
「うん、いい返事だねっ! それじゃあ説明をはじめるよ。ええと、さいきん富士急ハイランドに少しヘンなブレイズゲートが出来たのは知ってるかな?」
なんでも、富士急ハイランドで突如出現しては探索後に消滅する、不思議なブレイズゲートが確認されているらしい。
「もちろん、そっちも気が向いた時に調べて欲しいんだけど……今回の本題は、そこにアンブレイカブルが修行しに来る事なんだ」
基本的に己を磨く事にしか興味のないアンブレイカブル。
修行場たるブレイズゲート以外には目もくれないだろうが、そこが不特定多数の一般人でごった返す富士急ハイランドでは、不測の事態も起こりうるだろう。
「だから、みんなはアンブレイカブルが入場しちゃう前に、なんとかしてお引き取りねがって欲しいんだ」
今回のケースでは、積極的に事件を起こそうという気はないらしい。
よって、標的のアンブレイカブルを灼滅せずとも、ある程度痛めつければ大人しく帰ってくれる目があるのだ。
「僕の予測にひっかかったアンブレイカブルの名前は、木原・武人(きはら・たけひと)。20代くらいの、男の人だよ。
特徴は三つ。脳筋、脳筋、それから……脳筋だね」
一つで充分じゃねえか!
「自分の筋肉をきたえる事が生きがいで、それ以外はべつに気にしないっていう、すっごいわかりやすい人だよ」
すなわち、本人は戦闘になったとしても積極的に一般人をどうこうする気はないらしい。
入場する前に対決を申し出て人のいない場所まで案内すれば、一般人への被害をほぼ完璧に防げると見ていいだろう。
「武人君はアンブレイカブルなだけあって、結構な強さをもってるんだ。
いろんな攻撃をものともしない筋肉と、すこしくらいの障害ならふきとばしちゃう筋肉が自慢みたい」
筋肉バカ、ここに極まれり。しかし、逆に言えば筋肉一本で灼滅者達と渡り合える強さを持っているという事だ。
がっしりした肉体が持つ耐久力と、その筋肉から生み出される圧倒的パワーには、充分注意したい。
「武人君は全力で戦って満足すれば、ブレイズゲートとか忘れて帰ってくれると思うよ。
もちろん、そこでえいやー! って灼滅したってかまわない。みんなの判断にまかせるよ!」
地味に悩める二択を言い残し、観夜は手を振って灼滅者達を送り出した。
参加者 | |
---|---|
遠藤・彩花(純情可憐な風紀委員・d00221) |
鈴鳴・梓(修羅の花嫁・d00515) |
檜・梔子(ガーデニア・d01790) |
鈴鹿・幽魅(百合籠の君・d04365) |
明日・八雲(十六番茶・d08290) |
神孫子・桐(放浪小学生・d13376) |
キング・ミゼリア(インペッカービレ・d14144) |
ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114) |
●筋肉修行と灼滅者
七月中旬。うだるような暑さのなか、その男は富士急ハイランドの入り口近くへ停まったバスから、大地へ降り立った。
「おお、こうして見ると壮観だなァ……んがっ!?」
「おっとごめんよ! 大丈夫……みたいだね、そのステキな筋肉なら」
ファーストコンタクトは物理的接触から。檜・梔子(ガーデニア・d01790)の流れるような謝罪と褒め殺しによって、武人も気を悪くした様子はない。
しかし悲しいかな、彼は誰に聞いてここへ来たかという問いに、笑いながら「忘れた!」と返す脳筋なのだ。
「なあなあ、どうやったらそんなにおっきくなれるんだ? 修行か? 修行なのかっ?」
「おうともさ! お前ももっと鍛えて筋肉つけろよ!」
そして巨大な筋肉とそれを支える肉体に、神孫子・桐(放浪小学生・d13376)が子供らしく素直な称賛と憧れの眼差しを向けている。
武人も満更ではない表情で応じているあたり、おおむね友好的な態度として受け取ったようだ。
はしゃぐ子供と笑う筋肉の構図は、灼滅者とダークネスである事を除けばさぞかし平和で微笑ましい絵になった事だろう。
「その鍛えあげられた肉体、さぞかし腕の立つ方と見受けられます。私達と手合わせ願えないかしら?」
場の流れが良い今こそチャンスだと、続けざまに鈴鳴・梓(修羅の花嫁・d00515)が本題を切り出した。
「おう、別に構わねェよ。ここでやるか?」
動機は違えど、もっと強さを得てさらなる高みへと至る目的は同じ。梓の瞳に宿った気迫を感じたのか、武人も野性的な笑みで応じている。
「あらあら、ここじゃあアナタにもちょォっと手狭じゃないかしらン?
アタシ、どうせならアナタのそのナイスな筋肉が全力で躍動するトコロが見たいのよ♪」
すぐにでも戦闘を始めそうな武人を、キング・ミゼリア(インペッカービレ・d14144)がなだめつつ他の灼滅者がいる場所まで誘導していく。
随所に筋肉賛美を盛り込んでいるのは良いフォローだが、なんというか言動や筋肉を見る目が本気かつ熱が入っていて色々を怖い。実際コワイ。
「鍛錬に力を入れているのは良いのですが、常識を外れた行動をしているというのが問題ですね。勉学と道徳にも取り組んで欲しいのですが……っとと、来たようですね」
ところ変わって、入り口から少し歩いた場所にある開けた空き地。
小声で更生すべき点を洗い出していた遠藤・彩花(純情可憐な風紀委員・d00221)が、更生対象とそれを誘導してきた灼滅者を確認して待機組に呼びかけた。
「見れば見るほど、良い筋肉ですわね。ドラミングでもすれば、良い音が出そうですわ」
じっくりとなめまわすように武人の全身を観察した鈴鹿・幽魅(百合籠の君・d04365)が、立派な胸筋をゴリラの胸部と重ねて呟く。
威嚇など必要なさそうなアンブレイカブルであるが、もし実践したならばその効果はかなり大きいものとなるだろう。
もちろん、その奇行からなるべく逃げたいという人が大半であろうが。
「その無駄のない洗練され鍛え抜かれた筋肉……ししょうと呼ばせて下さい!」
強者に対する敬意と期待を込め、そんな事を口走りつつ戦闘の準備を始める明日・八雲(十六番茶・d08290)。
「人数差はししょうとのハンデ! 遊ぼうぜ、本気で!」
「Ja! ココなら誰かガ来る心配、ありマセン」
これまで様子を見ていたローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)も、いよいよ戦闘が近いと踏んで沈黙を破る。
シャドウボクシングの姿勢で武人を誘えば、彼も両拳を突き合わせて応戦のサインを送っている。
「良いぜ、いっちょ派手に暴れてやるか!」
「OKey、受けて立ちマショウ!」
戦意は上々。灼滅者と筋肉との開戦を告げるゴングが、今鳴り響く。
●脳筋曰く唸れよ筋肉
「さあ、まずは俺からだな!」
誰よりも早く動いたのは、やはり武人。
ダメージ減衰を考えずにまとめて殴ろうという実に脳筋な思考により、前衛を務める灼滅者達へ筋肉の筋肉による筋肉のための祭典が襲いかかる。
「だいじょうぶ、なにが来たって桐がどんどん回復するよ!」
筋肉の巻き起こす旋風も、桐の招いた風でいくらか相殺に成功していた。
初撃を何とかやりすごした灼滅者達だが、減衰してもなお相応の威力を持っていた筋肉の威力に戦慄するばかりである。
「ここからはみんなの番だ、頑張ろう!」
何度も攻撃を喰らうのも、ましてや回避し続けるのも難しい。狙うは全力を出し切っての消耗戦だ。
「筋肉で負けてるぶんスピードで勝とうと思ったのに……負けてる!?」
先制攻撃を逃し、スピード面でも十全な動きをする武人を見て、八雲も驚愕を隠せない。
しかし、そこで立ち止まっていては負けを確定させるだけ。
今よりも早く、より洗練させるようにして、八雲は己の動きを更なる高みへと昇華させていく。
「今は及ばなくても、最後は負けないし! そのうち俺もめっちゃ強くなって見返してやるし!」
「面白ェ! お前さんはスジがいいから楽しみだぜ!」
自分より強い存在を追い抜こうとする強い思いを込め、八雲は己の拳を目にも留まらぬ速さで突き出す。
その顔に浮かぶのは、心からの楽しみ。強敵と相対する事は、それだけでも心躍るものなのだ。
「確かに筋肉は重要。けれど、筋肉だけでなく適度な脂肪もなければ、魅力的なダンスは踊れませんわ」
そう言い放った幽魅は、自らの発言を証明せんと豊満な肉体を見せつけつつ熱の入ったダンスを披露していく。
筋肉のみでは再現出来ないその振り付けには妙に熱が入っており、彼女のアイデンティティが存分に発揮されているのは確かだ。
「あいにくと、俺ァこの筋肉があればそれで良い。特に胸にそんな脂肪があったら動きにくくてしょうがねェや!」
「あらストイック。やはり相容れないものですわね」
幽魅と武人の目指すものは、全くの逆方向。しかし、どちらかが悪という事はないのだ。
「ああ、こだわりを持つだけあってステキな筋肉の動きね……思わず鼻血噴出しちゃいそうよン」
華麗に戦い続ける武人に心底惚れ込んでいる様子のキングだが、気に入っているからこそ戦闘に手を抜く様子はない。
確実に当てていける技を常に選択しつつも、積極的に他の灼滅者達を庇える位置を取っているキングの姿は、色々とタガの外れている見てくれに反してとても合理的なものだった。
「是非ともヴァカチン王国の騎士に推薦したいところだけど、ダークネスってところだけがネックなのよね」
「安心しろ、誰かに仕えるなんてハナから俺の性に合わねェ」
軽口を叩く二人だが、その攻防は水準の高いものだ。
傍からは筋肉バカと怪しい格好の男が殴り合っているだけにしか見えないのが痛いところだが。
「筋力や体格が劣っているが、そこで退いたらヒーローがすたる! 筋肉ロードを強引ぐマイウェイで走るなら、このガーデニアが相手だ!」
いつの間にか覆面をつけた梔……ガーデニアも、意気揚々と筋肉バカへ立ち向かう。
相棒のライちゃんも主人や仲間を守るべく戦場を駆けまわっており、ヒロイックな活躍と周囲へのサポートをきちんと両立している事を伺わせる。
「脳筋脳筋って言われてるけど、さすがに頭まで筋肉じゃないだろ! 必殺のガーデニアバスターだー!!」
強気な宣言と共に地獄投げが決まり、この時ばかりは武人も苦しげな声をあげた。
しかし、直後には「良い技だな!割と効いたぜ!」とイイ笑顔で言ってくる辺り、彼のタフさも尋常ではない。本当に頭まで筋肉がありそうな勢いである。
「Hey! Attackするならコッチデス!」
ローゼマリーもディフェンダーとしての役割を果たさんと、隙を見て痛烈な一撃を放ち、武人の意識をこちらに向けさせている。
筋肉の力で自己回復する武人は回復の副次効果で冷静さを取り戻す事もあるが、バッドステータス回復のために一手を使わせたという考えならば安いものだ。
「挑発なら、乗ってやらねェと……なッ!」
あくまで愚直に、武人は売られた喧嘩を真正面から買っている。
鍛えあげられた筋肉から放たれる一撃は、何の小細工もなくまっすぐに、だがそれ故に最大限の威力をもってローゼマリーへと向かった。
「っ! マダマダ、これからデスヨ!」
何とか受け止め切るローゼマリーだったが、ディフェンダーでなければ一撃で意識を持っていかれそうな衝撃を受け、かなりの痛手を負っている。
「このままじゃ回復が間に合いませんね……ランケさん、これを!」
筋肉スマッシュを脅威と捉えた彩花が、負傷したローゼマリーにもシールドを展開させる。
風紀委員は風紀を守らせるための番人。しかしその根底には、規則によって生徒を守りたいという強い思いがあるのだ。
「回復し次第、すぐに反撃します。この戦闘を乗り切って、絶対にあのダークネスが不用意に暴れないようマナーを教え込みますよ!」
脳筋ゆえに、ふとした事で大惨事を巻き起こしかねない武人。
その危険を少しでも減らすための提案は実に風紀委員らしいが、他の灼滅者達も同意するように力強く頷いていた。
「テンション上がってきたなァ! 良いぜこういうの、俺も力の出し甲斐があるってモンだ!」
「そこまで全力を出してくれるなら……貴方の力、借りるわよ?」
こちらに向けられる力の向きを的確に読み取り、梓はほんの一瞬のタイミングと紙一重の位置を狙い──武人の巨体を、見事に投げ飛ばした。
「技によって力を制す、これが私の信仰する武道。柔と剛という方針の違いはあれど、貴方の筋肉信仰にだって負けはしないわ!」
したたかに地面へ全身を打ち付けた武人へ、勝ち誇ったようにそう宣言する。
まっすぐに向かってくる力があるのなら、そのベクトルを変えてそのまま返してやればいい。相手が単純かつ強ければ強いほど、その戦法は効果的だろう。
「いつつ……ああ、こりゃ一本取られたな! それじゃ今回はここまでにすっか!」
渾身の一撃を食らい、武人は寝転がったままで戦闘の終了を提案する。
これ以上の攻防は、お互いにとって小さくない代償を支払う事になるだろう。灼滅者達も、今回は穏便に帰っていただく方針を取ったようだ。
●筋肉乱舞のその後で
「……公共の場で最低限守るべきマナーは以上です。分かりましたね?」
「お、おう……」
灼滅せずにダークネスを排除するという選択をした以上、後々になって大事件に発展するのは避けたいところ。彩花はこれ以上ないほどみっちりと時間をかけ、武人へマナーを守るのも修行だと言い含めていた。
「帰りはきちんとルールを守ってバスに乗ってくださいましね。運賃が足りないのなら、貸しますわよ」
そこへ念押しのようにかかる幽魅の言葉。バス代なら大丈夫だと告げる武人の表情も、さすがに辟易したものとなっている。
最後にローゼマリーの質問へ笑いながら「忘れた!」と返し、筋肉バカは去っていった。
それが真実かどうかは分からないが、この脳筋具合なら本当に忘れていたとしても納得してしまいそうなのが恐ろしいところである。
「あの筋肉、敵にしておくにはとっても惜しい逸材だったわね……運命って皮肉」
後ろ姿を眺めていたキングが、名残惜しそうにそうつぶやく。
全力で戦い、武人と同じ満足感を共有していた梓と八雲もそう思っていたようで、その発言に同意して頷いている。
「でも、みんな無事だしひどい結果にならなくてよかった! 一件落着したし、桐は遊園地にいきたいなー」
「あれだけ大立ち回りして元気だねー、ボクはもう限界……」
まだまだ元気いっぱいの桐が、富士急ハイランドの入り口を期待の眼差しで見ているが、体力を使い切ったであろう梔子は今にも寝てしまいそうだ。
いずれにせよ、既に対処すべき危険がなくなったのは確実。
この結果が何をもたらすのかはまだ分からないが、灼滅者達はひとときの平和を得られたのだ。
作者:若葉椰子 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年7月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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