竜胆は群れず咲き誇る


     弟子志願を一蹴され、多勢で挑みながらもたった一人に軽々と地に伏せられ――ああ、思い出すだけで腹立たしい。
    『高み』に座する強者どもよりも、決定的な己の弱さが。彼女には許せなかった。
     自分には鍛錬が必要なのだと理解し、大きなリュックサックを背負って駅構内へと踏み入る。

     ――武の頂きは常に一つ。
     ならば、あたしがそれに登り詰めてやりましょう。

     今よりももっと強くなり、あの柴崎・明を見下ろすまでに至ってみせるのだ。

    「お嬢ちゃん、ひとり? そんな大荷物しょって何処いくの」
     一人の少女がホームへと向かう途中、背後から優しげに声をかけられる。
     だが優しげ――というより、少女にとっては嘲りのように聞こえた。小学生ほどの幼い容貌だからと、見くびっているのか。
     自分のプライドを汚されたばかりである今の少女は、『子供だから』と侮られる事に普段よりも敏感になっていた。
     苛立たしく思いながらも振り返れば、そこにはやせ細った体躯の貧弱な青年がいた。
     見下ろすようなニヤついた笑みが、自分のことを馬鹿にしているように見えて鬱陶しい。
    「……はあい? ただの『しゅぎょう』ですよん」
     甘ったるい声色で答えながらも、殺気を纏って一度だけギロリと睥睨する。
     こんな軟弱な精神の弱者など、相手にするまでもない。
     威圧感に苛まれて無様に肩を震わせる青年になど目も暮れず、到着した電車へ乗り込もうと少女は駆け出す。
     その拍子に、彼女のリュックサックに飾られている『竜胆』と記されたネームプレートが跳ねるように揺れた。

     ――『竜胆』が向かう先は富士急ハイランド。柴崎・明に示された、新たなる修行の場。

    「みんなも既に知ってるかな? アンブレイカブルたちが次々と富士急ハイランドへ向かっているのを」
     資料を小脇に抱えた須藤・まりん(中学生エクスブレイン・dn0003)が、灼滅者たちにそう問いかける。
     話によると、どうやら富士急ハイランドにブレイズゲートが出現したのだという。
     そのブレイズゲートは不安定な存在であり、突如あらわれたかと思えば探索をし終えたのちに消滅するといった奇妙な特性がある。
     以前、富士急ハイランドでは灼滅者をも巻き込んだご当地怪人選手権が開催された。
     しかし、あの時に集められたサイキックエナジーと今回の迷宮化に関係があるかどうか、現状は不明であるとまりんは語る。
    「このブレイズゲート、後でみんなにも探索に行ってもらいたいけれど……まずはアンブレイカブルをなんとかしなくちゃね」
     今も観光客で賑わっている富士急ハイランドにダークネスが現れたとして、何か事故が起こってからでは遅いのだ。
     たとえ純粋に修行の為だけにブレイズゲートを目指しているとしても、奴等を止めなくてはならない。
     今回、灼滅者たちが阻止すべきアンブレイカブルは駅を使って富士急ハイランドへ行くのだという。
     富士急ハイランド駅で待ち構えていれば接触もでき、周辺には人目につく危険性のない場所も存在する。
    「なのでみんなには、彼女が入園する前に人気のない場所に誘導して、そこで撃退してきてほしいの」
     屈強な大男などを思い描いていた灼滅者たちは、まりんの言葉に違和感を覚えた。
     ――彼女が言う『彼女』というのは、『アンブレイカブル』の事を指すのだろうか。
     彼らの顔に浮かぶ疑問の色に気がついたまりんは、慌てて説明を付け加えた。
    「え、えっとね! みんなに阻止してもらいたいアンブレイカブルは『竜胆(りんどう)』っていう女の子なの。
     見た目は小学校入りたて、って印象かな。華奢な体つきだけど、とっても強いから気をつけてね」
     竜胆は大きなリュックサックを背負っており、一見すると可憐でお喋りな少女である。
     しかし闘いとなれば、その幼い齢とは相反する鋭い殺気を放って我々と対峙してくる。
     それにアンブレイカブルというだけあって、竜胆は灼滅者たちよりも格上の能力を持っているのだ。
     彼女を灼滅するより、この場は撤退させる方が良策だろう。
     まりんは不安で顔を澱ませながら、灼滅者たちと改めて向き合った。
    「強くなる為なら、自分を見つめ直すこともできる子なんだ。
    『自分がまだまだ未熟』なんだってあの子が認めれば、退散してくれるかもしれない。
     どうか彼女が納得できるように全力で闘ってきて。けど――無理は禁物だよ?」
     灼滅者たちの無事を切に祈りながら、まりんは精一杯に微笑んだ。


    参加者
    朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)
    三島・緒璃子(稚隼・d03321)
    トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)
    李・夢華(喰う寝ることにバトること・d10840)
    弓塚・紫信(煌星使い・d10845)
    氷咲・六花(氷結炎華・d18091)
    瀬川・市丸(猛き炎を射抜く者・d18100)
    ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)

    ■リプレイ


     遊園地・富士急ハイランドは、今日も大勢の観光客で賑わっていた。
     仲睦まじく腕を組んで入場するカップル。まず最初は何に乗ろうかと楽しげに話し合う家族連れ。
     平和な『日常』を謳歌する人々が、これから『非日常』へと身を投じる灼滅者たちの目の前を通り過ぎてゆく。
     玄関口の脇にて待機する灼滅者たちの一人、朧木・クロト(ヘリオライトセレネ・d03057)はやれやれと呆れた様子で溜め息を漏らした。
     ご当地怪人選手権に続き、今回のブレイズゲート出現。『見えざる圧政』の脅威を識る者は、これから安心して此処へ訪れることはできなさそうだと想像する。
    (まぁ、アンブレイカブルが此処へ来る理由は『修行』の為らしいが……後々面倒そうだからな)
     騒ぎが起こってしまう前に、我々の手で追い返さねば。改めて、クロトはそう認識する。
     すると間もなくして、一本の電車が到着した。大きなリュックサックを背負った幼い少女が一人、駅のホームに降り立つ。
     それを目撃した瞬間、氷咲・六花(氷結炎華・d18091)がキラリと目を輝かせた。
    「遂にこの時が来た! りんどうを人気のないところに連れて行けば良いんだよね! ちょっと拉致してくるよ!!」
    「え、ちょっ!? 六花!?」
     仲間の制止を振り切り、超全速力で富士急ハイランド駅へ向かう六花。相談卓ではみんな微笑ましくツッコんだのに。ああ、これはまずい。
     皆でなんとか後を追い、駅舎内に入って中を見渡す。――すぐに見つかった。
     いつの間にか大きなタンコブを頭に作り、正座して仲間たちを待つ彼女の姿はなんとも目立っていたのだから。
    「さーせん、失敗しました」
    「そりゃ、そうなるだろう……」
     だがそのパワフルな行動力はある意味、賞賛されるべきだろう。
     ちなみに、六花に一撃を見舞った張本人である幼い少女――竜胆は、すぐ傍らで不機嫌そうに腕を組んでいた。
    「えーと……何事なんです? あたし、はやく修行しに行きたいんですけれど」
     まさか新手のナンパ? とでも言いたげな疑いの目で灼滅者たちを睨みつける。
     早々に接触できたのはラッキーだったが、まずは誤解をとかなければ。
    「私は三島緒璃子。竜胆、主と手合わせ願いたく参じた」
     まず、前へ出たのは三島・緒璃子(稚隼・d03321)であった。告げた申し出は紛れもない、正々堂々たるもの。
     凛然とした緒璃子の目を見て、竜胆は関心を抱いたのだろう。腕組みを解き、灼滅者たちの話を真面目に聞き入れようとする。
    「手合わせ……ですか。八人総出で?」
    「そうそうっ。ちょっと私たちに付き合ってくれないかな?」
     ホットドッグの最後のひとかけらを頬張って、李・夢華(喰う寝ることにバトること・d10840)が拳を構える。
     隙の見えないファイティングポーズ、余裕を持った笑み。同じ格闘家である竜胆ならば理解してもらえるだろう。
     ――夢華達がただの無謀な一般人ではない、灼滅者であることに。
    「……なぁるほど。宜しいですよ。あたしもスレイヤーさんと一戦を交えるのは初めてですしね」
    「ご理解いただけてなによりです。しかし――」
     トランド・オルフェム(闇の従者・d07762)が軽く一礼し、頭を上げたのちに後方へと優雅に手を向ける。
    「少々ここじゃ問題あり、かな。人目につかない所に移動してもらえると助かるよー」
     望ましい場所がこの近くにあるからと、瀬川・市丸(猛き炎を射抜く者・d18100)がのどかな声色でそう付け足す。
     少し思案した様子を見せたのち、竜胆はそれに了承した。戦いに誇りを重んじる彼女としても、同じ気持ちであるからだ。

     灼滅者たちが事前に調査し、戦場として定めたのは高速道路の真下であった。
     草むらが茂っており、少しばかり足場は不安定であるものの、広々とした場所であるゆえに戦いに支障はほぼ無いといって間違いない。
    「ニンポー・殺界形成!」
     ハリー・クリントン(ニンジャヒーロー・d18314)が印を組み、人避けの術を展開する。
     忍者たる少年から放たれた殺気は、富士急ハイランドに続く道にまで及ぶ。これで第三者が戦いを邪魔することは起きないだろう。
     トン、と靴のつま先を鳴らして、竜胆が黒き殺気を足元から身体へまとわせる。
    「ではでは、始めましょうか? 退屈させないでくださいよっ」
    「Hope the Twinkle Stars――いざ、尋常に、勝負ですっ!」
     殲術道具を解き放ち、弓塚・紫信(煌星使い・d10845)が彼女の宣言に応じた。鮮やかな赤の髪がふわりと揺れ、緑の野原を彩る。
     一輪の花を散らすことができるか、否か。全ては灼滅者の力量次第。
     やや離れた位置に佇む竜胆が深く踏み込んだかに見えた、その瞬間――――目の前に、ふてぶてしく笑みを浮かべる幼い少女の顔が迫った。


     敵に初手をとられた。それに気づくより前に、トランドの鳩尾に拳が鋭く叩き込まれる。
     その打撃を直に感じて、青年は成程、と呟いたのち眼鏡をさり気なくかけ直す。
    (大変可憐な容貌ながら、これ程の膂力を持っているとは……無闇に怒らせては後の祭りでしょう)
     レンズの奥で細められた金の双眸が、鋭く冴え渡る。
     ミッション遂行はあくまで理知的に。個々の能力をただ奮っても敵わないのならば、連携で補うまで。
     前線に立つ灼滅者たちが、トランドが解き放った魔の霧によって包まれる。曇った視界に警戒し、目を凝らす竜胆。
     やがて晴れかけた霧を裂くように、道着を翻して緒璃子が駆け抜けた。
     常に精神を研ぎ澄ませ、その黒の瞳は真っ直ぐに相手を見据えて。
     構える野太刀の刀身が陽に反射して閃いた刹那、上段から渾身の斬撃を振り下ろす。
     対する竜胆は頭をガードするように両腕を掲げ、斬り込みを直接受け止めた。砕斬小町の刃を伝って、手応えを感じる。
     その全力を賭した一撃は決して浅いものでは無いものの、相手の左腕から流れる血の量は少ない。
     致命傷に至っていないということはすぐに解せた。
    「緒璃子……おねーさんで宜しいですか? 一撃に曇りが欠片もない。あたしの事、子供扱いしないのですね」
    「見ただけで分かる。主も私と同じ――紛う事なき武人ぞ」
     ――それと同時に、相容れない宿敵でもある。
     故に、この戦が『鍛錬』であろうと緒璃子は本気で挑んでいるのだ。
     次いで飛び込んだクロトが死角へと回り込む。竜胆の身体を斬り裂いて防御を破ったのを見計らい、夢華が己の両拳に雷を宿す。
    「さあ、愉しもうか、竜胆ちゃん! ふっとべぇぇぇっ!!」
     快活な掛け声とともに踏み込み、跳躍。迸る拳で打撃を叩き込んだ。
     その反動で竜胆の小さな体が後退し、地面の砂埃が草ごと巻き上がる。
    「まーだまだ……足りませんねぇ。もうちょっと派手に参りましょうよっ」
     然れどニヤリと笑んで、幼き格闘家は再び身を構える。身体に纏う黒の影が、陽炎のように揺らめいた。
     元気に満ち溢れる竜胆の様子を見、紫信はくすりと微笑を零す。
     志が気高く、アンブレイカブルであろうとも、子供らしい部分は残っているのだと感じて。
    「ばっ……馬鹿にしてるんですか!?」
    「すみません、可愛らしかったものですから……♪」
     不機嫌そうな竜胆に対してそう素直に謝りながらも、爪弾くように鋼糸を操る紫信。
     糸を絡ませて容赦なく縛り上げられた竜胆へと、ハリーが黒の殺気・ニンポー鏖殺領域を放つ。
     その間にもじっと注意深く奴を観察するその目は、影に隠れて生き抜く用心深い忍者特有の――ものではないようだ。
     何故なら彼は、ある一点の部位を主に見つめているのだ。充分に堪能したのち、ハリーはグッとサムズアップを示して赤いスカーフ越しから一言。
    「まだまだ発展途上でござるが良い物を持っているでござるな!」
    「何のことですッ!?」
     胸部を両腕でかばう竜胆。真剣勝負なのか、それともおちょくられているのか。複雑な心境のまま次の一手に備える。
    「よそ見してると危ないよおおお! どーん!!」
    「なああっ!?」
     鮮烈な音波をBGMに、ライドキャリバーのデイジーが猛スピードで突っ込んできた。
     ぐらりとよろめく竜胆に追い討ちをかけるかの如く、六花が鳴らすソニックビートが鼓膜を劈く。
     八対一。数であれば灼滅者側が圧倒的に優勢ではあるものの、能力的にはやはり竜胆が優っていた。
     連携攻撃をこうして繰り返しているのにも関わらず、奴は膝を折る様子をまったく見せないのだ。
     見た目が幼いが故に、『強くなりたい』『誰にも負けたくない』という向上心は誰よりも堅いのだろう。
     その精神を垣間見て、市丸はしみじみと関心した。敵であろうと、奴の心意気は純粋に気に入っていたのだ。
    「けど、僕たちだって負けてられないよねぇ? もう一丁、行きますかぁー」
     仲間たちを見渡し、問いかけるように鼓舞を送って祭霊光を放った。


     技と技が幾度も交錯しあい、戦場を照りつける陽は夕暮れへと姿を変えていく。
     しかし争いが長引くにつれ、疲労が蓄積して肉体が悲鳴をあげるのは当然の摂理であった。
     肩を上下に動かして苦しげに呼吸すれば、額から汗が滴り落ちて地面をほんの僅かに潤す。
     それは灼滅者だけに限らず、竜胆も同じ。だが、長時間の戦いがもたらしたのは疲労だけでなく――。
    「ああー……皆さん。あたしを灼滅する気はないんですか? 随分と、舐められたものですね」
     尋ねるようにそう告げる竜胆。
     彼らの一撃、一撃を何度も身体に受けて。一臂とたりとも目を背けず、互いに立ち向かいあった結果、奴は彼らの気持ちすらも受け止めたのだ。
     だがそれを知った竜胆の瞳は怒りで燃え滾っている。
     アンブレイカブルは常に最高の死合を求むもの。中でも竜胆は、戦いに誇りを重んじるタイプ。
     だからこそ、自分をこれから見逃そうと考える灼滅者たちが戦いを侮辱しているのだと感じたのだろう。
    「手加減無しで挑んでんのは変わらねーけどな」
     それに対して、クロトが率直に反論する。ロッドを叩き込ませたと同時に爆発を起こし、その衝撃で竜胆の身体がまたも吹っ飛ばされる。
     こうして幼い少女を八人で相手取る事に、少なからずクロトは罪悪感を覚える――が、奴は少女である前にダークネスなのだ。
     自分だけでなく、全力を以て対峙しているのは仲間たちも同様だろう。
    「ええ。もし我々の力を認めてくださるなら、この場は退いていただきたいのですが……ね」
     奴を決して怒らせぬよう、静かで理性的な声音で撤退を促すトランド。
     その間に彼の足元で影が蠢き、やがて大型の狩猟犬へと姿を変える。
     召喚されたトランドの獣は音もなく疾走し、竜胆の背後に回り込んで喰らいついた。
    「死は最大の敗北。生きていれば勝ちも負けもないにござるよ」
     まるで死に急ぐようにも見て取れる幼き武人を、なんとか諭そうとするハリー。
     己は生粋のアメリカンニンジャであるが故に、武人の礼儀や信条は分からない。
     しかし、ハリーの尤もな言い分に対して、竜胆は何も反論ができなかった。言い淀み、うつむいて悔しそうに拳を握る。
     互いが満身創痍でありながらも、勝負は未だ続行される。
     だが逆に考えれば、この戦いの行く末を此処で予想し始めたということは、竜胆も限界が近いのだ。
     必死に駄々をこねる子供のように、意地を張って負けを認めたくないのだろう。
    「あたしが……そう簡単に退くとでも!? 生き恥をかかされるなど、まっぴら御免こうむりますッ!」
     握っていた拳を手刀に変え、竜胆が叫ぶ。
     振るった腕の指先から放たれた黒の殺気が、カッターのように鋭い刃へと変化してゆく。
    「うわー、もうだめだー!」
     それを受け、六花が派手に投げ出されていった。この調子で次々と奴の攻撃が命中すれば、逆に灼滅者側が敗北を喫する可能性が高い。
    「バトルオーラ……全力展開、穿て!」
     そうさせるものか、と夢華がその身の『気』を手に集め、掛け声に合わせ一気に放つ。
     圧倒的な煽りによって自分の身体すら後ろに下がってしまう。トドメとばかりに撃ち出したオーラの威力は凄まじいものであった。
    「ぐっ……ああああああッッ!!!」
     夢華がキャノンを出し切ったあとに残ったのは、僅かながらの静寂。
     最後まで竜胆はその身を地に伏せることはなかった。
     しかし、その目には涙が滲んでいる。言葉には出さずとも、受け入れたのだろう。

     ――己の中で、二番目に嫌う『敗北』を。


    「お疲れ、竜胆ちゃん。愉しかったよ」
     戦いを終えたのち、最初に声を掛けたのは夢華であった。晴れ晴れとした笑顔で、ポンと相手の肩に手を置く。
     竜胆は何も言わず、ただ放心したような様子で空を見上げていた。
     夕陽は沈みかけているものの、今は夏。この時間になっても、まだ空の色は明るい。
     敗北が悔しい。だが、これから自分は何をすべきか。彼女にはこれから考えることが沢山あるのだろう。
     それを察した市丸がそっと近寄って、穏やかに語りかける。
    「悔しい?まだまだ強くなれる証拠だよー。あ、強くなられちゃ困るんだけど。でも、また戦おうねー」
     ――強くなれる、証拠。
     敗北は『恥』であると思わず、次への糧にするべきなのだ。
     すぐに立ち直るのは難しくとも、再び相見える日が来ることを、灼滅者たちは望んでいた。
     やがて両目を拭い、スッと竜胆は立ち上がる。背負うリュックサックを揺らし、灼滅者たちへ頭を下げた。
    「お相手、ありがとうございました。……あたしも、まだまだ未熟ですゆえに。
     もっと強くなって、皆さんをいつかコテンパンにしてみせますので、そのつもりで!」
     それは未来への宣戦布告。果たすべき時が来ることを、お互いに心から願って。
    「またお手合わせ、よろしくお願いしますね。いつだってお待ちしていますから」
     その言葉に、紫信が応えた。少女のようなその容貌にたおやかな笑みを浮かべる。
     対する竜胆も、ボロボロになった顔にめいっぱいの笑顔を表し、踵を返して戦場を後にした。
    「竜胆! いずれまた遣り合おうぞ!!」
     その背中へ向けて、凛と明るく声を張って緒璃子が宣する。
     遣り合う。それは好敵手としては勿論であるが……『奴』は人類の敵ともいえるダークネスであることに、変わりはないのだから。

     ――次は、討つ。

     自らの背に強い殺気を感じた竜胆は、負けじとばかりに足元の影をゆらりと揺蕩わせた。
    「……竜胆の花言葉は『誠実』でござったな」
     ハリーがふと、誰にも聞こえぬほどの声音で呟く。見送りながら静かに願った。
     あの真っ直ぐな拳が、変わらずにいてくれれば――と。

    作者:貴志まほろば 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ