夏休みを控えた学園の食堂。放課後だけあって人影もまばらだ。見知った顔を見かけて、猪狩・介(ボアラット・dn0096)は声をかけた。
「どしたの。暗い顔しちゃって」
話しかけたのは口日・目(中学生エクスブレイン・dn0077)だった。いつも浮かない顔をしているが、今日は一段と表情がさえない。
「またえっちぃ予知でもした?」
「もぉ、なんで介くんはいつもそっちに結び付けんの。……グロい予知してもうただけや」
関西弁がだだ漏れなのには気付いていない様子。エクスブレインとしてそれなりに予知をしてきた目だが、エログロは未だに苦手らしい。
「ふぅん……そうだ、いいことを思い付いたから今度の休み空けておいてよ」
「え? ちょい待っ……」
ニヤリと笑って介は席を立つ。慌てる目を尻目に、食堂をするりと出て行った。
「というわけで、視聴覚室でゲーム大会を開催するよ。題して『ゾンビ克服大作戦』!」
視聴覚室のプロジェクターでゲームをやろう、と介は言う。彼の手にはゾンビ系シューティングゲームのパッケージ。大画面と大音響でプレイするゲームは大迫力に違いない。さらに目を巻き込んでゾンビに耐性をつけようという魂胆らしい。
「実は目の誕生日が近いんだ。一緒にお祝いしてあげたいなって。生憎、僕はそういう経験が乏しくてね。みんなの力を借りたいんだ」
目は不器用だが、根はたんじゅ……素直だ。誕生日を気にかけてもらえれば喜ぶはず。一言もらえるだけでも嬉しいだろう。
「でも、メインはゲーム大会だから、目と知り合いでもでなくても、いっぱい楽しんでね」
そう締めくくると、介はゲーム大会の詳細を記したプリントを手渡した。
●
休日の視聴覚室には、十二人の灼滅者と一人のエクスブレインが集まった。主催者である介がお決まりの挨拶を始める。暗い室内に、ぼんやりと小さなシルエットが浮かんだ。
「みなさんお忙しいところ、お集まりいただきありがとうございます……というわけでゲーム大会開始だよ!」
リモコンのスイッチを押した瞬間、スクリーンにはゾンビゲームのオープニングが大音量とともに映し出される。説明を受けていない目は悲鳴を上げて飛び上がった。
「これは何!? 何事!?」
慌てる目に、玲那ははじめまして、と名乗ってから説明を与える。
「苦手ものを克服しようということで、猪狩さんが誕生日のお祝いで用意したんですよ。……せっかくですから楽しまないと、ね?」
玲那は微笑み、銃型のコントローラーを手渡す。目もそう言われては退くわけにはいかない。立ち上がり、スクリーンの前に立つ。その瞬間、介がボタンを操作し、ゲームが始まる。武器は二人ともマシンガンを選択した。スクリーンいっぱいに現れたゾンビの群れを、玲那はバン、バン、と素早く片付けていく。一方の目は必死にトリガーを引き続けるも、狙いが定まらない。玲那がかばうが、それでもスコアは芳しいものではなかった。
「ごめんなさい、私のせいで」
「いえ、楽しめたならそれでいいんですよ。……では、これからもよろしく」
玲那が右手を差し出すと、目も照れつつそれに応えた。
「じゃあ次は私だよ!」
元気よく手を上げ、今度は璃理がスクリーンの前へ。ゾンビを引きつけ、ショットガンでテンポよく狩っていく。さすが土星からやって来た魔砲少女(自称)、銃火器の扱いはお手の物だ。目もさすがにショットガンなら外すことはない……はずだ。
「ふふふふふふふふふぅ~♪」
トリガーハッピーとはまさしく彼女のこと。興奮でにんまりと笑みを浮かべながら、ステージ2までをクリア。そしていつの間にか淹れた紅茶を優雅にすする。そのときだった。
「璃理さん、うしろうしろ!」
ステージ3が始まった瞬間、死体を寄せ集めたヘビのような化け物がプレイヤーキャラに迫る。
「あ」
虚を突かれたプレイヤーキャラは首をもがれ、なすすべもなくゲームオーバー。魔砲少女の道は険しいようだ。
●
この手のゲームにはあまり馴染みがないのか、流希は感触を確かめるようにコントローラーを握る。
「一緒にやってもらえませんかねぇ? 私はあまり上手ではないので」
「あ、はい。私でよかったら」
誘われ、目も一緒になってゲームに参加する。
「いやはや、こういったゲームをプロジェクターを使って楽しむ日がくるとは……」
ショットガンを構える流希の目の前にはゾンビの群れが押し寄せる。画も音も、全てが大きく、家庭用のゲームとは思えない臨場感だ。目もさっきよりはましという程度には頑張った結果、そこそこの、可もなく不可もなくというスコアに落ち着いた。それでも、目には進歩ではあろうか。
「いやはや、ゾンビ克服ならばゲームもいいですが……映画も良いですよ…………?」
誕生日プレゼントとして流希から贈られたのは、ホラー映画やアクション映画のDVD。目も例を言い、ありがたくありがたーく受け取る。怖い怖いと言いつつも、なぜか夜に観てトイレに行けなくなること請け合いである。
「目、誕生日おめでとう。お祝いにゾンビマイスターたるボクがゾンビの何たるかを教授しよう」
「ぞ、ゾンビマイスターっ!?」
始めて聞く単語に、目の緊張感が高まる。折花は不敵に笑うと、コントローラを差し出した。
「習うよりも慣れろ、だ」
「は、はい?」
「ゾンビの動きは基本的に単調だ。こちらが武器を持っている前提なら、不意打ちにさえ気を付ければどうということはない。ただし、ゾンビの数が多い場合は別だ。退路を確保できているなら、無理に相手取らず撤退を……」
「は、はい!」
折花の指導に従い、ゾンビと戦う目。回を重ねるたびに慣れてきている。けれど、教官役の折花が先にやられてしまった。実はゲーム類は苦手なようだ。
「誰にだって苦手なものはあるさ、しょうがない。……ということでゾンビ映画でも見ないか?」
そう言って折花が示したのは、比較的有名なB級ゾンビ映画のパッケージ。何を隠そう、折花はB級ゾンビ映画マニアなのだ。
「あかん、それだけはあかんねんっ!!」
目は途端に拒絶反応を示す。深夜テレビでやっていて、たまたま観てトラウマになったとかそういうことだろう。あるいはただの怖がりか。
「いやー、楽しそうで何より♪」
「詠朧さんはゲームはやらないの?」
「見ているだけでも楽しいものさ」
彼女の視線の先には、ゾンビ映画から逃げ回る目の姿が。介が頷けば、それに、と詠朧も言葉を重ねる。
「いつもは叫ばせる側だけど、偶には見てるだけってのもいいね」
「叫ばせる側なんだ。あはは……」
「でもさ、何で銃? 日本刀の方が切れ味抜群だから、確実に倒せるよ?倒した実感もあるし」
「ゲームシステム的に難しいんじゃないかな。あはははは…………」
さすが殺人鬼。抜き身の刃のような女子であった。介はただ無難に、無難に話を進めた。
●
ささやかなゲーム大会だが、目のクラスメイトも誕生日のお祝いに来てくれていた。
「マナさん……誕生日、おめでとう」
「これ、僕達で作ったんだよ!」
「ありがとう。気にかけてもらえて嬉しいわ」
クラスメイトが作ってきてくれたホワイトチョコレートのお菓子を受け取る。
「……ちょっと休憩しない? かれこれ結構やってるし」
アヅマの提案に、この場の全員が同意する。もう小腹が空く時間になっていた。
(いやしかし……なんて顔してんの口日さん)
提案には、恐怖や疲労で目がひどい顔をしているという心配もあったのだけれど。アヅマと介が中心になってお茶と軽食を用意する。
「これ、開けてもいい?」
「どうぞどうぞ。お口に合えばいいな」
夕月のお許しをもらい、目はお菓子をひとつ口に運ぶ。すると、疲れた表情もたちまち綻ぶ。
「おいしいっ! ホワイトチョコのブラウニーは初めて食べたかも」
「そう? ならよかった」
目が笑むと、夕月も、クラスメイト達も笑顔になる。そろそろゲームにも戻れそうだ。
「まずは私とお願いします!」
最初は夕月とコンビを組む。夕月が地図を見てナビゲートしながら、目が敵を倒していく。お菓子の効果もあって、順調にステージ2まで進めた。その最後に、ゾウのアンデッドが立ち塞がる。いわゆるボスキャラだ。
「マナちゃん、合わせて!」
号令に合わせ、二丁のマシンガンが火を噴いた。ゾウの体がみるみる傷付くが、動きは止まらない。あともう少しというところでゲームオーバー。けれど、二人とも楽しそうだった。
目が休憩している間、ギュスターヴとアヅマがゲームに挑む。獲物はショットガンとライフルという組み合わせだ。
「さぁ、ゾンビどもをぶっつぶそうぜっ!」
「……うん、そだな」
戦闘時に言葉使いが荒くなるのは、ギュスターヴの癖みたいなものだろうか。日本に来た頃は路地裏で生活していたらしく、その時に身に付いたようである。対してアヅマは、なんとなく五月のことを思い出していた。梅田迷宮跡での地獄合宿のことだ。
(このゲームもけっこうリアルだけど、アレと比べるとなー)
そんなこんなでゲームスタート。ギュスターヴは面で、アヅマは点でゾンビを殲滅する。難なくステージ2までをクリア。難関のステージ3では、魔砲少女を屠ったアンデッドに二人がかりで挑み、息の合った連携でなんとか倒すことができた。
「ゲームは得意……だよ。まかせて」
今度は花緒が目とコンビを組む。ゲームが得意というだけあって、的確にゾンビを撃破していく。
「それは、口の中が弱点……」
ステージ3の開始早々、アンデッドの口の中に散弾がぶちこまれ、死体が瓦解。次に襲ってくるゾンビも慌てることなくさばく。これまでの経験と花緒の導きで、目も今日一番のスコアを残すことができた。
「そうだ、これ。……普通のシューティングだから、目さんでも、できる、と思う……」
花緒はお菓子の他にもプレゼントを用意してくれていた。ゲーム好きが勧めるゲームならば、やはり面白いのだろう。
「俺からは、これを」
「僕も!」
アヅマからはオルゴール、ギュスターヴからはメッセージカード入りの花束を受け取る。花の種類は誕生花のダリア、カードには『Nos meilleurs voeux pour cet anniversaire.』と書かれていた。
「外国語? どういう意味かしら」
「フランス語じゃない? きっと、楽しい誕生日になりますようにって意味だよ」
夕月が視線を送ると、ギュスターヴはにっこり微笑んだ。
●
次は悠仁がスクリーンの前に立つ。獲物はライフルを選択。
「口日さん、お誕生日おめでとうございます。それと……以前の依頼ではお世話になりました、よろしければこちらをお受け取りください」
「ええっと……うん、ありがとう。こちらこそお世話になりました」
悠仁が手渡したのはホワイトチョコのケーキ。持ち歩いていることが多いためか、ホワイトチョコレートが目の好物であることは周知の事実であるようだ。
コントローラーを握った悠仁は画面に集中し、一発一発を確実に当てていく。血が飛び散って骨が砕け散ろうとも目は逸らさず、淡々と。その姿勢に、目もエクスブレインとして見習うべきものを感じていた。結局、動物好きを突かれてゾンビ犬の騙し討ちに遭ってしまったが、高いスコアを残した。
目が最後にコンビを組むのは晶子になった。晶子はおずおずとスクリーンの前に立つ。どことなくゾンビを怖がっている様子があるが、彼女も灼滅者だ。おそらく気のせいだろう。
「口日さん、お誕生日おめでとうございますっ」
「あ、晶子さん。来てくれてありがとう」
「これ、プレゼントです。よかったらどうぞ」
手渡されたのは、可愛らしく包装されたお菓子。晶子が目の好みに合わせて用意してくれたものだ。
「だいじょうぶですよ、ほら、ゲームですし……」
「うん、だいじょうぶだいじょうぶ……」
晶子はライフル、目はマシンガンを選択。けれど、二人の戦いぶりはどこか頼りない。ときどき聞こえる小さな悲鳴が、どちらのものであるかは誰にもわからなかった。
「その、気休めかもですけど……またそういうの見ちゃっても、ちゃんとわたし達がまた何度だって止めますから、怖がらなくても良いですから、ね?」
「ありがとう、晶子さん。……うん、もう大丈夫」
元気づけてくれる人がいて、誕生日を祝ってくる人がいて、一緒にゲームをする人がいる。そのことが、目にとって一番のプレゼントになっただろう。
「みんな、誕生日お祝いしてくれてありがとうっ! ってひああっ!」
突然、プロジェクターからゾンビ映画が写され、目がひっくり返る。苦手なものも、今すぐにとはいかないまでも、いつかなんとかなるはず。そうでなくとも、灼滅者達がいれば心配することは何もない。
こうして、小さなゲーム大会は、楽しげな笑い声と約一名の悲鳴とともに幕を閉じたのだった。
作者:灰紫黄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
公開:2013年7月24日
難度:簡単
参加:11人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 12
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