紅より始めて闇に染む

    作者:零夢

     気づけば、目の前には鮮やかな血溜まりが出来ていた。
     生々しい紅色、生徒会室に広がる錆の匂い。
    「……なに、が…………」
     ようやく絞り出した声はどこか他人のように耳に響く。
     何が。
     どうして。
     僕が、――――を?
     震える右手にはナイフの感触、指先から伝い落ちるのはぬるい滴。
     目の前の血溜まりには瀕死の人間が倒れていて、そこから出来る解釈など一つしかない。
    「たち、のせ…………?」
     恐る恐る名前を呼べば、倒れた男の指がピクリと動く。
     息がある。
     よかった。
     よかった?
     わからない。
     なにもかもが、わからない。
     わからなさすぎて、どうしようもない情報がぐるぐると頭を巡る。
     足元に倒れる立瀬はいわゆる問題児というやつで、同じクラスにして生徒会長だった僕は、彼を気にかけるよう先生から頼まれていた。
     面倒じゃなかったと言ったら嘘になる。
     嫌気がさしたことは何度もあった。
     でも。
     だからって。
    「こんなの……」
     首を振ってみるが、何が変わるわけでもない。
     ただ時間だけが過ぎていく。
     やがて響くのは、ノックの音。
    「失礼します。遅くなっちゃってすいません、ちょっと迷子になっちゃって――」
     ガチャリとドアが開き、陰から小柄な後輩が姿を見せた。
     そうだ。
     僕はこの子と約束があってここに来たんだ。
     生徒会に興味があるからと、転校してきたばかりのこの子に頼まれて。
     なのに、――……なのに?
     頭が回らない。
     何もかもが思い出せない。
     そして、全てを目にした彼女が肩を震わせ息を呑む。
     見られた。
     見られてしまった。
    「こ、れ……」
    「ちがう、魅鑑」
    「そういうこと、ですよね……?」
    「ちがうんだ、聞いてくれ、魅鑑」
    「……らなかった」
     おびえた瞳。
     疑いの眼差し。
     どんな言葉も届かない。
    「――先輩がそんな人だったなんて、知りませんでした」
     彼女の言葉は、罪の宣告のように部屋に響いた。
     
    「魅鑑・ラチアは朱雀門高校に在籍する一年生――つまりはヴァンパイアだ」
     教室に集まった灼滅者たちを前に、帚木・夜鶴(高校生エクスブレイン・dn0068)が事件のあらましを説明する。
    「既に聞いたことのある者も多いかもしれないが、近頃、朱雀門高校の生徒達は各地の高校に転校し、その支配に乗り出しているらしい」
     今回の予知も、そうした事件の一つだという。
    「きみたちに頼みたいのはラチアの目論見の阻止――間違っても、彼女自身の灼滅ではないことを忘れないでくれ」
     何しろ相手はヴァンパイア、現時点で敵対するのは自殺行為に等しい。
     戦争に発展する可能性だって、ゼロじゃない。
     よって、転校先でのトラブルといった程度で撤退させることが重要となってくる。
    「ラチアの目的は、言わずもがな、高校の支配だ。風紀を乱し、秩序を破綻させることで闇堕ちしやすい環境を作ろうとしている――とはいえ、どれも彼女によって仕組まれた茶番だがな」
     昼休み、ラチアは榊と立瀬の二人を生徒会室に呼ぶと、榊の目の前で立瀬を刺した。そして榊にナイフを握らせ、弁明しがたい状況を作り上げる。
     言葉にしてしまえば実に陳腐な話だ。
    「だが、それも、ヴァンパイアの手にかかれば深刻な事態に発展する」
     そう、彼ら特有の能力である『吸血捕食』によって、事実は記憶の彼方へ葬り去られる。
    「きみたちが介入できるのは、彼女が榊に接触してからだ。幸いというべきか、すぐに処置を施せば立瀬も一命を取り留めることができる」
     だが、それすらもラチアの策の内らしい。
     うまく立瀬が生き残れば、彼自身の口から恨みつらみを語らせればいい。
     それが無理でも決定的な状況証拠が消えるわけではない、模範生による過度な制裁は、瞬く間に知れ渡るだろう。
     どちらにしろ、学園の秩序は崩壊し、後々まで禍根が残るというわけだ。
     それを止めるためには、ラチアを撤退させたうえで、二人の誤解をどうにかしなくてはならない。
    「で、彼女を撤退に追い込む方法は二つある。『灼滅者達を倒しても作戦が継続できない』、あるいは『このまま戦えば、自分の方が倒される』と感じさせること……」
     このどちらかを成功させれば、彼女は身を退くだろうと夜鶴は言う。
    「正直、どちらを選んでも難しい戦いになるとは思う。あれこれと条件を付けてしまってすまないとも思っているが……」
     どうか、無事に終わらせて帰って来てくれ。
     夜鶴はそう話を締めくくった。


    参加者
    月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)
    藤堂・優奈(緋奏・d02148)
    柩城・刀弥(高校生ダンピール・d04025)
    大高・皐臣(雪狼・d06427)
    ジェイ・バーデュロン(置狩王・d12242)
    紅月・リオン(灰の中より生まれいずるもの・d12654)
    松崎・末明(飴色ノスタルジア・d14323)
    幸宮・新(弱く強く・d17469)

    ■リプレイ

    ●記憶の混沌
    「酷いです、榊先輩。何もこんなこと……っ!」
    「魅鑑、僕は……、…………僕、が……?」
     嗚咽を堪えるような彼女の声に、彼の否定は次第に力を失くす。
     目の前の血溜まりに倒れる同級生、右手にはナイフ、そして目撃者たる後輩・ラチアの存在によって榊は完全に追い詰められていた。
     もはや絶望的とも呼べる状況――だが、再び開いたドアが全てを一転させた。
    「大丈夫!? ……って、刃物こわっ! あっぶね!」
     真っ先に生徒会室へ駆け込んだ松崎・末明(飴色ノスタルジア・d14323)は、榊の手からナイフを取り上げると刃先をハンカチで包み込む。そうして素早くパスを回せば、大高・皐臣(雪狼・d06427)がそれを受け取った。
    「……魅鑑、コイツはやりすぎなんじゃねぇの?」
     その双眸に殺意を宿し、皐臣は当然のように言い放つ。
     あたかも全てを知っているように、一部始終を見ていたように。
    「立瀬が何したんだよ。刺すとか、無ェわ」
     末明も言えば、流石のラチアも突然の乱入者に動揺を見せる。
    「何、言って――」
    「おい、榊どうした!」
     だが反論は許さない。
     柩城・刀弥(高校生ダンピール・d04025)はラチアを遮るように、呆然としている榊に叱咤する。
    「混乱しているのは判るけれど、まずは立瀬のことだろ! 立瀬を刺したコイツは俺達が何とかする!」
    「あっ……!」
     刀弥の言葉で、榊は弾かれたように立瀬を振り向く。
     そこには消えることの無い血溜まり――けれど、血は止まっている……?
    「心配するな、榊」
     そう言ったのは月翅・朔耶(天狼の黒魔女・d00470)だった。
     立瀬の傍らに膝をつき、応急処置を済ませた彼女は真っ直ぐに榊を見据える。
     大丈夫、榊は何もしていないと。
    「立瀬、意識はあるな?」
     ジェイ・バーデュロン(置狩王・d12242)の確認に、立瀬は「あぁ」と低く呻く。
    「お前を刺したのは榊ではない。全てはそこにいるラチアの仕業だ。お前が榊を恨むべきでないことは、わかるな?」
    「…………」
     返答代わりの沈黙。
     よく知らない後輩、同級生の生徒会長、突然の乱入者――誰を信じるかは、簡単に決められるものではないだろう。
     けれど、灼滅者達は語り続ける。
    「そもそも、記憶が曖昧ってのもおかしいだろ。生徒会長の榊がわざわざ汚名を負ってどーすンの?」
     本当のことは今に分かる――言って、藤堂・優奈(緋奏・d02148)はラチアを一瞥する。
     それに、不自然なのはそれだけじゃない。
    「ラチアさんが二人をわざわざ呼びつけたこと、良すぎるくらいのタイミングで教室に入ってきたこと」
     幸宮・新(弱く強く・d17469)が指摘するのは、余りに出来すぎた『偶然』。
    「ちょっとおかしいと思わない?」
     疑問は思考を促す。
     真っ直ぐな新の瞳に、榊はゆっくりとラチアを窺う。
    「だが、それじゃあ、まるで――」
     ――バァンッッッ!!!!
     続きをかき消すように、ラチアが机を叩いた。
     一瞬にして、皆の注意はそちらを向く。
    「ひどい……っ、私だって、本当は先輩がやったって信じたくないんです。なのに、先輩はこの人たちと一緒に、私に全てを押し付けるんですか……?」
     彼女は瞳をうるませ、榊の首筋へと手を伸ばす。
    「魅鑑……」
    「先輩、私――」
    「――はい、そこまででございます」
     と。
     紅月・リオン(灰の中より生まれいずるもの・d12654)が二人の会話に割入った。
     榊の腕を掴むと、ぐいっと引き寄せラチアから遠ざける。ここで吸血などさせはしない。
    「ラチア殿、貴女様のその一手、止めさせていただきましょう」
     丁寧な物腰は崩さず、有無を言わせぬ口調。
    「榊様、ここは一旦、静かな場所で落ち着かれるのが得策かと」
    「でも」
    「立瀬様も待っておられます」
     渋る榊に、リオンは背後を示す。そこには朔耶と、彼女に支えられ何とか立ち上がる立瀬の姿があった。
     事の深刻さを悟ったのだろう、榊が無言で頷くと四人は隣室へ続くドアへと消える。
     それを守るように進み出る灼滅者達――だが、ラチアはその壁を押し破るでもなく、ゆっくりと伸びをした。
    「あーあ。連れていかれちゃった」
     なんて、どこか楽しげな表情すら見せて。
    「でもま、この方がラクかな」
     猫も被らなくていいし、か弱い後輩の仮面も必要もないし。
    「何より、邪魔してくれたあなたたちと、ゆっくりお話もできるしね」
     ヴァンパイア、魅鑑・ラチアは不敵に笑う。

    ●ヴァンパイアの素顔
     榊と立瀬が姿を消し、ラチアは本性をあらわにする。
     底の見えない深紅の瞳、うっすらと開いた唇から覗く牙。何より、その身に纏う禍々しい空気は紛れもなくダークネスのものだった。
     末明は一帯の音を遮断し、ラチアを見据える。
    「殺しの擦り付けとか、ンな奴が偉くなろうなんておこがましいんだよ。気に食わねぇわ、そういうの」
    「策と呼んでほしいわ」
     にっこりと返すラチアに、優奈がさらに切り返す。
    「でも、その策もそろそろ終わりだぜ」
     警戒を保ち、慎重に身構える彼女に皐臣も続く。
    「ああ。仮に在校し続けたとしても、俺達がいる限り二度とこんなこと……いや、二度目は無ぇかもな?」
     戦うならお前の無事は保証しない――灼滅の可能性すら含む皐臣の言葉に、しかしラチアは微塵も怯まない。
    「あら、それはこちらも同じだわ。気が合うわね」
     そう笑えば、刀弥が短く頷いた。
    「……そうか」
     ならば仕方がないな、と。
     そして掲げたスレイヤーカードは、彼の一言で力をもたらす。
    「――闇を討つ刃を、我に」
     瞬間、雄叫びの如く響いたチェーンソー剣の駆動音は、戦闘開始の合図となる。
     優奈が即座に展開するヴァンパイアミスト、その霧の中へ放たれるラチアの呪い。
     そこへジェイが飛び出した。
    「Behold on your eyes!」
     解除コードと同時に力を解放し、その身で呪いを受けとめる。
     予想以上の一撃だが、平静を装った表情は崩さない。
    「とても強いな……だが、お前の作戦は失敗だ。無理に戦う必要もないだろう?」
    「まさか。あなたたちが消えればリセット――、……っ!?」
     途切れる言葉。
     ラチアは不意に息を詰める。
     見れば、新の拳が彼女を撃ち抜いていた。その名残をとどめるように、彼の腕の周囲ではパチリパチリと雷が爆ぜている。
    「僕達、簡単には消えないよ」
    「やるじゃない」
     そして、戦いは激化する。

     一方、榊と立瀬を連れたリオンと朔耶は隣の備品室へ来ていた。
     そこは別世界のように静まり返り、隣室の音は聴こえない。誰かがサウンドシャッターを使ったのだろう。つまり、あちらは既に戦場ということだ。
    「では、しばらくこちらで休んでいて下さいますか?」
    「……ああ」
     リオンの頼みに榊が頷く。だが、尚も不安そう顔を曇らせる彼に、朔耶がその無実を保証した。
    「俺達は偶然、魅鑑が立瀬を刺すところを見たんだ。それで、慌てて来てみたら……」
     その先は言わずもがな、朔耶はただ首を横に振る。
    「じゃあ、魅鑑は――」
    「うるせぇ、榊。傷に響く」
     詳しく問おうとする榊を立瀬が制した。
     そしてロッカーにもたれたまま、お前らは早く行っちまえとリオンと朔耶に目で示す。
    「……後できっちり説明しろよ」
    「ええ。きっと」
     頷き、二人は備品室を後にする。

     戦線復帰と同時に、破壊音と衝撃音が二人を包む。
     致命傷を負っている者こそいなかったが、戦況は若干こちらが押され気味である。どちらも本気でないものの、戦略的事情で力を加減している者と、実力に裏付けされた余裕で力を出さぬ者の違いは大きい。
     ラチアを灼滅しないという条件は、否が応にも双方の実力差に響いてしまう。
     長期戦がこちらの不利となることは明らかだった。
    「ラチア殿、記憶の混濁程度で榊様は崩されませんよ。貴女様の狙いは外れたかと」
     言いながら、リオンは光輪を飛ばし、仲間の傷を癒すと同時に守りを固める。
     六人でほぼ互角に持ちこたえたのだ、今なすべきことはただ一つ。一瞬であれ、八人でラチアを圧倒するしかない。
    「もうお前の思う通りには行かねーってわかっただろ?」
     優奈が日本刀を振り下ろす。繰り出すのは早く重い斬撃。だが、ラチアは涼しい顔で応戦する。
    「それはどうかしら?」
     紅蓮のオーラを帯びた手刀で斬りかかると、優奈のビハインドがそれを受け止めた。
    「零!」
     名を呼ばれ、零は主を守るように霊撃を放つ。
     ラチアの腕が弾かれ、僅かに生じた隙にすかさずジェイが身を滑らせた。
    「どうか、なんて、考えるまでもないんじゃないか?」
     ラチアの失策は明らかだと、言葉の裏で威圧する。
     振り上げ、叩きつける龍砕斧。そして反撃の隙も回避の暇も与えぬよう、皐臣が戦艦斬りを繋ぐ。
     万が一にも灼滅はしない。だが、あくまで積極攻勢の方針は崩さない。
     ラチアを追い詰めるように、殺さず押し切ること――それが今回の目的だ。
     末明が拳を突き出せば、朔耶と霊犬のリキが援護に入る。
    「行こう、リキ」
     朔耶の影はラチアを呑み、リキが咥えた刀を振るう。
     対するは圧倒的な闇の力、恐れも不安も嘘じゃない。
     でも、怖くても虚勢でもハッタリでも、新は腹を括り、異形の腕を振り下ろす。
     受け止め、踏みとどまるラチア。だが、背後を取った刀弥の剣がその足元を斬り払った。
    「退け。てめぇの作戦は失敗だ」
    「…………みたいね」
     軽く言って、小さく笑う。
    「何だか面倒そうだし、今回は手を引いてあげるわ」
     ラチアは、降参、というように両手をひらひら振ると、体の力を抜いて臨戦態勢を解く。
     そうして歩みだす先は、廊下に繋がるドア。拍子抜けするほどあっさりとした引き際だが、あえて挑みかかる者はいない。
     ただ朔耶だけが、
    「なあ」
     その背に向かって呼びかけた。
    「何?」
     ラチアが短く応える。
    「その、もし機会があれば、今後、交流出来たりしないだろうか?」
     それは賭けにも似た友好の誘い。そこに込められたのは、大人しく撤退を選んでくれたラチアに対する希望。
     思わず、他の者たちもラチアを窺う。
     特に今回はダンピールも多い。彼女の答えは他人事ではないかもしれないのだ。
     闇に堕ちた自身の片割れを探す者、宿敵に対し憎しみとも好意とも判らぬ執着を持つ者、宿敵を灼滅するための力を求める者、宿敵と会うことで欠けた記憶を辿ろうとする者――。
     だが、ラチアは「さあ?」と薄く笑うだけだった。
    「あなたたちがこの学校の子なら、もう関わることはないと思うけどね」
     良くも悪くも取れるその言葉から、彼女の真意は読み取れない。
    「じゃあね」
    「バイバイ、二度と来んなよ」
     立ち去るラチアに、末明が笑顔で別れを告げた。

    ●ほつれた糸をもう一度
    「行った、か」
     ラチアの完全撤退を確認し、武器をカードに収めた刀弥に、「みたいだな」とジェイが頷く。
    「正直恐ろしかったよ。自分たちより遥かに強いダークネスに本気で当たられるんじゃないかと思うとね」
     そっと洩らすのは安堵の息。
     ヴァンパイアたるラチアが本気を出していれば、こちらが倒される可能性も充分にあったのだ。その緊張も無理はない。
     それから、備品室に避難していた榊と立瀬を呼び戻すと、約束通り、事前に決めておいた事のあらましを説明する。
     学園を混乱に陥れるため、ラチアが立瀬を刺したこと。
     ここにいる八人がそれを見ていたこと。
     ナイフは榊が立瀬を助けようとした際に、榊の手に渡ってしまったこと。
    「……だから全て、ラチアの策だったんだ」
    「二人はただそれに巻き込まれただけで、榊さんが悲観することも、立瀬さんが榊さんを恨む理由もないんですよ」
     話をまとめた朔耶に、新も柔らかく二人に語り掛ける。
    「立瀬様、お身体の方はもう平気で?」
     リオンの問いに、
    「別に。死ぬほどじゃねぇよ」
     立瀬がぶっきらぼうに答える。
    「…………っても、アンタらのお陰で、助かった」
     そう付け加える辺り、彼なりに感謝はしているのだろう。
     だが、教えられた事情に納得したからといって、立瀬と榊の間からぎくしゃくしたものが消えたわけではない。
     どちらも悪くないということは、どちらかが謝れば解決する問題ではないという事でもある。
     この場合、外側から力を加えてやるのが一番早い。
     末明は二人の前にしゃがむと、それぞれを見つめ、言う。
    「つかさ、立瀬はこんな風に心配してくれる榊がいるだけ幸せじゃん。どうでも良いなら無視しちまうと思うし。それと、榊は我慢しすぎじゃね。無理しすぎねぇでドンドン言ってやれ」
     どちらも謝れないのなら、ともに歩み寄ればいい。
     そう背中を押す末明に、皐臣も二人の仲をフォローする。
    「まあ、無理してダチになる事も無ぇけど……こうして妙な縁があったってのも面白ぇじゃねえか」
     問題児は問題児で寂しい思いをしてるもんだしな、なんて付け足せば、榊がちらりと立瀬を窺う。
    「……なんだ立瀬。お前、寂しいのか?」
    「黙れ、榊。んなバカな勘違いしてっと今度は俺がお前を――」
    「いや。僕はお前を刺していないしこれからも刺さない。だから――お前の『今度』なんてないんだ」
     榊は売り言葉に買い言葉な立瀬を遮ると、きっぱりと否定する。あまりに毅然とした物言いには、立瀬も折れるしかない。
    「ーーーっ、……わかったよ」
     万が一に備え、吸血捕食で再び記憶を上書きすることも考えていたが、どうやらそれも不要らしい。
     それなりの仲に落ち着いた二人に、優奈は笑顔を見せる。
    「これで一件落着、だな」
     ダークネスたるラチアの陰謀は、幸か不幸か、バベルの鎖に阻まれ広まることはない。灼滅者の行為もそれと同じで、今回の騒動も日常の断片として記憶に埋もれていくのだろう。
     けれど、少しだけ変化した二人の関係は鎖で消えるものではない。
     事件は大団円として、幕を下ろすのだ。

    作者:零夢 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年7月15日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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